白銀の来訪者   作:月光花

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今回は身投げの後の展開ですが、出来たら過去話のパートみたいになってました。アレ?

では、どうぞ。


第21話 虚数の海

  Side シノン

 

 落ちていく。

 

言葉で上手く表現出来ない程に奇妙な色をした虚数空間の中を、オレはひたすら落ちていく。

 

上から下へと落下する感覚は確かにあるのだが、視界に映る景色がどの方向を見ても変わらないので徐々に薄くなっていく。

 

それに続いて意識も薄れて消えそうになるが、持ち前の気力で強引に保つ。

 

「……それで? ここからどうすればいい」

 

『デバイスに名前を付け、魔力を注ぎ込んでスイッチを押してください』

 

名前付けるくらいなら飛び降りる前でもよかっただろう、という文句が心中を通り過ぎるが、状況が状況なので黙って従おう。

 

「名称登録、名前を“ソフィア”に設定」

 

『了解。デバイス本体の名称をソフィアに設定。初期設定オールクリア。続いて、指定座標の入力と空間接続に移行し、魔力の充填を開始します』

 

「う、おっ……!」

 

直後、スティック型のデバイス、ソフィアを握る左手から凄まじい脱力感が襲い掛かり、全身の力が抜け落ちていく。心なしか、再び意識が薄れる。

 

恐らく、ソフィアがオレの魔力を吸い上げているのだろう。

 

これも必要なことなのだろうが、コレは前もって言ってほしい。この尋常じゃない強さの脱力感は不意打ちでくらいたくない。

 

というか、SSランクに届くオレの魔力の殆どを数秒で吸い上げるなんて、どれだけ馬鹿げた吸収効率と速度を持ってるんだコイツは。

 

『魔力充填率……86……93……100……充填完了。マスター、スイッチを!』

 

言葉に従い、ソフィアに取り付けられたスイッチを親指で押し込む。

 

すると、左手に握られたソフィアが内側から激しく発光し、周囲に拡散した光がオレを包み込むように球形状の魔法陣を形成する。

 

光は徐々に、やがて目を開けていられないほどに強くなる。

 

そして、見えない力に体を引っ張られるような感覚を感じた次の瞬間、オレの意識は光に飲み込まれた。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

  Side Out

 

 グラニデに存在する大国の一つ、グランマニエ皇国。

 

その港をフードを被った7、8歳ぐらいの少年が大きな皮袋を右手で担ぎながら歩いていた。フードを被って街中を歩く人間はこの世界では別段珍しくない。

 

そのような人物は、飢え切った戦災孤児、危険な環境地帯を越えてきたあるいは越えようとする人間、そして各所を巡り歩いている賞金稼ぎか傭兵、このいずれかだ。

 

その中で少年は二つと三つ目に該当する。

 

少年は先程アメール洞窟と呼ばれるモンスターの出る洞窟に行って来た。目的はその洞窟に生息していた凶暴な狼のモンスターの殲滅。

 

通り過ぎていく人間には見えないが、少年が背中に背負っている鞘に納められた刀には今でも大量のモンスターの血が付着している。

 

「なぁ、聞いたか? 最近世間を騒がせてる宗教団体の噂……」

 

「ああ、たしか世界樹を信仰する宗教らしが……」

 

通行人の会話に、一瞬だけ少年の歩みが止まった。

 

しかし、すぐにまた歩き出し、一軒の建物の中に入っていった。

 

建物の看板にはただクエストと書いているだけ。建物の中にはグランマニエの軍人と、身に武器を携帯している傭兵のどちらかしかいない。

 

傭兵さえいなければただの軍事事務所にしか見えないが、この場所は色んな所から寄せられてくる依頼を管理する事務所だ。基本的にはここで依頼を受けて報酬を受け取る。

 

少年は建物に入ってもフードを取らず、空いている受付に向かって歩き出す。

 

あまりにも場違いな少年の存在に他の傭兵が目を向けるが少年は気にせず受付の前に立つ。受付を勤めていた女性軍人も自分の受付に現れた少年に驚いた。

 

「あ、あの・・・・」

 

