ZIPANG 艦娘「みらい」かく戦えり   作:まるりょう

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第五話 チョイスル島沖海戦

「チョイスル島沖海戦」

 

「夜が明けるわ……」

 東雲の雨空。天を覆っている雨雲は、東の方から既に青くなり始めていた。

「まだ30マイルも離れていないよ」

 響は振り返った。水平線にはまだ微かにガダルカナル島が見える。

「送り狼の攻撃部隊に攻撃されるかもしれないわ……」

 みらいから伸ばした曳航索に艤装を結わえ付け曳航されている暁が不安感を示した。

「今のところ、レーダーに飛行場姫が航空機を発進させる様子は映ってないし、護衛艦隊も深海棲艦の泊地周辺から動いていないわ。多分、かなりの混乱状態だと思うから、追撃する余力が無いのかもしれない」

 みらいが端末機を取り出して画面を操作する。

「島内でひっきりなしに微弱な交信が交わされている。恐らく、歩兵の持つ無線機じゃないかしら。島内での被害確認と防衛体制の立て直し中、といったところね」

 暁が尊敬の眼差しでみらいを見つめる。

「すごい……そんなことまで分かるの」

 みらいははにかんで返した。

「まぁ、深海棲艦の言語はあまりよく分からないから、内容までは同定できないけどね。……戦後の研究も進んで無くて。一応、空から見つからないように、この雨雲に沿って行きましょう。前方100キロを行く大和達の艦隊も雨雲沿いに帰投しているようね」

「雨雲の下を飛んでたら、私達も見つかるけどね」殿を航行する響が言った。

「それで、もし見つかったら……?」

 暁の心配ももっともである。陸上部隊である飛行場姫は数百機にのぼる航空機が運用可能なのだ。ただでさえ3隻という寡兵に加えて、暁は燃料切れで曳航状態、響も心許ない残燃料で全速運転は控えたいところなのだ。敵に発見されたが最後、満足に回避行動すら取れずに全滅するのではないか?

「……何よ?」暁の隣に響が並んだ。

「別に暁が負い目を感じる必要は無いんだよ」

「べ、別に変なこと考えてる訳じゃ……」

「分かるよ。何年第六駆逐隊で組んできたと思ってるんだい? 私達が危険な目に合うぐらいなら、助からない方が良かったなんて考えちゃ駄目だ。私の為にも……」

「うぅ……ただ、皆の危険を心配しているだけよ。レディとして」暁はぷぅ、とふくれた。

「ふふっ、ありがとう。安心して、私の能力があればきっと大丈夫よ」みらいが振り返って暁に微笑みかける。

「私の対空レーダーの索敵範囲は500キロ。偵察機なんて水平線の遙か彼方から探知して、その飛行コースから回避出来る。同じくソナーも遥かに強力ね。この時代の潜水艦なら殆ど確実に探知できるわ。闇夜で懐中電灯をかざして歩いてるみたいなもんよ」

「でも、それでも近寄ってきたら……? 潜水艦はともかく、飛行機の速さからは逃げられないわ」暁が首をかしげて言った。

「その時は、撃墜しかないわね。スタンダード……対空弾で、こちらが見つかる前に」

 

 

 ガダルカナル島レッドビーチ

 

「被害報告! 島ノ東部デ哨戒ニ当タッテイタ陸兵12死体ヲ確認」

「同地点ノ陸上装甲騎及ビカノン砲、複数ノ対空銃座モ大破」

「水上警備艦艇ハ近海哨戒ノミ続行。稼働可能ナ主力艦ハ激減シテオリマス」

「完敗ダ……」

 夜が明けて、飛行場姫の元には多数の損害報告が集まってきていた。

「夜戦デ防衛艦隊ハ大敗シ、新兵器ニヨッテドックガ破壊サレタ挙ゲ句、我々ノ収容所カラ貴重ナ艦娘ノサンプルガマンマト逃ゲ出シタ……ト。ポートワイン基地ノ方面司令部ニソンナ報告ヲセネバナラナイノカ……」

