ZIPANG 艦娘「みらい」かく戦えり   作:まるりょう

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第四話 駆け引きの夜 後編

『こちらみらい……陸戦隊へ、回収予定地点の海岸まであと何キロですか?』

「約一キロ……俺達も大概だが、艤装を背負って馴れないジャングルの中を移動した暁の体力が限界に近いようです。海岸での支援体制、よろしくお願いします」

 草木の生い茂る崖を登るオグリがそう答えて暁に目をやる。とっくに限界を超えた彼女は、必死に下草にしがみついて頑張っていた。

「だ、大丈夫よ…絶対生きて帰るんだから!」と強がってみせるも、その目は虚ろだ。

「ここが最後の登りです。こいつを越えればあとは下り坂、救援に来た響さんが待ってますよ!」

 4人のみらい乗組員は崖にしがみついて登る暁を励ましつつ、周囲で警戒にあたっていた。暁の妖精達も、動ける者が数人外に出て暁を引っ張っている。

「あともう少し……」暁は崖の上に手を掛け、身体を乗り上げた。

「や、やったわ……登り切れた、あと下りだけね……」暁の頬が緩み、体を持ち上げた惰性でずるずると下り坂を這い下りて行った。

「あ、暁さん、先行すると危ないですよ! 待ってください!」ヤナギが叫んだ。案の定、足がもつれて暁は草に顔を押し付けられた。頭から制帽が落下し、急な坂の下に落ちていく。

「はぁ、はぁ、ぁ、帽子が」頭に手を遣り、次に落ちていった先に手を伸ばした暁。その先に居た物と視線が合い、呼吸が止まる。

「ぁ……」

「コイツ……艦娘ダゾ!」

 

 そこにいたのは異形の陸上警備兵だった。人型の素体に、深海棲艦のような外殻が所々に付いているそれは、銃のような艤装のような物を手に持ち暁に向けていた。

(は……わ、私は、)暁の口から空気が漏れるが声の形にならない。腹筋が痙攣し、空気の塊をまばらに吐き出す。不意に、警備兵が銃を発砲させる。銃口のフラッシュを目にした暁は有らん限りの悲鳴をあげた。

「悲鳴!?」

 オグリ達に緊張が走る。暗視スコープに何かが映っていた。

「敵だ! 10時の方角!」

「きゃあぁ!」暁は地面に伏せ、とっさに魔法陣を展開して被弾のダメージを空へそらすと同時に、対空機銃をめくらめっぽうに撃ちまくった。1体の警備兵が暁の放つ13ミリ機銃に身体を撃ち抜かれて吹き飛ばされ、一瞬でガラクタの混ざったミンチになる。

「散開シロ!」

 4人は坂を下りながら暁の方へ駆けた。

「暁を援護!」

「右サイドへ回り込め!」

「スタングレネードを投擲! 暁さん、目を瞑って!」

「え?」

 暁の目の前に缶のような物が飛んできた。それは一度岩にぶつかり音を立て警備兵の下に転がって行くと、百万カンデラの閃光と160デシベルの爆音を空間にもたらした。

「ウワッ!」

「撃ツナ、同士討チ二ナルゾ!」

 混乱状態の警備兵達に容赦なく5.56ミリの銃弾が狙い撃ち、瞬く間に8体の異形の警備兵が骸となった。

 暁は伏せて大きく肩で息をしながら、震える指で既に弾切れとなった対空機銃の引き金を、かちかちと引き続けていた。

「大丈夫ですか?」

 カドマツ達は暁の元へ駆け寄った。暁は顔を起こし、無言で頷いた。

「左肩被弾してますよ!」

 暁は驚いた表情で右手を肩に遣り、顔をしかめた。

「っつぅ……気付かなかった……骨は、大丈夫みたい」

「しんどいかもしれませんが、海岸へ急ぎましょう。今の騒ぎで奴ら集まって来ます。艦娘なんだから、海に出ちまえばこっちの勝ちですよ!」

 ん、と小さく頷いた暁は立ち上がり、膝を軽く払って歩き出した。カドマツは警備兵の死体の方を振り向いた。我々には聞き取れなかったが、彼らは独自の言語を話し、人間のようにコミュニケーションをとっていたようだった。

 

 

