るろうに使い魔‐ハルケギニア剣客浪漫譚‐   作:お団子

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第三十九幕『微熱と雪風の友情 前編』

 

 さて、そんなこんながありながらも、気が付けば一週間程の時間が流れていた。

 ここトリステイン魔法学院でも、大多数の生徒達が帰省や旅行でいなくなっている中、二人の貴族が退屈を持て余していた。キュルケとタバサである。

 タバサの部屋の中、キュルケはあられもない格好でベッドにグッタリと横たわっている。そんな彼女に文句を言う風でもなく、タバサは一冊の本のページをめくっていた。

 

「ねえタバサ、お願いよ。さっきみたいに風を吹かせて頂戴」

 タバサは本から目を離さずに、杖を振る。直後小さく吹き荒れる風には、氷の粒が混じっており、さながらクーラーの如く快適な涼風を送っていた。

「あー、気持ちいぃ」

 キュルケはとうとう、シャツを脱ぎ捨てた。世の男共が見れば鼻血を吹いて卒倒すること間違いなしの魅惑のラインが、そこに現れた。

 そんな事を気にせずに、キュルケはじっと小さな友人を見つめた。汗一つかかずに本に夢中になっているタバサを見て、キュルケは尋ねる。

 

「ねえ雪風。あなたってば新教徒みたいに本が好きなのね。それってまさか連中が夢中になって唱えている『実践教義』ってやつ?」

『実践教義』。それは今ロマリアにて盛んに行われている運動の一つで、始祖ブリミルの偉業とその教えの記した『始祖の祈祷書』の解釈を忠実に行うべし、と唱える一派でもあった。

 余りにも本に夢中になっているタバサを見て、何となく気になってそう言ったキュルケだったのだが、それを聞いたタバサは、ゆっくりと本を閉じて、そのタイトルをキュルケに見せた。

「……なにこれ、『剣術指南書』?」

「読んでるだけ」

 まあ、別にタバサが新教徒なわけはないとは思っていたが、流石にその本の内容にはキュルケも怪訝な表情をした。

 剣術なんて、魔法を使えない傭兵や、騎士が基礎技術を固める程度に習うものだ。メイジがそんなに率先して読むような書物じゃない。いわば平民用の本である。

 ページをめくってみれば、そこには簡単な剣術の仕方、剣の握り方や構え、振り下ろし方等、基本的な事しか書かれておらず、結局キュルケはページをぱらぱらめくるだけで飽きてしまった。

 けど、キュルケにはタバサがなぜこんなものを読むのかだけはピンと来た。

「あなた、まさか飛天御剣流でも学ぶつもりなの?」

「断られた」

 あっさりとそう言うタバサを見て、キュルケはまた少し驚いた。この本といい、結構彼女は本気なのかもしれない。

 ふとキュルケは、あの夜を思い出す。剣心とまではいかないが、それでも速い身のこなしで動きながら、杖を使って接近戦をしていたタバサの姿を……。

「まあ、あれを会得できたら確かに鬼に金棒よね。……でもあんまり無理しないでよ。あたしの可愛いシャルロット」

 キュルケは、タバサを優しくその手に抱いた。彼女の素性を知っているキュルケは、どうしてそこまで力を求めているのかが、何となくわかるからだ。

 だからこそ、無茶はしないで欲しい。そう思いを込めてキュルケは言ったのだった。

 しばらくそうしていた後、タバサからはなれたキュルケが話題を変えるように口を開いた。

 

「……しっかし暑いわねぇ。ほんとにもう、こんな蒸し風呂みたいな寮に残っているのなんて、あたしたちぐらいよね――」

 

 その時、きゃああああ!! と悲鳴が、キュルケとタバサの耳に届いた。丁度この部屋の下だ。

 

