るろうに使い魔‐ハルケギニア剣客浪漫譚‐   作:お団子

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第七幕『土くれの盗賊』

 ここ最近、トリステインの貴族の間では「ある問題」を抱えていた。

『土くれのフーケ』と呼ばれる、神出鬼没な盗賊のことだ。

 性別年齢出身、その全てが謎に包まれている盗人は、高価な宝石や陶芸があるところ必ず現れ、その巧みなテクニックで華麗に盗み出していく。

 分かっていることは、そのフーケがかなりレベルの高い土系統のメイジであることだけ。時に堅固な壁を文字通り『土くれ』に変えて侵入したり、巨大なゴーレムを使役して力任せに強行突破したりと、その時その時で応変に対応して攻めてくるのだ。

 おかげで、今のトリステインの噂ではフーケで持ち切りとなっており、貴族達はメイジでない部下や傭兵に剣を持たせてみたり、『固定化』などの防御魔法で対策を立てたりするものの、未だにフーケを捕えるどころか、その正体すら掴めないでいた。

 そして今、フーケはある『伝説の秘宝』の所在を突き止め、それが保管されている場所、即ちトリステイン魔法学院へと忍び込んでいた。

 

 

 

 

 

             第七幕 『土くれの盗賊』

 

 

 

 

 

「さすがは魔法学院本塔の壁ね……物理攻撃が弱点? こんなに厚かったら、ちょっとやそっとの魔法じゃどうしようもないじゃないの…」

 トリステイン学院―――。大きい月が二つ重なる夜の中、塔の壁に垂直に立つ人物が一人。五階の宝物庫の丁度外壁に立ち、足で壁の厚さを測っていたフーケが、やり切れなさそうに呟いた。

『錬金』で穴を開けようにも、強力な『固定化』の呪文のおかげで思うようにいかず、唯一頼りにしていた情報「強力な衝撃には脆い」も、この厚さでは容易に突破できない。

 まず十中八九、見つかってしまうだろう。やるにはあまりにリスクが高すぎる。

 どうしたものか…と考え込むフーケの耳に、何やら話し声が聞こえてきた。

 そちらに視線を移すと、ルイズ・キュルケ・タバサの三人が何やら口喧嘩しながら中庭へとやって来たのだ。正確には口喧嘩しているのはルイズとキュルケでその後を黙々とタバサがついて来ている形なのだが。

 ここにいては見つかる。そう思ったフーケは、とりあえず身を隠し、彼女達の成り行きを見張ることにした。

 

 

 

「ケンシンに相手にしてもらえないなんて、ツェルプストー家の名折れねぇ、キュルケ」

 そう言ってルイズは、今までに見せたことのないようなしたり顔をかましてキュルケにほくそ笑んだ。

 ルイズからしてみれば、実力容姿ともに勝ちの目が薄い(負けているとは絶対に思っていない)キュルケに対して、今だけ唯一反撃できるこの状況は楽しいことこの上ないのだ。

「あらあら、ちょっとだけ優位に立てたからってまあそんな大はしゃぎしちゃって、相変わらずヴァリエール家は単純ねぇ、ルイズ」

 キュルケもまた負けずにそう言い返す。その口調に焦りや怒りなどはない。むしろルイズと比べてもまだまだ余裕そうな雰囲気を漂わせていた。

 二人がこんな風に睨み合っているのには、当然ながらワケがある。

 

 

