井の中にて空へ発つ   作:中棚彼方

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陽が昇る前に

 口を歪めるジンの隣には、感情を圧し殺すように双眸を頑なに開いた黒ウサギがいる。

 

 瞠目する飛鳥の隣には、不安を振り払いたくて三毛猫を強く抱き締める耀が。

 

 十六夜は足元の残骸を手に取った、後ろでは表情が消えても尚眼前を睨む満月が無言を貫いている。

 

 先に広がる景色は渇れている。

 修羅神仏が居座る箱庭が持つ側面の一部、または側面が生まれる過程の中で一つの戦いが終着した末路。

 "ノーネーム"の居住区画──今となっては見る影もない、過去の遺物が散乱する枯れた荒廃の地。

 コミュニティへの帰路の際、そこを通るのは必然だった。

 

「…………おい、黒ウサギ。魔王のギフトゲームがあったのは──今から何百年前の話だ?」

 

「僅か三年前でございます」

 

「ハ、そりゃ面白い、くっそ面白ぇぞおい。この風化した街並みが三年前とはな」

 

 力を込めずに握ると意図も容易く風に溶け、掌には何も残らない。

 呆気なかった、これ程までに。

 陽はまだ沈まず辺りは橙色で照らされているのに、情景と共に色を脳へ納める時、大部分が灰色で占めたのは何故だろうか。

 景色は否が応でもその答えを見せ付ける。

 

 至るところで積もる木片の山と廃墟の鉄錆び露出した鉄筋。嘗ての栄華(えいが)を砂に埋めた白地の街道。ベランダに投げ出されたティーセットとテーブル。整備のされなくなった人家に感じられない獣の気配。膨大な時間をかけて自然に朽ちたようにしか見えない木造建築の崩壊跡。

 天災の暴虐──概念として超過した災禍。魔王とは即ち災禍で、"打倒魔王"とは『ソレ』に抗う行為だと見せ付けられる。

 決して、生半可なゲーム気分で挑んでいい相手じゃない。

 ──ならば。

 

「──其れ為ればこそ、成すは難し。

 

 

でもそんなの関係無し。────よし」

 

「?」

 

「皆が()()()()。早く行こう」

 

 ──ならばこそ、詞華は並べない。端的で明細に。あるがままを受けて拾う。

 

 あっけらかんで頗る軽い──軽い声音だが。

 他愛ないように取れる口述だが。

『待ってる』というその声の意味を履き違えはしなかった。

 何故なら、黒ウサギとジンはその言葉だけで心が報われたから。あの"信号()"を聴いて、既に噛み締めていたから。

 恐れる事を怖れるこの男が感傷も何も抱いていないなど有り得ないのだから。

 己の眼窩を真っ直ぐ前へ前へ送る姿が、そこはかとなく頼もしく思えた。

 

 

 

「……、」

 

 飛鳥は黙して見つめ続ける。

 満月がゆっくりと──自分達が追い付くに容易い歩調で先へ進んでいくのを。隣に同じく立っていた黒ウサギが歩み始め、ジンがそれに追随し、耀がその後をついて行くのを。

 多かれ少なかれ誰もが共通して笑みを浮かべていた、自分ももしかしたら笑っているのかもしれない。質は異なるだろうが。

 

「行かないのかよ、お嬢様?」

 

「……そういう貴方こそ」

 

 この男も笑っている。快楽主義らしい爽快な笑みをこれ見よがしに此方に向けてくる。

 何故自分は進まないのか、そんな事はよく分からない。敢えて言えば、今までの人生の中では経験の乏しい感情が湧水のように、少量ではあるが確実性を以て溢れてくるのが原因だろうか。

 それに、"サウザントアイズ"から去り際にて白夜叉に言われた事を思い出してしまったのもある。

 

 

『……では、おんしらは全てを承知の上で黒ウサギのコミュニティに加入するのだな?』

 

『そうよ、打倒魔王なんてカッコイイじゃない』

 

