白銀の来訪者   作:月光花

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お久しぶりです。

ついにゼスティリアが発売しましたね! 私リアルが忙しくて全然プレイ出来ないけど!

今回は日常パートその2です。

では、どうぞ。


閑話その2

  Side Out

 

 そろそろ秋に差し掛かり、気温が徐々に低くなっていく早朝の海鳴市。

 

その高町家の道場の中で、シノン・ガラードは木刀を握ってひたすらに素振りを続けていた。

 

士郎が用意してくれた剣道着に身を包み、流れ続ける汗を気にも留めずに規則正しいリズムと手順で木刀を振るうその顔はまったくブレない。

 

ブンッ! ブンッ! と風切り音が道場に響く中、汗で木刀が滑らないようにシノンの両手の握力が徐々に増していくが、変わっていくのはそれくらいだ。

 

(498……499……500……)

 

脳内で数えるカウントが目標数を迎え、教えられた残心の後にゆっくりと木刀を降ろす。

 

深く息を吸ってゆっくり吐き出すと、今までの運動による疲労感と体内の熱がじわじわと意識の中に浮かび上がっていく。

 

視線を下に向けると、シノンの流した汗が道場の床に小さな水溜りを作っている。

 

道着の袖で額の汗を拭い、シノンはもう一度深く息を吐いてぼんやりと天井を見上げる。

 

(どうしてオレは、朝早くから木刀の素振りなんてやってるんだっけ?)

 

何故か先程までの自分の努力の理由を遠い目をしながら思い出し、シノンの思考はゆっくりと今までの記憶を探っていく。

 

ことの始まりは、高町家に貸してもらった自室で様々な本を読み漁っていた時だ。

 

部屋に入って来たなのはが、道場で兄と姉が剣術の鍛錬をしているから見に行かないか、と提案してきたので、気分転換としてシノンは足を運んだ。

 

そして、そこで見たのは人生経験が色々とヤバい方にぶっ飛んでいるシノンにとっても驚きというか、呆れたくなるような光景だった。

 

道場にいたのは専用の鍛錬着を着た2人。

 

1人は黒髪に少々鋭い目付きをしたイケメンの青年、長身と鍛え上げられたその体は剣士としての理想に近い。

 

もう1人は少しだけ栗色の混じった黒髪を三つ編みに纏めた美少女。普段付けているメガネを外した緑の瞳は中々に鋭い。

 

こちらも鍛錬によって肉体を鍛え上げているようだが、鍛え方に無駄が無いのだろう。肉体の全体的なバランスがほど良く保たれ、スタイルの良さをより美しく見せている。

 

そんな2人の手に握られているのは、通常よりもサイズの小さい木刀。長さと構えの形から見て、恐らく小太刀を模したものだろう。

 

そこまでは良かった。だが、問題はその2人の動きだ。

 

防具一切無しの恰好でひたすら道場内を走り回り、両手の木刀を逆手持ちに変えたり刺突の構えで突っ込んだり、挙句の果てには道場の壁やら天井を蹴っての3次元機動もどきまでやっている。

 

なるほど、確かにこれは『剣道』ではなく『剣術』だ。

 

決められたルールの上で競う為の技術ではなく、人を殺すことに特化した殺人術の違いはある程度見れば分かってくるものだ。

 

地球に伝わる『武道』など欠片も知らぬシノンだが、もしコレと似たようなことが一般の中で競技化されているなんて言われたら軽く発狂ものである。

 

そんな2人に声を掛けられ、剣を扱えるということでシノンも木刀を握って参加。そのまま軽く勝負という流れになった。

 

そこで、ある問題が起こった。

 

その内容は、シノンの『動き』というか、武道で言う所の『型』だった。

 

木刀を振りながら軽い跳躍に続いて相手の腕を狙った回し蹴りや踵落としを放ったり、振るった木刀をそのまま宙に放り投げてから拳で喉を潰そうとしたりなどと。

 

なんというか、とにかく技の統一性が薄く、急所狙いの危険な攻撃ばかりしてくるのだ。

 

一言で言えば我流の剣筋なのだが、もはやそれだけで片付けられるレベルではない。

 

これに対して恭也と美由希は猛抗議。これは人に対して使って良い技ではない、剣を扱う者としては邪道など……とにかく、剣士として認められないとのことだ。

 

