白銀の来訪者   作:月光花

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今回から少しオリジナル要素が入ってきます。

では、どうぞ。


第15話 断てぬ因縁

  Side Out

 

 「管理局の執務官……こんな所までご苦労なことね」

 

「アナタがこんな馬鹿げた行いをしなければ、来ることも無かったんだがな」

 

振り向いたプレシアの目は最初にクロノを捉え、視線を流してシノンを見る。

 

だが、視線はすぐに外され、細められた目が再びクロノを捉えた。

 

「馬鹿な行い、ね……確かに、アルハザードの存在を欠片も信じない貴方達にとってはそうでしょうね」

 

「例え本当に存在していたとしても、貴方には辿り着けない。すでに周辺の空間を襲う次元震は艦長が抑えている。駆動炉の暴走も僕達の仲間が止める」

 

言われてみれば、確かに空間そのものを襲っていた震動が無くなっている。まだ聞こえてくる揺れは、恐らくなのは達のものだ。

 

(しかし、たった1人でジュエルシード11個分の次元震を抑えるとはな……)

 

初めて見たリンディの実力に、シノンは内心で素直に感心した。どうやら、管理局での彼女の地位は、それに見合った実力あっての物らしい。

 

そんな中、プレシアはクロノの言葉を鼻で笑い、懐から取り出した11個のジュエルシードを自分の周囲に浮遊させる。

 

「確かに、次元震は抑えられ、駆動炉の封印も近いでしょうね。でも問題ないわ。この力を得た今の私には、発動媒体であるジュエルシードさえ有ればいい」

 

そう言ったプレシアの周囲に漂うドス黒い霧が脈動し、それに呼応して全てのジュエルシードが強く禍々しい輝きを発する。

 

すると、周囲の空間を再び震動が襲い、シノンの右腕……正しくは右腕に融合しているジュエルシードが呼応するように淡く光りだした。

 

「エイミィ、何が起こった……!」

 

『分からない! 突然ジュエルシードの出力が跳ね上がって、さっきまで艦長が完全に抑え込んでた次元震が徐々に強くなってる! このままじゃ、もっと大規模な次元断層が発生しちゃう!』

 

即座にアースラとの通信を開いたクロノの問いに、エイミィは事態の深刻さを訴えるような大声で返した。

 

どうやら、あの黒い霧が、ジュエルシードの力を底上げしているようだ。

 

先程までとは状況が逆転し、プレシアは笑みを浮かべ、クロノはデバイスを握り締めて前へと進み出る。

 

その中で、シノンは黙ってプレシアの周囲に漂う黒い霧を見詰め、続いて自分の右腕に融合したジュエルシードに視線を落とす。

 

(……出来れば見間違いであってほしかったんだがな)

 

己の抱いた最悪の予想が的中し、シノンはゆっくりと目を閉じて溜め息を吐いた。

 

だが、目を開くと共に意識を切り替え、前へと進み出たクロノの隣に立つ。

 

「プレシア・テスタロッサ、1つ答えろ。お前はその黒い霧、ラルヴァの生成方法をどうやって知った」

 

敵意を宿さず、シノンはただ問いを投げた。

 

その問いにプレシアは驚愕で目を見開き、シノンを警戒するように見詰める。クロノはプレシアが動揺した理由が分からず、黙って様子を見ている。

 

ラルヴァ。

 

それは本来この世界ではなく、シノンの生まれ育った世界、グラニデに存在するはずのエネルギーの名前だ。

 

グラニデの科学者、ジャニス・カーンが提唱し、その膨大なエネルギーはマナの代替にすらなると世界に僅かな希望をもたらした程だ。

 

だが、それもほんの一時の話。いや、結果的にはさらに大きな災いを呼び起こした原因となってしまった。

 

「驚いた。アナタ、これのことを知っているのね。ジュエルシードを体内に取り込んだことといい、どうやら他の連中とは違うみたいね」

 

「少しばかり無視出来ない因縁があってな。是が非でも答えてもらう」

 

