るろうに使い魔‐ハルケギニア剣客浪漫譚‐   作:お団子

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Season2 ~黒笠襲来、ルーン覚醒編~
第三十七幕『蘇る狂気』


 

 それは、一つの満月が光り輝く闇夜だった。

 流浪の果てに行き着いた街並み、東京の、何処か打ち捨てられた祠。

 目まぐるしく移ろう時代の中、『信念』を変えられず、剣を捨てられぬ二人の男がいた。

 一方は人斬りを否定し続け、また一方は人斬りを快楽とし続けていた……正反対な二人の剣客。

「どうした…抜刀斎、何を躊躇っている」

 ここで剣心は、今自分が何をしているのかに気づき、ハッとする。

これは―――この場所は―――。

「小娘にかけた『心の一方』を解くには、俺を殺すしかない。俺を殺さねば小娘が死ぬ。俺を殺せば小娘は助かる。簡単すぎる選択だ」

 手には逆刃刀の、刃の部分を上に掲げ、視線は蹲っている一人の男に集中している。

「躊躇うことはない。またその時間もない」

 男は、腕を折られ、満身創痍の様相にもかかわらず…その目は未だに狂気を帯びて爛々と光っていた。

 頭をコツコツと叩きながら、まるで渇望するかのように掲げたままの刃を見る。

「伝説の人斬り様の兇刃、冥土の土産に一撃脳天(ここ)にくれよ」

 

 

 

人斬りは、所詮どこまでも人斬り……。

 

 

 

「……そうだな、お前に土産などくれたくもない。だが――」

 な、何を言っているんだ……?

 そんな思いとは裏腹に、口が勝手に、目の前の男に語りかけていた。

「薫殿を守るため、俺はもう一度『人斬り』に戻るさ」

 違う、もう人斬りはしない。そう誓ったではないか……!!

 止めようとしても、意思とは関係なく体は動く。まるで運命がそう定めているかのように、躊躇いなく刃を振り下ろそうと構える。

 

 

 

同じ人斬りが言うんだ。間違いない。

 

 

 

「そうだ!! それでいい!! お前の兇刃を、この刃衛に味わわせてくれェ!!!」

 男は狂気を孕んだ笑みを浮かべて叫ぶ。殺される瞬間、それすらも愉しんでいるかのような目つきをする男に向かって、

『俺』は――――。

 

 

 

 

 

「死ね」

 

 

 

 

 

「――――はっ!!!」

 そこで、剣心の意識は現実へと引き戻された。

 気付けば、そこにあるのはもはや見慣れた風景。きちんと整っているルイズの部屋であった。

 日はまだ昇っておらず、双方の月が地平線へと沈んでいくのが窓から見える。

ルイズは剣心の上げた声に気づかず、すやすやと眠りの世界に入っているようだった。

「相棒……一体どうしたよ?」

 代わりに問いかけてくるのは、鞘から半身抜け出てきたデルフだった。流石にデルフには剣心の呻き声が聞こえたようである。

「珍しいな、相棒がうなされるなんてよ。何か悪い夢でも見たか?」

 普段茶化すデルフが、結構真面目そうな様子で声をかけてくるあたり、どうやら尋常じゃないうなされ方をしていたらしい。

 剣心は、何でもないような風を装って答えた。

「ああ、なんでもないでござるよ。ちょっと……」

「ちょっと、何だ?」

 疑問を持って再び尋ねるデルフに対し、剣心は……どこか遠い目をしながら言った。

「昔の夢を、見ていたでござるよ」

「昔……ってえのは、相棒がいた『世界』ってことか?」

「…………」

 その先を、剣心は答えなかった。デルフも、無理に問いただそうとはせずにそのまま鞘へと戻っていく。

「ま、相棒は少し真面目すぎるからなぁ。たまにはゆっくりするのも悪くはないと思うぜ」

「…かたじけない」

「いんや、いいさ。使ってくれなくても相棒は相棒だしな。いなくなったら俺も困るわけだしな」

 そう言ってデルフは、また鞘へと納まっていった。

 剣心は、しばらく寝付けずに、ただゆっくりと地平線へと沈んでいく月を眺めていた。

(前にも、確かこんなことがあったな――――)

 何故か薄らと光る、左手の使い魔のルーンに一瞬視界を落とし、そんな昔に、思いを馳せるような事を考えながら。

 

