では、どうぞ。
Side Out
まだ朝日が殆ど昇らない早朝。
そんな時間の中、普段着姿のなのはは動物状態のユーノとアルフを連れて薄暗い海鳴市の公園にやって来た。
もちろん、散歩に来たわけではない。なのはの到着と共に、対面の位置にバリアジャケットを纏ったフェイトがゆっくりと降りてきた。
バルデッシュを構えるフェイトを前にして、なのははまだデバイスを取り出さない。
「フェイト……もうやめよう。あんな女のいうこと、もう聞いちゃダメだよ。このままじゃフェイトが不幸になるばっかりじゃないか!」
今にも辛そうに叫んだアルフの言葉に、フェイトは一瞬悲しそうな目をするが、静かに、だが決意を固めた目で首を振った。
「……それでも私はあの人の娘だから。あの人の、力になるって決めたから……」
返された答えは拒絶。
それを認めたアルフは視線を俯かせ、入れ替わるようになのはが前に踏み出す。
「ただ捨てればいいって訳じゃないよね……でも、逃げればいいって訳じゃ、もっと無い。きっかけは、きっとジュエルシード。だから賭けよう……お互いが持ってる、全部のジュエルシード!」
『Put out.』
レイジングハートがセットアップの光と共に管理局の集めたジュエルシード、総数11個のジュエルシードを排出する。
『Put out.』
バルディッシュも同じく、総数9個のジュエルシードを排出する。
「まずはそれからだよ……全部、それから……」
自身の周囲に4発の誘導弾を待機させたまま浮遊し、なのははレイジングハートを構える。同じく浮遊したフェイトもバルディッシュをサイスフォームに変形させ、金色の魔力刃を発生させる。
「私達の全ては、まだ始まってもいない。だから……お互いの、本当の自分を始めるために!」
見つめ合いながら、お互いの瞳の中に闘志が宿る。
「だから始めよう……最初で最後の、本気の勝負!」
その言葉を引き金に2人の少女は天高く飛翔し、激突する桜色と金色の爆発が暗い空を明るく照らした。
* * * * * * * * * *
「戦闘開始だね」
「ああ」
アースラのブリッジでなのはとフェイトの戦闘を見ているのはエイミィとクロノ。
「シノン君との模擬戦もだけどさ、珍しいよね。クロノ君がこういうギャンブルを許可するなんてさ」
「まあ、なのはが勝ってくれるなら問題は無いけど、正直、2人の勝負はどちらが勝ってもあんまり関係無いからね」
「勝てばジュエルシードとフェイトちゃんを確保。負けてもフェイトちゃんの逃走先を追いかけてプレシアの拠点を見つける。でも、クロノ君だって密かに応援してるんじゃないの?」
ニヤリと笑みを浮かべ、エイミィはからかい半分でそんなことを言いながら肘でクロノの脇腹を突く。
「……否定はしない。それより、追跡準備を忘れずに」
「はいは~い。でもさ、師匠としてはこの勝負はどう?」
キーボードを叩きながら答えたエイミィは、後ろの方へ視線を向けた。
その先にいたのは、ブリッジに置かれた横長のベンチに仰向けで寝ているシノン。
寝息の音もまったく聞こえないほど静かに寝ているのだが、エイミィの言葉を聞いてゆっくりと目が開き、ベンチから跳ね起きる。
最初はもちろんクロノに注意を受けたのだが、シノンはいたって普通の表情で“画面を見ろ。地球じゃまだ寝てる時間だろう”と断言した。
何の恥も無く答えたシノンに、クロノは怒りを通り越して呆れの溜め息を吐き、事が始まったらちゃんと起きろ、とせめての指示を残した。
「あぁ~……まぁ~、何とか教えたいことは教えられましたから、投げやりで申し訳無いんですけど、後は本人次第ですかね~」
左手で乱れた髪を少し乱暴に直し、シノンは欠伸を堪えながらエイミィの隣に立つ。
だが、シノンの後ろ髪は元々背中に届くほど長く、前髪も背が縮んでから弄っていないせいで少し無秩序に伸びている。本人からして、前後共に少し邪魔だ。
邪魔にならない程度に切るか、とシノンが独り言を呟く。すると、後ろから伸びてきた手がシノンの銀髪を優しい手つきで撫でた。