断れば殺す、と言うように目を細め、シノンは大太刀の矛先を向ける。

 

放たれた威圧感に一瞬だけ怯むが、プレシアは一度目を閉じて口を開いた。

 

「……いいわ、教えてあげる。私がこのエネルギーの存在を知っていたのは、アリシアを事故で失った少し後。私を含め、誰もが興味を示さなかった提出者不明の論文に示されていたの」

 

「興味を示さなかっただと? これだけの力を発揮するエネルギーなのにか?」

 

プレシアの言葉に対し、ラルヴァについて何も知識が無いクロノが声を上げる。

 

それに答えたのは、小さく笑いながら肩をすくめるシノン。

 

「有用性に目を向ける前に、生成材料がとんでもなく眉唾ものなのさ。なんせ、材料が“人の負の想念”だからな」

 

そう。提唱したジャニスでさえ最初は分からなかったが、ラルヴァの正体とは、人の負の感情の塊だ。

 

ラルヴァがマナの少ない土地で生成出来るという特徴を持っているのは、その土地に負の感情が多く集まっているからなのだ。

 

そんな物を材料とするエネルギーなど、よほど変わった考え方を持つ科学者でなければ見向きもしないだろう。

 

恐らくプレシアの場合は、アリシアを生き返らせる為に使えそうな資料を徹底的に探した結果目をつけたのだろう。

 

「でも、こうして利用すれば素晴らしいわね。半数のジュエルシードだけで全数以上のの出力を叩きだせるようになったのだから」

 

「材料の場所は……聞くまでもないか」

 

プレシアの周りに浮遊している黒い霧を見て、シノンは自己解決する。プレシアは自分から生まれる負を使い、ラルヴァのエネルギーを得たのだ。

 

これで情報源と材料の場所は分かった。

 

だが、シノンが本当に知りたかったのはそれらの情報ではなく、ラルヴァの存在を知りながらもその情報を論文に纏め上げてくれた大馬鹿者だ。

 

どうやらプレシアは嘘を言っていないようだが、もしそんな人間がいるなら、シノンとしては放っておくことは出来ない。

 

「私も最初は論文の内容を鼻で笑った。だけど、改めて目を通してラルヴァの発揮するエネルギーの大きさに気付き、利用できないかと考えて研究を続けてきた。でも、コレを完成させる決定打となったのは、アナタの右腕に取り込まれて変貌した深紅のジュエルシード」

 

プレシアが指差す先には、淡い光を放ち続けるシノンの右腕がある。

 

大太刀を左手に持ち替えて右手を広げると、手の甲から皮膚を突き破って深紅のジュエルシードが姿を現す。

 

「それはもう普通のジュエルシードとは違う完全な別物よ。人間の体と融合しているのに暴走の気配が全く無い安定性、発揮される出力も数倍違う。恐らくそれが、ジュエルシードの本来の姿なのでしょうね」

 

「本来の姿だと? 詳しく調べたわけでもないのに、何故分かる」

 

「私を誰だと思ってるの? 例え詳しく調べることが出来なくても、この目で見るだけで必要な情報は充分に手に入ったわ。まあ、ジュエルシードを取り込んで『浄化』したアナタの体のことは流石に分からなかったけど」

 

シノンの問いに対し、当然だと言わんばかりに答えるプレシア。

 

どうやら大魔導師の名は伊達ではないらしく、たった一度シノンと融合したジュエルシードを見ただけでラルヴァの使用法を確立させたらしい。

 

その観察眼に驚かされたが、プレシアの発言の一部に反応したクロノが割り込む。

 

「浄化だと? 浄化とはどういう意味だ」

 

「意味は無いわ、起こった変化を私がそう呼んでいるだけ。予想だけど、恐らくそれがジュエルシードの本来の姿なのよ。彼の体内で何らかの働きが起こり、ジュエルシードは元の姿、あるべき姿になった。だから『浄化』と言ったの」

 

プレシアの指が差す先には、シノンの右腕に宿る深紅のジュエルシード。

 

