白銀の来訪者   作:月光花

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にじファンから移転してきました。

向こうでは雪月花と名乗っていたのですが、こちらでは月光花というユーザー名にしました。

まあ、にじファンでは作者名をホワイト・グリントにしてましたけどwwww

ストーリーは向こうで書いてたのを見ながら色々と変えるかもしれません。

タグの方は、多分次第に増えていきます。

・2015/05/06

内容を大幅に編集・加執しました。




プロローグ

  Side Out

 

世界樹よりもたらされたマナの恩恵により栄えた世界、グラニデ。

 

この世界には古くから伝わったおとぎ話があった。

 

“世界に危機が訪れたとき世界樹から世界を救う英雄ディセンダーが現れ世界を救う”グラニデでは有名な物語だったが、人々の頭には「所詮物語りだ」程度にしか認識されていなかった。

 

だが、現実にディセンダーは誕生した。

 

ディセンダーは海賊チャットの船バンエルティア号に拾われ、次第にアドリビトムというギルド名を得た組織で次第にグラニデの危機に関わっていった。

 

世界の負の増大とマナの枯渇、それがグラニデの直面していた危機だった。

 

『負』

 

人の感情から生まれるそれは、世界に留まりさまざまな悪影響を与えていた。

 

その現象は生物や植物などの生態変化、各所の天変地異などに及んだ。

 

それに対極に存在するグラニデにとって恵みのエネルギーである”マナ”は年々その量を確実に減らしていた。

 

この二つの問題と一人の科学者、ジャニス・カーンの実験により、のちに世界樹から負の塊である”ゲーデ”が生まれた。それによって負の悪影響はさらに加速し、グラニデはさらに混乱した。

 

だが、ディセンダーたちはその中でひとつの希望を見つけた。

 

“穢れ流し”

 

世界中に溢れた負を世界樹に送り、世界にマナを満たすという古代の儀式である。ディセンダーたちは穢れ流しに必要な物や手順をたどった。

 

そしてそんな時、ディセンダーたちはジェイド・カーティスが傭兵として雇いアドリビトムにやってきた青年、シノン・ガラードに出会った。

 

そしてシノンはアドリビトムに穢れ流しの方法を教えてくれた異世界の住人、二アタに「君は世界樹から生み出された“世界を見るための目”だ」と教えられた。

 

シノンは“自分は世界を見るためだけに作り出された存在だった””自分はディセンダーが生まれた時点で役目を終えて捨てられていた”その二つを知って少なからず絶望した。

 

「自分が血にまみれ、死に物狂いで生きてきた今までの人生は全て世界樹がディセンダーを生み出すための材料だった」

 

その思いを抱き、シノンは世界樹を憎んだ。だが、シノンはゲーデのように世界を無差別に破壊するようなことはせず、自分が必死に生きた「世界」を守るため世界のために戦った。

 

やがて穢れ流しの準備が完了し、世界樹に負を送ろうとした時ゲーデが現れ、送るはずだった負をせき止めて名の通りの負の巣、ネガティブネストを作った。

 

ネガティブネストに乗り込んだディセンダーとシノンたちはゲーデの元にたどり着き、互いの思いを伝えた。

 

ディセンダー・・・・『ノア』は「大好きなみんながいる世界を守りたい」。

 

ゲーデは「負として勝手に生み出されて勝手に消えたくない」。

 

シノンは「たとえ偽りで生まれた命でも、自分が今まで生きてきた世界を守り抜きたい」。

 

三つの思いは今・・・・・・衝突した。

 

 

 

 

  Side シノン

 

 駆け出す。

 

敵と認識したゲーデに向かって走りながら、腰に差している長刀を抜く。

 

外気に出された長刀の刀身は雪のように白く、波紋は黒い。ちなみに鞘は全体に彫刻が浮き出て、色は薄めの白が混ざった黒色、さらに先端に取り付けられたサファイアが強く輝いている。

 

オレに身勝手な生を押し付けた世界樹が唯一、オレに与えたもの。世界樹の根元を守っていたあの男を倒して貰い受けたオレだけの武器。レディアント、霊剣プリミティブカオス。

 

「剛・紅蓮剣!!」

 

居合いの勢いでゲーデに目掛けて刀を振り下ろす。

 

火柱が上がったと同時に手応えがないことを感じ、すぐさま体を沈める。

 