『「カッコイイ」で済む話ではないのだがの……。若さ故か、無鉄砲なのか。そうではないとは思いたいが、間違っても勇敢と無謀を履き違えたりするな娘。魔王と戦うと言うのなら止めんが──、おんしと隣の娘。二人はまず死ぬぞ』

 

『『……ッ』』

 

『ギフトゲームに挑んで力を付けろ。他二人はともかく、おんしら二人の力では魔王のゲームを生き残れん。嵐に巻き込まれた虫が弄ばれて死ぬ様は、いつ見ても哀しいものよ』

 

 

「……、」

 

 あのゲーム盤で目の当たりにし、己を圧し包み込んだ優しくて悲しくて、直向きに雄々しいあの光の流動。それがあの白夜叉をある種に於いて認めさせたとも言える要因になったとするなら、この感情が何なのかも想像に難くない。

 久遠飛鳥は(さと)い。決して鈍感でもないし大財閥の娘として恥じない考慮と洞察眼は有してある。だから彼女は正体を知っている。

 

 ──そう、この感情は。

 

「別に、言われずとも今行こうとしていた所よ。……行きましょう。満月君の言う通り、新しいお仲間さんを首を長くして待ってる子達がいるんだから」

 

 返答は待たずに飛鳥も後に続く、背後で十六夜がどんな顔をしているかは窺い知れない。

 だが少し離れたであろう辺りで放られたその呟きは、はっきりと聞こえていた。

 

「…………。そうかい」

 

 何を思いそう言ったかは分からない。

 心境は複雑だ。

 

 

《俺、こんなんなんだぜ?》

 

 

 あの時、あの場所で。

 何を思いそう届けたかは分からない。

 心境は複雑だ。

 

「……、」

 

 自身を恐れてそれでも乗り越えて前に進む彼への小さな慈しみと、自分の才能("威光")とは異なる法則で他者を導く事が出来る彼への燻った葛藤。

 飛鳥は満月が羨ましいと思った。

 少しだけ、後者が勝っている気がした。

 

 ──そう。

 この靄の掛かった感情がまごう事なき嫉妬なのだと、久遠飛鳥はちゃんと分かっている。

 

 

 

   ###

 

 

 

 ────。

 

 

「黒ウサのねーちゃんお帰り!」

「眠たいけどお掃除頑張ったよ!」

「ねえねえ、新しい人達って誰!?」

「何でその人浮いてるの!? 乗せて!」

「強いの!? カッコいい!?」

 

「YES! とても強くて可愛い人達ですよ! 皆に紹介するから一列に並んで下さいね」

 

 

「(──マジでガキばっかじゃねぇか、見た感じ半分は人間じゃねぇし)」

 

「(──話には聞いていたけれど……お、多すぎない? これが全体の六分の一だって言うの?)」

 

「(──私、子供嫌いだけど大丈夫かな?)」

 

「(──かわいい)」

 

 

「「「「「よろしくお願いします!!」」」」」

 

 

「ハハ、元気がいいじゃねぇか」

 

「そ、そうね」

 

「(……メーデー)」

 

「(か わ い い)」

 

「満月さん満月さん、その狂気に溺れたような眼は即刻潰すべきだと思うのデスがどうでしょう?」

 

 

 

 ────。

 

 

「──それでは"水樹の苗"の紐を解いて根を張ります! 十六夜さんは屋敷の水門を開けてください!」

 

「あいよ────────ッ! ちょ、少しは待てやゴラァ!? 誰がそんな大量に水が出るなんて想像できると思ってんだ流石に今日はもうこれ以上濡れたくねぇぞオイ!?」

 

「ざまあ」

 

「おっとヤバい手が滑った」

 

「え、待ておまいつの間に、俺だってもう濡れたくなあああああぁぁぁぁぁぁぁぁ──────…………」

 

 

「投げた」

 

「あら、大きな水飛沫」

 

「「「「「なんで!?」」」」」

 

「うわぉ! この子、想像以上に元気みたいです!(現実逃避)」

 

