ZIPANG 艦娘「みらい」かく戦えり   作:まるりょう

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ここから舞台は変わってソロモンへ。第三章「月下揺籃 漣下絶影」です。
タイトルの元ネタは…アレですね。
今回、三章前半は戦闘描写がメインです。ネイティブでイケメンな金剛や夜戦バk…川内達による、夜間水雷戦の描写での疾走感が感じられれば幸いです。


第三話 月下揺籃 漣下絶影 前編

 深夜の南海。煌々と光る満ちた月の下、重油のようにどこまでも黒い海面に幾筋もの航跡が流れていく。先頭の軽巡が星の瞬く空を見上げて言った。

「天気は快晴……月光も明るい、視界良好。絶好の夜戦日和だぁ!」

「Hey 川内!」

 無線機から高速戦艦、金剛が話しかけた。

「一人で浮かれるのも構わないケド、先導と前衛、しっかり頼むヨー!」

「わかってる! ただ、敵制海権下で夜間侵入しての夜戦なんて、最高だよ」

 それを重巡摩耶が訂正した。

「夜戦が目的じゃ無いだろ。あくまで『強行偵察』、ガ島にどれだけ敵艦隊がいるか、調べるだけじゃんか。……ったく、旗艦がこれで良いのかね」

 そうなのだ。夜戦はあくまで目的ではなく手段である。私達の任務は、新しく発見されたガダルカナル島の敵戦力を精査する威力偵察だ。だが、この夜戦馬鹿――川内自身はそう呼ばれたがってはいないが――は、人生の目的が夜戦のような艦娘である。

 5500トン軽巡達ほど夜戦を経験し、水雷戦を指揮して戦果を挙げてきた艦娘もいないだろう。ろくに周囲を視認出来ない夜間に突撃し乱戦の中を突き進む。気が付けば至近距離に敵が迫っていたり、友軍誤射は日常茶飯事、重装甲の戦艦ですら格下の艦に近距離から撃ち抜かれて致命傷を受けかねない夜戦が大好きな彼女達は、個性溢れる14姉妹全員酔狂な奴らだと方々で言われている。

 いつものことだ。今更である。

 それに、彼女はただの夜戦馬鹿というわけでもない。部下の駆逐隊を的確に指揮し、実際に戦果を挙げている。強行偵察任務のため、水雷戦隊の援護として臨時編入された金剛や摩耶の信用を得るだけの実力は確かにある。

そして、川内もまた、背後に居る2隻、20.3センチ砲10門、35.6センチ砲8門の火力に信頼を寄せていた。

 川内が部下の二隊に通信を入れる。

「おぅい、前衛の第六駆、異常は無いかい?」

「此方暁、現在のところ敵艦隊を捕捉していません。左前方、真っ暗闇です」

「こちら、雷よ。右翼も敵を認めず……ね。電もちゃんと後ろにいるわ」

 答えたのは川内の左右に展開している警戒の特Ⅲ型駆逐艦達だ。現在は事情が有り1隻抜けている。そのことで司令部と少々あったようだ。詳しくは知らない。

「ならよし。後衛の一六駆、君らは?」

「だいじょうぶです!」

「右に同じよ」

 より新型の甲型駆逐艦、雪風と天津風の返事だ。

 昼間の航空偵察で得た情報だとガダルカナル島の北側に深海棲艦が陸上基地を建設しているという話だ。泊地として長らく運用するなら重厚な水上艦隊を展開しているかもしれない。航路を考えると、いつ敵の水上艦隊に出くわしてもおかしくない位置だ。偵察任務とは言え、敵情が判らない中この程度の戦力で突っ込む。全く、難儀な仕事だよ。