すると、炎の奥から飛び出た大きな骨組みの腕がオレの頭上を突風と共に通過した。

 

「エアスラスト!!」

 

後方から声が響き、ゲーデの頭上に生まれた緑色の球体から雨のようにカマイタチのような風の斬撃が降り注ぐ。

 

「温いぞッ!」

 

しかし、ゲーデはそれを意にも返さぬと言うように真正面から突っ切り、細かな傷を負いながらもオレの方へと距離を詰める。

 

オレもすぐに長刀を構え直し、正面から突っ込む。

 

「魔皇刃!」

 

「らあぁぁぁッ!!」

 

青い闘気を纏った長刀を唐竹に振り下ろし、薙ぎ払うように振るわれたゲーデの大爪と激突する。

 

衝撃波が周囲に拡散し、砕けた地面の欠片が周囲にばら撒かれた。

 

「があぁ、あああああァァ!!!」

 

「ちぃ……!」

 

獣のような咆哮と共にゲーデの怪力がオレの長刀を押し退けようとするが、叩き付けられた大爪を受け流すようにして咄嗟に体を捻り、ゲーデの右腕に真横から長刀を打ち込んで跳ね上げる。

 

そこへ、すかさず双剣を構えたノアが突っ込み、ゲーデの大爪の迎撃が間に合わない左後方から攻撃を仕掛ける。

 

だが、それに勘付いたゲーデは怪物染みた膂力にものを言わせてオレが打ち上げた右腕の大爪を振るい、空いた左手を握り締めてノアの振るう双剣に拳を打ち込む。

 

「っ……!」

 

素手で斬撃を弾くという予想外の行動に少なからず動揺を感じたノアは距離を取ろうとするが、それよりも早く振り上げられた大爪が真上から迫る。

 

「アースバイト!」

 

振り下ろされた大爪が得物を逃がさんと指を大きく横に広げ、ひたすらに破壊の力を込めた一撃が放たれる。

 

しかし、ノアは咄嗟に上空へと高く飛び退いて大爪の発生させた地雷の如き衝撃波を避け、そのまま体を捻りながら全身に炎を纏って突進する。

 

「鳳凰……天駆!」

 

「甘いぞぉ! ヘル……ブレイズ!!」

 

炎を纏った空中からの突進がゲーデに迫るが、それを上回る業火を纏った大爪のフルスイングがノアの突進をまるでボールのように弾き返した。

 

吹き飛んだノアはそのまま後方の壁に激突し、ぐったりとした様子で壁に背中を預けて倒れ込む。

 

「ティア、ノアを頼む」

 

「わかった、任せて」

 

オレはティアにノアの治療を頼み、互いに正反対の方向へ走り出す。前衛が一人減ったのだからその分はオレがカバーしなければならない。

 

近づいてくるオレに対し、ゲーデは慣性の法則を自分だけは例外だとでも言うようなジグザグの軌道を描いて右腕の大爪を持ち上げながら血走った瞳で駆け抜けてくる。

 

オレは走りながら長刀の刀身に炎を纏わせ、大爪と打ち合う。

 

「ファントム……ペイン!」

 

「獅吼……爆炎陣!」

 

放たれた闘気が獅子の形を描き、炸裂した爆風が互いの距離を開かせる。

 

煙が周囲に漂うせいで敵の姿を視認出来なくなるが、オレはすぐさまその場から駆け出して煙の中から飛び出す。

 

「バーンストライク!」

 

すると、ゲーデの声に続いて虚空より降り注いだ数発の炎弾が着弾と同時に爆発を起こし、周囲に漂う煙を吹っ飛ばした。

 

「“逃れること叶わぬ虚空の重圧”……エアプレッシャー!」

 

オレの唱えた詠唱術によってゲーデを中心とした局所的な重力場が発生し、両足が轟音を響かせながら足元に沈んでいく。

 

それでもゲーデの行動を鈍くしただけで大したダメージにはならないが、ひとまずはこれでいい。オレもこれが有効打になるとは思ってない。

 

「エンシェントノヴァ!」

 

ゲーデの動きが鈍くなった所へ上空から赤い熱線が降り注ぎ、着弾点から大爆発を引き起こす。

 

流石に上級の詠唱術を受けても軽傷とはいかず、爆炎に包まれたゲーデの体には確かなダメージが見える。

 

