それと、プロローグを大幅に編集しました。
よろしければそちらもどうぞ。
では、どうぞ。
Side シノン
秋の季節が瞬く間に過ぎ去り、外の気温は既に冬と呼べるくらい低くなっている。
オレも恭也さんのお下がりであるダウンジャケットを着込み、フードを被って図書館から高町家に向かう道を歩いている。
日の沈む時間も早くなり、午後の6時を過ぎた頃の街中はすっかりネオン光の明かりで照らされ、他の季節とは違った夜景の中を人が歩く。
聖夜、クリスマスにはまだ日が空いているというのに、街並みは既にそれを心から歓迎するように飾り付けが明るく輝いている。
すれ違う殆どの人達が楽しそうに話をするカップルであり、自然と耳に入ってくるその話題はクリスマスの日をどのように楽しく過ごすか、というものだ。
だが、生憎とオレはそんな相手などいないので、周りから聞こえてくる楽しそうな声を意識から遮断して歩くスピードを上げる。
(ジュエルシードの騒動が終了してからもう半年ですか……平和なものですね)
(悪いことではないだろう。それに、この半年は充分有意義なものだった)
念話で話しかけてきたヴェルフグリントに返答しながら、体は黙って歩き続ける。
どういう偶然なのか、高町家の人達だけでなくその知り合いにも武道の達人が揃っていたおかげで、鍛錬の内容と相手にはまったく苦労しなかった。
けど、正直鍛錬に同行して吐くまで体を苛め抜くことになるとは思わなかった。まあ、場所が山の中だったので何度吐いても平気ではあったが。
おかげで体の基礎は半年前より格段に向上し、目に見えて筋肉がついてきた。
術技の出力不足を補う為に思いついた『新技』も使いこなせるようになってきたし、今のところ鍛錬の成果は充分に出ている。
まあ、他にもやることはあるのだが、今は置いておこう。
(そういえば、近い内にフェイトさんがこちらにいらっしゃるのでしたね)
(裁判が終わり次第な。まあ、ビデオメールでは大丈夫だと言っていたが)
半年前の事件でのフェイトの立場は、息絶える寸前にプレシアが残した証言によって“プレシア・テスタロッサの犯罪行為に道具として利用されていた少女”となっている。
加えてフェイト自身の出自がかなり特殊なものなので、情状酌量の余地は充分にある。ビデオメールに一緒に映っていたクロノが言うには、重い罪になることはほぼ無いそうだ。
なのははもちろんフェイトの来訪を喜び、待ち切れないとでも言うようにビデオメールの内容を話していた。そして、その話を聞いた高町家の皆さんも同様のようだ。
クリスマスの前にはこっちに来れるそうなので、盛大にもてなすつもりだろう。
「……冷えてきたな」
一瞬だけ強く吹いた風が肌を撫で、少し強くなった寒気が念話を途切れさせる。
マフラーでも持ってくれば良かったと思うが、高町家までの距離はそれほど遠くない。
人通りが少ない内に走って帰るか。と足に軽く力を入れる。
だが……
「……っ!!」
……地を蹴ろうと瞬間、周囲から聞こえた全ての音が消失した。
いや、音だけではない。周りを歩いていた人も全て消えている。
一瞬で街中から生きる人の気配が無くなったこの現象……オレの頭の中にはすぐさま心当たりが浮かんできた。
「結界、か? ……だけど、誰が……」
『マスター!!』
街を包み込んだ結界魔法の中で周囲を見る中、ヴェルフグリントがオレを呼んだ。
同時に、光に包まれたその姿は銀色のカードから大太刀へと変わり、オレの左手に収まる。ヴェルフグリントが独自で判断でセットアップを行ったのだ。
その行為の意味は、大太刀を手にした瞬間にオレの第六感が理解した。
