るろうに使い魔‐ハルケギニア剣客浪漫譚‐   作:お団子

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外伝其の三『タバサとラルカス』

 

「い、命の恩人? あれが?」

 シルフィードは人差し指を志々雄に突きつけ、そして叫んだ。

 実際、彼女からすれば何が何だかさっぱりだろう。勿論志々雄のことなど、タバサからは何も聞かされてはいなかった。

「だ、だって! 見るのねお姉さま、アイツの周り!! 平然と人を殺しているのね!! そりゃあ相手も悪い奴だろうからって言われたらそれまでだけど、でも何だか納得が……っておねえさま!!」

 しかしタバサはそんなシルフィードを置いて、縛られた女性たちの元へと足早へと向かい、戒めを解いてあげた。

「あ、ありがとうございます!!」

「別にいい。そのかわり――」

 縄を解き終えたタバサは、深々と頭を下げて礼をする彼女たちに「ここで起きたことは内緒にして欲しい」と頼み込み、その代わり後で元の村へと送り届ける事を約束した。

 それでやっと、安堵の表情を浮かべている女性達を尻目に、今度は死んでいった人達の方へ振り返り、手を合わせて小さく頭を下げた。

「この人達は……」

「あっちが勝手に逆上して襲ってきたから、返り討ちにしてやったまでのことだ」

「……そう」

 悲しそうな表情でそう呟くと、タバサは風の魔法で穴を掘り、そこに彼等の遺体を埋めることにした。

 それを行うタバサは、どこか切なげで、まるで少女の様に儚げだった。

(お姉さま、あんな顔シルフィにだって見せたことないのに……――)

 学院の生徒達はおろか、親友のキュルケ、そしていつも一緒にいるシルフィードですら見せたことのない表情。

 今のタバサは恐らく、志々雄が隣にいるからこそ、そういう弱さを見せているのかもしれない…。

 そう感じたシルフィードは、少し遣る瀬無さそうにしながらタバサの手伝いをしていた。

 

 

 

 

 

外伝其の三『タバサとラルカス』

 

 

 

 

 

「おい、こっちに生存者がいたぞ」

 そう言って、ラルカスは一人逃げ損なった傭兵を引っ張り上げてきた。

 傭兵はもう、戦意といったものがないのだろう。ただ必死に命乞いをしていた。

「お願いだ、頼む……命だけは……命だけは……命だけは……!」

 先の戦闘の凄惨さに、すっかり心を壊したようだった。何度も呟く傭兵を見たタバサは、一瞬その視線を志々雄に向けた後、再び向き直ってこう言った。

「何もしない。だからあなたは今度こそ真っ当に生きて」

 慈しむかのような声で、タバサはそう語りかける。

 それを聞いた傭兵は、今度は嬉しさで涙を流しながら、何度も頭を下げた。

「ありがとうございます。騎士様……騎士様……!」

 そして、傭兵は一人走ってこの場を去っていった。

 ここでタバサは、志々雄の方を向いた。

「シシオさんは、どうしてここに?」

「まあ、事の成り行きってとこだ。それより……」

 傭兵の去っていく方を、タバサ共々見届けた志々雄は、ここで再びミノタウロスの方を見上げた。

「あんた、そんなナリで人の言葉が分かるのか」

「元は人間なんだ。それくらいは分かるさ」

 これには、タバサとシルフィードも驚いた。いやまさかとは思ったが……。

 志々雄も同じように、興味を引いた様子を見せた。

「面白そうだな、その話。詳しく聞かせてもらえねえか?」

 只討伐するだけでは何だか楽しみがない。そう考えていた志々雄は、このミノタウロスの身の上話に大きな関心を示したのだ。

 タバサ達もまた、同じようにラルカスを見る。

「……分かった。ならば話そう。私もお前たちに聞きたいことがある。この近くに洞窟があるのは知っているだろう。そこでよければな」

「俺は構わねえぜ」

 タバサ達も同じように首を縦に振る。ラルカスは皆の意見を確認すると、一旦女性達に村まで預け、洞窟の方へと向かった。

 