すかさず踏み込んだオレと回復を済ませたノアが突っ込み、左右から仕掛ける。

 

しかし、ゲーデは業火を纏わせた大爪を振り回しながら詠唱を行い、再び降り注いだバーンストライクの炎弾でオレを牽制する。

 

後方へ大きく飛び退いて炎弾を回避するが、ゲーデは真っ直ぐ双剣を構えるノアの方へと突っ込んでいく。

 

「ヘルバイトクロー!!」

 

「閃空双破斬!!」

 

振るわれる大爪と双剣が打ち合い、互いに相手の両腕を掴んで動きが止まる。

 

個人の膂力では明らかにノアが劣っているが、ゲーデは蓄積したダメージと疲労によって息が荒くなって振り解くことが出来ない。

 

「ゲーデ……キミは本当にこれでいいのか? これが納得の出来るやり方なのか? 人も世界も、自分の命さえも投げ出すような選択が……」

 

「ハッ……今さら、何を言ってる。俺が何をどうしようと、お前等のやることは変わらないだろう」

 

語り掛けるノアの声に応えたゲーデの言葉は、憎しみを滾らせながらも何処か虚しさを感じさせるような気配があった。

 

「これでいいのか? ああ、これでいいさ。けっこうじゃないか、共倒れ。所詮は今まで無視してきたツケを纏めて払わされるだけの自業自得だろう」

 

「心底腹立たしい話だが、俺を生み出したのは結局この“世界”そのものだろう。その経緯なんざ知らないが、勝手に生み出して、仕舞いには強制的に消えろだと?」

 

ゲーデの四肢に込められた力が増し、ノアの肉体を徐々に押し退けていく。

 

押し負けているとノアも理解している。だが、それでも逃げない。

 

「ふざけるなよ……! 冗談じゃない。俺が生まれてからずっと満たされないこの渇きも、苦しみも、恐怖も、憎しみも、お前達が俺に押し付けたものだろう!」

 

声を荒げ力がさらに増しても、ノアはその場を動かない。

 

ノアはゲーデを力尽くで叩き潰しに来たのではない。

 

ゲーデの想いを、心を受け止めてぶつかる為に来たのだ。

 

「消えないんだ……足りないんだ。幾ら憎んでも、幾ら壊しても、満たされるどころか渇きが強くなっていく。こんな苦しみしか与えない世界なら、俺が壊してやる! お前を殺して、俺も死んでやる!!」

 

そこまでが限界だった。

 

炸裂した殺気と共にノアが完全に押し負け、背後に吹っ飛んでいく。

 

地面を2、3回バウンドしてようやく勢いが収まるが、すぐさま追撃しようとゲーデは大爪を構えて走り出す。

 

今度はその先にオレが立ちはだかり、振るわれた大爪を長刀の一閃で弾く。

 

すると、殺意の矛先がオレに向けられ、弾いた大爪が余裕で地面を破砕する威力と共に振り下ろされる。

 

ゲーデの側面へと走り抜け、大爪を避けて首を飛ばす勢いで長刀を振るう。

 

だが、ゲーデは体を捻って斬撃を回避し、振り下ろした大爪を地面を削りながらオレの方へと振るってくる。

 

長刀を地面に突き刺して大爪のコースに割り込ませ、地面を削りながら衝撃と威力を受け止める。

 

「お前は……憎くは無いのか?」

 

至近距離で睨み合う距離での力比べ。そこで、ゲーデはオレに問い掛けてくる。

 

「お前だって俺と同じだろう! 身勝手な理由で生み出され、利用され、世界樹からも見放された! 憎い筈だろう! 世界が!人が!」

 

「否定はしない。だが、オレやお前の境遇がどれだけ理不尽なものでも、それは世界を滅ぼしていい理由にはならない」

 

ゲーデの言うことは真実だ。

 

オレもコイツも、世界樹から生まれたのは人間の身勝手が原因だ。

 

世界の命とも呼べる世界樹でも、グラニデに生きる人々の心の全てを簡単に把握出来るわけではない。

 

だからこそ、今のグラニデには本当に救世主(ディセンダ―)が必要なのか。それを確認するための“目”として生み出されたのがオレだ。

 

そして、ゲーデは人間達の心が生み出す醜さの権化とも言うべき存在。

 

世界樹の外に出てきたのは偶然のようなものだが、生まれた場所はオレと同じだ。

 

