ZIPANG 艦娘「みらい」かく戦えり   作:まるりょう

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第六話 トラック入港

 夕暮れの太平洋を航行していたみらいと響は、眼前15海里に存在する司令部からの一文を受け取った。

――トラック入港は南水道より1800、誘導艦に従って入港されたし。ヤマモト――

「……いよいよ連合艦隊の本丸に踏み込むって訳ね」みらいは端末機から目を離し、オレンジ色に染まった大環礁をじっと見つめた。

「それ程不安に思う事はないよ。私の帰るべき場所だ」と響がみらいに微笑みかけたが、みらいは緊張の面持ちで前を向いたまま呟いた。

「あなた達にとってはそうでしょう。だけど私にとって連合艦隊という組織は……対等に渡り合わないといけない相手なのよ」

 

 

 

「レーダーに反応。1時の方角に小型水上艦1、艦娘2です」みらいのCIC要員が報告した。みらいは双眼鏡で水平線を見定めた。

まず目に付いたのは高くマストを掲げた哨戒艇だ。哨戒艇と言っても艦娘ではなく、多数の男性水兵が勤務する正真正銘の水上艦のほうである。

しかし、みらいの注目はその隣に並ぶ2人の駆逐艦娘の方に吸い寄せられた。

「あの2人は確か……」

「見覚えがあるかい?」響も2人を見ようとして双眼鏡を手にした途端に、2人から声がかかった。

「おーい、響! 良かった、無事なのね!」

「なのです!」

響は双眼鏡を手放し、一瞬固まったのち驚きの声を上げた。「雷、電。2人は無事だったのか!」

雷と電は響のもとに駆け寄った。「良かったぁ……響、何も無かった? 被弾もしてないわね? お疲れ様」

 そういって雷は響を労った。電は響に飛びつき胸に顔をうずめる。

「ふぇぇ……暁ちゃんも響ちゃんも帰ってきて本当に良かったのです。4人はもう2度といっしょになれないって思ってたの……」電の涙が響の制服を湿らせる。

「うん、私は無傷だよ。大丈夫」と、響は電の頭に手を載せた。

「……姉妹艦か」みらいは自身の2隻の姉妹艦、ゆきなみとはるかを思い出した。艦娘としての人生を踏み出す前、自衛隊に入隊してすぐの時に知り合い、支え合ってきた親友。日本での部隊生活で家族同然に信頼していた2人は、2ヶ月半ほど前のあの日、太平洋の嵐の中に霧散した。

 帰るべき部隊も、自らの故郷も。

 みらいはこの2ヶ月半の間、海自での遠洋航海訓練の時のような気持ちで海を渡ってきた。そのうち帰れるだろうと漠然と思えてならなかった。だが、今になって、70年もの時間を駆ける方法が無いという厳然たる事実が、身体の中で燻煙となって腹の中をいぶした。それが喉の辺りまでのぼってきて、苦い風味に涙が零れそうになる。

 みらいは笑顔で再開を喜ぶ3人を眺めいった。彼女達の背後でトラックの島影が鮮やかな夕焼けに染まっていた。

 これで、良かったのよね?

 みらいは手を握りしめ、振り返る。日本海軍の基地の目の前で、泣いている場合なんかじゃない。3人を尻目に、低速で哨戒艇に寄っていきその艦橋に向かって叫んだ。

「艇長さん! それで、私はどこに行けば良いのかしら?」

 哨戒艇の艇長は答えた。「貴官は楓島にて停泊する支援母艦『出雲』にて上陸せよとの命令です」

「あ、そうそうみらいさんは私が連れて行くわね!」みらいの背後から声が掛かった。「電、響は夏島基地の方よね、頼むわ!」

 みらいは振り返った。「あら。あなたは確か……雷さんだったわね?」

「えぇそうよ。リンガの時以来よね。みらいさん、暁を助けて、響も無事に連れ戻してくれて、ありがとう」

 横からぱしゃぱしゃと海面を蹴って電と響も並んだ。

「本当にありがとう、なのです」

「Спасибо(ありがとう)。私からも、改めて。あのような修羅場を乗り越えて、暁を救出出来たのは本当に凄いことだ。ゆっくり傷を治してきて」

「いえ、あなた達こそ、得体の知れない私を信じてくれてありがとうね。2人とも無事だったのは、私を信じてくれた人がいたお陰よ」みらいは笑顔で手をひらひらさせて答えた。

