るろうに使い魔‐ハルケギニア剣客浪漫譚‐   作:お団子

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第三十幕『惚れ薬騒動』

 さて、その数日前のことである。

 タルブでの侵攻が失敗に終わった、アルビオンのロンディニウム郊外の寺院。その一室。

「…ぐっ……! ここは…」

そこで怪我を負って、今まで寝ていたワルドは目を覚ました。起き上がろうとして、体の節々が痛むことに気付いた。

「そうか…俺は…奴に…」

その瞬間、苦い思い出が頭の中に蘇ってくる。無様な敗北。それも二度目だ。

腕が使えなかったとはいえ、風竜を使っての戦闘だったのに…あの男はそれももろともしなかった。

いや……自分の驕り、油断。それを的確に突かれたからこそ、ああも惨敗したのである。

「――――くそっ!!!」

 それを思い出して、ワルドは悔しさと怒りで顔を歪める。今でも鮮明に記憶の中に残っている、奴の憮然とした表情。

 自分など、道を阻む敵としてすらも見ていない。路傍の石ころに過ぎない。それを教え込むかのような眼だった。

 何をしても勝てない、越えられない、それをまざまざと見せつけられたようで、ワルドはかなり癪だったのだ。

「どうすれば…俺は奴を倒せるのだ……」

 そんな折、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。そちらを振り向けば、フーケがスープの入った皿を持ってやって来た。

「もう起き上がったのかい? まああんまり無理すんじゃないよ。程度は軽いけど全身打撲だってさ」

 そう言って、フーケはワルドの隣に腰を下ろす。スープの皿を手渡して、呆れるように言った。

「聞いたよ、アイツ相手に風竜を使っても勝てなかったそうじゃないか。初めて聞いたときは唖然としちゃったさ」

「関係ない、奴に比べればシシオ様の方が遥かに強い。あの方は、本当に別次元だ」

 言い訳するかのように、ワルドは口を尖らせた。そしてここはどこかを、フーケに聞いた。

「アルビオンのロンディニウム郊外の寺院さ。覚えてないのかい? 『レキシントン』号含め軍艦は全滅。敗走して大失敗さ」

 それを聞いて、ワルドは少しずつ思い出す。そうだ、あの時急に光に包まれたかと思うと、次の瞬間には、全てが焼き払われていた。

 段々と記憶が戻ってきたワルドは、そこでハッとしたように、テーブルの上にあるペンダントを指さして言った。

「それ、取ってくれないか?」

「宝物ってわけ?」

「ないと落ち着かぬだけだ」

 フーケは、どこか含み笑いをしながらもペンダントをワルドに渡した。その意味に感づいたワルドは、どこかもどかしそうな顔をした。

「見たのか?」

「だって、あんた意識がない間ずっとそれ握り締めているんだもの。気になるじゃない」

「…流石は盗賊だな」

 ワルドの皮肉にも、フーケはどこ吹く風で身を乗り出す。すっかり興味津々と行った様子だった。

「ねえねえ、その美人さんは誰よ? 恋人なの?」

 フーケが見たペンダントの中には、綺麗な女の人の顔が書かれていた。ワルドは苦々しい顔をしながらも答える。

「……母だ」

「母親ぁ? あんたそんな顔して乳離れをしてなかったの?」

「今はもういない。どちらにしろ、貴様には関係あるまい」

「あのさ、貴様貴様って、何様よ」

 丁度その時、ドアが再び開かれた。そこにはクロムウェルと、志々雄が立っていた。

 ワルドは、相変わらず謹直な面持ちで頭を下げる。フーケもそれに倣いながらも、ワルドと志々雄達を交互に見つめた。

 

 

 

第三十幕『惚れ薬騒動』

 

 

 

