ZIPANG 艦娘「みらい」かく戦えり   作:まるりょう

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第十五話 伊8

みらいは横須賀の街角を走っていた。海辺の欄干に立った暁と響を見つけ手を振った。そのふたりも気付いて大きく手を振り返す。

「お待たせ、ちょっと迷ってしまって。ごめんなさいね」

暁の横に止まり、みらいは一度大きく深呼吸して息を整えた。

「いや、私たちもたった今来たところだよ」

「そう、なら良かった」

「コート、あたしたちとおそろいね」

「そうなの、半回り大きいサイズだけどね。私夏服しか持ってなかったから、南洋諸島では困らなかったんだけど。佐倉提督に言って女性用の冬服ちょっと貸してもらったわ」

みらいはその場でくるりとまわって黒いコートをふたりに見せた。サイズ違いの同じものを暁と響も着ている。艦娘の私用としては標準的なもののようだ。

「……さて。せっかく日中ずっと外出許可を貰えたんだし、ちょっと歩きましょうか」

「付き合うよ。どこへ行きたい」

「案内なら任せておいて!」

「まぁ行きたいってほどのところもないんだけれど……ちょっとぶらぶらと、この時代の観光でも」

3人は歩き出す。

 

「おから寿司?」

みらいはふと目に入った食堂看板の文字を呟いた。その隣には"節米 代用食"の文字。

「不足する米の代わりに()()()を使ってるのね」

「食べたことあるかい?」と響。

「昔はるかが……姉妹艦が健康食と言って食べてたことがあったわね、長続きしてなかったけど」

「今は健康なんて言ってられないさ。腹を満たす米にも余裕が無い」

「そうね……」

みらいは横須賀の街角から周りをぐるりと見渡した。浦賀水道へと続く道路。その先の海上に粒のような艦娘が航行しているような気がした。

 

 

 

透き通った秋晴れの空。延びる巻層雲はどこまでも高く、浦賀水道の海は、南方で大戦争が続いているなど信じられないほど静かだ。はるか遠くには横須賀の市街地が望まれる。駆逐艦娘神風は、つい漏れそうになったあくびを噛みしめる。いまは湾内の単独警備中、潜水艦タイプの深海棲艦が侵入してこないとも限らない。だれにも見られてないとはいえ、油断がすぎるというものだろう。あくびの代わりに透き通った空気を肺いっぱいに吸いこみ、ずっとつけている対潜警戒用のヘッドホンに手を添えた。

自分の艤装から出る機械音。

 

波音が続く。

 

それらに混じったかすかな機械音。

 

意味を理解した一瞬、呼吸が詰まる。

「……潜水艦!? 総員、対潜戦闘用意! 前方近くにいます!」

神風は最悪の事態を考えて艤装右に搭載されている爆雷を掴もうとしたものの、まだ捕捉した音が深海潜水艦のものであるかは分からない。内地沿岸まで敵艦に忍び込まれているとはあまり信じたくない。焦りを抑え、事前に配られていた友軍艦航路図の冊子を取り出し爆雷を掴んだままの右手でページをめくった。今日の浦賀水道を航行する艦の一覧図はどこだろうか?

『前方に潜望鏡です!』

監視員妖精の声ですぐに視線をあげる。神風は冊子を放り投げ、左手で12センチ砲の| 砲把()()()()を握った。

「……あれね! よし! 探針音、私の言うとおりにモールス打って」

神風の靴から探針音がモールスで以下のように伝えた。

"浮上シ 貴艦ノ 所属ヲ 通達セヨ"

神風は停船し、爆雷の代わりに両手で握りしめた12センチ砲で、前方の潜望鏡に狙いを定める。自身の鼓動が聞こえることに気づき、唾を飲みこんだ。もしあれが敵潜水艦なら。もう、私は――

 

潜望鏡の下の海面が盛り上がり、金色の髪を見せる。はたして、その潜水艦は浮上した。

「第六艦隊、第六潜水戦隊所属。伊、はちです。深海棲艦じゃないですよ。ごめんなさいね、ちょっとした訓練のつもりで潜ってたの。情報、行ってませんでした?」

浮上した少女伊8は、神風の艤装から縄でぶら下がっている航路図冊子を指さした。神風は慌ててたぐり寄せ、ページをめくる。

「本日の東京湾を通過する艦艇/艦娘一覧……あ、ありました。伊8、トラックよりヒトフタマルマル頃横須賀入港……」

伊8は冊子の文字を指でなぞる神風の様子を少し観察していたが、すぐに

「えぇ。まぁ、あなたがちょっと油断しちゃうほど内地が平和なのはありがたいし、勝手に潜行していた私の方も悪いから、責めるつもりはないわ。この後も警備任務、よろしくお願いします。じゃあね」

神風はあははと苦笑いしながら、自身の後ろに過ぎ去る伊8に手を振った。

 

伊8は再び潜った。久しぶりの故郷で骨を休めよう。だがその前に横須賀基地でやらねばならない任務がある。休暇はそれと引き換えだ。その任務、そしてある"計画"の一部を戦艦大和直々に指示された時は本当に驚いた。先ほど誰何された駆逐艦は知らないようだったが、勘付かれた様子もない。任務に関係することを除いて、まだ"計画"の全容はまったく分からない。横鎮所属の艦娘に話が通ってないということは、連合艦隊独自の計画だろうか。

 

