リリカル・ストラトス 元織斑家の魔導師 作:妖精絶対許さんマン
「あ、マドカ」
「簪?どうしたの?」
夕飯を食べ終わって、私はお兄ちゃんが泊まっている部屋に遊びに行く途中に簪と鉢合わせした。簪の手にはトランプが握られている。かく言う私もUNOを持っている。
「・・・・・簪もお兄ちゃんの部屋に?」
「そういうマドカも・・・・・?」
私たちはお互いに睨み合う。私は刀奈やスコール、オータムたち以上に簪のことを警戒している。遊佐鳴子は確かに警戒している。でも、お兄ちゃんの中では親友という立ち位置になっている。簪は幼馴染みというだけじゃなくて、どことなく小動物的な所があるからお兄ちゃんの庇護欲を刺激する。かく言う私もなの姉がいなかったら危なかった。
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
私たちは同時に早足で歩き出す。
「高町妹と更識か。ちょうどいい。デュノアとボーデヴィッヒを呼んでこい」
「「嫌です」」
簪とハモった。自由時間なのにどうして織斑先生の言うことを聞かないといけないんだ。私にはお兄ちゃんと遊ぶという大切な使命があるのに。
「却下だ。今すぐ呼んでこい。教師命令だ」
うわぁ・・・・・でたよ、教師命令。学園長はどうしてこんなの雇ってるんだろう?いくら元“世界最強”だからって普通、担任にする?精々、実技教科の担当ぐらいでしょ。
「・・・・・はぁ」
「簪?」
隣の簪が諦めたように溜め息を吐き、トランプを浴衣の袖口に直していた。
「行こう、マドカ」
「簪!?」
私は簪の言葉に驚き、簪の方を見る。
「デュノアさんとボーデヴィッヒさんを呼んでこないと、秋の部屋に行けないよ?」
「うっ・・・・・た、確かに」
このままここで織斑先生と揉めても無駄に時間を使うだけだし・・・・・織斑先生の命令を聞くのは本当に、本っ当に嫌だけど、お兄ちゃんと遊ぶ時間を多く確保するためには織斑先生の命令を聞かないといけない。
「・・・・・わかりました」
私は渋々UNOを浴衣の袖口に直して、織斑先生に背を向ける。はぁ・・・・・お兄ちゃんに会いたいよ。
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「・・・・・すぐに返事をしてほしいなんて言わないっす。ただ、自分が会長を・・・・・秋先輩のことが好きだってことだけは知っててほしいっす」
自由が俺のことを・・・・・?
「待て・・・・・待ってくれ。どうして・・・・・どうして、俺のことを好きになったんだ?」
オータムも自由も、どうして俺のことを好きになったのか分からない。
「先輩・・・・・人が人を好きになるのに理由なんてないっすよ」
そうだけど・・・・・それでも、納得できない。理解できない。分からない。だからーーーーーー怖い。
「先輩のことを好きな人は多いっす。でも、自分は諦めないっすから」
やめろ・・・・・やめてくれ。
「だから、覚悟してくださいっす」
怖い・・・・・怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!!好かれることが怖い。その感情が怖い。その感情を受け入れてしまったら、俺が俺じゃなくなる気がして怖い。
「先輩?どうしたんすか?顔色が悪いっすよ?」
息苦しい。心臓の鼓動が五月蠅い。視界が狭まる。
「ごめん、自由・・・・・!」
「あっ、先輩!!」
俺は自由に背を向けて、自由から逃げるように走り出した。悪いことをしたと思う。酷いことをしたと思う。それでも、これ以上は耐えられない。ただただ、俺は怖くなって、その場から逃げ出した。
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「おいおい、葬式か通夜か?いつものバカ騒ぎはどうした?」
私と簪がデュノアとボーデヴィッヒを呼びに行き、織斑先生の部屋まで連れていくと無理矢理部屋の中に引きずり込まれた。織斑は居ない。温泉に行ったようだ。
「い、いえ、その・・・・・」
「お、織斑先生とこうして話すのは、ええと・・・・・」
「はじめてですし・・・・・」
「まったく、しょうがないな。私が飲み物を奢ってやろう。篠ノ之、何がいい?」
織斑先生は篠ノ之の名前を呼んだ。呼ばれた本人は突然のことに困惑している。
「ほれ。ラムネとオレンジとスポーツドリンクにコーヒー、紅茶だ。それぞれ他のがいいやつは各人で交換しろ」
私たちの前に織斑先生はジュースを並べていく。私と簪以外はおずおずとジュースに手を伸ばす。私?私はお母さんに知らない人から物を貰ったらダメと言われている。
「飲んだな?」
「は、はい?」
「そ、そりゃ、飲みましたけど・・・・・?」
「な、何か入っていましたの!?」
「失礼なことを言うなバカめ。なに、ちょっとした口封じだ」
織斑先生は冷蔵庫から缶ビールを取り出して、プルタブを開けて飲み始めた。
(ねえ、簪。トランプしよ)
(えっ?でも、織斑先生の前だよ?怒られない?)
