では、どうぞ。
Side Out
「これか……オイオイ、マジで電源生きてやがる……此処は本当に大昔に滅んだ都か? 一体何処から電力を回してる」
アルハザードに存在する施設の一角。
その内部にて、騎士甲冑から普段着の姿に戻ったシノンはヴェルフグリントの指示に従って1つの端末を起動させていた。
左手には手の平を隠すように包帯が巻かれているが、それ以外に目立った傷は無い。
ただし、外傷が無いだけで体の内側は少し軋みを上げている。並外れた頑丈さと自然治癒力があっても、激しく動くのは少々苦しそうだ。
『発電装置は主電源を除いてプログラム制御です。メンテの手間を省く為に簡易的な自己での修復と最適化の機能を有していますので、落雷の直撃でも受けない限りは安定性と寿命はほぼ完璧です』
「何でもアリだな……方向性は違うが、上には上がいるってことか」
グラニデにおいてニアタ・モナドという未知のテクノロジーの塊と遭遇したことがあるシノンにとっては、アルハザードの技術に感心はしても驚きはしなかった。
シノンから見れば、異常さの比べ合いならニアタの方が上である。
何せ、永久に世界の行く末を見守る為に12人の人間の精神を集合させて機器に突っ込んだ存在だ。大昔に滅んだ伝説の都市よりもよっぽどぶっ飛んでいる。
そんなことを考えながら、シノンはヴェルフグリントの指示に従って端末のキーボードに指を走らせ、パスワードを入力する。
画面に表示されている文字はグラニデのものでも、地球のものでもないが、シノンは淀み無い速度でキーボードを打ち続け、次々とセキュリティを解除していく。
クロノとの模擬戦を経てからアースラに滞在していた数週間。シノンはただ訓練室で大太刀を振り回していたわけではない。
模擬戦の勝利によってクロノから貰った魔法技術とデバイスに関しての資料。それらに目を通す以前に、シノンはヴェルフグリントのアドバイスを頼りにミッドチルダの言語を一通り覚えている。
新たな言語を一から覚えるだけあって流石に楽では無かったが、シノン・ガラードという人間はその出自と人生故か、知識に貧欲なのだ。1週間近くで言語を覚えられたのは、それが大きい理由だろう。
そんなシノンが現在目を通している情報は、デバイスの開発・設計に関するものだった。
流石は伝説の都と言うべきか、膨大な情報の中にはヴェルフグリントのようなベルカ式だけでなく、ミットチルダ式のものまである。
『こちらは量があまりにも膨大ですので、私の方で使えそうなデータを選んで保存しておきます。マスターはデバイスのパーツをお願いします』
「分かった」
端末に接続したヴェルフグリントに返答し、シノンはデバイスのパーツなどを保管する資材のリストを探し始める。
資材を保管していると言っても普通の倉庫に突っ込んでいるわけではなく、何らかの魔法技術を使って新品同然の状態で保管しているようだ。
試しに1つのパーツを選択して取り出してみると、転移魔法によってそのパーツが転送されてきた。
パーツの数はデバイスのデータに比べればかなり少ないので、シノンは懐から自分の新たなデバイス、ソフィアを取り出して端末に接続し、全てのパーツをストレージに転送する。
元々ソフィアは物体を保管するストレージがかなりデカく、現状のシステム面ではアルハザードとその外部を繋ぐ特殊な次元転移機能しか搭載していない。
つまり、空き容量がかなり残っているのだ。
転送の進行状況をパーセント表示で見ながら、シノンは首の骨を鳴らして椅子に座る。
ヴェルフグリントの方はやはり量が膨大なのか、先程から一言も喋らずに作業を続けている。使えそうなデータを選ぶと言っていたが、量が少ないわけではないようだ。
そんな時、作業を終えたシノンの意識に睡魔の影が差す。
よく考えてみたら、時の庭園に突入してから今までマトモな休憩を一度も取っていなかった。流石に限界が近いようだ。
「少し、眠るか……」
近くにあったソファーに仰向けで倒れ込むと、シノンの意識が物凄い勢いで沈み込んでいく。どうやら、蓄積した疲労は本人の想像以上だったようだ。
襲い掛かる睡魔に抗わず、シノンはゆっくりと両の目を閉じた。
* * * * * * * * * * * * *
Side シノン