 

 

 

 

第三十七幕『蘇る狂気』

 

 

 

 

 

 アンリエッタ誘拐未遂事件から、更に数ヶ月の月日が流れた。

 ゆっくりと四季が流れるここハルケギニアにも、夏がやって来た。

 激しい日が地上を照らす様は、異世界でもどこでも変わらない。無論ここトリステイン魔法学院でもそうだった。

 夏季休暇ということで、多くの生徒が家や旅行で出かけているため、今の学院は物静かで久しい。

 ルイズもその例外ではないらしく、部屋で何やら荷物などをあちらこちらで纏めていた。

「明日から夏季休暇なんだけど、わたしの家に行くことになったから」

 部屋の片づけをしている傍ら、おもむろにルイズは、同じく荷物の手伝いをしている剣心にそう言ってきた。

 何でも、この休暇を利用して一度自分の領地に帰るとのことだった。

「ルイズ殿の家というのは、どんなところでござる?」

「そりゃあもう、こことは比べ物にならないほど大きいわよ! でも……」

 エヘンと胸を張るルイズだったが、同時にどこか表情を暗らくする。何か嫌な思い出でもあるのだろうか?

「まあ、いいわ。取り敢えずあんたを家族に紹介しなきゃね」

 そう言って剣心を見るが、彼は夏であるにもかかわらず普段着る着物の様子だった。その姿は平民以外の何ものでもない。

(ちいねえさまなら兎も角、他の皆が見たらどう思うだろう…特にエレオノール姉様は…)

 そんな事を考えている内に、窓からフクロウが現れ、ルイズの肩に止まった。よく見ると、何やら手紙のようなものがくわえられていた。

「…なにかしら?」

 突然の手紙に戸惑いながらも、ルイズはそれを手に取り、手紙を広げて中身をあらためる。

 ひと通り読んだあと、ルイズが真顔になって剣心に告げた。

「帰郷は中止よ」

 

 

 

「おろ、どうしたでござる?」

 当然、疑問符を浮かべて尋ねる剣心に、ルイズは先程の手紙の一枚目を渡してきた。

「勉強の成果を見せてごらんなさい」

 髪を掻き上げ、小悪魔のような笑みを浮かべてルイズは言った。どうやらハルケギニアの文字をちゃんと習得できているか、それを見ているようだった。

 教師然とするルイズの態度に苦笑しながらも、剣心は受け取った手紙に視線を落とした。

 

 

 手紙の主はアンリエッタからだった。簡単に言うと、これからアルビオンは艦隊での侵攻をしばらく諦め、不規則な戦闘を仕掛けてくるはず――と枢機卿マザリーニを筆頭にそう考えているとのことだった。

 街中での暴動を扇動させ、反乱を起こす。そういう卑怯な手でトリステインを中から攻める……と見たアンリエッタ達は、治安の維持を強化する方針に決めたとのことだった。

 

 

「ま、それだけ読めれば大丈夫そうね。合格よ」

 答え合わせとばかりに、再び剣心から手紙を受け取って読んだルイズが、そう言ってきた。

 剣心は小さく嘆息する。彼女は本当に厳しかったからだ。

 特に勉強会にて、書き文字の手癖は散々に矯正された。……まあ、そのおかげでこれから皆に文字の下手さを馬鹿にされるようなことはないと自負できるようになったため、良いことなのであろうが……。

 

「それで結局、アンリエッタ殿はルイズ殿や拙者にどうしろと?」

 まさか報告だけじゃないだろう。こうやって手紙を遣わしたというのは、何かして欲しい理由があるはずだ。

「まあ、情報収集ね。何か不穏な動きはないか、平民の間でどんな噂が流れているか。それと……」

 ルイズは、手紙と一緒に添えられた資料を見て、険しい表情で剣心に言った。

「今起こっている『事件』を追って欲しい、ってあるのよ。危険だからあくまで調査にとどめてくれって書いてあるけど」

「どんな事件でござる?」

 どうやら、もう事は起こっているらしい。剣心はどんな事件なのかをルイズに尋ねた。

 ルイズは、資料を見ながらこう答える。

 

 

 

「えーとね、『貴族連続殺人事件』……巷では『黒笠事件』と呼ばれているらしいわね」

 

 

 