「凄い! これなら生活以外にも水を使えるかも……!(同上)」

 

 

 

 ────。

 

 

「──悪いが御チビ、俺は俺が認めない限り"リーダー"とは呼ばない。この水樹だって気が向いたから貰ってきただけだ。コミュニティの為、なんてつもりはさらさらない」

 

「……ッ」

 

「黒ウサギにも言ったが、召喚された分の義理は返してやる。この箱庭なら退屈せずに過ごせそうだからな。だがもし、義理を果たした時にこのコミュニティがつまんねぇ事になっていたなら俺は躊躇わずにここを抜ける。いいな?」

 

「────。……僕らは"打倒魔王"を掲げたコミュニティです。何時までも黒ウサギに頼るつもりはありません」

 

「それはアイツの影響か?」

 

「──いいえ、これは僕自身の意向です。次のギフトゲームで、それを証明して見せますっ」

 

「ハ、最初の間はともかく……そう言い切るんならこっちは黙って期待しとくぜ、()()()()?」

 

 

 

「生きてる? 満月君」

 

「生きてるけどこんな短時間に二度も濡れてたら元気は消え失せたよ。耀ちゃんヌコモフモフさせて、きっと今の俺にはモフモフが足りない」

 

「──濡れたくないって言ってるから駄目……あれ、もう服が乾いてる。手品かな?」

 

「ヒャッハーッ!! モフモフだ──オウフ」

 

『意外! それは猫パンチ!』

 

 

 

 ────。

 

 

「──辺りはすっかり夜みたいね。ていうかこの屋敷、遠目から見てもかなり大きかったけど……近くで見ると一際大きいわね。首が痛いかも」

 

「うん、本当に大きい。……どこに泊まればいい?」

 

「コミュニティの伝統ではギフトゲームに参加できる者には序列が与えられます。序列の高い者から順に最上階に住むのが定形なのですが──今は好きな部屋を使って頂いて結構でございますよ。移動の際に不便でしょうし」

 

「おう黒ウサギ、そこの別館は使っていいのか?」

 

「あ、そこは子供達の館デスね。本来は別の用途があるのですが、警備的な問題でみんな別館に住んで────あれ、満月さんは何処に行ったのでしょう? さっきまで一緒にいたのに?」

 

「子供達の館って聞いた途端突貫していったわよ」

 

「何ですと!?」

 

 

 

 ────。

 

 

「何故だ……ッ、何故別館に住んじゃいけないんだ、そんなにイケない事だとでも言うのか畜生……ッ!」

 

「何でそんな本気で悔しがるのよ……、白夜叉の件もあるけど貴方、実は幼い子に欲情するような異常嗜好を」

 

「断じて違う、俺はただ子供が好きなだけなんだ! いいじゃんかキラキラしててさ、俺スッゴく子供が欲しい!」

 

「お前そこでその光を放出しちまったら瞬く間に格が落ちるぞ?」

 

 

「あやや、大浴場が大惨事に……。一刻ほどお待ちください! すぐに綺麗にいたしますから!」

 

「そんなあなたには一家に一人、宝 満月をそぉい!」

 

「──え、何で!? あんなに汚れた大浴場がいつの間にツヤを出して綺麗になってる!?」

 

「ふはっはー。──あ、でも汚れを消し去ったんじゃなくて両脇に()()()()()退()()()だけだから結局掃除しないといけないんだけど」

 

「そ、それでも凄いですよ! 掃除も大分楽になりましたし、これなら皆さんが直ぐにでも使えるようになります! 有り難うございます満月さん!」

 

「お、おう。そんなに眼を輝かせて両手を胸元に抱き寄せてくるくらい嬉しかったならこっちもやり甲斐があったってもんだよ。…………なら、別館に住んでもいい?」

 

「それは危険なので駄目デス」

 

「くそがあああああああ!」

 

 

 

 ────────。

 

 

 

 

「……ふぅ」

 

 あー、長い一日だった。

 そして濃い一日だった。ここまで濃いとどっかで頭抱えてる奴がいる気がする、初日にここまで濃くて大丈夫かという意味で。誰とは言わないけれど。

 今いるのは黒ウサギに宛がわれた空き家の一つだ。遺憾だが、まっこと非常に遺憾だが別館ではなく屋敷の方のだ。黒ウサギめ、何が危険だっていうんだ。俺はただ子供を愛でたいだけなのに……捏ねくり回したいだけなのに!

