るろうに使い魔‐ハルケギニア剣客浪漫譚‐   作:お団子

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第三十八幕『魅惑の妖精亭』

「それじゃあ皆に紹介するわね。ルイズちゃん、どうぞ~~!!」

「ル、ルルル、ルイズです。よよよ………よろしくお願いなのです」

 怒りと羞恥でふるふる震えながら、ルイズは皆におじぎをした。その姿は先程の地味なワンピースではなく、きわどく短いスカートを付けたキャミソール姿だった。

 あの後……、スカロンが経営しているお店『魅惑の妖精』亭に連れてこられたルイズ達は、そこでどんな仕事をさせられるのかを尋ねた。

 曰く、この『魅惑の妖精』は、一見はただの居酒屋ではあるが、可愛い女の子が際どい服装で飲み物を運ぶことで人気のお店であるらしかった。

 つまり、ルイズの可愛さを見初めたスカロンが、ぜひ給仕にと招き入れたのだ。

 

「あんな際どい格好で……?」

 と、ルイズは最初、信じられないような眼差しで給仕の女の子達を見ていた。

「確かにきわどいでござるな……」

 幕末時代の堅苦しい倫理観を持つ剣心も、ルイズと同じように、短い丈のスカートのメイド姿に抵抗があるような風で見ていたが、だからといって特にそれ以上があるわけではない。

 あくまでやっていることは注文を受け取ったり料理を運んだり、たまに客の愚痴を聞いてあげたりするぐらい。別に危ないことをされるわけでもなさそうだった。

 それに居酒屋だったら、情報収集には事欠かない。お客の愚痴や噂話に、そう言った重要な話はあるかもしれない。拠点にするならうってつけだ。

「どうするでござる? ルイズ殿」

 後はルイズの気持ち一つ。とは言っても、今の彼女は選べる立場ではない。これを断ったらもう野宿するしか道は無いのである。

 ルイズは暫く、う~~……、と唸った後、渋々といった具合で決めた。

「…………やるわ」

 

 

 

 

第三十八幕『魅惑の妖精亭』

 

 

 

 

 

 ということで今、そのあられもないキャミソール姿でルイズは会釈している訳である。

 プライドが高いルイズにとって、平民に頭を下げるなど許せることではないのであったが、これも使命のため……と必死に自分に言い聞かせていた。

 ぎこちない笑みにぎこちない姿勢。それでもルイズからしてみれば頑張っている方である。何せいつ爆発して杖を抜いてもおかしくは無いのだから。

「それじゃ、さっそく開店よ~~~!!」

 スカロンの声と共に、扉が開きどっと客が押し寄せてきた。

 

 

「しかし、凄い人入りでござるなぁ」

 すっかり繁盛している『魅惑の妖精』亭。その裏で剣心は皿洗いに勤しんでいた。

 剣心だってここに泊まる以上は働くつもりだ。なので今、雑用の一つであるこの仕事を任されたのである。

 まあ、神谷道場に居着いてからは主夫のように身の回りの家事はこなしていたので、これくらいはまだ余裕があった。

 しかし、洗う皿の数が一向に減らない辺り、相当繁盛しているようだ。

「おっ、精が出てるねぇ」

 そんな時、後ろから声が掛かった。振り向いてみると、ストレートな黒髪の派手な女の子がやって来たのだ。

「あたし、ジェシカ。あんたでしょ? 今日来たっていう新人は」

「ああ、緋村剣心。よろしくでござる」

「ケンシン? 変わった名前ねえ」

 軽く自己紹介すると、珍しい名前にジェシカが首をかしげた。すると今度は興味津々といった目で、剣心に近寄ってきた。

「ねえねえ、ルイズと兄妹って嘘でしょ」

「……イヤ、セッシャトルイズドノハキョウダイデゴザル」

「んなカタコトにならなくていいって。どう見たって兄妹の要素全くないじゃん。見た目も髪の色も、雰囲気もさ」

 ここに来る前、スカロンに「二人はどんな関係?」と聞かれたところ、取り敢えず『兄妹』という設定にすることにした。

 スカロンはそれで納得してくれたようだが、流石にジェシカには騙し通せるものではないようだ。

 