背後から凄まじい速さで迫る気配は確実にオレへと迫っている。
弾かれるように後ろへ振り返りながら、大太刀の柄を握り締めた右腕を一瞬で振り抜く。何を迎撃しようとしているのか理解はしていないが、体は自然とそう動いていた。
そして、金属を強くぶつけたような甲高い音と、感覚の無い右腕から重い衝撃が全身に響く。
「ぐっ……!」
しかし、その衝撃を正面から受け切ることはせず、理解した瞬間に右手の大太刀を素早く右へと流動させ、横へ大きく受け流す。
流した衝撃は少し離れた場所の地面を砕き、周囲に土煙を撒き散らす。
後ろに大きく跳んで距離を取ると、抉れたように地面の上にうっすらと人影が見える。
アレ位なら受け切れないことはなかったが、バリアジャケットも展開していない状態でマトモに受けても良いことは無さそうだ。
(レンさんに感謝だな。化勁を優先して鍛えてもらって良かった)
武器だけでなく徒手空拳も扱うのなら覚えてみないかと、中国武術を教えてくれた恭也さんの知り合いの1人に心の中で感謝する。
「『避ける』でも『受ける』でもなく、『流す』とはな……」
土煙の中から姿を現したのは、凛々しさを感じさせる1人の女騎士だった。
赤に近いピンクの色のインナーの上に白のジャケットを着込み、下は太ももが見えるように前が開かれたロングスカート。手と腰の辺りには装甲としてガントレットと腰当。
だが、何よりも目を引くのは手に持っている日本刀に近い形状をした機械的な剣。恐らくデバイスだろうが、なのは達のデバイスとは随分と形状が違う。
白く長い刃、柄にはグリップが巻かれ、鍔の部分には丸いマイナスボルトのようなパーツ。近くの鍔元には無数の小さな穴が開けられた排気口のようなユニットがある。
『そんな……まさか……!』
女騎士の姿を見て、何故か右手に持つヴェルフグリントが驚愕の声を上げる。
しかし、オレが問い掛けるより先に、女騎士がゆっくりと剣を持ち上げた。
「恨みは無い。だが、やらねばならぬことの為……」
殺意どころか敵意さえも感じられぬ声をしているが、女騎士は強い意志を宿したその目で再びオレに剣を向ける。
「……此処で倒れてもらうぞ」
女騎士の目が細まり、オレの全身を威圧感が襲う。
短く息を吐いて大太刀を構え直すと衣服がバリアジャケットに変わり、左手に持つ鞘を腰に差して大太刀を両手で握る。
「……一応訊いておく。何の目的があってオレを狙う?」
「…………」
返って来たのは拒絶の沈黙と、敵意を宿した力強い突進だった。
それを見て頭の中から話し合いの手段を排除し、思考を戦闘へと切り替える。
「ふっ……!」
唐竹に振り下ろされた剣と右薙ぎに振るった大太刀がぶつかり、峰の部分に左手を押し当てて女騎士の剣を押し切る。
女騎士の姿勢が僅かに崩れた瞬間を狙って左に切り上げるが、割り込んだ剣に直撃を防がれ、続く逆袈裟の斬撃もサイドステップで避けられた。
体の向きを即座に変え、少し距離を取った女騎士と再び睨み合う。
しかし、それもほんの数秒のみ。
走り出してすぐさま体を右に回転させ、足首を狙った回転斬りを放つ。
当然腕の動きでオレの斬撃が何処を狙っているは女騎士に読まれ、その軌道には即座に剣が割り込んでくる。
だが、それでいい。それが狙いだ。
女騎士の剣と大太刀が打ち合う寸前に、オレは右手を引き寄せて刀身を内側に戻す。それにより、大太刀は空を切る。
「むっ……!」
それに反応した女騎士が即座に剣を構え直そうとするが、少し遅い。
大太刀を振り抜き、一回転した遠心力を殺さずに放った回し蹴りが女騎士の体を直撃し、後ろへと大きく吹き飛ばした。
斬撃をブラフに使い、確実に命中したはず。
