ZIPANG 艦娘「みらい」かく戦えり   作:まるりょう

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第九話 いずれ、あったはずの世界

 トラック泊地・艦娘修理施設ドック内

 

「おお~これが21世紀の艤装ですか……高雄型を超える大型艦橋、すっきりとした武装、多面体で構成された構造物」

 挨拶も手短に、完全装備で佇んでいるみらいの傍に立ちまじまじと艤装を観察している少女が1人。背後にクレーンやデリックといった独特な艤装を身につけた、工作艦明石だった。

「これは何ですか?」

 明石はみらいの左手前にある、四角形をした複数のハッチを指差した。

「Vertical Launching System、VLSです。ここに主兵装となる各種誘導弾を収納しているの」

 そういってみらいは左手で端末機を素早く操作すると、64セルある前部VLSのうち数セルが跳ねるように展開し、内部のミサイルが姿を現した。明石は一瞬首を引っ込めたが、観察を続ける。

「誘導弾が主兵装……つまり、主砲はあくまで副兵装なんですね。恐竜のような威圧感のある戦艦、忍者のごとき巡洋艦や、洋上の術師たる空母のいずれとも違う、全く違った設計思想で生み出された……異世界の艤装とでも表現するべきか……」

 明石は、独特な言い回しでみらいを表現しつつ、イージス艦の姿に魅せられ、マストの構造材1本も見逃すものかとでも言う風に艤装の観察を始めた。

 ――機械オタクなんだろう、この人は。

 

「そういえば、艦娘の修理・整備を専門とする艦娘も居るんですよ」

 佐倉提督がみらいに言った。山本五十六との会談の翌日、「出雲」艦内で朝食を摂りつつ、今後の行動について佐倉提督とみらいが話し合っている時のことだった。

「工作艦ですか。名前は確か……」

「明石ですね。物理的な艤装の修理なら一般人にも可能ですが、魔導システムの調整は同じ艦娘でないと難しいということで徴用された支援用の艦娘です」

 すかさずヤナギが解説を入れる。

「便利ですねぇ、そいつ。日本海軍の事なら大体知ってるようだから、一々説明しなくても良い」

 佐倉提督は笑いながら感心したようにヤナギをつついた。

「山本長官がみらいさんのトラック施設利用を許可すると仰ったなら、本格的な修理の為に明石とも会う事になるでしょう。この時代の技術で何処まで艤装の修理が出来るか分かりませんが、力になってくれるはずです」

 

 みらいとしては早く艤装を外し、修理項目について明石と相談したいと思っているのだが、みらいの装備に関しての明石の問いは長く続いた。みらいとしても一応、協力関係にあるのだから一通り質問には返していったが、搭載火器の詳細な性能については流石に言えない。

 明石の好奇心に辟易としたみらいが溜め息をついた時、背後のウェルドック開放扉から艦娘が波をかき分け進入してくる音がした。

「明石さん! 例の子、来てます?」

 みらいは、この冗長な艤装展示を終わらせるきっかけになるかと半ば期待しながら振り向いた。そこにいたのは、中型艦であろう艦娘であった。黒いセーラー服に緑のミニスカートを着、左手首にはピンクのバンドを付けている。彼女のアイスグリーン色の美しい髪は、緑のリボンで後ろに纏められていた。

「おぉ、夕張さん。この方ですよ」明石がみらいを示した。とりあえずみらいは挨拶をする。

「私が海上自衛隊護衛艦、DDH-182 みらい、です。えぇと、あなたは……?」

「大日本帝国海軍の軽巡、夕張です。あなたがみらいさんね、よろしく」夕張はそう言ってみらいと握手した。「私も機械いじりが好きで、この工廠で明石さんの手伝いをしてるんですよ。あなたがここで修理に来てるって事青葉さんから聞いたから、許可を得て手伝いに来たんです。明石さん1人じゃ、21世紀の艦娘艤装の修理大変だと思って。……あ、そうそう。あなたの艦載機とパイロット、連れてきましたよ」

