るろうに使い魔‐ハルケギニア剣客浪漫譚‐   作:お団子

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第三十一幕『ヴェストリの決闘 第二幕』

「ケンシーーーーーン!!」

「ギーシューー!! どこ行ったのよぉーーー!!!」

 ルイズ達は必死な形相で、剣心達の後を追った。端から見る生徒からは、何事だと思うことだろう。それを気にせず、ルイズは走る。

 しばらくして、月夜の照らす中庭の辺りまで来ると、剣心を見失ったギーシュが一人泣き叫んでいた。

「おーーーーいおいおい、どこ行ってしまったんだよぉ。ケンシィィン。おーーーーーーーーいおいおい―――――」

 ギーシュの姿を視認したルイズは、何のためらいもなく杖を抜いて呪文を唱えた。

 ボガァンと、ギーシュの顔面が爆発し、これでもかという程に吹っ飛んでいった。

 

 

 

第三十一幕『ヴェストリの決闘 第二幕』

 

 

 

「ちょ…ルイズ! いきなり何すんのよ!!?」

「何、文句あんの?」

 遅れてやって来たモンモランシーの叫びに、ルイズはギラッと目を光らせて黙らせる。そして一旦辺りを見渡すが、剣心の姿は何処にもいない。

「ケンシン!! もう大丈夫よ!! 戻ってきなさい!!!」

 そうルイズが呼びかけても、空虚な響きが辺りを木霊するだけ。剣心は一向に姿を現す気配は無かった。

 余程おぞましいものを見たのだろう、どうやら本気で身を隠しているようだった。飛天御剣流継承者である剣心が全速力で走ったら、それはギーシュといえど追いつけるものではない。

 彼のいない虚しさを覚えながら、ルイズはその怒りのはけ口をモンモランシー達に向けた。

「さあて説明してもらいましょうか? 一体何がどうしてこうなったのかしら?」

 悪魔のような形相をしながら、ルイズは杖をモンモランシーに突き立てた。逃げようとすれば即ギーシュの様に吹っ飛ばすつもりなのだろう。

 モンモランシーは大きなため息をつきながら、渋々経緯を話そうとしたが…その前にギーシュがムクリと起き上がる。

「痛ったいなあ、全くなにするんだい?」

「ギーシュ、あんた…」

 かなり力をいれたのに…。ルイズは少し驚きながら、あっさりと起きてきたギーシュを見つめた。

 モンモランシーは、ハッとしたようにギーシュに詰め寄る。

「ちょっとギーシュ!! こっちを…わたしを見なさいよ!!」

 どこか慌てた様子でモンモランシーは叫んだ。普通なら、この状態の彼女に対しギーシュはお世辞のようなフォローの一つや二つ入れるのだろうが…。

 

「何だモンモランシーか…悪いけど気安く触らないでくれるかな? 生憎とぼくの心はもう決まってしまったからね」

 

 と、興味のなさそうな視線を隠そうともせず、彼女の手を払った。

「………えっ……」

 それを聞いたモンモランシーは、ただ目を見開いて呆然とするしかなかった。

 さっきまで彼に何度も褒めちぎられた分だけ、この冷たい反応にはかなり堪えた。怒りより先に悲しみの方が込み上げてくる。

 しかもこのギーシュを作り出したのは他ならぬ自分の薬だ。

 まるでそこだけ時間が止まったかのように、ただへたりこんで固まったモンモランシーに対し、ルイズは容赦なく追い打ちをかける。

「ホラ、ボケってないで教えなさいよ。ギーシュは何してこうなったの!?」

 ルイズの怒号にも、暫くの間モンモランシーは反応を示さなかった。

 やがてギーシュが立ち上がって再び剣心を探そうとし始めたので、もう一度ルイズは杖を振るった。今度はありったけの力を込めて。

「ぎゃううっ!!!」

ドゴォン!! と最初の時より大きな爆発音を轟かせて、ギーシュはもう一度気絶という名の眠りへとついた。

 この惨状を見て幾拍か理性が戻ってきたモンモランシーは、今度は怒った様子でルイズに向かっていった。

「そうよ……あんた達さえ来なければこんなことにはあああああ!!!」

「だから分かんないって言ってんのよ!! さっさと説明しなさいよおおおおおお!!!」

 そうやって暫く怒鳴り合っていた二人だった。

 