 武器の購入も終わった後、学院へと戻ってきたルイズ達が部屋でしばらくしていると、急にキュルケ達がやってきた。

 何でも剣心のためにと、ルイズ達が訪れたのと同じ武器屋に行って、そこでゲルマニア産の高級な大剣を仕入れてきたのだという。

「とっても高かったのよ。エキュー金貨で三千もしたんだからね」

 本当は自慢の色気を使って千エキューで買ったのだが、勿論そんなことまでバラす気はない。

「受け取ってくれるわよねぇ…ケ・ン・シ・ン♡」

 一瞬、分が悪いんじゃないかと顔をしかめたルイズだったが、剣心は感謝の意を感じながらも、それを丁重に断った。

「お心遣いは丁寧に頂戴するでござる。けどきっぱりと言わせてもらうと、拙者にはもうこの逆刃刀がある。これ以外の武器を扱うつもりはござらんよ」

「オイ相棒、ってぇことは俺も使ってはくれねえってことか?」

 不満げに漏らすデルフを剣心は担ぎ上げると、鞘から取り出して刀身を見た。斬れるのか? と思うくらいに錆び付いた状態だったが、特に剣心は気にしていないようだった。

 それも当然だ。だって使う予定が無いのだから。

「喋る剣なんて、拙者のいた場所だったら想像もできなかったから、それだけで充分興味を引いただけでござるよ」

 それに聞きたいこともある、と剣心はデルフにそう呟くと、今度は少し一人にして欲しい、とルイズ達に告げた。

「だから、その剣は拙者なんかにではなく、将来本当にお主を大切にしてくれる殿方のために、取っておくでござるよ」

「ちょ…ちょっと待ってよ! これは……――――」

 そう言い返そうとするも、剣心は既にデルフを持ってドアを閉めてしまった。キュルケはただ、目を丸くして呆然と立つしかできなかった。

 次の瞬間聞こえたのは、ルイズの高笑いだった。

「――あっはははははははははぁ!! ねえ今どんな気持ちよキュルケ? ねえねぇ!!」

 正直デルフより高級そうな大剣を見たとき、どうしようと本気で悩んでいたのだが、それをあっさりと断られたときのキュルケのあの表情……それを思い出して、ルイズは久々に腹を抱えて、涙まで流して笑い転げた。

 キュルケはそんなルイズを見て、ピクリと眉を釣り上げて睨みつける。

 その後の展開は最早推して知るべし。当然のことながら口論ではとても解決できず、熱も上がってやがて決闘にまで発展していった。

 

 

「わたしね、あんたの事、大っ嫌いなのよ」

「気が合うわね、あたしもよ」

 二人の間には、かつてないほどの緊張感が漂っていた。こうなった以上、剣心だろうとタバサだろうと止められない。

 やがて、真っ赤な髪をかきあげながら、キュルケがせせら笑うように言った。

「確かに、プレゼント勝負では負けを認めるけど、あたしはあんたと違って攻める手段を沢山持っているのよ」

 嘘ではない。言葉の端々からそう感じたルイズは、平常心を保ちつつも反撃した。

「ふんだ、色仕掛けやプレゼントなんかしても、あんたのなんてケンシンは絶対に受け取らないわよ」

「あらぁ、どうしてあんたにそんなことが言えるのかしらぁ?」

 ここぞとばかりに、顎に手の甲を添えてキュルケは高笑いする。

「別にケンシンは、今回が剣だったから拒否されただけであって、それ以外を受け取らない保証なんて無いじゃないの!!」

 うっ…。とルイズは言葉を失う。確かに、たまたま買うものが被っただけだったから良かったものの、もし別の物だったら…剣心の性格だ、喜んで受け取っていた可能性があるのは否定できない。

 平常心平常心…と心の中で呟くルイズに対し、キュルケの口撃は続く。

「ケンシンは確かに他の男と違って難攻不落だけど、それはあたしとて望むところ。恋は燃えれば燃えるほど強く舞い上がるものよ」

 キュルケは未だに剣心を諦めてはいない。むしろ、中々射止められないことに対して、やる気で満ち溢れているようだった。

 先程の余裕も何処へやら。完全にキュルケのペースにはまってしまったルイズは、ギリと歯を食い縛って耐えるしかなかった。

「ま、別にあたしが何もしなくても、いずれあんたに愛想を尽かしてケンシンもあたしの元へ来るでしょ。ゼロのルイズの使い魔なんて、彼もさぞかし不憫でしょうからね!!」

 この発言が、ルイズの平常心という紐を断つ、止めの一言となった。

 怒りに身を任せて杖を引き抜くと、何の躊躇いも見せずキュルケの顔面に向けて『ファイアー・ボール』という名の失敗魔法を放った。

「――――うわっ!!?」

 一瞬ギョッとしたキュルケだったが、間一髪スレスレのところを何とか回避する。ルイズの魔法はそのまま、本塔のあらぬ壁へと激突し、爆発を起こした。

「…まったくもう、危ないじゃないの。顔に傷でも付いたらどうするつもりよ」

 キュルケはそう言うとさっきまでの余裕な笑みを消し、鋭い眼でルイズを睨みつけ、胸から杖を取り出した。

 ルイズもそれに答えるように杖を前に構える。

 この一触即発の空気の中、どうやって二人の仲を取り持とうかと内心思案するタバサの目に、ふと巨大な影が目に写った。

 やがてルイズとキュルケもその存在に気づき、そして目を疑った。

 夜の闇に紛れて、そこには巨大なゴーレムが佇んでいたのだ。

 