 

 部屋の中は簡素だ。十二畳くらいの少し広い室内には古びた本が稠密に置かれたこれまた年代物の本棚が一つと、中央に洋風のテーブルとチェアがセットで置かれている。後はまだ少し埃の被った机と椅子が隅に一つ、それから割かし高級感のある天蓋付のベッドがある。

 机や本棚にテーブルは兎も角、チェアやベッドは使う事は多分これからもない。普段を浮いて過ごしてる自分にとっては腰を置いたり横になる物は不要の産物だし、寝るのならどこでも出来る。折角良質なベッドを用意してくれたのは申し訳ないけども。

 

「……さて」

 

 クルリと寝返りを打ってみた、意味は特に無いよ。

 クルンクルン宙で廻りながら今日一日を思い出していく。

 

 いつも通りの日々が過ぎていくと思っていた矢先に届いた封書、開いて中を読んだら知らない世界に唐突に投げ出されて、辺りを見渡したらこれがスッゴい雄大で。

 下を見たら同じ境遇の十六夜に飛鳥ちゃんに耀ちゃんがいて、その直ぐ傍にはエロそうなバニーちゃんが隠れきれてなくて。

 降りたら三人と猫は個性的で、バニーちゃんは実は本物のウサギ耳で、やっぱりエロくて──寧ろ弩エロくて。

 バニーこと黒ウサギの話を聞いてみると、この箱庭の世界には面白い独自のルールがあって、それでいて黒ウサギは自分のコミュニティ"ノーネーム"に入れたくて必死になってて。

 あの時は正直黒ウサギがエロかったから入るって頑なに思ってて、でもそれは後になって変わる事になって。

 

「……、」

 

 世界の果てを目指して、龍を見つけて舞い上がって十六夜に突っ込んで蹴られて、そこで追い付いた黒ウサギを見てたらコミュニティに入る動機が変わっていた。詳細を聞いたらそれはもっと色付いていた。

 魔王の話を聞いて、その後に見た世界の果て──"トリニトスの大滝"は上から見たら圧巻の一言で、思わず"世界軸"に突っ込もうとしたのを黒ウサギに全力で阻止されて、なんやかんやで帰ることになって。

 

 飛鳥ちゃん達がギフトゲームを挑む事になってたり、ジンと初めましてしたり、黒ウサギの耳弄くり回したり。そうして辿り着いた"サウザントアイズ"の支店で、白夜叉と出会って。

 圧倒されて、自らの輝きを求めた。皆に全部では無いけど自分を曝した。

 正直、皆が前と後で変わらず接してくれた事が嬉しくて、だけどそれをおくびに出さずに耐えて。

 その耐えていた事を分かっていた奴がいて、そいつがそれでも変わらなかったのが心底嬉しくて。

 耀ちゃんがギフトゲームに勝って、ギフトカードを貰って。

 白夜叉と店員さんに別れを告げて。

 そして────、

 

「……あったな。やる事が、まだ」

 

 回転を止めて身体を起こす。やべ、回りすぎた。部屋の中散らかっちまったよ。

 戻ればいいなー。そう考えるだけで部屋は元に戻る。静止画が入れ替わったかのようだ。

 

「…………ん」

 

 願うように祈るように、両目を閉じた。

 そうすれば何処に行けるのかを『想像』しながら。

 それだけで、ここから何処にだって行ける。

 多分それが俺の(ギフト)の根幹だから。

 

 

 

   ###

 

 

 

「んなぁ!?」

「は?」

「え?」

 

「お?」

 

 

 ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。

 

 ────────────────やべ。

 

「ミスった」

 

 

「な、んな、なぁああああ!?」

 

「ちょ、満月く、はぁ!?」

 

「……!?」

 

 

「ビューティフォー……じゃねぇ!? ごっつぁんです──でもない! いや違うんだこれはほんともうみんなヴィーナスより美しくて心の奥の奥から御馳走様でした!!! 」

 

「待ちなさ────」

 

「ワザマエ!」

 

 そしてサヨナラ!

