白銀の来訪者   作:月光花

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Messiah様から感想をいただきました。ありがとうございます。

今回はゲーデサイドのお話しです。

戦闘シーンが……戦闘シーンが書きたい……!

では、どうぞ。


第5話 拭い切れぬ影

  Side Out

 

 八神はやて。

 

彼女の境遇は、他の同年代の人間に比べて過酷なものだった。

 

幼い頃に両親を事故で失くして天涯孤独となり、それに追い打ちを掛けるように両足も原因不明の麻痺を起こして不自由となった。

 

救いがあるとすれば、亡くなった彼女の父親の友人が援助を申し出てくれたおかげでお金にも困らず、バリアフリーに適していた環境のおかげで車椅子生活でも大した不自由が無かったことだろうか。

 

しかし、どんな環境であっても、彼女は1人ぼっちだった。

 

自分以外に誰もいない空っぽの家の中で暮らす日々は、幼い彼女にとってはどうしようもないほどに苦しく、どうしようもないほどに寂しかった。

 

だが、そんな彼女の孤独は、ある日の出会いによって終わりを迎えた。

 

今から1年ほど前、はやてが食材の買い物を終えていつも通りの帰路を通っていた時だ。

 

そこに“彼”はいた。

 

腰の辺りから後ろ側だけを伸ばして二又に割った真っ白のロングコート、ウエストポーチが巻かれた黒のジーンズと皮のブーツ。

 

そして、冷たい風に靡くロングマフラーは先端が燃えたように欠けており、口元と首筋をすっぽりと覆っている。

 

だが、それ以上にはやてが目を引いたのは彼の顔つきだった。

 

見た目からの推測だが、歳は恐らくはやてよりも2、3は上だろう。

 

風を受けて首元をくすぐるように揺れている髪の色は日の光を吸い込むような紫色、しかしその奥に見える肌の色は逆に日の光など浴びたことが無いかのように白い。

 

何処か普通とは違う雰囲気を漂わせる彼は、青空の下で輝く海を見詰めていた。

 

(この辺じゃ見たことない人やな……外人さんかな? )

 

そんなことを考えながら車椅子を押していると、ちょうど彼のすぐ後ろを通ろうとした所ではやての足元からガシャン!! という音が聞こえた。

 

「あっ……!」

 

反射的に声を漏らしながら、はやては頭の中で何が起きたのかを理解した。

 

恐らくだが、溝か何かに車輪を引っ掛けてしまったのだろう。車椅子生活を始めた頃、何度かやってしまった経験が有るのですぐに分かった。

 

今となっては殆ど無かったのだが、海を見詰めていた彼のことを注視していたせいで気付けなかったようだ。

 

(あぁ、やってしもうた……)

 

心中で呟きながら、はやては次の瞬間に襲い掛かる衝撃を覚悟して目を閉じる。

 

大丈夫。昔も体験したことだ。

 

そう自分を言い聞かせ、反射的に体も強張る。

 

(…………あれ?)

 

しかし、何時まで経っても痛みと衝撃は訪れなかった。

 

「大丈夫か?」

 

はやてが内心で首を傾げていると、耳元から聞き覚えの無い声が聴こえた。

 

決して大きくない静かな声量だったが、耳の奥にすんなりと響く声だった。

 

目を開けて顔を上げると、そこに見えたのは自分を見詰める2色の瞳。片方は前髪に少し隠された紅色、もう片方は黄金の色だ。

 

虹彩異色、オッドアイとも呼ばれているものだが、はやてはその瞳の美しさについ見惚れてしまった。

 

そして落ち着いて気付いたが、今のはやては倒れそうになった体を正面から肩に抱くようにして彼に支えられていた。

 

左手ではやての体を支え、反対の右手の手首には車椅子に引っ掛かっていた買い物袋が握られている。

 

しかし、車椅子のタイヤが溝に引っ掛かる寸前まで、目の前の彼は確かに海を眺めていたはずだ。少なくともはやてが認識する中では。

 

そうなると、この少年は車椅子が転倒してから今に至るまでの1、2秒の時間で転倒するはやてを助けたということになる。

 

「少し待ってくれ」

 

そう言うと、少年ははやての体を肩に担ぐように持ち上げ、溝に嵌まった車椅子のタイヤを右手の力だけで軽々と引き抜いた。

 

