ヘルサレムズ・ロットの中心で愛を叫びたい 作:三代目盲打ちテイク
かつて、正確に言えば三年くらい前。昔と言うにはほど近く、されど最近というには少しばかり遠い。ここは
その街は、三年前たった一晩で消失した。何が起きたのか。それを正確に知る者はいないだろう。おそらくは深淵にて暇を持て余している13の王がその理由の片鱗くらいは知っているのかもしれない。
今や、紐育は少しばかりが街並みの中にその痕跡を残すばかりとなっている。そう紐育は消失した。だが、一夜にして新たな都市が再構築された。
その名はヘルサレムズ・ロット。
ここにも一人。そんな思惑を持つ者がいた。クリスと呼ばれる少女。七色に輝く不思議な髪を棚引かせて、首から十字架の紋章を持つ歯車時計のような機械を下げた可愛らしい少女だ。
高級そうなドレスコートを纏った姿はどこかの令嬢を思わせる。
「ついに来た、ヘルサレムズ・ロット」
雑踏の中にあってクリスは大手を広げてそう呟く。キャリー付の大トランクを片手に持った姿は旅行者のようだった。今時は珍しくもないだろう。
だからこそ、誰も彼女を気にしない。彼女も気にしない。そんな彼女は地図とメモを片手にくるりくるりとペンを回しながら、どこに行こうかと観光マップを見ている。
「さて、まずはぁーっと」
約束の時間まではまだある。やっとHLに来たのだから、観光でもしよう。そんな思考回路で彼女はキャリーを引きずってブーツを鳴らして通りを歩く。
すると、きゅるるると可愛らしい腹の虫がなく。誰も気にしていないが、少女としては気にする。顔を赤くしてお腹を押さえながらどこかに食べ物屋はないだろかと探す。
「あ、あそこがいいかも」
彼女が見つけたのは一軒のジャンクフード屋。そう言った店にはとんと入ったことがない。というか、実家の方に知られるとかなり面倒くさいことになることは請け負いなのだが今はもう自由。
ならば、初ジャンクフードとしゃれ込んでもいいかもしれない。
「良し、そうしよっと」
ふんふんふーん、と鼻歌交じりにジャンクフード屋に入ろうとすると、そこから飛び出してくる少年とぶつかりそうになった。
「おっ、とっとっと」
「ごめん!」
糸目の少年。何を急いでいたのだろうか。まるで何かを追いかけているようだった。その答えは店の中に入ればわかった。
客の会話で音速猿という生き物にカメラをとられたらしいのだ。音速猿。その名の通り、音速で移動する猿。そんなのにカメラをとられるとは大変だ。
クリスはそう思いながらきょろきょろと入口で店内を見渡す。それなりに広い店内。カウンター席もある。これが庶民の店なのかと思う。
にぎやかで自分が今まで訪れた店とはかなり趣が違う。だが、楽しそうだった。異形も人も区別なく座っている。
「うん、やっぱり来てよかったかも」
「おーい、客なら早く座んな。冷やかしなら回れ右しな」
「あ、はーい」
看板娘だろう人物にそう言われたクリスはとりあえず彼女の前に座る。
「注文は?」
「ええと……」
クリスはメニューを手に取る。何がおいしいのだろうか。こういう店は初めてで勝手がわからないし、普通は何を頼むものなのだろう。
「あんた、こういう店は初めて?」
悩むクリスを見て看板娘がそう言う。着ている服とか、纏っている雰囲気がこの店の客とは一線を画している。有体に言うと貧乏人とは違う雰囲気。
簡単に行ってしまえば金の匂いがある。
「あ、はい、そうなんです。どれを頼めばいいんでしょう?」
「そりゃあ、好きなのが普通だろうさ。まあ、初めてならこの辺りかな」
そう言って看板娘がメニューのいくつかを指す。
「では、それでよろしくお願い致します。ありがとうございます。ええと――」
「ビビアンだよ。んじゃ、ちょいと待ってな」
そうやってしばらく待っていれば運ばれてきた皿に乗ったハンバーガー。
「おおぉおお、これがハンバーガーなのですね!」
おぉおおお、と何やら相当な食いつきを見せるクリス。ハンバーガー一つでそんなに感激するもんかねえと苦笑気味のビビアン。
「しっかし、アンタみたいなのがここになんの用で来たんだい?」
「ええと、お仕事です」
「仕事ねえ。まあ、詳しくは聞かないけど頑張んな」
「はい!」
さて、ではとばかりにクリスはハンバーガーに手を付ける。書物でこういうものがそのままかぶりつくということくらいはしっている。
だから、がぶりと小さな口をあけて一口噛みきり咀嚼。味が分かると同時に見る見るうちに顔が輝いていく。口の周りにたっぷりとケチャップを付けながらクリスは満面の笑みを浮かべた。