 

 

「うわぁ、暗いのね……」

「大丈夫か、足元に気をつけろ」

 さて、洞窟の中は真っ暗闇であった。

 差し出されたカンテラに火を灯し、それを持ちながらタバサ達は、どんどんと深くなってゆく洞窟の、更に奥へと突き進んでいった。

 途中、石英のような綺麗な結晶があり、それが集まって輝いている場所があった。

「あっ、これ綺麗なのね――――」

「触るな!!!」

 シルフィードが何と無しに触ろうとした時、ラルカスの怒号が響いた。

「ひっ!!」

 びっくりした彼女を見て、ラルカスは言い繕うように謝辞を述べる。

「ああ、すまん。だがその辺りは滑っていて危ない。近づかない方がいい」

「そ、そうなのね……」

 それを聞いたシルフィードは、石英を避けるように移動した。

 しかし志々雄は、何か腑に落ちなさそうな表情で石英を見つめるのだった。

「危ない、ねぇ……」

 

 

「ここが私の住処だ。雑多だが勘弁して欲しい」

 暫く歩いたあと、部屋らしき空けた場所にたどり着いた。机に本に椅子にかまど……。どれも大きいが、人が住むような感じには仕上がっている。

 その中で一際大きい椅子に座り込むと、改めてラルカスはタバサ達と向き合った。

「さて私の事について、聞きたいことは山ほどあるだろうが……、まずはそちらの正体を明かしてはくれないか? 知ってどうこうする気はないが、まあ、お互い様ということでな」

 ここでタバサは、ラルカスに任務の内容のこと、ここに至った経緯を改めて話した。大体の話を聞き終え、ある程度疑問を解消させた後、改めてタバサは興味を持った視線をラルカスに投げかけた。

「……さて、では私も話すとするか」

 それを察したラルカスもまた、ゆっくりと己の身の上を語り始めた。

 

 

 十年前……まだ人間だった頃のラルカスは、タバサと同じように村人に頼まれ、ミノタウロス討伐に乗り出した。

 外から火を放つことで、何とか怪物を瀕死にまで負いやったラルカスだったのだが、それと同時にミノタウロスの尋常じゃない生命力の強さに惹かれたようであった。

 実は、この頃のラルカスは不知の病に侵されていた。余命を使っての旅の末、出会ったのがミノタウロスという怪物というわけだった。

 

「私は自分の体を捨てることにした。禁忌だと分かっていても、それに触れずにはいられなかったのだ」

 

 ラルカスは自分の脳をそのままミノタウロスの体に移し替えたのだった。そのおかげで病はなくなり、代わりに強大な筋力と生命力を得て、更に呪文まで強くなったとのことである。

 それから今も、研究を続けてこの洞窟に一人こもっている……という。

 

 

