今回は日常……というか、情報収集の回になります。
新しい年も変わらず亀更新になりそうですが、少しずつでも完結を目指していくのでお付き合い頂ければ幸いです。
では、どうぞ。
Side シノン
時空管理局本局の無限書庫。
1日の間を置いて再び訪れたこの場で、オレは黙々と情報収集を行っていた。
足元に展開された魔法陣の上に胡坐をかいて座り込み、目を閉じて意識の殆どを作業に割く。
今はユーノがいないので効率もスピードも格段に落ちているが、ヴェルフグリントに作業を兼任してもらうことで落ちた効率を強引に底上げしている。
その代償としてオレの魔力消費量が3倍近くに跳ね上がったが、量が多いだけで普段から大して使っていない魔力なので大した問題ではない。
「…………これか」
何の前兆も無く漏れた短い呟き。
脳内を飛び交う情報の羅列の中からようやく目当てのモノを見付けることが出来た。
溜め息を吐くと共に閉じていた瞳をゆっくり開くと、額や前髪から垂れた汗によって僅かに濡れたズボンが目に入った。
不向きに加えて慣れない作業をぶっ通しで続けたせいか、頭脳面と精神面での疲労が大きい。
だが、その苦労の甲斐あってどうにか重要度の高い情報を幾つか見付けることが出来た。
発見した情報を端末に転送してスクリーンに表示し、ヴェルフグリントの処理能力と合わせてそれぞれの資料から見付けた情報を繋ぎ合わせる。
数十に及ぶ本に書かれた情報の断片がパズルのように合わさり、説明文のような形式の文章が出来上がる。
完成した文章を目前に広げ、少々疲れた頭を働かせて目を通す。
『 第1級ロストロギア『闇の書』に関しての調査報告。
調査の結果、対象の正式な名称はベルカ式融合型デバイス『夜天の魔導書』と判明。
開発当初の運用目的はマスターと共に行動し、各地の偉大な魔導師の技術を収集して研究するための収集蓄積型の巨大ストレージとするものだった。
現在確認されている破壊活動に特化した機能の幾つかは歴代の主の何人かがプログラムを改変した結果だと思われる。
特に改変の影響を大きく受けているモノとして“主と共に旅をする機能”と“自動修復機能”の2つが改変の結果“転生機能”と“無限再生”の機能に変貌した。
加えて、持ち主に対する性質も大きく変化しており、一定期間の蒐集が行われなかった場合は主の肉体及びリンカーコアを侵食するように設定されている。
蒐集を終えて頁を完成させた場合でも主の魔力を際限無く使用して周囲を無差別に破壊する“暴走装置”に似た機構が組み込まれている。
また、夜天の魔導書は真の持ち主以外からのシステムへのアクセスを決して認めず、強引に外部からの操作を試みれば即座に持ち主を取り込んで転生を開始するため完成前のプログラムの停止、改変は不可能と思われる。
以上 』
「……こんなモノか」
読み終えた内容を頭の中で整理し、こめかみを指でマッサージしながら思考を整える。
この情報はすぐにクロノとリンディさんに送信するとして、個人的にやらなければいけないことが他にも多く存在する。
うっかり忘れるということは無いが、ソレ等の対応をこれからどうしていくか考えると疲れた頭に更なる負担が掛かるような気がする。
『マスター、1時間だけでも仮眠を取るべきです。
早朝から無限書庫に籠って既に5時間。
いくらSSランクの魔力が有ってもこれだけ長時間魔法を使い続ければリンカーコアだけでなく脳にも膨大な負担が掛かります』
「オレも出来ればそうしたいが、まだダメだ。
眠るにせよ気絶するにせよ、もう少し情報が欲しい。
今すぐでなくても、残された時間は多くないんだからな」
頭を左右に振るって疲労感を振り払い、ヴェルフグリントの提案を断ったオレは再び魔法陣の上に座り込んで作業を始める。
その様子を見て今止めても無駄だと判断したのか、ヴェルフグリントも渋々といったような雰囲気を漂わせながら作業を手伝ってくれる。
「……心配するな。
自分の限界と引き際は弁えてる。
それまでに何の進展も無ければ素直に休むさ」
