ZIPANG 艦娘「みらい」かく戦えり   作:まるりょう

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第二話 リンガ泊地での決意 前編

「艦首に182の数字。間違いない。ミッドウェーの不明艦だ」

 その駆逐艦は呟いた。

 みらいの後方50メートル、島影から現れた彼女の年齢は12~13歳ぐらい。白いセーラー服に黒のミニスカート、「Ⅲ」のマークの付いた黒い帽子の格好だ。白い肌に、長くて美しい水晶色の髪と碧色の目をしている、西洋人形のような可憐な少女だった。

「そこを動くな。日本語が分かるか?」

 みらいはゆっくり頷いて混乱した頭で考えた。何故今、此処に日本の駆逐艦が居るのか。

「貴艦の艦名と所属、この地にいる目的を答えろ」

 そう言いながらその駆逐艦は、手に持っていた連装砲をみらいに向けた。

 まさか、私のこれまでの行動で南方の艦の作戦も変わってしまったのか。歴史への影響は、避けられないか……

「……残念ながら、それは答えられません」何の目的でこの世界に居るのかは、私が知りたいのだ。

「では敵か、味方か」

「ただ一つだけ、断言出来る事があります」みらいは立ち上がった。駆逐艦は、半歩後ずさる。

「私は『みらい』。あなたと同じ存在…日本人で、あなた達に敵意は有りません」

 相手の駆逐艦は手で髪を払った。

「……信用出来ないな。父島で二式水戦を撃墜したのは貴艦の艦載機ではないのか?私には貴艦、不明艦182番が攻撃或いは抵抗の素振りを見せるようなら、拿捕・撃沈も構わないとの命令を受けている」

 撃沈という言葉を聞いて、みらいは駆逐艦の武装に目をやった。彼女が持つ連装砲は計3基。両足には三連装の魚雷発射管がこちらを向いている。もし戦闘になっても、この距離なら深刻なダメージを受ける前に速射砲で彼女の頭部を狙撃できるが……兎に角、攻撃されるのは困る。

「出来れば穏便に済ませたいのだけれど……あなた1隻で、私を撃沈出来る?」

「いや、動くのは私だけじゃない。アナンバス近海には、軽巡天龍以下駆逐艦3隻が、リンガ泊地には基地航空隊の雷装した97艦攻27機及び零戦18機が、実弾を配備して準備中だ。私の報告ひとつで、海と空から重巡クラスの貴艦を撃沈するのに十分な戦力が殺到する」

「なっ……!」

 みらいには燃料が残されていない。ここでこの駆逐艦に攻撃の意図を見せ彼女が言っただけの増援を呼ばれたとしても、みらいの力なら返り討ちに出来る。だが、そうなったら日本海軍は私を敵とみなして全力で沈めにかかるだろう。逃げたとしても燃料切れで動けなくなっている所を捕まって終わりだ。ジリ貧であることには変わりがない。

(詰み……ね)

「分かったわ。降参よ。実は私、燃料がもう無いのよ。私はあなた達の司令官と話がしたいのだけれど、出来るかしら」

こうなったら後には引けない。司令部に事情を話して、私の生存は確保させてもらおう。歴史への影響は、そのあと考えるしかない。取りあえず、みらいは無人島で3年も孤独に生活しなくてすむことを、喜ぶ事にした。

「了解した。もとよりそのつもりだ。貴艦には、これから最寄りの艦娘基地、リンガ泊地にて取り調べを受けてもらう」

 これが、駆逐艦「響」との初めての出会いだった。

 

 駆逐艦に「捕獲」されたみらいは、途中で合流した水雷戦隊に囲まれてリンガ泊地へ向かっていた。

「高雄型より大きな艦橋ね……」

「このマスト、嵐で転覆しそうなのです」

「砲が1門とは淋しいが、それで戦えんのかねぇ?」

 私の姿を見た彼女らは、口々に感想を漏らす。有視界での砲雷撃しか知らないこの時代の艦娘が、私の艤装を見てその実力を理解できないのは仕方ないだろう。

 みらいは最初に出会った駆逐艦の先導により航行する。速射砲の死界である真後ろに旗艦の軽巡「天龍」が14センチ砲を向けている。私が響に攻撃の意志が無いことを証明するために渡した速射砲のトリガーを、その後ろを走る駆逐艦が受け取って持っていた。

