では、どうぞ。
Side Out
その部屋に足を踏み入れて、最初に目にしたのは大量の本。
否、正面だけでなく、上下左右に視線を向けても数え切れない程の本がその部屋にあった。
もはや本の山と言うよりは本の海。
比喩でも何でも無く文字通り果てが見えない無数の本が置かれたその空間を、シノンとユーノは興味深そうに見渡しながら無重力に身を任せて漂っていた。
「驚いた? これが管理局最大のデータベース、無限書庫だよ」
「管理局が管理を受けている世界の文献やデータが全て収められている場所。此処なら、闇の書の情報も間違い無く有ると思う」
「……なんだけど、中身の殆どは手付かずの未整理状態。おまけにこの巨大さだから特定の情報を探すのは困難極まるよ?」
シノン達と一緒に無重力を漂いながらそう言ったのは、案内役と手伝いを任されたリーゼ姉妹である。
今回シノン達が本局を尋ねた目的……『闇の書』の詳しい情報を集める為にリンディから紹介されたのがこの無限書庫と呼ばれる施設だ。
現在使用されているデータベースに情報が無くても、この場所なら間違い無く見付かると考えて恐らくリンディはユーノを向かわせたのだろう。
一応シノンもその手伝いで来ているのだが、今回はグレアムに呼ばれたのに加えて守護騎士が発見されたら現場に向かわなければならないので微妙な立場である。
「……だそうだが、どうだ?」
「大丈夫。過去の歴史の調査は僕の一族、スクライアの本業だから。専用の検索魔法も幾つか用意してあるよ」
シノンの問いに対し、無数に並ぶ本棚を見ながらそう言ったユーノは足元に魔法陣を展開する。
得意分野だからやれるという自信が有るのか、その横顔からは不安の色は全く無い。むしろ普段よりも活気に満ちている。
「アタシもロッテも本来の仕事が有るからずっといるわけにはいかないけど、なるべく手伝うようにするよ」
「可愛い愛弟子の頼みだからね~」
言ってからリーゼ姉妹はさっそく呼び出しを受け、シノンとユーノに頑張ってねと応援の言葉を送って無限書庫を出ていった。
そして、無限書庫の中にはシノン達2人だけが残り、ユーノはさっそく作業に取り掛かろうとする。
「ちょっと待った。ユーノ、悪いがこの部屋が監視されてないか調べてくれるか?」
「え? う、うん。ちょっと待って……」
唐突なシノンの頼みに戸惑うが、きっと何か意味が有るのだと考えて言われた通り周囲の空間を魔法で入念にスキャニングする。
魔法によるステルスなども考慮して、ユーノはおよそ1分程で解析を終える。
「……大丈夫、監視や盗聴の気配は無いよ。でも、急にどうしたの……?」
「これからする話を管理局の人間に聞かれるのは少しマズイと思ってな」
明らかにヤバイ気配がする発言をさらりと口にしながらシノンは懐から何かを取り出して自分とユーノの間に浮かせる。
ソレはシノンの相棒、待機状態となっているヴェルフグリントだった。
「?……シノン、何を……」
「探す情報は始める前に少しでも減らした方が良いだろう。だから知っているヤツに尋ねることにした」
「それって……」
シノンの言うことに理解が追い付かないユーノが視線を向けた先には、コアを僅かに点滅させながら浮遊するヴェルフグリントがいる。
そのまま数秒の沈黙が落ちるが、ゆっくりと言葉が出てくる。
『……やはり、お気付きだったのですね』
「守護騎士達を見た時のお前の反応を考えればな。それで、どうする? 尋ねるとは言ったが、お前が話したくないと言うなら無理には聞かない」
シノンは右も左も殆ど分からない場所に飛ばされてから今までずっと力を貸してくれた相棒の気持ちを無視するつもりなどない。
ヴェルフグリントが何も言わなければ今から行う情報収集に膨大なロスタイムが発生してしまうが、答えは変わらない。
『……分かりました、お話ししましょう。私が知り得る限りの情報を』
主の気遣いを感じたのか、ヴェルフグリントはゆっくりと答えを口にした。
「じゃ、じゃあ、キミは本当に管理局のデータバンクにも無い闇の書の情報を知ってるの?」