『……そこまで無理をする理由は、やはり昨日の通信ですか?』
「……そうだな。正直、焦っているのかもしれん」
ヴェルフグリントの指摘に同意を返し、軽く息を吐いて天井を見上げる。
何処までも続く薄暗い空間が見えるだけだが、視線が引き付けられるようなモノも無いので今の疲れた頭には有難い。
だが僅かに落ち着いた意識の片隅では、昨日のゲーデとのやり取りが浮かび上がっていた。
* * * * * * * * * * * *
『はやての容態が……悪化した……』
絞り出すように呟かれたゲーデの言葉に、オレは一瞬だけ意識が飛びそうになった。
ようやく状況が好転してきたこのタイミングでこの凶報。
あまりにも最悪過ぎる組み合わせに叫び声の1つでも上げたくなる。
だが、そんなことをしても何かが変わるわけではない。
頭の中をぐちゃぐちゃに掻き乱す感情の奔流を深呼吸でどうにか抑え込んで切り替える。
「…………詳しく話せ」
それでも前髪を掻き上げて歯を食い縛るような声が出てしまうが、オレも少なからず動揺していることがゲーデに伝わった。
混乱している人間が自分より混乱している人間を見ると冷静になることが有るように、ゲーデもそんなオレの様子を見て少し冷静になったのか軽く息を吐いて話し出す。
『……今から1時間程前のことだ。
夕飯の支度を始めたはやてが突然苦しみ出して倒れた。
本人は少し胸が攣っただけだ、と言っていたが、間違い無く闇の書の侵食だろう』
さらに詳しく聞くと、闇の書の侵食が以前よりも酷くなっているそうだ。
今までは不定の間隔を置いて短時間だけ起こっていたが、その間隔が明らかに短くなっている上に侵食の苦しみも長く続いている。
八神はやては心配を掛けないようにと必死に隠しているらしいが、守護騎士達よりも長く一緒に暮らしていたゲーデの目は誤魔化せていない。
「……守護騎士達はどうしてる。
もう地球に戻っているのか?」
『いや、まだこっちに戻っていない。
はやての方は担当の先生の判断でしばらく入院することになったから、アイツ等が家に戻った時に説明するつもりだ』
「一言文句を言ってもバチは当たらないと思うぞ。
だが、とりあえずそっちの状況は分かった。
次はこっちの状況だが……」
事態が悪化したのは明らかだが、一先ず現状を理解してオレの方で起こったことを説明する。
砂漠での戦闘、仮面の男の乱入、シグナムとザフィーラとの話し合いなどを全て話し、管理局サイドが守護騎士達との交渉の用意を始めていることも伝えた。
『そうか、管理局が……だが……』
「言いたいことは分かる。
タイミングが最悪過ぎる。
このままだと、シグナム達に強引に掛けたブレーキもすぐ無意味になる」
言い辛そうにしているゲーデの言葉を溜め息交じりに引き継ぐ。
今回の一件で守護騎士達は焦るだろう。
一刻も早く八神はやてを救わなければとさらに多くの魔力を蒐集しようとするだろう。
そうなればもはや交渉は絶望的だ。
八神はやての命が今にも消えそうになっている状況で蒐集を止めろという管理局の言葉に耳を貸すわけもない。
『シノン……教えてくれ。
俺は……どうすればいい?
どうすればはやて達を助けられる。どうすればまた皆と笑って暮らせるようになる』
縋るような声でゲーデはオレに問う。
精神的にかなり参っているらしく、モニター越しにオレを見る瞳は酷く濁っていた。
『お前と手を組んだことは決して後悔していない。
だが……告白すると俺はずっと迷っている。
はやてが寂しそうな顔をする度に、苦しむ顔を見る度にこの力を使えばと考えてしまう』
ゲーデは胸元に下げた待機状態のデバイスを握り締めながら懺悔するように本心を吐き出す。
同意するわけではないが、その葛藤を理解は出来る。
親しい人間が苦しんでいる中で自分に何か出来ることが有るなら、ソレが良くないことだと分かっていてもやろうとするのが人間だ。
『もう一度訊く……俺は、どうすればいい?
どうすればはやて達を助けられる!どうすればまた皆と笑って暮らせるようになる!