 夕張がそう言って艤装の背後、魚雷発射管を外した部分に設置していた機体を慎重に持ち上げ、みらいに手渡した。海鳥だ。

「あ、持ってきてくれたんですか。ありがとう!」

 夕張の方を見ると、艤装の上で手を振っている妖精を見つけた。

 みらいは、海上自衛隊の飛行服を着たその妖精をつまみ拾い上げた。

「サタケさん、ご苦労様。こっちに来てどうだった? 問題はない?」

「こっちに来てからはVIP扱いでしたね……今じゃすっかり日本海軍気取りですや」サタケはからからと笑った。「しかしまぁ、航続距離いっぱいいっぱいでソロモンからトラックまで飛ばすなんて無茶、今後はあんまりやりたくはないですね」

 サタケは笑いつつも半分以上本気で言った。みらいの作戦変更を伝える確実かつ迅速な方法として、みらいはソロモン北方、海鳥の航続圏にトラックがぎりぎり入る海域まで移動したのち、海鳥を発進させたのだ。海鳥は燃料・増槽満載で放ったが、途中に不時着できる陸地もなく、GPSによる位置の正確な確認もできなかったサタケにとっては怖いフライトだっただろう。みらいはサタケに感謝の意を伝えた。

「飛んでいるところを見ましたが……凄い双発機ですよね、それ」

 みらいが背後の格納庫にサタケと海鳥を収容していると、夕張が声をかけてきた。

「すごいですね、『海鳥』。翼ごと発動機を切り替えて、垂直離着陸が可能。フロートで海面に着水する必要なく、艦載機として運用できる機体がまさか存在するなんて。その手があったかって、目から鱗が落ちましたよ。機体を直接持ち上げられるだけの出力を持った発動機と、電動式の可変構造があれば同じの造れるかなぁ……」夕張は振り返って言った。「明石さんはどう思う?」

「ん~、ロール制御が難しそうですよね……バランス取れるかなぁ。水平飛行時と垂直飛行時で機体制御が全然違うからなぁ……私としては、搭載していたガットリンク方式の機関砲の方が気になります。それに深海棲艦の艦載機のような銃塔」

 議論を始めた2人を見て、みらいはまたもやため息をついた。この人たちは、放っておいたらいつまでも私の品評会を続けるだろう。みらいは咳払いをして、2人に言った。

「あの、私……修理しにここに来たんですけど」

 

 コンクリート製の工廠の作業台の上に、みらいの身体から外されて置かれた艤装。左前方の8角形をしたSPY-1Dレーダーを覆っているカバーは叩き割られ、損傷したモザイク様の素子が露呈していた。その上部にあった機器類もひしゃげガラクタと成り果てており、もはや電子機器としての能力を有していないのは明らかである。

「改めて損傷箇所を見てみると、激戦を繰り広げたというのが分かりますね」

 みらいは艤装を覗き込む明石の隣で腕を組んでいった。「これを修理するにあたって、さしあたりの問題は……電子部品の替えが存在しないこと。フェーズドアレイレーダーって分かる?」

「全く。何の用語?」夕張がお手上げといった風に、かび臭い工廠の空気を手でかき混ぜた。

「まぁ、要するにレーダーアンテナなんだけど……真空管の時代に超集積回路の修理なんて出来ないわよね。損傷した電子機器は諦めるしかないか」

 SPY-1レーダーやジャミング装置などは基盤からやられている。どうしようもない。

「たとえレーダー類の修理が不可能でも、私はプライドにかけて、できる限りあなたを再生させてみせますよ! あなたの修理を頼むってこと、山本長官からも直々に承りましたし!」

 みらいはその言葉の真の意味――おそらく山本五十六は明石にそこまで含めていないだろうし、上層部がみらいをどう見ているかまで明石は知らないだろうが――を思い巡らせて、憂鬱な気分になった。そこには日本海軍の、みらいに対する確固たる意志が感じ取られた。みらいは改めて「この世界にここ以上の場所は存在しないが、ここにいる限り逃げられない運命にある」ということを感じたたのだ。

 みらいの顔に影がさしたことを2人に悟られる前に、みらいはその思いを振り払い、笑顔を作りなおして頭を下げた。

「ありがとう、本当に助かるわ。これからよろしくお願いします」

 きらきら光る薄氷のようなみらいの笑顔の下には、重く冷たい冬の海水の感情で満たされていた。

 