 二人は顔を見合わせると、がばっと立ち上がり、キュルケはシャツを着て、タバサは杖をとって部屋から飛び出した。

 そして素早く階段を降りて、悲鳴の聞こえた部屋……モンモランシーの部屋の扉の前へとやって来たキュルケ達は、ゆっくりとドアの端に立って身を構えた。

 暫くの沈黙の後、キュルケが勢い良くドアを開け、そこに杖を突き出す。

しかし、部屋にあったのは………。

「何だ、取り込み中だったの」

 ギーシュが、モンモランシーを押し倒してお楽しみをしている最中だった。

 

 

 

 

 

第三十九幕『微熱と雪風の友情 前編』

 

 

 

 

 

 バカみたい、というような表情を隠そうともせずに、キュルケは二人を見つめた。

「良かったじゃない。ちゃんと治ったようでさ」

 惚れ薬の一件を思い出したキュルケは、冷ややかにそう言った。今ここにいるギーシュは、確かにいつもの通りのギーシュであった。

 ここでようやく思考が追いついたギーシュ達は、跳ねるように起き上がった。

「いや、モンモランシーのシャツの乱れを……、直しておりまして」

「押し倒して?」

「直しておりまして」

 慌てて取り繕うギーシュに、モンモランシーが冷たい声で言い放つ。

「もういい加減にしてよ!! 頭の中はそればっかりじゃない!!」

 二人のやり取りを見て、キュルケがやれやれといった調子で首を振る。

「あなたたち、随分とやっすい恋人ね。何もこんな暑苦しい寮なんかでしなくてもさ…」

「なんもしてないわよ! てかあんたたちこそ何してんのよ。今は夏期休暇よ」

「帰るのが面倒なだけよ。国境越えるの大変だしね。じゃああなたたちは何してたのよ?」

 モンモランシーは少し恥ずかしそうにモジモジした後、小さく答えた。

「魔法の研究よ……」

「……また変なことになっても助けないからね」

 あれだけの騒動が起こったというのに、まだ懲りてはないようだった。

 まあ、キュルケにとっては別にどうでもいいらしく、折角集まったことだしと、改めてギーシュたちにこう提案した。

「じゃあさ、街にでも出かけましょうよ。休暇も長いんだし、居残り同士仲良くやりましょ」

 確かに、今は太陽がこれでもかと照りつけている。ギーシュ達も、涼めるところで冷たいものが飲みたかった。

「まあいいわ。で、そこのおちびさんはどうするの?」

 と、モンモランシーはタバサの方を指さした。キュルケは彼女の顔を軽く一瞥すると、それだけでわかるようだった。

「行くってさ」

「……そんなんでわかるもんなの?」

 氷のように冷たい無表情のタバサを見て、モンモランシーがそう尋ねた。恐らくタバサの感情が分かるのは、キュルケ位しかいないであろう。

 その後、タバサの使い魔、風竜のシルフィードに連れられて、一行はトリスタニアの城下町へと向かった。

 

 

 

 トリスタニアのチクトンネ街へとやって来たキュルケ達は、そこでどの店に入ろうかを決めようとしていた。

 トリスタニアには二つの顔があり、ブルドンネ街が表の顔なら、ここチクトンネ街はまさに裏の顔。うっすらと夕暮れに差し掛かる街に、魔法の明かりを灯した街火が彩りを添えていく。それは人々を無意識に楽しませるような、そんな幻想的な美しさを誇っていた。

 既にこの地も行き交う人の波で溢れ、酒場や賭博場では熱気で賑わっている。その中で一行は、一つの店の前で止まった。

 そこは、あのルイズ達が働いている『魅惑の妖精』亭だった。

 

「一度行ってみたいと思ってたんだ」

 ここを提案したギーシュが、ニヤけた表情を隠そうともせずにそう言った。何でもこの店は、女の子が可愛らしい格好でお酒を運んでくれるのだとか。

 それを聞いたモンモランシー、すかさずギーシュに拳を繰り出す。

「何よ、やっぱりヘンな店じゃないのよ!!」

「へえ、面白そうじゃないの!」

 しかし、キュルケは逆に興味が沸いたようだった。ギーシュとはまた別のニヤニヤした表情を浮かべながら、入ってみましょうよと催促した。

「えぇ……よしましょうよ! 平民に酌させる店なんて……」

 モンモランシーは最後まで渋ったが……、どうにも止まらなさそうなので観念したように後をついていく。

 

