ZIPANG 艦娘「みらい」かく戦えり   作:まるりょう

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第四話 駆け引きの夜 前編

「なっ……対水上レーダーに反応! 艦影12を捕捉!」

 CICの報告は、対艦ミサイルが深海棲艦の入渠ドックを吹き飛ばしたのとほぼ同時刻だった。

「20ノットで南下、急速接近中!」

「えぇ?艦隊ですって?間違い無いの?」

「第八艦隊じゃないのか?」

「マライタ島の影で電波が届かなかったのか……? 第八艦隊なら8隻ですし、方角も違います」

「深海棲艦……でも無いわね。この時期、ガダルカナル海域の空母は南方へ退却していたから」

「どうします? 上陸部隊を撤退させますか?」

「暁を放置するわけにもいかないし、状況確認が先決よ。航空科、シーホーク発進準備!ヘリの高感度カメラで偵察します」

 そう言いながらみらいは腰部の航空甲板を展開した。

「さっき帰ってきたばっかなのに……戦場ってのは忙しいね、全く」と航空科の妖精は愚痴をこぼしながらSH60Kを準備する。

「史実にない艦隊の出現……何が起こっているの!?」

 

 

「クッ……被害報告!」

 飛行場姫は立ち上がった。自身の一番近い所にあった乾ドックの構造物がひしゃげ、大破炎上して夜の空を照らしていた。

「保守要員ハ消化急ゲ! 負傷者ヲ救助セヨ!」

 飛行場姫はたった今起こったことについて思い巡らしていた。ブラフだと思っていた攻撃は実際に為された。これはロケット弾の一種だろうか?だが、海上のどこからかやってきて、自ら意志を持つようにここに突っ込んだ。少なくとも、従来のような艦砲射撃とは根本的に違った攻撃であることは確かだ。

「リコリス司令官、マタ司令宛テノ電文デス!」

飛行場姫は振り向いた。

『警告は終わった……リコリス・ヘンダーソン飛行場姫以下ガダルカナル島を占領する全深海棲部隊に告ぐ。本日明朝、日の出までに捕虜としている駆逐艦を速やかに解放せよ。解放せぬ、或いは殺害した場合にはガダルカナル島沿岸の貴軍らの陸上施設に……サジタリウスの矢が降り注ぐ! 鏃は260キロのTNT……お分かりだろうが、これを放つのは深海棲艦のみを正確に射抜くことの出来る神の弓である!』

 飛行場姫はその場にへたり込んだ。何故捕虜の事を知っている? 殆ど我々を理解していない、駆逐艦一隻に構っているほどの余裕も無いはずなのに、何故我々と交渉しようとする? お前は本当に、日本軍なのか!?

 

 

 ガダルカナル島沖洋上

「こちらSH60K、みらいへ、艦隊を捕捉しました。ズームした映像を送信します」

「映像処理開始」

 みらいと響は、みらいの端末機に表示される映像を見て息を呑んだ。

「どうして……!」

 そこに映っていたのは、みらいがこの世界に来て初めて見た艦娘。

「何で大和がここに居るの!?」

「艦隊より、入電!」

 みらいは端末機を操作し、自身に向けられたモールスの符牒を表示させた。

「山本長官指揮下、攻撃部隊12艦は0430をもち、保有する全火力をもってガダルカナル島北岸を砲撃、深海棲艦及び陸上施設を殲滅せんとす! ガダルカナル島上陸中の『みらい』乗組員は、速やかに同島南岸に移動、もしくは撤退されたし!