 

 

 

   ###

 

 

 

「──と。……ああ、良かった。今度はちゃんと成功した 」

 

「──満月? なんだお前、どっから湧いて出てきやがった?」

 

「人をゴキブリみたいに言うなし。……いやさ、何て言うかさ。格好付けようとしたら目の前が桃源郷っていうか理想郷っていうかさ、もうこれだけでご飯三杯は余裕でイケるし私の心身ホッコリヨ! どうしよう俺、死ぬ!?」

 

「語彙纏めて作文にでも書いて出直してこい、まるで意味が分かんねぇ」

 

 全く以てその通りでぐうの音も出ない。久々に仕損じたから動揺してるのが自分でも分かるわ。

 何でよりにもよって今『誤差』が出たんだ? お陰でこっちは夜が楽しみだよ! ありがとう、心からありがとう!

 

「……よし落ち着いた。──んで、逆に聞くけどお前は何で屋敷の前にいるんだ──ああ、そゆこと」

 

「勝手に自己完結すんな。んだよ、()()()()()()()()()()()? ……ああ、そうか」

 

「お前今の全力でブーメランな」

 

「ガキ共に夜這いか」

 

「違う!! ──いや、悪くないか……?」

 

「おいこら思案顔で別館の方に行こうとしてんじゃねぇ」

 

 閑話休題(少し、頭冷やそうか)

 

 

 

 

「俺はちょっとやる事が見つかったから、その用を足しに行こうと思って」

 

「夜這──」

 

「もっともっと健全な事だよ。……それは後のお楽しみだ」

 

「真顔で言うなよ。……こっちは見ての通りだ、それでさっきから律儀に待ってやってんだが向こうが倦ねて動こうとしねぇ」

 

「一石投じてみたらどうだ?」

 

「……いいな、それ」

 

 いい顔しちゃってまあ。

 屋敷を出たすぐ傍にある別館の前でこうして会話する間も、反対の茂みの中で動く気配が複数ある。流石に棒立ちではないが十六夜の言う通り、動くかどうか迷っているらしい。

 "フォレス・ガロ"の手口は飛鳥ちゃんから聞いてある。だから今回も同じ行為を重ねようとしているんだろうな。

 ……さてと。

 

「……んじゃ、俺は行くよ」

 

「意外だな、お前こういうのに真っ先混ざるタイプだったんじゃねえの?」

 

「言っただろ、俺は俺でやる事があったから外に出向いたんだ。──まあ、なんだ。向こうの事情も汲むべきだと()()()()ぼやいとくよ」

 

「知ったような口だが、生憎そんな優しい成分で出来てる訳じゃないんだぜ? 俺は」

 

「──ああ、C3H5(ONO2)3?」

 

「ニトログリセリンじゃねーか!」

 

 成層圏を脱する速度で飛来してきた投石を空に上がる事で躱す。今日──というか今は何故か知らないが調子が低迷してるっぽいから直接目的地までは行ったりしない。こうやって『満月(まんげつ)』の下を空中遊泳ってのも存外悪くは無い。

 

 斜方に推進しながら百メートルくらい上空に浮上した辺りで後方からでっかい爆発みたいな音が聞こえたのは多分気のせいじゃない。やったのは恐らくあの絶対快楽主義謳歌するマンだろう。さっきのとは別で刺客に何かしたんだと当たりを付ける。

 程々にやってくれ。

 (うち)の子供達を手に掛けようとした罰と、自らの子供を捕らわれ奪われた者達に慰め程度の果報を与えてやれば尚()しだ。

 出来ない訳がない。

 そう思えるくらいには、十六夜の事を信頼しているんだ。

 