「さて、みらいさん、あなたにはこっちから上陸してもらう事になっているから付いてきてね!」雷は2人に手を振り別れたあと、みらいを誘導するため前に出た。

「おーい!」

 雷が大きく手を振りながら叫んだのでみらいは彼女の顔に視線を遣ったが、雷はもっと後ろを見ていた。

「哨戒艇の艇長さーん、ここまで来なさい! ふふっ、置いてきますよ~!」

みらいもつられて後ろを向いた。雷に揶揄された哨戒艇の乗員達は、しかし気分を害した風はなく、娘か孫にでも言われたように、笑顔で艇を操ってついて来るのだった。

 

 

 トラック環礁内部・楓島沖

 

「あれが私達にとっての母港のひとつ、艦娘母艦『出雲』よ!」

雷の指した先に停泊していた、旧式艦を改造したと思われるそれに、みらいは目をやった。

「艦娘を収容出来る水上艦か」

 みらいがもの珍しそうに眺めていると、みらいの艤装からヤナギが顔を出した。

「艦娘支援母艦『出雲』は、日露戦争時代の同名の装甲巡洋艦を、老朽化により改装したものです。艦内のウェルドックに注水して航行しながら艦娘を発進可能といいます。そのために、出雲には遠洋にて作戦を実施する為の、艦娘が戦闘に必要とする燃料・弾薬を搭載しています。それどころか、帰還収容した艦娘の為の修理設備や休憩設備を伴っており、さながら移動式艦娘基地と言えるでしょう。外洋での大規模艦娘作戦をあまり考慮していない現代では、艦娘支援専門の母艦は存在しませんね」

「海自の潜水艦救難艦『ちよだ』の、艦娘専用バージョンといったところね」

 みらいは雷の誘導のもと、「出雲」の艦尾から開閉式のウェルドックに進入した。艦内で待機していた技術者の指示で、慣れない旧式固定装置に艤装の接続作業を開始した。

「リンガでもそうだったけど、この時代は艤装固定が全部手動で時間がかかるのよね」みらいはそうぼやきながら、端末機を操作し艤装アンロックのオート設定を解除した。

米軍の流れを汲む戦後日本規格の艤装では、巡洋艦用の艤装固定具の大きさや外部電源の規格が微妙に合わないのだ。やむなく大型の戦艦用固定具に引っ掛け、不安定な隙間を針金で応急的に縛る事にした。初めてこの作業をしたリンガ基地では何度も手順を質問し、聞き返し、艦娘技術者達を呆れさせてしまった。

「出雲」でも艤装解除に手間取っていると、雷の声がした。

「みらいさん、やっぱりそれ慣れてないわね」

 みらいが艤装解除の操作を続けながら顔を上げると、目の前で腰に手を当てた雷がみらいに笑顔を見せてきた。みらいもつられてくすっと笑い、もう一度自分の艤装に視線を落として作業を続けながら答えた。

「仕方ないわよ。21世紀ではボタン一つで固定と解除が可能なんだから」

「たとえ日本の艦娘でなくても、艤装解除なんて1分もかからない、慣れた手つきさ。そんなにトロトロしてるなんて論外です。訓練生からやり直しですよ。僕が、彼女が未来から来たって信じた根拠の一つですな」

 どこかで聞いた男性の声だ。みらいは思わず振り返る。

「あなたは……佐倉提督!」

よっす、と言った風に彼は片手を上げた。

「お久しぶりです。みらいさん」

 

 やっとのことで艤装を外したみらいは、姉妹のもとに帰る雷に別れを告げたあと、頭と左目の怪我の治療を行うことを佐倉提督に伝えられた。

 被弾した怪我の応急処置としては、艦載の真水で左目を洗い流し、消毒して包帯を巻いただけだ。それから今までの数日間、みらいは魔法の力で痛みと怪我の悪化をごまかしてきたのだった。

