ジパング×艦これ、なんて何番煎じだよ、ストーリー大半がまんまじゃねぇかと思われるかもしれません。そもそもの構想からしてベースがジパングなので、手抜きってレベルじゃなく禁止事項の「セリフコピー」一歩手前な気がしてならないのですが、二章以降はジパングのストーリーを下地にしながら徐々に艦これっぽい世界観やお話にしている……はずなので、パクリとは言わず生暖かい目で見ていただけると助かります。
シリーズには、オリキャラ・流血・轟沈表現が容赦なく出てきますのでご注意ください。
西暦201X年 海上自衛隊横須賀基地
コンクリート剥き出しでかび臭いウェルドック。
「艤鎧装着!」
この言葉で、私は少女から艦になる。
「システムチェック完了。データリンク問題なし」
解放された眼前の発進扉からは、見慣れた港の風景に佇む、私の姉妹が二人。
「ドック内部注水。魔導機関、オールグリーン!」
ちらと視線を横にやると、私達の指揮官たる海将補が私を見ていた。私は彼に会釈をして、叫んだ。
「護衛艦『みらい』、発進!」
「未来より舞い降りた少女」
横須賀のドック近くで、軍艦のパーツのようなものを身につけた4人の少女が海面の上を滑っていた。
「やっと来た~遅いぞみらい。初の大規模作戦だからって遅刻すんなよぉ」
「べ、別に遅刻はしてないわよ。私殿艦だし……」
「こらはるか。喧嘩しないの。アメリカだけじゃ無くて、リムパックには南米やアジアの子達も来てるんだから、恥の無いように頼むわ」
「私はハワイの海でバカンスを楽しめればそれで良いけどね!」
「ゆきなみさん、あの、国際演習をバカンスって……」
「ハワイはキレイなんだけどぉ、前回はアメリカの海兵隊員にナンパされてうざかった。あっのくそマリーンズめ。あまぎも気をつけてたほうがいーよ!」
「なんだか凄そう…私、リムパック初めてなんで楽しみだわ」
「そっか~みらいは初参加だもんね、初々しい我が妹よ、悪い男にだけは捕まらないように注意するんだぞ!」
「風が気持ちいいわ」
「ゆ、ゆきなみ型は凄いフリーダムな姉妹ですね……」
横須賀を発進したのは、ゆきなみ型護衛艦3隻と補給艦のあまぎ。私達は、環太平洋合同演習、通称リムパックに参加のため母港を出発した。私達「艦娘」はかつては、世界中の海洋に出没した「深海棲艦」なる怪物と戦うために生まれたというが、それも昔話。60数年前、深海棲艦は艦娘たちの多大な犠牲のもと駆逐され、それ以降地球上で深海棲艦は確認されていない。今は深海棲艦への備えとして、そして各国海軍の広報役として、かつてよりはるかに強くなった私たちは、度々演習などに参加してはいるものの平和な海で暮らしていた。
――南鳥島沖――
「敵対艦ミサイル、高速で接近! 124°、距離24キロ、機影3確認!」
ゆきなみが叫んだ。
「機関最大! 取り舵20°」みらいの機関が爆音を立てる。CIC要員が報告した。
「目標よりアクティブレーダー、完全にロックされている!」
「みらい、落ち着いてやりなさい」
「はい、VLS発射用意!発射5秒前」
4……
3……
2……
1……
「発射!」
みらいは左手に持った電子端末に表示されたスイッチを押す。
「1機命中!2機接近!」とゆきなみ。
「CIWSコントロールオープン!迎撃開始!チャフ発射!」
みらいの右手後方にあるCIWSが回転し、ミサイルに照準を向ける。
「敵ミサイル、本艦の右舷に命中!ダメコン要員に連絡、応急処置急いで!」
みらいの背後の艤装から、3頭身の小さな小人達が現れた。艦娘達からは「妖精さん」と呼ばれている、艦娘の艤装を操作する使い魔だ。
「きかんしつ、浸水ー!」
ヘルメットをかぶった妖精が叫ぶ。
みらいの艤装の中で、防水シートに角材を当てている妖精が怒鳴られている。
「お前らなにやってんだー、当て方が逆だ!」
「報告!19:30、みらい、訓練終了しました」
ゆきなみが答える。
「五分遅れね…まぁ、良いでしょう。あなたの戦闘能力も十分合格ラインだし、妖精達も、1ヶ月前からみたら、練度も上がってるわよ」
「張り切りすぎたら持たないよ~、緊張も、まっ、程々にねー」あすかが腕を組みながら軽く言った。
出港4日目
みらいは左手に持った電子端末の気象データを見ながら言った。
「ミッドウェー島北西に低気圧あり……965ヘクトパスカル、なお勢いを増している……ねぇ。予報には無かったのに。出発早々ついてないわ」