そして、プレシアの発言はシノンの頭の一部にも引っ掛かり、最後のピースを手に入れたパズルのように結論を叩き出した。

 

(そうだ……ジュエルシードが右腕と融合した時、腕から放たれたあの光。アレは……前に一度だけ見たあの暖かい光は……マナの光だ)

 

思い出した。

 

グラニデでカノンノがゲーデから浴びた負をマナに変えたあの時の光、あの光とまったく同じ光なのだ。

 

カノンノは負を理解し、受け入れることで負をマナに変えた。だが、シノンはそのようなことをしたつもりはないし、ジュエルシードに負が宿っていることすら知らない。

 

(だとすれば原因は……この右腕しかないか)

 

どういう理屈かは知らないが、この腕には術の威力や効果を引き上げる以外にも、負を文字通り『浄化』する力があるようだ。

 

だが、これでは事実が分かっただけで謎は解けていない。

 

「質問はあらかた終わりかしら。それで、あなた達はどうするの?」

 

どうするのか。その問いの答えは、今までの問答よりよっぽど簡単だった。

 

シノンはジュエルシードを引っ込め、大太刀を持ち替えて構える。クロノは足元に魔法陣を展開し、自分の周囲に数発のスナイプを展開する。

 

「シノン、念の為に訊くが、忘れてないだろうな?」

 

「殺すなってんだろ? 安心しろ、ギリギリまで努力する」

 

微妙に了承していないシノンの返答にクロノは溜め息を吐くが、すぐに表情を引き締める。それを見て、プレシアの表情には余裕の笑みが浮かんでいた。

 

「そう、ならちょうど良いわ。ラルヴァのエネルギーを利用して得た力、アナタ達を相手に試してみましょうか」

 

プレシアの右手に握られた杖型のデバイスが床を叩く。すると、足元に紫色の大型魔法陣が展開され、激しい雷撃が迸らせたフォトンスフィアが出現する。

 

発揮されているその出力は、魔導師との戦闘経験が豊富なクロノでさえも目にした事が無いほどに強大だ。それを維持する魔力量も、恐らく無限に近い。

 

「言っておくけど、簡単に死なないでね? 試してみたことは色々あるのだから」

 

くすくすと笑いながら、プレシアは左手を振るう。

 

瞬間、全てのスフィアから発砲音と共にフォトンランサーが放たれた。

 

すぐさまシノンは駆け出し、クロノは弾かれたように飛翔する。その直後、2人が立っていた場所が大威力の魔力弾に飲み込まれ、爆音を鳴らして破壊された。

 

シノンとクロノはその威力に対して一瞥するだけで驚愕せず、次の攻撃を警戒しながらプレシアの元へと距離を詰める。

 

地上を走るシノンと空中を駆けるクロノに対し、プレシアは視線を向けるだけで魔法を使用。展開したままのスフィアから再び大量の魔力弾を放つ。

 

だが、その魔法に照準の気配は感じられない。

 

自身の動体視力で弾道からそれを察し、シノンはそのまま弾幕に正面から突っ込んだ。対してクロノは即座に進路を変え、射線から姿を消す。

 

ボォン!! と噴射音が響き、背狼の急加速で姿が掻き消しながらシノンは弾幕の間を突っ切った。抜刀と共に土煙を飛び出し、大太刀の刀身がプレシアに迫る。

 

しかし、その刀身は瞬時に展開された紫色のプロテクションに阻まれ、数秒の衝突の後に火花を散らしながら横へと滑らされた。

 

(固いな……)

 

内心で関心するようにシノンが呟く。

 

右腕の感覚が無いとはいえ、生半可な強度の障壁くらいは容易に両断できる威力で斬ったはずだった。

 

しかし、プレシアの防御力はシノンの予想を上回っており、プロテクションの表面には皹すら入っていない。

 

そして、自分の真横を通過したシノンの背中にプロテクションを即座に解除したプレシアが狙いを定める。

 