 

 

 ―――そんな事態が起こる、少し前のこと。

「…で、聞きたいことってぇのは何でぇ?」

 あの後剣心は、どこか人目につかない廊下の突き当りくらいの所まで来て、誰も見ていないことを確認すると、ゆっくりとデルフの柄を手にとった。

 鍔を浮き出し、カチカチ鳴らせながらデルフは聞いた。

「まぁ、そうでござるな…」

 しばらく考え込んでから、デルフが出し抜けに言った『使い手』という言葉を使ったのを思い出し、まずそれを聞くことにした。

 単純に、自分の実力を見抜いての発言かもしれなかったが、それでも何故そうもハッキリと言い切れるのか、それはそれで腑に落ちないからだ。

 しかし、デルフの答えは、そんな剣心の予想の斜め下をいった。

「うーん、勘」

「か、勘って……」

「分んねえよ俺も。ただお前さんに握られたとき、ビビッときたんだ。コイツなら俺を使いこなせるってな」

 その後も、剣心は出来る限りの思いついた質問をぶつけた。

 どこから作られたのか、この世界についてとか、左手のルーンについても聞いてみた。

 しかしデルフの答えは、「知らない」「忘れた」「思い出せねぇ」の三つしか言わず、何とも要領の得ない回答ばかり。

 流石の剣心もこれには落ち込んだ。

「…買った意味がないでござる……」

「まあまあ、そう落ち込むな。その分ちゃんと働くからよ!!」

「いや、だから拙者はこれ以外に使う気はないって…―――」

 がっくりと肩を落とす剣心に、ふと大きな影が覆いかぶさった。何だろうと思い窓の外を見やると、そこには石で出来た巨人が立っていた。

 

 

 

 フーケは、生成したゴーレムの上でルイズ達を見下ろしながら、薄ら笑いをしていた。先程飛んでいった魔法は、偶然か否か、丁度宝物庫を納めている壁に当たったのだ。

 強力な『固定化』をかけているにも関わらずその壁には大きなヒビが残っていた。

 まさに僥倖。フーケはそう思うと、そのヒビ割れた壁に向かってゴーレムの巨腕を叩きつけた。その瞬間、ガラガラと大きな音を立てて壁が崩れ落ち、ポッカリと大きな穴が開いた。

 その中に侵入したフーケは、多々ある秘宝の中から、一つの黒い箱に手をかけ、蓋を開けてその中身を確認した。

 あった…。フーケはニヤリと口元を歪ませると、杖を振って壁にこう刻んだ。

 

 

   『破壊の剣と英雄の外套、確かに領収致しました。土くれのフーケ』

 

 

 そう書き込むと、用済みとばかりにゴーレムの肩に乗り、そのまま闇へと消えていった。その場に残ったのは、呆気にとられたルイズ、キュルケ、タバサの三人と、慌てて駆けつけた剣心だけだった。

 

 

 

 その次の朝、学院は慌ただしい騒がしさで包まれていた。

 優れた実力を持つ教師の目を掻い潜り、堅牢な城塞を突破して秘宝を奪われたのだ。当然その喧騒は留まることを知らず、教師達は互いの責任の擦り合いをしあう始末。

 やがて機を見てオスマンが騒ぎを治めると、コルベールに尋ねた。

「で、犯行の現場を見ていたのは誰だね?」

「えっと、この三人です」

 コルベールがそう言って、後ろに控えているルイズ達を指した。剣心は平民なためか、数には含まれてはいない。

「ふむ、君達か…詳しく説明してくれるかね?」

 ルイズ達は、昨夜の起こった事態をありのままに説明した。

 一通り聞き終えたあと、今度は今まで不在だった秘書のミス・ロングビルが、興奮した様子で現れた。

 何でも、逃走中のフーケを見たという農民がいたらしく、そのことについて詳しく調査したところ、森の近くの廃屋に黒いローブを羽織った人間が入っていったという情報を掴んで来たようだ。

 早速、フーケ捜索を名乗る同志を、オスマンは募り出したが、案の定誰も名乗りを上げない。王室へ報告しよう、という案も出たが、それをしている間にフーケは逃げてしまうだろうということ、みすみす侵入された魔法学院の沽券にも関わるということで却下された。

(沽券とか、今はそういう問題なのでござるか…?)

