白銀の来訪者   作:月光花

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今回は鍛錬の時間です。

では、どうぞ。



第8話 短所と長所

  Side シノン

 

 「……さて、やる気溢れる生徒の意思を尊重して授業を始めるわけだが。まずはさっきの映像で見つけた欠点を埋めていこうと思う」

 

「はい!……でも、欠点ってどんな……」

 

元気に返答するが、すぐ不安そうにレイジングハートを握り締める高町なのは。

 

その様子を見て少し考え、そうだな、と言って言葉を繋げる。

 

「さっきの映像を見る限り、お前さんの射撃方面の技術はかなりのものだった。他にも飛行、防御、拘束などの魔法練度も決して低くない。むしろ高い方だろう。大したものだ」

 

オレがそう言うと、高町なのはは嬉しそうに顔を綻ばせた。

 

こういうのを飴と鞭の使い分けって言うのかね。クラトスがやっていたように、欠点より先に良い点を教えて不安を和らげたんだけど。

 

効果はかなり有ったようだけど、この子の魔法練度がかなり高いのは確かだ。自覚無いのがある意味一番おっかないけどな。

 

「そして欠点の方だが、何よりも劣っているのは近接戦闘の能力だろう」

 

高町なのはの能力が遠距離主体の一点のみに集中しているのはほぼ間違いない。

 

別にそれが悪いことだとは言わない。万能型がどんな状況でも一番優れていることはないし、戦闘スタイルを突き詰めて鍛え抜いた力は自身だけの強さになる。

 

だが、フェイトを相手にするなら遠距離のみを鍛えるという選択はオレはあまり賛成出来ない。クロノもそう思ったからオレの所へ来させたんだろう。

 

「いいか? オールレンジに対応出来るみたいだが、フェイトが一番得意なのは恐らく高速移動を生かした近距離戦だ。そして現状、フェイトの接近戦に対してお前さんが取れる手段は防御と回避だけだ」

 

だが、この2つは事実上、自分の首を絞めることになる。

 

確かに高町なのはの防御力は高い。だが、防御の体勢を取るということはその場で動きを止めてしまうということになる。

 

防御を抜かれるほどの攻撃を叩き込まれればアウトだし、フェイトにはアークセイバーやサイズフラッシュなどの防御崩しの技もある。

 

そして回避だが、こっちは簡単な話だ。

 

フェイトの方が速いのだから、相手が近距離戦を諦めるまで逃げ切れるスタミナが無い限り距離を詰められておしまいだ。

 

「そういうわけで、最低でもフェイトの斬撃を防げる程度まで近距離戦のスキルを上げようと思う。というか、それしか教えられん。魔法とかは他を頼ってくれ」

 

「はい……でも、私、運動神経あんまり無いんですけど……」

 

申し訳無さそうに呟いた高町なのはの肩には“どよ~ん”という感じの影が漂っており、隣に立つユーノ・スクライアも苦笑している。

 

「運動神経の有る無しで結果は決まらんよ。むしろ、それを理由に努力することを投げ出す方が大問題だ。それに、お前さんなら多分その点は強化魔法でどうにかなる」

 

オレはそう言って訓練室に用意してもらった“ある物”を拾い、高町なのはに軽く放り投げる。

 

「それがお前さんの使う得物だ」

 

デバイスから話した左手でキャッチしたそれは……

 

「これ……棒、ですか?」

 

「そう。木製で頑丈な長い棒。教えるのは槍術だけど、刃が有ると危ないからな」

 

槍術を教えるのは単純にデバイスの形状からだが、何処まで教えられるかはこの子の努力次第だ。もしかしたら、術技を習得できるレベルまでいくかもしれない。

 

とりあえずデバイスは仕舞ってもらい、普段着のまま棒を持たせる。続いて武器の持ち方と構えを教えておく。これで準備だけは完了だ。

 

「まずは武器を振るう感覚を体で覚えてもらう。今教えた通り、振り下ろし、薙ぎ、刺突の型を順番に繰り返してやってみな」

 

「は、はい!」

 