 川内は再び無線機を取った。

「なぁ第六駆。当たり前だが生きて帰るよ」

「は、はい」

「君らはアリューシャン方面の護衛任務から南方に配置されて、輸送任務のあとにいきなりこんな実戦だろ?体が鈍ってるかもしんないけど、沈んじゃ駄目だよ!」

「勿論沈むつもりは無いです。こう見えて真珠湾作戦のずっと前から艦娘やってたんだから!」

 暁が答えた。それは知っている。彼女達は反抗作戦が本格的に始まる前から、大陸沿岸で護衛任務などをこなしている。

「敵に出くわすとしたら前衛のあんた達だからね。敵を見つけたら魚雷撒いて逃げよう。強行偵察だから無理しなくても、敵の迎撃ラインと大まかな艦種が分かった時点で退却だよ。」

「えぇ、まあ、そうですね」

「実戦にブランクのある六駆をいきなり一番危険な真ん前に出すなんて変な話だよ。陣形編成した司令部の常識を疑っちゃうね。……ねぇ、何かあったの?」

「……」

「2番艦の響に関係する事と見た」

「……その事は、言えないのです」

「まあ良いけど。私も君らも任務を全うするだけだからね、余計な詮索は仕事じゃないさ。メンツ重視の上が何考えてるかは知らないけど、私の命令は敵を見つけて、生きて帰ること! 夜戦で勝たなくても良いんだ。その楽しみは次に置いといて、適当にかっさばいて逃げ帰ろう。いざとなったら後ろの火力を頼って良いからね」そういって川内は軽く笑った。