 見た目は旧式艦ながらも、「出雲」艦内にはかなり綺麗で、設備の充実した医務室があった。最近改装されたからであろう。みらいはそこで診察を受けた。

レントゲンを撮った結果、頭骨は折れていないがひびが入っている可能性があり、完治までに数週間がかかるとのことだった。

 一方、破片の飛び込んだ眼球も角膜が損傷していたが、失明の恐れは無く、こちらも治るまでしばらくかかるという。

 

 

「何はともあれ、大事に至らなくて良かったです」

2人が医務室から出た時、みらいに佐倉提督が言った。佐倉提督は、戦闘糧食のおにぎりの入った小包をみらいに渡した。

「これ、夕食代わりにどうぞ」

「あ、ありがとう。取りあえず、怪我のダメージが残らないようで良かったです」みらいは溜め息をついて医務室前の廊下にもたれかかった。

「私がここでやるべきことは多いでしょう……まず、この世界での生存権の確保。海鳥の返還。次に、艤装の修理。この時代の技術でどこまで出来るか不安ですけど。それから今後、連合艦隊や他の艦娘との関係についてもいろいろ考えなきゃ……」みらいは薄暗い電灯を見上げながら、指折り数えた。

「まあでも」みらいは佐倉提督に向き直っていった。「連合艦隊司令部を説得するという、私の無茶振りに応えて下さってどうもありがとうございました。紆余曲折があって、輸送船団殲滅という本来の目的は達せませんでしたが。……出来る限りのことはやったつもりです」

「うん。君はよく頑張ったと思いますよ。いや、こちらこそありがとう。私こそ、艦娘指揮官の1人として、暁君を救出したことにお礼を言うべき立場です」

 佐倉提督もみらいに頭を下げ、照れているからか、狭い廊下でそわそわしだした。

「ええ、取りあえず、上に上がりましょうか。ここより空気が綺麗だ」

 

 2人は支援艦「出雲」の最上甲板に出た。みらいは欄干にもたれ掛かり、小包を開けて中身を確認する。佐倉提督が手すりに肘をついてもたれかかった。ポケットから煙草とマッチを取り出し、火を点ける。

「随分暗くなりましたね……もう8時か。すみませんね。作戦から戻ってきたばかりだというのに、ロクな夕食も提供出来なくて。海軍から提供されている、君の個室へお連れしましょうか」佐倉提督は昏い海に視線を落としながら申し訳無さそうに言った。

 軍艦として生きている長期間の作戦の間は、睡眠や食事、排泄などはほぼ行わない。魔力によって不必要な代謝を落とし込み、生命体としての活動をセーブする。あくまで戦闘艦である彼女達に要求されることは、知能をもってする戦闘判断のみである。

その分、帰還した艦娘には十分な休息や娯楽が用意されているものだ。

「あら。大和さんの艦隊にしたことを思えば、どんな仕打ちが待っているのかと思いましたが」と言って、みらいはおにぎりをほおばった。

「少なくとも営倉にぶち込んだりはしませんよ」佐倉提督は笑った。「正直に言えば、連合艦隊は君の戦闘力が欲しいのです」

「戦闘力だけではない。未来からの情報も、ですよね?」

「えぇ」佐倉提督は既に漆黒の空を指差した。

「あの辺にあるのが秋島。その向こうに、艦隊中心地の夏島や竹島があります。そこの陸上施設にあなたを連れてけば良いものを、こんな所に派遣した『出雲』に投錨させたのも存在を公にしたくないからでしょう」

「でしょうねぇ」みらいは沢庵をつまむ。一応、現代日本にも防衛機密というものがあり、特殊部隊たる艦娘をやっているので、自衛隊にいた頃にも似たような状況になったことがあった。