そう頷いた高町なのはは教えた通りの構えを取った。

 

取ったのだが……明らかに力み過ぎていて、武器を握る手も震えている。

 

「おい、ちょっと力が入り過ぎ……」

 

「や、やああああああ!」

 

オレが制止の声を掛けるがすでに遅く、高町なのはは大きく振り上げた棒を思いっきり振り下ろした。しかも何故か目を瞑って。

 

結果、教えた型から明らかに逸脱したデタラメな動きによって、棒を振り下ろした高町なのはの右手首はぐきっ!と捻挫の音を立てた。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

  Side Out

 

 「……まさか、素振りの一回目で手首を痛めるとは」

 

「うぅ~……ごめんなさい」

 

捻挫で痛めた右手首に治癒術、ファーストエイドを施しながらシノン達は訓練室の壁際で休憩を取ることになった。

 

なのはは痛みと申し訳なさで涙目になっており、ユーノは自分の魔法とは違うシノンの治癒術を興味深そうに見ている。

 

シノンは治癒を終えた手首に医療セットから取り出したテーピングを巻く。

 

「……よし。後はこの上からアイシングをすれば十分くらいで治る。それまでは腕を大きく振り回すんじゃねぇぞ」

 

「あの……なのはに近接戦闘を教えるのは理解したんですけど、具体的にはどんな風に鍛えていくつもりなんですか?」

 

そう尋ねてきたのは、今まで鍛錬の様子を見守っていたユーノ。

 

シノンは鞘に収めて壁際に置いておいた大太刀を掴んで立ち上がり、2人から少し離れた場所で立ち止まる。

 

「大きく分けて3段階だな。まず一段階は武器の使い方を体で覚える。第二段階では近接格闘での動きや基礎。最後にフェイトへの対策に取り組む」

 

「なるほど……でも、近接格闘の基礎って例えば?」

 

「なに、別にハリウッドスターがやるような複雑極まる動きをやれってんじゃねぇさ。そうだな。一番分かりやすいのを挙げるなら……」

 

直後、ボォン! という音と共に大太刀を抜いたシノンの姿が掻き消えた。

 

少なくともユーノとなのはにとってはそう見えた。

 

そして、次にシノンが姿を現したのは、床に座るなのはの目の前。しかも手に持つ大太刀を振り上げており、すぐに勢い良く振り下ろされる。

 

「え?」

 

呆然とした様子でなのはが呟いた。

 

振り下ろされる刀身はハッキリと首筋を捉えている。魔法での防御も間に合わない。

 

つまり、死ぬ。

 

「……っ!」

 

状況よりも結果を早く理解したことで体が動き、なのはは咄嗟に目を瞑る。

 

「ほら、それだよ」

 

聞こえてきたシノンの声は普段通りだった。

 

恐る恐る目を開けると、そこには大太刀の刀身ではなく、シノンの人差し指があった。

 

それ、と指を差されながら言われても何のことか分からず、なのはは首を傾げる。

 

「目だよ。運動神経が悪いって言うわりに、お前さんの攻撃への反応は大したもんだ。それもかなり上の方。だが、近接戦闘の途中で目を瞑ったりすれば、殺してくださいと言ってるようなもんだ」

 

そういうことを教えていくんだよ、と言ったシノンは鞘に納めた大太刀で肩を叩きながら身を翻した。

 

「あ、あの……さっきの瞬間移動って何ですか? フェイトちゃんと同じくらい速く動いてましたけど……」

 

「瞬間移動? …………ああ、もしかしてこれか?」

 

そう言うと、再び訓練室内にボォン! と小規模の噴射音が鳴り響き、なのはの目の前から再びシノンの姿が掻き消える。

 

そして、次の瞬間には前方10メートル程離れたユーノの背後に立っていた。

 

「え?……え!? そんなっ……魔法も使ってないのに……」

 

「確かに魔法じゃないな。“魔力は”使ったけど。ちなみに名前は背狼(はいろう)な」

 