だが、新たな魔力弾が放たれるよりも先に、周囲に漂う土煙の中からクロノが飛び出した。その場所は、シノンの背中を見ているプレシアの背後。

 

攻撃する瞬間にシールドは張れない、いかに頑丈な防御でも内側に入り込めば意味が無いという弱点を理解したクロノは、シノンが接近することでプレシアに隙が生じると確信していたのだ。

 

「この距離なら……!」

 

『Break Impulse.』

 

真上からS2Uを振り下ろすクロノ。その先端からは、強烈な震動エネルギーが放たれている。

 

どうやら、プレシアの常識外れな力を見て無傷による確保は無理だと判断したらしい。こうなれば多少の負傷には目を瞑ってもらおう。

 

だが、ラルヴァを手中に収めた大魔導師の力は、そんな2人の遠慮を取り除いても厄介極まりないものだった。

 

「クロノ、離れろ!」

 

シノンが鋭い警告を飛ばすが、遅かった。

 

次の瞬間、振り下ろしたS2Uが真横に弾かれ、クロノの右腕から全身にかけて強烈な痺れと痛みが貫いた。見ると、土煙の中で紫電の光が迸っている。

 

空中で動きが止まったクロノを狙い、浮遊するフォトンスフィアの照準が全てクロノに向けられる。

 

マズイと思い急いで移動しようとするが、強力な電流を浴びたクロノの体は麻痺による痙攣を起こすだけで動かない。

 

「世話を焼かすな」

 

しかし、魔力弾が着弾するよりも早くシノンが背狼の高速移動でクロノに迫り、襟首を掴んで強引に射線上から移動させる。

 

ぐえっ、という苦悶の声が聞こえたが、シノンは構わず着地と同時に手を離してプレシアを警戒する。

 

「げほっ! ……す、すまない、シノン……ぐっ!」

 

咳き込みながら立ち上がろうとするが、未だに痺れが引かないせいでクロノは立ち上がることも出来ない。

 

「浄化の光よ……アンチドート」

 

短い詠唱に続いてシノンが指を鳴らすと、クロノの体を緑色の輝きが包む。光が数秒で消えると、クロノの体を襲っていた痺れは完全に消えていた。

 

「火傷や麻痺程度なら治せるが、そう何度も簡単に治療させてくれるほどあの女も甘くねぇ。アレ相手に難しいだろうが、出来るだけくらうなよ」

 

痺れが抜けて動けるようになった体で立ち上がると、クロノはすぐにシノンが差す“アレ”の正体が分かった。

 

フォトンスフィアの他にも、紫電を纏ってプレシアの周囲を浮遊する長い鞭があったのだ。その根元を辿ってみると、いつの間にかプレシアの左手に握られていたデバイスから伸びている。

 

あの鞭がさっきS2Uを弾き、クロノの右腕に巻きついて体を麻痺させたのだ。

 

「魔力刃ならぬ……魔力鞭(まりょくべん)ってやつか? さっきの動きを見た感じ、攻撃はあの女の思考制御でやってるみたいだが」

 

「魔力刃と同じ理屈なら、魔力量次第でいくらでも伸びるはずだ。掴まれれば電流で動きを止められるが、威力もそれなりにある」

 

それぞれの分析結果を述べながら、シノンとクロノは自分の力で実行できる戦術を頭の中で思い描いていく。

 

だが、それを待つほどプレシアはお人好しではないし、シノン達もそんなことを期待してはいない。戦い方など、戦いながら考えるしかない。

 

戦闘を再開させたのは、プレシアが放った巨大な紫電。砲撃魔法などではない、地球の海上を狙撃したのと同じ純粋な雷撃である。

 

回避したシノン達の立っていた場所が爆発を起こして吹き飛び、再び2人は別々の方向へと逃れてプレシアへと迫る。

 

まだどちらとは言えないが、戦況は確実に傾き始めていた。

 

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

少しずつですが、テイルズの要素も引っ張ってきたいですね。

ボス戦の決着にはあと2話くらい使うかもです。

では、また次回。

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