 

 それからしばらくして。

 モンモランシーは渋々ながら経緯を話し始めた。

「つまり、ギーシュがあんなのになったのは、あんたが作った『惚れ薬』が原因と」

 ルイズの確認に、モンモランシーは軽く頷く。

「で、飲ませたはいいけど最初に目があったのが、丁度やって来たケンシンだったと」

 この問いにも、モンモランシーは頷いて答えた。

「だから今のギーシュは、ケンシンに対してあんな風になってると…これでいいのかしら?」

 最後の状況確認に、モンモランシーはゆっくりと頷いた。

 それを聞いてルイズは、溢れんばかりのため息を吐いた。

「じゃあ何…もしかしてわたしも危なかったってこと…?」

 そして同時に身震いした。もし最初に目があったのが剣心でなく自分だったら…それは絶対に考えたくなかった。そう言う意味では、剣心に感謝しなくてはいけないかもしれない。

「まあいいわ…いや、良くないけど。とりあえず薬のせいってことは、解毒薬も当然あるんでしょ?」

 ルイズの問いかけに、モンモランシーは気まずそうに頬を掻いた。…嫌な予感がルイズを襲う。

「…え…まさか…無いの…?」

「だから、こうなるなんて思ってもみなかったの!!」

 モンモランシーは苦しそうに叫んだ。今のご時世にご禁制の薬。特に『惚れ薬』ともなると、材料だけでもべらぼうな値段がかかる。

 正直お金が足りなかったモンモランシーは、『惚れ薬』だけで手一杯で、解毒薬を作る資金までまわせなかったのである。

「作ろうと思えば作れるわ…でも材料が足りないし、それを買うお金がないし…」

「じゃあ、もしかしてギーシュは、ずっとあのまんま……?」

 

 一瞬の沈黙、そしてルイズとモンモランシーは同時に背筋を凍らせた。

 

「じょ…冗談じゃないわよ!! 早く戻しなさいよ!! 何であんた達の下らないトラブルにわたしの使い魔を巻き込むのよ!!!」

「分かってるわよ!! 直したいわよ!! でもお金がないのよ!! 分かってよ!!」

「身体を売ってでも稼ぎなさいよ!!」

「ひどい!! 鬼! 悪魔!!」

 再びぎゃあぎゃあ騒ぎ始めるルイズ達だったが、それで状況が好転するはずもない。

 それから一刻後、息も絶え絶えに騒いだ後に、半ばヤケ気味にルイズが言った。

「分かった…お金ならわたしも少しは工面してあげるから、あんたは家族に言うなりして資金を送ってもらいなさい…それで手を打ってあげる」

 姫さまからの宝石があれば…一瞬そんな事が頭を過ったが、直ぐにルイズは頭から振り払った。無いものをねだってもしょうがない。

 モンモランシーも、それで少しは納得したのか、さっきより落ち着いた様子で言った。

「そう…なら早速準備を始めなきゃ。少し時間がかかるけど、それまで待って」

「どのくらい?」

「…今から調合に必要なものを調べるとして、大体二、三日位かな…」

「はぁ!? それまでアイツを野放しに…って、アイツはどこ!!?」

 ここでルイズ達はようやく、ギーシュの姿が居なくなっていることに気がついた。どうやら話に夢中になっている間にまたもや起き上がっていたらしい。

「ああ!! もう、どうしてこうなるのよおおおおおおおおお!!!!!」

 怒りで髪を掻き毟るルイズをよそに、モンモランシーはやるせなさそうにため息をついた。

「ホント…どうしてこうなったのかしら…」

 

 