その意見に対して、シノンは別に怒りは感じなかった。2人の言うことは理解出来るし、その方がマトモな考えなのだろう。だが、やっている本人の前で随分とひどい言い様である。

 

しかし、恭也と美由希には分かる筈も無いが、シノンにとってはこの戦い方が一番馴染んだもの。いや、正確には……シノンの生きてきた環境にとっては、だが。

 

シノンの剣には、大きく分けて2種類の『型』がある。

 

動物を相手にする『型』と、人間を相手にする『型』だ。

 

グラニデに生息する魔物の種類はそれこそ無数に多い。オタオタのような小動物に見えるやつもいれば、20メートルを超えるバカデカいドラゴンもいる。

 

そんな魔物には揃って強靭な肉体と生命力が備わっており、その両方を打ち抜き殺すとなれば、それだけ高い威力が必要になる。

 

だが、それとは反対に人は簡単に殺すことが出来る。

 

腕を潰せば武器を握れず、足を潰せば動けず、首が斬れれば死に、内臓が傷つけば死に、血が流れるだけでもやがては死ぬ。

 

そんな人間を相手にするのに大型の魔物を殺せるような破壊力は必要無い。それではただのオーバーキル、あるいはただのパワーロスだ。

 

反対の場合でもまた然り。強靭な生命力を持つ魔物相手に生半可な斬撃や打撃では致命傷にまで届くダメージを与えられない。

 

結果的に、魔物と人を相手にする際にはプロセスが大きく異なってくるのだ。

 

だからこそ、シノンの剣はこういった形になってしまったのだが、今更になってこれを変えろと言われても出来るわけがない。

 

この戦い方は十数年に渡って傭兵生活を続けてきたシノンが絶対の信頼を置くもの。

 

それを捨ててまでちゃんとした剣術を習うなど、シノンとしては余計なお世話だ。

 

そんなこんなで、途中からやってきた士郎「それなら、教えるのは基礎的な剣の振り方だけにしよう」という提案に落ち着いて今に至る。

 

「そろそろ切り上げるか……」

 

木刀と床に付いた汗をよく拭き取ってから木刀を片付け、シノンは道場を出た。

 

居間に向かうと、そこには既に朝食の準備を始めている桃子の姿があった。

 

「あら、おはようシノン君。お風呂空いてるから、入っても大丈夫よ」

 

「ありがとうございます。恭也さんと美由希さんは?」

 

「今日はランニングに出てるわ。戻るのはまだ先ね。あ、お風呂から上がったらなのはを起こしてもらえるかしら」

 

「分かりました」

 

桃子の言葉に頷き、シノンは洗面所に足を運ぶ。

 

そこに置かれた洗濯機の上には、シノンの着替え一式(全て恭也のお下がり)とタオルが置かれている。

 

最初は何から何まで申し訳ないと思っていたが、高町家においてはこれが普通らしい。

 

汗だくになった道着をなるべく乱さないように洗濯機の中へ入れて、シノンはさっさと浴室に入って汗を流すことにした。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

  Side シノン

 

 「ふぅ……」

 

着替えを終えて髪を乾かし、浴室を出たオレは深く息を吐いた。

 

別段風呂が好きというわけではないが、シャワーだけで済ませるよりは良いと思う。

 

汗と一緒に疲労感が抜け落ちた体で階段を上がり、なのはの部屋の前に辿り着く。

 

「なのは、起きてるか……?」

 

声を掛けながら扉をノックする。

 

相手が寝ていようと起きていようと、これは常識の行為だろう。

 

呼び掛けに対する反応は無く、入るぞと言ってドアを開ける。

 

中に入ると、ベッドの上には何かが丸まって布団に包まれているような膨らみがあった。数か月この家に世話になって分かったが、この寝方は癖のようなものらしい。

 

「おはよう、レイジングハート」

 

『Good morning.』

 

机の上に置かれたデバイスに声を掛けると、すぐさま返答が返ってくる。

 

カーテンを開けて部屋の中に日差しの光を取り入れ、布団を引っぺがす。

 

「ふにゃ~……」

 

そこには、何とも幸せそうな顔で寝ているなのはがいた。

 

日差しの光がもろに降り注いでいるのに、起きる気配がまったくしない。

 