スティック操作機能も搭載された高性能の車椅子なので重量はかなり有る筈なのだが、それを片手で持ち上げる少年の顔には一切の苦が見えない。

 

車椅子を平地に戻し、少年は肩に担いでいたはやてをゆっくりと下ろして座らせ、右手首に引っ掛けていた買い物袋を戻す。

 

「これでよし……怪我は無いか?」

 

「は、はい! 大丈夫です! ……ありがとうございました!」

 

少し慌てるように頭を下げるはやての様子を見て、本当に大丈夫のようだと判断した少年は気を付けてな、と言って身を翻す。

 

しかし、立ち去ろうとした時に少年は背中から服を引かれる感覚を感じて振り返る。

 

見ると、伸ばされたはやての小さな手が少年のロングコートの丈を掴んでいた。

 

どうしたのだろうかと少年が少し唖然とするが、手を伸ばしたはやて本人もどうしてそんなことをしたのかよく分からず、慌てている。

 

「あ、あの……えっと……その……お、お兄さん! もしかして旅行の途中とかですか!」

 

取り繕うように出た質問。それが本心から尋ねたいことではないと少年にも理解出来たが、何故か自然と返答を口にした。

 

「旅行というか、俺自身どうして此処にいるのか分からないんだがな……」

 

「え? それって……」

 

「あぁ、いや……何でもない、気にしないでくれ。それじゃあ、道には気を付けてな」

 

そう言って苦笑を浮かべる少年の顔を見て、はやては心の中に奇妙な感覚を覚えた。

 

何処かで見たことがあるような既視感に近く、僅かな親しみさえ覚える親近感。そんな感覚の正体を、はやてはすぐに理解出来た。

 

「あ……」

 

似ているのだ。

 

今の自分と、家族がいなくなって孤独に耐える自分に何処か似ていると思えたのだ。だからだろうか、気になってつい声を掛けてしまったのは。

 

「あ、あの! 私、八神はやてって言います……!」

 

そう思った次の瞬間には、はやては自分の名前を口にしていた。

 

そしてそれを聞いて、少年も少し呆然としてから微笑を浮かべて名前を名乗る。

 

 

「ゲーデだ……よろしくな、はやて」

 

 

これが彼と、ゲーデとはやての最初の出会いだった。

 

この出会いを切っ掛けに、1人孤独に耐えていたはやての世界は変化を始めた。

 

泊まるところが無いと言ったゲーデを自分の家に迎え入れてから、今まで1人で過ごしてきた日常がとても楽しいものに思えた。

 

その中でゲーデも炊事洗濯を手伝おうとしてくれたのだが、知識として知ってはいるけどやり方が分からない、と少々変わった理由により、はやてが一から教えることもあった。

 

結果的に言えば二度手間になってしまうのだろうが、はやては迷惑などとは思わなかった。そんなやり取りでさえ、今のはやてにとっては楽しいものだから。

 

そんな日々の中で、ゲーデもまたはやてに心を開いて自分のことを話してくれた。

 

自分がグラニデと呼ばれる異世界から来たこと、本来なら消えている筈の自分が何故かこの世に留まっていること。

 

普通なら頭がおかしいと心配されるか鼻で笑われておしまいの内容だが、証拠としてゲーデが見せたグラニデの魔法を見て、はやてはソレを信じてくれた。

 

そして、微笑みを浮かべてただ一言を返した。

 

「じゃあ、行きたい所が見付かるまで、一緒にいてくれんかな?」

 

それから、2人は互いを受け入れた家族となった。

 

与えられた知識をなぞりながらグラニデとは違う世界のことを理解するゲーデと、それを所々でフォローするはやての姿は、本当の兄妹のようにさえ見えた。

 

そんな日々が続いてからおよそ半年頃、はやてが誕生日を迎えた日に彼女の世界はまた変化した。

 

ずっと前、物心着く前から自分の部屋の中に置かれていた一冊の本から現れた四人の騎士。闇の書の守護騎士と名乗った彼等が、新しい家族となったのだ。

 

「闇の書……魔法……兄ちゃんのと同じなんかな?」

 

「いや、俺が使った魔法とは違うものだな……こっちの魔法は、どちらかと言えば発展した科学技術に近いかもしれないな」

 