『いいえ、正確に言うと私が知っているのはあの本が『闇の書』と
その言葉に少なからず驚愕を覚えたシノンとユーノは思わず視線を合わせるが、今は話しの続きを聞くべきだと理解して口を閉じる。
話の続きを催促する2人の視線を理解し、ヴェルフグリントは再び口を開く。
『……本来は何も言うべきではないのでしょうが、あそこまで危険なモノに変容を遂げている以上は見過ごせません』
重い雰囲気を感じさせるヴェルフグリントの口調から、これが大きな迷いと熟考の末に決断したものだと分かる。
だがソレは同時に、今シノン達の直面している状況がかなり深刻なモノで有ることを示していた。
その事実を即座に理解したシノンとユーノは再び気を引き締めて耳を傾ける。
『まず、あの本の名は『闇の書』ではありません。遥か過去、古代ベルカ時代での正式名称は『夜天の魔導書』と呼ばれていました』
「なるほど、前の情報、というのはそういうことか」
『はい。私が知っているのは、あくまで初期の『夜天の魔導書』のことだけです。昔とは違う点が幾つか有りますし、今はどのようなシステムで稼働しているのかも分かりません』
「……それって、何らかのバグが発生しているか、誰かがプログラムを書き換えた可能性が有るってこと?」
「その可能性も含めて何が原因なのか、それも調べる必要が有るだろうな。だが、大体の方針は決まった」
ヴェルフグリントから情報を聞き、シノンとユーノは大まかにだがこれから調べる情報の焦点と段階を決めることが出来た。
まず、ヴェルフグリントが知っている稼働初期『夜天の魔導書』と呼ばれていた頃と『闇の書』と呼ばれる現在のシステムの比較と相違点の洗い出し。
次に、システムがどのような仕様に改変されたのか、完成を迎えたらどのような機能を発揮するのかを詳細に調べる。
そこまで調べ上げた後に何が原因でそうなったのか、改変されたシステムの修正または機能停止の方法が無いかを調べる。
流れとしてはこんなものである。
というわけで、さっそくシノンとユーノは用意した検索魔法を共有して無限書庫の情報収集に取り掛かった。
しかし、情報収集と言っても一冊一冊直接本を手に取ってページを捲るなどしていたら途方も無い時間が掛かる。
そんな時に重宝するのが魔法というものだ。
まず、シノン達は情報収集の作業を幾つかの工程に分けて役割分担を行った。
第一工程、術式を弄って出力を上げた検索魔法にSSランクの魔力量を持つシノンが全力で魔力を回して可能な限り広範囲のサーチを行う。
この時のサーチは図書館で例えると本棚から目ぼしい本を見付けて机に積む作業になる。
故に絞り込みは最低限にしてインターネットのキーワード検索と同じ方法を使って幾つかの単語を指定、ソレに一番多くヒットする本を優先して片っ端から引っ張ってくる。
第二工程、引っ張って来た本の中から目当ての情報が有りそうなものを絞り込む。
この作業はユーノがやるつもりだったが、私がやった方が効率が良いと横から進言したヴェルフグリントがやることになった。
人間とデバイス、データ処理の速度と規模でどちらが優れているかは考えるまでもなく、シノンとユーノは喜んで作業を任せた。
第三工程、絞り込んだ本に目を通して必要な情報を調べる。
此処でようやくユーノの出番である。マルチタスクと速読魔法を駆使して10冊近い本を同時に読むという曲芸染みた業を使い、凄まじい速度で本を読み上げていく。
第一工程を担当するシノンも検索魔法に魔力を回しながらマルチタスクと速読魔法で本を読み上げているいるが、ユーノとは違って2、3冊が限界である。
一先ずこの流れで作業を行うことにして、シノン達はさっそく調べ物を開始した。
本来であればこの無限書庫で特定の情報を探すのは何十人単位の専門家が複数のチームを組んで取り掛かる大仕事だが、シノン達の作業速度は専門家のチームに匹敵するどころかむしろ上回る程だった。
絶えず魔力が注がれる探索魔法によって周囲の本棚から次々と本が抜き取られ、集められた本の中から数冊の本が選別される。