女性はどうしたらいいのかわからず、うろたえてしまう。仕方の無いことかも知れないが少年は少なからず苛立ちを覚えながら皮袋を置き、受付に一枚の書類を置いた。

 

「これって……依頼の承諾書類……この依頼を、あなたが受けたの?」

 

「…………」

 

女性の問いかけに少年は何も答えなかった。女性はそれで聞くことを諦め、一度咳払いをして書類を確認する。

 

「で、では……依頼の達成の証拠を見せてください」

 

女性の要求を聞いて少年は肩に担いでいた皮袋を受付に置いた。モンスターの討伐依頼ではなんでもいいから納得する成功の証拠を見せなければいけない。

 

置いた皮袋を他の軍人が受け取り、離れた机の上で縄を解く。

 

「最後に、依頼を受けた本人かどうかの確認として素顔を見せてください」

 

そう言われて少年は少し間を置いて、フードに手をかけて素顔を晒した。

 

「ひっ……!」

 

受付の女性は悲鳴を上げ、椅子を倒して盛大に尻餅をついた。それに反応した周囲の人間が視線を向けると、全員が目を見開く。

 

少年の顔は血塗れだった。顔の右半分は赤黒く染まり、血が無ければ美しく見えるであろう白銀の髪も所々が血を吸っている。

 

少年はこの体たらくを見せないほうがいいと思いフードを脱がなかった。

 

しかも、フードの中に隠れている少年の全身は返り血と出血に染まりきっており、左手には無数の傷が見える。

 

流石に傭兵や軍人たちも気味悪がるような視線を少年に向けるが、そんな反応をされても少年の瞳はまったく動じない。

 

慣れているのか、それとも興味がないのかはわからない。

 

「うわぁぁ!! ……うっ!おぇっ!!」

 

女性とは別の、男性の悲鳴が響いた。再び全員の視線がそちらを見ると、少年の皮袋を受け取った男性軍人が床に嘔吐していた。

 

袋が横を向き、中身が小さな水音と共にぶちまけられる。

 

皮袋の中に入っていたのは親玉だった巨大な狼のモンスターの死骸。いや、肉塊だった。

 

斬り落とされた2本の足、腹部と背中に無数の裂傷が刻まれた胴体、牙を砕かれ下を垂らして片目が抉られ脳の部分が少し見える頭部。

 

いったいどれだけの抵抗を受ければここまで醜いモンスターの死骸ができるのだろうか。傭兵の誰一人として想像しようとは思えなかった。

 

尻餅をついた女性の視線もモンスターの肉塊に向きそうになる。しかし、その瞬間に少年が動いた。受付を軽く跳び越え、女性の目を右手で隠す。

 

「見ないほうがいい、傷になる」

 

その時、初めて少年が口を開いた。

 

言葉こそ少ないが、そこには確かな優しさが籠められており、女性は少年の言葉を素直に聞いてゆっくり頷いた。少年は女性を助け起こして受付まで連れて行く。

 

落ち着きを取り戻した女性は書類に必要な情報を書き込み、小さな皮袋を少年に渡す。

 

じゃらじゃらといい音がしているので依頼の報酬だろう。少年は無言で報酬を懐に仕舞い、フードを被り直して、建物を出て行った。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

 「おい、待てよ坊主」

 

建物を出て狭い裏路地に入ったところで、少年は男の二人組みに話しかけられた。

 

一人は細い体つきをしていて長身、腰に小さなシミターを差している。もう一人は筋肉質で体格のいい大男だ。こっちは背中に大きなアックスを背負っている。

 

よく見ると、少年はその二人に見覚えがある。さっきの建物にいた傭兵だ。

 

「…………」

 

少年は顔だけを二人組みに向けて視線で”何の用だ”と語りかける。

 

長身の男はニヤニヤと笑みを浮かべながら少年の前に回り込んで視線を少年に合わせる。大男は少年の少し後ろの位置に移動した。

 

自然とやっているつもりなのだろうが、挟み撃ちにしているのが少年にバレバレである。

 