 左右にも姉妹艦であろう、同じ制服を着た駆逐艦が、一定の距離を保って併走している。

「何も喋らないけど、本当に信用していいの?提督の前に連れて行くのよね。ま、まさか変身した深海棲艦じゃ無いでしょーね」

 左側の、栗色のボブカットの駆逐艦が言った。私は、水雷戦隊に合流したときに少し会釈しただけで、響以外とは口を利いていない。下手に事実を話しても無用な混乱を生むだけだ。

 この世界の艦娘が自分達の未来を知ることは過酷すぎる。

хорошо(大丈夫)、確かに私と話したよ。彼女は人間だ。『みらい』と、言うらしい」

「変わった名前ねー。それともまさか未来から来たとか?」

 この子、なかなか鋭いわ。私はこの世界の司令部に対して、どうやって未来から来たと納得してもらえるように話そうか考えてる所なのに。

 私は雑談しながら進むこの小さな水雷戦隊を観察する。

 私が初めて出会ったのが「響」で、いつも冷静に話し姉妹で一番大人びている様子だ。左に居る紺の子が「暁」、レディでいようと心掛けているようだがまだまだ子供で、響の方がよほど大人っぽいのが可愛い。

 右手の「雷」はしっかり者のお姉さんと言った所だが……いや、母親か?これでも三女だ。

 最後尾の「電」は、姿は似ているが雷とは正反対の性格のようで、敵艦をも助けたいと言う。皆にはあまり受け入れられていない考え方だが、悪くない。

「ふふっ……平和な艦隊ね」

「あ、初めて喋ったのです」

「ま、ここは後方だからな~。船団護衛じゃやること無くて暇だが前線はそれ所じゃ無いぜ?」

 今はそうだろう。だが戦争後半になると、そうも言ってられなくなる。私の世界では、電も雷も、船団護衛中に撃沈されている。

 遠い過去の話に過ぎなかった筈なのに。

「ところで、正体不明の私に対して、そんなに呑気で良いの?」

「お前は人間で敵じゃないんだろ?なら別に良いじゃねぇか。ミッドウェーで加賀に警告して命を救ったそうだし、そう警戒する事も無いだろ」

「待って、加賀は撃沈されていないの!?」

「お、おぉ。あんとき警告したのはアンタだろ?加賀以外は無事と言うわけでもないが、空母全滅にならなくて良かった。今後の作戦にも、影響は出ているが」

 歴史は既に、変わり始めていた。

 

 スマトラ島の東岸、シンガポールの南の赤道直下にあるリンガ島の巨大な浅瀬。

「日本海軍が主に戦争後半に連合艦隊の根拠地として使用した泊地です。まだこの時期には後方であったここは、小規模な航空隊以外と警備艦以外は居らず、中継基地として使われていたのみです」と、ヤナギは言った。

 確かに、だだっ広い泊地の割には殆ど艦娘はおらず、数隻の小型船舶が停泊しているのみだった。

 

「お帰りなさい~。あら? 新しく入ってきた子?」

 天龍水雷戦隊に連れられて泊地に入ってゆくと、前から巡洋艦が一隻出迎えてきた。天龍と同じ制服だ。

「ちげーよ。報告やっただろ?俺様が例の不明艦182番をとっつかまえてきたんだ。へっへ」天龍が胸を張る。

「捕まえたのはアンタじゃないでしょ。えむぶいぴーは響よ」暁が突っ込みを入れた。

「分かってるわよ~冗談。秘書艦として、提督に言われて出迎えに来ただけよ……その子、どうすれば良いのかしらぁ?」と、いきなり彼女は手に持っている薙刀状の武器を私に向けた。

「ちょちょちょ、ちょっと! 龍田さん、この人は悪い人じゃ無いわよ! 武装解除にも応じてくれたし。話もしたし、どう見ても深海棲艦じゃないでしょ?」

 雷が静止に入る。

「さぁ~? どうかしらね。その主砲以外にも武器を隠し持っていて、油断したところをドカン……な~んて。私達がやられたら、誰が提督を守るのかしら?」

 龍田と呼ばれた彼女は、私を警戒しているようだ。というか、天龍以下4隻が呑気過ぎるというのも有るだろうが、司令部を守る役目もある秘書艦としては、当然と言えば当然の反応か。ミサイルという主兵装を隠し持っているというのも、何気に当たっている。