「おいしいです!」
こんなものは食べたことがありません、とばかりに。まるで至高の料理とでもいうかのように大げさに、そして大仰に。
そんな少女の様子を見て客たちはほほえましいものでも見るような表情を浮かべる。若いっていいねえ、だとか。純粋っていいねえだとか、そういう感じの。
ビビアンにしてもあまりに大げさなもんだから呆れと苦笑が入り混じっている。
「ほら、口元拭きなよ」
「ああ、ごめんなさい」
そう言いながら口元をぬぐうクリス。
「あまりにも美味しかったものですから」
「お、おう、しっかしそんなに大げさなもんじゃねえぞ」
「いいえ、美味しかったです。確かに実家の料理に比べたら雲泥の差で、もうなんだこれ料理じゃなくね? ごみじゃね、とか思いましたけど」
「おうおう、そりゃ喧嘩売ってるって解釈して良いんだな」
「でも、美味しかったです。温かい料理を食べたのは初めてで。こんなにもおいしいものだとは思いもしませんでした」
そう邪気もなく悪気もなく、満面の笑顔で言われてしまえば毒気も抜ける。その間にクレアははむはむとバーガーを頬張る。
ハムスターだとか小動物を想起させられる少女だ。そんな少女が仕事でHLに来る。一体その仕事とはどんなものなのか。
「ふぅ。ごちそうさまでした」
食べ終えて、クリスはコーヒーを注文する。ブラックで頼んで苦さに渋い顔。ミルクと砂糖を一杯入れてやっと飲める。
そんなものを飲みながら、クリスはジャンクフードショップから見える雑踏へと視線を向ける。そこから見えるのは外とは違う風景。
異形、異形、異形。右を見ても左を見ても、目につくのは異形。人類もいるが見るからに普通なのは少ない。上を見ても異形が飛んでいる。
腹向けて飛ばないで欲しい類の奴だとか。超巨大な奴が建物を踏みつぶしながら歩く姿だとか。本当、見ていて飽きはしない。
ここがHL。世界中でもっともホットな場所。日替わりで世界の危機が訪れるというこの街で、今もまた新たな世界の危機が始まる。
突如としてHLに存在する全てのモニターが、一斉に切り替わる。見ればわかるよ電波ジャックだ。それだけではなく魔術的、超自然的な映像までもが流れ出す。
クリスの周りのテレビ画面が一人の男を映し出す。。
「ごきげんよう、ヘルサレムズ・ロットの諸君。私だよ。堕落王フェムトだ」
騒々しい声で
異常極まる超越者。あらゆる魔法を極め尽くした人外のモノ。このHLにおいてもっともはた迷惑な暇人の一人。
堕落王フェムト。超常の魔導を極めた怪人。気分1つで世界を滅ぼせるだけの男がテレビの映像の中で楽しそうに今日も世界の危機だよー、と宣告するのだ。
シェイクのストローに口を付けて飲みながらクリスはその放送を聞いていた。
「どうだい諸君、最近は? 僕は全く退屈しているよ」
退屈で退屈で死にそうだ。なにせ、お前ら普通過ぎる。そうまるで他愛もないおしゃべりをするようにフェムトは言ってのける。
ツマラナイ。だから、面白くしよう、ってね。
「そういうわけで、僕は遊ぶことにしてしまった。ごめんね。これも君らが普通過ぎるのがいけないんだよ」
そう謝りながらもまったく悪いとは思ってもいないのだろう。少なくともあるのは喜色だけだ。そして、クリスは感じ取る。
近くで神性存在が現出した事実を。その証拠にフェムトの放送が新たな中継を映し出す。護送されている銀行強盗。
その背中がぱっくりと割れて現れる
それが現れた瞬間全てが両断された。
「さて、そういうわけで今回のゲームのルールを説明しよう。君達が見ているその邪神は、僕の精巧な術式をもって、半分に割ったまま生かしてあるものだ。凄かろう。まあ、半分でもご覧のとおり」
大暴れ。まったく衰えた様子もなく、そこらにあるものを片っ端から真っ二つにしまくっている。おお、大変だと心にもないことをフェムトは言っていた。
「気になるのは残りの半分がどうなったか。当然、どこかにあるに決まっているだろう人類諸君。今もこの街のどこかで絶賛召喚中さ。こいつがもう半身を得て合体したら――――おお、考えるだけでも恐ろしい」
ああ、怖い怖いと心底から愉しげに、フェムトは笑う。
「というわけでゲームさ。ルールは単純明快。半神が合体する前にどこかにあるゲートを発見し、破壊してくれたまえ。制限時間は117分だ。
ああ、これはフェアなゲームだよ。君らにもきちんと勝機がある。ゲートのある場所ではある現象が起きるのさ。とてもわかりやすい現象がね」