そんなオレ達は、形こそ違えど世界樹に見捨てられたも同然だ。ディセンダ―……ノアが生まれてもオレには何の変化も兆候も無かったのだから。

 

「なら受け入れろって言うのか!? こんな運命を! この世界が俺を生み出したのに、世界は俺を拒む。居場所なんて何処にも無い! 世界樹へ送られて消滅する運命を!」

 

「自分の運命を受け入れるかどうかはソイツ自身の問題だ。そもそも、お前は憎いと口にしながらも、何を憎んでるんだ?」

 

突風を撒き散らしながら振るわれる大爪を長刀で逸らし、弾きながら問い掛けると、ゲーデが目を見開き、苦しむように顔を歪めた。

 

まるで、目を背けてきたモノを直視するかのように。

 

「世界樹か? それとこの世界そのものか? 違うな。お前はただ渇きを満たしたいだけだ。けど、人の負の感情なんて文字通り底無しだ。だから止まれないんだろう。そうしなきゃ痛みや苦しみがお前を押し潰すから」

 

第3者の視点で言えば、ゲーデのやっていることはただの八つ当たりだ。

 

だが、そうしなければゲーデは死んでしまう。憎しみが、苦しみが、降り積もっていく負の感情がゲーデの心を握り潰してしまう。

 

「そんなことをやったって終わりなんて来ない。壊して渇いての堂々巡りだ」

 

「ああ、そうさ! 今でも渇きが俺の体を蝕んでる。ならどうすればいい。大人しく世界樹に帰れば良いのか? けどそれでどうなる。世界樹に還った俺が、今の俺と同じだなんて保証が何処にある!?」

 

それは、ノアやカノンノ、アドリビトムの全員が気付けなかった疑問。

 

いや、ジェイドやクラトス、それとハロルドやリフィル辺りは気付いているかもしれないが、他の皆の為を思って何も言わなかったのだろう。

 

穢れ流しは負を世界樹に送り、それをマナに変える儀式だ。送られる負に選抜などはない。

 

その中で、ゲーデのような負の塊など真っ先に消えるだろう。

 

そして、己の存在の歪さを理解しているゲーデは死に対する抵抗が人一倍強い。

 

だからこそ、思ったのだろう。マナに変わることが出来たとして、そこにはかつての自分の意思は残されているのだろうかと。

 

そして、残念ながらそれを保証する情報は全く無い。

 

ニアタでさえも分からないと言ったのだ。恐らく誰にも分からないことだろう。

 

だが、それでもオレは此処に来た。

 

この世界を終わらせたくないというのも有るが、それがゲーデにとっても良い選択なのだと思ったからこそだ。

 

「お前の不安を解消してやれるような答えをオレは持ってない。傲慢で冷酷な考えなんだろうが、オレはこのままで良いとも思えん。自分が自分である為にお前が苦しみ続けるなんて間違ってる」

 

「それがどうした! 俺が俺でなくなってしまうなら、このままでいた方がマシだ!」

 

「恐怖と痛みに押し潰され続けてもか! そんな思いは嫌なんだろう!」

 

「うるさい! うるさいうるさいうるさいうるさいぃぃぃ!!!!!」

 

爆発した闘気がゲーデを囲むように渦を巻いてオレを押し返し、振るわれた大爪が衝撃波を放つ。

 

それを長刀の一閃で斬り裂き、通り過ぎた無色の風がオレの髪を静かに揺らす。

 

「シノンさん、チャンスだよ! 一気に決めよう!」

 

カノンノの声を背後に聞き、オレは返事をせずに再びゲーデを見る。

 

何処までも空虚な怒りや憎しみを宿して立つその姿は、もはや痛々しさを通り越して哀れにさえも見えた。

 

だからオレは……

 

「……わかった」

 

……言葉を口にして、長刀を鞘に納めて腰を沈める。

 

「あああぁぁぁぁ!!!」

 

押し潰そうと頭上から迫る大爪を前に、オレは動かず静かに闘気を練り上げる。

 

左手で鞘を握り、右手を柄に添えた抜刀術の姿勢で息を吐き、神経を研ぎ澄ます。

 

「ふッ……!」

 

踏み込みに続いた抜刀が銀閃を描き、振り下ろされる大爪と激突する。

 

だが、オレの斬撃は大爪を押し返し、ゲーデの右腕を大きく跳ね上げた。

 