「うん……ありがとう!」

「Hey川内、摩耶。そう言えばー、アンノウンNo.182のunbelievableな話、聞きました?」金剛が話題を変えた。

「不明艦182番か……なんか噂になってるな」摩耶が腕を組んで答えた。

「あぁ、吹雪先輩が見たのよね」天津風が背後から雑談に参加する。

「ほぉ。マジで見たのか? 知り合いの知り合いが……って信用出来ないやつじゃ無いのか?」摩耶は振り返って2人を見た。

「本人から聞いたんですよ! 艤装がぶつかって不明艦の塗装も付いてたの、私もこの目で見たんです!」と雪風。

「ふぅん。司令部の人間が言ってたぐらいだから、不明艦は実在するんかもしれねぇけどよ……」摩耶は肩をすくめた。

「霧の中からいきなり出てきて、大和サンが出くわしたっテ! Southeastアジア方面に行ったとかだけど、暁達は見かけてたりしてナイ?」

 暁は驚いて飛び上がった。雷と電も見合わせる。見かけるも何も、彼女達は不明艦を捕まえたのだ。正体も知っているのだが、今は何も言えない。三人を代表して雷が答えた。

「ううん、別に怪しいものを遠征先で見たわけでも……!」

 瞬間、雷の付近に水柱が立ち上る。雷は水飛沫の間を駆け抜けて増速した。

「砲撃!? 敵よ! 右側に何隻か居ます!」

「了ー解! さぁ、雑談はここまでだよ。以下、無線通信は中止。命令は口頭で伝えるよ。雷大丈夫?敵の構成わかる?」

「大丈夫よ、離れたところに落ちたから。水柱の大きさから見て軽巡クラスってとこね。隻数と方角は…暗くてちょっと分からないわ」

「だとさ」

「おぅし、水偵に照明弾投下させる!」

 雷の頭上を単発機がエンジン音を響かせて通って行った。

 雷は真っ暗な水平線近くに複数の赤い点滅を見た。

「あそこか! 1時の方角、砲炎からして、2~3隻? ごめん、もっといるかも。」

 雷は右足に力を入れて横滑りし、水柱はすぐ右に逸れていった。

「電、無事?」

「なのです!」

「うん、それでこそ私の妹ね」

「私達の、ね!」

 暁が左から近寄ってきた。

 敵艦隊上空に達した水偵が照明弾を投下した。夜空の一角が明かるく輝き、水平線との明確なラインの間に五隻以上の敵艦が浮かび上がる。

「うげ。想像以上に多いんですけど」

 暁に続いて川内も雷達のもとへやってきて言った。

「おい第六駆、右魚雷戦闘! 一撃かましてから反航戦! 一六駆は左翼に展開、左からも来るかもしれないから!」

「来るかもなぁ。何せ今まで無線封鎖もせずくっちゃべってたし」

 川内は心中で摩耶の言葉に同意した。敵を引き出して防衛ラインを調べる為に、敢えて無線封鎖はしなかった。

 摩耶は双眼鏡で照明弾に照らされた敵艦隊を見た。

「巡洋艦4隻、駆逐艦か警備艦が3隻ってとこか……やってるやってる」

 摩耶は視界の端で川内達が雷撃を敢行する様子を捉えていた。

「敵、東にも居ます!」

 雪風から通信が入る。

「やっぱりな」

「分かった!そっちは摩耶、頼んだよ!適当に切り上げてブエナビスタ島の西側から逃げるから! 金剛さんはどちら側にも援護射撃出来るようにしてて!」

「Roger!」

 戦艦の火力は頼りになるが、戦艦としては装甲の薄い金剛型を夜戦で突っ込ませるのは怖い。強行偵察艦隊に火力が不足していると川内が司令官に頼み込んで別戦隊から借りてきた金剛だから、なるべく被弾しないでほしい。乱戦に挑むのは我々の仕事だ。彼女は背後で砲台をしてもらおう。

「雪風、天津風、被弾してねぇよな?」

「平気よ。あいつらも下手くそなんだから」

「雪風もだいじょうぶです!」

「ならよし。こっち側の敵は相手にしないそうだ。右から抜けて帰るらしいから、敵さんのツラ拝んだら魚雷だけバラ撒いて川内達の援護にまわるぜ」

「了解です!」

「艦種と隻す……」

 川内が話すと同時に水平線に砲炎を認めたので、3隻は言葉を切って回避機動を取った。

 周囲に水柱が立ち並ぶ。

「艦種と隻数……やっぱり巡洋艦クラスが数隻ってとこか。いくぜ! 左魚雷戦闘!」

 雪風と天津風は背中に搭載していた四連魚雷発射管を、摩耶は左腕に装着された連装発射管を敵にむけ、放った。

「もういい。こっちの敵さんには今撒いた酸素魚雷に突っ込んで貰うとして、川内の援護に向かおうぜ。よう夜戦馬鹿。いまからそっち向かう。生きてるか?」

「生きてるわ! いやもうやっぱ、最っ高! 夜戦万歳! 2隻沈めた。」

「……共同戦果なのです。」

「こっち側の残りの艦叩いて防衛ラインに穴開けてトンズラするよ!」

 摩耶が大きく面舵をとり、2隻の駆逐艦も後に続いた。

 

 雷が3基の連装主砲を放ちながら呟いた。

「しっかし、向こうもなかなか粘るわねー」

 敵と反航戦となる形で、川内以下3隻は数倍の敵相手に奮闘していた。先頭の川内に砲弾が集中する。榴弾が炸裂し、艤装に火災が発生していた。

「まっずいなぁ……良い的だよこれじゃ」

 ガン! と音がして、主砲一基が吹き飛んだ。川内のカタパルトはひしゃげ、後部マストも倒れていた。

「やったなぁ……」

「前方に発砲炎!」

 川内の見張り妖精が叫んだ。

 前方に敵だって!?

