るろうに使い魔‐ハルケギニア剣客浪漫譚‐   作:お団子

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第八幕『騒がしき日』

 フーケ搜索の任を、仕方なくも受け入れた剣心は、ルイズ、キュルケ、タバサと案内役のミス・ロングビルと共に馬車に乗り、目的地である廃屋に向かっている最中だった。

 ゆっくりと、しかし確実に進んでいく馬車の中で途中、キュルケが不思議そうな顔でロングビルに聞いた。

「そう言えばミス・ロングビルはどうして案内役を? 他の人に頼んでも良かったのでは?」

それを受けて、ロングビルはどこか遠い目をして、こう返した。

「いいのです。わたくしは、貴族の名をなくしたものですから」

 しかし、キュルケはますます不思議そうに首をかしげた。彼女はまがりなりにも学院長オールド・オスマンの秘書役である。貴族でないものを何故雇ったのか。

「…オスマン氏は、貴族とか平民とかに余り拘らない御方なんですよ」

「…へぇ、そうですの」

 それに一度は納得したのだろうが、しかしキュルケの好奇心はもう止まらない。今度はどうして貴族の名をなくしたのか聞き始めた。

 それを見とがめたルイズが、キュルケの肩をつかんで押し戻した。

「何よ、ヴァリエール」

「よしなさいよ。昔のことを根掘り葉掘り聞くなんて。あんたにはデリカシーが無いの?」

「―――――……」

 一瞬、本当に一瞬だが、その言葉を聞いて剣心がピクリと反応した。

 ルイズとキュルケ、ロングビルは気付かなかったが、本を読みながらも視線を剣心に向けていたタバサだけは、その仕草を感じ取った。

「暇だからお喋りしようと思っただけじゃないの」

「あんたのお国じゃどうか知りませんけど、聞かれたくないことを無理やり聞き出そうとするのは、トリステインじゃ恥ずべきことなのよ」

 そして今度は、フッとにこやかな笑いを見せた。無論タバサ以外は分らない。次に剣心は顔を上げると、相変わらずの飄々とした表情に戻ってから言った。

「キュルケ殿、人には語りたくないものが、必ず一つや二つあるでござるよ」

「ん~、ケンシンがそう言うなら」

 と、今度はキュルケは剣心に抱きつき、それを怒りの眼で睨んで叫ぶルイズ。相変わらず本から顔を上げないタバサをよそに、やがて目の前に鬱蒼とした森が広がってきた。

 

 

 

 

 

              第八幕 『騒がしき日』

 

 

 

 

 

「ここから先は、徒歩でいきましょう」

 森に入ってある程度進んでから、ロングビルがそう言った。皆もそれに習い馬車を降りて小道を歩く。

 しばらくすると、広い空間の中に一件の小屋が見つかった。人気は感じないことからまず間違いなく空き家であろう。

「わたくしの聞いた情報だと、あの中にいるという話です」

 ロングビルはそう言いながら、森の中から指差した。ふと、何か腑に落ちないような表情で剣心は言った。

「思ったことがあるでござるが…その情報の真偽は確かでござるか?」

「え、ええ。とある筋から得た確かな情報です」

 少し焦ったような顔をするロングビルに対し、剣心はその目に疑問の色を強くする。その様子を見ていたキュルケが、覗き込むような感じで尋ねた。

「何かおかしいことでも? ケンシン」

「……どうにも、怪しい」

 剣心は顎に手を当て考える。思い返せば返すほど、そう感じるのだ。

 まず学院にあっさり侵入した点。確かにザル警備だったとはいえ、それでも過去誰一人侵入を許したはずのない学院の宝物庫になぜ簡単にも入ることができたのか。

 次にフーケの居場所があっさりバレてしまっている点。今にしても思うが、聞けばフーケは神出鬼没で正体すらつかめない謎の盗賊だという。

 そんな大盗賊が、こんなにも容易く居場所を発見されるドジを踏むだろうか? あったとしても十中八九罠に違いない。剣心がロングビルに真偽を確かめた理由もこれだった。

 最後に、何でわざわざ休息にこんな小屋を選んだのか。まだ中にいるとしてもあまりに無防備だ。昨晩のゴーレムを使えば、追跡や追っ手をいくらでもまけるだろうに、まさか途中で疲れて休憩が必要になるほど、無計画だったわけでも無いだろう。

 慎重な盗人ほど、作戦や計画は「あらゆること」を想定して練り込む。当然、「この小屋の中にいては見つかるだろう」という危険も、正体不明を隠し通してきた盗賊ならば視野に入れるはずなのだ。居場所が漏れる情報の点も踏まえると、ますます怪しい。