みらい達ゆきなみ型を始めとして、彼女ら自衛艦娘は火器管制・情報表示と通信やその他様々な目的に使用する、iPAD状の防水加工された電子端末を標準装備している。艤装とリンクした艦の情報が一手に示されるので、航海時には手放せない。
戦闘時にもタッチパネルで火器管制を行うこととされているが、頭部のヘルメット状のヘッドアップディスプレイ(HUD)ともリンクしていて、一々端末を取り出す暇の無い戦闘時にはこちらにレーダー及びダメコン情報を表示し、音声での火器管制を行うことが多い。
因みに陸上勤務時にも、普通にスマホとして連絡に使ったり、ネットに繋げたり、ゲームアプリを勝手に入れたりと、半ば私物化されているのは公然の秘密だ。
「僚艦との距離、400メートルに設定。連絡を密に、見失わないようにね。非番の要員も動員して、時化に備えて!」
艤装から「こりゃ演習じゃない、本物の台風だ」と、妖精の呟きが聞こえる。みらいの艤装内には二百以上の妖精が勤務している。人間が背負う艤装にどう考えてもそんなに入る気はしないが、彼らは艦のシステムの一部として必要な時だけ具現化する精霊みたいな奴なのだ。性格も様々で、可愛い見た目して渋い声でオヤジくさいことを言う者も居る。その様子が寧ろ可愛いとは、今時の女の子である彼女らの総意。
突然、みらいを巨大な三角波を襲う。
「きゃぁっ!ちょっと、ステルス艦なら台風も誤魔化せないかしら……」
みらいが高波から叩き落とされた衝撃で痛む足をさすっていると、信じられない報告が舞い込んできた。
「CICより、レーダー反射波ありません!僚艦ロスト!」
「何ですって!?」
すかさず端末を取り出し、レーダー画面を開く。すると、そこにはつい五分前まではっきり映っていた僚艦、ゆきなみ、はるか、あまぎを示す光点が何処にも存在しなかった。
「そんなバカな……レーダーが効かない訳ないわ!最大出力で探して!」
「先行艦はるか、交信不能!あまぎ、ゆきなみ共に沈黙!交信出来ません!」
「全通信帯、完全に沈黙!」
「まさか……五分前には居たのに……衛星通信は?」
「軌道上に衛星を認めず。僚艦、完全に見失いました!」
みらいは、ただ茫然と立ち尽くすしかなかった。彼女の端末からは、通信を示すアンテナ表示が消えていた。世界中が一瞬にして海に溶けてしまい、地球上でみらいだけが、海の上に取り残されてしまったかのようだった。
「い、一体何が起こっているの……」
突如、みらいを衝撃とともに光が包み込んだ。
魔法防御で体を回避した物理的エネルギーは、艤装にダメージを与える。
「か、雷?被害チェック、ダメージは……電圧、油圧、電子機器ともに無事。良かった。ロストした僚艦を全力で探して!まさか沈んだ訳でも無いでしょう」
その時、注視していた端末に何かが落ちてきた。それはみるみる小さくなり水滴の中に消えてしまった。それは小さな氷粒だった。
みらいは思わず顔を上げる。
「今は6月よ……雪が降ってるなんて!」
いつの間にか時化が凪いで、濃霧の中に雪が降っている。その不気味な光景は、幻想的だが不安を誘う。
背後から、うわっと言う妖精の声が聞こえる。
「全周に不明艦。概算40を超過。輪形陣のド真ん中です!」
不可解なことが続いたが、少なくとも米艦隊が近くに来ているらしい。みらいは安堵して、連絡を取ろうとした。
「ハワイからの出迎えでしょう。米軍バンドで確認。……応答なし?識別装置も故障たのかしら?おかしいわね」
「前方600メートルに不明艦、大型、戦艦クラスです!」
それを言うなら原子力空母でしょう、アイオワもミズーリもとっくに退役したわよ、と言おうとしたが、最後まで言葉を続ける事が出来なかった。霧の中から現れた対向艦は、アングルドデッキを備えた空母ではなく、巨大な3連装砲塔と装甲板の艤装を纏った、紛れもない戦艦だったからだ。
「私の目は……おかしくなったの……?」
片手にマスト様の赤い日傘を持ち、白い清楚な制服に朱のスカート、ポニーテールで凛とした顔立ちの彼女は、みらいが記録写真でしか見た事の無い、今は存在しないはずの艦娘「戦艦大和」そのものだった。
「……と、取り舵90°、最大戦速!」
みらいが対向艦を回避したとき、「大和……じゃない、不明艦より発光信号!」と、背後から声がした。
「キカンノ ショゾクヲ ジョウコクシ テイセンセヨ……ね」
「どうします?」
「……状況が分かるまで、逃げるしかないでしょう。最大戦速!」
みらいの機関からガスタービンエンジンのカン高い音が鳴り響く。靴で波を砕いて、大きな飛沫を上げる。
「CICより、前方2艦、進路をふさぐ気です」