「……――――!!?」

 それを聞いた剣心は、これ以上ない驚いた顔でルイズを見た。ルイズも、そんな剣心のリアクションに少しビビったようだ。

「な、何? どうしたの?」

「そっちの手紙は他に、なんて書いてあるでござる?」

 ルイズの言葉は無視して、その手にある資料を見やりながら、剣心は尋ねる。その目は、鋭く、無意識に彼女を威圧してしまっている。

「えっと、要はその黒笠なる人物が、今このトリステインで高位についている貴族、政治を動かしている人たちを中心に、予告状らしき物を送ってきては殺しているらしいの。まず間違いなくレコン・キスタの手先ね」

 そう推察するルイズを尻目に、剣心はふと昨日見た夢を思い出す。

 久しぶりに見た過去の夢。最近はまためっきりと見なくなったのに……。これもまた、何かの予兆なのだろうか。

 だが、現にこの世界には過去の比古清十郎や、死んだと思われていた志々雄真実もいた。今更あの男がいても、不思議ではないことだけは確かだった。

「だから、わたしたちはトリスタニアで下宿して、身分を隠してそういった事件の情報を集めて欲しいって書いてあるの、経費もこのとおり……って聞いてんの、ケンシン!!!」

 怒ったルイズの声に、剣心はハッとしてこの世界へと帰ってくる。

「ああ、大丈夫でござるよ」

「分かってんならいいけど。それじゃあさっさと支度するわよ」

 

 

 必要な荷物を纏めたルイズ達は、その日の内に魔法学院を後にし、トリスタニアへと向かうこととなった。

 無論馬車は使えないので歩きだ。ちなみに学院からトリスタニアだとゆうに二日近くはかかる。

 ジリジリと日の照りつける中、ルイズは汗を拭いながら恨めしそうに太陽を見上げていた。

「暑い……」

「頑張るでござるよ。ルイズ殿」

 そのルイズの前を、剣心が涼しい顔をして歩いていく。彼には荷物運びを任せているというのに、相変わらず疲れ一つ見せていないようだった。

 

 

 そうして漸くトリスタニアへとついたルイズ達は、まず貰った手形をお金に変えようと財務庁を訪ねた。

 その数新金貨六百枚。およそ四百エキュー。

「最近、新金貨が増えてきたわよね」

 金貨の一枚を指ではじきながら、ルイズは思うように言った。ぴぃぃんという小高い音が、街路で少しだけ響き渡る。

「昔はそうではなかったのでござるか?」

「ええ。それこそ純金貨は貴族や商人にしか持ち得ない通貨とされてきたわ。でも……『金』を錬金できるスクウェアメイジや金鉱脈が近頃、めっきり減ったと聞くわ」

 それの代わりよ新金貨は。と、ルイズは賢しらに剣心を見て言った。

 よく分からないが、まあハルケギニアの経済事情にも色々あるのだろう。とりあえず今は、そう考えることにした。

 

 

 

 その金で早速、剣心は仕立て屋へと赴いた。自分はいい。だがルイズの格好はどう見たって貴族の学生の格好そのものだ。

 ルイズは嫌がったが、「平民はマントをつけるのでござるか?」と剣心に言われ、渋々といった様子で地味な服に着替え始めた。

 それが終わって、ルイズは一度金勘定をして……ついにはやり切れなさそうに叫んだ。

「足りないわ。これじゃ馬を買っただけで消えちゃうじゃないの!」

「馬で歩く平民なんて、そんなにいるものでござるか?」

『身分を隠せ』が主な任務だというのに、そんな大金で買った馬なんて目立ってしょうがない。第一歩けば済む話ではないか。と剣心は思った。

 しかしルイズは妥協しない。

「何言ってんの、馬がなきゃ満足なご奉公はできないわ。馬具だって要るし、宿だってヘンなとこには泊まれないし。このお金じゃ、二ヶ月半泊まっただけでなくなっちゃうじゃないの!!」

 四百エキューあれば、平民の四人家族が何不自由なく暮らせる額である。任務のことを思えば、潤沢といっても良いだろう。しかしルイズは足りないという。

 