ゆらり、ゆらりと、己の体が宙に浮くような感覚があった。
海の流れに身を任せているような気分だが、それによってオレの意識は1秒ごとに元通りの思考を取り戻していく。
「夢の中、なのか……」
直感がそう伝えてくるが、周りを見渡しても見えるのは薄暗く漂う黒い霧だけだ。
触れる気などまったく起こらないが、不思議と今の状態に不安や嫌悪は無かった。
その時、薄暗い空間に僅かな光が現れた。
視線を持ち上げると、宙を漂う小さな炎が激しく燃え上がり、生まれた白い光が人の形を作った。背丈は子供のようだが、顔や体格はまったく分からない。
光のシルエットとでも言うべきその存在は、オレと同じく体を浮かせながらもゆっくりと動き出し、目の前にやって来た。
「初めまして、シノン・ガラード。こうして会うことが出来て、嬉しく思うよ」
クスリ、と微笑みを浮かべながら、その存在は語り掛けてきた。
まるで噂に聞いていた有名人と会ったような反応だが、オレにはまったく覚えがない。しかも、こいつの声を聴くと何故か心がざわつき、イラついてくる。
「お前は……何だ……?」
誰だ、ではなく、何だ、と尋ねた理由はオレもよく分からない。
だが、目の前の存在はオレ自身も分からないことを知り尽くしているかのように小さく笑い、睨み付けるようなオレの視線に何も言わない。
「僕は何か……その質問に対して最も適切な答えを返すなら、『無』という概念が集まって形を成したもの、というのが正しいね」
「『無』、だと? どういう意味だ? ふざけているのか……」
「残念ながら至極真面目だよ。今の僕の答えで納得が出来ないなら、君が自分で納得の出来る答えを見つけるべきだ。既に僕と同じような存在に会っている君なら、分かるはずだよ」
そう言って、目の前の存在はオレの答えを待つように黙り込んだ。
オレは一度深呼吸して意識を落ち着け、目の前に立つ存在の気配を探る。
そうしてみると、感じられたのは人間や動物……いや、それどころか生物とも異なる独特過ぎる気配だった。
強大なエネルギー……言い換えれば生命力や波動を持っているのに、おぼろげで幽霊のように漂っている。そんな感じの存在だ。
そして、確かにオレはコイツと似たような気配を宿す存在を知っている。
「精霊、か……」
「その通り。君の生きた世界には無い言葉だけど、僕はその中で最上位の大精霊と呼ばれてる。此処まで言えば、さっき僕が言った言葉の意味も分かるよね?」
さっきコイツが言った言葉、自分は『無』という概念が集まって形を成したもの、という言葉の意味。
精霊は誕生した瞬間から様々な属性を司る存在だ。世界を形作る大まかな四大属性、『地水火風』はもちろんのこと、中には『光』や『闇』、目にしたことはないが、『冥界』や『心』、『元素』を司る精霊までいるとか。
つまり、コイツは……
「『無』を司る精霊だというのか? そんな精霊が……」
「信じられないのも無理はないよ。君のいた世界、グラニデには世界樹があった。それなら、僕のような存在も、『試練』も必要無いからね」
その言葉がどういう意味を指すのか、何故別世界に存在するであろうコイツがグラニデを知っているのかは理解出来なかったが、オレはそれ以上に訊かなければいけないことがあった。
「そんな存在が、一体何故オレの夢の中に出て来た。まさか顔を見に来ただけではないだろう。というか、オレはお前を何と呼べば良い」
夢の中に入り込んで会話を持ち掛けてきたことから、コイツの力がどれだけ馬鹿げたものであるのかは理解出来る。
問題は、そんな奴が何故オレにこんな形で会いに来たかだ。
「……ああ、そういえば名前を名乗っていなかったね。いけないな、誰かに会って名乗る機会が少ないから、ついつい忘れてしまう」
キョトンとしたような反応の後に、その存在は名乗りを上げた。
「オリジン。それが僕の名前だよ。改めてよろしく、シノン・ガラード」
オリジン。
やはり知らぬ精霊の名前だが、呼び名が分かっただけでも収穫だ。
「ではオリジン、再び問う。何故お前はオレの前に現れた」
「僕が君の夢の間を借りて現れたのは、君に伝えたいことがあったからだよ。それは、君が今生きている世界に関係することだ。もう薄々感づいているんじゃないのかい? 今のいる世界に入り込んだ『異物』の気配に」
