るろうに使い魔‐ハルケギニア剣客浪漫譚‐   作:お団子

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第三幕『流浪人、学院を歩く』

 その日、ミセス・シュヴルーズの錬金についての授業は、ルイズの失敗というアクシデントのおかげで中止となり、しぶしぶその場で解散することになった。

 当事者であるルイズは、その責任として教室の片付けを命じられ、剣心と共に教室に残ることとなった。

 こういう時こそ魔法を使えば…と一瞬頭をよぎったが、そういえば召喚されたとき、基礎魔法もできないようなことを生徒が言っていたことを思い出した。

「………」

 体中煤だらけで、あくせくと片付けるルイズを見て、剣心は優しく肩に手を置いた。

「ルイズ殿、少し休むでござるよ」

「え、……でも」

 ルイズはまだ散らかった周りを見た。まだ三分の一も済んでいない。まだまだひどい有様だ。その惨状を見て、ルイズは何か言いたげに口を開くが、一旦気を取り直すと改めて呟くような声で言った。

「そうね…それしかできないんだからあんたに任せるわ」

 そう言うと、ルイズは教壇の上にポツンと座り込む。その姿はどこか儚げだった。こういう時こそ、威張り散らして馬車馬のごとく働かされると予想していただけに、先程の失敗が余程応えたのだろうと思った。

 そして、時間にして約数十分後――。

 ボロボロだった教室の机を元通りに並べかえたことで、ようやく教室らしさを取り戻た。さすがに、割れた窓や折れた机椅子などは直しようがなかったため、なんとも形だけの痛々しい姿だったが、とりあえずは一段落はついてホッとする。

 その頃はもう、時刻は昼過ぎを迎えていた。

「終わったでござるよ、ルイズ殿」

「……ん」

 しかし、ルイズは生返事だけで未だ心ここにあらずといった感じだった。

 気休めにしかならないだろうが、その姿があまりにもかわいそうだったので、ここは一つ優しく、慰めの言葉でもかけてあげようと思いルイズに歩み寄った。

「拙者、この世界のことや魔法について詳しく知らぬゆえ、大層なことは言えんでござるが」

「………」

「まあ、あまり気に病まない方が良いでござる。失敗なんて、誰もがするものでござるよ」

「……のよ…」

 ルイズが、拳を握り締めながら震えるような声で呟く。そして次の瞬間、涙目な瞳を隠さず叫んでいた。

「あんたにわたしの何が分るっていうのよ!!」

 そう言うと、わき目も振らずにルイズは駆け出した。悔しさに顔を歪ませながら…。剣心は追いかけなかった。「一人にして欲しい」……そう背中が語っていたから。

 

 

 

 

 

第三幕『流浪人、学院を歩く』

 

           

 

 

 

 剣心はその後、あてもなく学院の中をブラブラと歩いていた。

 特に行き先はない。ルイズが落ち着くまでの間どう時間を潰そうかと考えて、それなら少しこの学院を探ってみるか、ということで色々と見回っていたのだ。

 途中、様々な人や使い魔とすれ違う。皆一様にして同じ衣服やマントを身にまとい、時たま変な目でこちらを見てくるときもある。

(…そんなに目立つでござろうか?)

 しかし、何もここにいるのは貴族ばかりではないようだ。向こうからやってくる女性は服や雰囲気からして使用人だろうと思った。彼女もまた、不思議そうに剣心を見つめながらすれ違っていったが、剣心は特に気にしなかった。

 そうやって一人気ままに歩いていると、ふとルイズの言葉が脳裏を過ぎる。

 

 

『あんたにわたしの何がわかるっていうのよ!!』

 

 

 必死で、それでいて悲痛な叫び。彼女は、この世界で言わせてみるとどうやら『落ちこぼれ』なのだろう。

 ただ努力せずに泣き喚くだけなら、剣心も特に気にはしなかった。しかし、あれは一生懸命頑張っているのに実らない、自分の何がいけないのか本気で分からず今も悩み続けている顔だった。