「あの、主? 驚きにならないのですか?」

 

「う~ん、これでも驚いてるけど……兄ちゃんの前例があるしなぁ~」

 

何の抵抗も無く自分達の存在を受け入れるはやての様子に呆然としながらも守護騎士を纏める将、シグナムが問うが、はやては自然と返答する。

 

「まぁ、とりあえず……皆の衣・食・住は主たる私が管理せなアカンね」

 

「ザフィーラ以外は女性だから服が足りないな……昼からはデパートに行くか。はやてはシグナム達のサイズを測っておいてくれ」

 

「はいは~い」

 

「“はい”は一回だ」

 

そう言いながらゲーデが頭をワシャワシャと少し強めに撫で、うにゃあ~! と何処か楽しそうな悲鳴を上げるはやての姿を見て守護騎士達も自然と毒気が抜けていく。

 

もちろん、これだけで守護騎士達と和解出来たわけではない。

 

時間を掛けて一緒に過ごし、色んなすれ違いやいざこざを挟んでも、互いに理解を深めることで本当の家族となれた。

 

それからはやての日常は、一片の疑いも無く幸せなものだった。

 

自分以外に誰もいなかった寂しい家に多くの人が増え、今では笑顔が溢れている。ソレは間違い無く、彼女が心から望んだ“幸せ”だった。

 

 

それなのに……そんな彼女の手にした小さな幸せは誰も気付かぬ内に少しずつ、それでも確実に蝕まれていた。

 

 

切っ掛けは、突然のことだった。

 

ある日、はやてが突然胸を抑えて苦しみを感じて倒れた。

 

すぐに行きつけの病院に運んで診察を受けたのだが、告げられた真実は、あまりにも残酷なものだった。

 

原因不明の麻痺……闇の書の侵食による心肺機能の不全。

 

それが急な悪化を始め、はやての命が確実に死に近づいているという事実。

 

以前からはやての診察を担当していた医者の見立てによれば、残りの命はもって1年かそれ以下。

 

それから、事態は更に加速する。

 

少なからずショックを受けていたゲーデが数日後にどうにか立ち直った頃から、守護騎士達が家を空けることが多くなった。

 

昼間は出来る限りはやての傍にいたゲーデが流石に不審に思い、ある可能性を考えて止めようと走り出した時には遅かった。

 

既に守護騎士達は多くの人間を襲い、その魔力を闇の書の糧として奪っていた。

 

当然ゲーデはすぐに辞めるよう説得したが、シグナム達は聞く耳を持たなかった。もはや自分達は引けない所まで来ている、やめるわけにはいかないと。

 

言葉では止められない。

 

それを理解したゲーデに残された選択肢は3つ。

 

止めるのを諦めるか、シグナム達に手を貸すか……または、力尽くで止めるかだ。

 

その選択肢を思い浮かべた時、ゲーデは首から下げられた白氷雪のような輝きを放つ白銀の狼のペンダントを握り締めていた。

 

この世界に目覚めた時、ただの人間と同じ姿に変わっていた異形の右腕の中に握られていた“この世界における魔導の力”、ゲーデのデバイスである。

 

名を『ヴァナルガンド』。

 

北欧神話においての神殺しの獣、フェンリルの別名を宿すゲーデの刃。

 

そして、子供の体に縮んだとはいえ、ゲーデの持つ力は守護騎士達に決して引けを取らない。全力で挑めば、守護騎士達も無事では済まないだろう。

 

しかしそんな考えは、他でもないゲーデ本人が否定した。

 

それではダメだと。

 

確かな理性と自我を確立させた今だからこそ、ゲーデは心からその選択を間違いだと確信出来た。

 

この力は、そんなことで家族に向けて良いものではない。

 

だが、今になってふと思ってしまう。

 

あの時の選択は、本当に正しかったのだろうかと。

 

家族に力を振るうことを間違いと言いながら、本当は……忌まわしい過去を思い出したくないから力を使わなかったのではないのかと。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

  Side Out

 

 「兄ちゃん? どないしたん?」

 

ふと、目の前から掛けられた声で我に返る。

 

目を向けると、俺が押していた車椅子に座ったままこちらを不思議そうな目で見るはやての顔があった。

 

「ああ、いや……すまん、少しぼーっとしていた」

 

「そうなん?……なんや珍しいな」

 