「HUDにレーダー情報接続。真ん中を突っ切る!あの排煙、蒸気タービンだろうけど、私の機関にはついて来れない!」
正面を塞ごうとする艦が見えてきた。自分よりかなり年下の、駆逐艦のようだ。
「面舵10°、フェイントを掛けて一気にぬけるわ」
相手に聞こえないように小声で伝える。
前方の駆逐艦がしきりに手に掲げた信号を発光させながら、こちらの動きに驚いた顔をして、変針を始めた。
「もらった!」
みらいは右足で海面に蹴りを入れ、急制動で左に逸らす。
「抜けて!」
瞬間、みらいは体を捻る。
「きゃあっ、ぶつかる!」
左手の茶髪の駆逐艦を間一髪で回避。みらいの艤装外殻と、駆逐艦の手に持った連装砲塔が触れ、金属の擦れる音を立てた。
そしてそのまま、みらいは振り向く事もなく、相手の視界外まで必死に走り続けた。
「対空・対水上・対潜共に感なし。輪形陣そのまま離れます。距離3万」
「……」
みらいは艤装上に艦の各科要員を集めた。
「6月の雪、謎の艦隊、衛星喪失、僚艦ロスト……何か理解不能な現象が起こっています……」
「あの艦隊、深海棲艦が再び攻撃を仕掛けて来たんでない?」
「すると、ゆきなみ達は深海棲艦に沈められたと言うん?」
「深海棲艦なもんか。ヒト型した駆逐艦は報告されてなかったぞ」
「最後に深海棲艦を見たのは半世紀以上前だよ。その間に進化して復活したのかもしれない」
「どう見ても人間の艦娘だったでしょ。ぶつけられそうになって悲鳴上げてたし」
「でも戦艦大和は60年以上前に沈んだよ」
「なら幽霊艦娘?」
「幽霊が発光信号なんて寄越すか?確かにぶつかったんだし」
妖精達の議論は紛糾する。埒が開かない。
「誰か、戦史に詳しい子は居ないのかしら」
「それなら、航海科のヤナギが凄い軍事オタクですよ」
「ま、間違い有りません……あれは連合艦隊ミッドウェー海戦時の布陣です」
「ミッドウェー海戦!?」
「大和以下、長門、陸奥、扶桑、山城、伊勢、日向と並んでいました」
妖精ヤナギは続ける。「日本海軍はミッドウェー島に形成された泊地棲姫の撃破と制圧を目的として総力を結集、空母機動部隊と戦艦部隊を合わせた連合艦隊で攻撃しましたが、空母艦隊が発艦準備中に運悪く急降下爆撃を受け、空母赤城・加賀・蒼龍・飛龍の四隻を喪失。以降、深海棲艦に対する艦娘というシステムの限界が示され、深海棲艦との大消耗戦に巻き込まれていきます。」
隣の妖精が答える。「そんな事は分かってる……問題は何故この時代に出てきたかなんだ」
「兎に角、あの艦隊が深海棲艦じゃないなら、ゆきなみ達を探すのが先決だな…リムパックどころの話じゃない」
話を聞いていたみらいが口を挟んだ。
「それが出来れば良いけど……逆じゃないかしら?」
「と言うと……?」
「嵐に巻き込まれる前の月、見たわよね」
「はい、綺麗な満月でしたが、それがなにか?」
「……たった数時間で、あそこまで変わる物かしらね?」
艦上にいた妖精達は皆、息をのんだ。
みらいの指差した先には、たなびく夜雲の合間に美しい上弦の月が煌々と光っていた。
「つまり連合艦隊が現代に現れたのではなく、私が70年前に飛ばされた……」
みらいは、僚艦を探しながら一路ハワイを目指した。状況が分からない上、何の変更の命令も受けていないからである。
向こうに付けば何か分かるだろう、と考えたのである。
「アンノウン接近!速度100、高度200!」
「100ならミサイルでも戦闘機でも無いわね。監視続行、照合急いで!」
「これは…間違いありません!70年前の深海棲艦の艦上機です!」
みらいはHUDが示すアンノウンを目視した。その機体は火を吹きつつ、間もなく海面に突入して爆散した。みらいがかつて資料で見た深海棲艦の戦闘機に間違いない。
「CICより、270°海上、距離80、艦艇20が無線交信しながら円運動中、上空に機影約100!通信内容から、ミッドウェー空母機動部隊だと思われます!」
艦載の望遠レンズで左の海域をズームする。現代空母とは違い、弓矢式の機体発進術を行うサイドテールの艦娘と、上空の零戦が戦っているのがはっきりと見えた。
「間違いなく、これは70年前のミッドウェー海戦だわ……」
みらいは、認めたく無かった事実への決定的証拠を目の当たりにして、ショックを受けた。
「みらいさん…我が艦は、21世紀のイージス艦です……この時代の攻撃機など、鎧袖一触です!」
砲雷科の妖精が呟く。だが、みらい自身に戦闘の意志は無かった。
「ねぇ、あなたバタフライ効果って知ってる?」
妖精は不思議そうにみらいを見た。