俺には、何が出来るんだっ!?』
溜め込んでいたものを吐き出すようにゲーデは声を荒げる。
望んだ結果から離れていく現実と、何も出来ない自分への怒りがゲーデの中で渦巻いている。
だが、残念ながらオレがこの場で掛ける言葉は慰めや激励などではない。
「……お前に何が出来るかなんぞオレが知るか。
今お前が決めなきゃならないのは“どうするべきか”じゃない、“どうしたいか”だ」
『…………え?』
感情を高ぶらせていた様子から一転し、オレの言葉を聞いたゲーデは呆然となる。
これがなのはやフェイト辺りなら気の利いた言葉でも出て来るかもしれないが、生憎とオレはそこまで優しくはない。
「自分の意思を誰かに委ねて答えを求めるな。
よく思い出せ。これは、お前が自分で決めて始めたことだ。
あの日、あの公園でお前は皆を助けたいと言った。
その答えを聞いて、オレはお前を手伝うと決めた」
あの時も、オレはゲーデに“どうしたいのか”と訊いた。
どんなに辛い選択であろうと、自分がどうするかは自分自身で決めなければいけない。
他人に言われたことを何も考えず鵜呑みにして答えにしても、遅かれ早かれ心の中で軋轢が生じて壊れるだけだ。
他の誰でもない、自分自身で決めたからその選択に意味が有るのだ。
「もしお前がオレと手を切って守護騎士達を手伝うというならそれも良いだろう。
その時は管理局に言っておいた通り、お前も含めて守護騎士達のことはオレが纏めてケリを付けるだけだ」
『……出来ると思うのか。
お前1人で、俺やシグナム達を倒すなんて……』
「出来る出来ないの問題じゃない。
自分がやったことの責任を取るだけだ」
選ぶということは責任を持つことと同義だ。
ソレを承知した上で、オレはゲーデと手を組むことを決めた。
冷たいと取られるかもしれないが、甘やかす理由もオレには無い。
「オレはこれから急ぎで情報を集める。
交渉が出来ても出来なくても、暴走を止める手段は見付けなきゃいけないからな。
お前も、自分がどうしたいのかを落ち着いて考えてみろ」
『…………分かった』
酷い顔色はそのままだったが、頷いたゲーデはどうにか短く返事をして通信を切った。
モニターが消えたのを確認したオレは壁に背中を付けて一度だけ大きく溜め息を吐く。
そうすることでどうにか心を落ち着け、転送ポートで待たせてしまっているなのはとユーノの元へと急ぎ足で歩を進める。
ゲーデにはああ言ったが、オレも今回の一件で余裕が無くなった。
もし八神はやての死が目前に迫っているのだとしたら、一刻も早く夜天の魔導書についての情報を集めなければならない。
(急がないとな……)
心中で呟きを零し、オレは不安を振り払うようには歩く速度を上げた。
* * * * * * * * * * * *
「……アレから1日。
どうにか“今の”夜天の書の情報は見付かったが、解決策は1つも無しか。
というか、現状で分かった情報を照らし合わせたらコレ暴走したら詰みじゃないか?」
一定期間の蒐集を行わなければ主の命を蝕み、蒐集を行って頁を完成させても強制的に暴走を起こして周辺を破壊する。
外部からのアクセスが絶望的だとすれば、もしこれで停止の機能が存在しなかった場合、物理的に破壊するしかなくなる。
管理局が長年手を焼くのも納得だ。
外部からの封印による機能停止も出来ない上に無限に再生するなど対処の仕様がない。
『恐らく過去の主はそのつもりで機能を改変したのでしょう。
他人の手に渡るくらいなら、とでも言うように』
「ここまで変わり果てるとなると1人や2人の仕業じゃないだろうな。
そいつ等もこの魔導書に振り回されたて死んだんだろうが、全くもって傍迷惑な仕様変更をしてくれた」
何となくだが機能を改変した奴等の心情は想像出来る。
何故自分がこんな目に遭わなければいけない、次に選ばれた奴も苦しんでしまえ、どうせ死ぬならもっと道連れを……まあ、そんなところだろう。
そんな怒りや嘆きが積もりに積もって夜天の魔導書の姿を歪め、本来の姿から遠くかけ離れた今の闇の書が誕生したわけだ。
こんな行き止まりしか無いような仕組みになるのも当然だ。
どうせ自分は死ぬんだと自暴自棄になっている人間が次に選ばれる者に希望を残そうなどと考えるわけがない。
(しかし……本当にどうする?
八神はやての命は限界が近く、頁が完成しなければ侵食は止まらない。
しかし、完成前ではプログラムの改変は出来ない。
善行悪行問わず、利用するにはまず完成させないといけないわけだ……ん?)