「なのは、起きろ。朝だぞ」

 

声を掛けながら肩を掴んで少し強めに体を揺らしてやる。

 

すると、閉じられた瞼が震えながらうっすらと開き、瞳がハッキリとオレを映す。

 

「おはよ~……シノンく~ん」

 

「おはよう、もうすぐ朝食が出来るぞ。早く着替えて顔を洗っとけ」

 

「は~い……」

 

寝惚けた声のまま瞼をゴシゴシと擦るなのはの頭をポンポンと軽く撫で、オレは部屋から出ていく。

 

アイツは眠りは深いが、一度起きれば滅多に二度寝はしない。なので、ちゃんと起きたか見張る必要はないだろう。

 

下の階に降りて居間に戻ると、テーブルには新聞を広げた士郎さんが座っている。

 

「おはよう、シノン君。新聞読むかい?」

 

「おはようございます。士郎さんが読み終わってからで構いませんよ」

 

地球の言語(特に日本語と英語)をある程度覚えられたので、最近の高町家ではオレと士郎さんが交代で新聞を読むのが日常になってきている。

 

桃子さんから何枚か皿を受け取り、それ等をテーブルの上に並べて朝食の準備をする。

 

それから順番に入浴を終えた美由希さん、恭也さんと学校の制服に着替えたなのはがやって来て、皆で朝食を取る。

 

「そういえば、なのは、郵便が届いていたぞ。いつも通り海外のフェイトちゃんからだ」

 

「よかったね、なのは。またビデオメールかな?」

 

「うん、そうだと思う!」

 

恭也さんと美由希さんの言葉に笑顔で頷くなのは。

 

ジュエルシードの事件が解決して以来、友達となったなのはとフェイトはビデオメールと手紙による文通をしている。

 

現在フェイトは裁判の途中で身動きが取れないが、それもあと少しで片付くそうだ。

 

具体的な日取りはまだ決まっていないが、それが終わったらこっちに遊びに来るつもりだと言っている。

 

「なのは、そろそろ出発しないとバスに遅れるぞ」

 

「あ、うん。わかった」

 

士郎さんに言われ、食べ終わった食器を片付けたなのはは鞄を取りに自室へ向かい、数分で戻ってくる。

 

美由希さんも制服だが、なのはは登下校にバスを利用しているので朝の出発が高町家の中で一番早い。

 

ちなみに、オレも学校に通うことになっているのだが、もう少しこの世界の知識を勉強したいという理由で通うのは中学生からにした。

 

「それじゃあ、行ってきま~す!」

 

「いってらっしゃい。アリサとすずかによろしく言っておいてくれ」

 

アリサとすずか、というのは高町家に世話になってから紹介されたなのはの友達。

 

フルネームはアリサ・バニングスと月村すずか。

 

それぞれの家に招待されたことがあったが、どちらの住まいも家というより屋敷と呼べるサイズのものだった。

 

高町家も並の家より大きい方だと思うが、あの2つはもはや豪邸のレベルだ。

 

手を振って家を出ていったなのはを見送り、オレも自分の食器を片付けてから士郎さんの読み終わった新聞を読む。

 

 

知識というのは、得られるなら多いに越したことはない。同時に、学ぶことが出来るのは幸せなことである。

 

 

今までの人生でその言葉の信憑性を理解しているオレが最近やっていることは主に様々な本や参考書を漁っての勉学だった。

 

幸い、高町家には小中高に至るまでの教育課程をつい最近修了した人がいたので、参考書の数に困ることは無かった。

 

もちろん、やっているのはそれだけではない。

 

幾ら良い人揃いとはいえ、オレは居候の身。ただ世話になるだけの立場に胡坐をかくなど言語道断である。

 

というか、昔から1人で生きてきたので誰かに養ってもらうのは違和感が強すぎる。

 

働かざる者食うべからず。これは誰かに強要されたわけでもなく、オレが自分に刻んだ生きていく上のルールだ。

 

なので、昼間は高町家が経営している喫茶店『翠屋』の手伝いをしている。

 

例え世界が違っても、皿洗いや接客のやり方に変わりは無い。

 

そのおかげで、オレはそれなりに働くことが出来た。むしろ、よく働いてくれると士郎さんと桃子さんにはお褒めの言葉を頂いた。

 