 二ヶ月で四百エキューが消える宿や馬というのは、一体どういうものなのか。剣心は頭を悩ませた。

 少なくともルイズは、『情報収集』というのはどうやってやるのかを、全く知らないようだった。

「だから身分を隠すのに、高い宿に泊まる意味はござら―――」

「嫌よ!! 安物の宿じゃよく眠れないじゃない!!」

 キーキー喚くルイズを見て、剣心は何を言っても無駄だろうと思った。はぁ……とため息をつくと、改めてルイズに向き直る。

「まあ、これを機にお金の使い方を学ぶでござるよ。拙者はその金を使わないから、全部ルイズ殿の好きに使うでござるよ」

 あえてアレコレ言うより、実際に世間の波に揉まれたほうがいいと判断したのだ。

 剣心は懐を探る。まだ宝探しで集めたお金が少しは残っている。貴族から見れば端金ともいえる額だが、十年間流浪人してきた剣心から見れば、これでも結構あるほうだった。

「拙者は取り敢えず、情報を探しに行くでござる。もし何かあったら、ここで落ち合うことにするでござるよ」

「う~~~……」

 剣心はそう言い残し、中央広場の噴水を指差した。そして未だに悶々と悩むルイズを置いて、その場を後にした。

 

 こればっかりは……、どうしても一人で調べたかったからだ。

 

 しかし、この選択が完全に裏目に出るとはまだ、この時の剣心は予想もしていなかった。

 

 

 

 一旦ルイズと別れた剣心は、トリスタニアの隅々を歩いて回った。こういう時に必要になるのが地理だ。知ると知らないとでは大きな差が出る。

 そのへんも踏まえつつ、情報屋や酒場によって情報を集めながら、この国で起こっている『黒笠事件』について、独自に調査を始めていた。

 

 

 前に来たことのある武器屋の主は、こう話す。

「『土くれ』が世間を賑わしてた時は、兵たち用に剣を買っていく貴族様がいらしたもんなんですがね。今度のはその比じゃあありませんよ。なにせ頂いていくのは宝石じゃなくて命なんですから、そりゃあたまったもんじゃないでしょ。しかしそのおかげでウチは繁盛するってもんですから、世の中というのは良く出来てますよねえ」

 

 

 ある情報屋では、今噂される事件についてこう話した。

「ここだけの話、その『黒笠』ってえ奴は貴族じゃないらしいぜ。何でも異様な剣を振って人を斬ってたらしいのさ。だがそれ以外は全くの謎。性別や出身、何を目的としてそんな事をしていることは、さっぱり分からねえんだよなこれが」

 

 

 また別の酒場では、事件に巻き込まれながらも、何とか生き延びた傭兵がいた。

「ああ、あんときはホント死ぬかと思ったね。今でも思い出せるさ。貴族の連中が、ソイツに向けて一斉に杖を抜いたかと思うと、皆急に固まりやがってさ。結局呪文の一つも唱えられずに次々斬り殺されていったよ。え? 何で俺は助かったかって? 隅っこで縮こまって隠れてたのさ。人間忠誠より命が大事ってね」

 

 

 ある程度の聞き込みを終えてみると、いつの間にか日も夕暮れへと差し掛かっていた。人気の少ない街路を歩きながら、剣心はデルフに尋ねる。

「どう思うでござる?」

「何がだ?」

「お主の中で、そう言う者や魔法に心当たりは?」

 デルフは少しうーんと唸ったあとに、こう答えた。

「敵の動きを封じる、もしくは束縛する魔法ってのは幾つかあるさ。けどなぁ、聞いた話じゃソイツ、貴族じゃないらしいじゃねえか」

「杖を使わずに魔法を操るというのは?」

「いんや、少なくとも魔法ってのは杖を媒介にして使うもんだ。杖を使わずに唱えられる魔法は『先住魔法』っていってな。大体亜人かエルフにしか使えねえ。……その『先住魔法』にしたって、行使するのに呪文やら口上やらが必要だけどな」

 それを聞いて、逆に剣心は予想を確信へと強めたのだった。

 

(ならば、最早確信だと言ってもいいだろう)

 

 間違いなく事件の元凶は奴だ。

 黒笠の意味もそうだが……魔法が絶対優位のこの世界で、メイジをやすやすと斬り殺せる剣客はそうはいない。彼等相手にそれなりに戦ってきた剣心も、そのくらいのことは分かる。

 なんだかんだいって、剣心もメイジ自体はそんなに侮ってはいないのであった。

「心当たりがあるのか、相棒?」

「……まあ、な」

 