 宛 護衛艦みらい

 発 戦艦大和」

「何故だ!?」

 

 

「0350……みらいからの返答はまだ無しね」大和は腕時計を見て呟いた。

「今頃あの子、大騒ぎだろ~ねぇ」

 隣で答えたのは大和護衛艦隊の重巡鈴谷だ。

「返事が無くても砲撃はするけれど……結局、駆逐艦の捕虜の話は本当だったのかしらね?」と、姉妹艦の熊野。

「さぁね? 今は任務に集中しなさい。全艦砲撃戦用意!」

 そう大和は叫ぶと、軽巡1隻分の重量に匹敵する巨大な主砲を旋回させる。

「主砲射撃指揮所に通達! 目標ガダルカナル島北岸、距離30キロ!」

 

 

『こちらアルファ隊、ブラボー隊に合流の為山中を移動中。現在作戦は予定通り進行しています』

「それどころじゃ無いわ! 想定外の事態よ! その場所を大和が艦砲射撃しようとしてる!」

『大和……そんなはずは有りません! 大和はこの時期、トラック基地で……』

「飛行場姫を砲撃するためレッドビーチ沖に11隻を率いて展開中よ! 大和から打電が有ったわ。0430、ガダルカナル島を艦砲射撃、深海棲艦の陸上施設を殲滅するってね!」

『な……!』

「こちら響、暁はどうなってるんだ?」

『こちらブラボー、まだ解放どころか安否も確認出来て居ません。……兵舎に突撃しましょうか? あいつら相手に、2人ではちょっとやりたくないのですが』

「あなたがそう判断したのなら止めなさい。あなた達の安全が最優先事項です! アルファの合流を待って。ブラボーの位置まで、どれだけかかる?」

『険しいジャングルなので……一時間は』

「あと30分強で46センチ砲が降ってくるわよ!」

『大和の46センチ砲はこの時代で想像を絶する破壊力です……海軍の代表的な爆撃機、一式陸攻の搭載量は800キロ、46センチ砲弾は1.35トン。全弾900発は一式陸攻1530機分に等しい投弾量です』

 その話を聞いた全員は息をのんだ。

『さらに、主砲弾には莫大な運動エネルギーが加わるため塹壕など無意味。レッドビーチに存在する全ての物は、文字通り跡形を留めないでしょう……』

 皆、返す言葉が見つからず、数秒間無言の時が流れた。

「……この時代の戦闘艦は、数10キロ離れたところのどこに砲弾を落とすかなんて制御できない。大和が砲撃を決行したら、間違いなく暁のいる兵舎にも砲弾は落ちてくるはずよ」

「あ……そ、そんな……暁が、味方に撃たれて……?」響の呼吸が速くなる。初めて暁が捕虜となっていることが分かった時以来の感覚に、響は吐き気を催した。

「……勿論そうはさせない」そういって、みらいは背後の艤装から端末機を取り出した。

 

 

「あら」大和は妖精に報告を伝えられた。

 大和は部下の艦娘の方を見て軽く笑みを浮かべた。「みらいから応答が有ったわ」

「おっ、何て何て?」と鈴谷はどこか面白そうに聞き返す。

「『我がみらいは貴艦大和以下、貴艦隊の攻撃を認めず。ガダルカナル島で作戦行動中の我が乗員に撤退の意思は無い!』……どういう事かしら?」

「それだけ?」

「それだけね。モールス信号だから……」

「認めずって事は、妨害の策に出てくるのでは無くて? 私と鈴谷で邀撃に出ましょうか?」と不審に思った熊野は、肩に掛けていた20センチ砲に手を伸ばす。

「いや、一緒に居た方がいいっしょ。それにいくら未来の巡洋艦だからって、私ら艦隊、戦艦大和に重巡2隻、軽巡1隻、駆逐艦8隻の艦隊に夜戦しようなんて、自殺行為じゃん?」そう言うと鈴谷はにやりと笑みを浮かべた。「ま、熊野と2人で未来の巡洋艦と殴り合いしてみるってぇのも面白そうだけど……」

 その時、大和達の無線機から聞き慣れない声がした。

『こちら護衛艦みらい。日本軍艦隊へ、聞こえますか?』

 熊野は鈴谷の方を向き、唇に指を当てた。

「こちら大和。聞こえますよ。あなたがみらいさんですか。初めまして、連合艦隊旗艦、大和です」

『初めまして、みらいです。モールス信号では意思疎通に難がありましたが、私の使用している端末機では日本軍が使っている無線の暗号が分からなかったので、駆逐艦響の物を使わせていただいています』