何処か誇らしげに名前を言いながら、シノンはヴェルフグリントを待機状態に戻して今の移動法、背狼について説明する。

 

「まず、クロノの聞いたと思うが、オレは飛行魔法であらゆる方向に直線にしか飛べないという馬鹿げた特性を持っている。

おかげで検査では思いっきり壁に突っ込む羽目になった……あの時の空気の重みは、今では忘れられん……何故だ、何故曲がれないんだ……」

 

『申し訳ありません。検査時の一件が思いのほか響いているようなので、マスターに代わり、此処からは私が説明を代行させていただきます』

 

説明を開始した途端、検査時の一件を思い出したシノンは背中に暗い影を引き連れて壁際に移動。そのまま膝を付いて、1人で嘆きを零す。

 

そして、シノンを気遣ってか待機状態で浮遊するヴェルフグリントがなのはとユーノの前に移動し、説明を続行した。

 

『今聞いたように、マスターの飛行魔法には厄介な特性が有ります。しかし、魔導師との戦闘において空中での機動力は重要な手札になります。そこで考えたのが、瞬間的な高出力の魔力噴射による全方位対応の移動法、背狼です』

 

「魔力噴射?」

 

『全身の至る所にジェットエンジンかダイナマイトを巻きつけていると思ってください。任意のタイミングで好きな場所を点火させ、爆風を利用して高速移動しているようなものです』

 

つまりシノンは、全身のあらゆる場所に魔力球を設置し、魔力を収束して圧縮、その魔力のジェット噴射で肉体を移動したい方向へ押し出しているというわけだ。

 

確かにこれなら直線移動を重ねることで色んな方向に高速移動が可能だが、方法としては無茶苦茶もいいところである。

 

「やらんだろうが、真似しようとは思うなよ? 出力の加減を間違えば目を回すどころか内蔵と脳を激しく揺らして気絶と嘔吐をしばらく繰り返す羽目になるから」

 

いつの間にか復活したシノンが気楽にそう言うが、青ざめた顔で頷くなのはとユーノは自分達が飛行魔法を普通に使えている現状に大いに感謝していた。

 

「まあ、実戦でも使えるレベルになればフェイトよりも速く動ける。第三段階はこれを使ってオレが相手をすればいいだろ。さて、手首はもう治ったか?」

 

「あ、はい! 大丈夫です!」

 

「んじゃあ、再開といこうか。一応言っとくが、力を入れ過ぎるなよ?」

 

「……はい」

 

念を押されたなのはは気まずそうに頷き、完治した右手に棒を持って立ち上がる。そして再び構えを取り、棒を両手で握り締める。

 

その様子に先程のような動揺は無く、とても落ち着いている。

 

構えの体勢から体が動き、手に握る棒が振り上げられる。

 

そして、ついに記念すべき一回目の素振りが…………

 

 

『エマージェンシー! エマージェンシー! 捜査区域の海上にて、大型の魔力反応を感知! 各員は持ち場に戻り、待機してください!』

 

 

…………室内を赤く染める警告灯とアラーム音、さらにアナウンスで遮られた。

 

シノンはアラームを鳴らすモニターを数秒間見上げ、目を細めてなのはとユーノを見る。

 

「……行くぞ。どうやら、鍛錬開始はもう少し後みたいだ」

 

その言葉に頷き、なのはとユーノはブリッジを目指すシノンの後に続いた。

 

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

今回、結局なのはは素振り一回目で失敗して手首捻挫しただけでした。……あれ? 良く見たら今回のこれって、もう鍛錬じゃなくてただの講義じゃね?

まあ、鍛錬は書く時に書きます。

んで、今回登場したシノンの移動法、背狼ですが……

一番近い例えは……アーマードコアのネクストが使うクイックブーストです。アレの全方位移動可能バージョンと思ってください。

ただし、使用者の安全に保障なんて欠片もありません。出力調整間違えば壁に激突するし、バリアジャケット無しで使いまくれば体の骨が粉砕音の大合唱です。

次回は、主人公が自分の資質とあまり合わないチートアイテムを手にします。

では、また次回。

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