るろうに使い魔‐ハルケギニア剣客浪漫譚‐   作:お団子

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第三十二幕『精霊の約束』

 ヴェストリの広場にてタバサと別れた後、剣心はそのまま暫くの間、あてもなく彷徨いていた。

 やがて日も暮れ夕焼けに差し掛かると、散歩もやめて一旦、部屋に戻ることにした。

 部屋の扉を開ける。するとそこではルイズが、膨れっ面をして待っていた。

「…遅かったじゃない」

 ぶすーっ、とむくれた顔でルイズは口を開く。

「まあ、色々あったでござる」

「そう…まあ、いいわ」

 と、ルイズは一人頷くと、今の進行状況を説明した。

「取り敢えず今日モンモランシーに買い物に行かせて、大方の材料は揃ったらしいの。…でもあと一つだけ足りないものがあるのよ」

「どんなものでござる?」

「…『水の精霊の涙』」

 それは、この世界に住む『精霊』から取れる身体の一部であり、『惚れ薬』を作るにあたっての重大な素材の一つ。ルイズ曰く、これが無ければ解除薬は作れないらしい。

「アイツ、最初は闇市場で入手したらしいんだけど、今は丁度売り切れらしくてね…。手に入れるには水の精霊に直談判しに行く必要があるらしいのよ…」

 はぁ…とルイズはため息をつく。この世界で精霊は大いなる存在である。もし怒らせでもしたら、その恐ろしさは計り知れない。

「モンモランシーも最初はイヤイヤだったんだけど、やっと折れてくれたわ。明日には早速ラグドリアン湖へ向かうつもりだから」

 と、一通りルイズの話を聞いた剣心は、今度はギーシュはどうしたのかと尋ねる。

「アイツも連れてくってさ。野放しにしてたら何仕出かすか分かったもんじゃないし。不本意だけど、監視の目は必要よ」

 忌々しげにルイズが呟く。考えると、本当に奇妙な事件に巻き込まれたものだ。だがいつまでもボヤいてたって始まるものではない。ルイズ達はそう考え、明日朝早くに備えて寝る準備をした。

 

 

 

 

 

第三十二幕『精霊の約束』

 

 

 

 

 

 そして翌朝―――。ラグドリアン湖道中にて。

 ラグドリアン湖というのは、ガリアとの国境の近くに存在する、大きな湖である。その広さ六百平方キロメイル。ハルケギニア随一の名勝ともいわれ、緑鮮やかな森と、澄んだ湖水が織り成すコントラストは、神がざっくりと斧を振って世界を形作ったものとは思えない程の芸術品でもあった。

 無論、これほどの美しさを誇る湖が、只の湖な訳がない。古くから住むハルケギニアの先住民、水の精霊が住まう由緒ある場所でもあった。

 馬車に揺られて数時間、剣心達の目にはその、美しき湖畔の全貌が見え始めていた。

「綺麗でござるなぁ……」

 何故か馬車の中ではなく、屋根の上で一人胡座座りをしていた剣心は、その美しい湖を見て感嘆の声を上げる。

 勿論こうしているのは、中にいる彼のせいである。

 その剣心の感想に呼応するかのごとく、馬車の中から奴の声が聞こえた。

「そうだろう!! 見たまえこの美しさ。ああ、心の全てが洗い流されるようだ…この湖の前では、善と悪、貴族と平民、そして男と女の区別などちっぽけに見える…そう思わないかい!!」

「ちょ…暴れんじゃないわよ!!」

 馬車の扉を開けて、ギーシュが身を乗り出した。すっかりこの湖の虜になっているようだ。遅れてモンモランシーが慌てて同じように身を乗り出す。

 二人の手と手には、ルイズが片時も離れさせないようにと、手錠のようなもので繋がれていた。だから、ギーシュが身を乗り出せば、モンモランシーもつられて出てきてしまうのだ。