「待ちなさい。何故貴方が響の無線機を持っているの?まさか、貴方が響を……」

『心配入りません。ここに無事な姿で居ます。声を聞かせても良いですよ』

「……なら良いですけど。それより私の砲撃を許可しない、と言うのはどういう事ですか?」

『深海棲艦の陸上施設に、日本海軍の駆逐艦暁が捕虜となっている事が判明したからです。海鳥の報告通り、わが艦は彼女の救出作戦を実行中です。少なくとも暁の安否が判明するまで、攻撃を一時停止して頂けますか?』

「その要求は了解しかねます。我々は、我が第八艦隊の奇襲により前衛艦隊に遭遇せず、最善の状態で泊地に突入出来ました。このような好機は今をおいて他に有りません。また、1時間も待てば夜が明けます。数百機の敵航空戦力をもつ飛行場姫を被害なしで撃破する機会は今をおいて有りません!」

『……では貴方は、安否不明の暁を自身の砲撃で殺害するつもりですか?』

「はい。もし暁が生きていれば、そう言うことになりますか。ですが、撃沈されて生還した艦娘は居ません。我が海軍は彼女が生きている可能性が極めて低いと判断しました。これは正式に認可された作戦であり、なんら問題はありません」

 お願い、暁を見殺しにさせないで――

 響が泣きそうな目で見たみらいの肩が震えていることに気付いた。泣いている? いや、違う。これはひょっとして……

『……ふざけないでよ。救出どころか安否確認もせず、敵ごと捕虜を焼き尽くすなんて、貴方それでも人間なの?』

 全身から息とともに怒りを吐き出すようなみらいの語気に、鈴谷と熊野が驚いて大和を見た。大和は冷静に答える。

「いいえ、違うわ。艦娘よ。私達は日本の為に戦う為の存在よ。だから犠牲を出してでも敵の深海棲艦を叩くのは、私達にとって当然の任務です。貴方もそうじゃないの?」

『違う。誰かを守る為にって言いながら同じ仲間を撃ち殺すなんて、ありえない。艦娘だろうがそうで無かろうが、人間の命に違いなんて有るわけが無いのよ!』

「生命の価値に立場の違いは無い……確かにその通りよ。でも、それは平時のヒューマニズムです。残念ながら、今は戦時です。日本、いえ、全世界が総力を上げて深海棲艦を駆逐すべき時なのですよ」

『それが根本的に間違っているのよ! 補給の貧弱な日本海軍がこんな島を奪還しても何時まで持つと思ってるの!? 今必要なのは、南太平洋からの戦略的な戦線縮小と、持久戦体制の構築よ! 艦娘という存在自体が、列強同士の覇権争いに利用されてるって、あなた分かってる?』

「だからこそ、よ。持久戦の為には少しでも被害を減らさないといけません。無事かどうかも分からない艦娘1人の命を救出する為に、飛行場姫を撃破するという戦略目標を手放し救援作戦を実行すれば10倍、100倍の犠牲が出るかもしれません」

『貴方にとってはたかが一人でも、ここにいる響にとってはかけがえの無い姉妹なのよ! 撃つなら撃ちなさい! 貴方にミサイルを叩き込むわ!』

「どうしても……ですか?」

『それはこっちのセリフよ!』

「最後に一つ、訊ねます。貴方はいま、武力をもつ存在として冷静でいますか?」

『命令だからと、人の命を簡単に奪える貴方の考え方が、当たり前に受け入れられるこの世界に本当に腹が立つわ! ……これほど訳が分からない、心がつらい思いをしたのは生まれて初めてよ!』

「……分かりました」

大和はそれだけ言うと、響の無線機の回線を切断した。通信が終わって、重巡の二人が大和に話しかける。

「会話の途中で怒り出すなんて、品の無い方ですこと」熊野が呆れて言った。鈴谷は周囲を見回して肩をすくめる。

「ちょっと、大丈夫? みらいって子、発砲するとか言ってたけどヤバくない? というか、ミサイルって何」

「大丈夫、あの人は私を攻撃しません。駆逐艦一人の救命を訴えていたのに、そのために私達を沈めたりしないでしょう。それに、話してみて分かったわ。『みらい』は激怒しながらも最後まで私と交渉しようとしてた。あの方は、どんなときでも冷静に判断を下しています。そんな人が怒りに駆られて暴発、なんてことはしないですよ」