 

 

魔法使い。この世界において、思春期から青年期の女性に稀に発発現する身体的な能力をもつ人物のこと。主に知覚の増幅・近い未来の予知などのささやかな能力である。彼女らは太古の昔から狩りや戦場における索敵や、支配者の補佐として重用されてきた。かつては宗教関係者や政治家に利用される立場、あるいは高級奴隷としての立場から人権は抑圧されていた彼女らだったが、ルネサンス期の欧州において科学の一分野としての「魔道学」の発達と解明および人権意識の高まりから、現代の彼女らは一部を除いて一般市民として能力を生かすこともなく生活していた。

状況が変わったのは西暦1937年夏。日本軍と中華民国との戦争がまさに始まろうとしており、欧州ではスペイン内戦はなやかなりし頃であった。

海から同時多発的に現れたヒトガタの亡霊、のちに「深海棲艦」「怪物」などと名付けられるそれは、人間の船舶を撃破し島嶼や大陸沿岸へ上陸、占領、虐殺を開始したのだ。中世以前の文献には、思い半ばで死亡した魔法遣いは悪霊と化し村々を襲うのだということが記されてあった。それまで創作と考えられてきたそれと似ていたが、この惑星から人類の支配権を奪い去ろうとせんほどの深海棲艦の攻勢は、悪霊などとは次元が違っていた。

初めの1年、人類は既存のあらゆる近代兵器を投入してこれを阻止せんとした。海洋の権益、アジアや太平洋の利権を死守しようと、列強各国は戦闘艦や航空機を大量投入して攻勢を開始した。結果は惨敗。物理的には人間大にて1隻の戦闘艦に等しい戦闘力を持つそれらとは相性が悪すぎた。

 2年目、主力戦闘艦は軒並み撃沈されるか戦闘不能となり、残存艦も温存策をとったことで、人類は積極的な攻勢には出られなくなった。各国のドクトリンは、水上艦による遊撃から島嶼からの撤退と沿岸砲台による水際防衛へとシフトした。秋までにはハワイ諸島、カリブ海諸島、日本の太平洋委任統治領などが陥落した。だが人類は既得権益のこだわりを捨てきれたわけではなかった。支那事変解決の糸口は見えず、ナチスドイツはオーストリアやズデーデン地方を併合した。

 3年目、深海棲艦による航路破壊の活発化によって大陸同士が分断され始めた。日本のアメリカからの石油・鉄鉱輸入は途絶えたが、欧州を重視するアメリカの消極的な対日姿勢は、日本国民にとっては日本が見捨てられたと映った。陸戦型の深海棲艦が大挙してシベリアやアラスカに上陸を始めた。状況の悪化により、英仏独伊ソの5陣営は協定を締結、対深海棲艦のための欧州連合軍を結成し共同で問題解決に当たることを表明。一方日本は生存権をアジア大陸に求め、ソ連や中国と激しく衝突した。

 この年の終わりごろ、魔道学の発達により魔法使いの身体強化法が発見された。このとき考え出された、魔法を使える少女を機械的に強化し深海棲艦と対等の能力で戦える水上砲台にするという発想は戦局のターニングポイントとなった。各国の権益と命運のすべてが懸かったその人間砲台は国を挙げての支援のもと瞬く間に進化し、動力や式神を装備し系統的な指揮戦闘が可能な人間軍艦「艦娘」が生まれた。

 艦娘による初の大規模作戦はタラント空襲である。深海棲艦が上陸し根拠地となっていたイタリアのタラント港を、英仏合同の艦隊が空襲したのだ。結果は大成功、深海棲艦の主力戦艦を多数撃沈するだけでなく、混乱したタラントに伊独合同の陸軍機械化部隊が突入・殲滅を敢行。この電撃戦によって、人類は初めて深海棲艦の占領地を奪還することに成功したのだった。

 艦娘の開発が進んでいた欧州合同軍はそのまま地中海と北海で深海棲艦への攻撃作戦を開始し、日米もそれに遅れること半年、艦娘の運用を始めた。

 両国とも艦娘の力でまずは自国近海を制圧、続いて日本は中国沿岸とフィリピン、アメリカは中米とカリブ諸島を解放および防衛という名目で占領した。艦娘の運用経験を積んだ両国は、そこを足場として大規模作戦にうって出た。