 

 と、ここでぐぅ~……とみっともないような腹の音が一行の間に聞こえてきた。

「誰よ、今の食いしん坊が鳴らしたような腹の音は?」

 キュルケが三人の方を見るが、全員自分じゃないと首を振るばかり。

 じゃあ一体誰が……と辺りを見回すと、そこに一人、いや正確には一匹か…に目を向けた。

「…シルフィード、あんた?」

 見れば、タバサの愛竜シルフィードが、これまたキュルケ達にも分かるような、不満そうな目でタバサを睨んでいた。

 どうやら自分達だけ美味しいものにありつけるのが許せないらしい。

 タバサは少しの間、シルフィードをじっと見つめると、相変わらずの無表情でキュルケ達に言った。

「……先に行ってて」

「大変ねぇ、あんたも」

 キュルケが苦笑いしながらそう言うと、ギーシュとモンモランシーに先に入るよう促した。

「じゃあ先に料理とか頼んでおくから、早く来なさいよ」

 キュルケは手を振ると、ギーシュ達と同じように店の中へと入っていった。

 

 

 

 さて、一人と一匹取り残されたタバサは、まず人気がなさそうな路地にシルフィードを招き入れた。

 そこで、改めて誰も見ていないか確認したあと、タバサは頷いた。

「化けて」

 シルフィードは渋々といった表情をしたが、やがて目を瞑ると、朗々とした声で呪文を唱えた。

「我をまといし風よ。我の姿を変えよ」

 その瞬間、ゴウッと風がシルフィードの身体を覆い、青い渦となって包み込む。

 渦が消えると、そこには風竜ではなく……タバサと同じく青く長い髪を持つ若い女性が姿を現した。

『変化』と呼ばれる、メイジとは根本的に違う『先住魔法』の一つだ。

「う~~~、やっぱりこの体嫌い。きゅいきゅい」

 一糸まとわぬ生まれたままの状態で、シルフィードは呻いた。こんなこともあろうかとタバサは、あらかじめ用意してあった服をシルフィードに差し出した。

 渋々とだったが、言われるがままにシルフィードは服を着る。

「うぅ、ごわごわするのね」

「それで、何?」

 無表情な顔でするタバサの質問に、ここでシルフィードは思いっきりジト目でタバサを睨みつけ、そして叫んだ。

 

 

「お、な、か、す、い、た、の、ね!!!」

 

 

 何とも流暢な言葉だが、内容そのものは幼稚としか言いようがなかった。

「何なのね、お姉さま一人だけ美味しいものばっかり、シルフィだって一緒に食べたいのね!!」

 路地裏から出た後、シルフィードは人目もはばからずにそう叫んだ。

「後で」

「嫌なのね! 口を開けば後で後で!! そうやっていっつもお姉さまはご飯を忘れるのね。だから今言うのね、お腹すいたお腹すいた!!」

 シルフィードはとにかく喚き散らした。今まで溜まっていた鬱憤が爆発しているかのようだった。

 さて、そんな道行く人々の目を引く行動を見て、誰かがタバサ達の前に現れた。

「おろ、タバサ殿?」

 タバサに声をかけたのは、丁度空き時間となって外に出た剣心だった。

 

 

 

「いらっしゃいませ~~!」

 タバサより先に店に入ることになったキュルケ達は、そこで中々にいかした容姿の男に案内された。

「あら、貴族のお嬢さんね、まあ綺麗! 何てトレビアン! お店の女の子が霞んじゃうわ。わたしは店長のスカロン。今日は是非とも楽しんでいってね!!」

 スカロンはそう言って身をくねらせながら一礼をする。正直その姿はかなりキモかったが、「綺麗」の一言でモンモランシーはすっかり気を良くしたようだった。

 取り敢えず一行は、案内された席に着く。成程よく見れば店はだいぶ繁盛しているようであり、そこここに際どい格好の女の子達が料理を運んでいる。

「いやあ、来て正解だったなぁ……っいてててて!!! 痛いよモンモランシー!!」

 すっかり夢中になっているギーシュは、あちこちに目配せをするも、すぐさまモンモランシーに耳を引っ張られていく。

 さて、そんなキュルケ達の前に、一人の給仕の女の子が、注文を受け取りにやって来た。

 