首だけ振り向くと、艦長席から降りてきたリンディが櫛を片手にシノンの髪を梳かしていた。目が合ってもニッコリと笑うだけで、手を止めない。
数秒呆然とするが、別にいいか、と納得してモニターに視線を戻す。
モニター内では、なのはとフェイトが多重結界の中で空中を縦横無尽に飛び回り、魔力弾を撃ち合っている。牽制のものもあれば、相手を沈めるものもある。
1発1発の破壊力はシュミレーションなどで使用されるビル状のレイアー建築物を貫通するほどであり、すでに幾つもの建造物が倒壊している。
多分結界が無ければ、市街の1つが崩壊しているだろう。
「大したものね~……9歳であれだけの空戦技能を持ってる子なんて、局員の中にもそういないわよ」
「現時点で2人ともAAAランクだけど……クロノ君とシノン君から見て、勝率はどんな感じ?」
「「5割」」
まったく同じタイミングでクロノとシノンの言葉が重なった。
どちらとも言葉には迷いが無く、冷静な表情をしている。
その言葉にエイミィとリンディの視線がシノンに集まり、無言で説明を要求される。それに対してシノンは、嫌な顔1つせずに答えた。
「確かに今日までの訓練で高町は近接戦闘の技能も魔法技術も強くなりましたよ。だけど、まだなのはとフェイトの間には実戦経験の差がある」
そう。それはフェイトだけでなく、シノンやクロノにとっても自分の力の根底を支える重要な要素だ。
才能は確かに絶大な戦闘センスを与えてくれる。努力で重ねて補える程のものもあれば、時には届かないと思う規格外のものもある。
だが、どのような資質だろうと、多少を問わず経験が無ければ生かされない。シノンが知る限り、戦闘なら特にだ。
経験を重ねることで学習し、体感して磨き抜かれた力は揺るぎ無い基盤となる。戦闘ならば、それが直感や反応速度に変化していく。
話が逸れたが……とにかく、フェイトに比べ、なのはにはその“実戦経験”が足りていない。簡単に身に付けられることではないので、仕方ないと言えばそれまでなのだが。
それでも……その状態で尚、この短期間でなのはは勝率を五分五分にまで引き上げたのだが。正直、なのはの才能はシノンやクロノにとっても“異常”だった。
「なのはが勝てる有力要素を取るなら……あの神から与えられたと言っても過言にならない才能と、最近まで日常の中に魔法が無かった人間の発想かな」
「後は、そこから高町がフェイトの意表を付ける戦術を導き出せるか。多分、勝負の分け目で一番大きいのはそこだろう。普通に戦えば、まだフェイトに分がある」
シノンの言葉を最後に一端会話が途切れ、全員の視線がモニターに戻る。
見ると、シノンの言った通り、空中での誘導弾の撃ち合いに均衡の変化が起こった。押し始めたのは、フェイトだ。
通常の飛行速度では互角の状況だったというのに、フェイトは減速、旋回、加速の細かな微調整によってなのはの背後を取った。
もちろん、なのはも簡単に撃ち落とされはしないが、不利になったのは確かだ。
「それじゃあ、このままなのはちゃんが戦っても、勝てる可能性は、本当は5割よりも低いってこと?」
「さて、どうですかね……オレとしては、フェイトに一泡吹かせられるくらいには鍛え上げたつもりですけど」
口元に微笑を浮かべたシノンの発言の後、モニター内の戦況がハッキリと変動した。
* * * * * * * * * *
魔力光ではない純粋な爆発が空で弾けた。
その中から大地に向かって飛び出してきたのは、桜色の魔力光を身に纏うなのは。どうやら、爆発で吹き飛ばされたようだった。
そこへ金色の魔力光を纏ったフェイトが突撃し、デバイスフォームのバルディッシュを横薙ぎに打ち込む。
なのははその攻撃をシノンに高評価を貰った反応速度によって察知し、即座に障壁を展開して直撃を防ぐ。
だが、フェイトの攻撃はその反応速度を予測していたように通常よりも重く。なのはの体は防御越しに眼下に広がる海面に叩き落された。
装甲の厚さに気を配っているバリアジャケットによってダメージを完全に防いだなのはは即座に移動を開始。海面スレスレの高度を飛翔する。
だが、そこへ……