しかし、打ち込んだ右足からは違和感が伝わる。鉄板仕込みのブーツだというのに、まるで鋼の壁でも蹴ったような手応えだ。
女騎士の方を見てみると、特に問題も無さそうに立ち上がっている。
よく見ると、女騎士の全身を紫色のオーラのようなものが覆っている。アレは、一種の防御魔法か何かだろうか。
『パンツァーガイスト、ベルカ式の全身を纏う装身型防御魔法です。魔力の消費量が大きいので常時展開は難しいですが、全開出力は砲撃魔法も防ぎます』
ヴェルフグリントの助言に耳を傾けながら女騎士の動きを警戒していると、今度は向こうの方から突撃を仕掛けてきた。
再び打ち合うことで空気が爆ぜ、火花が散る。
刺突を横に逸らし、袈裟斬りをバックステップで避け、続く切り上げに大太刀の右薙ぎを打ち込んで押し返す。
だが、女騎士はすぐさま地面を強く蹴って跳躍し、頭上で剣を振りかぶる。
迎え撃とうと大太刀を構えるが、ふと妙な音が耳に入る。
発生源は女騎士の持つデバイスの鍔元。そこに取り付けられたユニットが撃鉄音を上げてスライドし、排気口から蒸気を噴出する。
それを目にした瞬間、盛大に嫌な予感を感じたオレは掲げた大太刀に闘気を練り上げる。
すると案の定、女騎士の魔力が爆発的に跳ね上がりデバイスの刀身を噴き出すような炎が包み込む。
破壊力を上乗せされた斬撃が迫り、オレは前に進み出ると同時に大太刀を『新技』と共に正面から打ち込む。
「紫電……一閃!」
「魔神剣……斬華!」
直後、女騎士の剣とオレの大太刀から放たれた2つの力が激突。
女騎士の剣からは跳ね上がった魔力が破壊力となり、オレの大太刀からは九つの斬撃が花びらを描くように“何度も重ねて”解き放たれる。
打ち合った点から大きな爆発を起こし、衝撃波が周囲に拡散した。
爆風によって互いに距離が開き、オレと女騎士は再び武器を構えて睨み合うことになった。
「バカな……カーリッジも使わず、正面から相殺しただと……!」
「実戦で使ったのは久しぶりだが、やれるな……」
半年前からオレが抱えていた弱点の1つ。弱体化した肉体による術技の出力不足。
これを少しでも克服する為、オレはある人物との鍛錬でこの技、『重(かさね)』を思い付いた。
この技は術技を発動させる際のプロセスにオレ独特のアレンジを加えたものだ。
通常、術技は肉体から生み出される闘気を武器や詠唱などに力として込め、それに様々な『形』を与えて技や術と成すものだ。
だが、この『重』は技1回分の闘気を解放せずに留め、何度も同じ技を“重ねてから”同時に炸裂させて1つの技として放つものだ。
このやり方なら、出力の限界を無理に超えなくても右腕のブーストを加えれば今までの数倍の威力を発揮出来る。
現状での欠点を挙げるのなら、技を放つまでに術技数回分の闘気を練り上げる時間が必要であることと、詠唱術と治癒術には使えないことだろうか。
剣や拳を通して放つ術技とは違い、詠唱術には精霊との契約が必要となる。
治癒術は、ただでさえ右腕のブーストが効いている回復力を何倍にも高め過ぎると肉体に悪影響が出てしまう可能性があるからだ。
どうにか出来ないかと試行錯誤を重ねているが、まだ使えそうにない。
しかし、今はこれでいい。充分に実戦で使えるレベルだ。
オレと女騎士は再び動きを止め、互いに踏み込むタイミングを計っている。
だが、そんな中で……
「むっ……」
……何かに勘付いたように、女騎士の視線が街の一角に向けられた。
すると、女騎士の様子に明らかな動揺が現れ、表情には焦りの色が見える。
「悪いが、今日はここまでだ……」
そう言うと、女騎士は飛行魔法を発動させ、先程視線を向けた方向へ飛んでいく。
