ZIPANG 艦娘「みらい」かく戦えり   作:まるりょう

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第八話 新一航戦

 神奈川県・横須賀海軍病院

 

 午後9時

 

 艤装を付けていない加賀が、裸電球の灯った病院の廊下を静かに歩いていた。

 

 ……この部屋ね。

 加賀は病室を確認すると、扉をノックした。

「はい、起きてますよ」

 加賀は扉を開いて、挨拶した。

「こんばんは。飛龍、体の具合はどう?」

「あぁ、加賀先輩でしたか。お久しぶりです。体の怪我はまだ治ってないけど、頭の方はピンピンしてます。だから暇でぇ、身体がなまっちゃうし、もう今すぐにでも出撃したいほどですよ!」

 個室のベッドにいた、飛龍と呼ばれた彼女はガッツポーズをして答えた。

「ご免なさいね。見舞いがこんなに遅くなってしまって。基地で私の航空機の調整が長引いてしまって。これ、つまらないものだけれど」

 加賀は手にしていた籠をベッドの隣のテーブルの上に置いた。籠にはいくつかの果物が入っていた。配給制の時代でこれはかなり豪華である。

「わぁ、ありがとうございます」蒼龍は目を輝かせながら言った。

「無理しては駄目よ。私は別に急かさないから、ゆっくり怪我を治して戦列に戻ってきなさい」

「はい……!」

 

 

 2ヶ月前

 

昭和17年6月5日 日本時間午前3時30分頃

 

 2つの島からなる環礁。その上空、蒼い大気の中を、黒色、飴色、濃緑色の、100を超える機体が舞い踊っていた。

 飴色をしているのは零式艦上戦闘機。第一次攻撃隊の露払いとして、零戦は華麗に宙を舞い、深海棲艦の黒い機体に火を噴かせる。1機の深海機が戦闘機達の合間から躍り出て、濃緑色の機体に照準を合わせた。

 発砲。

 狙われた九七艦攻は金属を飛び散らせ、翼がたたき割れる。錐揉みに入って落ちゆくその機体を確認する間もなく、寮機の旋回機銃に狙われた深海機は炎を吹いた。

 島に認めた建造物に対して、九九艦爆の1隊がダイブブレーキを開き急降下に入る。狙うは敵飛行基地。急降下特有の風切り音に、対空砲の爆発音が添えられる。数機の九九艦爆が対空砲を受け、炎を吹きあげ粉砕されたが、構わず突っ込んだ数機が格納庫に250キロ爆弾を叩き込んだ。

 ここはミッドウェー島。色とりどりの炎と音が交錯する、総天然色の大パノラマだ。

 

「カワ カワ カワ……第二次攻撃の要有り、です!」

 飛龍が叫んだ。

「そりゃそうよね、敵機の地上撃破に失敗したわけだし」

 蒼龍が首をすくめた。

 先ほど、彼女達第一機動部隊はミッドウェー基地機からの爆撃を受けている。水平爆撃だったので全て回避したとはいえ、敵戦力の殲滅に失敗したことは自明であった。

 

 4時15分

 

「了解しました。一航戦は対地攻撃用意。加賀さん、待機中の艦攻を爆装に!」

 艦隊旗艦の赤城は叫んだ。

「換装、よろしく」

 加賀の妖精達はうなずき、格納庫の中で作業を始める。

 

4時40分

 

「索敵4号機より入電じゃ。敵艦隊発見とのこと!」

 重巡利根が報告を入れた。水偵6機を搭載できる利根は、偵察巡洋艦として機動部隊の「眼」であった。午前2時に発進した偵察機が、このタイミングで敵を見つけたのだ。

「本当!? 敵の空母艦隊ですか?」

「分からぬ。赤城殿、どうする?」

 第一機動部隊の任務は2つ。ミッドウェー島を空爆し基地戦力を壊滅させること、敵空母が居ればこれを優先的に排除すること。

「……様子を見ましょう。加賀さん、艦攻の爆装を一時停止、です」

 そのとき、艦隊前方で警戒していた駆逐艦から敵機接近を意味する対空砲が撃ち上がった。

「なっ……!」

「敵の航空機を発見!」

 

5時20分

 