 数日前からずっと続いていた通信障害は先ほど回復されたようだ。だが、彼女らの司令部に大敗北の報告をするのは気が滅入る。

「ソレニシテモ……サジタリウス、貴様ハ……」

 考えて続けているが分からない。これまでの兵器体系から外れた「矢」、そして突如現れた戦艦部隊に対抗するような振る舞いをしたこと。彼女はその後、脱走したのち、我々が一度は再捕獲しかけた駆逐艦を救出し、そのまま去っていったらしい。

(ソウ言エバ、ミッドウェーデ新鋭艦の追尾魚雷ニ追イカケラレタトイウ潜水艦ノ噂ガアッタ)

 その話の敵艦がサジタリウスと同一ならば、彼女は巡洋艦クラスかも知れない。俄かには信じられない内容ではあるが……?

(サジタリウスノ姿スラ分カラナイ……昨夜カラ、仲間達ハ恐怖ニ駆ラレテイル)

 新型兵器は部隊の士気に関わるだけでなく、我々にとって今後の脅威となるのは明らかだ。自身に航空戦力がまだ残っている以上、何らかの戦果をあげねばならない。

「索敵機ノ発進用意。サジタリウスヤ脱出シタ駆逐艦、12隻ノ戦艦隊ノ奴ラハマダ近クニ居ルハズダ。サジタリウスヲ沈メラレナクテモ良イ、日本ノ艦娘ニダメージヲ与エル事ガ……私ノ使命ナノダ!」

 

 

 ガダルカナル島沖200キロ

 

 完全に夜も明け、島から離れて数時間。みらい達は幾分安心していた。

「私がみた深海棲艦ってすごく人間的だった。恐かったけど……結局、アレって何なのかしら。未来なら分かってるんじゃないの?」

 みらいはうーん、と息をついて答えた。

「なんなんでしょうね? 古代からの船に関連した呪い、舟幽霊とか言われているけど……はっきり断定出来るような直接的証拠は無いし、出現しなくなって久しいから実はよく分かってないのよ。ほら、英語で船の代名詞はsheでしょ? 船舶は古来、海外では女性扱いで、進水式でキリスト教式の洗礼がなされるみたいに、1人の「女性」として扱われるのよ。日本では馴染みが薄いかもしれないけど。それに宿った人間に近い魂の、特に戦闘艦艇が沈む事によって悪霊化したもの……」

「ほう。」響が興味深そうに相槌をうった。

「……って学校で言ってたわ」

「あぁ、そう」

「まぁ、人間の形をした船の魂なら、船の魂を受け継いだ人間である私達と、案外同じような物なのかもね」みらいはひと呼吸置いて続ける。「私達の魔力の起源について考えた事はある?」

「えぇと……少女から若い女性の時期に稀に出現する、科学とは違う原理で生み出される力を、人為的に増幅させたもの、だっけ」

暁が上を見ながらたどたどしく答えた。

「こっちの方よ」と、みらいは背後の艤装をコンと叩いた。

「私達の魔力で召還している、軍艦の魂の方。どこから来たか説明されてないでしょう」

 艦娘が艦娘たる要素は2つ有る。素体と、艤装だ。

 艦娘はよく「魔法少女」と比喩的に解説されることがあるが、これは「素体」の方に焦点を絞った考え方で、余り適切とは言えない。人間の女性としての肉体・精神的な部分である素体の主な役割は、艦娘の原動力である魔力の供給と統括的な判断・指揮を行い、またその女性の意識をもって艦に1つの人格を形成させる事だ。

 もう1つの「艤装」は、内部に戦闘艦艇としての魂が宿っており、決して艦娘が扱うただの武器と言うわけではない。人間の素体から供給された魔力をエネルギー源として、素体の指揮の下、火器による戦闘を担う使い魔たる妖精の依り代としての存在と、傷つきやすい素体の受けたダメージを一部肩代わりする機能を持つ。だが、その本質は戦闘艦艇の魂が住まう社としての存在だ。

いわば艦娘の2つの要素は「魔法道具」と「魔法使い」ではなく、対等な2つで1つの存在、「神社」と「巫女(シャーマン)」なのだ。

暁の答えは素体としての魔力の事だが、みらいが問題としているのは艤装に住まう魂の方だ。

「かつて存在していた艦の魂が艤装に宿っているというのに、モデルとなった艦はほとんど見当たらないのよ。私がもと居た世界だって、護衛艦『みらい』は昔も今も存在しない。こんな噂を聞いたことあるわ。ひょっとしたら『彼女達』の魂は……この世界じゃない、別の地球から来ているんじゃ無いかって」