 

 

   ###

 

 

 

 着いた着いた、割りと早かったな。

 下見がてらもうちょっと緩く飛んでも良かったかも。

 なに、だからと言って別に文句を漏らすような奴は此処にはいないのだが。

 というか、ここには生命は一つしか存在しない。無論その一つは俺だ。

 

「──、」

 

 辺りを一望するが、当然の如く変わった様子は見られない。耀ちゃんの言っていた通り獣の気配は夜になっても全く感じられないし、廃墟と木材の屑山が景色を創っている。

 目的地──"ノーネーム"の居住区画──は、真ん丸の月が地上を照らしている以外に変わった部分は何一つ無い。

 

「──うっしゃ」

 

 変わった部分は何一つ無いが────。

 ここをこれから変えていく。

 今から俺はある現象を起こす。そう。

 

 『()()()()()()()()』をだ。

 

「……これでどうなるかと言ったら、ただそれだけなんだろうけど。本当に、ただそれだけ」

 

 だが、それで確定できる未来があるなら。

 俺は黒ウサギの為に、ジンの為に、子供達の為に。

 "ノーネーム"の為に、この力を使ってやりたい。

 だから、一言こう告げてやる。

 

 

「……"amen(来たれ)"」

 

 

 呪文のように、問いかけるように。それでいて呼び掛け呼び寄せ手繰り寄せる理の果ての言の葉。

 単純な結果を百分の百で呼び寄せる確約の声。

 即ち、明確な勝利の探求。

 勝利と敗北の絶対的二元論の中で片側──勝利を最奥まで求め、求め、求め続けたその終端を形骸化する。

 至極単純に、実体のみを告げるなら。

 

 これを告げて、負ける事は百分の百で有り得なくなる。

 

 廃れた大地は豊穣が絶対になり、二間の勝敗は唱えた側の勝利が確定する。

 絶対に、万が一にも億が一にも兆が一にも京が一にも。

 那由多だろうと不可思議だろうと無量大数だろうと、一グゴール(十の百乗)だろうと不可説不可説転だろうと──一グゴールプレックス(十のグゴール乗)になろうとも。

 

 唱えられた事で恩恵を受けた対象が待ち受ける筈だった敗北は他に送還され、()()()()()()()()()()()()()

 

 

 さあ、舞台装置が作動した。

 始まるぞ、始まるぞ。不確定の未来が確固たる形を成すぞ。

 未来が形を成したとして、それで起こる被害は想定不可だ。結果が勝利で凝固して、その過程で散る犠牲がどうなるか。

 守れるか? 退けられるか?

 

 積んだ物言わぬ骸の重責に、お前は背かず耐えられるか?

 

 

「愚問だペテン師()。全部まとめて根刮ぎ一緒くたに護り通してスーパーハッピーハーレムハイパーエンドを築いてやる。笑顔が財産文句あっか!!」

 

 潔し。

 さすれば遍く(よし)とすべし。(なんじ)振り向かず先を()()

 

 

 ──起動。

 

 

「──……"Gospel("福音"よ)"」

 

 

 発動の鍵は地上に自らの意思で足を置くこと。それが"反転"の合図になる。

 ──さあ整った、全部整った。もう戻れない。

 でも大丈夫だ、未来が確定しようとそれが本当に全てとは限らない。際限はないんだ、この『(一歩)』に!

 これが俺の"ノーネーム"への──黒ウサギへの恩返し。俺があの時嬉しさをおくびに出さずに耐える姿を理解して、それでも、それでも尚変わらなかったお前への現状最大最高級の恩返しだ。

 

 この土地に天地神明に誓う豊穣の印を。

 明け渡す!

