では、どうぞ。
Side Out
負の中から出現した化け物を前にして、シノンは大太刀で肩を叩くだけで動いていない。
対する化け物は、1つ目でシノンを見ながら肩で息をしている。部屋の中には、化け物の呼吸音のみが重く鳴っている。
そんな緊張の空気が5秒、10秒と流れたところで、ついに沈黙が破られた。
「■■■■■■!!!」
もう我慢の限界だと言わんばかりに化け物が咆哮し、空気を震動させながら真っ直ぐ右腕を突き出してきた。
腕の先端には巨大な獣の口と牙が生えており、掴まれればシノンの体を一飲みに出来そうな大きさだ。
だが、シノンはその攻撃に対して眉1つ動かさずに反応した。
「よっと……」
調整した力加減で地を蹴って跳躍。化け物の巨腕を飛び越えることで、攻撃を完全にかわした。
そして、シノンはそこからすぐに攻撃へと移る。
「裂空斬!!」
跳躍の勢いをそのまま生かして体を縦に回転、車輪のように振るわれた大太刀が化け物の右腕を斬り裂いて凄まじい青色の血飛沫を飛び散らせる。
「■■■■■■!!!!!」
一応痛覚はあるらしく、右腕を斬り裂かれた化け物は悲鳴を上げながらシノン目掛けて左腕を突き出す。
だが、シノンはその行動を予測していたかのように体の回転を止め、両足で化け物の右腕を蹴ってその場から離脱。化け物の顔面へと急接近した。
「はああッ!」
気合の声と共に大太刀が右薙ぎに振り抜かれ、化け物の赤い一つ目を深く斬り裂いた。
返り血のような青い体液が体のあちこちに付着するが、シノンは気にも留めず、敵の視覚が死んだことを確認してすぐ真上に高く跳躍して化け物の頭上を取る。
シノンの両肩からアクセルフィンが展開され、ボォン!! という『背狼』の噴射音と共に体が急降下。
そして、落下に働く力を利用して大太刀を唐竹に振り下ろし……
「ディストールノヴァ!!」
……光を纏った流星のように化け物の左肩から背中をぶった斬った。
刀身から手応えを感じ取り、化け物の足元に着地したシノンは『背狼』を使用。再びの加速で姿を掻き消し、化け物の背後を取る。
そこから体を横に回転させ、遠心力を加えた右薙ぎの斬撃で化け物の下半身に生えた蜘蛛の脚を根元から1本斬り落とす。
痛みに堪えられなかったのか、化け物は咆哮を上げながら馬のように体を跳ね上げ、無数の蜘蛛の脚を振り回す。
その隙を逃さんと、シノンは『背狼』で化け物の真下に潜り込む。続いて大太刀から離した左手で拳を握り、そこに闘気が込められる。
思い浮かべるのは、アドリビトムで共に戦った仲間の1人。その彼が愛用していた独自の術技。
「魔神拳……竜牙ァァ!!!」
左拳がアッパー気味に振り抜かれ、前方に炸裂した無色のエネルギー波が化け物の体を直撃。4、5メートルに届く巨体を
ドォン!! と重い衝撃音を鳴らし、化け物が地面を無様に転がる。
ここまでで経過した時間は約30秒。たったそれだけの時間で化け物の体はあちこちが斬り裂かれ、ボロボロになっていた。
だが、シノンの攻撃はまったく緩まない。むしろ、畳み掛けるように化け物の体の様々な場所を斬り刻んでいく。
右肩を骨まで届く深さまで斬り裂き、胴体に生えた無数の人間の手ごと腹を切り開き、蜘蛛の足を一本一本関節ごとに斬り落としていく。
『背狼』の噴射音が鳴る度にザシュッ! という音が聞こえ、青い血飛沫が銀色の光と共に飛び散り、化け物の体が削り取られていく。
もちろん、化け物とて抵抗していないわけではない。だが、真っ先に視覚を潰され、シノンの速度と絶えない連撃を前に攻撃が掠りもしないのだ。
まるで化け物が台風のど真ん中にいるようだった。動けば刻まれ、動かずとも刻まれる。逃れることの出来ない殺戮空間だ。
その光景を、クロノとアルフは半ば呆然としながら見ていた。
シノンは強い。それはこの2人もとっくに知っている。
だが、あんな人知を超えた化け物を圧倒的に斬り刻むほど並外れたものだとは思っていなかった。
何故、あれほど一方的に攻撃が続き、初めから予測していたように攻撃を全て回避出来るのだろう。
しかし、クロノとアルフが知らぬだけで、シノンにとってこの状況は当然のものだった。
シノンの実力の基盤を支えているのは『才能』ではない。数え切れないほどの敵と戦い積み重ねた『経験』だ。
シノンが今まで戦ったのは人間だけでなく、地水空に生息する無数の魔物もだ。その中で、大きさは1メートル未満から20メートルを超える固体もいた。殺した数を比較すれば、大型の危険な魔物の方が間違いなく多いだろう。それこそ
その刻み込まれた『経験』がシノンに教えるのだ。目の前の化け物をどうすれば殺せるのか、どうすれば殺されないのか。
今現在シノンの頭の中では、無意識の領域内で常に最高の戦術が叩き出され、肉体は敵の息の根を止めようと動き続ける。
ようするにシノン・ガラードという男は、人間同士の殺し合いよりも、目の前にいるような化け物の相手の方が慣れているのだ。