「……異世界?」

「えぇ。理屈で証明が出来ない事だけど。まぁ、所詮は都市伝説、オカルトなんだけど、ね……」みらいは肩をすくめた。

その時、みらいのCIC員がレーダースクリーンに映る光点に気付いた。

「オッ、とぉ……こちらCIC、光点1を捕捉。敵の航空機の模様」

 その報告に3人が顔を見合わせる。みらいは端末機を取り出して確認した。

「1機だけ……なら攻撃機ではないわね。飛行場姫の偵察機かな」

「このままのコースですと、接触まであと20分。回避しますか?」

「ええ。真っ直ぐ行ってくれるなら、見つけずに通り過ぎてくれるわよ。面舵30度」

 3人は右に舵を切り始めたが、それとほぼ同時にみらいの妖精が問題に気付いた。

「待って下さい。大和艦隊はすでに雨雲から抜けています。このままのコースを行くと、我々を通り過ぎたのち、その偵察機は大和さんの艦隊を捕捉する可能性があります!」

 端末を操作してみらいが答えた。

「な……確かに。このままじゃ、発見はほぼ確実ね」

「そ、それって随分不味いんじゃ……」

「えぇ。警告してみます。あなたたちの暗号のアルゴリズムはさっきの通信で分かったから……」

 みらいは端末機を指で操作したのち、イヤホンを背後にある艤装の収納部から引き出し咽頭マイクのスイッチを入れた。

 

 

 無線封鎖中でトラック基地に帰投していた大和達は、再びみらいからの通信を受ける事となった。

『こちらみらいです。緊急事態、戦艦大和、聞こえますか?』

「はい。通信は良好です。……まさか無線封鎖中に貴女の方から通信が入るとは思いもよりませんでした。何か有りました?」

 折角の無線封鎖がみらいの大出力通信によって無意味になったからか、大和の声色は微かに困惑しているようだった。

『無線封鎖を破った事については謝罪します。要点だけ言います。貴艦隊に飛行場姫の索敵機が接近しています。接触まで推定20分、貴艦からの方位は1-1-6。至急、回避航路をとってください。以上』

「……分かりました。あなたの報告を信じて、回避します。ありがとう」

交わされたのは短い通信だったが、大和は瞬時に状況を把握した。

「聞きましたね? 前艦面舵! 敵索敵機からの捜索範囲から離脱します」

 そう言って大和は右腕を挙げた。鈍重な挙動の彼女は舵を切ってから艦体が反応するまで二呼吸はかかるが、ベテランの鈴谷と熊野がぴったりと大和に合わせてゆく姿は危なげない。それに続くは、護衛の四水戦。旗艦「由良」以下8隻の駆逐艦もキールの弧を残して旋回してゆく。

「大和さん……みらいという艦の事を信用するんですね」由良がおずおずと質問した。

「ええ。嘘を吐く理由も無いでしょう。回避行動をとったところで、損はしませんよ」

「……分かりました。異論は有りません」

 あれだけ1人の命にこだわりを見せていたみらい自身がここに至っていきなり警告を寄越すと言うことは、敵接近は恐らく間違いない。最も、由良自身も水雷戦隊旗艦としての部下の安全に対する責任がある。不信を拭いきれないみらいを信じる事に対する感情も理解出来なくはない。