 はぁ……、とため息をつく剣心を見て、ジェシカはアハハと笑った。

「別にいいよ。ここにいる子は皆ワケありなんだから。他人の過去を詮索する奴なんかいないわよ。安心して」

 そう言いつつも、実の兄妹じゃないと知ったジェシカはますます興味を惹かれたようだった。

「ねえねえ、でもあたしにだけ教えてよ。本当はどういう関係よ。何であんたとルイズはそんなに雰囲気違うのさ?」

 その人懐っこい目に、剣心はかつて京都で世話になった『葵屋』の人達を思い出した。思えば彼らも、『本当の素性』が知れた後でも、自分を家族の様に扱ってくれたっけ……。

 ふとそんな風に昔を思い出しながらも、剣心は皿に視線を落としたまま話しかける。

「仕事の方は大丈夫でござるか? いつまでもここにいるとスカロン殿……じゃなくて、えっと……」

「ミ・マドモアゼル?」

「そうそう、そのミ・マドモアゼル殿に怒られるでござるよ」

 スカロンは、この店で働いている時は自分の事をそう呼ぶように言われているのだった。ジェシカは面白そうにクスクス笑いをすると、衝撃の事実を剣心に告げた。

「あたしは特別よ。だってスカロンの娘だもの」

「……え?」

 空気が凍りついた。剣心は皿を手に持ったまま目を丸くして立ち尽くしており、そしてまじまじとジェシカを見つめた。

「ま、やっぱり皆そういう反応するのよね」

 いたずらっぽい笑顔を浮かべながら、ジェシカは言った。

 成程、世界というのは広いものだ。魔法があったり幻獣がいたり、空に城があったり……久しぶりにそういった驚きを剣心は経験したのだった。

 

 そんな時、ガシャンと大きな音が酒場から聞こえてきた。それに次いで怒鳴り声が聞こえてくる。

「何すんだ、このガキ!!」

「このげげげ、下郎! あああ、あんたわたしを誰だと思ってんのよ!!」

 聞いたことのある声に、剣心はガックリと肩を落とした。別にこの展開を予想できなかったわけではないのだが。まあ逆によくもったほうだろう。

「この、おおお、恐れ多くもわたしはこうしゃくけ―――」

「ごぉめんなさぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!」

 遅れて何かを吹き飛ばすような音を立てながら、スカロンの声が聞こえてきた。

「いけない、ワインで濡れちゃったわね。ほらルイズちゃん、新しいワインをお持ちして! その間このミ・マドモアゼルがお相手を務めちゃいま~~~す!!」

 その後直ぐに悲鳴やら何やらでお店の方は騒がしくなっていった。その一部始終を見ていたジェシカは、哀れむような目で剣心を見た。

「取り敢えず、弁償お願いね。お兄さま」

 はぁ……。と剣心はこれ以上ない大きなため息をついた。

 

 

 

「えー、ではお疲れ様!!」

 すっかり夜だった空が白み始めた頃、ルイズ達の仕事は終わりを告げた。既にルイズはグッタリとした様子で、身体全体がフラフラと覚束無い状態だった。

 そんな彼女に構わず、スカロンはニコニコ顔で給仕の皆にこう言った。

「今日はみんな、一生懸命働いてくれたわね。今月は色つけておいたわ」

 どうやら今日は、ちょうど給料日のようだった。給仕の女の子やコックたちに、それぞれ給金を配り始める。

 一通り配り終えたあと、今度はスカロンはルイズの方へと向き直り、一枚の封筒を渡した。

「はい、ルイズちゃんも」

「え、わたしにも貰えるの!?」

 と一瞬だけ顔を輝かせたルイズだったが、封を切って出てきたのは一枚の紙切れだった。

 そこに書いてある数字を見て、ルイズは首をかしげた。

「あの、これは?」

「請求書よ。ケンシンくんは頑張ってくれたんだけどねぇ……、それを差し引いてもルイズちゃん、あなた一体何人のお客さんを怒らせたの?」

 真顔になってスカロンは言った。その顔にはさっきまでの笑みが消えている。

 ガクッと気落ちするルイズを見て、スカロンは励ますような感じで続けた。

「いいのよ。誰でも最初は失敗するもの。これから一生懸命働いて返してね!」

 