 ガダルカナル島西岸

 

 暁は茂みの中から姿を表さないよう、姿勢を低くして海辺に沿って進んでいた。砂浜には、先程の銃撃戦を聞きつけ複数の警備兵が集まっていた。

「暁さん、残燃料、ほぼ有りません。脱出はおろか機関始動も厳しいかと思われます」背後の艤装から、暁の機関科妖精の報告があった。

「弾薬もなし、燃料もなし。と言うことは、丸腰って訳ね……」

 艤装内の燃料と弾薬庫の弾は捕虜になった時に全て奪われている。対空機銃と主砲の僅かな即応弾だけしか残っていないが、機銃弾は先程全て手動で撃ち尽くした。

「機関始動出来たとしても、音でばれるわよね?」

 暁は砂浜で警戒している、数十匹もの警備兵に目を遣った。6足歩行する、戦闘用の不気味な蜘蛛型装甲車らしきものまで走っていた。

「厳重な監視だぜ……」暁の頭の上から声がする。艤装のマストの上で暗視スコープを使い警戒をしているオグリの声だ。

「脱走したのは流石にばれてるだろうな……そしてこの警備の数だ。結局、警告して対艦ミサイルまで撃ち込んだのに、飛行場姫の奴暁を帰す気が無かったって訳か。或いはこっちの言葉を知らないか」隣のカドマツが呟いた。

「ううん、普通に喋れたのよ」暁がオグリに返した。

「やっぱり喋れるのか……」オグリが暗視スコープごしに覗く双眼鏡から視線を逸らさずに返した。

「この島に流れ着いて気が付いた時に、飛行場姫の前に連れてこられてね。日本の武器の事とか色々尋問されて……凄く怖かった」暁の声が僅かに涙ぐむ。

「『鬼』『姫』クラスの敵なら人語を話すことが出来るのは、確かだったんですね……」ヤナギが言った。

「怖かったけど……でも、深海棲艦が人間の形してて、人間の言葉しゃべるのに凄く驚いたの。これまで戦った敵は皆もっと恐い形してたし、化け物だと思ってたから。皆から人間が理解出来ない化け物が突然現れて、お国の為に、海を守る為に戦うって言われ続けて、それを信じてたのに……自信無くなっちゃうわ……」

 少女の姿をした怪物を、少女が倒すという違和感。暁が感じていたのはそれだけではないだろう。高度な魔導システムの開発を要する艦娘の運用に成功した列強が深海棲艦の支配する海洋を"解放"し、その後列強の取り分としてその海域を手中に収める。深海棲艦というものを通じて、領海を広げようとする列強同士の代理戦争に利用されている事に感づいている艦娘は必ずしも多くない。

「日本はそうして、ここソロモン海域まで進出したのか……こうやってみても、まだ信じがたいな」カドマツが呟いた。「……ん?」

 瞬間。暁は強烈なスポットライトに照らされた。

「イタゾ! 脱走シタ艦娘ダ!」

 

「伏せろ!」オグリが叫ぶ。とっさに下ろした頭の上を、複数の方向から曳光弾が飛来した。

 刹那、爆発音と共に暁の身体が吹き飛んだ。

 野砲に撃ち抜かれたのだ。

 数メートル空中を飛翔した暁は艤装の金属がぶつかる音をだしながら砂浜に転がり出した。

「くぅ……」暁は息が出来ず、ただ鈍く背中に広がる鈍痛に歯を食いしばるしかなかった。

 魔法防御が機能していたお陰で、野砲が直撃しても血飛沫にならずに済んだようだ。だが装甲板は叩き割られ、手に持っていた主砲はどこかに飛ばされた。破損した艤装からこぼれ落ちた妖精達は衝撃で遠くへ飛ばされている。急いで暁の元へ駆け寄ろうとした彼らに、スコールのような機銃弾が容赦無く降り注いだ。機銃弾がミシンのように砂浜を縫い妖精に命中する。彼らの頭はスイカ割りのように砕け散り、あるいは次々と倒れてゆく。激痛に苦悶する暁は、その様子をただ眺めることしか出来なかった。