 ラプラタ沖海戦などを経てアメリカの艦娘戦力は南米と欧州に向かうことを察知した日本は、太平洋の利権を手に入れる絶好のチャンスとして真珠湾攻撃・東南アジア進出を果たした。結果日本軍の快進撃によって東南アジアから撤退した深海棲艦達は玉突き式にオーストラリア北部に上陸。危機に陥ったオーストラリア政府と日本は協定を締結し、実質的にオーストラリアを日本のコントロール下に置くことに成功したのである。

 真珠湾作戦を大成功に導いた艦娘の艦隊と日本海軍は、日本国民からは熱烈な支持を得た。欧州各国からの大きな注目も浴びたが、事前報告なく奇襲的な作戦を敢行した日本に対し、ハワイを元々保有していたアメリカは「侵略行為だ」と強く反発。その上元米植民地であったフィリピンを断りなく日本が占拠した結果、アメリカの対日感情悪化は決定的なものになった。

 まもなくこの南雲艦隊は南太平洋の敵を駆逐し、インド洋に進出した。インド洋英艦隊との共同作戦によって、英国軍を殲滅して領有したスリランカの深海棲艦隊を叩いたことで、無敵の南雲艦隊の名は世界中に知れ渡った。

 1942年に入り、日本政府はハワイ占領の方針を打ち立てた。欧州や南米ばかりに気を取られ太平洋諸国を見捨てたばかりか、日本に対して敵対的な態度をとり続けるアメリカの手からハワイを開放してやれという世論が後押しした。ハワイを占拠するために、まず足場を作る必要があった。その為に、日本海軍は無敵の南雲艦隊をよびかえし、新たな作戦を練りあげた。

 ミッドウェー攻略作戦である。

 南雲艦隊の疲労と慢心。そして不運が共鳴した結果、ミッドウェー作戦に出撃した4空母は撃沈される運命にあるはずだった。

 だが、そうはならなかった。そこに突如現れた艦娘は、彼女たちに最小限の警告を行い、運命を変えてみせたのだ。未来を知り尽くし、圧倒的な戦力を持った彼女の存在は、この戦いというゲームにおける禁じ手ですらある。そしてその彼女は今、大和の目の前にいた。

 

「この時代に来て、3ヶ月。私にはっきりと……今後の世界の歴史の流れを知りたいと言ってきたのは、あなたが初めてです」

 みらいが静かに断言した。夕食を終えたみらいがあてがわれた自室で休んでいたところに現れたのは、艦娘大和であった。

「リンガ基地に立ち寄った時。佐倉大佐や響達は私が未来から来たことを信じたけれど、戦争のこれからについて私にはっきりと聞いてくることはありませんでした」

「知ったところで逃げ出せる立場にない。当然の反応だと思います」大和は心持ち微笑んだ。

「それはあなたも同じでしょう」

「いいえ。それ以上なのですよ。連合艦隊旗艦を戴く艦娘として、他の子達とどう戦うか、誰をどの戦場に投入するか……それを決定できる立場にある私が未来を知った時の苦悩は、末端の指揮官や艦娘のそれとは大きく違うでしょう」大和はみらいをじっと見つめて続けた。「艦隊決戦の切り札としての運命を与えられた私、戦艦“大和”が、沖縄沖で撃沈されるまで集中攻撃を受ける、という状況に至るまでの今から3年弱の戦いがどのようなものであるのか……私には想像がつきません」

「だからこそ知りたいと? あえて知る必要はなくても、今後戦うことは出来ます。私が今のあなた達では知り得ない敵の状況や国際情勢を伝えて、最適な作戦を選択する。私を資料として利用することで、適切な時期に適切な情報が手に入る。それでいいじゃないですか」みらいは首をすくめ何か達観したように言った。

「あなたがなるべく多くの人を救いたいというのは分かっています。私はあなたの存在を信じています。でも、だからこそ、知っておく義務があります。覚悟を決めなければならないのです」

