恋姫†袁紹♂伝   作:masa兄

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第5話

「あなた……、自分が何をしたのかわかっているの!?」

 

袁家の屋敷、袁隗の自室で袁紹は此度の出来事について彼女に問い詰められていた。

 

「……わかって「わかってない!!」」

 

彼女の問いにわかっていると答えようとした袁紹だがその声を遮るようにして袁隗が怒鳴る、そしてそれほど間をおかずに部屋に乾いた音が響いた―――。

 

「……?」

 

始め何の音か袁紹にはわからなかったが、袁隗が右手を振り抜いているのを視界に捉え、自分の頬を叩いた音だと気が付いた。しかし頬を叩かれた当の本人は、痛みに顔を歪めることも無く目から光が消え虚ろな表情でそれを見ていた。

 

「何故ッ!大人の護衛達を連れて行かなかったの!?」

 

―――三人でも、危険は少ないと判断したから

 

「何故ッ!猪々子もその現場に連れて行かなかったの!?」

 

―――二人を無力化するだけなら斗詩と二人でも余裕だと考えたから

 

「何故ッ!護衛である斗詩を下げて貴方が前に出たの!?」

 

―――斗詩よりも自分の腕のほうが上だと思っていたから

 

袁隗が問い掛け続け、その間にも頬を叩く乾いた音が連続で鳴り響く

 

「何故……、何故貴方があの程度の人数に苦戦して斗詩が負傷する破目になったの?」

 

最後の問いには頬を打つ音は無く蚊が鳴くようなか細い声だったが、袁紹の耳には良く届いた。

 

―――それは自分に敵の命を絶つ『覚悟』が欠けていたから……

 

「……貴方の考えは理解しているわ、伊達に一番長く側に居た訳ではないもの、―――人を殺すのに葛藤があったのでしょう?」

 

「………」

 

袁隗の問いに袁紹は沈黙という形で肯定した。

 

「葛藤があった事に問題は無いわ、むしろそれは大事なことよ?初めて人を殺すのに何も感じなければただの異常者でしかないわ、―――でもね、許せないのよ」

 

聞いたことも無い袁隗の冷たい声に反応し伏せていた顔を上げる。そこには今にも斬りかかって来そうなほどに端正な顔を歪め此方を睨む敬愛する叔母の顔があった。

 

「貴方はね、天秤に掛けたの…」

 

「……?」

 

「自分の葛藤と自分や斗詩達の命を」

 

「っ!?」

 

袁紹の目に光は無かったが、言葉の意図をすぐさま理解し大量の冷や汗を流しだす。

 

「そして……」

 

「あぁ……」

 

やめろ!やめてくれ!!―――その先に待つ言葉を予見し、まるで死刑宣告を受けるような気持ちになりたまらず声に出そうとしたが言葉を紡ぐことはかなわず呻き声がもれた

 

「自分の葛藤を優先したのよ、私にはそれが許せない」

 

「―――っ!?」

 

後悔、恐怖、無念、諦念、罪悪感、自己嫌悪、いろんな不の感情が胸の中を掻き乱す。

 

―――そうだ、それは意図した状況では無かったが、あの時の選択は確かに『斗詩達』の命が天秤に掛かっていた。

 彼女達を優先するのなら簡単だ、事態を長引かせれば危険が増えるだけなのだからさっさと葛藤なんて物を捨て去り 一切躊躇する事無く敵を屠ればその後の不測の事態にも十分対処できた。

 『斗詩達』に命の危機が訪れる事もなかったはずだ。

 

「貴方今、『斗詩達』の事だけを思って後悔しているでしょう?その天秤には貴方の命も掛かっていたのに」

 

吐き出すように話しを続ける叔母の目には涙が浮かんでいた。

 

「普段、自己中心的な態度をとる貴方が他者を優先しがちなのは知っているわ、それはとても美徳だとも思う。でも自分の命を軽視していい理由にはならないわ」

 

袁隗の怒りそれは未熟な三人で街に出かけ、二人だけで事にあたり、護衛を下げて前にでる―――。

 それらの事柄に共通した袁紹の自分の命を軽視した行動に対しての怒りだった。

 

「そしてそれは、貴方を信じて慕っている者達全員の気持ちを踏みにじる行為よ、だから……約束しなさい」

 

そこまで言うと袁隗は、頭一つ分小さい袁紹を抱きしめた。

 

「!?」

 

突然感じた温もりと気恥ずかしさから思わず身をよじる袁紹だったが、まるで逃がさないと言わんばかりに抱きしめる腕に力が籠められた為その動きは止まった。

 

「もう二度と自分を軽んじたりしないと……」

 

そこまで話して袁隗は口を閉じる。最後の言葉の声色には始め憤怒した人間と同一人物とは思えぬほどに慈愛と悲痛に満ちたものだった。

 そのことからも袁隗がどれだけ袁紹の身を心配ていたかがうかがえる。そしてその言霊を受けた袁紹の目には光が戻っていた。

 