「いらっしゃ――――っ!!?」

 なのだが……、何故かその娘は一行の姿を見るや慌ててお盆で顔を隠した。

「……何で君は顔を隠すんだね?」

 ギーシュの問いにも、少女は答えない。ただ身振り手振りで「注文を言え」と示すのみ。

 ここで正体に気付いたキュルケが、この夏で初めて見せる特大の笑みを浮かべた。

「このお店のお勧めは何?」

 少女は、不躾な様子で隣のテーブルの料理に指差す。

「じゃあ、お勧めのお酒は?」

 これまた同じように、給仕している女の子が持っている酒を指差した。

「あ、ケンシン! その可愛い子は誰なの?」

 ガバッ、と少女は全力でそっちの方向を見る。ようやくその全貌が明らかになったギーシュ達は、驚きで声を上げた。

 

「え、ルイズ!?」

 その声でしまった、と騙されたことに気付いたルイズは、再びお盆を顔に当てた。

「手遅れよ、ラ・ヴァリエール」

「わたし、ルイズじゃないわ」

 未だシラを切るルイズを見て、キュルケはギーシュ達に目配せをした。その意図を理解した二人はまず、ギーシュがルイズの両手を引っ張って、テーブルの上へと横たえた。

 モンモランシーは右足、キュルケは左足を持ってルイズを押さえつけると、キュルケは押さえつけてる手とは別の手で、杖を取り出しルイズの身体をなぞった。

「教えなさいよ、こんなとこでそんな格好で、一体何を企んでるの?」

「な、なんのことよ……放しなさ、あはははは!!」

 ここぞとばかりにキュルケは、杖を使ってくすぐりを始める。ちょこちょこと小さく動かしながら、ルイズにはちきれんばかりの刺激を与えていく。

「これでもか、これでもどうだ?」

「い、言わないわよ……言うもんですか……! あふぁひゃははははああ!!!」

 大声で叫んで喚きながらも、それでもルイズは口を割らない。その内飽きてしまったのか、キュルケがつまらなさそうにくすぐるのを止めた。

「ちぇ、口のかたい子ね。最近あなたって、隠し事が多い気がするわ」

「わかったら、放っておきなさいよね……」

 ぐったりしながらも立ち上がらながら、ルイズはキュルケを睨みつけた。

「そうするわ。さてどれにしようかな……」

 キュルケはそう言いながら、メニューをパラパラとめくった。その目の前に、ルイズが手を差し出した。

「……何この手」

「チップ」

「はぁ?」

 怪訝な顔をするキュルケに、ルイズは堂々と言い放った。

「勘違いしないでよ、物乞いとかじゃないから。ただチップを集めないとアイツがうるさいし、何よりこのわたしが酌してあげるんだから、当然でしょ!」

 と、ルイズは向こう側で別の男性の酌をしているジェシカを見る。実を言うと今『チップレース』の真っ最中なのだ。

 

 優勝者には特典が与えられるらしいのだが、どちらかというとルイズは、最近喧しくなってきたジェシカに対抗心を燃やしていたのだった。

 だが、現在のルイズとジェシカでは雲泥の差もいいとこだ。それでも少しでも追いついておきたい。ということなのだが、その割には態度がものすごく尊大である。

 キュルケは一瞬、何を馬鹿な…って表情をしていたが、不意に何か思いついたのか、ニンマリとした笑みを作った。懐から財布を取り出し、金貨一枚分をルイズに向けて指で弾いた。

 