 

 身も心も疲れはてたルイズは、剣心に引っ張られる形で連れて行かれた。しかし、彼女の気苦労はまだまだ絶えない。

 二人に与えられた部屋は、二階に登って更にはしごを使った先にある屋根裏部屋なのだが、これがまた汚い。

 薄暗い空間の中、埃やらクモの巣やらが辺り一面に広がっているそこは、もはや部屋というより物置だった。

 一応、タンスやベッド等、それらしい家具は置いてはあるが、どれもやっぱり埃まみれ。特にベッドの方は、ルイズが座ると足が折れてドスンと傾いた。

「何よこれ!!」

「ベッドでござろう」

 剣心は、使いやすいようにクモの巣を払ったり埃を叩いたりした。同居人のクモやトカゲが、それに驚いてコソコソと逃げていく。

「何よ、貴族のわたしをこんなとこに寝かせる気!」

「愚痴ってもしょうがないでござるよ」

 折れたベッドの足を立て直して、それなりに使えそうな形に剣心は取り繕った。

「早く休むでござるよ。ルイズ殿は夕方からお店の掃除でござろう?」

 そう言って、どこか適当な木箱を見つけると、それに寄っかかってあぐら座りをする。いつもの剣心の寝る体勢だった。

「う~~、あんたは何でそんなに順応が早いのよ……」

「流浪人の頃は、よくこんな感じで野宿とかしていたでござるよ」

 ルイズはそれでも納得できないのか、悶々とした様子で悩んでいたが、それで状況が変わるはずもなく。

 渋々、本当に渋々といった具合でベッドで横になった。

 

 暫くそうして時間が過ぎていったが、やはり布団が変わって眠れないのか、何度も目を開いたりしながら恨めしそうに天井を見上げた。

 そして心細くなったのか、起こすのを承知でルイズは剣心に声をかけた。

「ねえ、ケンシン。ちょっとこっち来てよ。寝れないの」

 ルイズに声をかけられるまで、ずっと目を閉じていた剣心だったが、眠りが浅かったのか、すぐに目を開けてルイズの方を向いた。

「寝れない、でござるか?」

「そうよ、こんな時ぐらい一緒にいてくれてもいいでしょ?」

「けど、流石に一つの布団に男女で共にというのは……」

「いいからこっちに来る!!」

 半ばキレ気味のルイズの声に、剣心はやれやれと首を振りながらも、それでも起き上がって今度はルイズのベッドを背にもたれかかった。

 

「これでいいでござるか?」

「……まあ、いいわ」

 少し不満はあるが、今は妥協しよう。そういった感じでルイズ再び横になって、もたれかかっている剣心の背中に顔を寄せた。

 こんな汚い部屋で一夜を過ごすなんて、普通だったら考えられないものだった。

 でも、ここでは一つだけ良い点がある。それは胸だけは立派なバカメイドやキュルケ、そして最近妙に気になっているあのタバサがいないことだった。

 全く、三人共こんな使い魔のどこがいいのか……。まあ、何となく理由は分からないでもないけど、それでもどこか釈然としない。

 ……そう言えば、学院でも剣心と親しむような人はいても、嫌うような人はそんなに見ない気はした。やっぱり私の知らないとこで交流を作っているのかな……。

 それでも、他に剣心に好意以上のものを持っている人はいないっぽい。それだけは素直に安心できる点だった。

 

 

(わたしはケンシンのこと、別に好きでもなんでもないけど……)

 

 