 斬奸状の意味は自分への当てつけか……。そして『詠唱も使わず』動きを止める技術……まず間違いない。『心の一方』だ。

 死んだ人間が実は生きていた、なんて話は幕末の頃に何度も経験はしている。しかし奴は確かにこの目で死んでいくのを見た。それは本当だ。

 だが、同じように死に様を見届けた志々雄がこうして生きている、更に、この世界には死人を操る指輪もあるという。

 ならばもう、疑いようは無いだろう。

 

「だったら、少し危険だな……」

 敵に自分の顔は割れている。ルイズがどうかまでは分からないが……まず間違いなく狙うとしたら自分だろう。

 こうしてはいられない、剣心は足を速めて中央広場へと向かった。その時サン・レミの聖堂の鐘が、夕刻を告げていた。

 

 

 

 

「ルイズ殿!!」

 夕日の帳が落ちるトリスタニアの中央広場。その片隅にルイズは一人座り込んでいた。

 今は貴族の着る制服ではなく、地味な作りのワンピースに粗末な気の靴をつけている。だが、高貴な顔と桃色がかったブロンドのおかげでどこかちぐはぐな感じがした。

 そしてその表情は、まるでお先真っ暗と言わんばかりに陰っている。

 それを見た剣心は、まさか…と不安を覚えた。

 急いでルイズの元に、剣心は駆け寄った。それに気付いたルイズが、暗い表情で顔を上げ、剣心を見る。

「あ、ケンシン……どうしよう……!」

「何かあったでござるか!?」

「それが、ね……」

 ルイズがボソボソ声で剣心に耳打ちした。……そしてその内容を聞いて、剣心は目を丸くした。

 

 

「お金を、賭博で全部すった……?」

 

 

「う~~~~!!」

 ルイズが頭を抱えて蹲った。剣心は只々ポカンとしていた。

 聞けば、お金がどうしても足りないと感じたルイズは、ふと、たまたま、本当に偶然賭博屋に目が行ってしまい、そこでお金を増やそうと考えたらしい。

「最初は勝っていたのよ、ホントよ! でも……」

「いやでも、全部……でござるか……?」

 流石の剣心もこの事態までは読めなかった。さっきの不安もどこへやら。呆れて物も言えなかった。まさかここまで酷いとは……。

 取り敢えず今後、ルイズに金の管理は絶対させないようにしよう。剣心はそう思った。

「それで、どうするつもりでござる?」

「今それを考えているの!!」

 ルイズは必死に頭を働かせているようだった。冗談なしに今のルイズは一文無しだ。これでは宿どころか、今日のご飯すら危うい。

 

「ケンシン……今いくら持ってる?」

 縋るような目で、ルイズは剣心を見上げた。

「いくらって、精々今日の夜食分ぐらい……」

 行く前はそこそこのお金はあったが、情報収集にかかった費用の為にそれぐらいにまで減らしていた。

 何せ、このような展開になるなんて、予想もしてなかったのだから。

 それでも一応、飛天御剣流の読みを持ってすれば、賭博でお金を取り戻すことくらいは容易だ。

 しかし、それを知ったらルイズは事あるごとに悪用しそうだし、何より十中八九イカサマだので騒ぎになる。そうすれば結局目立って情報収集もへったくれもない。

 何より堅物な剣心は賭場というのは余り好きではなかったのだ。

「仕方ないでござるよ。素直に姫殿に事情を話して、また貰うしかないでござるよ」

「駄目よ! だって姫さまは自分だけの裁量で、わたしに任務をおさずけになったのよ!!」

 ルイズは首を振った。元々お忍びでアンリエッタはルイズ達に頼んでいるのだ。当然、その費用にも限度がある。

(じゃあそんな大事な金を、何故賭場へ持ち込もうと思ったでござるか……?)