 このことから、剣心は一つの答えを導き出した。これまでの事態は、仕組まれている可能性があるということ。そしてもう一つ――。

「拙者の推測では…恐らく学院に潜り込んでいる者がいる」

「それって…内通者がいるってこと!?」

 その言葉にルイズとキュルケが息を呑む。そう考えれば、この状況にも納得がいく。学院に住み着いていれば、見取り図や侵入に役立つ情報を得るのは造作もない事。おまけに、こうやって誘い込む情報を流して逃亡の手助けをしたり、何かしらの目的があって、待ち伏せするように仕向けることも容易なはずだ。

 フーケに手引きをしている誰かがいる…。辺りに重い空気が流れた。

「当たらずとも遠からず、とも思うでござるか…どう見るでござる? ロングビル殿」

 剣心は涼しげな顔をしてロングビルを見つめた。

 ロングビルは、何故か剣心のその眼を逸らせないまま、冷や汗を流してどう言い繕うか考えていた。

 やがて、震えているとはっきり分かるような言葉で、ロングビルは言った。

「はい…まあ…そうですね…よくよく考えると…フーケを見たという情報は、確かに自分でも怪しかったような気も――」

「そっちではござらんよ。拙者が聞きたいのは、学院でそういった類の者は居なかったか…そこを聞きたいのでござる」

 可笑しそうに苦笑しながら剣心は言った。別に高圧的ではない。寧ろ親しみを覚えるような笑顔なのに、何故かそれが逆にロングビルにプレッシャーを与えていた。

 実はもう、剣心は気付きかけていたのだ。彼女こそが、土くれのフーケ本人、もしくはその内通者なのではないかと。

 勘や推測が多くを占めているが、これまでの彼女の行動と言動、それらを踏まえ、そして自身の『読み』に絶対の信頼を置いている剣心は、まず九分九厘そうだろうと読んでいた。

 ロングビルも、そういった剣心の雰囲気を察したのだろう。察して、何も言い返せないからこそ、ロングビルは黙って剣心の目を見るしかない。そしてそれが、剣心の中の確信をより強くしているのだ。

 だから、端から見れば何でもないただの質問のはずなのに、ロングビル本人にはまるで問い質すように聞こえるわけなのだ。

 そんな困った様子のロングビルを見かねて、キュルケが助け舟を出した。

「とりあえずさあ、中に入ってみない? それから考えても遅くないと思うけど」

「そ、そうです! 結論を出すにはその後で良いと思います!!」

 ここぞとばかりに、ロングビルが堰を切った。

 確かに、ここで机上の空論をしていても埒があかない。むしろ本当に今、偶然に偶然が重なってフーケを本気で追い詰めているのかも知れない。そういう可能性もまたゼロではない。

 ここでその話は一旦打ち切ることにして、今度はどうやって小屋に潜入するかの作戦を考え始めた。――そして一つの案がタバサから出された。

 作戦の案は、こうである、

 まず一人が囮を兼ねた偵察役になり、小屋の周辺を探索する。

 フーケが中にいたら、挑発して誘き出す。

 囮を追ってフーケが外に出たら、そこを全員で一斉に攻撃する。

 要は奇襲である。何もさせずにとっとと倒す。シンプル故に強力である。肝心の囮役は満場一致で、本人も含めて剣心に決まった。

「では、行ってくるでござる。そっちは任せたでござるよ」

 行く際、剣心は微笑みながらそう言うと、タバサだけ何故か畏まったように深く頷いた。つまるところ、その言葉の意味を深く受け止めたのは、タバサ一人だけということだった。

 剣心は、隠れる素振りすら見せずに悠々と小屋に近付いた。

 素人が見れば、ただ歩いているようにしか思えないが、戦闘においては、それなりに熟練者であるタバサは、その歩き方一つにも感心を覚えた。

 気配をまるで感じない、足音一つ立てていない。

 仮にあんな風に歩かれたら、目の前から近づいてきても気づくのに時間がかかるだろう。そう感じるほど、敵意や殺気を綺麗に消し去っていた。

 ゆっくりと、そして堂々と小屋にやってきた剣心は、窓から部屋を見て中を窺ったが、人気は感じなかった。

(やはり罠か……仕方ない)

 一回りして部屋を見渡して、やはり誰もいないことに剣心が確認すると、改めて扉の横壁に立ち、――少し腰を落とした。

 横のドアを見据え、ルーンの刻まれた左手で鍔を弾き、右手でゆっくりと柄に手を置く。静かに流れる時の中、暫くそうして佇んでいた剣心が―――遂に動いた。

 カッと眼を見開いてから刹那、右手で逆刃刀を完全に抜き放ち、扉を一閃。斬り裂いた。

 それから間を開けず、素早くドアを蹴り飛ばすと、荒々しくも中へと潜入していった。

 そして、再び辺り一面が静まり返った。

 

 