 川内の周りの海水が吹き飛んだ。いきなり夾差された。この水柱の大きさは……

「まさか……戦艦クラスが続いていたなんて!」

「川内さん、どうします?」暁が焦って川内に尋ねた。

「取り舵、離脱する! 魚雷撃ち尽くした私らじゃ戦艦に対処できない。戦域離脱するわ」

 まだ自分も部下も無事だが、状況がまずい。

「川内、大丈夫か?」

 金剛や摩耶達が左から近寄ってきて声をかけた。

「全艦、聞こえる?西に戦艦がいた。突破は難しい。左折して反転、マライタ島方面から離脱するよ」

「……Bad newsがあるネー」

「何?金剛さん」

「さっき背後から探照灯照射と砲撃が有りましタ……そっちの方にもenemy居るみたいネ」金剛は首を振って答えた。

「じゃあ西から……は」川内は摩耶の顔を見た。

「さっき私らが相手した艦隊が迫ってきてるぜ。要するに私達は……」

「包囲された……!」

 東には戦艦含む艦隊。西からも敵艦隊が我々に迫り、北からの増援が背後から金剛を攻撃したようだ。そして南にはガダルカナル島が。

「川内、あんたが旗艦だ。指揮を執ってくれ。どうする、ダメ元でここ突っ切るか?」

「……いや、この小艦隊で敵中突破は危険だ。答えは、南だ」

「まさか島を飛び越えろとでも言うんじゃ無いでしょうね?」と、天津風が返す。

「そんなわけ無いだろう。敵に北から抜けると思わせといて南進する。ガダルカナル島の沿岸ギリギリまで行った後、島陰に紛れて西に向かって全速力で逃げ切る。幸い、全員機関は無事だから30ノットの全速で逃げられる。摩耶、金剛さん、進路をミスリードさせる為に後ろに撃ちまくって。殿をまかせた。駆逐艦達は私に続いて、離脱する。さぁ、いくよ!」

 

「Open fire!」

 金剛の八門の36センチ砲が唸る。艦隊最大の戦艦砲は深夜の大気を切り裂き、優に20キロは離れた位置に着弾した。何本もの巨大な水柱が生まれた。

「やっぱすげぇや。負けてらんねぇ」

 続いて摩耶の砲撃。20センチ砲の水柱は、迎撃に出てきた敵駆逐艦を包み込んだ。

「初弾で夾差とは、摩耶もやりますネ!」

 飛沫の中から無傷の駆逐艦が姿を現し、雷撃体勢に付いたのが見て取れた。

「魚雷が来るぜ!」

 あくまで陽動。被雷なぞまっぴらだ。二人は射線を回避して更に撃ち続ける。

「あいつら、まごついてやがる。こっちにも戦艦がいるとは知らなかったみたいだな」

 敵艦隊は陣形を再編し、川内との戦いで被弾した艦を後方に回し大型艦で対応させようとしているようだ。

「Oops!」

 金剛は太ももに軽い痛みを感じた。複数の鈍い音がする方を見てみると、大破した敵駆逐艦が近距離から機関砲で金剛を銃撃していたのだ。

「You have hung on till now. But……」

 金剛は艤装側面の15センチ副砲でその駆逐艦を撃ち抜いた。

「It's over.」

 駆逐艦は爆発して果てた。

「金剛さん、そろそろずらかろう」

「Okay、退却ネ」

 迎撃体勢を敷いた深海棲艦を尻目に二隻は反転して川内を追いかけた。

 

「やりましたヨー、川内!」

「ありがとう。私も艤装の火災消火出来たよ。あとはガダルカナル島沿いに走り抜けるだけだ」

「敵の基地に向かって……懐へ飛び込んだ感じね」

 8隻は速力を上げ、一列に並んでガダルカナル島沿岸を急いだ。

「結局敵艦隊の構成は?」

「戦艦含む大艦隊。少なくとも三個艦隊は迎撃に上がってきた。こりゃガチの大規模基地だな」

 摩耶がため息を吐く。

「当分私達はここで戦う事になるわけね」と天津風。

「ミッドウェーの次の主戦場だね」雪風がそれに返した。

「振り切れたのかな?」

 電が振り向いて呟く。

「前から四つ目のenemy fleetが来ないっていう保証はないデスネ」

「それは勘弁してほしいなぁ」川内が半分本気で言った。

「そん時ゃそん時さ」と、摩耶は肩をすくめる。

 さざ波が波打ち際に打ちつけるような小さな着弾音が背後から聞こえた。

「あいつら、やっと気付いたのかしら?」天津風が振り返って言った。

「そりゃ沿岸ギリギリを進んでたら陸から見つかるかもね?」と、暁。

「大丈夫。サボ島を超えたらもう逃げきれる!」

 川内は笑った。このまま進み続け、夜明けまでに龍讓航空隊の制空権下まで逃げ込めれば勝ちだ。奴らを撒いてやった。余裕の笑顔だった。

 