 鈴谷が由良に話しかけた。

「ま、回避行動ったって減るもんじゃ無いしねぇ~。由良っち、保険掛けとこうよ」

「……残燃料は減りますわ」と熊野。

 由良が二人に向かって話す。

「そう、駆逐艦の燃料は余裕があまり無いので、気にかかるところなの。まぁ、この位大丈夫だけど」

「そっか、初春型と白露型じゃ後続距離短いしね。大和さん、あんまり迂回は……っぶない!」

 鈴谷が身体を捻って急速転舵しようとした瞬間、爆発が起こった。

「鈴谷!」

 熊野が叫ぶ。

 さらに一撃。巨大な水柱が吹き上がり、鈴谷の姿を隠す。

「何が……!」

 水柱が消えると、艤装が大破し身体を傾けた鈴谷が居た。

「いっ……たぁ……ちょっ、こんなとこで被雷とか……冗談キツいわ……」

 鈴谷のダメージは艤装だけでは無かった。被弾時の破片で制服はあちこちが裂け、白い彼女の肌が露わになっている所は複数の裂傷で朱色に染まっていた。重傷を負った彼女の姿に、熊野は思わず声を上げた。

「鈴谷!大丈夫ですの!?」

「左から4本……」

 大和が振り向き、叫んだ。

「敵潜水艦です! 全艦、魚雷回避行動! 四水戦、対潜戦闘!」

「はい! 第二駆、二十九駆、対潜戦闘用意!」

 第二駆逐隊の村雨、夕立、春雨、五月雨、そして第二十九駆逐隊の有明、夕暮、白露、時雨の八隻は背後に装備してあった爆雷を掴みとり、速度を増して散らばっていった。

 

 

「CICより報告。大和艦隊、回避行動中止。全艦、各個に散開してゆきます!」

 みらいは驚いて再び端末機を取り出した。

「どうして? 何が起こっているか、わかる?」

「大和艦隊の全艦がバラバラに回避行動をとっています……恐らく敵の襲撃と思われます」

「対水上、対空共に敵を認めず。潜水艦かと」

「しまったわね……大和達は潜水艦をどうにかしないと偵察機から逃げられない。偵察機の接触まで、あと何分?」

「10分を切っています」

「今からシーホークを雷装させて緊急発艦、短魚雷で潜水艦を撃沈したとして、回避は間に合う?」

「無理です。SH60Kより偵察機の方が速いので、既に手遅れです」

 さらに悪い報告が舞い込む。

「重巡鈴谷、行き足止まります。深刻なダメージを負った模様!」

 みらいは自身の頭から血の気が引いて行く感覚にとらわれた。魚雷を受けて機関停止……沈まないにしても、無視できないダメージを負っているだろう。彼女の身が心配だ。そしてそれは、その場から逃げられない事をも意味していた。……艦隊が彼女を見捨てなければ。

「仕方ない……スタンダードミサイルは?」

「射程外です。今から全速で追いかけたとしても接触が先になります!」

 みらいは唇を噛み締めた。暁と響が不安そうにこちらを見つめる。

「みらいさん……」

「ま、まさか万事休すじゃ無いわよね……?」

 みらいは端末機を握り締めて命令を下した。

「ジャミングで敵偵察機の通信を妨害します! これで少なくとも、敵機が飛行場姫に帰投するまではこちらの存在を隠せる筈。時間稼ぎにはなるわ!」

「了解! 電子戦用意!」

「NOLQ-2始動、撃(っ)てー!」

 みらいから放たれた電波のホワイトノイズは、半径数百キロに光速で広がる。飛行場姫の偵察機の持つ通信システムは完全に妨害され、敵味方問わず効果範囲内の無線通信は全て意味を為さなくなった。

 

 そして、飛行場姫の持つ対空、対水上レーダー群にもその効果は確実に及んだ。

「リコリス指令、無線機及ビ基地ノ全レーダー群ガ再ビ機能不全ニ陥リマシタ」

「マタカ……」飛行場姫はうなだれる。

「全部マトメテナンテ、私達補給元ノポートワイン指令部ニ嫌ワレテルンスカネ?」部下が軽口を叩いたが、飛行場姫の表情は変わらない。

「ア……エェト、不思議ナ話デスガ、全基トモ北西ノ狭イ範囲ノミホワイトアウトシテイマス。空電ニシテハ……」

 飛行場姫が立ち上がり、やおら彼女のレーダースコープを見せる。そのスコープも北西方向の数度の範囲のみ真っ白になっていた。

「コレダケノ偶然ノ一致ガ故障デ起コルカ!」彼女の感情はただの怒りでは無いようだった。

「敵ノ攻撃、ト仰リタイノデスカ?」

「コノレーダーノ不調ガ始マッテカラ奴ガ来タ……サジタリウス、ダ」

 近くに居た数人の深海棲艦達も飛行場姫の方を見た。

「奴ガトラック基地カラ来タノナラコノ方向ニ帰投スルハズダ。ソレニ、サッキカラコノ方角ニ飛バシタ索敵機ノ定時連絡ガ途絶エテイル。コノ不調ハ間違イ無ク、奴ノ攻撃ダ。ソシテ、奴ハコノ陰ノ中ニイル」