 それでも幸せそうに、気付けば頬を朱に染めていた。そして、この長期休暇ぐらい、もっと構ってもらうんだから……と無意識に、小声でそう呟いた。

 それと、街の噂もちゃんと報告しなきゃ。黒笠っていうのも気になるし……でもケンシンは何か知ってそう。後でちゃんと問い詰めなきゃ……。

 忙しいことになりそうね。そう思いながら、ルイズはゆっくりと眠りに入っていった。

 

 

 ルイズが安らかな眠りについた、その一時間後だろうか、剣心は唐突に目が覚めた。

 起こさないようゆっくりと立ち上がって、手に持つ逆刃刀を腰に差した。

 剣心は一度、ルイズの寝顔を見た。すやすやと寝息を立てながら、どこか嬉しそうな顔をしている。

「大丈夫そうでござるな」

 唸されて眠れずに起き上がってくるのを心配していたが、今の彼女を見るにその様子はなさそうだった。

 安心した剣心は、そのまま足音を立てずに屋根裏から降りていった。

「あら、どこへ行くの?」

 梯子を降りて、廊下を歩いていると、スカロンとバッタリ会った。丁度閉店の準備が終わったのだろう。

 不思議そうに聞いてくるスカロンに対し、剣心は当たり障りしないような返答をする。

「少し用事が。まあ家庭の事情でござる。昼の仕込みには戻るでござるよ」

「あらそう、大変ねぇ。ルイズちゃんもあなたも」

 スカロンもスカロンで、特に気にする風でもないようだった。それからニッコリと微笑んで剣心を見つめた。

「何か困ったことがあったら遠慮無く言いなさい。できる限りの事なら力になるわ」

「う~ん、そうでござるなぁ……」

 それを聞いて、剣心は思わず頬を掻いて考え込んだ。正直ルイズの事が気がかりで仕方ないのだ。

 

 これから剣心は、続けて『黒笠事件』の真相を追うつもりだった。無論自分ひとりで。もしこれが剣心の予想通りなら、ルイズには余りにも荷が重すぎるのだ。

 奴は、恐らく自分をおびき寄せる為に、このような事件を起こしてまわっているのだろう。そうだとするなら、いつも隣にいるルイズに真っ先に危険が及ぶのは自明の理だ。

 ルイズに自分の身の上を、話そうかとも考えたが、彼女のことだ。それを聞いたらまた何かしらの無茶をしかねない。ルイズというのは、そういう娘だ。

 

 だから今のルイズには、何処か隠れ蓑になる拠点は必須だった。連れて歩けばそれだけ危険が増える。大抵のことなら守ってあげられる自信はあるが、それでも避けられる危険は避けておきたい。

 全財産すったのは予想外だったが……、それだけに相手側も彼女がここで働いているなんて思いもよらないだろう。彼女自身が狙われる心配は取り敢えずないはずだ。

 

 あるとすれば、自分との接触があるかないか。それぐらいだろう。

 

 だから剣心は、なるべくルイズや『魅惑の妖精』亭には近づかないようにと考えていた。

 ルイズだけではなく、関係のないここの人々にまで迷惑を掛ける。それだけは絶対に避けなくてはならない。

 長く居ればそれだけ危険が降り掛かる。彼等も一生懸命に今を生きている人たちなのだ。それを自分たちの都合で巻き込むわけにはいかない。

 だからルイズにはここで大人しく情報収集に専念してもらいたいのだ。

 

 

(けどなぁ……)

 と剣心は、昨夜のルイズの働き振りを思い出す。彼女のプライドの高さは知っていたが、あの時点で既にスカロン達にとっては迷惑極まりないものであるのは確かだ。

 ルイズを頼む。というのは自分勝手な押しつけではないだろうか?