(いいよいいよ。私たちは今、自由時間なんだよ?むしろ、ここにいること事態が間違ってるんだよ)
(もう、怒られたらマドカのせいだからね?)
簪とプライベートチャンネルで会話している。殆どのIS乗りは知らないけど、プライベートチャンネルには何個か裏技がある。その一つを私たちは使っている。本来、プライベートチャンネルはISを最低限部分展開しないと使えない。でも、本当に一部分、指先に小さく展開すればそれでプライベートチャンネルを使うことができる。ただ、デメリットは通信相手が近くにいないと使えないこと。
(トランプするのは良いけど、何するの?)
(ポーカー。お兄ちゃんに勝つための練習手伝って)
(・・・・・本気?止めておいた方が良いよ?)
(なんで?)
簪はどこか遠い目をしながら話始めた。
(昔ね、私と本音にお姉ちゃん、虚さんと秋でババ抜きしたの。そしたら、十回して十回とも秋の一抜け。一度もジョーカーを引かずに)
(・・・・・マジ?)
ババ抜きで一回もジョーカー引かないなんて・・・・・お兄ちゃんどんだけ引運が良いの?
(だから、マドカ。秋とトランプするのは止めないよ?でも、勝ちに行こうとしたら・・・・・ダメ)
簪のその言葉には重みがあった。恐らく、何度もお兄ちゃんにトランプで勝負を挑んだんろう。簪、負けず嫌いなところがあるし。
「さて・・・・・本題に入ろう。・・・・・高町妹、更識」
簪とプライベートチャンネルで会話をしていると、他の四人と話をしていた織斑先生が話しかけてきた。ボーデヴィッヒ?ガチガチに固まってフリーズしている。
「やっとですかー?それで、何なんですか?しょうもないことなら仕事中に飲酒してたって学園長に報告しますよ?」
脅してないよ?生徒会副会長補佐として当然の仕事だよ?生徒を引率するべき教師が職務中に飲酒をするのは生徒に示しがつかない。織斑先生も人間だからお酒を飲むのは仕方ない。でも、生徒が寝静まった後とかでしょ、普通。
「貴様ぁ!千冬さんを脅迫するのか!?」
私の言葉に篠ノ之が噛み付いてきた。
「人聞きの悪いこと言わないでくれる?私は生徒会役員として当然のことを言っただけだよ?それとも何?織斑先生は“世界最強”だから職務中にお酒を飲んでも許されるわけ?」
“世界最強”という単語を聞いた瞬間、織斑先生の目付きが険しくなった。
「ふん!卑怯者の妹は所詮、卑怯者だということか!」
アッ・・・・・?コノモップ今、ナンテイッタ?
「どうせ一夏との試合も卑怯な手段で勝ったんだろう!そもそも、日本男児なら武装など刀だけで充分だ!銃など臆病者が持つものだ!」
モップ女が何か言っているがひたすら我慢する。ここでモップ女を殴ったら私は“あの頃”に戻ってしまう。だから、ひたすら我慢する。だけどーーーーーモップ女は私が、私たち兄妹が一番許せないことを言った。
「顔が見てみたいものだ!卑怯者の親の顔をな!!」
その瞬間、私の中で何かが切れる音がした。
「ちょっと、箒!言い過ぎよ!」
「そうですわ。その言い方は酷すぎますわよ?」
「箒?言い過ぎだよ?」
凰達がモップ女を宥めるが私には関係無い。ただ、私の頭の中を支配しているのは、目の前のモップ女を殺すことだけ。
「っ!?逃げて、篠ノ之さん!!」
私がしようとした行動にいち早く気がついた簪がモップ女に逃げるように言う。
「なに?がぁっ!?」
私は足を伸ばし、モップ女の顔面を蹴り飛ばした。私だって伊達に亡国機業のエージェントをしていた訳じゃない。人を確実に殺せる急所だって熟知している。
「・・・・・・・・・・ねぇ」
私は立ち上がり、鼻を抑えているモップ女の髪を掴み、後ろに引っ張り倒す。そして、無防備な腹部を踏みつける。
「・・・・・今、お母さん達を馬鹿にしたよね?・・・・・あの世に送られる覚悟は出来てるんだろうな?」
今だけは・・・・・今だけは“高町マドカ”としてじゃなく、“亡国機業のエージェント、織斑マドカ”として、このモップ女を・・・・・殺す!