だが、いきなり斬り掛かって来た相手を黙って見逃すような優しさは持ち合わせていないので、オレの取る行動は追撃の一択である。
「足場を頼む」
『タイミングはこちらで合わせます。どうぞお好きなように』
返答を聞いてすぐ、オレは背狼の魔力噴射で加速してロケットのように空へ昇る。
その途中、背狼の加速が終わる場所でオレの足元に小型の魔法陣が展開される。そこに着地した瞬間に再び背狼の魔力噴射で加速し、女騎士へと距離を詰める。
ほんの数秒で背後に追いついたオレに驚く女騎士が振り返りながらデバイスを構えるが、この距離では防御魔法の展開も間に合わない。
気絶させるために刃を返し、峰内を首に打ち込もうと力を込める。
しかし、その瞬間……オレの直感が大きな警告音を鳴らし、手に持った大太刀の軌道を無理矢理変えさせた。
足腰への負担を無視して強引に体を捻り、踏ん張りが足りない体を背狼の魔力噴射で支える。それによって唐竹に振り降ろす途中だった斬撃をどうにか背後へと向ける。
すると、返って来たのは女騎士の初撃を上回る衝撃と、左肩に食い込んだ刃から広がる激痛だった。
「ぐっ……!」
痛みによって一瞬力が緩み、衝撃に押し負けた体が吹き飛ぶ。
左肩に食い込んだ刃が引き抜け、まるで来た道を逆走するかのようにオレは一軒の家の屋根に叩き付けられた。
屋根をぶち抜いて2階の床を砕き、一階の床に激突してようやく衝撃が死んだ。体中の酸素が吐き出され、視界がぐらついて聴覚が耳鳴りに潰される。
「ごほッ!」
大きく咳き込むことでどうにか呼吸が落ち着き、大太刀を杖にして立ち上がる。幸い、バリアジャケットのおかげで骨は折れていないようだ。
左肩は予想より深く斬られたようで、出血で真っ赤に染まった腕には上手く力が入らない。
「“清き命の光を”……キュア」
淡い光が傷口を包み、出血が止まって痛みも和らぐ。
だが、傷口が塞がったわけではないので腕はまだ痛むし満足に動かせない。
頭を振ってぐらつく視界を整え、その場から跳躍して自分が空けた穴を通って屋根の上に立つ。
すぐに周囲の気配を探って空を見上げると、相手は思ったよりも早く見つかった。
だが、その傍に女騎士の姿は見えず、いるのはオレを吹き飛ばしたヤツ1人。
『Accel Fin』
両肩に白銀色のフィンを広げ、空にいる敵と同じ高さまで上昇して向かい合う。
そこで、マフラーと長い前髪のせいでよく見えなかった敵の顔がハッキリと見えるようになる。
その顔を見た瞬間、オレは驚きを隠せず目を見開いた。
七分袖のシャツに皮のブーツを足首まで覆い隠す少々ダメージの入ったジーンズ。共に色は黒く、所々に鈍い金色のラインが走っている。
さらに手足の関節を避けた部分に拘束具を思わせるようにベルトが巻かれ、首元には先端が燃えて穴が開いたような黒いロングマフラー。
その上には他の服とは違った暗闇のような色では無く影のような色をした薄黒いフードを着込んでいる。
「お、まえ……」
日の光を一切拒絶するような白い肌と、吸い込まれるような紫色の髪。
その長い前髪の間から見える瞳は左右で異なり、右が紅、左が黄金の色を宿している。
その顔は、オレの記憶に残っているものよりも幼くなっているが、それでも消えることの無い面影はオレの驚愕を確定へと変える。
「ゲーデ……なのか」
「久しぶりだな……お互い、前とは色々と違うみたいだが」
掠れて呟くようなオレの言葉に、目の前の男は微笑を浮かべて目を合わせた。
ご覧いただきありがとうございます。
というわけで、前回も登場していたのはマイソロジー2のオリジナルの敵キャラ、ゲーデでした。
詳しい戦い方などは次回になります。
では、また次回。