 しかし、そんな事はお構いなしにギーシュは一人ラグドリアン湖で叫ぶ。ちなみに彼には、面倒なので「観光旅行で精霊に会いに行く」位のことしか伝えてなかった。

 ……端から見ればツッコミ所満載だが、そこはまあギーシュである。特に何も考えていないようだった。

「精霊さぁぁん、おいでなさぁぁい、いぃぃィィィヤッホォォォォォォォォォォォ!!!」

「だからっ…暴れるんじゃ…」

 しかし、余りにも身を乗り出しすぎたせいか、ギーシュは激しくバランスを崩してしまい、そのまま湖に向けて大きくダイブしていった。

 当然繋がれているモンモランシーも、ギーシュの後を追う形で水の中へと吸い込まれていった。

「うおわああああああああああああああああああ!!!」

「きゃあああああああああああああああああああ!!!」

 ドボン!! と派手な水飛沫が二つその湖に現れた。

「あっ…背がっ…背が立たなぁぁぁぁぁぁい!!!」

「お願っ…静かにっ…ブクブク……」

 まるで漫才のように溺れる二人を見て、ルイズは冷めた視線を送った。

「お似合いじゃないの、二人とも」

「助けなくていいでござるか?」

「ほっときましょ。邪魔しちゃ悪いわ」

 目的はギーシュを元に戻すことだというのに、心底どうでもよさそうにルイズは首を振ると、構わず馬車を走らせるよう馭者に告げた。

 しかし、溺れている二人は結構本気で助けを求めているようだったので、結局見かねた剣心が屋根から降りて助けに行くこととなった。

 

 

「やっぱり付き合い考えようかしら…っクシュン!!!」

 剣心により救出された後、大きなタオルで身をくるむようにしていたモンモランシーが、同じような格好をしたギーシュを見てくしゃみをした後、次にどこか不思議そうな表情を浮かべた。

「それより変ね…前より水位が上がってないかしら?」

「…どういうこと?」

「確か昔は、岸辺はずっと向こうだったはずよ?」

 そう言って、モンモランシーは遠くの方を指差す。その位置を見れば、丁度、家の屋根と思しき部分が少し出ているのが見える。

 それだけでも、大分水位が上がっているのがルイズ達にも伝わった。

「お怒りなのかしら。…ああ嫌だわ…逆鱗に触れなきゃいいけど」

「けどよく分かったわね。ってそう言えばアンタ達モンモランシ家は確か…」

「ええ、このラグドリアン湖に住む水の精霊と、トリステイン王家は旧い盟約で結ばれててね、その際の交渉役を代々私達『水』のモンモランシ家が務めてきたわ」

 そう言って、どこか遠い過去を思い出したのか、モンモランシーは苦い顔をしてため息をついた。

「今はもうやってないけどね…小さい頃に一度、領地の干拓を行うときに、精霊の協力を仰いだのよ。水の精霊って凄いプライド高くてさ、機嫌損ねたら大変だっていうのに、父上ってば『床が濡れるから歩くな』なんて言うからさ…」

「じゃあアンタは精霊を見たことがあるのね?」

 まるでモンモランシーの身の上話はどうでもいいかのようにルイズは、聞きたいことだけを尋ねる。

 話を無視されたことに、モンモランシーがムッとして何か言おうとしたが…その時、通りすがりの農夫が姿を表した。

「おお、もしかして貴族様でいらっしゃいますか?」

「あら、一体どうしたのかしら?」

「いえその…是非聞いていただきたいことがございやして…」

 その農夫から話を聞くと、どうやら彼は沈没した村の一人らしい。二年ほど前から突如増水が始まり、ゆっくりながらも確実に水かさは増えていき、ついにはこの様相を呈したとのことだった。

 農夫は、ルイズ達のマントを見て貴族だと分かり、水の精霊の交渉役に派遣された一行だと勘違いしたようだった。

「一体水の精霊は何を怒っておられるのか…わしらみたいな農民には到底確認することがままなりませんて……」

 言うだけ言って農夫は去っていった。

「…何とも、厄介なことになっているみたいでござるな…」

 剣心もまた、哀愁を漂わせながらとぼとぼ歩く農夫の姿を見て、憐憫の声色でそう呟いた。

 

 