「受け取りなさいな。礼はいらないわよ」

「えっ……!!!?」

 咄嗟に金貨をキャッチしたルイズだったが、よくよく考えると余りの出来事に唖然とした。だってあのツェルプストーだ。どうせ貰えるわけないと思っていたからである。

 ギーシュ達なんかは、世紀の大発見をしたような表情をしていた。

 ルイズは、しどろもどろになりながらも、何か言おうとして口を開いた。

「あ、え、その……」

「いいわよ。だってこれであなたのツケで食べ放題飲み放題なんでしょ? それに比べたら金貨の一枚なんてやっすいものよ」

「…………は?」

 ルイズはさっきとはまた別の意味で、唖然とした表情を作った。それに構わずキュルケは続ける。

「そうね、取り敢えずここに乗ってるの全部頂戴。チップあげたんだからそれぐらいの気前はないとねえ、ラ・ヴァリエールさん」

 ああ、やっぱりいつも通りのキュルケだ……。ギーシュ達はやれやれと首を振った。

 ようやく思考が追いついてきたのか、ルイズは怒りで身体を震わせた。

「あんたねぇ……誰があんたなんかに奢らなきゃならないのよ!!」

「あらあら、チップあげたのにつれないわねぇ、それにいいの? ここで給仕やってることみんなにバラしてもいいのよ」

 とうとうルイズは、怒りのあまり顔を真っ赤にまでさせた。

「いいい言ったら……ここ殺すわよ……」

「あらいやだ、あたし殺されたくないから早いとこ全部持ってきてね」

 しれっとした顔でキュルケは言った。ルイズは身体を震わせながらも、覚束無い足取りで厨房の方へと引っ込んでしまった。

「きみは……本当に意地の悪い女だな」

 フラフラと歩いていくルイズを見て、ギーシュが同情の視線を送った。流石にちょっと可哀相だ。

「勘違いしないでいただきたいわ。あたしはあの子が嫌いなの。基本的には敵よ敵」

 キュルケが邪気のない笑みを浮かべてそう返した。そして窓の方を見やって、まだタバサが来ないのかを確認する。

「遅いわねあの子。一体何をやっているのかしら?」

 ルイズの時とは一転、心配そうな顔をしながら、キュルケは呟いた。彼女もこんな表情をするんだな……と、ギーシュとモンモランシーは素直に感心した。

 でもなあ……とギーシュは首をかしげる。なんでこんなにもキュルケとタバサは仲がいいのだろう。性格的にも相性が悪そうなのに、まるで本物の姉妹のように行動を共にしている。

 

 だけど、この二人は確か最初の頃は、決闘騒ぎまで引き起こすほど険悪な仲ではなかったか?

 

 そのへんを是非とも詳しく聞こうとした矢先、ギィと扉の開く、来客を告げる音に阻まれて機会を逸した。

 入ってきたのはがっしりとした体格の騎士数人だった。彼等は適当な席に座ると酒を注文し、それを煽りながら給仕の女の品定めをしたりなどして馬鹿笑いなどをし始めた。

 それだけだったらまだ問題なかったのだが、酒の飲みすぎでハメを外してしまったせいだろう、一人が顔を酒で真っ赤にしながら、垂れた目線をキュルケに向けた。

「あそこに貴族の女の子がいるじゃないか。僕たちと釣り合いがとれるは、やはり杖を下げていないとな!」

「そうとも、これから激しい戦いになって命を落とすかもしれないんだ。平民の酌では慰めにならぬというものだ。きみ」

 口々にそんなことを言い合いながら、今度は誰が行くかを相談し合う。キュルケはこういうことに慣れっこなのか、特に気にせず涼しい顔をしていた。

 そのうちに声をかける人物が決まったのか、一人の貴族が立ち上がった。中々にがっしりとした体格で、中々の男前である。

 貴族は、キュルケの前まで歩み寄ると、優雅な仕草で一礼をした。

「我々はナヴァール連隊所属の士官です。恐れながら美の化身と思しき貴方を我らの食卓へとご案内したいのですが」

「失礼、友人たちと楽しい時間を過ごしているところですの」

 それをキュルケはあっさりと断った。どれだけ世辞を並べ立てようと、賛辞の言葉を贈っても、キュルケはどうでもよさげに聞き流す。やがて諦めたのか、貴族は残念そうに戻っていく。