 みらいの妖精が叫ぶ。「大丈夫ですか!?」

「大丈夫だ、撃ち返せ!」オグリが返事した。

「何が捕虜だ……こりゃ完全に殺す気じゃねーか!」

 投げ出されたオグリはその場に伏せ、近場にいた一体の警備兵を暗視スコープで確認すると小銃弾をフルオートで叩き込む。視界の端に足の生えた装甲車が見えた。

「くそ……LAMが欲しいぜ」

 

「ぐっ……」

 暁は軋む全身に力を入れて立ち上がった。あたりを見回しオグリや生存していた数名の妖精と、落ちている中で一番損傷が少なそうな主砲1基を拾いあげる。全速力で海辺に向かって走り出し、叫んだ。「機関始動、頑張ってやってみて!」

 すかさず2発目の砲弾が着弾する。背後への至近弾となった2発目の弾片が、艤装にぶつかり音を立て背中が赤く滲む。暁はふらつき足が絡まりそうになるが、なんとか転ばずにすんだ。そして振り向きざまに主砲を構え、砲撃元に対して1発撃ち込む。射撃指揮装置が破損していたので夜間に目測での砲撃となる。見当違いの方角に爆炎が広がった。恐らく当たっていない。暁はもう1発撃とうと、更に引き金を引いた瞬間。

 

 砲塔が爆発した。

 

 恐らく先の損傷が原因だろう。予想外の出来事に暁は悲鳴をあげて倒れ込む。

 全身が痛い。裂傷による皮膚の痛み。打撲による内臓痛。さらに限界まで酷使した筋肉のキリキリと刺すような痛みが加わる。息をするだけでも苦痛で、よく今まで走れたものだと感じられた。砲塔の爆発で、右手の甲はずたずただ。至近距離での爆発が繰り返され、聞こえづらくなっている耳に、「機関始動失敗」の報告が聞こえる。

 自分に向かって降り注ぐ機関銃弾と、それがぶつかってちらちらと光る魔導防壁が美しい。まぁ、こんなものよね。深海棲艦に捕まって逃げられるなんてうまい話、有る訳ないし。死を目前にして、暁は異様に落ち着き払っていた。正面に装甲車が向かってきているのが見える。妖精達が何か言っているが聞き取れない。あぁ、折角もう少しで脱出出来たのに。残念だなぁ。

 

「ナ、ナンダアレハ!」

 何かが海岸から爆音を響かせ、ガダルカナル島低空に侵入する。それは大型のローターを回転させて空を飛ぶ、この時代に存在しない航空機だった。

 

「こちらシーホーク、暁の姿を確認しました。倒れています。生死不明」

『連合艦隊相手にあれだけ大見得切ったんだから、今更死なれちゃ困るのよ! 攻撃を許可します!』

 

 装甲車が爆発した。

 対舟艇攻撃用に配備されているSH60KのヘルファイアⅡミサイルは、元来対戦車ミサイルだ。文字通り「地獄の炎」は、その爆破破砕・焼夷弾頭をもって、暁を踏み潰そうとしていた装甲車、次に丘の上から狙撃していた山砲を極めて正確に焼き払った。

「七四式ドアガン射撃開始!」

 SH60Kの両サイドから放たれる機銃掃射が深海棲艦の警備兵達を襲った。

「アレガ……」間違いない、サジタリウスの正体だ。1体の警備兵がそう言い終わる前に、30口径の銃弾に打ち砕かれた。

「うおっ!撃ってきやがるか!」

 数ヶ所からSH60Kに向かって機銃弾が撃ちあがる。執拗に暁の妖精達を狙っていた機銃座が混乱しつつも反撃を始めたのだ。

 

 ガダルカナル島西岸沖数百メートル

 

「シーホークよりデータリンク。赤外線カメラ、感度良好」

「SH60Kを援護します。127ミリ速射砲、諸元入力」

「目標、敵対空機銃。ガンスタビライザーフルオート、オールグリーン!」

「撃ち方始め!」

 みらいは速射砲のトリガーを引く。轟音とともに前甲板の速射砲が火焔を吐き、みらいの顔を照らす。

 放たれた砲弾は吸い込まれるかの如く飛来し機銃座で炸裂。対空機銃は一撃で鉄塊の醜いオブジェへと変貌した。続いて2発目、3発目ともに真っ直ぐ機銃座に向かい、射撃開始からものの数秒で深海棲艦側の反撃は沈黙する事となった。