『PhotonLancer.』
「ファイアー!!」
逃がさんとばかりに後方から放たれた5発の魔力弾が迫る。だが、海面スレスレを飛行する敵に当てるのは通常よりも難しい。なのははそれを利用し、全て避ける。
すぐ上昇と共に空中に最小限の弧を描き、今度はなのはがフェイトの背後を取った。
『Divine Shooter.』
「シュート!」
周囲に桜色の誘導弾が4発展開され、なのはの号令と命令と共に3発がフェイトに迫る。弾速こそ劣るが、自動追尾の特性によって即座にフェイトを追いかける。
『Scythe form.』
それに対し、フェイトは鎌状に変形させたバルデッシュを振り向き様に一閃。背後まで迫った3発の魔力弾を斬り裂いた。
そして、フェイトはそのまま消滅した魔力弾の光を突っ切り、そのままなのはに向かって突撃する。
「っ!……シュート!」
近付けまいと、なのはは残しておいた最後の魔力弾を発射するが、何故かその弾速は他の3発より遅い。
当然、そんな攻撃が当たるわけもなく、フェイトはローリング飛行で魔力弾を苦も無くやり過ごした。
『Round Shield.』
後退は間に合わないと判断し、なのはは左手を突き出して障壁を展開。堅牢な防御力によって魔力刃を完全に止める。
そのまま数秒の拮抗が続くが、なのはが状況を動かした。
つい先程、フェイトが後方へとやり過ごした魔力弾がなのはの思念操作によってフェイトの後頭部へと直進してきた。
防御魔法を維持しながら誘導弾を操作する高等技術。シノンの他にも、クロノやユーノに指導を頼んで身に付けた手札の1つだ。
だが、その策はシノンが指摘した欠点、経験の違いによって破られる。
(ッ!……後ろ……!)
フェイトの第六感が警報を鳴らし、後方から迫る魔力弾に気付いた。一瞬だけ視線を後方に向け、即座に使うべき魔法を叩き出す。
『Thunder Barrett.』
広げられたフェイトの左手に雷光が迸り、防御貫通に優れた魔力弾が生成される。そのまま左手をなのはのシールドに叩き付け、零距離で放つ。
バリィィン!!! と盛大な破砕音が鳴り響き、砕け散った障壁の奥にいるなのはも悲鳴を上げて吹き飛ばされた。
ダメージを受けたことで誘導弾の制御は大きく乱れ、フェイトは首を軽く左に傾けただけで誘導弾を避けた。
だが、その時、フェイトの目が吹き飛んでいくなのはの姿に違和感を覚えた。その正確な場所は、笑みを浮かべる口元。
何か仕掛けてくる、と危機を感じてフェイトはデバイスを構える。だが、その警戒はなのはが笑みを浮かべた時点で遅かった。
直後、フェイトの目の前で前置きも無く誘導弾が内側から弾け飛び、桜色の大爆発が起こった。
「なっ……!(暴発っ!?)」
驚愕と同時に全身を魔力爆発の衝撃に叩かれ、浮遊した体が吹き飛ぶ。
こんな時に軽装甲のバリアジャケットが仇となり、フェイトはなのは以上の速度で後方へ吹っ飛んだ。
だが、吹き飛びながらも今の攻撃の正体は分かった。
なのはは自分の近くに残しておいた最後の魔力弾に魔力を多く込め、破壊されないようにわざと弾速を遅くし、フェイトに避けさせた。
そして、なのはは魔力弾がフェイトの近くを通過する瞬間に誘導弾の魔力を暴発させ、先程の大爆発を起こしたのだ。
結果、互いに建築物へと激突したのだが、バリアジャケットの装甲の差により、受けたダメージはフェイトの方が上だった。
「うっ……!」
立ち上がったフェイトは痛みに耐えながら自分の対角線上に吹き飛んだなのはを探す。だが、建物が大きな壁になっているせいで見えない。
慎重に迂回して接近しよう、とフェイトは考えた。
だが、行動を開始しようとした途端、壁になっている建物の真ん中辺りが僅かに桜色の光を発した。
「っ……!」
疑問を抱くよりも早く、フェイトは飛行魔法で建築物の中から飛び出して上昇する。
次の瞬間、建物のど真ん中が桜色の極光によってぶち抜かれ、数秒前までフェイトが立っていた場所も極光に飲み込まれた。
この馬鹿げた破壊力にはフェイトも心当たりがあった。なのはの主砲と言っても間違い無い砲撃魔法、ディバインバスターだ。