 追い出されるなら、それはそれで考えなければいけない。少し心配になった剣心は、ルイズの働きをどう思っているのかを聞いてみた。

 それを聞いたスカロンは、それで可笑しそうな声を上げた。

「安心なさいな。確かに色々なっちゃいないとこはあるけど、それは充分に修正してあげればいいわ。昨日の出来事ぐらいじゃ追い出したりしないわよ」

「じゃあ、ルイズ殿を任せても良いでござるか?」

「はいはい、でもあなたも気を付けてね。最近は物騒だから。特に貴族を殺して回っているっていう奴がいるそうじゃない。ああ危ないわねぇ。ウチでも護衛を雇ったほうがいいかしら?」

『黒笠事件』そのものは、平民の間にも広まっているようだった。貴族の威信に関わることだから、詳細までは知らないようではあるが、人の口に戸は立てられないものだ。

 ともかく、快諾を貰えた剣心は少しホッとしたような顔をすると、最後にペコリと頭を下げた。

「どうもかたじけないでござる。何から何まで世話になって」

「いいのいいの。困ったときはお互い様よ」

 それから剣心は、手伝いに来るときは必ず裏側の玄関を利用すること。余り自分達のことは言いふらさないで欲しいこと(この点は、『家庭の事情』ということで納得してもらった)。その旨をスカロンに言い含めた後、ゆっくりと裏口から外へ出ていった。

 朝日が昇り、建物の影が大きく映る中、剣心の姿は歩く人々の姿に紛れて消えた。

 

 

 

 さて、ルイズのささやかな幸せは、その次の日のうちに見事打ち砕かれたのだった。

 翌日の夜、『魅惑の妖精』亭が繁盛する中、ルイズはげんなりしながら昨夜と同じように給仕に勤しんでいた。

 この二日で、大体ルイズを見て反応する酔っ払いの客達には大まかに二通りあった。

 

 まず、こんな小さなガキをこの店で使っているのか、と憤る連中。そう言ったお客様には、ワインを『壜』ごと飲ませ、サービスして差し上げる事にしているのだ。

 

 次には、そう言う趣味・趣向がある持ち主のお客達。ルイズは、バカみたいに容姿は整っているおかげで、その筋の人達にはウケがいい。

 ただ、こういう類の連中も、黙っていれば大人しそうに『見える』ルイズをナめ、決まって尻やら太ももやらを撫でようとしてくる。そのお客様にルイズは、平手、もしくは怪鳥蹴りを無料でご提供することにしたのだ。

 

 一部では『ありがとうございます!!』などと言ってくれる特別趣向なお客様もいるにはいるが、そんなものは極少数だ。

 お愛想の一つも言えないルイズに、寄ってくる客がいる筈なく、当然チップの一枚も貰えずにいた。

 そんなわけで、今日も何人かの客を怒らせたルイズは、スカロンに呼ばれ、「ここで他の子達のやり方を見物なさい」と隅っこで立たされてしまった。

 

 

「なによ、もう! 何がいけないってのよ!!」

 ぶつくさ言いながらも仕方なく、ルイズは他の給仕の女の子達の動きを追った。成程みんな巧みであった。何をされ、何を言われても無料スマイルを崩さない。

 すいすいと上手に会話をすすめ、愚痴があったら聞き入ってあげ、時に男たちを褒めてあげて……しかし触ろうとする手を優しく握って触らせない。

 すると男たちは、そんな娘達の気をひこうとしてチップを奮発するのだ。

(じょ、冗談じゃないわ!)

 とルイズは心の中で叫んだ。貴族である私が……公爵家である私が……あんな真似出来るわけないじゃない!!!

 

 メイジは貴族のこの世界、生まれはヴァリエール、恐れ多くも公爵家、領地に帰ればお姫様! のルイズである。

 明日世界が終わると言われても、あんな愛想はかませられない。

 しかもこんな恥ずかしい格好で……。

 

「格好……?」

 そうだ、と言わんばかりにルイズは今着ている自分の服装を見やる。際どいミニスカートのキャミソール姿。ルイズは、ふと隣にあった鏡で自分の格好を確かめた。

 そりゃあ、中身は自分でもダメダメだという自覚はある。けど外見なら……かなりの線いってるんじゃなかろうか。

 鏡の前で、ルイズは何度かポーズを取ってみる。うん、恥ずかしいカッコですけど、わたし可愛い。

 腐っても貴族、溢れ出る高貴さには、ここにいる女の子の誰だって敵わない……わよね? きっと、いやそうよ。

 