 そこから先しばし進んだ後、ルイズ達は比較的広い場所で、馬車から降りることにした。

「ここ?」「ええ…」と、女子二人がまず馬車を降りる。

 剣心は周囲を見渡し険しい顔をした。草木が所々焼き焦げているのである。

「山火事でもあったのここ?」

 ルイズも同じ心境だったのか、思わずモンモランシーに尋ねるが…、

「さあ…来たのも随分久しぶりだし…なんでこうなっているのかしら…?」

 と、要領の得ないコメント。「誰か火遊びでもしたのかしら…?」としか、言えなかったのである。

「まあいいわ。とにかく始めましょうよ」

「…そうね。そうしましょう」

 深く考えるのはよそう。

 モンモランシーは、腰に下げた袋を取り出して紐を開けた。中から出てきたのは、色鮮やかな黄色に、黒い斑点がついたカエルだった。

「ひっ、カエル!!」

「お、おろろ…」

 それを見たルイズが、悲鳴を上げて剣心に寄り添う。どうやらカエルは苦手なようだった。

「おいおい、たかがカエルにビクつきすぎじゃないか。そんなことのために彼に寄り添うなど笑止千万…ぶほぉ!!!」

「「あんたは黙ってなさい」」

 気障ったらしく皮肉を込めるギーシュを、ルイズとモンモランシーは思い切り蹴飛ばした。

 そしてモンモランシーは、このカエルの使い魔を手に置いて命令する。

「いいことロビン? わたしはあなた達の古いおともだちと、連絡を取りたいの」

 そしてポケットから針を取り出すと、モンモランシーはそれで自分の指を小さくついた。直ぐに血が膨れ上がり、それをカエルの背中に一滴垂らすと、更に二言三言話して手を離した。

「じゃあお願いね。偉い精霊、旧き水の精霊を見つけて、盟約の持ち主が話をしたいと告げて頂戴」

 カエルは頷くような仕草をとると、ぴょこんと跳ねて湖へと飛び降りた。

「今水の精霊を呼びに行かせたわ。覚えてれば…だけど、まあ大丈夫でしょう」

 剣心達は、精霊が呼ばれるまでの間、素直に待つことになった。

「『精霊の涙』…と言うことは、精霊殿に頼んで泣いてもらうということでござるか?」

「いいえ違うわ。涙…とは言うけど、あくまでそれは比喩表現よ。本当はね―――」

 その時、離れた水面が光りだし、そこから何かが姿を表し始めた。

 

 水面から出てきたのは、文字通りに大きな水の塊だった。ぐにゃぐにゃと蠢きながら宙に浮くそれは、気味悪いながらもキラキラと眩い光を放っていた。

 ふと足元を見やれば、モンモランシーの使い魔のカエルがぴょんこぴょんこと主人のもとへと帰ってきた。

「ありがとう。きちんと連れてきてくれたのね」

 モンモランシーは使い魔のカエルを拾い上げると、未だに蠢く水の塊に向かってこう言った。

「わたしはモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ。水の使い手で、旧き盟約の一員の家系よ。カエルにつけた血に覚えはおありかしら? 覚えていたら、わたしたちに分かるやり方と言葉で返事をして頂戴」

 すると、精霊らしき水の塊が、ぐにゃぐにゃと姿を変え始めた。やがて一通り蠢いていくと、やがて一糸纏わぬ透明の、モンモランシーそっくりの形をとった。

 次に顔の表情を何度か入れ替わる。笑顔、怒り、悲しみ、それを何回か繰り返した後、再び無表情…いや。

 

 剣心の姿を見て、ほんの一瞬だけ憎々しげな表情を作った後(この視線に気づいたのは剣心だけだった)、元に戻るようにモンモランシーの問いに答えた。

「覚えている…単なる者よ。貴様の流れる液体を、我は覚えている。貴様に最後に会ってから、月が五十二回交差した」

 朗々と響くような声で、水の精霊は話す。確かにその姿は噂にたがわぬ美しさだった。

「良かった…水の精霊よ、頼みがあるの。厚かましいとは思うけど、あなたの一部を分けて欲しいの」

 成程、一部が涙になるのか。と剣心は思った。確かにあの容姿では、どれをとっても水ではある。涙とはあくまで比喩らしい。

 一瞬の間沈黙が流れ…そして水の精霊はにこっとした表情をとって…こう言った。

「断る、単なる者よ」

「で、ですよねー……」

 普通だったら、ここでモンモランシーは踵を返して帰ろうとしただろう。水の精霊は怒らせるとどうなるか、一番良く分かっているからだ。

 しかし『惚れ薬』にかかった相手がギーシュであるため、むざむざと引き返す訳にもいかない。何とか頼み込むように、もう一度お願いした。

「あの…でもわたしたちにはあなたの一部が必要でして。…その、何とかなりませんか…?」

 しかし、水の精霊は笑顔のまま固まった態度を取っていた。ダメ、という意思表示なのだろう。

 沈黙する空気の中、時だけが刻一刻と流れていく。モンモランシーは、改めてギーシュを見た。

 