 私は両手を上げて口を開いた。

「私は日本の護衛艦『みらい』、この通りあなた達に攻撃の意志は有りません。私の事について、ここの司令部に話をしたいので、許可を頂きたいのですが」

 龍田は武器をしまい、電から速射砲のトリガーを受け取った。「まぁ~いいわよ。勿論艤装を外してからね。貴女が深海棲艦ではないというのも、確かなようだし」

 

 この時代ではまだ後方の田舎基地であるリンガ島の司令部は、比較的小さな庁舎だった。

 艦娘用の入港施設で艤装を外す。21世紀では全自動で行われるため、みらいが艤装をはずし、機械に固定するのにかなり時間が掛かった。固定器具の大きさもどうも戦前と戦後の艦娘艤装で規格が違うらしく、手間取ってしまったのだ。

「はぁ~、久し振りに艤装を外して陸の上に揚がったわ、疲れた……じゃ、あと宜しくね」作業員の手により、機械にどうにか固定された艤装の上に上がった妖精達に手を振ると、執務室はこっちよぉ、と手招きする龍田についていった。

 

 私は執務室に入り、龍田の指示で執務机にいる提督に向かい合う位置に置かれた椅子に座った。リンガの提督は、思っていた以上に若く、フランクな司令官だった。

 「私がここ、リンガ基地の責任者、佐倉です。不明艦……いや、『みらい』と言ったか。君には訊きたい事が山ほどあるが……」

 佐倉提督は、一呼吸おいて言った。「そうだな、じゃ、好きな男のタイプから行ってみようか」

「は?」

 私は困惑して秘書艦龍田を向いた。龍田は「ごめんねぇ~、ここの提督、いっつもこうなの」と言いながら提督の足を踏み抜く。……フランクというか、何というか。

「……気を取り直して。ミッドウェーでの2回の不明艦目撃情報があるが、両方とも君で間違い無いよね?」

 みらいは頷いた。

「基地に入港するまでの間、航行する君をここから見させてもらった。私も様々な国の艦娘や兵器を見た事があるが……貴艦の艤装は我が国の物でも、米英仏独のものでも無い。君は何処の国から、何の目的を持って突然現れたんだ?」

「何故ここに来たのか、理由は私にも分かりません。……如何にして私の立場を認識してもらうか、ここに来るまでずっと考えて居たのですが」みらいはそこで区切ると、ポケットの中に手を入れた。

「これは私の財布の中に入っていた物ですが……見てください」

 私の差し出したコインを取った提督は、数秒間それを見ると呟いた。

「日本国……百円……昭和49年、だと!」

 龍田も覗き込んだ。「こんな手の込んだ物を作ってぇ、何をしていたの……?」

「彷徨えるオランダ人の伝説をご存知ですか?」

 佐倉提督は答えた。「18世紀、喜望峰で嵐に遭遇したオランダの船が母港に帰れずさまよい続けているというあれか……」

「私も1ヶ月前、ミッドウェー沖で国際演習に向かう途中、嵐に遭遇して以来太平洋をさまよっているのです」

「……!」

「私は70年後、深海棲艦の居ない平和な時代に生まれた21世紀の艦娘です」

 開け放した窓から風が吹き込み、カーテンが大きく揺らぐ。熱帯の昼下がり、クーラーに慣れた現代人にとっては少々辛い。

「ありえん話だが……もしそれが事実ならば、人類は今後70年は滅びずにいると言うことだな」提督は立ち上がって窓に歩み寄り、カーテンを開け放った。

「この海に奴らが現れたのは数年前。欧米が支配権を固めていた太平洋を瞬く間に席巻し、その後に艦娘と言う存在が生まれるまで人類が海を奪還する手立ては無かった」

 そう。人間サイズの小柄な深海棲艦は、水上艦では捕捉不可能で非常に相性が悪かった。最後の切り札として、魔導力学のブレイクスルーを経て生まれたのが私達だ。

 みらいは目を閉じる。

「世界各国がやっているのは人類の海を取り戻すための戦いじゃない……覇権争いだ。欧米と並び、アジアで唯一艦娘の独力開発に成功した日本もいち早く南方を確保し、欧米の持つ利権を手に入れようとしている。ミッドウェーの敗北で艦娘が無敵でないことが証明された今、後方基地の私も今後の戦局がどうなるか不安だったが……君を見ると、日本は無事に国難を切り抜けたようだな」