「はぁ……」

 その後、ルイズ達は再び剣心やギーシュを探し始めたのだが、結局二人の姿は影も形もなかった。

 夜も暗くなってきたので、一旦探索を打ち切ることにしたルイズは、そのまま調合の仕方を調べることにしたモンモランシーと別れ、自分の部屋へと帰ってきた。

 扉を開ける時、もしかしているのかな…? と淡い期待を抱いてドアノブに手をかけたのだが…。

「やっぱり、帰ってきてないか…」

部屋を見てもやはり剣心は居なかった。

「もう…主人を放っておくなんてどういうつもりよ…」

 小さく呟きながら、ルイズはやるせなさそうに服を着替えてベッドに潜り込む。顔を上げればいつもそこにいる使い魔の姿が、今はない。

 それだけでルイズは、心の中から悲しみというのが段々と込み上げていくのだった。

「せめて…どこ行ったか教えてくれてもいいじゃない…」

 分かっている。剣心は只の被害者だ。余計なお節介がこの事態を招いたとはいえ、彼に罪はない。

 でも、こういう感情は理屈じゃない。頭では悪くないとは思っても、心ではどうしても彼に対して憤りを覚えてしまうのだ。

 そんな自分にも軽い怒りと自己嫌悪を感じつつ、もう夜も遅いとルイズは布団を頭まで覆って眠ろうとした。その時―――。

 コンコン、と、ドアではなく窓の方から音がルイズの耳に確かに聞こえてきた。

 

「ケンシン……!!」

 ガバッと跳ねるように起き上がり、ルイズは窓を開けて夜空を見る。

 やがてひょっこりと、窓の下から剣心の姿が顕れた。

「いやあ、すまなかったでござるな。ルイズ殿」

 彼のいつものニコニコ顔を見ると、不意に抑えていた感情がルイズの中で沸き上がる。それを必死に悟られないようにしながら、震え声で言った。

「バカぁ!! どこ行ってたのよ…心配したでしょ…!!」

 もっと色々言いたかったが、これ以上言葉を出すと涙も一緒に出てきそうだったから、ルイズはそこで止めた。プライドが高い故にどうしても素直な気持ちを剣心に出せないのであった。

「いやすまぬ。何せあのような事態で…かなり驚いたでござるから。つい本気で隠れてしまったのでござるよ」と、剣心は申し訳なさそうに頭をかいた。

「…分かったわ、とにかく中に入りなさい」

ルイズも彼の気苦労が伝わったのか、それ以上何も言わずに剣心を部屋に招き入れた。

 

「惚れ薬!?」

「ええ、モンモランシーが自白したわ」

 剣心を部屋に入れたあと、早速ルイズは事の経緯を剣心に話した。

「それでか…ギーシュがああなっているのは…」

 成程と納得する反面、どうしてこうなったとため息をつく剣心に、ルイズは元気づけるように続ける。

「今モンモランシーに解毒薬を作らせてる最中だから、だけど肝心のギーシュは見つからなくて…それに完成するのにも二日三日かかるって…」

「…仕方ないでござるな…それまで逃げ隠れることにするでござる」

 諦めた様な感じで剣心は呟いた。この部屋にいてもいずれバレるだろうし、ルイズと一緒にいれば彼女にも迷惑がかかる。だから一人で姿をくらますのが一番良いのだろう。

 しかし、ルイズは納得出来なさそうに口を尖らせる。

「あんた、私を放っておくつもり?」

「まあ、連絡する場所と時間だけでも明確にしておきたいでござるな」

「あのね…そういうことじゃなくてさ…」

 ルイズがそう言おうとして、一旦言葉を口にしまった。「一緒に居て欲しい」と、それだけが言いたかったのに、変にプライドにこだわるせいで言えなかったのだ。

 だから、どうしても突き放すような態度しか、ルイズは取れなかった。

「…もういいわよ…勝手にしなさい!!」

 そう言って、ルイズは再びベッドに潜り込んだ。剣心も何も言わず、そのまま腰を下ろして壁に寄りかかる。

 ルイズはそれとなく顔を上げた。隣に剣心がいる。それだけで気持ちはどこか弾んできた。

(どうしてだろ…ケンシンがいてくれるだけで、こんなに安心できる…)