(これだったら、ケンシンも見とれてくれるんじゃないかしら……)

 

 そう思い込んだ所で、ルイズの思考は現実に引き戻される。そうだ…あのバカ使い魔は、今はここにはいないのだ。

 どんなに格好が良くても、見てくれないんじゃ話にならない。ルイズは思わず唇を噛んだ。

 

 

 

「ケンシン? どこ!!?」

 夕方頃、やっと目を覚ましたルイズは、いつの間にか隣にいるはずだった剣心がいないことに気付いた。

 慌てて飛び起きスカロンに尋ねると、そこで彼から剣心とは働く時間が別々になるということを告げられたのだ。

「ケンシンくんの頼みでね。彼は今後、昼の仕込みや部屋の掃除、それから開店の準備等を主に手伝ってもらう代わりに、夜の時間は空けて置いてあげることにしたのよ」

「え、なによそれ……」 

 それを聞いたとき、ルイズは信じられないといったような表情をした。

 何の連絡もなく? 勝手にそんな事決めたの? 主人であるわたしに話もなしに?

「何よそれ!! ふざけんじゃないわよ!!」

 怒り心頭で顔を真っ赤にし、どういうことか直接会って剣心に訳を聞きたかったが、丁度開店前だったためにそれも叶わず、こうして夜の仕事へと駆り出された次第である。

 

(ホントにもう、どこ行ったのよあのバカ犬……)

 さっきまで、その鬱憤をお客様方に発散していたところであるが、こうやって冷静になってくると、怒りより寂しさの方が強く押し寄せてきた。

 考えてみれば、剣心が隣にいない時、いつも彼の事ばかり頭に浮かんでくる。何ていうか、もう一緒にいて当たり前のような錯覚を感じていた。

 だから、こうやって剣心と離れ離れになってしまうと、そういった感情がルイズの心の中にどっと流れ込んでくる。それは自分でも制御出来ない、抗うことのできない強い力を持っていた。

 

(アイツとわたしは、何もないのに……主人と使い魔以上のものはないのに……)

 だがそう思えば思う程、この力はもっと抉るように心に突き立ててくる。

「ケンシン、あんた今何しているのよ……」

 任務の事を分かっているのだろうか、今の状況を把握できているのだろうか。

 自分が今、どんな想いでこの仕事に徹しているのか、ちゃんと理解してくれているのだろうか……。

「帰ってきてくれるよね……?」

 ルイズの胸中には、その不安だけで押しつぶされそうになっていた。

 

 

 その同時刻。

 夕日も沈み、真っ黒な帳が空を覆う中、トリスタニアでは店の明かりやら酒場に繰り出している連中の喧騒やらで、昼にはない賑やかさを呈していた。

 

 その中に紛れて、男が一人悠々と歩いていく。

 

 平民と思わせるような風体に、一括りに纏めた緋色の髪。腰には刀を携えた男は、頬にある十字傷を湿布のようなもので覆い隠し、各地の酒場で情報を集めて回っていた。

 その男――緋村剣心は、かれこれ十件目になる酒場から出た後、一息つくために中央の噴水広場へと赴き、段差に腰を下ろした。

 

「流石にこれ以上有益な情報となると、そうそう無いものでござるな」

「まあ、ここいらの聞き込みだけじゃ、限界があるわな」

 剣心の言葉に、後ろで担いでいるデルフがカチカチと鍔を鳴らす。

 あれから幾度も聞き込みを続けてはいたが、大体がもう聞いた噂や情報ばかりで、要領の得ないものばかりなのであった。

 曰く、そいつはアルビオンが雇った刺客だとか、メイジじゃなく亜人やエルフの類だとか、実は逃げ出した『土くれのフーケ』が起こした復讐劇だとか、そんな様なものだ。

 