「まぁ、男性兵士ならともかく、自由奔放な艦娘達の間では既に噂になってますがね……」

 みらいは佐倉提督の顔を一瞥した。

「私にこれだけ関わったあなたの立場はどうなんですか?」

「知らん。なるようになるでしょ」佐倉提督は苦笑した。

「まぁ、連合艦隊司令部に赴いて説得するっていう仕事だけで寿命が5年は減りましたがね」と言って、肩をすくめる。

「私が暁さんを助けたんだから、全体的には減ってませんよ」

「なんですかその計算。僕は完全に損してるじゃないか」

静かな木甲板に2人分の笑い声が反響した。佐倉提督は咳き込む。

「……それで、暁さんの事なんですけど」ひとしきり笑ったあと、みらいが切り出した。

「あの子、大怪我してたんですよ。私が一応応急処置したんですが、大丈夫ででしょうか?」

「えぇ。帰ってきてすぐ、ここの海軍病院に収容されたみたいですね。担当は違うので詳しくは知りませんが、命に別状は無いようですよ」

「精神的に随分参っているでしょう」

「きついでしょうね。一週間ほど得体の知れない深海棲艦のもとで捕虜生活だ。次第に忘れるでしょうが、怪我が治るまでは落ち着ける環境が必要ですね」

「そう簡単には行きませんよ。PTSDを発症する可能性が有ります」

「PT……知りませんね」

無理もない。強いストレスによって心理的な障害が残ると言うことが知られるようになったのは第一次大戦後。本格的な研究は戦後からだ。今の時代は、トラウマという言葉が生まれる10年も前なのだ。

「心的外傷後ストレス障害。この時代には無い概念です。災害や事故、勿論戦争でも、強い心理的なダメージを被ったら、誰でも不眠や悪夢、フラッシュバックがあります。PTSDというのは何ヶ月、或いは何年もそれが続き、克服出来ないことなのです。」

「そうか……軍人といっても、年端もいかない女の子ですもんね。耐えれるだけの精神力はあるまい」

「この時代では『臆病者』の一言で片付けられるような症状ですが、屈強な男性軍人も罹患する可能性があり得る症状なんです。何時まで経っても忘れられない。患者は何も手が着かない。特にこの時代では、他人に理解してもらえにくい。放っておいたら鬱症状で自殺まで発展しかねない、れっきとした心の病ですよ」

「暁君がそのPTSDを発症していると言うのですか?」話を聞いていた佐倉提督は、指に挟んだ煙草をとんとんと揺らしながら言った。

「……分かりません。1ヶ月、2ヶ月経って立ち直れることもあります。今はまだ、なんとも。ただ、未来ではそういう症状が認知されていて、社会的にも問題になっています。この時代の人間も、そのことを知っておくべきだと思います。みんな、精神論の問題にしちゃうでしょ?」

「確かになぁ……『気合い』や『大和魂』でどうにかなるもんじゃ無いのかねぇ」

「えぇ。粗末な精神論でどうにかなるものでは、ね」

「暁君が所属する部隊の責任者に言っておくべきですねぇ……」佐倉提督が制帽を取って頭を掻きながら面倒臭そうに言った。

「そうして頂ければありがたいのですけど」

「いえ。言っときますよ。同期なんで。でも田舎の基地勤務者がトラックまで来て別部隊の用兵に口出しすると言うのも図太い行動ですよね。寿命がますます縮んでく」佐倉提督は呆れたように笑った。

「寿命、それ以上縮めたく無いのなら煙草やめた方が良いですよ」

佐倉提督は煙草を口から放した。「禁煙は考えてる。これまで5回はやってます」

「駄目じゃないですか……私の時代では、煙草吸ってる人なんて全然居ませんよ。21世紀の社会じゃ、路上喫煙は罰金取られます」

「本当かい。住みにくいな」

「あなたを責める訳じゃ無いですが、私、煙草の煙、嫌いなんですよね。この時代じゃみんな吸ってる」

「そりゃ、仕方ないですね」

 無言。

 糧食を食べ終わったみらいは欄干にもたれかかって、「出雲」の艦橋から漏れる光をなんとなく眺めていた。

佐倉提督は手すりに肘をつき、暗闇の海面で反射した月光を見つめている。みらいに気を使ってか、あちらを向いて煙草を吸っている。

「……そろそろ、行きますか。夜も更けてきた」佐倉提督がみらいを見た。

「行くって、何処へですか?」

「もちろん、あなたの為に用意された部屋ですよ。まぁ、『出雲』の艦内ですが」

 

 

翌日 日本海軍連合艦隊旗艦・戦艦「土佐」艦内作戦室

 