 一連の話を聞いていたシルフィードは、思わず尋ねた。

「寂しくないのね?」

「もともと独り身さ。洞窟も、住み慣れれば我が家と大して変わら……ぐっ」

 そこで、不意にラルカスは言葉を切った。そして突然頭を押さえつけ、苦しそうに悶えだした。

「だっ、大丈夫なのね……?」

「ぐっ、来るな!!!」

「きゅい!!?」

 再びの怒号に、シルフィードはへたりこむ。知性があるとはいえ、怪物の金切り声は本能で恐れてしまう。

「うっ……済まない。発作のようなものだ。なに、直ぐに治るさ」

 暫くの間苦しそうにしていたタルカスは、やがて治まったのかゆっくりと身体を椅子にあずけた。

「……とまあ、ここまでが私の身の上だ。だからあえて言おう。わたしは誓って、人を食ったことがないとな。ミノタウロスの食欲を抑えることにも、ちゃんと成功している」

 そう言って、ラルカスはかまどで煮えたぎる薬の方を指でさす。

 タバサもそれには同意だった。確かに身も心も完全な化物になっていたら、あの時シルフィードを助けたりしないだろう。すぐ連れ去られて食われている筈だった。

「お姉さま、この人は嘘をついてないのね。だって嘘なら今頃シルフィは食べられているのね」

 説得するようにシルフィードもそう言った。タバサも取り敢えず頷いた。

 それに元々、この村の生贄騒動の真相はあの人攫い達なのだ。彼とは根本的に関係がない。

 ラルカスは、これで話は終わりとばかりに口を開いた。

「済まないな。だがこれで疑惑の方は晴れただろう? 今日はもう帰ってくれ。それと私の事は村の者達には言わないで欲しい。終わったことを蒸し返しても仕方があるまい」

「……分かった」

 それにタバサ達は頷いて、再び出口目指して帰ることにした。

 ただその帰り際、ラルカスがいなかったためか、志々雄は最後に石英のある場所で不意に立ち止まった。

「どうしたの?」

「先に行ってろ。俺は少し用事がある」

 志々雄のその様子に疑問を持ったタバサだったが、とりあえず彼の言うとおりに先に洞窟に出ることにした。

 

 

 

「何はともあれ、一件落着!! なのね!!」

 洞窟から出たシルフィードは、開口一番そう叫んだ。

 本物のミノタウロスが現れた時はどうしようかと考えていたが……何はともあれ人攫い騒動に決着がつき、やっと家に帰れるのだ。そう思うとウキウキした気分を隠せずにはいられない。

 しかし、タバサの方は未だ躊躇った様子で洞窟の入口を見ている。それが気になったシルフィードは彼女に顔を近付けた。

「あの包帯男が気になっているのね? 隠さなくても分かるのね」

 じーっとタバサを見つめるシルフィードだったが、例によってタバサは答えを返さない。ただ洞窟を視線に捉えながらも、壁に背を預けてそこから動こうとはしなかった。

「ねえお姉さま。あいつ何者なのね? さっき命の恩人って言っていたけど……」

 自分はタバサの使い魔なのだから、隠し事はしないで欲しい。そんな心情を吐露するかのように質問をぶつけたシルフィードだったが、やはりタバサにとってはどこ吹く風の様子。全く耳に入ってないようだった。

 ただ、その普段見ている無表情とは、明らかに違う(あくまで一緒にいるシルフィードの視点ではあるが)顔をしているタバサを見ると、余程彼女にとって大事な人なんだろうなー、というのは何となく理解できた。

(でも、アイツは何者なのね? まさか本当にお姉さまの……いやいやそれはない筈なのね!! でも~~……)

 こうやって考えるとどういう関係なのか、どうしても問い詰めたくなる。好奇心を抑えきれなくなったシルフィードは、再びタバサに問いただそうと口を開こうとした、その時だった。

 

 

 ドゴォン!! という派手な音が洞窟の中から聞こえてきたのだ。

 

 

「え、な…何事なのね!!」

 呆気にとられるシルフィードだったが、タバサはすぐに行動を移していた。杖に『ライト』を灯し、再び洞窟の中へと入っていく。

「ああ、待ってなのね!! お姉さま!!」

 慌ててシルフィードもタバサの後を追おうとして……そこで彼女が何かに気づいたかのように立ち止まっている姿を目撃した。

 そこは、先ほどラルカスに注意を食らった、あの石英のあった場所。しかし今その場所には―――-。

「何なのね、それ……?」

 タバサが拾い上げたそれを見て、恐る恐るシルフィードが尋ねる。

 掘り返された結晶の壁には、なんと骨のようなものがぎっしりと詰まっていたのだった。

「恐らく……人の骨」

 

 

 

 

 さて、そんな出来事が起こる少し前……洞窟内でのこと。

 ラルカスは、先程の研究所にて、薬の精製を行っていた。

 自分の『もう一つの人格』を抑える、己にとって必要不可欠な薬効。

 しかし、今の今までそれが効いた試しがない。タバサ達には嘘を言っていたのだった。

「はぁ、ぐっ……」

 荒い息をつきながら、ラルカスは作り上げた薬を一気に飲み干す。ミノタウロスにとって苦手な原料が含まれているせいか、飲んでいて辛い。だが飲まなければ……――。

「はぁっ!! はぁっ……」

 薬を全部飲み、やっと一息ついた、その時だった。

 