 飛行場姫の表情は怒りというよりも、復讐に燃える喜びだった。

「索敵機ノ帰投ヲ待ツ必要ハ無イ。私ガ全力デ、沈メテヤル。今出セル機体ダケデイイ。攻撃隊、緊急発進始メ!」

 

 

 ソロモン北部、チョイスル島沖の広大な青い海面に、幾筋もの白い航跡と水中爆発のバブルが、半円形の連続で出来た幾何学模様を描いていた。

「目標の潜水艦から視認した雷跡は4本、うち2本が鈴谷さんの左舷に命中。多分大和さんを狙った流れ弾だ。潜んでいるとしたらこの辺かな……」

 1隻の駆逐艦が呟きながら、腰部のベルトに取り付けていたスチール缶のような物体を左右の手で抜き取った。慣れた手つきで円筒の一面についていたネジを捻り、手を離す。その二つは真下の海面に着水し、毎秒二メートルで沈降していった。

「当てずっぽうの爆雷が、当たったらおなぐさみだね」

 10数秒ほど遅れて、彼女の背後遠くの海面が盛り上がる。海中爆発の衝撃が、両足から腹の奥底に伝わった。

 彼女は振り返った。

「……手応えなし」

 彼女は第二十九駆の駆逐艦、時雨。潜水艦の奇襲を受けて付近に散らばり、爆雷攻撃を仕掛けていたが、その実潜水艦が潜行していそうな場所を適当に航行しつつ素手で爆雷を撒いていくと言うもので、対潜戦闘と言うにはあまりにお粗末なモノだった。

 その理由は、敵の制海権下での戦艦大和の護衛として、対水上戦闘を重視した砲・魚雷装備で出撃したからだ。泊地における対潜哨戒の時のように爆雷投射機も音探も装備していないから、常備の爆雷を適当にばら撒くぐらいしか出来ない。

「まぁ、している事自体は無駄じゃない」

 例え潜水艦を撃沈できなくても、爆発の水圧と音響で追い散らす事ぐらいにはなる。敵潜水艦は急速潜行して爆雷音から逃げ回っているだろうか。少なくとも、再び浅深度に浮上してもう一撃、と考える事はないだろう。

 2つの爆雷を取り出し、ネジを回して爆発深度を調定する。

「むしろ問題は……あれだ」

 時雨は南東の方角を見上げて目を凝らした。

 数マイル離れたそこに黒色をしたカラスのような物体がゆっくりと旋回していた。深海棲艦の偵察機に接触を受けているのだ。海面にこれほどの航行跡を残している我々の艦隊は、間違いなく発見され、飛行場姫に連絡されている。数時間後には、敵機の空襲がまっている。

「それにしても、なんで無線装置まで使えなくなるかなぁ。まったく……」

 対潜戦闘を始めてすぐ、艦隊の無線通信は不通となった。電源を入れても何も音を拾わない。魔力で身体強化している艦娘といえど、広い海上で肉声による会話をするにも限界がある。

「まぁ、同じ事か。お互い連絡を取り合って潜水艦を追い詰めるような事は、どうせ出来ない」そう言って爆雷を握っている手を離す。

 10数秒、時雨の背後で水柱が上がった。

 更に2つ爆雷を投下しようと腰に手を伸ばしたが、てのひらは空を切るだけだった。見るとベルトに18個用意されていた爆雷はひとつも残っていない。

「残弾無し……仕方がない」

 対潜戦闘を終了して旗艦の由良を探そうと当たりを見回すと、近くにいた第二駆の夕立がこちらに大きく手を振ってきた。

『どうしたの』

 叫んでも届かない為ハンドサインで訊ねると、夕立もハンドサインで返してきた。

『くちくかんが にせき こっちに むかってくる っぽい』

 時雨は双眼鏡を取り出して夕立が指し示した方角を探ると、水平線近くに何かがいた。だが、艦娘か深海棲艦かは分からない。

『ちかよって しらべてくる』

 そう伝えるや否や、夕立は不明艦に向かって一直線に向かっていった。

「あっ、ちょっと。危ないよ!」

 思わず時雨は言葉に出してしまったが、彼女もすぐに12.7センチ砲の安全装置を解除し、増速して夕立に続いた。

 