 剣心を見て少し微笑みながら、ルイズは今度こそ深い眠りへとついた。

 

 

 次の日―――。

 ルイズが朝早く目覚めた時には、ちゃんと剣心はまだいた。

 目が覚めたときには居なくなっていたらどうしようと不安だったのだが、どうやらそんな心配はないようなので、心の中でホッとした。

 制服に着替えて準備を整え、ルイズは改めて剣心を見る。

「じゃあ…もう行くの…?」

「まあ、適当に彷徨っているでござるよ」

「いい? 一人になったからって、変なマネしちゃダメよ。特にキュルケとあのメイドには――」

 そこまで言ったとき、思い切りドアが開かれるような音がした。

「ハァイ皆さんご機嫌麗しゅう!! 今日も変わらずいい天気だねえ!!」

 気障な態度をこれでもかと見せつけながら、ギーシュが躍り出た。呆気にとられたルイズは叫ぶ。

「あっ…あんた!! ここ女子寮よ!! 何勝手に入ってんのよ!!」

「残念、ぼくはきみに会いに来たわけじゃない。ぼくはもう、男とか女とかそういう次元をはるかに超越している存在なのさ!!」

 完全に頭がクルクルパーになっているギーシュはそう言って、ギーシュは薔薇を一つ取り出して、それを呆れた様子の剣心に向けた。

「さあ、僕と一緒に街にでも――――ゴァッ!!!」

 間髪入れずにルイズの爆撃が飛んだ。昨夜よりかなり大きな爆発だった。

死んだのでは…? そう思わせるような惨状に、剣心もまた呆気にとられる。

「…やりすぎではござらんか…?」

「いいわよもう、死んだら死んだで」

 冗談じゃなく本気でそう思っているルイズは、そのままギーシュを部屋から叩き出した後、ため息混じりに剣心に言った。

「絶対元に戻させるから、アンタもあのメイド達に変なことするんじゃないわよ。いいわね!!」

 念を押すように剣心に詰め寄ると、ルイズはそのまま一人部屋を出ていった。

「…やれやれでござるな」

剣心は一度、ボロボロになったギーシュを憐れむように見下ろした後、一回ため息をつきながらも窓から飛び出ていった。

 

 

「まったくもう…どうなってんのよ…」

 そうブツブツ呟きながら、ルイズは廊下を歩く。その隣にキュルケがやって来た。

「ハァイ、ルイズ。ダーリンはどうしたの?」

 ルイズ一人なのを見てとったキュルケは、少しニヤニヤしながらルイズに顔を近づける。

「…あんたには言いたくない」

「つれないわねえ、一緒にあっちこっち冒険した仲じゃない」

 暫くキュルケの質問攻めを聞き流すようにルイズは歩いていると、ふと壁に貼ってあった一枚の紙に目が行った。

 そこにはこう書かれてあった。

 

『探しています!! 見つけた人には金一封。ギーシュ・ド・グラモン』

 