「よう。随分苦しそうじゃねえか」

 

 その声を聞き、ラルカスは直ぐ様グルリと振り向く。そこには今しがた帰ったはずの志々雄が、壁に寄りかかる立ち方でラルカスを見ていたのだった。

「何の用だ……? 忘れ物でもしたか?」

「その様子じゃ、あんまり効いてはなさそうだな。その薬とやらは」

 ラルカスの話を遮りながら、志々雄は一歩前へと進み、怪物の手にある空の瓶を見やる。ラルカスは努めて平静を保ちながらも、志々雄に歩み寄った。

「なあきみ。私は今忙しいのだ。用がないなら帰ってくれるか――――」

 ゴトリと、ラルカスの足元に変なものが転がってきた。それを見下ろしてラルカスは目を見開く。

 それは……自分が埋めたはずの人間の死体――その頭蓋骨だったからだ。

「どうした? その仏に見覚えでもあるのか?」

 もはや確信的な笑みを隠そうともしない。志々雄はただ、その笑みをラルカスに向けるだけだった。

 それでも……ラルカスは声を震わしながら……志々雄に言うのだった。

「はは……どこで拾ってきたのか知らないが、これはサルの死体ではないのかね? こんなものを私に見せてどういう――――」

「隠さなくてもいいぜ。なあ、本当の誘拐犯さんよ。大体話が出来過ぎだとは思ったんだ。――お前と最初に会った時からな」

 

 志々雄が笑って更に一歩踏み出たその瞬間、風を唸らせるような轟音と共に斧の一閃が飛び込んできた。

 志々雄はまるで予定調和とばかりに、その一閃を紙一重の体術で避ける。

「無駄にあがくな。全ての利はわたしにある」

「ほう、例えば?」

 心底冷えるような声を発して見下ろすラルカスだったが、それをまるで楽しむかのように志々雄が聞き返す。

 ラルカスはその問いに、強烈な風の魔法を以て答える。

「一つはこの暗闇だ。お前達にとっては黒々とした世界が映っているだろうが、わたしはお前たちの姿が手に取るように分かる」

「宇水みてえなこと言うな、お前」

 そう言って風の奔流を跳んで避けた志々雄は、視界が効かないにも関わらず、悠然とラルカスに向かっていく。

「何のつもりだ。無駄だ――」

 

 その瞬間、眩い光が一瞬だけラルカスの視界を覆う。それは『火花』だった。

 刀を地面に擦りながら、摩擦音と共に刀が発火。それが暗闇の世界を照らしてい

た。

 

(何だ!? これは……――)

 この光景を見て、奴もメイジなのか? と一瞬だけ頭をもたげたが、この炎に魔力は感じない。自然と起こした炎のようだった。

 志々雄はその炎で、周りにある器具や本を燃やしていく。炎は本や調理器具とかみ合って光を作り、たちまち辺りを明かりで覆い尽くしていた。

「暗闇が利とか何とか言っていたな。俺にはお前がよく見えるが?」

 皮肉たっぷりの笑みを浮かべながら、志々雄は刀を肩に置く。

 しかし、ラルカスもまた、余裕の表情で志々雄に対峙する。

「だから何だ。確かに不思議な魔法……を使うようだが、この程度の光、私の水魔法で消してやれば済むだけのこと――」

 杖を構え、ルーンを紡ぎながらラルカスは志々雄を見下ろす。志々雄もまた、この隙を逃すまいと凶悪な笑みを作ってラルカスに突撃しようとして…。

「シシオさん!?」

 その途中で、『ライト』で光る杖を掲げながら、タバサとシルフィードがやって来たのだった。

 

 

 