 提督が振り返ると、みらいは椅子の背もたれに体重を預け寝息を立てていた。

「話が長いんですもの。寝てますよ~」

「……疲れているようだね」

「起こしますかぁ?」

「色々聞きたい事はあったが、まあいいや。空き部屋に連れて行ってやれ。彼女が本当に未来の艦娘かどうかは、追々調べる事にしよう」

 

 

「艤鎧装着。魔導システム接続、オールグリーン」

 ドック内で固定されたみらいは艦娘技術者の作業員に見られながら試験運転を行っていた。

「聞いた事のない機関音だな」

「軽油燃料といい、ミッドウェーで報告された機動性といい、機関の構造が全く異なっているようだ。70年後云々と言う話は儂には理解できんが、少なくともこの時代の艦娘とは思えねぇな」

 みらいの様子を見て、機器を見つめたりメモを取っていた作業員達が感想を漏らす。

「そうか……君らでもそう思うのか。」奥から提督がやって来て、作業員達は敬礼する。

「みらい、午後からは泊地の内海で戦闘演習してもらう事にしたが、良いですか?」提督は私が海上自衛隊所属と聞いてですます口調で話すようになった。日本海軍と直接の指揮系統が無いかららしいが、案外礼儀正しい。

「構いませんが……良いんですか?」

「燃料はあんまり入れてやらんから逃げても無駄ですよ。」提督はそう言って笑った。

 

「隣、良いか?」

 余り広くない食堂でランチを食べていると、声をかけられた。

「あなたは……天龍さん、でしたっけ。どうぞ」

 天龍が隣の席に座ると、後ろにもう一人居た。

「私も居るよ」

「あぁ、響さん。昼食は天龍さんとなんですね。確か姉妹艦が他に3隻居ましたが……」

「ああ、暁達なら元の部隊に帰ったよ。タンカーを護衛してね」

「元の部隊?」

 確か天龍水雷戦隊とか名乗って無かったか。

「私達4人は元々トラック泊地所属だったんだよ。パレンバンの石油基地からトラックへ向かうタンカーを護衛するために、一時的にリンガ基地にやってきて編入されてたんだ」

「パレンバン?」

「お前未来の艦なのに知らねえのか。パレンバンはリンガ島からほど近い所にある、東南アジア最大の油田地帯だぜ。おまけに石油精製所もふたつある。」

「そういえば聞いたことがあるわ……歴史の時間に」

「長いこと深海棲艦の支配下だったが、今年の始めに陸軍が制圧に成功してな。それ以来、日本が深海棲艦と戦う為の最重要根拠地として、ぜってーに守りきらないといけない所なんだ。こんな後方の田舎の島に司令部が置いてあるのは、その為だ」

「じゃああなたもトラックから?」

「いや、俺と龍田は元々ここ所属だ。天龍水雷戦隊ってのは……まぁ、言ってみただけだな。俺の駆逐艦の部下はまた別にいる。今は遠征中だ」天龍はそう言って笑った。「この間に不明艦が居そうな海域を哨戒して来いなんていきなり言われてな。それでアンタを見つけた訳だ」