「知っているかい? 水の精霊で誓うと永遠に結ばれるという話。そこに男女の境はない永遠の契になるらしいよ」

 その言葉を自分にではなく、剣心に向けて言っている。彼は相手にしていないようだが、少なくともギーシュは、それを自分に向けて言うことはもうないのだろう。

 そう思うと怒りより悲しみが大きく込み上げてくる。あんなギーシュは嫌だ。いつものように気障ったらしい語句を並べて、女を見境なく追っていた彼の姿が、今はすごく恋しく思えてきた。

「………っ」

 モンモランシーは、無意識に拳を震わせていた。暫くそうしたまま佇んでいると、おもむろにギーシュのとの手錠の鎖を引っ張り、彼を引き寄せたかと思うと、思い切り彼の頭を殴りつけた。

「えっ―――ぐわあっ!!!!」

 ゴツン!! とドデカイ音とタンコブを残して気絶したギーシュを再度見つめた後、モンモランシーは決心したように叫んだ。

「お願いします!! 厚かましいことは重々承知です。けどわたしにはあなたの一部が必要なんです!! 何でもします、何でも致します!! ですから…」

 手を合わせて何度も頭を下げるモンモランシーを見て、剣心やルイズも驚いたように目を見張った。

 暫くの間モンモランシーは懇願し続けていると、その声を聞き入れてくれたのか、不意に水の精霊は言った。

「…よかろう。ただし条件がある。世の理を知らぬ者よ、貴様は何でもすると申したな?」

「…はい」

 少し身を竦めたモンモランシーだったが、何とか気を持ち直して頷く。

「ならば、我に仇なす貴様らの同胞を退治してみせよ」

「……退治?」

 と聞いて、ルイズ達は顔を見合わせる。

 水の精霊の話を要約するとこうだった。

 どうやら最近、水の精霊を倒そうと夜な夜な襲撃する輩が出てきたという。水の精霊は今、増水のためにそちらまで気が回らない。なので、涙の交換条件としてルイズ達に頼みこんできたというものだった。

(撃退って…水の精霊を襲撃する賊を…!?)

 モンモランシーは顔を青くした。当然ながら戦いなんてしたことない。ギーシュは今あんなんだし…と言っても、普通の状態でも役に立つかは分からないが。

 ルイズは魔法も使えない劣等生。爆発は使えるかもしれないけど…効くかどうかは未知数。それに相手がどのくらいの手練れなのかは分からない。

 水の精霊を襲う輩なのだ。あちらだって相当の腕が立つはずだ。一介の生徒が立ち向かうなんて無理がありすぎる。

 

 どうしよう…と頭を抱えるモンモランシーを他所に、ルイズはずいっと一歩前へ出ると、確認するように水の精霊に尋ねた。

「では、その輩を退治すれば、『精霊の涙』を頂けるということでよろしいですね?」

「単なる者よ、我は人と違って約束は破らぬ。成功した暁には望み通り我の一部を進呈しよう」

 それを聞いたルイズは、安心したように胸をなでおろすと、自信満々に精霊に言った。

「分かりました、ではその任、わたしたちが確かにお引き受け致しましょう」

「ちょ…いきなり何言い出すのよ!!?」

 泡を食って叫ぶモンモランシーだったが、水の精霊は確かに聞き届けたのか、微笑んだ表情のままこう言った。

「そうか…ならば任せるぞ。勇気ある者よ」

 そう残した後、水の精霊は再び水の塊に戻りながら、ゆっくりと湖の中へと姿を消した。

 

 

 その夜、ルイズ達は侵入者を待ち伏せるため、木陰の奥で身を隠すことにした。

「全く…何で安請け合いしたのよ…」

 膝を抱えて蹲っていたモンモランシーが、ため息まじりにそう言った。不安でしょうがないのだ。

 何でもするとは言ったが、まだ心の準備は出来ていない。単純に相手の実力が分からぬ不安。自分達で勝てるのか、生き残れるのかという不安。よしんば生き残れたとしても、失敗してそれで水の精霊に怒りを買わないかと思う不安。

 とにかく今、モンモランシーは色々な不安に押しつぶされていたのだ。

「だって、早く決めないと見切られるじゃない。ちゃっちゃと終わらせたほうがいいでしょ?」

 対するルイズは、不安などどこ吹く風の様子で、まるで観光に来たかの様子で木陰から映る湖を見ていた。どこにそんな余裕があるのか、モンモランシーは不思議でたまらなかった。