 タバサはこの光景を見て、直ぐに状況を把握した。

 洞窟で掘り起こされた骸骨……見かけからして大体少女くらいの白骨死体。そこから学び取ればピンと来る。

「ラルカスさん、一体どうしたのね!?」

 しかし、まだ状況を掴めていないシルフィードは、思わずそんな事を叫んでしまう。

 ラルカスは、また面倒な奴に見つかった。というような視線を送るばかりで何も返そうとはしない。

「あなたが、本当の誘拐犯」

「いかにも、そうだ」

 そしてラルカスは刹那、気合を込めるかのように獣のような大声を張り上げた。

 

「ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」

 

「きゅ……きゅいいいいいい!!!?」

 それにすっかりシルフィードは萎縮する。見られたからには殺す。その圧倒的な『殺気』が嫌でも伝わってきたのだ。

 同じようにそれを受けた志々雄は、口の端を釣り上げてラルカスを見る。

「気合十分か。上等だ」

 それに応えるように前に出るが、タバサが更にその一歩前へと踏み出た。

「何だ?」

「わたしも、彼と戦いたい」

 タバサはそう言うと、斧を振り下ろそうと力を貯めるラルカスを見据えた。

「俺を差し置いて一人で戦うってか? 随分偉くなったもんだな、お前も」

「もっと、強くなりたい」

 タバサはそう言って、まるで諳んじるようにあの言葉を口にした。

 

「『所詮この世は弱肉強食。強ければ生き、弱ければ死ぬ』。そう教えてくれたのはあなた」

 

「…………」

「だから、もっと、もっと強くなりたい」

 タバサの後ろ姿を、シルフィードは呆然として見つめていた。

 悲壮な決意、その為に力を求める。今の彼女の行動原理にして唯一の原動力が、その言葉にはあった。

「……ったく」

 一方の志々雄は、暫く面倒そうな表情で頭をかいていたが、やがて仕方なさそうに言った。

「しゃあねえ。少し位なら遊ばせてやる」

 そう口にすると、志々雄は手頃そうな石壁に腰掛け、戦いの行く末を見届けることにした。

 タバサの決意や想いは、あの時その場に居合わせた志々雄もよく知っていたからだ。

「……ありがとう」

 素直に引いてくれた志々雄にタバサは感謝すると、改めてラルカスを見つめ、杖を構えた。

 

「はぁああああああああああああっ!!!」

 

 ミノタウロス特有の豪腕を活かした、斧による攻撃。これは魔法でもまず受け止められない。タバサは避けた。一瞬遅れで飛んでくる斧は容易に地面を粉々にし、その威力を物語らせる。

「これが二つ目の利点だ!! 私の斧は、豪腕は、お前達人間など軽くバラバラに出来る!!」

「お、お姉さま!!」

 タバサは迫り来る攻撃を横っ飛びでかわし、反撃に移る。

 幸い、地の利はまだこちらにも部がある。完全な暗闇の洞窟ならまだしも、周りは志々雄が点けた火の光で、比較的明るい。 

 ただ、それでもこちら側の圧倒的不利は変わらなかった。依然として、自分の風では傷一つ付けられないし、体力も精神力も全てにおいて大きな隔たりがある。

「無駄だ! これが三つ目の利点、このミノタウロスの身体は、お前の風や氷の槍は受け付けぬ!!」

 ラルカスの言う通りであった。試しに『氷の矢(ウィンディ・アイシクル)』や『氷の槍(ジャベリン)』、果ては『氷の嵐(アイス・ストーム)』まで唱えてみたが、皆傷らしい傷をつけることは出来ない。