「あれ?じゃあ響さんはトラックに帰らないの?」

「あなたが居るから。一応不明艦であるあなたの監視のために、艦娘を基地に3隻は置いておこうと言う話になってね」

「あら。なんかごめんなさいね。1人ここに残ることにさせてしまって」

「私は別に構わない。命令だから仕方ないさ」

 一旦話が終結し、十秒程の沈黙が流れた。

「所で龍田に聞いたが、未来の艦娘ってのはホントに本当なのか?」天龍が真顔で私を見た。「昭和何十年って書かれた硬貨を持ってたって話じゃねぇか」

「今財布は持ってないけど……本当よ」

「空想小説みたいだね」

「ど、どんな目的があって?」

「それが私にも分からないのよ。演習に向かう途中、ミッドウェー沖で嵐に巻き込まれて……」

「…なぁ、お前なら知っているんだろ? この先俺達は、日本はどうなるんだ? ミッドウェーで結構やられたみたいだが、大丈夫だろうな?」

 みらいはすぐに返事出来なかった。日本の艦娘は壊滅し、本土空襲された事を言うのか。彼女達がそれを知ったとして、逃げられる運命にはない。

「どうなんだ?」

「……大丈夫よ。安心して。日本は戦後、驚くべき経済成長を遂げたのよ。私こそがその証拠。未来にも日本はあって、海を守る艦娘も居る。世界中で高性能な日本製品は引く手あまた。アメリカを走る車の三割は、日本製なのよ。私の住む日本は、世界有数の豊かな大国になりました。それもこれもみんなあなた達が頑張ってくれたお陰よ。感謝しているわ」

「そうか……それならいいが」天龍はふんと鼻を鳴らした。

「ごちそうさま。そろそろ時間だよ」響が時計を指して立ち上がる。

「おおっと、そうだった。昼からはアンタとの演習だったな。未来の艦だからといって、手加減無しで行くから覚悟しろよ。ごちそうさま!」そう言うと、天龍も立ち上がった。

 

 幸いに、私がこの世界な迷い込んだのは演習に向かう途中だったので、演習用のペイント弾にはかなり余裕があった。

「みらいさん、この世界の住民に実力を見せるんですか?」背中の妖精が話しかけた。

「ええ。未来から来たと理解して貰えるでしょう」

「でも、それだと司令官に参戦を求められるんじゃ……」

「その事についてだけれど、これが終わったら話して見るわ。取りあえず、今は演習に集中しなさい」

 みらいの連絡用無線機から提督の声が聞こえた。

「これより演習を開始する!」

 

 みらいは端末を取り出して、レーダー画面を表示する。

「北に駆逐艦、軽巡二人が東と南にそれぞれ分散しているわね」

「相手の無線を傍受! 交信内容は暗号により不明」

「連絡を取り合って連携攻撃をかけるつもりでしょうが……お見通しよ! 電子戦用意!」

「NOLQ-2始動!」

「ジャミング放出確認!」

 

「こちら天龍……あん? おっかしいな。繋がらねーぜ。これだから万年予算不足の田舎基地は……」

 

「もし実戦ならSSM1bで一撃なんだけど……主砲で攻撃します。突っ込むわ!」

 

「来やがった! ったく無線機が使えない時に……主砲照準、撃ち方始め!」

 

「敵艦発砲を確認!」

「レーダーで敵弾捕捉、弾着位置判別!」

「ぐっ、回避!」

 天龍の砲撃はみらいの遙か彼方に落下した。

「右舷敵艦、武装に主砲照準!撃ちぃ方始め!」

 みらいは引き金を引く。秒間1.5発の連射力を誇る速射砲から放たれた3発のペイント弾は、天龍の主砲、魚雷発射管、そして顔面に正確に命中し、戦闘能力を奪った。

 

「次……そこね!」

 みらいは煙幕を展開した響を捕捉した。

「赤外線カメラ、主砲データリンク!」

「見つけた! 攻撃始め!」

 響に2発。やはり頭部と主砲に直撃し、戦闘不能判定を受ける。

 

「パッシブソナーに感、魚雷探知!」

「回避! 場所は分かってるわよ!」

 同じく龍田も戦闘不能に。

 

「航空機接近! 数12!」

「海鳥発進、総員対空戦闘用意!」

 みらいの腰から展開した航空甲板から海鳥が飛び立った。みらいは主砲弾を対艦から対空戦闘用のペイント弾に切り替える。

「海鳥より報告、3機撃墜判定!」

「雷撃機9機接近!」「CIC指示の目標、対空戦闘!」

 みらいに近づく97艦攻は、全て主砲撃によりオレンジ色のペイントに染まっていった。

 

「ちょっとぉ、これ落ちないんだけど~」顔をオレンジ色に染めた龍田が司令部の洗面所で洗っていた。

「ペイント弾は戦果確認のために海水や真水に濡れても落ちないようになってるわ。お湯でとれるわよ」

「これが、未来の戦闘か……」執務室で提督は呟いた。

「演習開始直後の無線の不通は、君が?」

「ええ。各個撃破するために、電波妨害させて貰いました」

「くっそ、顔面狙いやがって。龍田に笑われたじゃねーか。色残ってないだろうな」天龍が執務室に入ってくる。

「それはお互い様だろ。艦の急所のみを狙って狙撃する能力にあの連射力……流石未来の戦闘艦、主砲1門だけでも軍艦3隻と航空隊を返り討ちにすることが出来るとは、常識外れの戦闘力ですね」