「西海岸の蝶の羽ばたきが、ニューヨークにハリケーンをもたらすって言うの。僅かなミクロの歪みが全く違う結果をもたらすのよ…ここで数機の敵を撃墜するのは容易いけど、その結果、今後の戦闘にどれ程影響を与えるか分からないわ。」
みらいは水平線を見て言った。「ましてや、超音速のミサイル攻撃に対処出来、数百キロ先の敵艦を撃沈可能と言う、この時代の空母打撃群に匹敵する力を持った私が戦闘に介入して、歴史を大きく変えてしまうと言うのは……今後の日本の歴史、私の生まれ育った世界を否定する事につながるのよ!」
「……では、あの空母が爆撃されて戦死するのを、指を加えて見てるんですか?」
みらいは、遠くの海上で奮戦している数隻を見た。表情までは分からないが、低空で撃墜されている雷撃機を見て油断しているようだ。数分後には、太陽を背にした急降下爆撃を受ける事も知らずに。
みらいは、自問自答した。私が海上自衛隊に入り、艦娘になったのは、万が一深海棲艦が出現したとき、誰かの命を守る為では無かったか。
そしてそれが現実になっている今、歴史が変わると言うのは、戦闘への恐怖と現実逃避の言い訳では無いのか。
「ヤナギ、空母被弾はいつ?」
「我々の歴史では、7時23分赤城3発から始まって、24分加賀4発、25分蒼龍3発。艦載機に誘爆して、航行不能に陥ります」
「あと5分……!」
決断に残された時間は、殆ど無い。
「CICより、深海棲艦雷撃機8、接近!目標は本艦と思われます!」
「捕捉された!」
みらいは、行動を起こす事にした。
「機関最大戦速、取り舵90°、回避行動をとりつつ連合艦隊に紛れ込んで敵機をまく!CIC、発砲は許可しないわ。」
ガスタービンエンジンはみらいを一気に加速させる。雷撃機を翻弄しつつ、空母艦隊との距離をみるみる詰めた。
「!あなたは誰?我が海軍の艦旗を掲げているようだけど。艦名と所属を報告しなさい。」
サイドテールの大型空母が驚いた顔で通信を入れてきた。やっぱり油断している。戦闘中に、それどころじゃないのに!
「この人は、ここで沈む運命……」
つい口からでてしまった。彼女は面食らったようで、え、何を言っているの、と怪訝な顔で私を見つめた。
唇を噛んだ。
……やはり見殺しには出来ない!
みらいは、その場で天を指差し、眼前に迫った大型空母だけでなく、周囲の全艦に聞こえるような大出力の無線通信で怒鳴った。
「急降下爆撃機急速接近!4空母は被弾誘爆の恐れあり!回避せよ!」
みらいはそのまま、呆気に取られている空母の横をするりと抜けると、深海棲艦雷撃機をその場に残して元来た方角へ全速力で走り抜けた。
「これが私の出来る最善の策だったと信じて……」
みらいは進路を西に取った。
「北緯27度31分、東経171度64分、あと五分であの異変が起こったポイントです。」
みらいはハワイ行きを中止して引き返した。1942年に来ていると断定せざるを得ない以上、深海棲艦占領下と思われる北部太平洋を単独で横断するのは、いくらイージス艦といえど危険と判断したからだ。
この当時、ミッドウェー以東、米西海岸近海まで深海棲艦の勢力下にあった。
「何が起こるかしら……?」
「現在、あの低気圧は確認されていませんが……」
「でも、あの場所が時空の切れ目だったら、帰れる可能性はあるわ」
「その場合、あの大艦隊は消える事になるでしょうね?」
みらいは端末のレーダー画面の端に映る連合艦隊を見た。みらいの先200キロをゆく、葬式のような撤退艦隊だ。
「結局、4空母はどうなったのでしょうか?」
「さぁ?確認する余裕も無く逃げてきたから。でも、歴史には弾みがあって、少しぐらいなら結果は変わらないと言う話も聞いたことがあるわ」
私が警告した時点で、爆撃は数分後まで迫っていた。あの場所で出会ったサイドテールの空母(ヤナギ曰く、『加賀』らしい)は、私の言葉を直ぐに信じて戦闘機を迎撃に誘導でもしていない限り、撃沈された公算が高い。
だが突然現れた正体不明の私を、誰が信じただろうか?
こうなる運命だったのだ。歴史は変えられない、仕方がない、とみらいはそれ以上考えない事にした。
「ここね。機関停止よ」
みらいは足を止め、惰性で暫く海面を滑ると、半月の月光が仄かに照らす海に立ち尽くした。
「お願い……私を21世紀に返して!」
みらいは目を瞑った。
時間的には丸1日も経っていないのに、何週間も旅をしたような気分だ。
驚きの連続で、みらいには疲労が溜まっていた。
ゆきなみやはるかに会えたら、今日のことをなんて言おう?