大和はそう言って2人に微笑みかけ、主砲の引き金に手をかけた。

 

「駄目……交渉決裂よ。大和は艦砲射撃する気だわ!」

 みらいは端末機から視線を移さず、無線機のスイッチを切って響に手渡した。

「……響?」

「みらいさん、撤退しよう。……これだけ暁の事を庇ってくれて本当に有り難う。どう考えても大和さんの言うことが正しいよ。この状況で私達だけが勝手な行動をしたら、いろんな人や作戦に迷惑がかかる」

 みらいは響の顔を見る。響はもう心残りはないという風に、みらいに満面の笑顔を見せた。何か異様な空気に、みらいの顔から血の気が引いてゆく。

「……何を言っているのよ」

「もう、良い……暁も、分かってるはずだ。どういう形であれ、お国のために戦った結果死ねたなら暁もそれで満足さ。私達に今更未練なんて無い」

 みらいは息を飲んだ。響は自分と同じ立場で、その思考と感情はみらいの理解の範疇だと思っていた。だが、違うのだ。たとえ姉妹が目の前で焼き殺されようとしている時でも、彼女はこの時代の軍人に違いなかった。みらいに湧きあがった感情は衝撃と怒り、そして疎外感だった。

「……駄目よ! 作戦の為に人命を犠牲にするのは仕方ないなんて考え方、私は認めないわ。貴方が暁を見捨ててどうするの? ふざけないでよ! 私の任務は救命活動なのよ。撤退したいなら1人で帰りなさい。作戦とか、大和の砲撃なんて関係ない。私は絶対に暁を助ける!」

「なら……なら、どうやって大和さんを止めるんだい?」

 断固としたみらいに困惑した響の質問を、みらいは鼻で笑う。

「大丈夫、まだ手段は有るわ。簡単な事よ。護衛艦『みらい』の全能力をもって、確実に仕留めます!」

「待ってくれ……まさか、大和さんに!」

「あの戦艦大和の初めての相手が、まさかこの私とはね……総員、対空対水上戦闘用意! 目標、連合艦隊旗艦、『大和』」

「やめてくれ! 大和さんを沈めないで! 21世紀から来たみらいさんには分からないかもしれないけど、相手はただの戦艦なんじゃない。日本海軍の象徴なんだ! 大和さんを沈めたら暁救出どころの話じゃない。私達が日本に居られなくなる!」

「……相手が誰であるかは関係ない。私は、私の目的を完遂するだけよ。前甲板VLS 1番及び2番、スタンダードSM-2ERの諸元入力開始、イルミネーター データリンク。大和をマーク!」

 

「各砲塔戦闘用意ヨーシ、大和さん、命令を!」大和の妖精が報告した。

 ああ、遂にこの46センチ砲が実践で放たれる時が来たのね。敵戦艦に撃つのでないのが残念だとは言え。飛行場姫め、世界最強のこの砲弾を思い知りなさい!

「撃ち方はじめー! ……撃てー!」

刹那、大和を光が包み込んだ。数トンに及ぶ装薬の炸裂が生んだ巨大な火焔と衝撃波のエネルギーが一帯の空域を包み込む。

 

「大和、発砲ー!」

「砲弾は9発斉射?」

「いえ、3発のみです!」

「了解。目標、46センチ砲弾!」

 大和の砲弾は秒速780メートルで飛来する。着弾までに対処できる時間は、僅か90秒以下。響が驚いてみらいの顔を見た。

「諸元入力完了!」

「よし!スタンダード、発射始め! 斉射(Salvo)!」

 みらいの前甲板から轟音と共に火柱が吹き上がる。その中から姿を表したのは2発の大型対空ミサイル。数秒で超音速に達した二本の長槍は、見えない目標に吸われていった。

 ――確実に対処できる相手では無かった。大和が発砲した砲弾は3発。みらいが同時管制で撃てるミサイルは2発。だが、宇宙から音速の10数倍で飛来するICBMさえ迎撃可能なみらいの能力を持ってすれば……!