オリジンの返した問いに、オレは返答出来なかった。
オレの頭の中で肯定を返す合理的な思考と、何が何でも否定を返す直感的な思考の2つが小競り合いを繰り返し、結論を出せなかったのだ。
オリジンの言う『異物』とは、恐らくはプレシアが使用していたラルヴァ。詳しくはその製造法を記した資料を提供した存在。
「本来ある筈の無い『異物』が入り込み、世界は確実に影響を受けている。今回のように災厄の力を強めることもあれば、『異物』そのものが災厄に代わるかもしれない」
「ラルヴァや負の力を『異物』と捉えるなら、同じ世界から来たオレも同じはずだ。オレも災厄とやらになる可能性があるのか?」
「いや、世界樹に作られた存在である君は例外だよ。例えるなら、君は『異物』ではなく、その世界に発生した1つの『現象』だ。『現象』というのはただの“現れ”だから、背後にあるものは世界にとって問題にならない」
世界樹にマナの集合体として作り出されたオレは、どれだけ人間に近い姿をしていようと、決して人間にはなれない。
しかし、世界樹が世界の姿を視るための『目』として生み出した惑星のシステムのような存在だからこそ、世界に与える影響は少なくて済むということだ。
「それで……お前はオレにその『異物』を排除しろと言いたいわけか?」
「違うよ。僕にそんな資格は無い。僕はただ、そんな存在がいるということを教えに来ただけさ。それをどうするか決めるのは、君自身だ。」
命ずるわけでもなく、強制するわけでもなくオリジンは言った。
命令されても従うつもりはなかったが、少々意外だ。明確な意思を宿した精霊……オリジンの言葉を借りるなら大精霊という存在は基本的に人間という存在を見下す。
今までオレが目にして会ってきた大精霊達も、殆どが上から目線の態度だった。
だからこそ、そんな大精霊の力を従えるにはそいつらと戦い、力を証明するのが一番確実な方法として知られている。
だが、オリジンはまるでオレという存在を対等の立場で見るように語り、選択を委ねた。どうやら、コイツは随分と人に興味を持った大精霊のようだ。
「……え? ああ、もう時間か……うん、分かってる。すぐに戻るよ……」
突然オリジンが虚空を見上げ、独り言を呟いた。
オレが首を傾げると、オリジンは少し残念そうな微笑を浮かべた。
「もう少し話していたかったけど、友達が呼んでいるみたいだ。もう戻らなきゃ」
「何処に戻る」
「僕が自分の意思で残ると決めた場所だよ。君は不満かもしれないけど、大きな災厄の予兆を感じた時にまた来るよ」
「オレの夢の中にか?」
「仕方がないんだよ。僕が現実に実体化しようとすれば、かなりの力を使ってしまうし、その世界にどれほどの影響を及ぼすか分からないんだ」
そう言いながら、オリジンの体は徐々に光を失い、消えていく。
オレも瞼が重くなり、意識が徐々に薄れていく。夢の中で意識が薄れるというのもおかしいものだが、これは抗わない方が良さそうだ。
「さようなら、シノン・ガラード。出来れば再び会うその時が、遠い日の彼方でありますように」
その言葉を最後に、オレの意識は途絶えた。
* * * * * * * * * * * * *
瞼を開くと、眠る前に見た薄暗い天井が見えた。
視線を少し横に向けると、空中に浮遊したヴェルフグリントの姿が見えた。
『お目覚めですか? 随分深く眠っていましたが……』
「どのくらい眠っていた?」
『1時間ほどです。此処では疲れが取れないでしょう。就寝室にご案内します』
浮遊しながら移動するヴェルフグリントに続き、オレも体を起こして歩き出す。
部屋を出る寸前、立ち止まって虚空を見上げながら小さく呟く。
「…………結局は、断てない因縁ってことか」
特に何の感情も宿さず、そう言ったオレは再び歩き出した。
ご覧いただきありがとうございます。
分かる人は分かるでしょうが、主人公が会ったオリジンは、テイルズオブエクシリア2に登場するオリジンです。
『元素』のマクスウェルや『時』のクロノスよりも飛び抜けている存在です。
そんなにしょっちゅう出てくるわけでもありませんが、何回か出番があります。
あと2、3話で無印が終わるかな? とりあえず、頑張っていきます。
では、また次回。