 突如、至近弾を受ける。

「!!」

「まさか、本当に別艦隊が?」

「No! 沿岸砲台ネ!」

 金剛が島陰を指差した。二、三の明かりが点滅したかと思うと周囲の海面が盛り上がった。

「大丈夫、真夜中の当てずっぽだ。そうそう当たらないさ。全艦回避機動」

 各艦は散らばり、ジグザグ航行を始めた。

「反撃するか?」

「砲炎で位置を特定される。無視して行こう」

 暗闇から飛来する砲弾。どこに落ちるか全く分からないそれを、皆自分達には当たらないようにと祈っていた。

 川内の背後で、鉄板を叩き割ったような音がした。

「きゃっ!」

「誰が被弾した!?」

「私だけど、小口径砲よ。大丈夫」

 暁の声だ。振り向くと、火炎が見えた。

「駄目だ、まずい……標的になる!」

 次の砲弾も暁の至近に落下した。その次も、更に次も。

 再び金属音を立てて暁が被弾した。敵の陸上砲は、明らかに暁の火災を標的にしている。

「二番煙突に被弾……っ。しまった、排気が逆流して……」暁は咳こみながら報告した。

「川内さん! 暁、速度低下。落伍していきます!」川内の背後で雪風が叫んだ。

「暁!」

「ごめんなさい…先、行っててください」

 暁の肉声が徐々に小さくなってゆく。

「待ってよ暁!いま行くわ、曳航したげる!」雷が反転し、暁に手を伸ばす。

「来ちゃ駄目。曳航準備中に雷まで被弾するわ! 私は平気だから、応急修理だけ済ましたらすぐに追いかけるから……」暁は手を振った。排煙が煙たいのか、別れのジェスチャーか。

「嫌よ!置いてかない! 後ろからも敵艦が来てるって言うのに……」雷の声は掠れていた。

「雷! 暁の言うとおりだ。ミイラ取りがミイラになるぞ!」摩耶が叫ぶ。

「なによ、見捨てて行けって言うわけ!?」雷は振り返って、きっと摩耶を睨み付けた。

「今はまずい! 動けなくなったわけじゃない。ベテランだろ? 彼女を信じろ!」川内も雷に命令する。

 雷はそれに従った。残酷だが、合理的な判断だ。再び反転した雷が最後に見た暁は、水飛沫を被りながら敬礼を寄越していた。無理に笑っているようだった。

 川内は暁に向かって叫んだ。

「絶対に沈むな!夜明けを待って援護機を飛ばす。頑張って逃げてこい!」

 

 自分以外の艦は暗闇に紛れてまもなく見えなくなった。3発目の砲弾を砲弾を食らう。今度は魚雷発射管に刺さった。

「……やだなぁ。こんな所で沈んでたまるもんですか!」

 さらに一発。足に当たったようだった。

「な……もしかして舵に被弾した?」

「操舵不能!」

「やっぱり!みんな、煙突と舵の応急修理を急いで!こんな時でもレディなら落ち着いて……」

 暁の命令は自身の周囲に立った巨大な水柱によってかき消された。暁が恐る恐る振り向くと、そこには先ほど振り切ったはずの深海棲艦の艦隊が迫ってきていた。

「……!」

 

 

 零戦と九七艦攻数機が、白昼のガダルカナル島上空を飛行している。付近に遊弋する深海棲艦数隻から当たらない対空砲を撃たれながら、高度を下げてひとしきり島を巡っていったのち、帰途についた。

「あかんわ……島一通り偵察したけど、暁ちゃん何処にもおらへんで……」

 龍讓が艦攻の報告を伝え、首を振った。

 結局、暁は会合地点に現れなかった。

「クソ……なんてことだ。折角うまく逃げおおせるかと思ったのに!」

 皆悲痛な表情をしている。雷は目を真っ赤にさせながら、川内の方に駆け寄り、迫った。

「あんたが……見捨てたからっ……!」

 雷が自分より身長の高い川内の胸ぐらを掴むが、言葉が続かない。あの時は皆必死だった。見捨てなければ……という思いは、全員が抱いている。電が慟哭しながら雷の背中に抱き付くと、雷はすぐに手を放し、川内に小さくごめんなさいと呟いた。