ああ、司令官への報告がめんどくさいわ。
哨戒中の潜水艦、カ級は艦影を捉えた。煙突から黒煙は出ておらず、深刻なダメージがあるのだろう、機関を止めているようだ。先ほど彼らのミッドウェー基地を爆撃した艦隊から落伍したに違いないその艦は、初めて見るものだった。
海は凪いでいた。潮風が後ろで纏めたみらいの髪を揺らす。
さざ波以外の音は聞こえなかった。
みらいは恐る恐る目を開けた。
「ええ、もうっ!なんで月が満ちないの……?」
「変化が……無い!?」
艤装内の妖精達が続々と甲板上に上がってきた。
「どうした?雷は、低気圧は来ないのか!」
みらいは端末を取り出す。
「やはり……」
そこには、はっきりと連合艦隊が映っていた。
「レーダー反射波、周囲に変化有りません!」
「来たときと一体何が違ってるんだ……?」
甲板上の妖精達が動揺する。
「これで帰れるかどうか分からなくなってしまった……少なくとも、暫くの間は指揮系統を失って私一人で判断して行動しないといけなくなったわ……。うぅ、ゆきなみ、あすかぁ……」
みらいの目に涙が浮かぶ。
もう一度レーダー画面を見ようと端末に目を遣ると、ソナーの端に何かを見つけた。その時、
「レッドアラート!左舷後方210度より魚雷2接近感知!雷速44ノット、距離3200を切りました!」
みらいは一瞬呆気に取られたが、直ぐに我に返って怒鳴った。
「総員戦闘配置!急いで、甲板で突っ立ってる場合じゃないわ!」
妖精達が慌てふためいて艤装内に入ってゆく。
「なんで、旧式潜水艦にここまで接近を許したのよ……」
みらいは自身と妖精達の練度不足を嘆いた。
「距離2000、接触まで1分30秒!」
「雷跡確認!」
「機関始動!大丈夫、訓練通りかわしてみせるわ!」
「あと30秒!」
白い二本の筋がみらいに迫ってきているのが見えた。
「振り切れぇ!」
みらいは海面を蹴り飛ばし、雷跡は…すんでのところで後ろに抜けていった。
「かわした!雷撃位置、知らせて」
「方位1-9-2、深度10、距離3800。低速でなおも追尾してきます!」
(や、やられる……)
「感4、さらに探知。放射状に接近!」
白い雷跡がみらいに迫る。
「取り舵一杯!……駄目、どっちにも逃げられない!」
(歴史が変わる……?どうせ帰れないんだ……
そんなに……みらいの力が、見たいのか……
やってやる……殺られる、前に!)
突如、みらいの前甲板から炎が上がった。
「被雷!?」
そこから出た物体は白い煙を残し、高速で空中を飛翔していく。
「……違う、VLSね! ちょっとCIC!状況を報告しなさい!誰もアスロック撃てとは言って無いわよ!……何?ヒューマンエラー?あなた達私の妖精でしょう!命令を聞きなさい!」
「魚雷接近、距離20メートル!」
「駄目、ぶつかる!」
みらいは左旋回しつつ全身に力を入れて走った。
「総員衝撃に備え!」
「1メートル!」
みらいは目を瞑った。
その時、突風が吹き、みらいはバランスを崩すようにして前のめりになった。海面から浮き上がった踵部分に魚雷が掠り、そのまま過ぎ去っていった。
「か、回避成功……」
アスロックがパラシュートを開いて着水する。
CICが回答した。
「沈む筈の無い潜水艦を沈めれば明らかに歴史に影響を与えます。直ぐにアスロックの自爆を進言します!」
別部署の妖精が声を挟む。「待ってください。あの潜水艦は本艦の情報を相当収集しているはずです。深海棲艦は学習能力も有りますので、野放しにするのは危険です!」
「……分かりました、このままにするわ。」
「何だって!」
アスロックはビーコンを放ちながら、正確に潜水艦に誘導されてゆく。この時代では絶対に有り得ない代物だ。
みらいは念を入れる。
「本当に深海棲艦の潜水艦なんでしょうね?」
「はい、日本軍の潜水艦は酸素魚雷を用いており、あのような航跡は出しません。この海域でこの時代、他国の潜水艦の行動記録も有りませんので、深海棲艦と見て間違いありません!」と、ヤナギが答える。
「我が艦が深海棲艦に知られてもまだどうにかなりますが、沈めてしまったらもう後戻りは出来ません。みらいさん!」
みらいは端末をじっと見る。アスロックが潜水艦に500メートルまで迫った。
「今よ!アスロックを自爆させて」
「了解!」
数キロ離れた水面に巨大な水柱が立ち上がった。数秒遅れて爆音も伝わる。
「潜水艦はどうなったの?」
「船体の軋み、圧搾空気排出音が……大破して急速浮上中のようです」
みらいは双眼鏡で海面を見た。艤装がボロボロの、青い肌をした紛れも無い深海棲艦が浮かび上がって来た。
「これでまた一つ、追い詰められたわね……」
深海棲艦の潜水艦は、背を向けて過ぎ去ってゆくみらいを水平線に消えるまで見つめ続けていた。
「明朝6時、小笠原にヘリを飛ばして偵察を行うわ」
小笠原諸島近海。
みらいは航空科要員を集めて翌日の作戦についてブリーフィングを行っていた。
「昭和17年当時、父島は日本海軍の部隊が要塞化を進めていたそうよ。勿論、21世紀には海自の父島分遣隊がいる…もし、私がここに来るまでに元の世界に戻れていればそのまま横須賀に帰れるのだけれど」