 ついでに、この国の事や女王アンリエッタの事も、それとなく聞き込んでいた。

 それについて、一般の平民や人々は「この国の聖女」、「戦場に勝利をもたらす女神」とはやし立てる一方、傭兵や穿った考えを持つ人は、「世間知らずのお嬢様」、「結局戦争や政治というものをまるで分かってない」と、辛口の批評をするのだった。

 タルブでの戦勝の威光も、時が経つにつれ段々と薄れつつあるようだった。巷では「アルビオンに治めてもらったほうが良い」等といったものや、「軍隊を強化してアルビオンへ攻め込むつもりなんだ」という意見や話まで出る始末だった。

「姫殿には辛い話でござるな」

「まあ、若いしその分苦労してるんだろうなぁ」

 と、剣心とデルフはアンリエッタの事を思い出しながら夜空を眺めた。こうなるなら……あの時行かせてあげた方が良かったのかもしれない。そんな考えを一瞬だけでもしてしまう程だった。

 けど、その場で正しい正しくないかというものは、無理矢理に当てはめるものではない。ただ自分は、その時に判断したことに後悔がないように、心に決めて行動するだけだ。

 少なくとも、あの時のアンリエッタの表情と声は、そう決めさせる何かを含んでいた。だから立ち向かった。それだけなのだ。

 

「んで、どうすんだ? まさかずっとこんな調子で行くわけにもいかねえだろ?」

 そう剣心が物思いに耽っている中、デルフの声が聞こえてきたおかげで現実へと帰ってくる。

 剣心は少し考え込んだ後、こう答えた。

「まだ何か出てくるかもしれないから、もう少しだけ情報を集めて……纏まったところで一度姫殿に報告するでござるよ」

「まあそれはいいんだけどよ、娘っ子はどうするつもりなんだ?」

 それを聞いた剣心は押し黙ってしまった。

「いつまでも蚊帳の外にしておくわけにもいかねえだろ。あの娘っ子が虚無の使い手である以上、そして相棒がその使い魔である以上はな」

「……虚無の担い手であろうと、ルイズ殿はルイズ殿でござるよ。戦いなんて、知らずに済むならそれで良いでござる」

 何処か影のある微笑みをしながら、剣心はそう答えた。それに遅れて、デルフが再び鍔を鳴らす。

「相棒の言いたいことは分かるさ。娘っ子を巻き込みたくねえってんだろ? けどよ、そこに娘っ子の気持ちはどこにある。あの時俺が話したこと、覚えているか?」

 諭すように、デルフは続ける。

「『ガンダールヴ』ってのはな、主人を守ろうとするときに一番強い力というのを発揮するんだ。それは主人の長い詠唱を守るため、無防備な状態から敵を阻むためだ。けど今の相棒は、その守ることに対し過剰になっているように見えるんだ」

 確かにそうだ。この街に来てからというもの、まるで拒絶するかのように、剣心はルイズと距離を置いているのだった。

「相棒程腕が立つなら、大抵のやつには負けねえだろ。なのに何で、そこまで過保護になるかね。一体何が、相棒をそこまで追い詰める?」

 

 剣心達の間に、沈黙が流れる。暫く耳の中には賑やかそうな人々の声が響いてきた。

「それでも……」

 といった感じで剣心は再び口を開く。

「戦いに絶対なんてものはない。もしそうならアルビオンで、拙者はウェールズ殿を助けられたはずでござろう。それに……」

 剣心は、昔の過去を思い出す。一生忘れはしないだろう。あの二つの記憶。

 

 

 雪の中、自分を庇って剣を受けた一人の女性。

 

 

 白梅香の辿る道筋の中、剣を突き立てられ崩れ落ちていた一人の少女。

 

 

 力はあった、なのに守れなかった……。これだけは今でも鮮明に蘇る。自らの罪が招いた悲劇。

 あんなことはもう、二度と引き起こしてはならない。

(他にも、もう一つ…)