『レキシントン』号の墜落に、大多数の空軍の撃墜。

 アルビオンの野望は、初手から躓いたにも関わらず、しかし志々雄はまだまだ悠然とした表情をしており、ワルドもまた、志々雄の余裕を信じきっているようだった。

 ただの楽天家か? そんな考えが一瞬だけ、フーケの頭の中を過ぎった。ほんの、一瞬だけ…。

(それは…ないな…)

 志々雄の不敵な笑み、あれは決して油断なんかじゃない。寧ろまだまだ余裕というものをフーケは感じたのだ。

「申し訳ありませぬ、シシオ様!!」

 そんなフーケの隣では、ワルドが志々雄に向かって深く頭をたらしていた。

「汚名を晴らすと公言しておきながら、この体たらく……。今回の失態は全て私の責任です。ルイズ達の接近を許したのも、私の詰めの甘さ故に起こった出来事……」

 ワルドは、本当に申し訳なさそうに語っていた。確かに、志々雄はルイズ達を一早く見抜き、砲撃するよう指示していた。それを未然に防がれる原因を作ったのは、ワルドが剣心を侮っていたから起こったといえた。

 しかし、志々雄は特段気にした風でもない。

「別にてめえだけのせいじゃないさ。奴の連れている『虚無』の力を見抜けなかったこの俺、志々雄真実の隙が、あの惨事を招いた、それだけの事だ」

「……『虚無』…ですと?」

『虚無』と聞いて、ワルドは顔を上げた。フーケもまた、驚いたように志々雄を見る。

「シシオ様、まだあれを『虚無』と決めつけるのはどうかと…」

 横にいるクロムウェルが、不安げな表情をして呟く。確かに、不明瞭な事柄が多過ぎるあの現象を、あっさりと『虚無』と言い切ってしまうのはどうなのだと…。

 それにワルドやフーケからしてみれば、『虚無』とは生き返ったウェールズの様に、生命を操る力の筈だ。あんな爆発を起こす代物もまた、『虚無』だとでも言うのか。

 しかし、それに関してクロムウェルは、どこか怯えるような仕草で指輪を弄っていた。

「お前らもまた、『虚無』の事は知らねえんだろ? なのにどうしてそれを否定する? 『虚無』じゃねえってお前らが言うなら、あれはどう説明付ける気だ?」

 その言葉に、ワルド達は口篭る。ある意味部外者である志々雄だからこそ、ズケズケと言える意見だった。

「では、僭越ながらシシオ様は、何故そうまでルイズが『虚無』の使い手と…?」

 ワルドの疑問に、志々雄はさも当然とばかりに言い切った。

 

「決まってる、奴は抜刀斎をこの世界に呼び寄せたんだろ? ならそれだけで充分納得がいくじゃねえか」

 

「そ、それが理由なのですか…?」

 困惑な表情を浮かべるクロムウェルだったが、志々雄はもはや絶対だと確信しているようだった。

「俺をこの地に召喚した奴も、『虚無』の使い手だと言ってやがった。今更一人や二人増えたところで、なんの不思議でもねえさ」

「え…? 今なんと…?」

「『虚無』の使い手が……もう既に…?」

 衝撃的な事実を、志々雄はさらりと言い切った。あまりにも突飛過ぎて、フーケは若干話がついていけないほどだった。

「ましてや抜刀斎程の男を召喚するとなるなら、奴の実力も推して知るべしだ。そうだろう?」

「それでは、これからシシオ様はどうすると…?」

 ワルドが再び志々雄に質問した。すると志々雄は一転、獰猛な笑みをワルド等に向けた。

 

「決まっているだろ。俺の国盗りを遮る最大の障害。これがお前らにもはっきりしたわけだ。緋村抜刀斎とその虚無の担い手。ルイズとかいう小娘の首を、まず獲る」

 