「それにしても、あんたがあそこまで言うなんてねえ。まあ、少しは見直したかしら」

 と、ルイズは昼間の事を思い出し、ニヤニヤ顔でそう言った。すかさずモンモランシーは顔を真っ赤にする。

「か、勘違いしないでよ!! アイツがあのまま学院に帰って変な噂でも立てられたら、遊びとはいえ付き合ってたわたしの名誉にも傷がつくからよ。それだけのことよ!!」

 プイッとそっぽを向くようにモンモランシーは叫んだ。ルイズに限らず、トリステインの女貴族というものは、妙にプライドが高い反面、素直になれない傾向が多いのだ。

 だけど…今はそんな事をしてる場合ではない。

「大体あんたねぇ、何でそんな能天気なのよ。これからすること分かってる?」

 襲撃者の退治。これから起こるだろう激闘に、モンモランシーは身を竦ませる。

 ギーシュは、一人酒を煽って寝ていた。観光旅行としか教えていないため、襲撃については全く知らされてなかった。全くどこまでも能天気である。

 つまり、実質戦えるのはルイズと自分とあの平民くらいだ。

「わたし戦いなんてしたことないわよ。ちゃんと作戦とか考えてあるんでしょうね?」

「わたしだって言うほどしてないわよ。策なんてある訳ないじゃん」

 モンモランシーはあんぐりと口を開けた。全くもって理解できない。今の状況を分かっているのか?

「あ…あんたが言い出したんじゃないの!! 本当に大丈夫? 最悪殺されるかもしれないのよ?」

 それを聞いたルイズは、ああそうか…知らないのか、と含み笑いを浮かべた。

「ま、ケンシンなら大丈夫でしょ。それに…」

 自分は伝説の虚無だから、とルイズは言おうとして止めた。これは姫さまとの秘密の約束だ。まあ剣心なら万に一つもないだろう。

 それを聞いて、モンモランシーは首をかしげる。

「あの使い魔そんなに強いの? フーケを捕まえたって話はキュルケから聞いてはいるけど…」

 どうせ誇張だろうと、あまりモンモランシーはあてにしてなかった。それに相手の素性が分からぬ以上、敵はフーケより手強いかもしれないというのに…。

 そうして話している内に、ついにその時はやって来た。

 

 

「…来たでござる」

 森の上から観察していた剣心が、下にいるルイズ達に呼びかける。ひっ、とモンモランシーは小さな悲鳴を上げる。ルイズも一瞬固まった。

 音を立てずに剣心は下まで降りると、周りに聞こえないような声で言った。

「ルイズ殿はモンモランシー殿とギーシュを頼むでござる。拙者一人で行ってくる」

「手助けは? 相手は何人なの?」

「二人。暗いうえにフードを被っているから誰かは分からぬが、他に人影はいないようでござる」

 なら大丈夫だろう。下手に援護して邪魔しても悪いだろうし。そうルイズは考えると、任せてもいい? と剣心に聞いた。

「大丈夫、直ぐ戻ってくるでござるよ」

 いつもの爽やか笑顔で剣心は言うと、一人その場を離れていった。

 本当に作戦もなしに突っ込んでいった彼を見て、遂に耐え切れなかったのかモンモランシーがまくし立てる。

「ねえ本当にいいの? 彼一人で大丈夫なの!?」

「うるさいわねぇ、黙って見てなさいよ」

 ルイズはそう言うと、高みの見物とばかりに木陰から剣心の姿を見た。杖を構えているとはいえ、その表情は完全に剣心を信じきっているようだった。

 どうなっても知らないからね、モンモランシーは最後にそう呟くと、ルイズと同じように木陰から覗いた。

 

 剣心は、ゆったりとした動きで二人の襲撃者に歩み寄る。フーケの家を奇襲したのと同じ、気配を悟らせないような動きで。

 早く切り込みなさいよ、とモンモランシーはハラハラしたように呟いていたが、幾度となく彼を見てきたルイズには分かる。あんなの、気づくはずない。まるで幽霊か何かだ。

 一人が杖を掲げてルーンを唱え始める。恐らく水の精霊を引きずり出す手筈を整えているのだろう。それを見かねた剣心は、後ろから声を変えた。

「そこまでにするでござるよ」

 

 

「なっ……!!!」

 ここで二人は、ようやく背後を取られていたことに気付いた。余りの出来事のためか、声をかけたのが剣心だとは気づかず…また暗闇のせいでお互いの姿が上手く認知出来なかった。