 しかも半日足らずで全額すったと言うのだから、笑いを通り越して呆れ果てるしかないのだが。

「なら一旦学院に帰るでござるか?」

「……何で帰る必要があんのよ?」

「だって、拙者一人の方がやりやすいから……でござる」

 暗に「この仕事は自分がやるから、もう帰ってはどうか」と、剣心はそう言ったのだった。

 元々困っているのはルイズだけで、剣心自体は別に何の問題もない。流浪人での経験から、こういったことに関しては慣れっこだというのもあった。それにルイズはどう考えたってこういう仕事は向かない。今日一日でそれを嫌と言うほど思い知らされた。

 おまけに、今ルイズは非常に危うい立場にもある。まだ暫定的とはいえ、自分と一緒にいれば狙われる危険も出てくる。

 

 そう思っての発言だったが、余りにストレートだったために、それがルイズに伝わる筈も無く。

 案の定ルイズは、髪を掻き乱しながら怒鳴ってきた。

「何よそれ!! わたしが役立たずとでも言いたいのこのバカ犬ーーーー!!!」

 腕をぶんぶん振り回しながら、剣心に詰め寄っていく。剣心も彼女の拳をやり過ごしながら、どう言ったモノかと考えを巡らせた。

 ……実際役立たずどころか足でまといの領域なのだが、それは流石に可哀想なので言わないでおいた。

 ルイズの方も、最初は威勢よく暴れていたが、徐々に疲労が見えてきたのか、直ぐグッタリとなって再び蹲った。

「はぁ、今夜のご飯どうしよ……」

 ため息一つ零しながら、そんな事を考えていた矢先だった。

 

 チャリン、と銅貨が落ちるような音を聞こえてきた。

 ルイズ達はそちらの方を見やると、そこには胸元が毛むくじゃらの、そう、字義通り「奇妙」ななりをした男がいた。

「あんた、これどういうつもりよ!!」

 ルイズは飛び上がって早々怒鳴りつける。物乞いに見られたことが、彼女のプライドを刺激したのだろう。

 男は男で、そんなルイズを不思議そうな目で見ていた。

「あら、物乞いとばかり思ってたのだけど……」

 何とも変な女言葉を使いながら、男は言った。

「ハァ!! あんたそこに直りなさい!! わたしはねえ、恐れ多くも公爵家―――」

 そこまで言いかけた時、剣心が慌ててルイズの口を塞いだ。本当に、彼女は情報収集が何たるものかを理解してないらしい。

 対する男は、ルイズの言葉に疑問符を浮かべているようだった。

「こーしゃくけ?」

「ああ、聞き違いでござるよ」

 咄嗟に剣心が、そうフォローを入れた。

「そう。じゃああなた達はそんなとこで何をしているの?」

「いやあ、ちょっと路銀に困ってしまって……」

「でも物乞いじゃないわよ」

 あくまでそこだけは譲るまいと、ルイズは胸を張る。そんな二人を見て、男は興味深そうな表情をした。

「何やらお困りの様子ね。いいわ、うちにいらっしゃい。なんならお部屋も提供してあげてよ」

「ホントでござるか!?」

「ええ、ただし条件が一つ」

 男は、茶目っ気たっぷりなウインクを一つして(この反応が二人にどういう影響を与えたのかは想像に難くない)、こう付け加えた。

「一階でお店を経営してるんだけど、そこのお店をそこの娘が手伝う。これが条件よ」

「ええ~~~……何すんの……?」

 ルイズは、あからさまに嫌そうな顔をする。しかし、もしこれを断ったらもう野宿するしかないだろう。今更学院に帰る気もアンリエッタに縋る気もなかった。

 

「…………」

 剣心は剣心で考え込む。この男、身なりは奇妙奇天烈だが、根は悪いわけではなさそうだ。

 最初は何かの罠かとも勘ぐったが、どうやら何かしらの意図とかはなく、本当に、あくまで善意での勧誘のようだった。

 どんなことをルイズにやらせるのか、それはまあ気になるところではあるが、それなら後で断るなり考えるなりすればいいだろう。それに今は何といっても選り好みできる立場でもなかった。

「どうするでござるか? ルイズ殿」

「え~~~……。う~~~~っ……」

 剣心はルイズと顔を見合わせた。ルイズはしばらく抗議の目線を剣心に送っていたが、やがて折れたのか渋々頷く。

「トレビアン」

 男はそう言ってにんまりと笑った。正直キモさより怖さで背筋がゾクッとなる。

「じゃあ決まりね、わたくしの名前はスカロンよ。ついてらっしゃい」

 不思議なリズムを取りながら、スカロンは歩いていく。何にせよ、ここにいても始まらない。

「ほら、行くでござるよ。ルイズ殿」

「えぇ……? 本当に行くの……?」

 剣心は、未だに渋るルイズの手を取って、スカロンの後を追った。

 


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