 首を親指で掻っ切る動作をして告げる志々雄に、今度はクロムウェルが進言する。

「でしたら、予てより私が計画した、あの策を起点にするのがよろしいかと」

 クロムウェルはそう言って、後ろに控えているウェールズの方を向いた。相変わらず生きてはいるのだろうが、操られているかのように生気が無かった。

「ああ、それはてめえに任せるさ。俺は俺で、刺客を差し向ける準備をしている所だ。『奴』をな」

「『奴』…、まさかシシオ様、あの男を……」 

 ワルドがハッとした様子で身を起こした。瞬間、痛みで顔が歪む。フーケが呆れたように手で支えるが、ワルドは気にすることは無かった。

「そういうことさ。ワルド、てめえは取り敢えず養生しな。怪我人動かしても邪魔なだけだ。完全に回復したと俺が判断したら、てめえにも任務をくれてやる」

 そう言って、悔しさで顔を俯かせるワルドを尻目に、志々雄はその場を後にしようとした。ドアを閉める間際、最後にこう言い残して。

 

 

「悔しかったら這い上がってこい。所詮この世は弱肉強食。強ければ生き、弱ければ死ぬ。弱い奴は必要ねえ、俺たちが目指すのはそんな世界だ」

 

 

 志々雄が去っていった扉を見つめながら、ワルドは仰向けにベッドに転がった。その表情は、やはりというか悔しさで歪んでいた。

「ねえ、何であんたはシシオ様? についていこうと考えているのさ?」

「『聖地』奪還…それもあるが、あの方は…俺の知らない世界を見せてくれた」

 そう言って、ワルドはスープを口に運びながら、ポツポツと語り始める。

「まだ俺が真っ当な軍人だった頃…ある任務の過程であの方に俺は出会ってね。最初はメイジでもない相手に遅れを取る訳がないと、タカをくくって挑んだのさ。その結果が…」

「無様に負けた。ってわけかい?」

「それもある。だが、何より俺は焦がれたんだ」

 ワルドは、昔を懐かしむような声で言った。

「今でも思い出せる…圧倒的な強さ、全てを薙ぎ払うような力、決して揺らぐことのない信念、弱者には一片の情もかけない容赦のなさ。分かるか? おれは惚れたんだ…シシオ様の全てにな。あの人は、力のない今のおれにとって、こうでありたい理想の存在なんだ」

 熱弁するワルドを見て、相当入れ込んでるんだな、とフーケは思った。これはもう直ることはないだろう。

 ワルドは、志々雄の忠義に命を懸けている様だった。

「けど、タルブでは完敗したそうじゃないの」

「一度の敗北がなんだ!! 現にシシオ様は、原因の究明をすぐに突き止め、行動を移しておられている。あの男…抜刀斎とルイズさえ殺れば、後はどうにでもなるということなのだろう。貴様はシシオ様の強さを直に見ていないからそのような口がきけるのだ!」

(こりゃあ重症だな…)

 フーケはそう考えを改めた。しかしワルドは、そんな事関係ないように口惜しそうに呟いた。

 

「くそ! それなのに死人にまで仕事を取られるとは…まだまだ俺は無能なのか? 未熟なのか!? また『聖地』とシシオ様の野望が遠ざかったではないか!!!」

「成程、あんたは弱いなりに強く振舞おうとしていたんだね。それで悉く失敗しているんだろ?」

 頭を抱えて項垂れるワルドを見て、フーケはどことなく和かな笑みをした。子供をあやすような、親の目のようだった。

「ま、とにかく今は身体を休めな。あんたが抱えていたものが何なのか、わたしは知らないけれど、たまにゃ休息も必要だよ」

 そう言って、フーケはワルドの唇に向かって口づけしようとして、その瞬間、ワルドに押し戻された。

 

 フーケは、一瞬ポカンとした様子だった。

「何だい、わたしじゃ物足りないってわけかい?」

「そうじゃない。ただ、『そんなこと』に現を抜かす暇があるなら、リハビリの一つでもやったほうが有意義なだけさ……来るべき時に備えてな」

 ワルドは右腕の義手を眺めて言った。やがて起き上がって服を着替えると、そのまま体を動かしに外へと向かった。

 