みらいは端末に示された資料を見た。
「昭和17年の日本だった場合……横須賀入港は厳しくなるわね。当時、ミッドウェー海戦と同時期に深海棲艦の日本本土襲撃があったらしいの。最悪、横須賀鎮守府の防衛部隊に攻撃される可能性があるわ」
「兎に角、明日の偵察飛行のライブ映像を見た上で、今後の行動の判断をします。サタケ機長、モリ銃手……頼むわよ!」
海鳥搭乗員の妖精2人は頷いた。
「MVSA-32J海鳥」は、オスプレイに似た海自の多目的哨戒ヘリである。政治的配慮から多目的ヘリと言っているが、事実上のティルトウィング偵察攻撃機である。ガトリング銃に加えて対艦ミサイルや対空ミサイルを搭載可能であり、F-16のアビオニクスを備えた海鳥の戦闘力は、この時代の戦闘機を凌駕する。
純粋な対潜哨戒ヘリであるSH60に加えて海鳥とその弾薬を搭載していることが、みらいがイージス艦にも関わらずDDH「ヘリ搭載護衛艦」と言われる由縁であった。
海鳥のエンジンが甲高く響く。みらいの背後に展開したヘリ甲板で、航空要員達がせわしなく作業していた。
「サタケ一尉以下一名、0600、父島偵察に向かいます!」
「くれぐれも気をつけるのよ。飛行機に捕捉されて私が見つかるなんて事は避けなければ」
「なぁに、この時代の偵察機はフロートつけた零式水偵で時速300キロとかそこらでしょ?450キロの海鳥なら簡単に逃げてきますよ」
「なんにせよ、交戦は許可しないわ。頼むわね」
「了解!」
「こちら航空指揮所、発艦作業完了!発動機運転開始せよ」
「発動機最大出力、発艦!」
みらいの航空甲板から垂直に離艦した海鳥は、ティルト角度を水平にし、西へと飛んでいった。
「海鳥より、CICへ。発艦順調、視界内に異常なし!」
「父島まで20分……海鳥、お願い!」
「海鳥よりみらいへ。目視にて父島を確認。雲量2、視界極めてクリア」
みらいは受信した海鳥の映像を端末に表示して見入っていた。妖精達も、艦内で注目しているようだ。
「父島二見港が見えます。現在高度650、これより湾内へ降下します。映像は届いていますね?」
「ええ、よく見えるわよ……湾内右手海上に物体が見えるけど、船か飛行機か確認出来る?」
「見えます。洋上に艦船3隻、その隣に……」
「零式水偵と思われます!」
「湾岸には兵舎と思われる建築物、テレビアンテナなど一本もない民家、複数の旧式輸送船……現代で無いことは明白です!」
みらいや妖精達に衝撃が走る。
「ひ、漂流だ……もう母港へ帰れないんだ……」
「みらいさん、あなたは艦娘で、人間です。艤装の燃料や、貴女が食べる食料を補給しなければ太平洋で飢え死にです!昭和17年でも、横須賀へ帰りましょう!話せばきっと理解して貰えますよ!」
妖精の1人が具申する。
「横須賀に帰って、私の事を話したら……燃料と食料の見返りに間違いなく戦闘への参加を強制されて、歴史を書き換える事になるわ。私の帰る世界が、ますます遠くなってゆく……」
「でも、それなら一体どうすれば……?」
「死にたくない、歴史に触れたくないとなれば、誰にも接触せずに終戦まで生きていくしか無い……例えば無人島に上陸して、艤装を放棄して3年間サバイバル生活を続けるとか。難しいけど、そうするぐらいしか手はないわね……」
「我々みらい搭乗妖精は、例え艤装が無くなってもあなたにどこまでもついて行きます!」
「ありがとう……そうする事になったら、私を支えてね。」
みらいの声は涙ぐんでいた。
「10時の方向、2機上がってきます!距離2000、時速400キロ超……水偵にしては、速すぎます!」
「こいつ、ただの偵察機じゃないな!」
「エマージェンシーコール!迎撃機急速接近!こちらの最大速度に近づいています!」
「しまった、発見された!こちらみらい、全作戦を中止し、帰還せよ!」
「総員、対空戦闘用意!」
海鳥に接近する双フロートの水上機が2機。海鳥は彼らに向かって、左右に翼を振った。
「編隊長より寮機へ、不明機の翼に日の丸を確認。バンクしたのに、なぜ逃げる?」
「撃墜しますか?」
「指示を出すまで待て。……深海棲艦の機体では無いようだが、我が軍にはあの不明機に書いてあるような海上自衛隊などという部隊は無い。追尾を継続する」
兵器に詳しいヤナギが艤装から飛び上がってきた。
「みらいさん、あれは零式水偵では有りません!二式水戦と言って、20ミリ機関砲2門を備えた水上機型の零戦です!最高速度は437キロ、海鳥に迫る高性能機です!」
「何ですって!」
「日本軍はこないだの本土襲撃で神経質になっているので不明機は直ぐに撃墜されますよ」
海鳥は本艦の位置を知らせない為に、水戦をどうにかしないと帰ってこれない……撃墜するか。
「海鳥、聞こえるわね?攻撃は厳禁よ。見つかっても仕方ないわ。一刻も早く帰還しなさい!」
潜水艦の時と同じだ。見つかってもまだ手段は有るけど、墜ちる筈の無い二式水戦を撃墜しパイロットを殺してしまえば、もう後に戻れない。
「絶対に振り切って帰ってやる!」
水上機は、常に1機が後ろについて射線を維持している。
(攻撃しろ!)