「約束致します叔母上……、『我』はもう二度と自身を軽んじたり皆の想いを踏みにじったりしないと!」

 

………

……

 

この世界に生れ落ちた彼はどこか『ゲームの世界』にいるような感覚に陥っていた。史実では叔父であるはずだった袁隗、男の猛将であるはずの顔良と文醜、武器庫に保管されていた時代錯誤な武器の数々、そしてその大剣や大槌を細腕で振り回す斗詩と猪々子の姿、これらの光景はまるで前世で見てきた漫画やアニメのようで…… 

 袁紹はいつしか『ゲーム』をしている気になっていた。そして倍の大きさはあるであろう大男が振るう剣を弾き飛ばすことが出来る自分の『キャラクター』として技量に酔ってすらいた。

 しかし敵の増援により無力化する余裕が無くなり『命のやり取り』をする場に変わったとき、彼の意識は唐突に現実へと引き戻された。

 命のやり取りの先に待つであろう光景は前世では余りにも自身と無縁な光景で、彼には受け入れがたい事実だった。

 そして散々葛藤したあげく、最悪の結果になりかけた。

彼には覚悟が足りなかったのでは無く、覚悟すること自体無意識に放棄していたのだ―――。

 

………

……

 

袁隗との一件の後、袁紹は一人庭に座り月をぼんやり見ていた。

 

「ここに居たんですね麗覇様」

 

「斗詩……」

 

自身を危険に晒した愚かな主にも関わらず。心配して探しに来たのであろう彼女の優しさに胸が締め付けられる

 

「すまなかった……」

 

「何を謝ったんですか?」

 

「全てだ、斗詩の忠告を聞かず三人で街に向かったこと」

 

「最終的には私も賛同しました」

 

「猪々子を連れて行かず二人で事にあたったこと」

 

「文ちゃんは説明しないと屋台から離れなかったかもしれませんし、見失うかもしれないから一刻の猶予も無かったです」

 

「……斗詩に危険が迫るまで敵を斬ることが出来なかったこと」

 

「それは、私も同じです」

 

「……?」

 

「私も初めての実戦で人を斬るのに躊躇していました」

 

私が前に出ていたら斬られていたかもしれませんね―――と、苦笑しながら言葉を続ける。

 

「優しい麗覇様のことだから私と同じく葛藤していることはわかっていました。そしてそんな様子で戦っている姿をみて怖くなったんです。麗覇様が殺されるかもしれないことに……」

 

袁紹は斗詩のために、斗詩は袁紹のために、過程は違えど二人が葛藤を捨てた理由は同じだった。

 

「でも、麗覇様は私が自己嫌悪する必要はないと思ったはずです。なら麗覇様もそうじゃないですか!」

 

「………」

 

最後に彼女が声を少し荒げてしまったのは勢いをのせて言ったからであろう、その言葉はどこまでも優しく袁紹を気遣っていた。

 

「あのー」

 

「うぉっ!?」

 

「きゃっ、文ちゃん!?」

 

そこにいつの間にかやって来た猪々子が顔を出す。

 

「なんか気まずい雰囲気で出づらかったけど、だまっていられなくなっちゃってさー」

 

そう言うと彼女は頭を掻きながら二人の近くまで歩み寄る

 

「二人とも難しく考えすぎでしょ、だってさ二人とも……いや助けた人含めて三人は無事だったんじゃん?なら、今更それまでの事を後悔しつづけても意味が無いって言うかさー、アタイ頭良くないからうまく説明できないけど、次はそうならないように気をつければ良いだけじゃん?」

 

歯に衣着せぬ物言いであったが、それは核心を突いていた―――。

 

(そうだ、我がすべき事は自己嫌悪に浸ることではない、此度の一件を糧にして前に進む覚悟を決めることだ。

  そも、先ほど叔母上と『自分を信じる相手の気持ちを踏みにじらない』と約束したばかりではないか!)

 

袁紹は自分の中から何かの憑き物が落ちる感覚を感した。

 

「ありがとう、二人とも」

 

「麗覇様…」

 

「へへっ」

 

礼を述べた袁紹の顔から憂いが消えた事を察した二人は、満足そうに笑い

 

「ところで麗覇様、傷物になった斗詩の責任はとるのか?」

 

「ブフォッ!?猪々子!!」

 

「ぶ、文ちゃん!?これはそんな傷じゃないから!!」

 

「そん時はアタイも頼むよ麗覇様!」

 

「ええっ!?文ちゃん!!」

 

その後、三人で他愛も無い話を朝日が昇り始める頃まで語り続けた。

 

………

……

 

その日から、袁紹は浮いていた足を地に着け、この世界で生き抜くことを改めて決意し 

 

そんな主を支えるべく斗詩と猪々子は更なる研鑽に励み、二枚看板の名に恥じない英傑へと 成長していく―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「責任は取ったほうがいいですよ」

 

「叔母上!?」

 




袁隗の口調が違うのは怒りで素が出ていたからです

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