「……バカ…」

 開けられたままの扉の向こうを見ながら、フーケはポツリと呟いた。

 

 

 

 さて、場面は変わり、トリステイン魔法学院。

 綺麗な夕焼け空の中、剣心とルイズは一緒に歩いていた。首にはペンダントをつけて、どことなく嬉しそうだった。

 丁度授業が終わったその日、いつものように剣心は散歩をするようだったので、ルイズは剣心に付き合うことにしたのだ。無論ルイズの心の中では、「身体を動かしたいだけであって、決して剣心と一緒に歩きたいわけじゃない」というような事を自分に言い聞かせていた。

「ケンシンさ…『虚無』についてどう思う?」

 ふと、ルイズは剣心に向かって聞いた。ルイズの中では、ずっと相談したい事だったからだ。

「まあ、間近で見て確かに凄いとは思うでござるが…あの威力はそう何度も撃てるものではないのでござろう?」

「うん、まあ…ね」

 剣心の言うとおりだった。事実ルイズは、あの後何度か『爆発』の呪文を試してみたのだが、それを悉く失敗していた。どうしても最後まで詠唱しようとすると、その前に気絶してしまうのだ。

 一度ルイズが、魔法には精神力が必要なこと、強力な魔法ほど消費する精神力も大きいということ、精神力は休息を要して回復するということを、前に剣心に説明したことがあったのであるが、その時剣心はこう言った。

 

「ならば『虚無』に使われる精神力というのも、それ相応に巨大なものなのではござらんか?」

 

 ルイズがあれ程の力を使えたのは、失敗ばかりした為でその分溜まっていたからこそ、つまりあれは、十六年間蓄えていた力が一気に開放されたからこそなのでは、と剣心は推測したのだ。

 だから、今すぐにまた同じ威力の『爆発』を使おうとしても、その前に精神力が途切れてしまう。それは一晩二晩寝たぐらいでは容易に回復しないのであろう。ルイズはそれが不安だった。

 もしまた、タルブの様な戦いが起こったら、自分はどこまで戦えるのかと…。

 

「もう…本当に分からないことばかり、詠唱を失敗しても魔法は使えるし…あれからコモンマジックが使えるようになったのはいいことなんだけど…『虚無』って、不思議なことばっかりね」

「まあ、ゆっくり見つけていけば良いでござるよ。あっちもそう簡単に、大軍を寄越したりはしないでござろう。考える余裕はあると思うでござるよ」

「うん、ありがと」

 剣心のその言葉に、ルイズは頷いた。さて、そんな風に二人で歩いていた時だった。

 

 

「おやお二方、ご機嫌麗しゅう」

 ふと急に、剣心たちに向かって声がかけられた。

 振り向けば、薔薇の花をこれでもかと抱えながら、ギーシュが立っていたのだ。

「ギーシュ? あんた何その花?」

「決まっているじゃないか、これからぼくはモンモランシーと仲直りをしに行くところなのさ!!」

「…あんたたち、まだ仲直りしてなかったの…?」

 というより、まだ関係が続いていたことに対してルイズは驚きと呆れの入り混じった表情を見せた。

 ギーシュも、あはは…と少し苦笑いしながらも、力強く言った。

「まあ…でもこれで見事に元通りの関係に戻ってみせるさ!! ではでは、僕はこれで失礼するよ。楽しい二人のひと時を、邪魔してはあれだからね!」

「なっ…ち…違うわよ!!」

 変にどもった声を出しながら、ルイズは叫んだ。それを気にせずギーシュは足早に去っていった。

「何なのよアイツ……」

 苦々しい顔をしながら呟くルイズをよそに、剣心は何やら気付いたように足元を見た。

 そこには、どうやら落としたらしい、一本の薔薇があった。

「…落としたでござるかな?」

「放っておけばいいじゃん、只の薔薇の一つや二つ…」

 しかし、剣心がよくよく見るとそれは、バラを型どった杖だった。一度剣心は直に手にとったことがあるので、すぐにピンと来た。どうやら間違えて杖の方を落としていったらしい。