選別された本はユーノとシノンの元へと渡り、無重力空間に体を預けた2人は手元にある複数の本に黙々と目を通していく。
一見すると本棚とシノン達の間を大量の本が絶えず流れているだけのように見えるが、それはシノン達が1秒たりとも止まることなく作業を続けている証拠である。
だが、疲れ知らずのデバイスであるヴェルフグリントとは違ってシノンとユーノは作業を続ける程に疲労が溜まっていく。
体を動かす時とは違い、こういう作業は疲労の蓄積によって効率が目に見えて変化する。
作業を開始してからおよそ3時間、その変化にいち早く気付いたヴェルフグリントは本の選別作業を中止してシノンの元へと近付く。
『マスター、ユーノ様、作業の効率が明らかに低下しています。15分~30分の休憩を取るべきかと』
そう言われた瞬間、シノンとユーノは無意識に蓄積していた疲労が一気に圧し掛かって来たような感覚に襲われる。
「確かに少し……」
「疲れてきたね……」
第二工程を担当するヴェルフグリントがいなければ作業速度は格段に落ちるし、特に異論も無いのでシノンとユーノは目の周りをマッサージしながら無限書庫を出た。
そのままリーゼ姉妹が用意してくれた休憩室に入り、飲み物を片手に一息付く。
シノンは長椅子にゴロリと仰向けで寝転び、ユーノは両手をダラリと垂れ下げながら顔を横にして机に突っ伏している。
あまり行儀が良いとは言えないが、2人もそれだけ疲労しているのだ。
「……ちょっと甘く見てたかな~。まさか3時間でこんなに疲れるなんて……」
「3時間も10冊近い本を同時に読み続けてその程度の疲れならむしろ大したものだろう……オレはお前の2割程度なのに軽い頭痛がするぞ……」
2人同時に重い溜め息を吐きながら少しでも疲れを体の外に出そうと脱力する。
自然と互いに無言となり、しばらく沈黙しながら休息を取っていた。
「なあ、ユーノ……」
そんな時、天井を呆然と見上げていたシノンが何かを思い付いたようにユーノの名を呼んだ。ちょうど飲み物を飲んでいたユーノは視線だけをシノンに向け、ん?と声を返す。
「なのはの何処が好きなんだ?」
「ブフォッ!?」
「きったね!?」
シノンとしてはぽっと出た話題を口にしただけかもしれないが、尋ねられたユーノは思いも寄らない不意打ちで口に含んでいた飲み物を盛大に吹き出した。
視線を向けていたせいで吹き出した飲み物の殆どはシノンに降り注ぎ、ユーノは鼻の痛みと咳でしばらく苦しむ羽目になった。
数分後、ティッシュペーパーで降り注いだ飲み物を拭き取ってユーノの鼻の痛みも治まった。だが、ユーノがシノンを見る目は冷たい。
「……それで? 何でいきなりあんなこと訊いたのさ。僕がなのはのことを……その……好き、なんてさ……」
「大した理由は無い。ちょっとした気分転換に訊いてみただけだ」
「僕の恋愛事情を気分転換の話題にしないでよ! ていうか、何で僕がなのはのこと好きなの知ってるのさ!?」
「いや、見てれば分かるだろ。クロノは知らんが、少なくともオレの他にもエイミィさんとリンディさんは気付いてたと思うぞ」
再び長椅子に寝転がったシノンの言葉を聞き、立ち上がって声を上げていたユーノの顔が羞恥と驚愕が混ざり合って真っ赤になったり青褪めたりと変化する。
精神年齢が20代後半に差し掛かるシノンから見て、ユーノの反応はまさに初心な10代の少年らしいものだった。
アドリビトムにいた時もだったが、色々と特殊な出自のせいで散々な少年時代を過ごしたシノンにとってユーノが見せたような反応は少々新鮮なものだった。
「それで? 何処が好きになったんだ?」
「この流れで続けるの!? 僕もう充分に気分転換出来ちゃったんだけど」
切り替えた気分が最高と最悪のどちらかは分かり切っているが、茶化すわけでもなく普段通りの口調で尋ねるシノンを見たユーノは深い溜め息を吐く。
何だか毒気が抜けてしまったし、ムキになってしまった自分を落ち着けるように一度深呼吸したユーノは椅子に座り直す。
「……最初は、申し訳なさと感謝の気持ちで心がいっぱいだったんだ。魔法の世界に……ジュエルシードの一件に巻き込んだことと、力を貸してくれたことに」