「今を越える力となるの! 刻め、ラブビート!!」

 

「穢れ無き風よ、我に仇名す者を包み込まん、イノセントシャイン!!」

 

その瞬間、動きが止まったゲーデの足元から紫色の音符が吹き出し、頭上からは光が降り注ぎ巨大な光の柱が出来た。

 

オレはすぐに飛び退いて距離を取るが、ゲーデ頭上には最後の1人がいる。

 

「緋凰……絶炎衝!!」

 

ノアが炎を纏った鳳凰となって地面を滑り、通過した場所に一文字のラインが出来る。そして次の瞬間、ラインから噴水のように炎が吹き出した。

 

連続の爆発がゲーデを襲い、巨大な煙が生まれた。

 

秘奥義の三連射。

 

“勝った”と他の三人は思ったろうが、オレだけは気を抜かなかった。

 

幼いころに油断して仕留め切れなかった魔物に殺されかけた時の経験から、こういう時は確信を得られるまでは気を抜けない。

 

そして、見えた。煙の中に起こった黒い霞を。

 

そして、感じた。深く濃厚な殺気を。そしてその先にいたのは…………ノアだった。

 

それに気が付いた瞬間、オレは長刀を左手に持ち替えて発揮出来る限りの速度で接近し、ノアをその場から思いっきり突き飛ばしていた。

 

 

ザスッ!!

 

 

肉を突き破るような貫通音が聞こえ、すさまじい激痛が襲い掛かる。

 

「えっ……?」

 

目の前には、尻餅をついたノアが呆然とした表情でオレを見上げている。

 

視線の隅に映るとカノンノとティアも似たような顔をしている。

 

そこから目線を下に移すと、そこにはオレの左脇腹を貫通したゲーデの右腕が見える。腹からは大量の血が流れ出し、床に血溜まりを作っている。

 

やばいな、貫通してるというより抉れている。

 

間違い無く致命傷。死に難いこの体でも、助かる可能性は皆無だろう。

 

「シノン……さん?」

 

カノンノがふらふらした足取りでオレに近づいてくる。

 

オレは、傷口から走る激痛と熱に耐えながら、左手を伸ばしてカノンノの頭に手を置いて軽く撫でる。

 

「ごめ……ん、な」

 

ただでさえ小さい呟きは、口から吐き出された血と空気の泡で正しく聞こえただろうか。

 

「シル……フ、たの……む」

 

オレの声に続き、手の平から突風が吹き出し、カノンノ達を後方に吹き飛ばす。

 

次の瞬間、脇腹から腕が引き抜かれて暗転する意識が激痛と咳き込みによって再覚醒する。

 

足に力が入らず倒れそうになるが、何かに右腕を掴まれて留まった。

 

見上げると、体のあちこちから血を流したゲーデが歪んだ笑みを浮かべてオレの右腕を掴んでいた。

 

オレは右腕に意識を走らせ、どうにか拘束から逃れようとするが……

 

 

ブシャ!!

 

 

何かが破裂してぶちまけられたような気味の悪い水音の後に、右腕の肘から先の感覚が無くなった。

 

痛みは無かった。ただ、オレの頭は冷静に、右腕が潰されたと理解できた。

 

当然血が止めどなく溢れ出す。

 

そして、オレの視界は激痛だけを訴えながらも徐々に暗くなっていった。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

  Side Out

 

 シノンの右腕を潰したゲーデは左腕でシノンの襟首をつかむ。そのままシノンの体を持ち上げ、何処か自嘲染みた笑みを浮かべた。

 

「……そうさ。所詮はこんな結末だ。敵対するなら、こうなるしかないんだ……」

 

ゲーデの言葉にシノンは答えない。いや、出血のせいで答えられないのかもしれない。

 

「なんだ? もう死んだか……いや……」

 

「……黄泉の…………汝………」

 

シノンはまだ生きていた。唇を微かに動かし、聞こえぬ声で何かを呟いている。前髪の間から見える瞳にも、確かな気力が見える。

 

「? おい、なにを言って……」

 

「……お前の言う通り、所詮オレ達は人形だ」

 

その時、シノンがはっきり聞こえる音量で声を発した。

 

血を流し過ぎたせいか声は小さいが、ゲーデは何かイヤ予感がした。

 

「だけどな……同じ人形でも、今のオレとお前じゃ……まったく違うよ……」

 