残りの半身の居場所を示す号砲が、HL全域に鳴り響く。
――巨大ビルの一棟が、真っ二つになった
「おお! 面白い場所で開いたようだね。そう、君らはあの真っ二つパーティーを追えばいいのさ。そこにゲートはある。
さあ人類の代表諸君! 全力を尽くしたまえ! 僕を退屈にさせないでくれよ」
それを最後にぷっつりと映像は切れる。そして上がるのは悲鳴だったり歓喜の笑いだったり。街中がお祭り騒ぎだった。
誰が最初にゲートを見つけるのか。あるいは半身が見つけて合体してこのHLを包む結界を解いてくれないだとか、そんな期待。
ともかく、街中が馬鹿騒ぎを始めていた。聞こえる声にはライブラの人狼が猿を追いかけているだとか。猿がゲートだから、ぶっつぶせだとか。
警察組織がミサイルぶちかましてたり、パワードスーツ部隊がたった1人の男にぶち壊されまくっただとか。騒がしすぎるほどに騒がしい。
治安維持組織による絨毯爆撃で通りは真っ赤っか。爆炎が色々と燃やしているし、建物は倒壊し放題。ここが壊れていないのが奇跡的だった。
客はさっさと野次馬しにいって残っているのはクリスだけ。
「うーん、さてと」
そんな彼女もようやくことり、カップを置いて立ち上がる。
「あんたも行くのかい?」
「たぶん、同僚が、あー、まだ同僚じゃないですけどそうなる予定の人たちが多分働いてると思うんで行かないといけないかなーとか思っちゃったり思わなかったり?」
「はっきりしないねえ」
まあ、とりあえず行きます、とそうクリスが勘定をしようとした瞬間――
「――っ!」
――斬撃が走って来た。
咄嗟に彼女はキャリーを斬線に投げつける。辛うじて見えた斬撃の軌跡に入ったキャリーは細切れなる。中に入っていた衣装やら下着やらが撒き散らされて恥ずかしいがそう思っている暇などない。
一瞬でもできたその隙間でやるべきことがある。クリスはそのままビビアンを掴みその親父さんを掴んで店の外へ飛び出した。
刹那細切れになる店。
「ふぅ、大丈夫ですか?」
「お、おう」
「ビビアンさん!」
「レオ! 無事だったの。良かった」
そこにやって来たのは糸目の少年。
「よかった無事だったんですね」
「彼女のおかげでね。それより早く逃げな。化け物がいつまた来るか――」
「彼女? って後ろ!」
「え?」
半身がそこにいた。クリスの背後に。あちゃー、ミスった。そう冷静に思っていたクリスであったが咄嗟に少年が飛び出してきたことで一緒に地面を転がることで間一髪難を逃れた。
「だ、大丈夫!」
「…………」
少年に抱きしめられるような形のクリス。彼女はどこか打ったのだろうか、熱に浮かされたように少年を見るばかり。
しかし、それをどうこうすることもできない。なぜならば更なる斬撃が来る。しかし、それもまた彼女らを傷つけることはなかった。突如として現れたチンピラがそれを防いだのだ。
まああまりの威力に三人して吹っ飛ばされてしまったのだが。
「おおっと……なんだよ、逃げたんじゃねーのか。何だよ。逃げてろよな。俺ぜってぇ逃げるって方に賭けてたのに」
「あんた、何気に最低だな、おい」
「で、そこの嬢ちゃん誰よ」
「え、あ、いや僕もそこまでは」
「まあいい。それより、俺があいつをひきつけるからお前はその間に猿をやれ。行くぜ。タイミングを逃すなよ」
チンピラが手元のジッポライターを強く握る。血が噴き出し、生成されるのは血の刃。
「
その太刀が眼にもとまらぬ速度の一撃を受け止める。
「ぐへっ……やっぱスゲエな。でも、見えてきちゃってんだわ、太刀筋。行けよ糞ガキ!」
その隙に猿に向かって駆け出す少年。
「旦那に比べると!やっぱ浅すぎだぜ、神様よお!」
半身の邪神が斬り刻まれ、十以上に分割される。恐るべき剣技。神を打倒するなど、とても人間技ではない。しかし、人に神など倒せない。
「駄目だ。あっという間に再生して……」
斬り裂かれた神が、急速に復元する。さながらそれはビデオを逆回しするかのように元通りになって行く。今も再生されていく、その腕は数秒後には少年の身体を捕らえるだろう。
「だから、あんま舐めてっと、承知しねえ――ぐはっ!?」
威圧感を発しながら、チンピラが咥えたタバコを吐き捨てた。見せてやるよとでも言わんばかりに一撃を放とうとした瞬間、そのチンピラの頭にクリスが飛び降りてきた。
「――見つけました! あの人はやらせませんよ、この私が! その勇気、その輝き、絶やさせるなど断じて許しません!」