 その上には、剣心の似顔絵らしきものが描かれていた。

 ルイズは最早条件反射のような速度で壁紙を剥すと、怒りのままに紙をビリビリに引きちぎった。

 しかし、同じく見ていたであろうキュルケの目は誤魔化せない。

「ねえ、あれ何?」

「………聞くんじゃないわよ」

「でも、ホラ。あっち」

 そう言ってキュルケは、壁の続く向こうを指す。そこには、先程と同じような壁紙が、これでもかというほどにズラリと並んで貼ってあった。

「キイイエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!」

 ルイズは発狂したような奇声を上げながら、とにかく視界に写るもの全ての壁紙を引き剥がしていった。

 余りに無我夢中だったためか、引き剥がす途中、誰かにルイズは思いっきりぶつかった。

 痛みで顔を顰めながらそちらの方を見やると、そこにはモンモランシーがいた。

 ルイズは、モンモランシーの姿を確認するなり怒鳴りつける。

「ちょっとどういうつもりよ!!! あんたの犬でしょうが!! ちゃんと繋いでおきなさいよ!!!!」

「うるさいわね!!! いないんだもの!! しょうがないでしょ!!!」

 涙ながらに叫ぶモンモランシーの手には、先程ルイズがちぎっていたのと同じ紙が、しわくしゃになって握られていた。

「こうなったのもあんたのせいでしょ!! 責任持ちなさいよ!! 自覚がないんじゃないの!!?」

「何であんたにそこまで言われなきゃならないのよ!!!」

 お互い唾を飛ばすような勢いで怒鳴り合う中、キュルケが不思議そうな顔をして尋ねた。

「で、それは何?」

「「アンタには関係ないわよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」」

 ここぞとばかりに息の合ったした二人の叫び声が、学院中に虚しく響き渡った。

 

 

「……おろ?」

 そんな叫びが聞こえたのだろうか、剣心はピクリと反応して学院の方を見た。

 彷徨い歩く、とは言ったが、具体的に何処へ向かうか考えてなかった剣心は、ただブラブラと学院の庭の外を歩いていた。つまりはいつもと同じ散歩である。

 どうせギーシュが来たところで、彼に別段何か出来るわけでもない。ただの人間が飛天御剣流の全てを極めた剣心に追いつくはずもないからだ。

 見つけられても軽くあしらってやればいいだけのこと。ならばビクついて隠れる必要もない。

 そんなわけで、学院の周りを散策していた剣心だったが。

「…っと、ここは、確か…」

 陽光照らす草原の中、何かを思い出したように歩みを止めた。そこは、かつてギーシュと決闘した『ヴェストリの広場』といわれる所だった。

(思えば、色々なことがあったでござるな……)

 ここに召喚されて、もう結構な日時が経った。そう言えば、初めて闘ったのもこの場所だった。

 昔を懐かしむ様に、剣心は物思いにふけっていると、ザッと誰かの足音が聞こえた。

 

(……誰だ?)

 ギーシュだろうか? もう見つかったのか、とか思いながら剣心はそちらの方を振り向く。

 しかしそこ立っていたのは、ギーシュではない。青い髪を揺らし無表情な目でこちらを見つめていたのは、剣心もよく知っている少女、タバサだった。

「おろ、どうしたでござる?」

 タバサの、その無表情な視線を気にも止めずに剣心は尋ねた。するとタバサは不意に杖を掲げ、鋭い眼差しに変え憮然と告げる。

 

 

「わたしと、決闘して欲しい」

 

 

「…戦いたい、ということでござるか?」

 少し眉を潜めて、剣心は尋ねた。その問いに、タバサは頷くことで返す。

 剣心はどうしようかと頬を掻きながらも再度確認を取る。理由もなしに剣を抜く気にはなれない。

「飛天御剣流でも極めたいでござるか?」

「それもある…けど、今の自分の力がどれ程のものか、確かめたい」

 そう言って、タバサは屈むような姿勢で杖を構える。彼女の周りを包む空気が、段々と冷気に変わっていくのを感じた。

 しかし、そんな空気の中でも剣心は抜刀どころか剣を抜く仕草すら取らない。

「もう、止まることはできないのでござるか?」

 剣心は、タバサの目を見据えながら言った。冷徹なまでに暗い彼女の瞳の奥には、何かが渦巻いているのが見えるのだ。

「止まらない。だからあなたにわたしの力を見てもらいたい」

 怒り、悲しみ、そんなモノでは表せないような感情。今の無表情な彼女の顔は、いうなれば、そういう昏く滾る感情を、一枚の仮面で隠しているようだった。

 その仮面の向こうに、何を隠しているんだろう。そう思いながらも、剣心は続けて言う。

「拙者には、事情がわからぬ故に、口幅ったいことは言えないでござる。だが―――」

 次の言葉を言う前に、タバサの『ジャベリン』が、剣心目掛けて飛んできた。ドゴンと衝撃音を立てて、もうもうと煙が立ち込める中、タバサは油断なく杖を構える。

 案の定、煙がはれたそこには、剣心はいない。彼は今、突き刺さった氷の槍の上に乗って立っていた。

 