 一方のラルカスは、スクウェアクラスの魔法をバンバン使ってくるおかげで、そもそも反撃らしい反撃すらできない状態にあった。

 おまけに、その風や水の魔法が、徐々に灯していった明かりを消していく始末。

「そして最後の利点だ。わたしの魔法は……この身体によってスクウェアクラスにまで昇華された。お前の魔法など、周囲の灯りと共にかき消してくれるわ!」

 依然として絶望的な状況は変わっていない。ラルカスの言う通り全ての利がタバサを極地まで追い込んでいた。

「お姉さま、やっぱり無理なのね!! 逃げて!!」

 シルフィードが叫ぶ。この洞窟では狭すぎて本来の姿に戻れないため、助太刀ができないのだ。いや……例えできたとしても、このミノタウロス相手に敵うかどうか……。

 そして志々雄の方は、そんな苦戦するタバサをただ観戦しているだけだった。

 それを見たシルフィードは、早速志々雄に食ってかかる。

「ちょっと!! お姉さまが危ないのに、どうしてそんな悠長にしているのね!!?」

「あいつがやりてえ、って言ったんだ。だからやらせてるだけだろ」

 きっぱりと志々雄はそう返してきた。明かりを付ける手助けすらしない。本当にただの傍観者として徹しているだけだった。

 まるで助ける気がない志々雄の姿は、タバサにもはっきりと伝わっていた。

 

 

(……ありがとう)

 だけど、タバサは逆に、そんな志々雄に対して、感謝すらしていた。

 

 

 生と死。ギリギリの境界線をくぐり抜けているこの感触。今タバサが最も欲しいと思っていたものだった。

 例え圧倒的不利でも、実力に大きな壁があろうとも、決して諦めない。

 これから自分がしようとしている事は、幾度となく死線をくぐり抜けて初めて実を結ぶものなのだから……。

 だから、タバサは志々雄に心の中でお礼を言った。そんな大事な貴重な機会をくれた、彼に対して――。

「――――っ!!!」

 そうこうする内に、斧の轟音が隣を掠める。当たったら最後、体中の骨が粉微塵になってしまうだろう一撃だ。

 タバサは風のうねりを感じながら、それを的確に避けていく。しかし、何発目かの斧が振り下ろされ、その衝撃でタバサは少し怯んでしまった。

「貰った!!」

 その隙を的確に捉えたラルカスは、まだあどけなさが残る少女に向かって容赦のない風の魔法(ウィンド・ブレイク)を吹き付けた。

「――――っが!! あ……っ!」

「お姉さま!!」

 その風に煽られ、なされるがままにタバサは吹っ飛んでいく。それを平然とラルカスは見下ろした。

「このミノタウロス相手によく頑張った。だが、これで終わりだ」

 吹き飛ばされ、地面に叩きつけられたタバサを見て、ラルカスは憮然と言い放った。今のをまともに喰らっては、もう起き上がることも不可能であろう。

 そう思ったラルカスは、次の標的を志々雄に変えた。その時だった。

 

 

「……しょ、せん……、このよ……は……じゃくにく、きょうしょ……く」

 

 

「…………?」

 背後から微かな音を聞いたラルカスは、ゆっくりと身体の向きを先ほどの方へと戻した。

 そこにはボロボロになりながらも立ち上がり、鋭い視線でこちらを睨むタバサの姿があった。

 肩で大きく呼吸をしながらも、怜悧な印象を思わせるその目には、微塵の揺らぎもない。その姿にラルカスは只々驚くばかりであった。

「強けれ……ば、生き、弱ければ……」

「バカな!? 立っていられるはずは……」

「――死ぬ」

 少し信じられないように呻くラルカスだったが、それでも強く構えるタバサを見て、フゴゴゴと鼻を鳴らした。どうやら笑っているようだ。

「成程。成りはそれでも中身は立派な貴族なようだ。私も、慢心を捨てて本気で相手をしよう」

 ラルカスはそう言うと、斧を杖のように構えてタバサと対峙した。

 

「…………」

 タバサは何も言わない。ただこの戦いに命を懸けていた。

 攻略法はある程度考えついている。後は自分のイメージ通りに行くかどうか。

 体力的にも精神的にも、これが最後のチャンスだ。

 成功すれば御の字だが、もし失敗したらその時は……。

 否、タバサはその後のことを、頭の中から追い払う。失敗した時なんて、そんなことを考えたって仕方がない。

 今はただ、この策の成功に全てを賭ける。それだけだ。

 タバサはボロボロな身体のままでも、強い眼でミノタウロスを見つめながら、ゆっくりと抜刀術の構えに移行する。

 ラルカスもまた、斧を上段に構えて、力を溜め始めた。

 