潜行状態で順調に港湾に近付いた伊8は、再び潜望鏡を上げる。目の前には横須賀基地が迫っていた。その一角、艦娘用ドックが彼女の目標だ。

「ここね……」

潜望鏡で周囲をぐるりと見渡し、自分への監視が存在しないことを確認する。伊8は冬の太陽の下に浮上した。彼女は艦娘だ。だから艦娘用のドックに入っても、港湾監視の人員から怪しまれることは無い。目前のドックにやすやすと侵入し、伊8はそこに安置されている架台に向き合った。

その上にある物とは、すなわちみらいの艤装である。

「……」

伊8はその見慣れぬ物体を静かに見つめる。ドックから入ってくる日差しとのコントラストで、周囲はよりほの暗く感じられた。その異質なオブジェクトの前では普通に呼吸することすらはばかれるような気がして、それ以上見つめていると息が詰まるかもしれなかった。伊8はたじろぎを振り払うかのように手を振って海水を払うと、魔法防壁の内側にあって濡れていない鞄からステープラーで留められた書類を取り出し、紙面をめくった。ある面にはみらいの艤装の写真と、機材扱い方の情報が記載されている。髪からぽたりと落ちた水滴で染みが生まれる。

()()の扱い方は分かっている。大和さんから教えてもらった。

す、とみらいの艤装に手を伸ばし、人差し指で慎重に触れる。何も変わらない。唾を飲みこみ、ひやっとした艤装に掌を付ける。やはり警報器が鳴ったりなどせず、早鐘を打つ心臓の音が耳につくのみだ。意を決して震える手で端末機を取り出し、書類の説明に沿って電源ボタンを押し、爆発物性シミュレーションのアプリを起動し――

 

 

 

大和は整備のための一時帰国前で準備していた伊8を呼び出し、仕事を持ち掛けた。伊8が呼び出された戦艦『土佐』の甲板上に行くと、頭の上から声がかかった。大和は『土佐』四番砲塔の上で正座をしていた。大和は茶封筒を片手に砲塔から降りてくると、挨拶ののち、ゆっくりと彼女への任務を話し始めた。わずかな未来の可能性を見通した大和の、常人の何倍も回る頭で考えた計画の一辺だった。

 

――横須賀にまで帰った『みらい』の艤装に忍び込み、その計算能力を利用する――

 

あまりに大胆不敵な作戦に、伊8はあっけにとられていたが、すぐに質問を返した。

「……そのみらい、『不明艦』って、ついこないだまでトラックにいたって話ですよね。噂といえばそれまでなんですけど、それで、わざわざ私を指名しなくても、トラックにいた時にやればよかったんじゃないですか?」

不明艦みらいの噂は伊8も聞いていた。トラック基地から行動しているという噂も。わざわざみらいが内地に帰ってから後追いして情報を盗むというのは、不自然なことに思えた。大和は答える。

「そうねぇ、確かに一度忍びこもうかと思ったんだけれど……工作艦『出雲』は割と明石さんやら工員の人がつきっきりで警備というか、監視してるようなものなので。私じゃ工作艦『出雲』に出入りしたことがすぐ把握されてしまうし、横須賀の艦娘用ドックの方が、海側の監視が緩いんですよね」

「連合艦隊が、その不明艦の情報を利用してどのような計画を進めて進めているのかは分からないのですが……明石さんには、話を伝えてないのですか」

「まだ、言えませんね。()()()()に立ってもらうべき人物なのですが、不用意に話すといろんなところに漏れてしまう可能性が。外堀から埋めていく必要があるのですよ」

「私なら、適任なのですか」

伊8は緊張した面持ちで尋ねた。大和はどういう意味か、穏やかな笑顔を伊8に見せる。

「これはちょっとしたテスト……のようなものなんですよ。とはいえ、あまり思い詰めないで欲しいのですけど。近々あなたには大航海をしてもらうつもりでいます。特殊作戦をこなす練習みたいなものだと思って、私を信じてくださいな。……あと、資料を渡しておきます」

大和は持っていた茶封筒を伊8に渡した。伊8は両手でそれを受け取って見た。極秘の判が押してある。茶封筒を持つ手が汗ばむ。

「その中にはみらいさんの艤装の概説と端末機の使い方を書いた文書が。私が分かる範囲でまとめたので汚いですけど」

未来から来た装置の扱い方! 伊8は両手に持ったそれがずっしりとした重さを持って感じられた。

「話を聞く限り『不明艦』の同意を得た行為ではないと思いますが……未来の精密機械の使い方なんて、よく判りましたね」

伊8は、もしあの噂が本当なら、と付け加えた。

「みらいさんとちょっと一晩()()()()()()ことがありまして。その時彼女に端末機を操作して色々と見せて頂いたのですが……どう使うかは大体覚えちゃいました」




小説を読んで下さった方々すべてに、お待たせさせてしまいました。
実は前話でみらいが帰国したあたりで、昭和初期の日本の情景、日常が全く思い浮かばず、書いては消し当時の資料に当たっては分らないことばかりで挫折し掛かっておりました。
どこかで完結させたいなと心の隅で思いつつ一度は心が折れてしまっていたのですが、シーズンごとの艦これイベントをプレイする時にちょっとづつ考えてたのと、捷号決戦後編のイベントを楽しませていただき「こういう決戦を描写してみたかったんだよなー」とまたまた楽しくなってきて……みらいの航海、少しづつ再始動です。
※大まかなあらすじ自体はENDまで組んでいたので、新規の実装艦や深海棲艦の設定も生かして伏線を回収していければいいなぁと思います。また、当初予定していた分量で書き切るかは分かりませんが、いかなる形であれ考えていたストーリーは最後まで公開したいと思います。
これまでのコメントや評価、ありがとうございます。 こんな状況ですが、これからもお付き合いいただければ幸いです。

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