「はっ……!」
常に『背狼』と素早い跳躍によって一定の場所に留まらず、ひたすら化け物の体を刻み続けるシノン。
その攻撃のペースはさらに勢いを増し、もはや化け物の体に傷の無い場所はほとんど存在しない。生物だというなら既に虫の息だ。
だがその時、アルフとクロノは僅かな違和感を覚えた。
圧倒的に有利な状況にいるシノンの様子が、何故か焦っているように見えたのだ。
(シノン、少し飛ばしすぎじゃないか? もう敵はかなりの傷を負ってる。焦らず慎重に攻めれば確実に……)
(違うんだよ)
跳躍と共に振るった大太刀で化け物の背中を斬り裂きながら、クロノの念話に即答したシノンの声には確かな説得力を感じた。だが、その中には確かに僅かな疲労の気配もあった。
目を凝らして見てみると、怒りの咆哮を上げながら振り回される巨腕をかわすシノンの顔にも汗が見える。シノンのスタミナは決して少なくないが、クロノが言うように攻撃を飛ばし過ぎれば疲労するのは当然だ。
(コイツはこのままでも充分厄介な化け物だ。だが、オレの勘が当たってれば、コイツの本当に恐ろしい所は別にある)
(別? あのグロテスクな外見以外の何処にそんなもんがあるってのさ)
(今見せてやる。余波を警戒しながら化け物の右腕をよく見てろ)
そう言ったシノンは大太刀を鞘に納め、抜刀術の構えから即座に『背狼』を使って急加速。
連続使用によって進行方向を調整し、加速の反動を気力で堪えて化け物の懐に入り込む。
「右腕、貰うぞ」
呟きと共に大太刀が一閃し、刀身は化け物の右腕に刻まれた傷の1つを確実に捉えた。
地面を砕くほどの踏み込みと共に放たれた斬撃は肉を断ち、分厚い骨へと到達する。その際に生じる抵抗を一瞬で感じ取り、シノンは刹那のタイミングで手首を跳ね上げる。
次の瞬間、化け物は骨を両断され、巨大な右腕が肘の先から宙を舞った。
「■■■■■■■■■!!!!!!!」
今までよりも一段と大きな咆哮が響き、化け物は右腕を庇いながら我武者羅に暴れ回る。その隙にシノンは後退し、アルフとクロノの傍に合流して乱れた息を整えた。
肩で息をするシノンの隣で、アルフとクロノは言われた通り斬り落とされた化け物の右腕に目を向けている。
すると、化け物の右腕が切断面からボコボコと泡立ち、紫色の体色をした肉体が目に見える速度で『再生』を始めた。
「アレって……」
「見てのとおりだ。アイツの一番厄介なところはグロイ図体じゃなくて、あの再生速度だ。それに見ろ、他の傷も徐々に塞がってきてる」
青褪めた顔で呟くアルフに続いてシノンが補足する。
そう言われてクロノが化け物の全身に目を向けると、確かにズタズタにされた肉体の数箇所が何も無かったかのように元通りになっている。
なるほど、とクロノは先程のシノンの焦るような攻撃の理由を理解した。
あれほどの再生速度を前に体力の消耗を気遣っていては、どれだけ攻撃してもダメージを与えることは出来ない。
つまり、シノンが本当に恐れていたのは化け物の性能や外見ではなく、
「自然治癒の速さが異常なヤツってのは幾らか相手にしたことあるが、千切れた腕まで元に戻るレベルは初めて見るな」
「最初から、これを見越してなのは達の配置を考えたのか?」
「常に最悪の事態を想定するのは傭兵として当たり前だ……出来れば、杞憂で終わってほしかったがな」
自分の実力を売り物とする傭兵は、基本的には孤立無援だ。
だからこそ、予想外のアクシデントに遭遇しても全て自分の力だけで乗り切れるように備えなければならない。
まあ、だからと言って今の状況が最悪なのは変わりないのだが。
「しかも、これからはもっと厳しくなりそうだ。見てみろ……」
シノンにそう言われてアルフとクロノが化け物の方を見ると、そこには新たな変化が起こっていた。
咆哮を上げる化け物の体が発光し、その周囲に紫色の光点が無数に出現する。
「あの魔力光……まさか、鬼婆の魔法……!?」
「肉体を丸ごと取り込んだんだから使えてもおかしくはないが、厄介だな。高速再生に加えてオーバーSの魔導師技能とは……」
「こっからはお前等にも手伝ってもらうぞ。ヤツを仕留める“準備”が出来るまで、どうにか凌ぐぞ」
大太刀を構え直すシノンの言葉に頷き、アルフとクロノも身構える。
目の前の化け物がどれだけ手強いのかはまだ分からないが、3人の中で共通の理解点が1つだけある。
今から始まる第2ラウンドは、とてつもなくシンドイものになる、ということだった。
ご覧いただきありがとうございます。
主人公の一番の得意分野は対人戦闘ではなく、大型の魔物や化け物の解体でした~。
いや、だって、テイルズの世界で生きてたら普通は人間より魔物と戦う方が圧倒的に多いと思いません? 街道歩いてるだけで魔物とエンカウントする世界ですし。
依頼は尽きないだろうから、人殺しよりも儲かると思うんですけどね。
ボス戦はなるべく次回で決着にしたいです。
では、また次回。