 

 スタンダードは音速の4倍で夜空を切り裂く。対するは、大気摩擦で表面を真っ赤に焼きながら落下してくる、世界最強の砲弾。相対速度は、マッハ6。

 正確に誘導された1発目のスタンダードは、近接信管で46センチ砲弾の至近で炸裂。40キログラムの指向性爆薬は、対地用榴弾である薄い零式弾の弾殻を突き破り、吹き飛ばした。続いて2発目は46センチ弾の弾頭に正確に着弾、その衝撃により空中で砲弾は炸裂した。そしてそれら爆発の衝撃波は3発目の砲弾の信管をも叩いた。

 

 46センチ砲弾3発が空中で爆発し、新たな太陽が生まれたかのような明るさに、その海域にいた全ての艦娘は目を覆った。

「これが……これが、21世紀の艦娘……!」

 響の頬から伝った涙が静かな海面に落下する。海面に幾つもの波紋が広がり、雨が艤装を濡らし始めた。

 雨の中、みらいは拳を握り締め、空中に広がった爆炎を無言で見つめていた。

 

 

 大和以下12艦は息を呑んだ。

「砲弾、3発ともに空中で炸裂、着弾なし!」

 大和乗員の報告により、皆に動揺が広がる。

「ちょっとちょっと、どうなってんの? まさか敵機にぶつかったとか?」

「3発ともなんて、有り得ませんわ! 何かあって誘爆でもしたとか……」

 2隻の重巡も焦り、答えの出ない疑問をお互いに重ねた。

「砲弾信管が過敏に調整されてたのかしら?砲術科、何やってるの!」

 混乱する大和の妖精達から、報告が入った。

「0435、みらいより入電! 『本艦は貴艦の主砲弾を全弾迎撃。貴艦に対する本艦の準備は万全なり。貴艦が攻撃を再開しないことを望む。なお、本艦には弾頭重量454キロ、射程280マイルの対艦誘導兵器が準備中なり!』」

「迎撃!? 飛んできた砲弾に砲弾を当てて撃ち落としたって言うの?」大和は絶句した。「それに射程280マイルの対艦火器……そんな物が!」

 

 

 ガダルカナル島レッドビーチ

 混乱していたのは大和達だけでは無かった。

「報告! 先ホドノ空中爆発ニヨル被害ハアリマセン」

 飛行場姫は日本艦隊の位置が示された海図の前で呟いた。

「東カラ艦砲射撃、西カラサジタリウスノ矢……コノ爆発ニ、何ノ意味ガ有ルノダ……我々ノ中ニ、コノ奇天烈ナ現状ヲ理解スル者ガ一人デモ居ルノカ!?」

 

 

「次弾装填完了。大和さん……」

 乗組員の妖精が息をのんで指示を待つ。

「……」

 大和は選択を強いられていた。

「12隻のうちら艦隊が、たった巡洋艦1隻の恫喝に屈するわけ!?」と、鈴谷が攻撃続行を主張した。

「無茶ですわ。彼女は恐らく私達の場所が分かっているでしょう。280マイルの攻撃火器、という物が事実だとしたら、誰も逃げ切れませんわよ。」熊野が言った。

「ブラフに決まってんじゃんそんなの! 500キロも先の敵、感知出来もしないのに攻撃出来る訳ないよ。そもそも、あのみらいって子が未来から来たって話も怪しいもんよ。アメリカかどっかかの特務艦じゃないの?」

鈴谷が鼻で笑った言葉に熊野は反論した。「いずれにしても私達の任務は大和を護衛する事……相手が撃たないと断言出来ないのに、そんなリスクを冒す訳にはまいりませんわ」

「でも……!」

 大和が口をひらいた。

「提督に判断を仰ぎましょう」

 

 

トラック諸島・艦娘作戦指令所

 