「覚悟……私の存在はパンドラの箱です。あなたは21世紀に続くまでの人類のストーリーを知ることは出来ますが、知ったらもう2度ともとに戻れません。この世界に来てからの私の苦悩を、未だこの世界でどう生きていくか悩み続けている私の苦悩を、連合艦隊旗艦という逃れられない立場であるあなたも共有することになるのですよ。後悔しませんか?」

 端末機を取り出しかけたみらいに向かって、大和は決心の笑顔を見せつつ、分かっている、後悔はしないが悩みぬくつもりだと心の中で言いながら、その言葉をこう表現した。

「生きることは、知ることなのです」

 

 

 ――1941年をかけて大西洋沿岸から深海棲艦を駆逐したアメリカ・中南米諸国は、続いて東太平洋での作戦を開始した。深海棲艦は南北アメリカを分断しようとパナマに対して攻勢を強めていたが、アメリカ合同陸軍はプライドにかけてこれを守り通した。陥落が防がれた結果、パナマを通じて続々と米海軍の水上艦隊と艦娘が太平洋に続々と現れ、ガラパゴス諸島やイースター島の深海棲艦根拠地に対して攻撃を開始することとなった。アメリカ軍にとっては欧州戦線が安定するまでの陽動と大陸本土防衛のための縦深の確保に過ぎなかったが、太平洋を日米に挟撃される危険性を脅威ととらえた深海棲艦は対日戦線への攻勢を開始。ソロモン諸島に照準を定めたそれらは、1942年半ばには最前線から目と鼻の先にあるガタルカナル島を制圧し重厚な基地化を進めた。

 艦娘含む日本兵にとって不幸だったのは、深海棲艦の内実など知らない日本軍上層部はこれを本格的な攻勢と判断せず、ガタルカナルに艦娘や陸軍将兵戦力の逐次投入を行った事だった。陸、イル川の戦い、一木支隊第一梯団。第一次総攻撃、一木支隊第二梯団および川口支隊。第二次総攻撃、第二師団。海、複数次のソロモン海戦、南太平洋海戦、およびネズミ輸送に付随する様々な海戦。

 強行。消耗。敗北。意地だけで4か月戦い抜いた日本軍は、大きな犠牲を出した「餓島」から艦娘の支援を受け這う這うの体で撤退した。

 しかしそれは、終わりの始まりに過ぎなかった。ガタルカナル撤退ののち小休止を挟んで、戦いは中北部ソロモンに移ることとなった。ガタルカナルと違い中北部ソロモンは日本軍の完全な占領下、戦力を集中させた深海棲艦と日本の艦娘や基地航空隊は激突することとなった。1943年一杯をかけた大消耗戦が終わったころには、日本の各部隊の防衛戦力は壊滅状態となってしまっていた。

 一方、1943年の末ごろには欧州合同軍による欧州周辺および北大西洋の深海棲艦掃討は終了し、散発的に艦船に攻撃を仕掛ける潜水艦や巡洋艦などに出くわすことを除けば、欧州・アフリカ方面は比較的安定するようになってきていた。海が平和となることに反比例して、陸では欧州各国の利権争いが表面化していった。偶発的、あるいは意図的な誤爆により、独ソが戦争を始めるに至った。ファシストおよび共産主義いずれにも与する気のないアメリカは、欧州の権益を手にするため裏で手を引きつつも一方の太平洋への本格的攻勢を始めた。

 狙うはアジア。欧米人のための植民地を、日本のものにしてなるものか。

 アメリカが東太平洋への圧迫を強めれば強めるほど、日本軍に対する深海棲艦の攻勢は強まっていった。トラックは大空爆され壊滅した。東南アジアでも泥沼の陸戦が始まった。あれよあれよという間にマリアナ諸島まで迫った深海棲艦に対し、海軍は全力を用いて艦隊決戦を挑んだが、かつて栄光とうたわれた空母たちはすでにおらず、往年の練度を発揮できなくなっていた機動部隊はあらゆる面で深海棲艦にかなわず大敗した。潜水艦による通商破壊はますます進み、資源不足からの戦力不足という悪循環に陥った。