二式水戦の両翼が火を噴く。オレンジの閃光が海鳥へ向かった。
「撃って来やがった!レフトターン、洋上に誘い出すぞ!」
「もう1機が見えません!」
「上だ!太陽を背に……」
言い終わらない内に、真っ直ぐ海鳥に突っ込んで来た隊長機の二式水戦も発砲し、そして今度は、海鳥の機首部に命中した。
二式水戦は海鳥から数メートルの所を掠る。
「やるじゃねぇか、損傷チェック。装備、機体に問題無し……傷は浅いな。今度はこっちの番だ!なぁ、モリよ」
返事が無い。
サタケが前を向くと、操縦席は撃ち抜かれ朱に染まっていた。
「モリ三尉!」
「海鳥、何があったの?状況を報告して。」
「操縦席に被弾、銃手が……撃たれて……血が……」
「モリさんが!?」モリに親しい妖精が声を上げる。妖精達は皆、海鳥の報告に聞き入っていた。
「海鳥、二式水戦を振り切って必ず帰ってきて!出来る?」
「本機、完全に捕捉されています。離脱は不可能……」
「……」
「モリ三尉を早く収容しないと……」
「応射させてください!海鳥を失った上、本艦も見つかり日本海軍に追われるようになるより、スタンダードで2機を落とした方が結果的に最小限の犠牲で済みます!」
「深海棲艦でもないのに……撃墜しなければならないの?」
みらいは悔しかった。
「フロートです…」ヤナギが呟く。
「何?」
「ガンポットでフロートのみを狙撃すれば、バランスを崩して二式水戦は飛んでいられません。少なくとも、フロート内の燃料が使えなくなるので、航続距離が半減して本艦までやって来れない筈です。これなら、パイロット2名を殺さずに済むかも」
「サタケさん、分かったわね?フロートを銃撃して二式水戦を失速させて!」
「それは……攻撃命令ですか」
「ええ。フロート以外の着弾は認めないわ」
「実戦は初めてです。出来る限りやってみますが……」
「あなたの腕を、信じます」
「あの機体……手応えはあったがまだ生きている。止めを刺すぞ!」
「隊長機、射線を捉えました。」
「こっちも捉えた。……行くぞ!」
「プロペラピッチ可変、ティルト変更!60°!」
海鳥の翼が折れ曲がる。推進力を失い、翼に大きな抵抗力を受けた海鳥は急減速する。
「80°!」
二式水戦の妖精は、後ろに飛んでいった海鳥を認識出来なかった。
「消えた?真下に潜り込んだか?」
「いや、後ろです!」
「何だあいつは!?」
そこには空中で静止する機体が……
「水戦1機をロック・オン。Fire!」
海鳥の機首機関砲が唸りを上げて二式水戦のフロートに20ミリ弾を撃ち込む。同じ口径でも、二式水戦の数倍の弾幕密度を誇るそれは、一斉射で主フロートを薙払う。
「2号機、バランスを崩すな!落ちるぞ……くそ!」
フロートを失った二式水戦は、巨大な飛沫をあげて海面に滑り込んだ。
続いて2斉射。寮機の二式水戦もバランスを失い、不時着水した。
「ば……化け物め!」
「こちら海鳥、水戦2機を撃破。海面に不時着水した乗員計2名の無事を確認。報告終了。これより帰還する」
みらいは叫んだ。「医療班待機!」
モリ三尉の戦死は、みらい、そして海上自衛隊の艦娘妖精発の戦死者であった。
「空母加賀への警告、深海潜水艦の撃破、二式水戦2機不時着水……これまでに、私はこの世界へ明らかに関与してしまった。この蝶の羽ばたきが、台風になるのか、それとも他の風に掻き消されて、歴史は何も変わらないかは今の私には解らないけど……」
みらいは端末に示された地図情報を見る。
「私のとるべき道は……一つしかない」
トラック基地、帝国海軍連合艦隊水上部隊旗艦「土佐」
「以上、機動部隊旗艦代理加賀、報告を終了します」
ミッドウェー作戦の経過報告を聞いていた初老の海軍将校―山本五十六は頷いた。
「御苦労だった。空母3隻が使い物にならなくなったのは残念だが、君一人でも残っていただけましだろう。艦娘達は、復讐戦をやろうと騒いでいなかったかね?」
加賀は言葉を濁す。
「いえ、そんな事は……」
「まぁ、怒りに駆られるのは仕方あるまい。これまで深海棲艦に対して勝利を続けてきた艦娘というシステムが、初めて経験する敗北だからな。わざわざ大和まで出しゃばってきて、空母がやられたら直ぐに逃げ帰るのは納得がいかないってね」
提督は続ける。
「だが、空母の十分な支援がなければ、戦艦は航空機に叩かれるのみだ。……遅かれ早かれこうなるのは分かっていた。深海棲艦も学習するし、それに対して艦娘が圧倒的に有利と言うわけでも無いからな」