 その10数分前、15海里南方

 

 みらい達は大和艦隊の付近まで接近していた。

「敵潜水艦を捕捉できるかい?」

 響がみらいに訊ねる。

「うーん、あれだけどっかんどっかん爆雷をばら撒かれたたら……音紋の捕捉は難しいわね……かなり距離あるし」

 みらいは端末機の画面に表示されたパッシブソナーの音波波形に注視していた。

「しっかし、何であそこまで無分別に爆雷を撒くかなぁ……対潜戦にしても、あれじゃ追い払う以上に撃沈なんてほとんど期待出来ないわ」みらいが愚痴る。

「対潜戦闘に向いた装備をしていないからだろう」

「私達も、敵との会戦が前提なら、わざわざ爆雷とか音探なんて持たせてもらえないわ」と、暁と響が言った。

「それにしても、護衛艦に1、2隻は対潜担当のソナー艦がいるのが普通かと思ったんだけど」

「残念ながら、日本海軍の駆逐艦はみらいさんが想像する以上に、対艦水雷戦に特化した運用を行っていたのです」ひょっこりと解説担当のヤナギが現れる。

「……対空担当も居ないの?」

「そもそも、この時期に広角砲を搭載した駆逐艦はほぼ居ませんでした」

「……はぁ。思ったより日本海軍は対空と対潜が苦手なのね。駆逐艦の本分は艦隊の護衛なのに。それってどうなのよ」みらいはため息を吐いた。彼女はイージス艦として、防空戦への思い入れはかなり強いので、気になるところであった。

「大和艦隊に接触した偵察機、旋回して帰投します」CICからの報告があった。

「分かりました……目標を絶対に帰す訳には行かないわ。このまま我々に最接近した際、短SAMで撃ち落とします。

後部VLS1番、諸元入力」

 みらいは慣れた手つきで端末機を操作しVLSのロックを解除、CICの砲雷科に命令した。だが、CICからの返事は復唱ではなかった。

「……無駄ですよ!」

「えっ?」

「方位1-1-6、距離25万、高度3000。戦爆連合40機を探知。時速300キロで我々及び大和艦隊に接近して来ます!」

 みらいが慌てて表示させた対空レーダーの画面には、確かに40に及ぶ光点が表示されていた。みらいは振り返ってその方角の水平線を見つめる。もちろんまだ機体は見えない。みらいの声は震えていた。

「何故……攻撃隊が!」

 

「攻撃隊!? 通信妨害をくぐり抜けたのか」

「いや……それは考えにくいんだけど……大和艦隊がこの方角に帰ることは分かってるだろうから見切り発進させたのかも」

 みらいは端末機を操作して情報を集める。

「大和艦隊は対潜戦闘中……大破した重巡鈴谷も航行不能。この状況じゃ、もう逃げ切れない」

みらいは言葉を区切り、一度深呼吸した。

「取りあえず……」

 みらいは、背後の艤装に繋がれているワイヤーのフックを外して響に差し出した。

「あなた達は大和艦隊に合流しなさい。響、暁を頼むわよ」

「ちょっと待ってよ。響の燃料には余裕がないんだからみらいさんが曳航してくれてるんでしょ。……ねぇ、みらいさんも一緒に来るのよね?」

 響が受け取った曳航索の端を暁は不安げに握る。

「ううん。このまま全員合流しても、空襲からは逃げ切れない。自力では動けない鈴谷と暁は極めて危険よ。だからあの40機は……私が単艦で、迎撃します」

みらいは胸に手を当てた。

「みらいさん……それは危険だ」

「駄目よそんなの! みらいさんが沈んじゃうよ!」

 暁は泣きそうな声で叫ぶ。みらいは手で髪を払い、2人に微笑みかけた。

「私は21世紀の防空艦、"イージス艦"なの。同時に250の目標を捕捉し、15目標に対して同時攻撃できる女神の盾の名を冠した私のシステムなら、音速以下の機体なんて標的同然よ。大丈夫だから! 早く行きなさい。また後で会いましょう」