「それが望みというのであれば、せめて今のお主の全力、拙者がしかと受け止めるでござるよ」

 

 タバサは、直ぐ様『ウィンディ・アイシクル』を放つ。無数の氷の矢が、数を伴って殺到する。

 剣心は、それを全て最小限の動きで避ける。当たるどころか掠りもしない。目標を失った氷の矢は、壁や地面にこれでもかと突き刺さり、一帯は氷の矢で覆われた。

 もし周りにギャラリーがいれば、この一進一退の攻防に目を見張ることだろうが、生憎ここに観客はいない。普段人が寄り付かない場所だからこそ、決闘には申し分ないのであろうが…。

 しかし、ここでタバサは無表情ながらも少し顔を顰めた。かつてギーシュやワルドがしたように。

 彼はまだ、本気にすらなっていない。タバサは剣心の腰についている逆刃刀を見た。未だに柄に手をかけるどころか、その仕草すら見受けられなかった。

 

(勝てないまでも、せめて彼に剣を抜かせる所までは行きたい)

 タバサはそう決心し、『ジャベリン』を形成し始める。

 それを見た剣心が、一旦足を止めてこちらを見た。どうやら出方を伺っているらしい。あくまでも自分からは攻め込んでこない。先程言ってた通り、全ての攻撃を受けきる様子らしかった。

(ならば…わたしの全力を…ぶつけてみせる!)

 タバサは意を決し、再び氷の槍を構える。彼に手加減は無用。そう感じたタバサは本気どころか殺す気で剣心に放った。

 剣心は、先程と同じように寸前で回避しようと身構えるが、不意に最初に放った『ジャベリン』とはどこか違和感を覚え、少し大げさに横へ避けた。

 刹那、『ジャベリン』全体が弾けるように飛び散り始め、そこから周囲一斉に小さな氷の矢が放たれた。

(やはりか……!!)

 剣心は驚き半分予測通り半分といった様子で、無駄のない動作で的確に氷の矢を避けていく。その隙を狙うかのように、視界の外から新たに作られた『ジャベリン』が飛んできた。

 恐らく回避に夢中になっていたその瞬間を狙っていたのだろうが、これすらも剣心は読みきると、地面を蹴って跳躍。氷の槍はズドンと地面に突き刺さった。

 今度は弾け飛ぶ様な事は起こらなかった。恐らく精神力が尽きかけているんだろう。剣心はそう思ってタバサを見たが、まだ彼女はやる気の様子だった。

 

(やっぱり…強い…)

 タバサは、息も絶え絶えに杖を構えながら、改めてそう思った。今までも彼の戦いぶりを隣で見てきたが、実際に戦うとより分かる。

 数々の任務をこなし、その都度生き残ってきたタバサにとって、彼の強さはまさに規格外だった。

 何とも不思議な気分だ。今まで様々な亜人や怪物、ドラゴンとも対峙しておいて、それでも誰よりも強いと感じた相手が、まさか魔法も使えない平民とは…。

しかも相手は、虎の子の飛天の剣すら使う気はさらさら無いらしい。

 でも…とタバサは思う。彼の力を見極めれば、それは間違いなく大きな『一歩』になるはずだ、と。本当に、自分の願望を叶えられる、現実のものにできる力になる筈だと。

 