 さっきの事も、爆発による自身の失態を、平民という使い魔に尻拭いをさせてしまった。それに対してなんて言っていいか分からず、あまつさえその平民に慰められてしまったことで、我慢していた感情が爆発してしまったのだろう。

「………はぁ」

 剣心は、ふとため息を漏らした。

 一応、元の世界へ帰る目標があるとはいえ、それを見つけるまでは彼女の世話くらいならしてあげようとも思うし、それなりに力になってあげたい。

 しかし、ルイズの言っていた使い魔の仕事を思い出し、考えた。

 まず一つ、目となり耳となる能力。要はルイズの視点や聴覚が剣心にもわかるようになるらしいのだが、未だにそんな兆候はない。もう一つ、ルイズの求めるものについても、この世界について詳しく調べれば分ると思うが、現段階では協力は難しい。

「この二点」においてのみ、今じゃどうしようもないなと思いながら歩いていると、ふと腹から大きな音が鳴った。そういえば食事は朝のパンとスープだけで、それ以降何も口にしてなかったっけ。

「あの、お腹すいているのですか?」

 と、後ろから声が掛かった。

 振り向くと、先ほどすれ違った使用人の少女が、伺うような視線でこちらに近づいてきたのだ。

「いや何、大したことではござら―――」

 そう言い切る前に、自己主張するかのごとく一段と大きな腹の音が鳴り響いた。それを聞いた少女は、クスッと屈託の無い笑みを浮かべると、剣心を見た。

「どうぞ、ついてきてください。賄いものでよろしかったらお出しします」

 

 

 

 少女の名前はシエスタといった。

 シエスタは、そのまま剣心を学院の厨房へ連れていくと、『シチュー』といった食事を持ってきてくれた。この世界での初めてのまともな料理が来たので、剣心はそれを美味しく平らげた。

「いやかたじけない、助かったでござるよ」

「いえいえ、そんな大層なものじゃありませんよ」

 そう言ってにこやかにシエスタは笑うと、改めて剣心をまじまじと見つめた。

「えっと、ケンシン…さんですよね、貴方、ミス・ヴァリエールの使い魔ですよね? 噂になってましたよ」

 一瞬誰のことか本気でわからなかったが、ああルイズのことかと考えていると、シエスタが再び口を開いた。

「お昼、食べさせてもらえなかったのですか?」

「まあ、近いでござるな」

 ルイズがたった今、自分をどう思っているのかわからない以上、なんとも言えないが とりあえず今は、下手に刺激しない方がいいだろうとそう考えていた。

 しかしシエスタは、それをどうやら別の意味でとったようだ。

「そうなんですか……そうですよね」

 シエスタは、さっきとはうってかわってしんみりとした口調で、そして恐る恐る言った。

「もしメイジたちが本気になったら、私たち平民が何しようが敵わないですよね……」

 暗い顔をして俯くシエスタを見て、剣心は何か話題を変えようと口を開いた。

「せっかく馳走になった事だし、礼として何か手伝うことはござらんか?」

「えっ、そんないいんですよ。困った時はお互い様ですし」

「そう、困った時はお互い様。だからこそ拙者も微力ながら力になりたいでござるよ」

 それを聞いて、シエスタは顔を上げると、大きなケーキと皿がたくさん並んでいるのを見た。丁度食後のデザートを配ろうとしたところだった。

「では、その言葉に甘えてもよろしいでしょうか。こちらのケーキを運ぶのを手伝ってくださいな」

「承知したでござる」

 

 

 