天上をぼんやりと見上げながらそう言ったユーノの目は、懐かしい過去を映して出すように透き通っていた。
シノンもなのはとユーノが出会った経緯は聞いている。
散らばってしまったジュエルシードを回収する為にユーノは単独で地球にやって来たが、暴走体との戦闘に敗北して負傷。
フェレットの姿になって森の中で気絶していたユーノを助けたことがなのはとユーノの出会いだった。
その後、なのははユーノの危機に遭遇してレイジングハートを受け取り、魔導師として覚醒した。
「でも、ジュエルシードを追って一緒に戦ってる中でなのはの真っ直ぐな所とか優しい所とか……何より、あの眩しい笑顔に惹かれていったんだ」
「それで気が付けば好きになってた、って感じか……」
「まあ、ね……というか、訊いてきたシノンはどうなのさ。誰か気になる人とかいないの?」
ちょっとした意趣返しと興味が混じったようなユーノからの問いに、シノンはすぐに答えを返さず天井を見上げて考える。
そして、数秒の思考によって導き出された答えは1つだった。
「悪い。
答えを口にした声の中に、大した感情は籠っていなかった。
シノンから見てもなのはやフェイトは人間的にとても立派で魅力的な人物だと思える。
だが、生憎と少女趣味の特殊な性癖を持っているわけでもないので精神面での年齢差も加えてシノンにとってあの2人は……いや、同年代のアリサやすずかも、親しい年下の子供という認識だ。
そして、彼女達だけでなく今までの人生で知り合った女性も思い浮かべて考えてみたが、恋愛感情を抱く相手……恋人にしたいと思える女性は、いなかった。
(女を抱いたことは有るが、恋人というのはなぁ……)
ちゃっかり爆弾発言を口に出す所だったが、幸いなことに思考の中だけで収まった。
このように交際経験どころかマトモな恋愛観も持ち合わせているか怪しいシノンだが、やはり恋人という関係はピンと来ない。
「……そっか」
答えたシノンの様子から誤魔化しているわけではないと理解し、ユーノはそれ以上食い下がることはしなかった。
そこで話題が途切れ、そろそろ休憩を終えようと立ち上がったシノンは空になった飲み物をゴミ箱に放り投げて体を伸ばす。
「まあ、質問した手前、力になれそうなことが有ったら言ってくれ。出来る限り力になる」
「あ、ありがとう。その、僕も頑張るよ……」
僅かに頬を赤くしながら気合を入れるユーノに軽く手を上げながらおう、と返事を返し、シノンは休憩室の出口へと向かう。
だが、部屋を出ようとした時、浮遊していたヴェルフグリントから受信音が鳴り響いてシノン達の眼前に通信モニターが表示される。
『シノン君、ユーノ君、調べ物の最中にごめんなさい。だけど緊急事態なの。闇の書の守護騎士達が無人世界で確認されたわ。地球にいるエイミィ達の方からは既になのはさんとフェイトさんが出撃しているから、シノン君も応援に向かって』
「了解です。こちらは本局の転送ポートを使って現地に向かいます」
そう言ってリンディからの通信を閉じ、シノンはヴェルフグリントを懐に仕舞って視線を不安そうな目をしたユーノに向ける。
「そういうことだ。調べ物をお前1人に任せて悪いが、向こうの応援に行ってくる」
「気にしないで。僕は
微笑を浮かべていた顔を僅かに曇らせ、視線を俯かせるユーノ。
それを見たシノンは途切れた言葉の先を促すことはせず、ユーノの肩に静かに手を置いた。
「任せろ。オレは守るのが得意なお前と違って斬った張ったくらいしか能が無いが、誰も死なせはしない」
「……うん。皆をお願い」
ユーノの言葉を受け取り、シノンは休憩室を出てあらかじめ教えてもらっていた本局内の転送ポートへと走り出した。
ご覧いただきありがとうございます。
オリ主、口には出してないけど非童貞の事実が発覚。ギルドで依頼受けたり傭兵としてドンパチやってれば溜まるものも溜まるものです。
次回は多分戦闘回になると思います。誰が戦うのかはまだ決まっていませんが。
では、また次回。