 襲撃者の二人…その片割れが撥ねるように飛び退き、杖を詠唱して反撃に移る。

 隙のない動きで、氷の矢『ウインディ・アイシクル』を唱えると、それを剣心に向けて撃ち放った。

(速いな…)

 そう思いながらも、その氷の矢を難なく回避する剣心。昨日タバサのものをたくさん見てきたため、読み切るのは容易だった。

 弾切れの頃合を見計らってそのまま突っ込む。残りの矢を的確な動きで躱し、相手に接近していく。

 あと少しで間合いに入る瞬間―――、

「…っと!!?」

 不意に剣心の横から火の玉が飛んできた。もう一人が接近するタイミングを見計らって、炎を飛ばしたのだった。

 剣心は素早く回避しようとしたが、その火の玉は剣心の後を追うように飛んでくる。

 火の玉はそのまま着弾、ドゴンと爆発し炎上するが、そこに剣心の姿は無かった。素早く身を翻し、着弾の瞬間飛び退いたのである。

 

(成程、強いな…)

 隙のない連携攻撃。うまく息も合っている上に個々の実力もかなり高い部類だろう。本来なら手加減する相手ではないということが分かるのだが…しかし何故か剣心は刀を抜こうとはしなかった。

 なんというか、強い以前に違和感が剣心に纏わりついていたのだ。

(何だろう…どこかで見たような…)

 

 そしてそれは、相手の二人組にも同じだった。

(―――速い)

(うん、それに隙がないわね)

 すっぽりと顔を隠しているフードの中、謎の二人組は小さな声で会話をする。

 真っ暗闇の中、目で追うこともままならぬそのスピードに、二人も多少なりとも驚いているようだった。

(けどさ…何か見覚えがあるのよねぇ…)

(………)

 小さな相方は答えない。けど違和感は同じように覚えているはずだ。……けどまさか「彼」がこんなところにいるなんて思えない。

(でも…まさか…ねえ)

 しかし本当に彼なら、彼なのだとしたら…? そう思い、警戒を緩めてそのフードを取ろうとした…その時だった。

 相手が、ここぞとばかりに間合いを詰めてきたのだ。

「…っ!!」

 小さな片割れの一人が、その先を見切って素早く杖を振る。『エア・ハンマー』だ。しかし相手は、逆に身を小さく屈めて空気の槌を躱しながら突進していく。

(もし本当に彼なら…)

 すかさず一人が『フレイム・ボール』を唱える。しかし今度は火球ではなく、周囲を照らすような形で炎を纏わせ放つ。

 何処かの御庭番衆が得意とした『極大火炎』のような炎に対し、相手は……。

「なっ……!?」

 

 何と、得物の剣を扇風機のように振り回すことでそれを避けたのだ。まるで大道芸のような力業である。

 

 相手からはフードのせいで、まだこちらを認識できてはいないようであるが、少なくともこちら側は相手の正体が分かった。こんな芸当をするのは、自分たちの知る中では一人しかいないからだ。

 相手はこれを機に大きく跳躍する。しかし二人は…彼女たちはもう、闘う気はなかった。

「ケンシン!!」

 杖を下げ、代わりにフードを取って素顔を晒す。それを見た剣心…と木陰に隠れていたルイズとモンモランシーが目を丸くした。

 フードの中身は、真っ赤な髪を蓄えた、あのキュルケだったのだ。それに続いて相方もフードを取る。そこには相も変わらず無表情なタバサの顔があった。

「キュルケ殿、それにタバサ殿も!!」

 と、ここで漸く違和感の正体に気付いた剣心は…攻撃するために既に高く跳躍していたのをすっかり忘れていた。

「…おろっ!! しまった!!」

 何とか方向を変えようとして、必死に格闘すること数秒。キュルケ達に衝突しない位置まで剣心は移動することはできた。しかし…。

「おろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 その代わり湖へと大きくダイブする羽目になってしまったのであった。

 

 

「ああ、やっぱりダーリンだ!! 道理で強いと思ったわ!!」

 プッカリと水面に浮かぶ剣心を見て、キュルケが可笑しそうに手を差し伸べ、剣心を引き上げる。その様子を見ていたルイズ達も、慌てて駆け寄った。

「ちょっとアンタ達! 何でこんなとこにいるのよ!!」

「ルイズ!!? あんた達もいたんだ…というか、それはこっちのセリフよ、こんなとこで何してんのよ?」

 月の明かりが闇を照らす中、突然の出来事に、しばし皆は呆然としていた。

 


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