 

 一瞬の静の膠着。そして両者は動き出す。

 

 

「ウォオオオオオオオォォォォォォ!!!!」

 先に仕掛けたのはラルカスだった。まず先に斧を振り下ろし、逃げた先に向かって魔法を打ち込む算段だった。

(さあ、何処へ逃げる!!)

 未だ覚束ない様子のタバサを見据えながら、ラルカスはその動向を伺う。

 しかし、斧が眼前に迫っても、タバサは一向に動こうとはしなかった。

「――――!!?」

 ドゴォン!! と、先程の比ではない地響きが巻き起こった。

「お姉さま!!」

 シルフィードの叫び声が辺りに響く。しかしラルカスは疑問に思っていた。

 何故避けなかった? もうそんな気力すらなかったのか。

 しかし、それならどうして手応えを感じない? 何故肉を引き裂き骨を断つ感触がないのだ!?

 その疑問は、すぐに解決された。斧が動かない。まるでそこで固まったかのような……。

「――――なっ、何だと!!?」

 

 ラルカスは目を見開いた。

 よく見ると、斧から数サント……本当にギリギリの距離で、タバサは回避していた。身体を逸らすだけで。

 そして、斧は凍り付いていた。タバサの杖から先に氷の魔法が放たれていたのだ。

(最初からこれが狙いか!!?)

 ラルカスは唖然として口を開いた。

 タバサはもう、身体を大きく動かすだけの体力がなかった。だから腹をくくって、わざとすれすれを狙って回避したのだ。

 一歩間違えばまず命はないというのに……それでも勝つために編み出した算段。命を天秤にかけた、まさに執念が生み出した結果だった。

 ラルカスは素早く斧を氷ごと抜き取ろうする。その隙こそ、タバサが欲しかった絶好の機会。

(今!!)

 タバサは最後の気力を振り絞った。固まった斧を踏み台に、そして『フライ』を唱え大きく跳躍する。

 天井にぶつかるギリギリ、それでもラルカスが思わず見上げるほどの高さへと跳んだタバサは、そのまま杖を下に突き立てるように構えた。その先端は氷の槍で鋭く凍り付いている。

「はあぁぁああああああああああああああああああ!!!!!」

 それをラルカスの口の中目掛けて、一気に打ち抜いた。

 

 

 『氷の槍(ジャベリン)』+-龍槌閃・惨-

 

 

 剣を突き下ろす事でより威力を増した、『龍鎚閃』の派生形。

 タルブ戦にて、剣心の動きを垣間見ていたタバサが、密かにアレンジを加えて独自で練り上げ、技として昇華させていたのだった。

 そしてその狙いは、鋼鉄で覆われている怪物の、比較的柔らかい場所である『口内』。突き降ろした氷の槍は、確かにミノタウロスの喉を深々と抉っていた。

「グア!! ああああああああああああああああああああああ!!!」

「ぐっ、っ……!!」

 タバサを振り落とそうと、ラルカスは手を振り回してもがき苦しむ。後がないタバサもまた、必死にしがみつきながら思いきり、突き立てた杖をさらに深く差し込む。

「ぎゃああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 しかしそれでも、ミノタウロスの腕力に屈したのか、あるいは精神力が尽きてしまったのか……タバサは杖から振り落とされてしまった。

「――あぐっ!! うっ……」

 ドゴン!! と壁に思いきり叩きつけられ、意識が朧になる。シルフィードが自分の名前を叫ぶ声が聞こえた。

 しかし、体はもう動かない。

 杖を抜き取ろうと必死になって足掻くラルカスを、ただ虚ろな目で見つめながら……タバサの意識は無くなっていった。

 


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