「あの言葉のなまりを聞いたか? あれはゲルマニアの女だぞ。貴族といっても怪しいものだ」

「ゲルマニアの女は好色と聞いたぞ。身持ちが固いなんて珍しいな」

「どうせ新教徒だろうよ。そうに違いない」

 悔し紛れに、さっきの貴族たちがこれみよがしに悪口を並べ立て始める。そろそろ嫌な予感がし始めたギーシュは、キュルケに「店を出ようか?」と尋ねた。

「先に来たのはあたしたちじゃない」

 そうキュルケは言ったが、悪口が本格的に煩わしく感じたのだろう。ゆっくり席を立つと、今度は自分から貴族たちの方へと近付いていった。

 さっきまで騒がしかった店の中が、それだけで途端に静まり返る。

「おや、今更お相手をしてくれる気になったのかね?」

「ええ、でも杯じゃなくこっちでね?」

 すらりと、キュルケは杖を抜いた。男たちは途端に笑い転げた。

「ははは!! これは冗談がうまいことだ!!」

「それでは、これでどうですの?」

 それを見たキュルケが、空を切るように杖を振る。

 今度はボワッと、かぶっていた帽子が燃え始めた。流石にこれには頭にきたのか、貴族たちの表情が一変した。

「お嬢さん、冗談にしては度が過ぎますぞ」

「あたしはいつだって本気よ。それに最初に誘ったのはそちらじゃございませんこと?」

「我らは酒を誘ったのです。杖ではない」

「フラれたからといって負け惜しみを言う殿方とお酒を付き合うだなんて! 侮辱を焼き払う杖なら付き合えますが」

 店内が本格的に静まり返る。誰もが心配そうにこの様子に目を向けていた。

 それを感じたキュルケは、貴族たちに店のドアの方を指差した。

「せっかくの楽しい空気がしらけちゃったわね。続きは外に出てからにしない?」

 

 

 

 店の外に出たキュルケは、そこで十メイル程離れたところで、三人の貴族達と対峙した。

 遠巻きには、近所の住民たちがわくわくした面持ちで眺めている。決闘禁止令がしかれたからといって、貴族たちが皆杖を抜くのをやめたわけではない。このような決闘騒ぎは日常茶飯事だ。

 しかし、王軍の士官と思しき三人組の前に立つのは、何とも魅力的な美女ではないか。その組み合わせが野次馬たちの興味を引いた。

 

 

 店内の方では、みんな窓からその様子を見つめている。ルイズは「あの馬鹿女はもおぉぉぉぉ!!」と言って頭を抱えており、モンモランシーは我関せずといった顔でワインを飲んでいる。

 ギーシュは気が気でなかった。恐らく彼らは連隊長か親衛隊の隊員達だろう。割り込みたいのは山々だが、強気に出れるはずがない。叩きのめされるのがオチだ。

 

(こんな時、ケンシンがいてくれたらなあ……)

 

 心の中でギーシュとルイズは、心底そう思うのだった。

「なあ、ケンシンはどこだい? きみと一緒にいるんじゃないのかい?」

 遂に我慢しきれなかったのか、ギーシュはルイズに尋ねる。ルイズは、ギーシュの方を振り向かずに答えた。

「……いないわよ」

「へっ、いない?」

「そうよいないのよ!!! あんまり言わせんじゃないわよこの馬鹿ぁ!」

 怒り狂ったようにルイズが叫び、ギーシュに飛びかかった。今度は店内乱闘が勃発しているにも関わらず、外では涼しい顔でキュルケは髪をかき揚げていた。先程キュルケを口説こうとした貴族が、まず一歩前に出る。