 だが深海棲艦も必死だったのかもしれない。東に目を向けてみれば、ハワイを圧倒的な火力と物量で奪還したアメリカ軍がソロモンに逆上陸を果たしていたのだ。アメリカが西へ西へと進むごとに、深海棲艦も西進し、日本は圧迫されていった。

 10月にフィリピン・レイテ島に上陸した深海棲艦を殲滅するため、連合艦隊は総力を結集して決戦を挑んだ。かつて多用した低練度艦娘のおとりという作戦を、歴戦の空母で行うほどの絶望的な状況だったが、なんら戦略目標を達成することなく連合艦隊は壊滅した。南方と本土は分断され、日本本土は直接空爆を受けるほどになっていた。いよいよ沖縄に深海棲艦は上陸をはじめ、破れかぶれの出撃で大和は沈んだ。大混乱の日本国内は様々な組織や軍閥に分断されて半ば内乱状態となった。日本の防衛能力が激減したところへ、ついに深海棲艦は本土上陸を始めた。絶望的な状況だった。

 1945年6月、島伝いに迂回進撃してきたアメリカがついに日本まで到達した。そこからすべてが変わった。日本政府は日本を深海棲艦から守るために、アメリカ政府に対して大幅な妥協をするよりほかになかった。広島・長崎に上陸した深海棲艦は日本政府の了解のもと、アメリカの原爆によって一撃で殲滅された。当地で絶望的な防衛戦を展開していた軍人や市民は、見捨てられた。指揮下にわずか残った日本軍艦娘や将兵の支援とともに沖縄に上陸したアメリカ軍は、秋ごろにはほぼ沖縄の制圧に成功した。アメリカが講和を結んだのは大日本帝国では無かった。秩序維持のため、半ば分裂状態の日本軍に代わってアメリカ軍は日本に駐屯することになると、少しずつ日本の状況は好転していった。治安が回復してきた1947年には日本国憲法が発布された。日本の長い戦争は終わった。

 

 だが新たなる時代の幕開けは、新たなる対立の幕開けだった。

 

 ソ連軍はシベリアに上陸した深海棲艦を、圧倒的な砲火力と膨大な地上・航空兵力を投入した飽和攻撃によって莫大な犠牲とともに海に追い落とした。その圧倒的な打撃力を対独戦にも投射した結果、数年でソ連軍はポーランドを超えドイツ領まで迫った。ソ連が占領したポーランドで目にしたのは、大量の収容所とナチスによって組織的に虐殺された600万のユダヤ人だった。欧州同盟を結び、ファシスト政権として親密な関係にあったイタリアは地震の立場に大打撃を受けた。また英仏もホロコーストを黙認していた可能性があるとして国際世論で非難を浴び、これ幸いと大宣伝に打って出たソ連によって「悪」のドイツを破ったソビエト、ひいては共産主義の求心力は高まり、その結果東欧諸国で革命が相次いで生起した。社会主義国家のカウンターパートとなるはずの西欧の大国は、のしかかる莫大な復興費と国際社会での発言力低下で対抗できなくなっていた。対抗できたのは、この戦役で実力を見せつけた海の向こうの超大国だけだった。

 いまだ捲土重来を夢見て太平洋の離島やシベリアの奥地を占拠していた深海棲艦の僅かな生き残り。それを原子爆弾の実験という名目で絶滅させたアメリカと、スパイ行為によって核技術を手に入れ、深海棲艦を同じように「粛清」したソ連の対立。東西冷戦の始まりである。

 戦艦に代わって艦娘が祖国の国力を誇示する役目を担っていたのもつかの間、国力の象徴は戦争抑止力としての核兵器にとってかわられた。艦娘の運用と技術関連の予算が世界各国で削減される中、無事に生存し艦娘としての任務を終えた彼女たちが新たなる世界で余生をどのように送ったかは、ほとんど記録に残っていない。それでも一部の艦娘、特に人間相手の汚れ仕事に抵抗がなかったり、復員した故郷に居場所を見いだせなかった者は、敵国沿岸域での諜報や暗殺などの特殊作戦部隊という形で引き続き艦娘として生き続けた。