「どうにか凌げたわね」

「赤城さん、大丈夫?」

「えぇ、至近弾も受けていません。敵の練度は全然高く無いのよ」

「いえ……そうじゃなくて、疲れていなくて?」

「いいえ、問題無いわ。どうして?」

「なら良いのだけど」

 ミッドウェー攻略作戦は上層部が急いで決めたものだ。ポートダーウィン攻撃後に起こした事故で内地で修理していた加賀を除けば、この南雲艦隊の所属艦娘はインド洋での作戦から帰ってきて休養整備の暇もなく、すぐにここに駆り出されている。深海棲艦に対する圧倒的な力を頼りにされているのは良いのだが、各艦の疲労が少々気に掛かるところだった。

「赤城殿!我が索敵機より入電。敵艦隊は空母含む機動部隊の模様じゃ!」

「やっぱり……」

 赤城、加賀、蒼龍、飛龍の4空母はお互い顔を見合わせる。ある程度散らばっていたが、どうにか相手の表情は分かる距離にいた。皆驚いているのがわかる。

「すでに私達は敵空母の攻撃圏に入ってる」

「一刻も早く攻撃隊を!」

 飛龍が急かした。

「待って。第一次攻撃隊が間もなく帰ってきます。優先的に収容しないと、機体を失う訳には……」

 赤城は逡巡する。やはり赤城は精神的に疲れているのかも知れない。情報が錯綜しているとはいえ、歴戦の彼女が混乱しているような様子を、付き合いの長い加賀は気を使わずにはいられなかった。

「分かりました。第一次攻撃隊を収容のち、可及的速やかに敵空母攻撃隊を発進させます。これが現状での最適解です。それで良いかしら?」

 現状最適と思われる判断を下して、加賀は赤城に確認する。

「え、えぇ。そうです、ね。お願いします」

 実際に赤城は焦っていた。旗艦という重大な責務における彼女の立場と気苦労を、加賀は思わずには居られなかった。

 

6時20分

 

「敵雷撃機、更に接近!」側面を守っていた駆逐艦が対空砲を撃ち上げながら叫んだ。

「収容が終わったと思ったら……しつっこいなぁもう!」蒼龍が愚痴る。

 第一次攻撃隊を収容し終えた4空母の攻撃隊発進準備は、散発的に接近する雷撃隊によって妨害された。数は少ないが、続々と来るものだから始末に負えない。雷撃からの回避のため右に左に旋回したせいで、機体発進の魔導式展開もままならなかった。

 加賀は対空砲弾を撒きながら悔やんだ。南雲艦隊ともあろう我々が、敵空母に先手を打たれた。状況がまずい。周りを見ると、水平線上に数隻の影が見えるだけだった。回避機動続きで、バラバラになってしまった。こう離れられては、お互い援護も難しい。

 何度目の旋回か。加賀は自身の零戦が雷撃隊を次々に叩き落とす様を見ていた。戦闘機だけではない、対空砲がまた1機、敵を落とした。自身の高角砲や対空機銃が放つ対空砲火は、加賀に雷撃機を近寄らせない壁となっているような錯覚さえ抱くほど、見事に攻撃は当たらなかった。加賀は唾を飲み込んで、悪い予感を頭から振り払った。

――大丈夫、私達は無敵の南雲艦隊よ――

 

7時15分

 

「不明艦、接近します!」

 加賀の見張り員が報告した。

「不明艦……?」

 加賀は疑問に思いつつその方を見た。艦首に182と記されたその艦娘は、雷撃機を回避しつつ自身に急接近してきた。

 加賀は腰から下げた自衛用の20センチ砲に徹甲弾を装填しつつ、その不明艦が日本海軍旗を掲げていることに気付いた。見たことの無いような艤装をしている。だが、間違い無く人間の艦娘だ。

「あなたは誰?我が海軍の旗を掲げているようだけど。艦名と所属を報告しなさい」

 その不明艦は加賀の目前までやってきて、何か呟いたのち、大出力の無線機で叫んだ。

「急降下爆撃機急速接近! 4空母は被弾の恐れあり! 至急回避せよ!」

 それだけ言って、不明艦はひらりと身をかわしその場から消えていった。余りに唐突だったため、加賀は呆気に取られて不明艦の後ろ姿を見つめていた。

「加賀さん、敵機直上!」

 見張り員の声で、加賀は我に帰った。

 急降下爆撃機! そうだ、この攻撃隊は敵空母から飛来したもの。艦爆も居る筈。でも、未だに雷撃機と戦闘機しか自身を攻撃していない。だから……

 加賀は双眼鏡を取り出し高空を捜索した。するとすぐ、信じられないほど近くの空に艦爆隊が接近していることに気付いた。

「戦闘機隊、何をしている! 上空爆を迎撃しなさい! 砲術科、対空戦闘!」

 加賀は対空砲を撃ち上げるとともに、目一杯右に舵を切った。急降下のサイレン音が鳴り響く。

 爆発音。

 水柱。

 炎。

 