パチンとクリスが手を叩いた。
「宝玉式紋章血闘魔術――青の術法」
ギチリと音が響く。彼女の胸の前の歯車時計にも似た機械が音を上げる。ガチリ、ガチリと歯車が回り。ラインに血が通っていく。
青の宝珠が輝く。それと同時に生じるのは大量の水だった。
「
生じるのは水の牢獄。邪神の半身は水に牢獄に捉えられ身動き一つできない。
「更にもう一つ重ね――黄の術法」
ガチリ、と歯車が切り替わり、血がはめられた宝珠のうち黄色の物へと流れ込む。バチリ、バチリと生じるいつか見た輝き。
「
雷電が水牢ごと全てを打ち砕いた。そして、その隙に少年が猿についていたゲート術式が施術されていたノミを潰して世界は救われた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
全てが終わった夜。一夜にしてHLは元通りの姿を取り戻していた。真っ二つパーティーで破壊された秘密結社ライブラの事務所も元通りとなっている。
そこのソファーにクリスはいた。
「ようこそお出で下さいましたライブラへ。このライブラのリーダーを務めさせていただいているクラウス・フォン・ラインヘルツです、お会いできて光栄ですクリスチャン・ローゼンクロイツ殿」
対面に座る偉丈夫――クラウス・フォン・ラインヘルツが丁寧にいう。
「こちらこそお会いできて光栄ですクラウス様。お噂はかねがね。私(わたくし)が今代のクリスチャン・ローゼンクロイツでございます。以後、よろしくお願い致します」
「いやいや、こちらもですよ。まさか、お出で下さるとは思いもしませんでした。最愛の孫娘を外に出すと良く翁が許可いたしましたね」
目元に傷のある、スーツを着込んだ男――スティーブン・A・スターフェイズがそう言う。
「ふふ、最後まで渋っておられましたがまあ、そこはほら女の武器というものがありますから」
有体に言えば泣き落としだ。
「なるほど、男というのは得てして女の涙には弱いものですからね」
「ふふ、あなたは、そうでもなさそうですねスターフェイズ殿」
「さてそれはどうでしょう」
「ちょーっといいっすか」
そんな会話に横から入り込むチンピラ――ザップ・レンフロ。
「どうしたザップ?」
「俺はこいつに言いたいことがあるんすよ」
「良いですよ。なんでしょう?」
「あんた、さっき俺の頭に乗ってくれたよなあ。人の頭に乗ったなら言うことがあってもいいんじゃねえの?」
「ああ、それは申し訳ありません。あの時は、少しどうかしていたものでして。そうですね、この場合は同等の返しが必要だと聞きます。どうぞ、私の頭をお踏み下さい」
「お、おう」
頭を差し出してくるクリスにさしものザップもどうしていいかわからなくなった。その様子にスティーブンは笑っている。
「ハハハ、ザップ、お前の負けだな」
「チッ、次はねえからな」
「はい、胆に銘じおきます。では、私からも一つ良いでしょうか?」
「どうぞ」
スティーブンが応じる。
「あの糸目の少年。彼の名前は何というのでしょう?」
「彼ですか? 彼はレオナルド・ウォッチ。神々の義眼保有者だそうですよ」
「そうですか。レオナルド、レオナルド・ウォッチ」
彼女は名を呼んで笑みをつくった。
「ふふ、見つけちゃいましたよ。私の王子様。人間賛歌を謳わせて下さい。どうか、ええ、私の喉が枯れ果てるほどに」
この日、ライブラに新たなメンバーが二人加入した。
色々と我慢できなかった申し訳ない。
というわけでアニメでいう第一話をお送りいたしました。
アニメでいちゃいちゃしてるレオを見たら、我慢できなかったよ。
続くかどうかは未定。評判次第。
ちなみにネタとしては甘粕をHLに放り込むネタとかあった。
あるいはセージを放り込んだり、神祇省を放り込む案とかあった。
神祇省なら別にHLでもやっていける気がしてならない。エイブラムスと狩摩の幸運はどっちが強いとかやったら面白そうではある。
クリスチャン・ローゼンクロイツ 名詞
牙狩りの一族の末裔であり魔術師の家系でもあるため、魔術と血の改造による特別な血法を扱う。
当主は常にクリスチャン・ローゼンクロイツであり、今代は幼い少女がその名を受け継いでいる。
宝玉式紋章血闘魔術 名詞
特殊な術式加工を行ったいくつかの宝石をはめ込んだ機械を介して血液の属性を変化させて様々な術を行使する血闘術。
特殊な血統が必要であるため現状ローゼンクロイツ家の者以外に扱える者がいない。