 

 

 

 

「"amen(来たれ!!)"!!」

 

 

 

 

 

 

 

 瞬間、夜を照らし脈動するように爆発的に広がる"莫大な極光"。昼の快晴も斯くやの第二の太陽は月光を相殺し退廃の街を包み込んでいく。躍り狂う光の揺曳(ようえい)に相乗して蠢く大地が地鳴りや流動となってその質を大きく変動させていく

 生を拒む死んでいた地質は生を育む肥えた地質に。

 不要な木片の屑山は大地が丸ごと飲み込み次への糧とし。

 街道を埋める砂は風に取り払われ物言わぬ廃墟は分解される。

 空気が洗われていく、最盛期の数倍も良質に。

 

 時間にして一刻かそれよりも少なく。だが辺りはこれでもかと見違えた。

 二度、大地は時を刻んだ。

 

 ──うし、先ず先ずだ。終わってみればあっさりしたもんだが。

 これでこの地は、この地に限って未来永劫──箱庭の世界、その統治者、そして俺自身が今際の際を迎えようとも途絶えず残る。

 土台と下地を補強しただけだから大袈裟にも程があるし、デカイ事言えた側じゃないけれど。

 ……でもさ、支持した方向がこの居住区画だったってだけで、これがギフトゲームになると話は百八十度変わってしまうし多分やったらカナリがなられる。黒ウサギが恐怖を孕んで飛んでくる。実際にそれだけで済んだらこの世界の法則が優しすぎるって事になると思う。試合しないで無条件で勝ち取る所業だし。

 これくらい構わんよな? 空から極太の光線降ってきたりしないよな?

 ──いいぜ、来いよ神様。神格なんて捨てて掛かってこい。

 

「……ちょい疲れた──帰ろ」

 

 既に両足に重力の縛りはない。──今更だけど何で浮けるんだ俺? あれか、地に足を着ける行為が特別で、特別だからこそそれが通常であってはならないならば浮いている事が通常になるって言う逆説的な。

 ──なんだこの無駄に難しい解釈。んな訳無い、絶対ただのギフトの影響だろうしこれ。うん、無い無い。それに今考えることじゃない、帰るの、今すぐ帰るの!

 

 視界の端に金髪の女の子が写ったけど最初からいるのは知ってたから取り敢えず手は振っておく。こんばんはしようと思ってたけど普段あんまりやらない事やったせいかちょっと眠い。今度会うかは分からないけど会ったらちゃんと挨拶はしようと思う。

 

 行きと同じように地上と距離を取った。ある程度浮上したのを見越したら今度は屋敷に向けて進む。後ろの居住区画がどんどん離れていくのが分かる。

 

 ──あれ、そいえばあの金髪の女の子、何か羽みたいなの生えてなかったか?

 

 ────まあいっか。……いいよな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ???

 

 

 

 この夜の事を"ノーネーム"が知るのはそう遠くない。一新した景色に目敏い彼等が気づかない筈がないのだから。

 

 ──しかし、真実を掴める者が一体どれだけいるか。

 

 勝利の確約。どちらか一方に転ぶのではなく最初から有益な方に転んでいるという真実に、辿り着けるのは一体どれだけか。

 

 分かる訳無い。知らなくていい。

 彼自身がそれを望んでいるから。

 

 ──これを知る事が出来るのは、直接垣間見た者に限定される。

 

 それは後に、大きな波紋を呼ぶだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 蛇足

 

 

 

「…………、」

 

「「「…………、」」」

 

「……あのさ」

 

「やかましいデス」

「座りなさい」

「……」

 

「弁明を」

 

「やかましいデス」

「座りなさい」

「……」

 

「死なば、竜巻くは──」

 

 

 

 

 

 

 スプラッター☆エンド!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 C3H5(ONO2)3。



 (ONO2)



 (OWO )



 (OwO )



 (OwO ) <ウェーイ



 つまり満月はオンドゥル。
 嘘です。
 これ言った時の主人公の顔だと思えばいいんじゃない?(適当)

 幕間回で他視点のとか大浴場での三人の会話とかを設ける予定です。今回は自分でも説明が少ないように思えたので。
 だから前回の後書き詐欺では絶対にない筈だ!



 金髪の少女……一体どこの吸血鬼なんだ。

 


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