「あ、そうだ。シノン君、今日は店の手伝いはお休みでいいよ。せっかくだし、図書館にでも行ってみたらどうだい? 道は分かるだろう?」

 

「はい……それじゃあ、午後にでも行ってみます。まだ読みかけの本があるので」

 

「はは、立派なことだ。その年でそれだけ勉強に熱心になれるのは、悪いことではないな。武者修行に出て留年した誰かさんとは大違いだ」

 

笑いながらそう言った士郎さんの言葉に、テーブルに座る恭也さんは気まずそうに目を逸らしてコーヒーを飲む。

 

詳しくは訊いていないが、恭也さんは数年前にひたすら強さを求めて武者修行に出た時期があったらしく、そのせいで学校を1年留年しているそうだ。

 

しかし、それならあの強さも何処か納得がいった。

 

一度だけ本気(術技無しの剣技だけ)で手合せしたが、見事にオレの完敗だった。

 

良い所まで追い詰めたと思ったのだが、最後に振るったオレの木刀が“当たる”と思った瞬間に恭也さんの姿が掻き消え、次の瞬間には背後から首筋に重い一撃を入れられていた。

 

他にも幾つか変わった技や奥義を使っていたが、最後の“動き”だけはまったく分からなかった。

 

ただ、負けたのはオレの方なのに、目が覚めたら何故か美由希さんにはスゴイと言われ、恭也さんは何処か重苦しく思い詰めるような顔をしていた。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

 高町家で着ていた服の上にフード付きのジャケットとマフラーを装着し、日を追うごとに気温が低くなっていく海鳴市の街中を歩く。

 

この国で銀髪というのは少し目立つもので、今は纏めた髪をフードの中に納めている。

 

なのは達に何度か案内をしてもらったおかげで、この町の地理はある程度頭に入っている。

 

その頭の中にある情報を頼りに街を歩き、大通りの信号機で立ち止まる。

 

他にも多くの人が信号の色が変わるのを待ち、色が変わると共に全員が前へと動き出す。

 

何を見詰めるわけでもなく、ただ前方を視界に映しながら交差点を歩いて目的地を目指す。

 

そのまま大通りを抜けようとする途中、少しだけ強い風が吹いた。

 

その風に少しだけ顔を持ち上げて目を細める。

 

しかし、その一瞬、少しだけ視線を持ち上げたその一瞬だけ、視界の端を見覚えのある()()()()が横切ったような気がした。

 

「っ……!」

 

一瞬で見開かれた目が慌てて後ろを振り返るが、そこに見える人混みの中にそれらしい人影は見えなかった。

 

「まさか、な……」

 

小さく呟き、安堵の息を吐いたオレは再び歩き出した。

 

思えばこの時、その場ですぐに人捜しをやめた理由は、オレ自身の考えた可能性をいやでも否定しようと無意識に考えていたからなのだろう。

 

だが、この時の決断を、オレは遠くない未来に後悔することになるとは思わなかった。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

 シノンが踵を返して歩き出した直後、その正反対に方向に歩く人混みの中の1人が立ち止まり、後ろを振り向いた。

 

性別は、体格からしておよそ今のシノンと同年代の男性。

 

フード付きのパーカーの下に隠された肌は日の光など一度も浴びたことが無いとでもいうように病的なまでに白い。

 

しかし、その反面で服の下に隠された肉体は無駄無く、しかし強靭に鍛えられている。

 

風に揺られたフードの中からはみ出た髪の色は、光を吸い込むように存在を放つ薄暗闇のような()()

 

さらに、その瞳は右側が前髪に隠されているが、左側の瞳はフードの中でも確かな色を宿す黄金の色だった。

 

その男はシノンと同じように自分の背後を振り……

 

「気のせいか……」

 

……似たような言葉を呟いて歩き出した。

 

この時起こった誰も意図しない会合は、誰にも気付かれぬままにすれ違いで幕を閉じた。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

何だかんだで戦闘民族高町家に馴染んでいく主人公でした。

幸か不幸か、家の人達が強過ぎるので鍛錬の相手には事欠きません。

最後に登場したのは、一応言っておくとオリキャラではありません。みなさん知っている人です。

次回から多分二期に入ることになります。

では、また次回。

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