今回は無印から2期までの繋ぎその1です。
内容は、シノンの住む先、です。
では、どうぞ。
Side シノン
「シノン君! はやくはやく!」
「わかった、わかった……わかったからそんなに強く服を引っ張るな。別に逃げやしないっての」
嬉しさを抑え切れないような顔でオレの腕を服の上から引っ張る高町。その力に抗わず従わずという感じで歩くオレ。
まあ、高町の腕力でオレの体を一方的に引っ張るのは難しいのだから仕方ない。
何でこんなことになったのかを思い出してみると、思いのほか簡単に情報を整理出来る。
海岸でアースラに戻るフェイト達を見送る→その場に居続ける理由も無いので帰ろうとする→高町が思いついたようにオレの住居の場所を尋ねる→無い、と即答する→じゃあ私の家に来なよ! と高町が言う→笑顔で連れて行かれる(今ここ)
……というわけだった。
何というか……コレ、色々と大丈夫なのか?
まあ、行く当てが無いのは事実だし、この国では野宿で過ごす子供を基本放っておかないらしいからありがたいのは確かだ。
その気になれば強引にでも振り払える高町の誘いを未だに断っていないのも、それが大きな理由だ。早急に決断するのは些か憚られる。
こう言ってはなんだが……色々と面倒な世界に来たものだ。今となってはグラニデの無法っぷりがとても懐かしい。
もちろん、捕まるようなヘマはしないのだが、何であれ追い掛けられるのは面倒だ。その辺の苦労はグラニデで骨の髄まで経験している。
そんなこんなで迷っている内に、高町に先導されてやって来たのは、一軒の喫茶店だった。清潔そうな外装と漂う活気から、見ただけで繁盛しそうな店だと分かる。
高町は、ちょっと待ってて~! と言って店の中に入って行った。今更なんだが、アイツは自分の家族にオレのことをどう説明するつもりだ?
そもそも、高町はオレが異世界の出身であることすら知らないはずだが……
「シノン君、お待たせ!」
……店の扉から顔を出し、笑顔でそう言った高町。
思っていたよりも早く戻って来た高町に聞かれぬよう、オレは小さく溜息を漏らす。
こうなっては仕方ないか。これでも精神年齢は成人を超えている身だ。元々オレの問題だし、自分のことは自分で何とかしよう。
店内に入ると、木製の材質から漂う香りが鼻孔をくすぐり、明るい雰囲気を感じさせる内装が数秒だけ目に留まる。
そして、続いて目を動かした先には、なのはと話をしている男性と女性がいた。
男性の方は180に届くほど背丈が高く、背筋も伸びていて姿勢に乱れがない。柔らかそうな雰囲気を放つその顔は、今までに何度か見たことがある“父親”のソレだった。
その隣に立つ女性も柔和という言葉が似合う表情をしていて、少し離れた距離からでも分かるほどの母性が全身から放たれている。
しかし、あの人は……歳の離れた高町の姉だろうか。顔立ちがよく似ているし、血縁者であるのは間違い無いと思うが。
「突然お邪魔して申し訳ありません……シノン・ガラードといいます」
「あら、礼儀正しいのね。あなたのことは前になのはから少し聞いてるわ。初めまして、なのはの母親の高町桃子です」
「俺は父親の高町士郎。なのはが世話になったみたいで、礼を言うよ」
姿勢を正して頭を下げたまま、オレの思考がほんの数秒だが停止する。
今何と言った? 母親? 姉ではなく?
改めて見た桃子さんの外見は見ただけなら20代前半と言っても通るぐらいの美貌と若さを持っている。ありえない、ジェイドと同等……いや、それ以上の若作りだ。
リンディさんの時はさして驚きが無かったが、これはマジでびっくりである。
「話はなのはから聞いたけど、住む場所に困ってるのよね?」
「ウチで良ければ泊まってくれても構わないよ。他にも恭也と美由紀って名前の家族がいるから、後で紹介しよう」
しかも、オレが桃子さんの若作りに驚いている間に話が凄まじい速度で進行している。
いやいや、実際困っているし、頼んでいる立場でもあるのだが、それでいいのか。見た目が子供だからって見ず知らずぬの人間迎え入れたらダメだろう。
「あの……良いんですか? オレが言うのも変かもしれませんけど、得体の知れない人間をいきなり家に泊めるなんて」
「ふふ、大丈夫よ。もし本当に危険な人なら、自分からそういうことを尋ねたりしないでしょう?」
「うっ……」
笑顔で答えた桃子さんの言葉に、オレは何も言えなくなった。
警告と危機感を促すつもりだった質問を、この人は平然と封殺した。
何というか、伊達に子供を産んで家族を作っているわけではないらしい。所詮20過ぎの若造であるオレでは、人間性で勝るわけがないということか。
思えば、アドリビトムにいた頃もパニールには敵わなかった。母は強い、というやつだろうか。
「なのは、私と士郎さんはまだお店があるから、シノン君を家に案内してあげて。多分、恭也も美由紀も帰っていると思うから」
「は~い! じゃあ行こ、シノン君」
「ああ……けど、ちょっと外で待ってくれすぐに行くから」
オレの腕を引くなのはに答え、店内には士郎さんと桃子さんとオレだけが残った。
2人と向き合いながら、オレは再び姿勢を正して深く頭を下げた。
「ご厚意心から感謝します。しばらくの間、お世話になります」
「そんなに気にしないでくれ。これからは一緒に暮らすんだ。今は話せない事情も、その時が来れば話してくれ」