 タバサは、一旦深呼吸をして体勢を整えると、改めて剣心を見据え、そして構える。だがその構えは先ほどとは違って独特なものだった。

 さっきより更に屈むような体勢を取り、刀を納めるように杖を腰に当て、先端の丸まった部分、その少し手前を右手で添えるように当てる。

 流石にその構えは、剣心も目を丸くした。

「抜刀術…でござるか?」

 そう、それはまさしく剣心がやる必殺の技『抜刀術』そのものだった。まだ構えが諸々なってはいないが、それでも彼女の気迫と相まって立派に形を成していた。

 恐らく、極めるために何度も練習したのだろう。でなければこの土壇場でまず使いはしない筈だ。彼女ほどの手練なら、それはわかっているだろうから。

(なら…只の抜刀術ではないな…)

 剣心自体、見せたのはワルドの時一回きりとはいえ、抜刀術は隙の生じぬ二段構えと公言したようなものだ。

 ならば当然何かある。剣心はタバサの動向を伺った。

 

 

 暫くの間、沈黙が流れる。だが、動きは瞬きの間に行われた。

 タバサが目を見開き、思い切り地を蹴った。

 身の丈程もある杖を、風を纏わせながら大きく振りかぶる。当たれば人だろうと真っ二つにする位の威力はあった。

 しかし、そんな大振りが剣心に当たるはずも無く、寸前でヒラリとかわされる。しかしそこで剣心は、この闘いの中で一番驚いたような表情をした。

「なっ!!?」

 何と、杖の振った直ぐ後に、今度は『ジャベリン』が飛んできた。しかし、これも只の『ジャベリン』ではない。

 側面を研ぎ澄まし、更に全体的に細くする代わりに密度と強度を上げている。突くよりも薙ぐことに特化させたようなその氷は、最早『槍』というより『刀』に近かった。

 その『氷の刀』が、剣心の前へと殺到する。しかも、大振りで遅かった初撃とは違い、こちらは目を見張るほど速かった。

「――っ!」

 

 気付けば、思わず剣心は地を蹴っていた。一瞬でタバサの視界から消え失せると、そのまま大きく跳躍し、タバサの後ろへと回り込んでいた。

 薙ぎ払った氷の刃は、壁に大きな斜めの傷跡を残していく。まともに当たれば、最初の杖よりも強かっただろう。

 タバサの背後で、剣心は感心するようにさっきの技を分析した。

「……まるで『双龍閃』のようでござるな」

 というより、飛天御剣流の抜刀術そのものだというのが正しいか。隙のない二段攻撃、上手く奇をてらった魔法。タバサ自身の身のこなしも相まってかなり流暢な動きだった。

「…あなたの技を、自分なりに工夫して模倣しただけ」

 ゆっくりと後ろを振り向きながら、タバサは答えた。精神力が今ので尽きたのか、もう闘う気は無いらしく、いつもの無表情に戻っていた。

 無論、ここまで技として昇華ということは、相当杖を振って練習した筈だ。頭の中で何度もイメージして、自分の理想と現実の動きに近付け、刹那の感覚で魔法を扱うようにするには、只の努力では決して追い付かない領域だろう。

(一体何が、彼女をそこまで動かすのでござろうか…?)

剣心がそう思案する間、タバサは相変わらずの無表情の目のままペコリとお辞儀した。

「どうもありがとう」

「いやいや、拙者大したことは…」

 剣心が困った様子で手を振った。タバサはそれだけ告げると、踵を返して何処かへと行ってしまった。

「タバサ殿……」

 

 

(わたしの力じゃ…まだ彼の足元にも及ばない)

 戦いを振り返りながら、タバサは考える。結局、彼に刀を抜かせることはままならなかった。まだ全然、彼や『あの人』には程遠い。

 けど、絶対に追いつけない距離じゃない。タバサは戦いの中でそう思った。自分も…いつかあそこまで越えてやる。改めてそう、決心した。

 

 

 

 

「所詮この世は弱肉強食。強ければ生き、弱ければ死ぬ」

 

 

 

 

 誰に言うわけでもないタバサのその言葉は、空にまぎれて消えていった。

「わたしは…強くなりたい…」

 


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