その瞬間、ゲーデは反射的に頭上を見上げる。

 

そこには、天に目掛けて描かれた巨大な魔法陣とその中心へ収束する強い光。

 

「お前…………っ!」

 

「なぁに………お互い、痛いのには慣れっこだろ?」

 

血を吐きながら微笑を浮かべるシノンの言葉を聞き、ゲーデは慌ててその場を離れようとするが、もう遅い。

 

「人形だろうが何だろうが……意思があるなら自立して何ぼだろ……」

 

その言葉の後に、魔法陣から放たれた極大の雷、インディグネイションがゲーデの肉体へと降り注ぎ、貫いた。

 

「があああぁぁぁぁぁーーーーー!!!!!!」

 

ゲーデは絶叫を上げてもがき、その最中でシノンの体は手放され、宙を舞った。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

  side シノン

 

 地面に背中から落ちた。

 

そう自覚したのを最後に、流れる血と共に体の感覚が徐々に無くなっていく。

 

「シノンさん!!」

 

地面に仰向けに倒れているオレの体をカノンノが抱き上げた。

 

視線を動かすと、脇腹と右腕からは止まることなく血が流れ続けている。

 

既に目を開けるのも少しシンドイのだが、カノンノの悲しそうな顔を見て瞼を閉じるのに少し躊躇いを持ってしまう。

 

「いやだよぉ……シノンさん。死んじゃやだよ……」

 

カノンノの目から零れた涙がオレの顔に落ちる。横に顔を向けると、ノアとティアが涙を流しながらゲーデと戦っているのが見える。

 

少し悪いことをしたな、と思いながら、感覚が殆ど無い体を動かしてカノンノの頭を撫でてやる。だが、撫でる程の力も入らず、すぐに左手が地に落ちる。

 

カノンノは零れ落ちるオレの左手を必死に握り締め、さらに涙を流す。

 

「カノンノ……しっかり、しろ………自分で、決めたんだろ………戦うって………」

 

そう伝えたところで、視界が霞んでくる。

 

もう目の前のカノンノの顔さえもマトモに見えない。

 

「シノンさん……でも……でもぉ……」

 

聞えてくるカノンノの声はまだ振り切れないようだが、きっと大丈夫だろう。

 

掠れていく視界に、自分の過去が見えてくる。これが走馬灯か。

 

こうして見るとやっぱり碌な思い出が無いな、オレの過去。

 

ナディのキチ〇イ共に何度も命を狙われ、魔物討伐の度に傷だらけになって、狙われた夜盗共相手に戦って。

 

ほんと、随分人の生死に関わってきたもんだ。殺した人の数なんて、数え切れない。

 

(あなたは、今何を望みますか?)

 

そんな時、何処からか声が聞こえたような気がした。

 

幻聴だろうかと思ったが、何故か聞こえる声には、懐かしい何かを感じる。

 

そして、こんな死に体だからこそ、頭にはすんなりと望みが浮かんだ。

 

(もうちょっと…………生きてみたかったな)

 

許されない願いかもしれない。だが、カノンノが、アドリビトムの皆が教えてくれた。

 

きっと変われる。自分と向き合って、やり直すことが出来ると。

 

そして、いよいよ瞼を開けていられなくなりオレは意識を手放した。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

  Side Out

 

 シノンが瞳を閉じた瞬間、グラニデの中心に聳え立つ世界樹が発光した。

 

そして、放たれた黄金の光はネガティブネストの中にまで突き抜け、シノンの体を包んだ。

 

そのまま光は数秒留まるが、弾けるように拡散した。

 

だが、光の消えたその場には血まみれだったシノンの体は無かった。

 

触れていたカノンノでさえ、一瞬でシノンの感触が無くなったようなものだった。

 

(私は自分の業であなたを生み出し、今まであなたに何もしてあげられなかった。

だからせめて、あなたには生き続けてほしい。その行く末に、幸有ることを願います。我が息子、シノン・ガラード)

 

この瞬間、シノン・ガラードはグラニデという世界そのものの枠から姿を消した。

 

 

 

 

                ここから始まる。

 

  自分の生きる意味に絶望した男が魔法という翼で飛び立つ少女達と出会う物語が 

 

 




主人公の紹介についてはなるべく早く出していきます。

今回のプロローグは、とりあえずここまでで。

感想など有りましたら、よろしくお願いします。

では、また次回。

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