「……既に我が陸軍一木支隊の精鋭、2千名がガダルカナル島制圧の為にグアムからこのトラックに向かっております」

山本長官に対して陸軍の参謀であろう男性は言った。

「ミッドウェーに投入される予定だった彼らは、作戦失敗の為、グアム島で無為の日々を過ごしておりました。

 ガ島の『怪物』空軍基地が艦娘部隊の攻撃によって大破するとはまさに神祐。この期に総力を結集し、一木大佐以下腕を撫し1日も早い上陸・会敵を望んでおります」

陸軍参謀は続ける。山本長官は目を瞑り黙って聞いている。

「豪州軍の最初の報告からはや1ヶ月。南太平洋からやつら『怪物』を駆逐し、大陸北部で死闘を繰り広げる友邦豪州の救援に向かうことは、我が帝国陸海軍に課せられた使命であります。

ついては一木支隊突入に際し、海軍水上戦力及び艦娘部隊による援護を是非ともお願いしたい!」

その陸軍参謀は、慇懃無礼に頭を下げた。

「精鋭一木支隊突入ともあれば、完成仕立ての基地を守る『怪物』ごとき鎧袖一触。殲滅してご覧に入れます!」

山本長官の隣では艦娘大和がそれを聞いていた。山本長官の秘書艦として、また連合艦隊旗艦としての彼女は、参謀の作戦会議に対等に参加できる立場であった。

大和が口を開く。

「辻参謀……私達の情報分析では、ガ島の『深海棲艦』基地は作り立ての中規模哨戒基地ではありません。戦艦や戦闘車両をも有する、人間換算での1個師団を凌駕する一大泊地です。いくら一木支隊が精鋭といえど、苦戦は避けられません。もう少し戦力を拡充しなければ……近代戦はそう甘くはありませんよ」

 その言葉に、山本長官も頷く。

大和は心中呆れていた。辻政信とかいうこの陸軍参謀、マレー方面では活躍したようだが、いわゆる古い軍人で、精神論に固執している。水上艦隊と同列の立場である私達を見下しているふしもある。

辻参謀は唐突に頭を垂れた。

「奇策か天意か、あの真珠湾奇襲作戦。艦娘という婦女子でも、大和魂を持っている立派な戦士だと気付かせてくれました。あなた方のような有能な兵士が、果たして陸軍に何人居ることか」

異様な語気に、大和はぎょっとして辻参謀の方を見た。伏せていた顔を上げた辻参謀の目には涙が溜まっていた。他の海軍参謀達の視線も、辻参謀に集中する。

「年端もいかない少女達に前線で戦わせておいて、我々男の兵士は背後でそれを見守るだけと言うのは許されますまい。出来れば、あなた方の身代わりとなって死ねたら、帝国軍人の本懐……と、願っておりました」

「……」

「軍神山本大将ともあろうお方が、『怪物』に対する必勝の信念を、よもやお忘れでもありますまい!」

その場にいた誰もが、辻参謀の迫力に何も言えないでいた。

辻参謀の表情から唐突に色が無くなる。その目から涙は消えていた。

「一木支隊によるガダルカナル制圧作戦は既に、大本営軍部内にて決定された事であります。これに異を唱えるは、重大な統帥権干犯! ……の、恐れありと」

辻参謀は不敵な笑みを浮かべた。大和達は何も言い返すことは出来なかった。

 

「見え見えの三文芝居などしおって。あれでも帝国軍人か」

窓から帰りの辻参謀が乗る内火艇を見つめながら、宇垣参謀が腹ただしそうに言った。

「深海棲艦相手に、重火器もなしに突撃だけで撃退出来たら、私達だって苦労しませんよぉ」大和は机の上で腕を伸ばしながら言った。

「しかし、統帥権干犯の言葉を出されては……」

「何のための連合艦隊かァ!」

山本長官が叫んだ。大和は驚いて振り返った。山本長官は怒りをあらわにしている。

「これ以上の犠牲を出さぬ為にも、あの艦娘が必要だ」

「……みらいさん、ですか」大和は言った。

「彼女を武力で編入しようとすると、私達が大被害を受けかねません」

「これまで報告された情報を洗い直し、何とか説得する作戦を練り上げろ!」


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