「実は、補給の問題から今回は使いませんでしたが、射程の長いミサイルと呼ばれる誘導弾も搭載しています」

「戦闘能力は空母機動部隊に匹敵する……といったところか」

「アナンバスでの私の威嚇は、意味がなかったってことか」響もやってきた。

「逃げようと思ったら逃げられたのよ? でも燃料が無かったし、同じ人間同士で傷つけあうのは嫌だから」

「この演習で不明艦は未来の戦闘艦だと信じざるを得なくなってしまったが……問題は上層部にどう報告するかだ」佐倉提督はため息をついた。

「こんな訳の分からない話、軍令部で誰も信じてくれる人は居ないよな。……まあ、それはその内考えよう。それよりは君は、これからどうするつもりなんですか?」提督はみらいの方を向いた。

「私は……私の来た元の世界へ戻る事が最優先です。方法は解りませんが、また再び私の司令官や家族に会えることを信じています。」

 みらいは続ける。「私は……この世界に干渉する気は有りません。私の力は、この時代には危険すぎます。戦闘に介入して歴史を変えることは、即ち私の来た未来に続く世界を否定し、自らの手で消し去る事になるからです。今後は、出来ればここの基地が良いですが、戦争が終わるまでじっとしておこうかと……」

 そこまで話すと天龍が口を挟む。

「お前のそういう考えは納得いかないな……すると何だ、もしお前の目の前に明日死ぬはずの艦娘がいても、歴史が変わるって見殺しにするつもりか?お前のその力を生かすつもりはないのか」

「そうなっても……仕方がないわね。私はこの世界の艦娘ではないし、弾薬の補給も出来ない。なるべく誰にも関わらないで生きていくしかないの」

 天龍はみらいを睨みつけた。「ふざけんな! じゃあさっきの演習で俺達を蹴散らしたのはただの自慢だったのか? この世界に関わる気が無いんだったら何で加賀に警告したんだよ! 歴史が変わるから戦わないというのは自分だけが手を汚さない為の言い訳じゃないのか!?」

「天龍、止めろよ」

「さっきお前に、これから俺達はどうなるか聞いたときによ、戦後の日本の話始めただろ?それって俺達艦娘の未来は話せないって事なんじゃねぇか!?」

いきなり怒鳴られたみらいにもふつふつと怒りが沸いてきた。この人はなんの権利があって私の行動を非難しているんだ。

「えぇそうよ。あなた達は全滅するのよ。でも私は助けることはできない! そういう運命なのよ!」

「ふざけんじゃねぇ! 貴様にとっては時代劇の映画見てるみたいなもんかもしれねぇが、俺達にとってこの世界は紛れもない現実で、いま生きてる世界なんだ! 何で貴様はこの世界に来たんだ?その力で1人でも犠牲を少なくしてみろってことじゃねえのか?」

「知るわけ無いでしょそんな事! あなたこそ私の何も知らないで! 私の世界にも家族や姉妹艦が居たのよ! 私の行動一つで目の前の艦娘が沈むかもしれない、でも私の居た世界も消えるかも知れないっていう気持ちがあんたに解るの?」

「2人とも止めろ」

「無人島で終戦まで隠れとこうかと思ったら私を見つけ出してここへ引きずり込んできたのはあなた達でしょう! 1ヶ月もこんな時代でさ迷って、父島で乗組員殺されて、挙げ句の果てにこんな南の島で怒鳴られて、もぉ嫌!私が何をしたって言うのよぉ……」

 みらいはその場で泣き崩れてしまった。

「くそ、知らねぇ!勝手に泣いてろ」天龍は執務室から出て行った。

「ちょっと、天龍ちゃん!」龍田がその後を追う。

 床に座り込んで泣き続けるみらいに提督がやってきた。

「大丈夫、みらいさん。君が言いたいことは分かります。私は君に戦いを強要したりしません。落ち着くまで、ここの基地でゆっくり休んでいってください。またしばらく経ってから今後の事を考えてくれて構いません。天龍には私から言っておきます。昔、彼女にも色々あって……」