 

 

 目を瞑っていてもオレンジ色の明かりが感じられる。暁は目を開けた。

「燃えてる……?」

 体中が痛い。割れ、ささくれ立ったマストが体に押し当たっていたのだ。力を込めて起き上がると大きく数度咳をした。

「い、生きてた……」

 目の前には何かが焚き火のように燃えている。たった今、自分に向かってきていた装甲車だと気づくまで数秒かかった。周りを見渡す。自分を狙っていた警備兵が砕け散り、残骸となっている。

「……なにあれ」

 独特のエンジン音を響かせてながら上空を静止し、スポットライトで暁を照らす航空機がいる。そして海岸の方角を向くと、大破炎上した銃座の間を通り自分に向かってくる2人の人影を見た。1人はこちらに向かって走ってきている。

 オグリ達が叫ぶ。「ウォォー! 助かった!」「みらいさん!」

「姉さん! 大丈夫?!」別の一人が駆け寄ってきた。聞き覚えのある声だった。

「ひび……き?」

 響は暁に駆け寄ると、放心状態で座っていた暁を抱きしめた。

「うぅ……良かった、本当に良かった……」

 響の涙が暁の肩に滴る。長い間聞いていなかった姉妹艦の泣き声と、冷たい雨の中、全身に広がる響の体温を感じ、まだ生きているという実感がやっと暁の中に満たされていった。暁の目からも涙が溢れた。

「大丈夫だから、ね? ……助けに来てくれて、ありがとう。私は大丈夫よ」

「ごめん……勝手に部隊を抜け出して、姉さんにこんな怖い思いをさせて……ごめんなさい……でも、生きていて、本当に良かった!」

 響は暁の胸で号泣する。暁は微笑んで、柔らかな響の髪を撫でる。響の匂いが感じられる。響が自分の事を名前ではなく姉さんと呼んでくれたのは、何年振りだろうか。暁はどこか冷めた感情で、響を感じた。

 その様子にみらいの頬が緩む。「ふぅ……どうにか間に合ったわね。あなた達も、ご苦労様。怪我してない?」

 みらいが暁の傍にいた4人の陸戦隊に敬礼すると、彼らも敬礼を返した。

「我々は大丈夫ですが、暁さんが被弾してます」

「……大丈夫?」

 みらいは4人を艤装内に収容すると暁のもとに寄る。響は体から暁を離すと、自分の制服が暁の血で赤く染まっている事に気付いた。

「……大変だ、大怪我してる!」

「ううん、大丈夫よ……と、言いたいところだけど、ちょっとやられたわね……全身が痛いわ」暁は苦笑しながら右手を振って強がってみせるが、その手も赤黒く塗れていた。

「ちょっとどころか、全然平気じゃ無いわよ! じっとしてて、今は応急処置しか出来ないけど……」

 そう言ってみらいは艤装から救急セットを取り出すと、手際良く処置を始めた。

 

「とりあえずこんな所ね。モルヒネ打っといたから痛みは軽くなったと思うけど……」みらいは東の空を見上げた。

「あと1時間で夜が明ける。想定外の戦闘で海域離脱が遅れてしまった。雲から出たら飛行場姫の空襲や付近の艦隊の追撃を受ける可能性があるわ。もう一刻の猶予も無い。本来なら絶対安静だからかなり無茶することになるけど、今すぐ暁さんを連れて脱出します。動ける?」

 暁は無事な左手でささくれ立った艤装を慎重に触りながら答えた。

「装備は大破してるけど、魔法陣は生きてる。自力で航行は出来ないけど、水には浮けるから曳航して貰えるなら多分平気」

「本当無理させて悪いけど、ここにいたら陸上部隊がまたやってくるわ。早く逃げましょう」

 暁は響の支えで立ち上がった。三人は波打ち際から魔法陣を展開させて、揺れる海面に歩を進める。

「本当に、脱出出来るんだ……実感沸かないなぁ。夢じゃ無いかなぁ」と、暁が何となく呟く。

「夢じゃないよ。帰れるんだ」目を赤くした響が微笑んで見つめる。

 2種類のエンジン音を響かせて、3人はかすかな炎と供に深海棲艦の残骸が散らばる砂浜を後にした。

 

 


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