立ち上った煙が晴れると、その奥には肩で息をしながらシューティングモードに変形したレイジングハートを構えるなのはがいた。
『砲撃を回避されました。やはり、そう簡単には勝たせてくれません』
「……うん。だけど、前もってシノン君に言われてたから、この位は予想通り。知恵と戦術はフル回転させてるし、切り札も対抗策も用意してきた。あとは……」
『負けないという強い気持ち、ですね』
「うん! それじゃ、ここから逆転狙っていくよ!」
『All right.』
返答を聞き、なのはは用意してきた対抗策を取った。
まず、最初に変化したのはデバイスだった。
本来は魔力砲撃に特化したシューティングモードの先端に桜色の魔力光が集まり、細長く鋭い魔力刃が形成される。
次に、なのははデバイスを握り直し、シノンに習った“構え”を作る。
体全体を右に捻り、相手に背中を向けるような体勢を作る。首だけで正面を向き、右足を軸にして左足を横に伸ばして沈める。
そして、レイジングハートの持ち手の後ろ部分を肘を直角に曲げた右手で握り、顔よりも高い位置で固定する。
対して左手は持ち手の前部分に親指を引っ掛け、添えるように置かれている。
その構えを見て、フェイトはレイジングハートが何の武器を真似ているか理解した。
(槍……それも管理局員で習うような簡単なものじゃなくて、本物の武術の構えだ)
鎌の形態となっているバルデッシュを握り直し、フェイトが斬り込んだ。
正面から首筋を狙った右薙ぎの一撃。今までなら障壁で防ぐか、回避飛行で距離を取ることを狙うなのは。だが、今回取った行動は、前進だ。
「ふっ……!」
短く息を吐き、身体強化の恩恵を受けた肉体が動き出した。
体を正面に向けて右手を真下に引き、添えていた左手の平で槍を上に跳ね上げるように押し上げる。
シーソーのようにお互いの高さが入れ替わり、槍を真似たレイジングハートは弾かれるように真上へと振り抜かれた。
振り抜かれたレイジングハートは鎌状の魔力刃が発生する根元部分にぶつかり、バルディッシュを真上へと打ち上げた。
「え……?」
何が起きたのか理解が遅れ、呆然とした顔で声を漏らしたフェイト。
だが、なのはの動きは防御だけに留まらず、間髪入れず攻撃へと転ずる。
今度は左手で持ち手を握って槍を引き寄せ、右手の平で槍を前に押し出す。つまりは右薙ぎに振るわれ、槍の柄尻が無防備なフェイトの腹部を直撃した。
「か、はっ……!」
衝撃によって酸素を吐き出し、フェイトの体は痛みと驚愕によってその場で固まった。
『Break Impulse.』
だが、レイジングハートの声に反応し、フェイトは痙攣を起こす体を強引に動かしてなのはから距離を取った。
直後、レイジングハートの柄尻部分から接触物を破砕する振動エネルギーが放たれるが、フェイトが距離を取ったことで不発に終わった。
「くっ……!」
乱れた呼吸を整えながら、フェイトは先程と同じ構えを取ったなのはを睨む。
正直、侮っていた。幾ら近接戦闘のスキルを鍛えようと、自分と互角に渡り合えるわけがないと心の中で思い上がっていた。
その驕りの結果がコレだ。下手をすれば、あのまま倒されていたかもしれない。まだフェイトが戦えるのは、なのはの槍術が未熟なおかげだ。
(初めて会ったときは、魔力が強いだけの素人だった……でも、今はもう違う……少しでも気を抜けば、やられる……!)
目つきが変わり、足元に魔法陣が広がると共に魔力刃に大きなスパークが迸る。
目の前の敵に対する脅威が変わり、フェイトは自分と戦っている高町なのはを改めて敵と再認識した。
ご覧いただきありがとうございます。
とりあえず、1話では纏められなかったので、2話構成にしました。
なのはの槍術に関しては、今になってデバイスにモードを1つ追加するのは無理が有ると思って、一番長いシューティングモードを槍に転用しました。
あと、構えの具体的な形が文章で分かりづらかったら、Fate のランサー(第五次)の構えを想像してください。イメージとしては、アレと同じです。
では、また次回。