 これは届けないといけないだろうな…と剣心は思った。仕方なく、剣心はギーシュの向かっていった先を辿ろうとする。

 それを見たルイズは、咎めるように呟く。

「いいじゃないの、そこまでしなくってもさ」

「けど放ってはおけないでござろう? 直ぐに届けて帰るだけでござる」

 その剣心の言葉に、はぁ…とルイズは小さくため息をつく。こればっかりはルイズでもどうにもならなかった。

 そこそこ一緒に暮らしているルイズも、大体彼の性格が分かっていた。彼はすっごいお人よしなのだ。剣はめっぽう強いのに人には滅法弱い。女子供には特にだ。

 だから止めても無駄なんだなというのは、すぐ理解してしまったのだ。

「…分かったわ。まったくもう…とっとと片付けて帰りましょ」

「かたじけないでござるよ」

 しかし、このいらない親切心が、まさかあのような悲劇を起こす事など、今は誰も思いもしなかった。

 

 

 

「月が綺麗だねえ、モンモランシー」

「そうね」

「でも、君の方がもっと美しいよモンモランシー。君の美貌の前では、月や水の精霊も裸足で逃げ出すんじゃないかな」

 月夜が映えるモンモランシーの私室の中、ギーシュはひたすらにモンモランシーを褒め称えていた。

 最初はモンモランシーも、ギーシュが乗り込んできたときは、さして取り合わすこともしなかった。ギーシュの浮気癖には、ほとほと愛想が尽きていたからだ。

 ただそれでも、何度も「愛している」と連呼されていく内に、まあいいかな…と思ったりもしたのも事実だった。

 元々それなりの付き合いで、ギーシュの性格は知っていたというのもあるし、こういう風に褒め称えられるのは、やっぱり悪い気はしなかった。

「どうだい? この見目麗しい月夜を背景に、仲直りの乾杯でもしようじゃないか!」

 そう言って、ここぞとばかりに小遣いはたいて買った高級なワインを、持っていた薔薇と一緒にモンモランシーに差し出した。

「あら、気が効くじゃないの」

 薔薇の方へは慣れたせいもあって、見向きもしなかったが…そこまでしてくれるギーシュの姿を見て、モンモランシーも表情を和らげる。

「だろう? ぼくはいつだって君の永久なる奉仕者なんだよモンモランシー」

 そう言って、早速グラスを用意してそこにワインをついだ。二人分注ぎ込んだあと、ギーシュは大仰な身振りでワインを鳴らす。

「二人の永遠の愛に…」

 そう言ってギーシュが杯を掲げた瞬間。

「あら、あそこに裸のお姫様が空飛んでる」

 モンモランシーは、一旦ギーシュを制止すると、窓の方に指を指しておもむろに叫んだ。

「え、どこ? どこにいるんだい?」

 今時子供でも引っ掛からないような冗談なのに、ギーシュはこれでもかと食いついた。

 そんな彼を見て、モンモランシーは大きくため息をついた。何が永久の奉仕者よ、何が二人の永遠の愛よ、早速目移りしてるじゃない。

「やっぱりコレ使わなきゃ駄目ね……」

 そうぼやいて、モンモランシーは袖から何やら小瓶を取り出した。

 

 彼女はその『香水』の二つ名で呼ばれるとおり、香水や薬などを作るのが趣味だった。だが、段々と製作に熱を入れていく内に、公には作れない禁制の物にまで手を出すようになっていった。この小瓶もその一つ。