 新生日本国でも若干名が艦娘として任務に残った。新たな仕事は日本近海での機雷掃海支援や海洋救難、米軍にならっての情報収集。所属した部隊は海上保安庁だ。間もなく体制を整えた日本国は独立するとともに国連に加盟。艦娘の運用は海上保安庁から海上自衛隊に移譲されたが、任務は特に変わることはなく続いた。

 キューバ危機、ベトナム戦争、フォークランド紛争、数度の中東戦争。様々な戦争や内乱に艦娘の姿を見つけることができたが、専守防衛を標榜する日本の艦娘はそれに巻き込まれることはなく落ち着いた日々を送ってきた。冷戦の激化とデタント、代理戦争や宇宙開発、世界中の様々な事件。そしてベルリンの壁の崩壊、冷戦終結。国家同士の融和と台頭するテロとの戦い。みらいが生まれ育ったのは、それからの世界だ――

 

 

 

 

 数時間かけて詳細に現代史を話したみらいは、そこで言葉を区切り天井を見てため息をついた。大和は端末機に表示された記事の数々に圧倒されたのか、さっきから一言も口を開いていない。

「私は、海上自衛隊の艦娘。だからこんな世界に来たとしても、平和主義と専守防衛は大前提なんです。それでいて、最大限人命を救いたいの。艦娘だけじゃない、この戦いで犠牲になる人、すべて」

大和は、ふぅー、と息を吐いて見入っていた端末機の画面からやっと目を離した。

「そうね……さしあたって今の問題は、ガタルカナル島に派遣された陸軍一木支隊。全滅する運命は避けがたいでしょう」

それは大和も実際に気にしていたことであった。

「彼らはすでにガタルカナル島へ?」

「出撃する準備を整えて前線との中継地のここへ向かおうとしているいるところですわ。作戦を立案した辻という参謀と協議しましたが、彼を止めることはできませんでした。このままでは史実通りガ島の陸戦は始まって……そして終わるでしょう」

「辻……『あの』辻政信ですかね」

「戦後でもそんなに有名ですか」

「はっきりと意思表示する人物。独善的で無茶な指導や責任の押し付け、戦争犯罪への供与。それでいて妙な人望があり、彼を支持する人物も多かった。戦争を生き残り、戦後も議員をやっていたり……評価は分かれますが、少なくとも上層部にとっては扱いにくい人物のようですね。どうにかして止められませんか?」

「……考えてみましょう。ガ島での作戦はすでに決定されてしまったので、あとはいかに被害を減らせるかに焦点を絞って」

 陸軍の援護は空と海から行うしかない。水上艦や陸海軍の航空機では深海棲艦に対して不利だ。失敗した時の人的被害を考えても、艦娘が支援として出撃することになるのは当然の成り行きだろう。そして、艦娘が出撃するのならば……

「みらいさん、あなたはどこまで我々に協力することができますか?」

 続いた大和の質問は、みらいが想像した通りのものだった。

「そうね。艤装の修理が終わるまで動けないのですけど。修理が終わったら商船の船団護衛支援、対潜哨戒、対空警戒ぐらいのことは行うつもりですよ。直接戦闘に参加することは……まぁ、作戦や状況次第ですかね。弾薬や装備品に補給が効かない以上、危険で実りのない作戦には参加できません。こちらの持つ情報で各個判断して動きます」

 みらいははっきりとどの作戦に参加できるかまでは言わないでおいた。

「そうですか。まぁ連合艦隊の『客人』であるあなたに無理はさせませんよ。それからもうひとつ、この世界はあなたが来たことによって少しづつ変わっています。あなたは……新たな日本はどのような道をたどるべきだと考えますか?」

「新たな日本の道……まだよく、分からないけど。私が生まれた故郷は日本国。この大日本帝国とは違う存在なのです。だから、数十年後はやっぱり私が来たような日本、世界になっていてほしい。そうなる中で、死ななくても済む人間はできる限り死なないでほしい。この戦いで失われる300万の日本人の命、5000万の全人類の命のうち、私は行動できる限りにおいて救いたいのです」

 大和は数秒の沈黙ののち、あいまいに答えた。

「そうね。おおかた私も同意するところです」




本編とは関係ないですが、これまで1章、2章……としていたところを1話、2話……とカウントする方式に改めました。

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