 数人の参謀が無線機から流れる大和達の会話と報告を聞いていた。想定外の展開に、皆動揺を隠せないでいた。

「戦艦の砲撃を迎撃出来るとは……未来の巡洋艦という話はやはり本当だったのか!?」

「世界最強の戦艦、我が海軍の象徴を恫喝するなど、あいつは我々と一人で戦争する気か! このような屈辱、あってはならんことである!」

 目を閉じて報告を聞いていた60代の一人の提督――山本五十六が、目を開け静かに言い放った。

「あそこまで大和を遣った甲斐があったな」

 部屋のざわめきが止まり、参謀達は山本五十六に注視した。

「彼女は我々に敵対しているわけではない……ただ眼前でまだ生きているかもしれない味方を助けたいだけだ……と。敵ですらない相手と戦う必要は無いんだよ。天下無敵と信じている戦艦でも、時代の流れには逆らえない、それが分かっただけでもめっけもんだよ、みんな。負けて学ぶ、今回はそれでいこうじゃないか」

 

 

「私のスタンダード対空ミサイルの同時発射数は2発、大和の主砲は合計9門」

 雨の中、みらいは響に話しかけた。

「第2射、第3射となればさらに精度は落ちる。もし私の警告を無視して全力で撃たれたら、全てを防ぎきることは不可能よ」

「……それならせめて、暁と陸上部隊がいる所に落ちる砲弾だけでもどうにか出来ないかい?」

 みらいは視線を落とし、前甲板のVLSに目をやった。

「大和の主砲は40秒で一斉射らしいわ。全力で砲撃を続けられたら、弾数の少ないスタンダードは10分せず撃ち尽くすはず。より短射程低火力の発展型シースパローで対処出来ないとなったら、あとはトマホークで『砲撃の元』を絶つしか手はない……大和にミサイルを叩きつける事だけは、絶対に避けたいんだけど」

 みらいは唾を飲み込んだ。

「あれから10分……どうなの、大和!」

 

 

 暗視装置を装着したみらいのクルー二人が一時退避していた洞窟から姿を現した。

「深海の奴ら、みんな泡食ってるな……警備兵がいない。暁を救出するなら今だな。行ってみよう!」

 

 扉の鍵の開く音。過度のストレスとトラウマによって、ほとんど眠っていなかった暁はすぐに気付き、布も何もないコンクリートの長椅子の上で身を強ばらせた。(また痛いことされる……)

 だが、開いたのは扉ではなく低い位置にある窓だった。現れたのはきたのは黒くぬめった深海棲艦ではなく、変わった戦闘帽と小銃を携えた小人だ。

「え……よ、妖精さん……?」

「護衛艦『みらい』陸戦隊、駆逐艦暁を救出しに参りました!」

 二人は暁の足元で敬礼する。

「え、何、うそ。……夢じゃ、無いの?」暁は唐突の事に呆気にとられ、動きと思考がフリーズする。

「もう大丈夫です。夜明けまでにはここを脱出しましょう。……身体と艤装の方は、大丈夫ですか?」

「ん……!」次に暁を襲った感情は、安堵。暁の感情はとっくに限界を超えてしまって、泣き叫んだり、狂喜する感情など生まれず、心の中にただ淡々と湧き出る安堵感の塊が涙となって、ぼろぼろと眼から零れ落ちた。

 暁は泣き声も嗚咽も漏らさずただこくこくと首を振り、自分は一応大丈夫だが、艤装の燃料が抜かれて殆ど自力で海上を航行出来ない旨をたどたどしく伝えた。

 ヤナギがみらいに報告する。「こちらブラボー、暁の生存を確認しました」ヤナギは窓辺から銃を構え周囲を警戒するもう一人の方を一瞥した。「混乱してるのか周囲にいた敵兵は何処かへ行ってしまった様で、上手く忍び込めましたよ。アルファ隊と合流次第、速やかにここから脱出します」

 無線機の向こうから歓声が聞こえる。みらいとその乗組員だけでなく、響の妖精達も大喜びしているに違いない。

「問題点が1つ……暁は艤装自体に損害は無いようなので、海からは直接逃げられると思われますが燃料を抜かれているとのことです。曳航する用意が必要です……それから出来れば脱出援護の為にシーホーク飛ばしてください」