 コツコツお金を貯めて素材を揃え、今日やっと完成した噂の秘薬『惚れ薬』。

 あくまで効果を試すため…そう自分に言い聞かせながら、モンモランシーはギーシュのワインにそれを一滴垂らした。

「ねえ、どこにいるんだい!? モンモガフッ…!!?」

「ほらっ、とっとと乾杯するわよ!!!」

 未だに食い入るように目を剥くギーシュをひっぱたいて、座席に座らせると、改めて二人はグラスを鳴らした。

「…乾杯」

 そう言って、まずモンモランシーがワインを口に付ける。それに遅れて、ギーシュもグラスを傾けた。

「………」

 ゆっくり、ゆっくりとモンモランシーにとってもどかしいような時間が流れていく。

 やがて、グラスはギーシュの口元まで近づいていき、そして惚れ薬の混じったワインが、遂にギーシュの中へと入っていった。

(やった…後は私を見れば…)

 しかし、そうは問屋が下ろさなかった。

「ちょっと失礼するでござるよ」

 おもむろに扉を開けて、中から剣心とルイズがやってきたのだった。

 

 

 

「……………え……?」

 永い、永い沈黙がこの部屋一室に流れ込んでいた。

 モンモランシーは、ゆっくりと冷や汗を流した。嫌な予感で、全身に震えを起こす。

 剣心達は、何事か理解できないまま、不思議な表情で立ち尽くしていた。

 ギーシュは…というと…。

「ね、ねえ…ギーシュ…」

 ギーシュは何故か、後ろにいる剣心の方向を向いたまま動かなかった。それにより、モンモランシーは悪寒がどんどん大きくなるのを感じる。

 しばらくそうしたまま時間だけが流れていくと、おもむろにギーシュは立ち上がり…。

 

「ああ、何ということだ…今気がついたよ…本当の愛というものに…僕はなんて愚か者だったんだ…」

 

 薔薇を取り出し、華麗なステップを踏みながらゆっくりと歩いていき…。

 

「ああ、始祖ブリミルよ…もし…もしこの愚かな僕に…もう一度チャンスを与えてくれるなら…今度こそ誓おう…ここに永遠の愛を育くもうと…」

 

そう言って、スッと薔薇を、剣心に向けて差し出した。

 

 

「僕の気持ち…受け取って欲しい」

「―――――――――――――!!!!?!!?!?!?!?!?!?!?!??!?」

 

 その言葉を聞いて、剣心は全身の鳥肌がたった。緋色の長髪はこれでもかというほど跳ね上がり、目は思いっきり見開かれる。

 その隙を狙って、ギーシュはおもむろに飛びつこうとしたが、直ぐに危険を察知した剣心の方が速かった。

「男に抱きつかれて喜ぶシュミなんてないでござる!!!」

 いつしか師匠が言ってた台詞をそのまま流用しながら、ギーシュのダイブを素早く躱し、剣心はこれでもかという程に全力を挙げてその場から逃げ出した。

「ああっ、待ってくれ、ぼくには君しかいないんだあああああああああ!!!」

 直ぐ様、後を追うかのようにギーシュが駆け出した。それに弾かれるように、モンモランシーが叫んで止めようとした。

「ちょっ…待ちなさいよギーシュっ……!!」

 しかしその腕を、蛇のように俊敏なルイズの手が捕らえた。

 殺気を隠そうともしない、なにものも写さない。まさに『虚無』のようなその瞳に、モンモランシーは戦慄を覚える。

「どういうことよ…説明しなさいよ…あんた知ってるんでしょ…何したのよ…」

 ミシミシと腕を握る手を締め付けながら、ルイズは尋ねた。口調こそ変わってはいないが、それが逆に恐怖心を煽った。

 腕の痛みを必死にこらえながらも、モンモランシーは呻くように叫ぶ。

「あっ…後で話すわよ!! それより追うわよ。このままじゃあんたの使い魔も危ないんじゃなくて…?」

「…絶対聞き出させるからね…逃げるんじゃないわよ」

 ルイズの気迫満ち溢れる声に、モンモランシーは観念したように頷くと、二人は急いで剣心達の後を追った。




※ここからしばらくの間は、一週間おきに投稿していきます。よろしくお願いいたします。

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