「あの依頼をお前みたいなガキが達成するなんてな、驚いたもんだ……だがなぁ、実はあの依頼はオレたちが受けるはずだったんだよ……だからさぁ、ガキのお前にはもったいないその金、俺らがもらってやるよ」

 

そう言うと、二人の男は自分の武器を抜いて少年に突きつける。しかし、少年はまったく動揺せず、ただ鼻先に突きつけられたシミターの刃を見ている。

 

少年の反応が気に入らなかったのか、長身の男は小さく舌打ちする。

 

対する少年はこういう輩に絡まれたことは初めてではないので、二人の男がどういう行動に出るかを静かに待ち構える。

 

まったく行動を示さない少年に我慢の限界が来たのか、大男が手に持っているアックスを振り上げる。長身の男はにやりと笑い、少年から少し離れる。

 

それを確認して、大男はアックスを少年の小さな体に振り落とした。

 

本来なら少年はアックスに斬り裂かれて絶命していただろう。しかし、二人の男は気付くべきだった。

 

自分達を含めた全ての傭兵が恐れて受けなかった依頼を達成したのが、目の前の少年だと。

 

ボトッ!!

 

「え?」

 

何かが零れ落ちるような音が聞こえ、アックスを振り下ろした大男が声を漏らす。

 

見ると、大男の手に握られていたはずのアックスは地面を転がっている。そして大男が感じた一番の違和感、それは生まれたその時から感じてい感覚の消失。

 

その肘から先は、アックスと一緒に地面を転がっていた。

 

「ぎ、ギャアァァあぁっぁぁぁっぁぁぁああぁぁ!!!!」

 

腕を斬り落とされた。

 

思考がその事実を受け止め、大男はその場に膝を着いて精一杯叫んだ。しかしここは裏路地、賑やかな街の市民の耳にその悲鳴が届くことは無い。

 

大男とは違い、長身の男は一切傷を負っていない。しかし、無傷でいられたのは少年の単なる気まぐれ。そしてその気まぐれに二度目は無い。

 

少年の右手に握られているいつ抜いたのかもわからない刀が男の身を両断するのはそれほどに簡単なのだ。

 

少年の顔はまったくの無表情。来るなら斬る、引くなら追わない。それが少年の正直な心境だ。

 

長身の男は自分の命を守ることにしたのか、大男を置いて逃げていく。少年はそれを確認して刀を背中の鞘に納めようとする。

 

しかし、その瞬間に後方から殺気を感じて刀を一閃。

 

カカンッ!!

 

 

刀越しに伝わった金属の手応えと体の各部に走る痛みを感じると同時に少年は動き出す。

 

敵の姿を確認するより回避を真っ先に行うのは、少年の生への執着心を強く現している。

 

軽い跳躍の後に右の壁を蹴る。蹴った勢いを殺さずに次は左、右、左と壁蹴りを続ける。地面から5メートルほど上がった高さの地点で壁に刀を突き刺して空中に留まった。

 

下を見下ろしてみると、大男と長身の男の全身に無数の矢が刺さっていた。先程少年が感じたのも矢が掠った痛みなのだろう。少年の叩き落とした矢は体に直撃するものだけだ。

 

男達の死に、少年はまったく関心が湧かない。元々金を巻き上げようとしてきた連中だ。同情の余地などある筈もない。少年は刀を抜いて地面に着地する。

 

矢の発射元を見てみると、着た道と進行方向の道を5人ずつの人間が固まって壁を作っていた。その人間は全員長いフードを被り、素顔を隠している。

 

少年は一目見ただけでこの連中の正体を理解した。

 

ナディ。

 

この連中こそ、街の通行人が言っていた世界樹を信仰する宗教団体だ。だが、その実態は宗教団体という名を飾ったテロリストだということも、少年は知っている。

 

ナディは確かに世界樹を信仰している。その信仰の強さは絶対的なものだ。

 

しかし、どんな物事にも必ず限度が存在する。ナディはその信仰の強さに対する限度を完全に逸脱している。

 

限度を越えるトリガーになったのは、マナが減少の傾向に向かっているという各国で判明した事実。

 