『こちらみらい、了解しました。無事に脱出してね。基地に帰るまでが、作戦よ』

 

 

 みらいは端末機のレーダー画面に映された12の艦影のうち、一際大きい中央の光点を見つめていた。

「ところで……あなたは山本五十六司令と話したことはある?」

「え、いや。トラックでご本人を見たことはあるし、艦隊所属として命令を頂いた事もあるけど、直接2人っきりで話した事は……」

「ひょっとして、私の方が詳しいかもね。山本提督は頑固な帝国軍人じゃない、聡明な方だって後世では伝えられているわ。話が通じる相手なら、対話が一番よ。大和に打電」

 

「みらいから入電……山本提督宛てですって……? ええと、」深夜の雨が降りしきる中、みらいからの通信を受け取った大和は、その要求に若干のためらいを見せた。

『私は構わんよ。読み上げたまえ』遠くトラック基地で指揮を執る山本五十六から通信が入った。艦娘と起源を同一とする魔導式の無線機は、数千キロ離れていても魔法使いたる艦娘の元にはクリアに届く。

「では、読み上げます。『発、海上自衛隊護衛艦娘みらい。只今、わが陸戦隊が駆逐艦暁の生存と無事を確認した。現在ガダルカナル島より撤退中、夜明けまでには回収可能である。本艦の今後の行動を予告する。

1つ。連絡の為、トラック基地に向かわせた艦載機、海鳥及び搭乗員の速やかな回収。

1つ。駆逐艦響及び救出した暁の連合艦隊への復帰と身の安全の保証。

当海域は危険であり、夜明けまでの帰投を勧める。後日、我々はラバウル東部海域に向かう。そこで艦載機と両駆逐艦の引き渡しを行うので、連絡用の艦艇を配置されたし』以上です」

『人命を最上に考え、いかなる時でも冷静に判断できる……それがみらいの人物像だと君は推測しているんだな。見慣れぬ世界に飛び込み、信念を曲げず孤軍奮闘、大胆にもここまでの事をやってのけるってのは、腹が据わってるって事だろう。大した奴だ。……彼女にこう言ってくれ』

 

『護衛艦みらいへ。

海鳥及び駆逐艦の件については意見の相違無し。ただし、ラバウル基地は艦娘設備が整っていないため、後日我々のトラック基地にて実行したい。駆逐艦暁の生存確認については心より感謝すると共に、貴艦の決行する救出作戦の成功を祈る。貴艦の配慮に対し感謝しつつ、これより帰投する。発連合艦隊司令長官山本五十六及び戦艦大和』

みらいは雨に濡れた髪を払った。

「連合艦隊のど真ん中に来いと言うわけね……やっぱりそう甘くは無い、か。私に接触し過ぎたあなたの処遇も気になるし」

 響が答える。「私は大丈夫。戦況が思わしくない中で代わりが務まらない艦娘を、少なくとも命令違反はしていないはずの私をクビにしたりはしないはずさ。多分……」

 その時、みらいの無線機から陸上部隊の通信が入った。

『こちらアルファ、ブラボーと暁との合流に成功した。これよりガダルカナル島を脱出する!』

 みらいは響に笑顔を見せた。「まずは……暁の無事を喜びましょう! それから大和達に、『了解した、皆さんとの出会いを楽しみにしている』と」

 

「以上です」

大和の通信員が報告した。

「大和さん、夜が明けてから飛行場姫を攻撃する?」鈴谷が尋ねたが、大和は首を振った。

「いえ……全艦に下命、方位3-5-0、トラック基地に帰投します。夜が明けるまでに速やかに敵航空勢力圏から抜け出すわよ。」

(70年後の戦闘艦『みらい』ね……私達とは全く違う存在であるあなたに対峙した時、そして私達の未来を知った時、私は一体、何を思うのだろう……?)




大和護衛艦の二人は、キャラが濃くて好きなので出しました。軽巡や駆逐艦の護衛艦は艦砲射撃する3人を警備するために付近の海上にいましたが、肉声の届かない距離なので会話には参加しなかったようです。

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