「かもな。それよりはやて、寒くはないか?」

 

少し可笑しそうな微笑を浮かべるはやての言葉に、俺は曖昧な返事を返して意識を切り替える。

 

正直、どれだけ呆然と立ち竦んでいたかもハッキリと覚えていないので、この寒空の中ではやてが凍えていないかまず確認する。

 

一応、外に出かけるのだからと厚めのカーディガンやケープなどの冬服を着せてはいるが、コートを着ているわけではないので念の為だ。

 

「え? うん、別に平気や。でも、今日はちょっと風が強いな」

 

言われてみると、確かに今日はいつもより風が強めに吹いている。

 

風に揺れる俺とはやての前髪を見て、虚空に軽く手を翳してみる。肌に感じる風の冷たさを確かめ、俺は首元のマフラーに手を伸ばす。

 

「わわっ! あれ? これって……」

 

「邪魔かもしれないが今は我慢しろ。図書館に着くまでの間だ」

 

音と接触を最小限にはやての首に俺の着けていたロングマフラーを巻き、先程よりも少しだけ速めに車椅子を押す。

 

口元を隠せる大きさのマフラーが無くなって少しだけ首元に冷たい風を感じるが、俺はロングコートを着込んでいるので大したことは無い。

 

「えへへ……あんがとな、兄ちゃん」

 

「気にするな」

 

首に巻いたマフラーに顔をうずめながら微笑むはやてを見て、俺は再び車椅子を押す。

 

俺と同じくこの世界にやって来たシノンと協力関係を結んでから、1日が過ぎた。

 

シグナム達のことは気掛かりではあるが、そちらの方は今はシノンに任せよう。協力を頼んだのだから、此処は信用して任せるべきだ。

 

なので、俺はシノンに言われた通りはやての傍に付いていることにした。

 

足が動かないため学校を休学しているはやては図書館に向かうことが多い。読む本のジャンルは少しバラツキがあるが、基本的には小説などを読んでいる。

 

付き添いで一緒に行く俺も必然と本を借りて読むことが有るが、俺の場合はジャンルがはやて以上にバラバラだ。

 

何せ世界の一般常識にあたる情報を知識だけで与えられた状態だったので、結果的には知らないことが殆どだった。

 

だからだろうか、気が付けば俺は知識というモノにかなり貪欲になっていた。

 

「あ、はやてちゃん。こんにちは」

 

図書館に入ってすぐ、並ぶ本棚の中から嬉しそうにはやてを呼ぶ声が聴こえてくる。

 

振り向くと、そこにははやてと同年代と思われる長い紫髪を靡かせた制服姿の少女がいた。その少女の顔を見て、はやても嬉しそうな笑みを浮かべる。

 

「こんにちは、すずかちゃん」

 

「はい。こんにちは、ゲーデさん」

 

この子の名前は月村すずか。

 

最近になってはやてと友達になった女の子だ。聞いた話だと、本を取ろうとして手が届かなかったはやてに手を貸して上げたことがきっかけらしいが。

 

お互いに本が好きということもあり、今では2人ともすっかり仲が良い。今日のように図書館で会った時は、楽しそうに好きな本の話をしている。

 

俺はその様子を少し離れた場所から見ているだけだが、はやてが友達と嬉しそうに話しているので特に不満は無い。

 

だが、嬉しそうにすずかちゃんと話すはやての姿を見ていると、時折胸が……いや、心が酷く痛むことがある。

 

あの子の笑顔を見ると同時に、あの子を取り巻く現状にどうしようもない焦りがこみ上げてくるのだ。

 

はやてとすずかちゃんに見えないよう、胸元に下げた待機状態のヴァナルガンドを強く握り締めて焦る自分の気持ちを強く抑え込む。

 

(ダメだ……楽な方へ逃げるな……この力は、守る為に使うと決めたんだ……!)

 

そう思いながら心の中で決意を固める反面、俺の心の中にはどうしても、消すことの出来ない不安の影が根付いていた。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

負がもたらす飢餓の衝動が無い今のゲーデはメンタル面がかなり落ち着いていますが、奥底では自分の力を使う、または喰わせれば蒐集がより早く終わってはやてが助かるのではないかと少し揺れています。

次回は守護騎士達との第2ラウンドになるかと思います。

では、また次回。

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