Side シノン
「ぐっ………!」
意識を手放したと自覚し、突然の頭痛を感じてオレは目を覚ました。
(なんだ? あの世に着いたか? 到着がイメージと随分違うな………)
そう思って目を開けると、オレの目に映ったのは花畑でもなければ綺麗な川でもない、薄暗い闇の中で日光が差し込む木々だった。
(森の中、か?…………いや、だが待て……オレは………)
「まさか………生きてるのか? だが、なんで………」
体を起こして確かめようとしたが、体が思うように動いてくれない。
いや、力が入らないと言ったほうが近い。そのせいで起き上がれないのだが、ゲーデにやられた傷の流血が原因か?
それと、なんだか声の調子が変わったような気がする。
「ふっ!…………がぁ! ……はぁ、はぁ………くそ、起きられん」
起きるのを一端諦めて呼吸を整え、額に流れる汗を右手で拭う。
汗を流して、疲労感を感じるということは、とりあえず生きているのか。
………待てよ? 今、オレはどっちの手で汗を拭った? そうだ、オレは今………あの時ゲーデに潰されはずの右手を使った。
「なんで……なんで右手があるんだ………あの時、確かに潰されたはず………いや、これは………義手、ではないみたいだが………」
右手を強く握って開く運動を繰り返し、腕がプルプルと小刻みに震える。
そして気付いた。右手から伝わる感覚がまったく無い。
思った通りに動いてくれているが、腕を動かした感触がまったく伝わってこない。
だが、動くということは電子信号が通っているということだし、血管が見えて脈も感じるということは血液も流れているということ。
オレの脳に何らかの障害が発生したのか、それともこの腕が特殊なのか。
オレの体は見た目こそ普通の人間とほぼ同じ作りになっているが、それを構成しているのは全て世界樹によって生み出されるマナだ。
違和感が無いということは、今のオレの肉体もそこは変わらないはずだ。
まぁ、判断材料も無いし、この腕のことはひとまず置いておくか。
「………そろそろ動くか?」
体に力を込めて上半身を起こし、近くの木を支えてにして自分の体を見下ろす。
小さな水溜りに映っているのは、少し長めの白銀色の前髪に深い蒼色の瞳。間違い無くオレ自身の顔だ
着ている服は、青いジーンズに黒い無地のTシャツ、その上に薄い赤色の皮ジャンパーという格好だった。正直、まったく覚えの無い格好である。
だが、服装なんて些細な問題より、重要な変化があった。
それは…………
「………なんで、背が縮んでいるんだ?」
間違い無い。明らかに視点の低くなっているし、体格も気絶前とかなり違う。
「くそ……何がどうなってる………!」
頭を抑えながら誰に対しても無く呟く。
一度に色んなことが起こりすぎて頭が混乱する。こちとら、もう死んでいるはずだってのに、実は生きてて見知らぬ場所に移動して体が縮んだ? 勘弁してくれ。
「とりあえず、この森を出るか。風が抜けているのは………あっちか」
オレは木々から木々へと支えを移し、どうにか重い体を動かしていった。
疲労感のせいで鉛のように重く感じる体を引きずり、数分ほど歩いてようやく森を抜けられた。
本来ならすぐに人里なり野宿で安全に休める場所を探すところだが、オレは目の前に広がる光景を見て、呆然としていた。
「なんだよ………どこだよ、ここは…………」
目に映ったのは、今まで見たことも無く美しい草原。
草原の中にきちんと道が作らているということは、人の手が掛かっているのだろう。空が晴れていたので気温にも苦を感じない。
流れる川には淀みがほとんど見えず、今出てきたばかりの森の中からは心地良い鳥の鳴き声が聞こえる。まるで何処かの楽園にいるような光景だった。
半分呆然としながら道を歩いていると、中には住宅のような建造物もあったが、中はどれも無人であり、外見に多少の破壊の痕跡がある。
「廃墟、なのか? それにしては周りの自然が…………ん?」
ふと足元を見ると、地面が淡い光を放ち、2本の線がレールのように伸びている。
線の行き先を目で追っていくと、その先には坂の上に立つ外見に大した損傷が無い屋敷が建っていた。見た所、レール状の線はオレの足元から伸びている。
「オレを、呼んでるのか………?」
不審に思いながらも、現状を確認する手段にまったく心当たりが無いオレは、出来る限りの警戒をしながら屋敷へ歩を進めた。
入った屋敷の内部は薄暗く、住んでいる人の気配も感じられなかった。
だが、決して小汚いわけでもなく、今歩いている通路には最低限の手入れは行き届いているようだ。
屋敷内にもレール状の線は続いており、オレは黙ってその後を追う。
やがて、レールの行き先は屋敷内にある無数の部屋の1つに辿り着いた。気が付くと、屋敷を2、3階程上ったようだ。
罠を警戒し、ドアノブを捻って軽い力で扉を押して開く。
だが、数秒経っても何の変化も起こらず、オレはゆっくりと室内に入る。
そこには、大きな2台のコンピューターが設置され、その2台の間には挟まれるように青い光を放つカプセルがあった。
部屋が暗いせいでカプセルの中身は見えないが、少なくとも此処は誰かの寝室というわけではなさそうだ。
足を踏み入れると、何かのセンサーにでも引っ掛かったのか、部屋の照明が起動し、室内が一気に明るくなった。
「っ…………!」
『………生体反応を感知、システム凍結を解除、起動開始』
照明の光に目を細めると、突然部屋の中に女性の声が聞えてきた。
慌てて周りを見渡して気配を探るが、やはり人の姿を確認できない。
『こちらです。あなたの目の前にあるカプセルの中です』
言われた通りカプセルの方に目を向ける。照明が付いたおかげか、今度は中がよく見えるようになっていた。
すると、そこにあったのは一枚の小さな銀色のカードだった。
見てみると表面は純銀、中心に蒼い宝玉が填まっていて、2本の黒いラインがX状に刻まれている。
アクセサリーとしてはかなりの高級品だとわかるが、何故こんなものがカプセルの内部に保管されてるんだ?
というか、もしかしてさっきの声は………
「今の声はお前か?」
『はい。反応を見るに、どうやら意図的にこの地へ辿り着いたわけではないようですね。生きた人間がこの世界を訪れたのは実に数百年振りです』
「数百年?……この世界、だと………?」
『はい………ようこそ、忘られし都、アルハザードへ』
これが、新たな命を手にしたオレと、相棒との出会いだった。
ご覧いただきありがとうございます。
主人公の行き先はいきなり隠しダンジョンです。
原作の舞台に行けるのはまだ掛かりそうです。
では、また次回。