「でっ……でも、私を助けてもらったみらいさんだけを置いて逃げるなんてことは……ちょぉ!」

 暁が言葉を全て言い切る前に、響が進路変更して曳航索を引っ張った。

「了解した。みらいさん……私達は退避する。信じてる。沈まないで」

 響と、彼女に引かれた暁は急速にみらいから遠ざかってゆく。

「待ってよ響! みらいさんを本当に置いてくつもり?」

「ここにとどまったままは危険だ。動けない暁を曳航したまま一緒に対空戦闘するわけにも行かない。みらいさんに従うべきだ」

「でも……いくらなんでも危険よ!」

「私はみらいさんを信じる。大丈夫さ、あの人の対空火力は本物だ。暁は知らないだろうけど、大和さんの放った46センチ砲弾を、着弾前に空中で撃ち落としたぐらいだ」

 暁は驚いて振り返る。既にみらいはかなり小さくなっていたが、敬礼したのが見えて思わず暁も敬礼を返した。

「嘘!?」

「私も驚いたが、事実なんだ。みらいさんを信じよう」

暁は無言で頷いた。

「……急に曳航索引っ張るから舌噛んじゃったじゃない」

「それは済まなかった」

 

 

 夕立と、それに続いた時雨が発見した不明艦は、深海棲艦ではなく同じ日本海軍所属の駆逐艦、「暁」「響」だった。

「……なんだ、敵じゃなかったっぽい」

夕立と時雨は安心して2人に近づいていった。

「響さんに暁さんじゃない! よかった、脱出できたっぽい!」

 大艦隊に合流出来たという安心感と、違う戦隊所属ともあって普段あまり話さない艦娘が自分の脱出を喜んでくれていることに、暁は小さく感激して笑顔で返した。

「あぁ、四水戦の夕立ちゃんと時雨ちゃんか、お久しぶりです。良かったぁ、取りあえず大和さんの艦隊に合流出来たわね」

「あれ?そういえば21世紀から来た何とかいう巡洋艦と一緒に居たんじゃないの?」時雨が辺りを見回した。

「そう、そのことなんだけど、敵機40機の迎撃に向かったんだ」暁とは違い、響は焦っているように2人に言った。

 時雨は困惑して答えた。

「敵機40機? いつのことかな?」

「たった今だ。戦爆連合40機が、我々に向かってきている。この海域からの離脱を、はやく大和さんに伝えないと!」

 その警告に夕立と時雨は驚いて、お互い顔を見合わせた。

 

「は、恥ずかしながら、帰って参りましたぁ!」大和に出会って真っ先に暁がしたことは、頭を下げる事だった。

「生還出来たのね……まぁ、貴女が謝る事はないわ。あなたはよくやったわ、お疲れ様でした。詳しいことは基地で聞きます。それより、状況を手短に話してくれませんか?」大和は暁の謝罪を受け流すと、2人に敵機40機接近という情報を要約させた。

「……分かりました。これをもって対潜戦闘を中止、麾下の全艦に本海域からの脱出を通達します。無線妨害下なので、遠距離の艦に対しては発光信号でお願いします。夕立、村雨には、鈴谷の援護を下命します。現在彼女は被雷により機関室が浸水し航行不能、熊野さんが曳航準備中です。護衛お願いね」

 大和の的確な指示に、村雨と夕立は敬礼とともに返事すると、大和のもとから離れていった。

「り、了解しましたぁ!」

 大和は東の海を眺めた。

「イージス艦みらい、ね……神の盾を自称する防空能力を、見てみましょう」

大和はそう言ってカタパルトから零式水偵を発進させた。




UA2000越えありがとうございます…! 多くの方に見ていただけてうれしいです。
有明・夕暮は未実装ですので脳内補完してください。そのうち実装されるかな?

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