微笑みながら掛けられたその言葉に、オレは小さく頷き、身を翻して店の外へ出た。
外に出ると、少し強めに吹く風が髪を揺らした。
入り口のすぐ傍に立つ高町に無言で頷き、歩き出したオレは嬉しそうに笑う高町の背中を静かに追い掛けた。
* * * * * * * * * * * * *
Side Out
「どう思った? あの子」
「わけ有りなのは間違いなさそうだ。あの身のこなしや雰囲気、普通の子供とは明らかに違っていた。それに、僅かにだが俺を警戒していたしな」
ついさっき店を出たシノンは知るわけもないが、高町士郎は自分の実家においてある流派の剣術を極めた正真正銘の達人。
その士郎の目から見れば、身のこなしや姿勢の乱れなど、普段の動きやしぐさの中でも対象の身体能力をある程度まで見抜くことは可能だ。
そして、その目によって見抜いたシノンに対する結論はすぐに“異常”あるいは“異質”の2つに絞られた。
先程言ったような身のこなしや姿勢の乱れはもちろん、疑い探るような視線やその身に纏う静かな雰囲気はまるで鍛え抜かれた戦士のソレだ。
恐らくは、士郎の強さを理解したシノンが牽制と警戒の為に見せたのだろう。
だが、士郎の気になることはそんなことではない。気になるのは、何故自分の娘と大して歳が離れていない少年があんな立ち振る舞いをしているのか。
彼の人間性については心配していない。桃子が言ったように、本当に危険な人間は自分から
あんな質問をしたりはしない。
その形はどうであれ、心の奥の本質は優しい子なのだろう。
だから……
「もう少し、見守ってみよう。悪い子ではないんだ。きっといつか、心を開いてくれるさ」
「ええ、そうね」
肩を寄せ合う夫婦が不安に思う先には、何処かおぼろげに、陽炎のように捉えるのが難しい道を歩く銀髪の少年の背中があった。
* * * * * * * * * * * * *
Side シノン
「ねえ、シノン君。偶にで良いから、また槍の稽古付けてもらっていい?」
「ん?……オレは構わんが、親父さんに教えてもらった方が良いと思うぞ」
街並みを眺めていたオレは視線を移動させて高町の質問に答えるが、高町は逆にオレの返答に首を傾げた。
「え? お父さん? どうして?」
「だって、あの人は間違い無くオレより強いぞ。教え方がオレより上手いかは分からんが」
オレの返答に高町は一瞬凍り付いたように動きを止めるが、事実である。
オレの目から見た士郎さんの強さは、今のオレを大きく上回っている。例え全盛期の身で挑もうと、必ず勝てるとは思えなかった。
改めて思うと、この場合はどっちが異常な存在に捉えられるのだろう。
グラニデに生息する適当な大型モンスターを素手で血祭りに上げられるオレと、そんなオレが本気で挑んでも返り討ちに遭う可能性がある士郎さん。
こうなると、もう正常と異常の境界線なんて崩壊したようなものだ。
「じゃ、じゃあ考えておくね……でも、シノン君はこれからどうするの……?」
「この世界を生活拠点にするのは変わらないが、しばらくは鈍った体を鍛え直す為にひたすら鍛錬だな」
肉体が子供なのでどうやっても全盛期の強さには届かないだろうが、精神面が大人のままなので昔よりも遥かに効率の良い鍛錬が出来る筈だ。
本当は、こんな力を捨てて平穏に生きるのも悪くないと思っている自分がいるのも分かっている。実際、それは悪いことでないだろう。
だが、今となっては……
「
アレを見て放置するのは罷り成らない。
プレシアが死んでしまったので今以上の情報は手に入らないだろうが、少なくともオレが探さなければいけない相手は分かっている。
ラルヴァの存在を知りながらもその情報を論文に纏め上げた大馬鹿者はもちろん。他にも時庭園でプレシアの命を奪ったフードの男。
明確な関係が判明したわけではないが、恐らく無関係ではないだろう。でなければ、あの状況で時の庭園に現れる理由がない。
「まあ、何であれこれから世話になる。よろしくな」
「うん!……あ、見えてきた。アレが私の家だよ!」
元気に頷いた高町が指を向けた先には、豪邸とはいかないまでも普通の家よりは明らかに大きい一軒の家があった。
木製の門の内側に入ると、外から見えなかった家の全体が見えた。よく見ると、この家道場まで建てられている。
「お邪魔します」
「むっ……ダメだよ、シノン君」
玄関に入ってすぐ、何故か頬を膨らませた高町に注意された。
はて、知らない間に何かマナー違反な行動をしてしまったのだろうか。
「此処はシノン君の家でもあるんだから、ただいまって言わないと」
「は?……ああ、えっと……ただいま」
「うん、おかえり!」
ニッコリと笑った高町は靴を脱ぎ、家の中へと入っていった。
にしても家、か。グラニデにいた頃はナディ共のせいで一定以上の期間は同じ場所に留まらなかったオレには馴染まない言葉だ。
今思えば、バンエルティア号が初めて家と呼べる場所だったのかもしれない。
「しばらくは帰宅と外出の時に練習かもな……」
そんなことを呟きながら、オレはブーツを脱いで高町家の中へと歩を進めた。
ご覧いただきありがとうございます。
今回は主人公が高町家にお世話になる話でした。一応ずっとではありませんがね、2期の終わりごろには主人公には1人暮らしさせるつもりです。
2期までの繋ぎはもうちょい続くと思います。
では、また次回。