 艦爆の襲撃はあっという間に終わった。

 

7時30分

 

 加賀は無傷で海面に立っていた。あれだけの爆撃を受けて全て回避出来たのが信じられない。機関の緊急出力を落とし、肩で息をしながらまっすぐ航行していた。

 周囲の海域を見回した加賀は、立ちのぼる2つの黒煙を認めた。

 加賀は無線機を取り出し、赤城の回線に繋いだ。

 「赤城さん、大丈夫……? 状況を教えて」

 返答は無い。

「赤城さん、応答を」

 雑音しか入らなかった。

「……」

 加賀は周波数を切り替えた。

「こちら加賀です。蒼龍、状況を報告しなさい。蒼龍、聞こえる?」

 やはり返事は無い。

「……飛龍、応答しなさい」

「加賀さん!」

「良かった。あなたは無事なのね」

「何か起こったんですか!?」

「急降下爆撃を受けました。赤城・蒼龍とは通信が途絶。控え目に考えても、状況は良くありません」

「そんな……」

「あなたはどこに居るの」

「雷撃機を凌ぐためスコールに隠れていて。まさか、そんな事になったなんて……っ」

「そう。でも良かった、あなたは無事なのね」

「加賀さんも、被弾してるんですか?」

「いいえ、私は無傷だわ」

 加賀はため息をついて無線機を持ち直した。

「これより赤城さんに変わって私が艦隊の指揮を執ります。今は敵の攻撃が止んでいる。飛龍、私に合流しなさい。これより敵空母への反撃を、開始します」

 

……

 

 深海棲艦は空母2隻と引き換えに、日本海軍最強の機動部隊を叩き潰す事に成功した。

 太平洋方面での反撃の主力をつとめ、人類最強と世界中に喧伝されたこの機動部隊の進撃は、このミッドウェーの戦いで早くも食い止められてしまった。

 

 

「加賀先輩」

 飛龍が加賀に声を掛けた。加賀は我に帰って返事をする。

「なんでしょう?」

「……えっと。あ、赤城先輩の様子はどうでした? お医者さんはなんて言ってました?」

 飛龍かおずおずと尋ねた。

「赤城さんは……私達より長生きするかも、知れませんね」

 加賀は言葉を選びながらゆっくりと答えた。

「それは……そういう意味なんですか」

 飛龍は言った。海軍なんかに居たら嫁にも行けず早死にするぞと、艦娘ならば一度は言われるものである。逆に言えば、艦娘として戦うことが出来なくなれば、私たちより長生きするのかも知れない。……その時まで日本が無事ならば。

「背中に被弾した事による脊髄損傷、下半身不随。今後の艦隊運用は、まず不可能でしょう、とのことよ」加賀はベットの足に目をそらして言った。

「そんな……赤城先輩っ」

 飛龍は言葉を続ける事が出来なかった。飛龍が空母艦娘として訓練生だった頃から前線で戦い続け、時には飛龍達の教官役もこなした憧れだった赤城の勇姿をもう2度と見る事が出来なくなるという事が信じられなかった。

 加賀や飛龍が失ったのは赤城だけではない。

「このような言い方をして悪いのだけれど……あなたは、今後も私の隣で戦える?」

 加賀がベットの端に逸らした視線の先には、飛龍の同期にして無二の友人、蒼龍の写真が立てかけられていた。写真の中では、蒼龍は飛龍の隣で眩しい笑顔を見せている。何時ごろ撮ったものだろうか?