その情報が世界に流れてから、ナディは世界樹のマナをこれ以上減少させないために武力と言う名の方法を得て行動を起こした。

 

最初の行動は、世界各国にマナを使用しないレベルまで文明を退化させろ、という文を送ったことだった。もちろん各国はそんな要求を一蹴した。

 

惑星エネルギーを守るために文明を退化させるなど、この上ないほどの愚行だ。

 

だが、この時のナディはすでに手段を選ばないただのテロリストと遜色なかった。

 

各所の村を襲撃し、軍船や輸入船を手当たり次第に撃沈させるなど。これら全てを世界樹への信仰という一つの希望の元に行ったのだ。

 

話の腰が折れたが、そんなテロリスト集団が何故こんな所に来ているのか。簡単だ。この場にもう生きているのは少年ただ一人。つまり用のある人間は彼しかいないのだ。

 

少年もこの連中に襲われるのはこれが初めてではない。

 

少年が最初にナディに襲われたのは2年前、それからは何度もこの連中に襲われている。

 

少年も最初はイカれているテロリストに襲われる理由に心当たりが無かったので襲われる理由を聞いたことがあった。

 

だが……

 

「……見よ、落とし子。お前が生きる為に抗い、今また尊い命が二つ消えた。お前はいったいどれほどの生贄を喰らってその身を世界に捧げるのだ……」

 

……聞いてみた結果がこれである。

 

少年を“落とし子”と呼び、わけの分からない言葉を並べて少年が抵抗すればするほど少年に罪を押し付ける。しかもこんな台詞を錯乱せずに言えるのだから頭が痛くなる。

 

「今日こそは……今日こそはお前の血肉をこの世に捧げ、世界は永遠の輝きと繁栄を取り戻すのだ……」

 

リーダー格の男の言葉と共にナディの全員が腰の剣を抜き、前方と後方の両方から少年を押し潰すような勢いで迫る。

 

少年は疲れた顔で軽く溜め息を一回吐く。

 

もう慣れた、と言ってしまえば片付くのかもしれないが毎度命を狙われているのだ。せめて一瞬だけ弱音を吐くことぐらい許されるものだろう。

 

そう、 一瞬だけ(・・・・)だ。

 

少年が顔を上げと共に刀を構える。

 

その顔はもう、目の前の敵を殺すことにしか関心を置かない目だった。

 

そして少年、幼きシノン・ガラードは長いフードをなびかせて刀を振るい、己の敵へと立ち向かっていった。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

  Side シノン

 

 「ぐっ……!」

 

夢を見ていた気がする。

 

とても懐かしく、そして苦しかった日々の一日の夢を。

 

何故突然にこれを見たのかはわからない。知らずの内に生死の境を彷徨い、走馬灯でも見たのだろうか。

 

自分が気絶する前の状況は良く覚えている。覚えているからこそ、あの夢を走馬灯とも思ってしまう。

 

だがもし、あれが走馬灯ではなく本当にただの夢だとしたら、オレは生きているということになる。

 

自分でも見苦しいと思える理屈を浮かべながら瞳を開けてみる。

 

すると、視界に広がったのは日の光が差す美しい草原だった。

 

涼し過ぎず、暑過ぎず、適温という言葉をそのまま再現したような気温。近くの森から聞えてくる鳥の鳴き声。

 

変わらないな(・・・・・・)、ここは……」

 

溜め息を一つ吐きながら体を起こし、周囲を見渡す。

 

「着いたみたいだな」

 

『はい。まさか数か月で戻ってくるとは思いませんでしたが……間違いなく此処は、アルハザードの大地です」

 

前髪を軽く揺らすようなそよ風を感じ、オレは空を見上げながら脱力した体で再び仰向けに倒れた。

 

何故か無性にそうしたいと思ったのは、昔の思い出を夢で見たせいなのだろうか。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

オリ主の緊急時の逃げ場が伝説の都という、他の魔導師が聞いたらブチ切れそうな展開でした。

でも、虚数空間って魔法キャンセルされるし、これくらいしか脱出手段ないんですよね。


では、また次回。

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