 心中で呟く剣心の前で、ふとルイズが杖をあげた。その光景に一瞬誰もが驚いた。

「ミス・ヴァリエール! 何をしているのです? あなたは生徒ではないですか! ここは教師に任せて……」

「誰も掲げないじゃないですか!」

 ルイズがキッとなって叫んだ。確かに皆「誰かがなんとかしてくれる、だから自分はやらなくていい」と、そんな安堵と不安の入り交じった表情をしている。だからルイズが杖を上げても、一斉に反対したりせずにガヤガヤと話し込むだけだった。

(どうもここの教師達は、心身共に頼りないでござるなあ…)

 そう思う剣心をよそに、今度はキュルケが杖を上げる。

「ヴァリエールには負けられませんわ」

 そして、次に間髪いれずにタバサも掲げた。

「タバサ、あんたはいいのよ。貴方には関係ないんだから」

「心配」

 一言、そう呟くと興味のあるような瞳で剣心の方を見つめた。キュルケはそんなタバサに嬉しそうに抱き着いた。

「ありがと、タバサ!」

 そしてそれを見たオスマンが、笑ってルイズ達を見据えた。

「そうか、では頼むとしようか」

「えっ!? いやいやいや本気でござるか!?」

 誰よりも先にそう言ったのは、教師ではなく剣心だった。何故自分達ではなく生徒達に、犯罪者の潜む危険なところへ向かわせようとするのか、理解できなかったからだ。

 ルイズ達の身を案じての発言だったが、それをオスマンは制する。

「彼女達は敵を見ている。それに君が言うほど、この子達はヤワじゃない」

 そう言うと、オスマンは深い瞳でタバサの方を見た。

「ミス・タバサは若くして『シュヴァリエ』の称号を持つ騎士だと聞いておる。実力もお墨付きじゃろうて」

「えっ? 本当なのタバサ!」

 キュルケやルイズはおろか、教師達ですらその言葉に驚きでざわついた。『シュヴァリエ』の称号は、純粋に行なった偉業の数によって与えられる、いわば実力の証明でもあった。

 最下級とはいえ、それをこんな年端も行かぬ少女が持っているのだから、周囲は驚きを隠せない。

「そして、ミス・ツェルプストーは、ゲルマニアの優秀な軍人を数多く輩出した家系の出で、彼女自身の炎の魔法も、かなり強力と聞いているが?」

「そうそう、大丈夫よダーリン。自分の身ぐらい自分で守れるわ」

 そう言って、キュルケも自慢気な表情で「心配無用」とばかりに剣心を見た。

 それを恨めしげな瞳でルイズは睨みながら、次は自分の番とばかりに胸を張った。

 オスマンは一瞬言葉が詰まった。褒めることが何もないのだ。しばらく心の中でう~んと唸りながら、言葉を探り探りにして選ぶように言った。

「ミス・ヴァリエールは……その、数々の優秀なメイジを輩出したヴァリエール公爵家の息女で、うむ、なんだ……将来有望なメイジで、しかもその使い魔は!」

 何故かさっきより熱っぽく語るように、オスマンは剣心の心配そうな表情を見た。

「平民ながらあのグラモン元帥の息子である、ギーシュ・ド・グラモンと決闘して勝ったという噂だが」

「そんな、たいしたことはしてないでござるよ」

 謙遜しながら剣心はそう言った。オスマンにもそれが伝わると、キラリと目を光らせてこう言った。

「彼女達は行く気満々じゃ。さっきの通り、この子らは有能な実力者じゃし、お主も主人と共に搜索に行ってくれるじゃろ?」

「それは…まぁ」

 どこか納得いかないような様子で、剣心は頷いた。

 オスマンは思った。ギーシュとの決闘、あの時見せた実力が本物なら、決してフーケ相手にも遅れをとったりしないだろう。ましてや、彼があの伝説のガンダールウなら――。

 隣でコルベールが、興奮して何か言いたそうなのを目で制して、改めてオスマンは四人を見つめた。

「魔法学院は、諸君らの努力と貴族の義務に期待する」

 それに応えるように、三人は直立し、「杖にかけて!」と唱和してスカートの裾をつまみ、恭しく礼をした。剣心も、取り敢えず頭を下げて彼女達にならう。

 こうして、剣心達一行は、フーケ搜索のため目的の廃屋へと出発することとなった。

 


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