 みらいはしばらく泣きはらした後、響に連れられてみらいのものとなった空き部屋に戻った。

 

『俺達にとってこの世界は紛れもない現実なんだ!』

「……分かってるわよ」ベッドに寝転がり、天井を見ながら呟いた。

 みらいはこの世界に来るまで、深海棲艦との戦闘は教科書の記事でしか無かった。

 赤くなった目を擦る。

「私がこの世界で生きれば生きるほど、ゆきなみ達と居た世界とは違ってゆく……」

 みらいの警告で、加賀は被弾しなかった。既にミッドウェー海戦の結果は変わってしまっている。

 私がここに来た事で、駆逐艦響の運命も大きく変わったかもしれない。

「もとの世界に戻れるのかしら……?」

 もう歴史が元に戻ることが無ければ、私が隠れて暮らす意味はあるんだろうか。

 私は……みらい。海上自衛艦で、この時代の日本海軍とは違う。何故戦わない? 歴史が変わるから? 自衛艦である私に、戦う義務とその命令は無いから?

 戦う事で、この時代に染められるのが怖いから?

 いつのまにか私は眠ってしまっていた。

 

「そんな事が合ったんですか。……何というか、災難でしたね」

 翌日、昼近くまで寝ていたみらいは、午後の海岸で椰子の木にもたれながら自分の妖精と話していた。昨日大泣きして、何となく基地の人と話すのが気まずかったからだ。

「綺麗な砂浜ですね」

「晴れ渡って、泳ぎだい気分になるかもね、こんな状況じゃなかったらね。あぁ、はるかがリムパックで『ハワイにバカンス~』なんて言ってた頃が懐かしい」

 会話を止めると、柔らかな風の音と、真っ白な南国の砂浜に空色をした波が打ちつける音以外、何も聞こえなかった。

「この後、来週ぐらいにはたしかガダルカナルで飛行場姫との戦闘が始まるのよね」

「えぇ。ミッドウェーに劣らずひどい戦いになります。」答えたのはやはりヤナギだ。

「囮を使うんだっけ?」

「研究者や歴史家の悪名高い、所謂『捨て艦戦法』というやつですね」

 ヤナギは砂浜にガダルカナル島とその近くの海域を描いた。

「飛行場姫はここ、島の北岸真ん中当たりにいます。日本海軍はソロモン海域の制空権を確保する為にどうしてもこの飛行場姫を撃破しなければなりませんでした。ですが敵の防衛艦隊は強力で、高速戦艦を中核とした艦隊で突入を図りましたが、防衛艦隊の反撃を受けて大被害を食らい、飛行場にダメージを与えられませんでした」

 他の妖精達も話を聞きに寄ってくる。「それには理由があります。深海棲艦はこちら、島の東側から多数の輸送船を動員し、被害を受けても直ぐに飛行場を修理していました。深海棲艦にとってもガダルカナル島は強国である米豪を分断する重要な島、物量で死守するつもりだったようです。

 業を煮やした海軍は練度の低い駆逐艦を多数動員し、犠牲を厭わず強引に戦艦の護衛に付けると敵の艦隊を強行突破、反復攻撃を繰り返しました。巨大な飛行場には、練度の低い艦でも地上砲撃は当たりましたから。

 以後、ソロモン海域で『捨て艦戦法』は繰り返され、その途上で艦娘が多数撃沈され深刻な艦艇不足に陥った日本は、深海棲艦に対して引導を渡されます。……みらいさん?」

 俯いて聞いていたいたみらいは呟いた。

「私達は艦娘…兵器である前に1人の人間なのよ。それなのに、消耗品のように扱われている事に、凄く腹が立つわ」

 みらいは妖精に向き直ると尋ねた。

「もし、私がガダルカナル島の深海棲艦と戦ったなら、どうなると思う?」

「トマホーク巡航ミサイルの射程圏は1000キロを超えます。一方深海棲艦の航空機は4、500キロ。この時代の技術では、時速900キロで巡航するトマホークの撃墜は不可能です。アウトレンジから飛行場姫を一方的に叩けます。勝負にもなりませんよ……まさか、やるんですか?」

「……いえ。もしも、の話よ」




追記:2018.4.2 今更ながら誤字を修正

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