そこまで考えた所で、頭の中で何かが引っ掛かった。
今までの思考の何処かで、何か重要なヒントになりそうな情報が気がする。
(何だ……何が引っ掛かった。
侵食……完成……改変……利用……この辺の何かが……)
額に手を当てて思考を巡らせるが、頭の中にぼんやりとした霧が漂うだけでコレだという答えは浮かび上がってこなかった。
イカンな、思ったよりも根を詰め過ぎたのか考えが上手く纏まらない。
「お~い、シノ~ン!」
そんな時、自分の名前を呼ぶ声に反応して閉じていた目を開くと、ユーノが手を振りながらこちらへ近付いて来る姿が見えた。
その少し後ろにはリーゼアリアさんが付いており、オレと目が合うと微笑を浮かべながら小さく手を振ってきた。
「よう、ユーノ。
一先ず、現状で集まった情報を報告書の形で纏めてみたから目を通しておいてくれ」
そう言って先程作成した報告書を表示すると、ユーノはすぐに頷いて内容に目を通す。
「これは……すごいよ、シノン!
この短時間でここまで多くの情報を集めるなんて……」
「ほぉ~……こりゃたまげた。
探せばちゃんと出てくるのは分かってたけど、此処まで正確な情報を見つけるなんてね」
「目を通すついで、クロノ達への報告は頼んでも良いか?
少し根を詰め過ぎたせいか、酷く眠くてな」
一度気を緩めてしまった反動なのか、ずっと閉じていた瞼が重く感じる。
こめかみをマッサージしながら頼むと、ユーノは苦笑しながらも快く頷く。
「うん、任せて。
作業の方は僕が引き継いで進めておくよ」
「頼んだ。
出来れば完成後の停止方法を優先して調べてくれ」
そう言ってユーノの肩を叩いて仕事を引き継ぎ、オレは無限書庫の出口へと向かう。
無重力空間から戻ったせいか、それともただの疲れなのか、廊下に付けた足が重く感じる。
僅かにフラフラした足取りになるが、歩くことは出来るので休憩室を目指すことにした。
「ありゃ、アンタは……」
後ろから聞こえてきた声に振り返ると、意外なモノを見付けたような目をしたリーゼロッテさんの姿が有った。
「お疲れさん。随分と没頭してたみたいだね~。
これから休むって言うなら、お姉さんが添い寝でもしてあげようかにゃ?」
「あ~、魅力的な提案だけど遠慮しておきます。
ちょっと仮眠を取ったらそのまま地球に戻るんで」
揶揄うように笑うリーゼロッテさんに苦笑を返すが、地球に帰るのは本当だ。
最近付き合いが悪いとアリサを始めとしてなのは達から苦情を貰ったので、息抜きがてらに埋め合わせをすることになったのだ。
「ありゃりゃ、そりゃ残念。
まあ、ゆっくり休みなよ。
んじゃね~」
そう言って手を振りながらリーゼロッテさんは立ち去っていった。
オレも休憩室で休もうと踵を返すが、ふと視界の端に気になるモノを捉えて動きが止まる。
(ん?……)
目に留まったのは、振り返らず立ち去っていくリーゼロッテさん。
その歩く速度が、通路を歩く他の局員達より僅かに遅いのだ。
活発なイメージの人物なので普段から歩くのが遅いとは考えにくいし、歩幅から考えても明らかに歩く速度を落としている。
何より、その歩き方には何となく見覚えがあった。
(怪我を、庇ってる……?)
その歩き方は、治りかけの怪我を刺激しないように歩く姿とよく似ていたのだ。
何故リーゼロッテさんがそんな歩き方をしているのか数秒考え込むが、溜め込んだ疲れと眠気によって上手く頭が回らない。
(ダメだ……1回寝ないと頭が働かない)
何をするのも考えのも1度休んでからだと考え、思考を打ち切ったオレは休憩室へと再び歩を進めた。
ご覧いただきありがとうございます。
はやての倒れるタイミングが原作と少し違いますが、大体の話の筋は変わっていません。
そして、はやてが倒れたことで主人公は情報集めの作業速度を爆上げするようにケツを蹴り飛ばされましたので死ぬ気で情報収集しました。
けど、その無理が祟ってリーゼロッテに感じた違和感をスルーしました。
ドウシタンダロウナ~
改めて考えると、あの短い期間で情報を搔き集めた原作のユーノ君が怪物染みてたんだろうなと思える。
次回は多分お見舞いの話になるかなと思います。
では、また次回。