提督は窓の外の港湾施設を見た。「これからが正念場だ。深海棲艦は未だ太平洋の多くを制圧しているし、東部太平洋中に散らばった多数の艦隊達の持久戦になる。奴らとは講和は不可能だ……米国が欧州と南米に付きっきりである限り、太平洋の制海権は我が国が守り抜かねばならない」
提督の隣にいた秘書艦の大和が口を開く。
「ところで……加賀さんの報告に不明艦が出てきましたが、私も見ました」
無表情な加賀の顔に、僅かに驚きの色が交じる。
「艦娘の連合艦隊本隊にも現れたんですか」
「あなたの報告と同じ、わが国の艦旗を掲げ、艦首に182と書かれた重巡クラスの艦です。その不明艦は、霧中の輪形陣中央にいる私の目の前に突然現れ、静止を無視して逃げていったわ。煙突から黒煙も吐かずわずか数分で30ノットまで加速し、駆逐艦『陽炎』『黒潮』の追尾を見たこともない機動性で振り切って行きました」
「……」
「提督と資料を探してみたのですが、該当するような艦娘は日本はおろか世界中の海軍に所属しておりません」
「深海棲艦の偽装艦ではないのか?と思ったんだが、それなら日本語を話したり爆撃機接近の警告をしたりしないだろう。全く正体不明だ」
「その後の消息は掴めていないのですか」
「父島で正体不明機、しかも翼が折れ曲がるオートジャイロとやらが報告されている。上は新手の戦場伝説だと一蹴したが、私の意見では不明艦182番の艦載機だね」
「それは何時のことですか」加賀が尋ねる。
「一週間も経っていない。時間的にも、ミッドウェーから父島まで来たと考えるのは自然だろう」
「その不明艦のお陰で、赤城さん達の命だけは救われました。我が艦隊への敵意は無いと思われます」
「ですが父島では迎撃に上がった二式水戦を2機撃破したとの事です。そうとも言い切れないでしょう」
「うむ。警戒レベルを上げておこう。その後蘭印方面で不明艦を見たという噂もある。父島から本土へは来ていない事から、南方へ向かったと見て間違い無いだろう。そちらの方面で活動する全部隊に、不明艦182番の情報を通達しておくことにしよう」
提督は最後にこう付け加えた。
「これは私の勘だが……あの艦は、日本、いやこの世界の流れを大きく変える気がしてならんのだ」
東南アジア・アナンバス諸島
「機関停止、双投泊!」
鬱蒼と茂った森を湛えた島々の間にみらいは止まり、艦首から錨を放った。
「周囲に不審物なし!」
「静かな無人島ね……」
様々な岩礁や島影があるここに人の気配は無く、艦を隠すのにもってこいの場所だ。
「父島から3000海里……日本軍や深海棲艦の監視網をかいくぐり、よくここまでやって来れたわね。とりあえず、いまは皆に感謝するわ。有り難う」
背後の艤装に上がってきた妖精達が拍手した。
「直ちに迷彩ネットを展開。カモフラージュに入って」
みらいは、歴史に接触し影響を与えないために、無人島であるアナンバス諸島に単身上陸し、終戦までここで生活する決心を固めた。ここは、終戦まで深海棲艦の手に落ちない上、遠く離れたこの場所で日本人に接触する可能性が限りなく低いからである。資料で調べた所、艦娘がやってくることすら非常にまれだという。艦娘になる時に、遭難に備えた無人島でのサバイバル訓練をやっておいて良かった。
「艤装を外して上陸する前に……やることやっちゃいましょう」
燃料は残り二割を切った。航行どころか発電すらままならない。
誰もいない無人島で、みらい一人が使い魔の妖精達と生きていく為には、何より情報が必要だ。
艦娘の電子端末には図書館一つ分と言われるほどの情報を内包しているが、勿論電気がないと使い物にならない。艦娘として、発電機で充電が出来る内に、端末内の情報を紙にでも写しておく必要がある。
みらい及び妖精総出で、この作業に取りかかった。
こんな浅瀬に潜水艦はやって来ない。それどころか、戦史のデータでは近くに軍艦すらよってこないとのことで、節電のためソナー・レーダー共に停止していた。
みらいは岩に腰を下ろし、艦の状況確認と端末資料の分析を続けた。熱帯の鳥が鳴いている。さざ波が岩に打ちつける音以外は、何も聞こえない。
「後方に艦影接近!」
みらいは顔を上げた。どうも眠ってしまったようだった。重いまぶたを擦りつつ自分の置かれた状況を思い出す間、はっきりしない頭で報告の意味を考えた。
え?艦影ですって?
まさか、とみらいが振り返ると、そこには駆逐艦の少女が立っていた。