「まぁなんや、みんな最善を尽くしたと思うで。……逆に言えば、あの大部隊相手に7隻帰ってこれただけマシやろ。最悪、全滅も有り得たような相手や」

 龍讓が気まずそうに言った。冷酷なフォローだが、開戦以前から空母をやってきた彼女は、戦場というものを知っている。とはいえ駆逐艦1隻の喪失ぐらい慣れてしまって心を動かされない、という訳でも無い。ため息をついて青空を見上げた。

「暁ちゃんがなぁ……で、どうするん? 何時までもここにおれへんし、そろそろ帰投するんが良いんじゃないかなぁ……。ウチの航空隊で復讐戦とか言い出さんといてや。直援と哨戒出す分、艦載機に余裕無いからな。ガ島に大規模な航空基地も造りよるみたいやしな」と言って苦笑いする。

「いや、いい。これ以上ここに居たら危険だ。龍讓さん、援護機出してくれてありがとう。川内以下偵察艦隊、トラック基地に帰投します」

 龍驤は無言でうなづいた。川内はため息を吐いて無線機を手にした。

「旗艦川内より、トラック基地へ報告。ガ島近海の敵戦力は戦艦一、重巡六、軽巡六、駆逐艦十、艦種不明八、及びガ島西部に陸上砲台を確認。

当艦隊はこれらと交戦し、重巡一、駆逐艦一撃沈。軽巡一撃沈確実、重巡一、駆逐艦二撃破。当方の被害、川内中破、電、雷、天津風小破。暁が艦隊より落伍し、行方不明。……喪失と判断。以上。これより帰投します」

 

 

 数日後 トラック基地司令部

 

「佐倉中佐、君の報告ではその艦娘……『みらい』の戦闘力は単艦にて機動部隊に匹敵する……だとか」

 口を開いたのは連合艦隊参謀長、宇垣纏中将だ。

「豪気だな、これは…」

「だがその『みらい』、連合艦隊所属の意志もなく、武力による拿捕も不可能だとか」と、連合艦隊首席参謀、黒島亀人大佐。

「彼女は我が海軍に敵対する意志を?」

 佐倉提督が緊張した顔で答える。

「それはあり得ません。彼女は明らかに人間であり、艦娘として存在する以上、我々と敵対し深海棲艦に与するという選択肢は有りません」

「それならば何故、時代が違うとはいえ独自行動をとろうとするのか」

「……彼女の所属する海上自衛隊は我々日本海軍とは一線を画す組織です。『みらい』当人は艦娘の人命救助として本作戦を立案しています」

「資料に依れば、この海上自衛隊という組織、創設以来一度も実戦を経験したことのないそうだが……艦娘の戦力は装備もさることながら当人の精神力に依るところも大きい。そんな部隊にいた艦娘は、敢闘精神に欠けるのではないかね? そのような艦とわが連合艦隊が共同作戦をとるなど、リスクが大きいのでは」

「……聞けば出撃時に我が基地所属の駆逐艦響も連れて行ったと言うではないか」

「それは『みらい』監視と護衛を兼ねて、響自身が具申したものであります」佐倉提督が答えた。

「貴重な汎用艦たる駆逐艦に、もしもの事があったらどう責任を取るつもりだ。そもそも、我が基地所属の駆逐艦の行動を独断で許可するなど命令系統を逸脱しているのではないのか? 響にもしものことが有れば、軍法会議ものだぞ!?」参謀が佐倉提督を追及する。

「航空参謀、まぁそう熱くなるな。響の件については責任は彼自身にはない。彼、いや『みらい』の言うことも確かだ。不用意な損失を避けるためこれ以上の囮作戦の中止を軍令部に具申すると言うのも冷静な考え方ではある。『みらい』がガ島海域に向かっているのは確かなようだし、共同作戦について検討してみないかね」

 この山本五十六大将の鶴の一声によって、連合艦隊の作戦が立案されじめた。

 


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