「加賀先輩は……私が過去の悪夢にいつまでも囚われたままの人間だと思ってるんですか」

 飛龍は、布団の上に投げ出していた両手を握って言った。

「……そう。強いのね」

 加賀はいつもの無表情に色を加えず、独り言のように呟いた。

「ううん、そういうわけじゃありません。ただ、このベッドの上で泣く事にはもう、飽きました。私は覚悟を決めたんです。赤城先輩をそんな身体にさせて、私から蒼龍を奪った深海棲艦を許さない。例え世界で最後の1人になっても、私は戦い抜きます」

 そう言って飛龍は加賀を見つめる。これまで2年間共に戦ってきた、戦士の貌だ。新米どころか訓練生の時からよく知っている飛龍のその態度に、加賀は目頭の裏から何か熱いものが上ってくるのを感じた。加賀はそれを悟られないように思いつつ、こう言った。

「それは違うわ」飛龍に視線を合わせる。「あなたは決して1人にならない」

 しんと張り詰めた空気の中、加賀は続けた。

「私がいる、というだけのことではありません。ベテランの龍驤さんや腕を上げてきた翔鶴達空母の方々、金剛さん以下水上戦艦部隊の皆さん、精鋭の水雷戦隊……そして、私達が使役する航空隊も。今日、横須賀基地での部隊再編で決定されたことなのだけど、私の新生航空隊は、元赤城航空隊が半分を占めます。それは、あなたも同じ」

「それって、つまり……私に蒼龍隊の、生き残りが?」

 加賀は首を縦に振った。

「これからの戦いで貴方の剣となり、盾となる艦載機の半分には、あの子の血が流れているのよ」

 それを聞いて、飛龍の頬が緩み、口からふふ、と息が漏れる。

「そっかぁ、蒼龍の子達と一緒に戦えるんだ……」飛龍は数秒眼を閉じて何かを想い、息を吹くと、ぐっと眼を見開いた。その顔は、決意と覚悟の焔が揺らめいている。「加賀先輩、それなら戦い抜けます……寂しくもありません」飛龍は静かに宣言して、次に少し表情を崩して言った。「もう私は大丈夫です。今すぐにでも戦いに行きましょう!」

「駄目よ、怪我は最後まで治すこと。完治せずに戦場に出ても、自身が危険なだけでは済みません。私としても迷惑だわ。私はトラックで待っているから、万全の状態で戦列に復帰しなさい」

「はーい。……ま、それもそうですね。戦いが待ち遠しい!」飛龍は軽く笑って加賀に尋ねた。「加賀さんはこの後、すぐトラックに進出なさるんですか?」

「……ええ。ソロモン海域で深海棲艦の活発な活動が認められたので、そちらの方面での航空戦力の拡充が急務なのよ。あの海域に存在する機動航空戦力は空母翔鶴、瑞鶴、龍驤と、水上機母艦日進の4隻。そのうち翔鶴達2隻は珊瑚海海戦で消耗した艦載機の補充を行って練度が下がっている状態よ。航空隊の編成が終わり次第、訓練と並行してトラックまで進出し、戦列に加わります」

 加賀はいつもの説明口調で、これからの自分の任務を話した。

「そうですか……次の戦場は南太平洋ですね。分かりました、私の復帰を待っていてください。私と加賀先輩と、翔鶴と瑞鶴の4人でまた一緒に戦って、ソロモンから深海棲艦どもを駆逐しましょう!」

「……ええ。部隊再編の結果貴方は私と同じ一航戦となりました。だから飛龍、ソロモンでは私の背中を守るのではなく、私の隣で戦いましょう」

 加賀はそういって飛龍に微笑みかけた。加賀にとっても、一度に自分の一番弟子を失い、最も信頼する同僚の身体が破壊されたという精神的衝撃は尋常のものではなかった。さらに加賀の双肩にのしかかったのは、赤城の負っていた第一航空戦隊旗艦という新たな重責。しかし、自分が教育した飛龍がこのように、前向きに未来の戦いを誓う頼もしい姿を見て、加賀の心はかなり救われたのだった。

 だが、飛龍はまだ知らない。みらいという名の21世紀の戦闘艦がトラックに存在している事を。加賀は思った。ミッドウェーの時に出会い、警告によって3人の命を救った艦。今後彼女がどう動くのか、未来の情報を手に入れた指導部がどのような判断を下すのか、全くの未知数だ。これから踏み出す太平洋の海は、もはやこれまでとは違う、異質で混沌とした嵐の海である。しかし加賀は、部下と仲間とともにそこに身を投じるしか無かった。

 


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