「………っ……」

 その一連の動作を端から見ていたルイズ達は、ポカンと口を開けていた。

 殆ど瞬足に近い動きだったが、何よりも驚いたのは、剣を抜く瞬間まで殺気を隠しきっていたことだった。

 腰を落として構えてからは、表情の変化や気配の機微を、少しくらい変えてもいいはずなのに、扉を斬り飛ばすまで何の気配も悟らせなかった。

 そして抜き去ってからは抜き去ったで、とにかく速い。そして流暢で一切の無駄がない。仮に今、フーケが仮眠中であればこの奇襲は一溜りもないことだろう。

 こういった経験は、これが初めてでは無いのかもしれない。でなければこうも綺麗に相手の不意を突くことなんてできないはずだ。――それがタバサの感想だった。

 そしてそれは、ルイズ達にも近い感想を抱かせていた。

「ねぇ、彼……あたし達の力無しで…自力でフーケを倒してくるんじゃないの……?」

 ポツリと呟くキュルケの言葉が、それを端的に表していた。

 その隣で、それを肯定するかのようにロングビルが真っ青な表情で、小屋を見つめていた。

 

 

 

 

 しばらくの沈黙の後、斬られた扉の中から剣心が一人で現れた。

 刀を持っていることから警戒はしているのだろうけど、大きな危険は感じないようだった。

 手を大きく振って、ルイズ達に呼び掛けると、彼女達も恐る恐る小屋へと近付いた。

「フーケはいたの?」

「いや…やはりもぬけの殻でござったよ」

 部屋に招き入れながら、剣心は言った。

 フーケの気配は勿論、あらゆる罠を想定して潜り込んだが、中身は散らかったあとだけで特に怪しいものはない。

「あの…わたくし、周辺に何かないか偵察してきま―――」

「いや、フーケのいない今、ロングビル殿の情報が唯一の手掛かりでござる。偵察はキュルケ殿に任せて、何か気になることはないか一緒に探して欲しいでござるよ」

 相変わらずの喰えない表情で剣心はそう言うと、今度はキュルケの方を向いて頼み込んだ。

「オッケー、他ならないダーリンの頼みだものね」

 案の定、剣心の言うことならと、キュルケはそのまま偵察へと赴いてしまった。

 どうやら、あくまでも手元に置いて監視する腹づもりのようだ。ロングビルはそう感じた。

 しかし、これでもう、ここを離れる理由がなくなってしまった。無理を言って現場を離れようとしても、絶対に剣心は納得しないだろう。

 少しでも妙なマネをすれば、さっきから背中を見張っているタバサが勘づく筈だ。

 今は何とかしてやり過ごすしかない。そう思ったロングビルは、形だけでも探索を始めた。

 やがて、ルイズがチェストの中から、黒い箱を見つけるとそれを剣心達に見せた。

「もしかして、これじゃない?」

 期待を込めた口調で、ルイズは箱の中身を見るために蓋を開けた。

 そしてそれを見て、――剣心は驚きで目を見開いた。タバサも何だろうと視線を箱の方へと移す。

 その後ろで、ロングビルがニヤリと口元を歪ませた。

(何で……これが、こんなところに…?)

 中に入っていたのは何の変哲もない、ちゃんと納刀された日本刀だった。只白木拵えの鞘や柄を見ても相当の業物のようだ。どうやらこれが『破壊の剣』らしい。

 しかし剣心が驚いたのは、もう一つの方、『英雄の外套』と呼ばれるマントだった。

白を基調とした二メイル程もある大きな衣は、ずっしりとした重量感をもって、丁寧に折りたたまれていた。

 剣心はこのマントを見たことがあったのだ。しかも幾度となく。珍奇で妙な形のそれは、一度目に入れば忘れるはずがない。

 これは―――。

 

 

「きゃああああああああああああああぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

 不意に聞こえたロングビルの叫び声で、剣心は我に帰った。

 後ろを振り向けば、窓の外から巨大なゴーレムが誕生し、その影で剣心達を覆っていた。

 悲鳴の主、ロングビルは慌ててゴーレムから逃げ出そうとするも、その腕に掴まれてしまい、高々と宙に打ち上げられた。

「た、助けてくださぁぁぁぁぁぁ……―――」

 力なく叫ぶ懇願も届かず、そのままロングビルは、思い切りゴーレムに投げられてしまい、森の中へと落ちていった、

「ケ……ケンシン…」

「――御免なさい」

 ルイズが小さく剣心の背中に隠れ、タバサが申し訳なさそうに頭を下げる。

 外ではキュルケのファイアーボールがゴーレムに命中しているが、いかんせん大きすぎるだけに効果が薄いようだ。

 何故あのマントがあるのか、ロングビルが本当にフーケなのか、とりあえず今はそんな疑問から頭を離す。

 ひとまず、この状況をどうにかしなければな…。そう考えた剣心は、手に持っている逆刃刀を構えた。

 


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