「・・・・・私が馬鹿にされるだけなら我慢できる。だけど、私の家族を侮辱したことは絶対に許さない。斬殺絞殺圧殺撲殺。どんな死に方がお好みだ?選ばせてやる」
モップ女の腹を踏んでいる足に力を入れる。
「ぐっ!けぼぉ!?」
あまりに強く踏みすぎたのか、モップ女は夕食をリバースした。モップ女の顔は吐瀉物で汚れ、見るも無惨なことになっている。
「そこまでだ、高町妹。それ以上は教師として見過ごせない」
「はっ!笑わせるな。教師として見過ごせない?職務中に酒を飲んでる人間を教師とはいわないんだよ」
足元で自分の吐瀉物で顔を汚しているモップ女を見る。
「教師ならどうしてモップ女が私たちの親を馬鹿にした時点で止めなかった?そもそも、止める気があったのか?無かったんだろ?自分から弟を奪ったと思い込んでるから、だから私たちの親が馬鹿にしていたモップ女を止めなかったんだろ?」
踏んでいるモップ女の横腹を蹴る。
「そんなんだからお前は
「マドカ!!!!!」
私が言った瞬間、簪に怒鳴られた。
「か、簪・・・・・?」
「マドカ・・・・・それ以上言ったら本気で怒るよ?」
簪の紅い瞳が私を見つめてくる。簪と出会ってからここまで怒られたのは初めてだ。
「ど、どうして・・・・・?悪いのはあのモップ女と、そこの飲んだくれ教師なのに・・・・・?」
「それでも、だよ。秋や桃子さん達を馬鹿にされたからって言って良いことと悪いことがあるよ?」
そんな・・・・・。私は、私は・・・・・!!
「私は悪くない!!」
私は部屋から飛び出した。ショックだった。簪なら一緒に怒ってくれると思っていたのに・・・・・。
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「ねぇ、オータム。貴方、秋と寝たの?」
「ぶっー!?」
夜。久しぶりにオータムと二人だけになった。だから、前々から気になっていることをオータムに聞いてみると、オータムは飲んでいた緑茶を吹き出した。汚いわね・・・・・。
「ケホッ!ケホッ!な、なに変なこと聞くんだよ!?」
「だって、最近のオータムと秋ったらどこか余所余所しいじゃない?もしかして寝たのかなーって」
「ねねねねねねねねねね、寝てねぇよ!!!!そ、そういうのはちゃんと順番があるだろ!?」
慌てちゃって可愛いわねぇー。
「へぇー?なら、順番ってなに?私、知りたいなあー」
「うっ・・・・・そ、それはちゃんとお互いの了承を得てだな・・・・・」
オータムは顔を真っ赤にしながら、俯いて小声で呟いている。恥ずかしがっているオータムを見ていると部屋の扉が勢いよく開き、秋が入ってきた。
「おかえりなさい、秋。夜の散歩はどうだった?」
秋の反応が無い。
「秋?どうしたの?」
秋の反応が無いことが気になって、秋に近寄る。すると、秋が突然抱きついてきた。
「しゅ、秋!?・・・・・秋?」
抱きついてきた秋の体は小刻みに震えていた。まるで、何かに怯えているように。
「大丈夫、大丈夫よ。ここには何も怖いものは無いわ。だから、そんなに怖がらなくて良いのよ?」
私は秋を抱き締めたまま、座り込む。そして、秋の髪を撫でる。やがて、秋の震えも止まっていき、代わりに寝息が聞こえてきた。
「スコール?秋は・・・・・」
「大丈夫。寝ただけみたい。・・・・・この子もまだ子供なのね」
どれだけ大人ぶっていても、秋だってまだ十五歳だもの。怖いことがあれば怯えるし、甘えたい時だってある。
「大丈夫・・・・・何があっても私が護るから」
正直な話、秋は私を越えている。私が秋を護れるとしたら、それは汚い大人たちから護ること。なによりーーーーー秋の心を護ること。
「だから・・・・・今はゆっくり眠りなさい、秋」