 剣心は、左手に刻まれたガンダールヴのルーンを見た。あくまで懸念の域を出ないが、もし自分の推測通りだとすると…。

 

(――俺は今一度『人斬り』に戻るさ)

 

 夢の中で、確かにそう呟いた自分を思い出し、無意識に左手を握り込む。

 もしそうなら、益々自分がルイズと一緒にいるのは危ない気がしたのだ。

「身近にいる誰かが、また死んだり傷ついたりするのは嫌なだけでござる」

 本当に、本当にやるせなさそうな声で、剣心は呟いた。その声も、言葉も、人々の喧騒の中へと紛れて消えた。

 

 

 その後、もう何件か店や情報屋を回って、それらしい話はないか探していたが、結局収穫はゼロ。仕方なく剣心は一度『魅惑の妖精』亭へと戻ることとなった。

 勿論、尾行がつけられているかどうか細心の注意を払い、人目につかないようこっそりと裏口から入るつもりだ。

 コンコン、とドアをノックすると、声が向こう側から聞こえてきた。

「誰?」

「拙者、剣心でござる」

 改めて誰もいないか確認したあと、剣心もそう返した。

 ガチャッ、と音の後に、扉が開かれる。そこにはジェシカがいた。

 細目で睨みながらも、どこか好奇心で瞳を輝かせながら、ジェシカは尋ねる。

 

「あらこんばんわ。こんな裏口から何の用? どこまで行ってきたの?」

「家庭の事情でござる」

 

 一応彼女も、剣心が昼の時間帯に働くことも、夜は自由時間にさせておくことも知っていた。

 ただ、あんまり詮索をしないスカロンに対し、この娘は自重というものを知らない。こんな遅くまで何をやっていたのか、知りたくてウズウズしているようだった。

「あんたとルイズは、兄妹じゃないのは分かったとして、あの子本当は貴族じゃないの?」

「家庭の事情でござる」

「そんであんたは、あの子の雇われ傭兵だとか。見た目はアレだけどアンタ、相当出来るでしょ。大体分かるのよねぇ、雰囲気や身のこなしから。そんで、あの貴族の娘と一緒に何を企んでいるの?」

「家庭の事情でござる」

 あれこれと質問や推測を突きつけるジェシカに対し、剣心は一辺倒の答えしか返さない。

 しかし、これが逆にジェシカの「興味」という名の火をさらに強くしたようだった。

 目をキラキラさせながら、ズイッと剣心の前に顔を近づける。

「えー? なにそれ、やばい橋渡っているの? 面白そうじゃない!」

 どうやらもう彼女の好奇心は留まることを知らないらしい。結局最後に剣心がとった行動は「無視」だった。

 何も言わずにジェシカの隣を通り過ぎようとしたとき、今度はガラスの割れるような音と客の怒号が店の方から轟いた。

「てめえ、何しやがんだ!!」

「あああんたこそ、そそそこになおりなさい! いいい加減にしないと」

「はいごめんなさぁぁぁぁぁぁい!」

 後はコントのように、呻くような男の悲鳴と騒ぎ立てる客の声が剣心達の耳に届いた。

 隣では、ジェシカがやれやれといった仕草をしていた。

「全く困ってんのよねぇ。あの子全然仕事覚えないしさ。チップ一つ満足にもらえてないのよ」

「……おろろ」

「もうすぐ『チップレース』も近いからさ。あの子にはガンガン稼いでもらわないとねえ。請求料だってホラ、こんなにもう」

 そう言って、ジェシカはポケットから一枚の紙を剣心に手渡した。嫌な予感は覚えつつも、恐る恐るその紙に目を通して、そして剣心は唖然とした。

「……おろ!」

 何と、最初に渡された請求書より、倍の額に増えていたからだ。一体何人の客を怒らせたのだろうか、想像もつかなかった。

(本当に、こんな事で大丈夫だろうか……?) 

 剣心は今、そんな不安を抱えていた。

 


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