「外国のお嬢さん、決闘禁止令はご存じか。我らは陛下の禁令により、私闘は禁じられているのだが、貴方は外国人。ここで煮ようが焼こうが、貴族同士の合意の上なら誰にも裁けぬ。それを承知の上でのお言葉か?」

「トリステインの貴族は口上が長いのね。ゲルマニアだったらとうの昔に勝負がついているわよ」

 皮肉を込めてキュルケは返す。キュルケは怒れば怒る程、言葉が余裕を奏で、態度が冷静になっていくのだった。

 

 ここまで言われては、相手方も引っ込みがつかない。

「お相手を選びなさい。貴方にはその権利がある」

「あなた達が仰った通り、ゲルマニアの女は好色ですの。ですから全員いっぺんに、それでよろしいわ。どうせいてもいなくとも、大して変わりはしないのですから」

 ここまでコケにされた言い分に、貴族たちは顔を真っ赤にする。

「我らは貴族ではあるが、軍人でもあるのです。かかる侮辱、かかる挑戦、女とて容赦はしませんぞ。覚悟めされい」

 レイピア状の杖を引き抜きながら、貴族の一人が前に出る。後ろの二人も、同じく杖を抜いて構える。

 それを「三人同時に相手する」と受け取ったキュルケは、好戦的な笑みを浮かべて杖を向けた。

 

 

 勝負は一瞬だった。

 

 

 燃え上がるような炎が、相手の唱えた魔法全てを食らいつくし、燃やし尽くし、そして焼き払ったのだ。

 それでも炎は勢いを止めず、巨大な火球となって三人の前に殺到する。

「ひっ!!」

「うっ……うわあああああああ!!!!」

 目の前で爆発を起こした炎は、三人の貴族を問答無用で吹っ飛ばしていった。彼らは身体を焦がしながら、ほうほうの体で逃げ出していった。

「全く、決闘にかかる時間より前口上の方が長いなんてねぇ。実力が伴ってないからそんな風になるのよ!! おーほっほっほっほっほ!!!」

 逃げる三人を可笑しそうに笑いながら、キュルケは悠々と店の中へと戻っていった。

 

 

 

 さて、一方でタバサ達はというと。

「こんなところで、奇遇でござるな」

 可笑しそうな表情をしながら、剣心は言った。そして自然に、見たことのないシルフィードの仮の姿の方に視線を向ける。

 シルフィードはシルフィードで、剣心の方を指差して叫んだ。

「あ、あの桃髪ちびすけの使い魔の……赤髪のおちび!!」

「おろ?」

 ガツン、とタバサが杖でシルフィードを殴った。見れば、剣心は益々不思議そうな顔をしていた。初対面の人にいきなりそんな事を言われては、誰だって疑問に思う。

「どちら様でござる?」

 疑問に思った剣心は、当然シルフィードに尋ねる。

 一瞬ドキッとした、シルフィードは、少しあわあわしながらも答えた。

「わたしは……、えぇと。確かおねえさまの妹様の、シルフィ……じゃなかった。イルククゥなのね!!」

 思い出すように時々顔を上に向けたりしながら、シルフィードはそう言った。

 ちなみに『イルククゥ』という名は、竜達の間で呼ばれていた名前だから、あながち間違ってはいない。

 むしろ妹、と聞いた剣心は、タバサの知られざる素性に驚きの表情を浮かべた。

「いも……え? 妹がいたでござるか?」

「そうなのね、以後よろしくなのね!! きゅいきゅい」

 剣心はまじまじとシルフィードを見つめる。長い青髪と大人のような容姿の彼女とタバサを比べると、どちらが姉妹なのか分からない。

 話が終わったと思ったシルフィードは、ここぞとばかりにタバサに詰め寄った。

「ねえお姉えさま、お腹すいたのね。早くご飯食べたいのね。お肉がいいのね、がっぷりと噛みつける骨付きのやつがいいのね!!」

 きゅいきゅいと喚くシルフィードを無視して、タバサは当たりを見渡す。すると、壁に貼ってあった一枚の紙に目がいった。

 


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