 剣心はその後、食堂に行ってデザートの配布を始めた。

 銀のトレイからシエスタが切ったケーキを乗せて配りながら歩いていくと、気障ったらしいメイジが数人の取り巻きとなにやら話し込んでいた。

「なあ、ギーシュ! お前誰と付き合っているんだよ」

「誰が恋人なんだい? ギーシュ!」

ギーシュといった少年は、唇に指を立てていかにもな含み笑いをした。

「付き合う? 僕にそのような特定の女性はいないのだ。薔薇は多くの人を楽しませているために咲くのだからね」

 そんな風に話していると、ふと彼のポケットから何かが落ちた。ガラスの小瓶のようだ。どうやら気づいてないらしい。剣心はそれを拾い上げ、声をかけた。

「これ、落としたでござるよ」

 しかしギーシュは取り合わない。聞こえなかっただろうか? でもシエスタはハラハラした表情で剣心を見ている。声が小さいわけではないようだ。

「落としたでござるよ、これ」

 仕方がないので、今度は直に渡しに行った。それを見てギーシュは苦い顔で手を横に振ったが、取り巻きの一人が大声で叫んだ。

「おお、その香水はもしや、モンモランシーの香水じゃないのか?」

「てことはギーシュ、お前が付き合っているのはモンモランシーだな。そうだろ?」

 どうにも雲行きが怪しくなってきた。口々に騒ぎ立てる周りをギーシュは必死でなだめていると、やがて少女が一人、ギーシュの前に立つといきなり泣き出し始めた。

「ギーシュさま…やはりミス・モンモランシーと……」

「ご…誤解だケティ。いいかい、僕の心の中に住んでいるのは君だけ―――」

 弁解すら聞いてもらえず、ケティはギーシュの頬を思い切りひっぱたくと、そのまま泣きながら去っていった。

 続いて、巻き毛で金髪の綺麗な少女が、ギーシュの所へやってきた。怒りで顔を引き付かせているのを見ると、この娘こそがモンモランシーだと剣心は思った。

「やっぱり、あの一年生に手をだしていたのね?」

「お願いだよ、モンモランシー。咲き誇る薔薇のような顔を、怒りで―――」

 しかしやはり、話の半分も聞いてもらえずモンモランシーは、ワインを掴んでギーシュの上からドバドバかけ始めた。

「うそつき!」

 最後にそう言い捨て、モンモランシーもギーシュの元から居なくなった。一瞬流れる、重たい空気。そんな中、剣心の言葉が止めを指した。

「まあ、自業自得でござるな」

 その言葉を皮切りに、ギーシュが気障ったらしく振り向くと剣心を見た。

「君のせいで、二人のレディの名誉に傷が付いた…軽率に香水のビンを拾ってくれたおかげでな、どうしてくれるんだい?」

「でも二股をかけたのはお主でござろう?」

 いともあっさり返される正論に、ギーシュはグウの音も出ない。取り巻きたちも笑って「そうだ、そうだ!」と口々にはやし立てる。

「いいかい、給仕君。僕は君が香水のビンをテーブルに置いたとき、知らな―――」

「悪いけど、拙者仕事中故これで。これに懲りてもう二股はやめるでござるよ。童」

 ギーシュの額に青筋がビシリと浮いた。自身(と彼女達の)プライドを傷つけられたこと。平民にそれを指摘されたこと。女性ならともかく、平民の、それもひょろそうに見える男にも無視されたこと。

 それがギーシュの中でついに爆発し、剣心に向かって杖をつきたて朗々と叫んだ。

「よかろう決闘だ! 君に貴族としての礼儀を教えてやろう!」

 対する剣心は、何のことだか分からずポカンとした表情でギーシュを見返した。代わりに、隣のシエスタは顔を真っ青にして体を震わせていた。

「あ、あなた……殺されちゃう…貴族を本気で怒らせたら……」

 そしてそのまま、シエスタは脇目も振らず走り去った。入れ替わりで、今度はルイズが駆けつけてきた。

「あんた、何してんのよ! 見てたわよ!」

「おお、ルイズ殿。もう大丈夫でござるか?」

 慌てるルイズをよそに、未だ事態をよくわからない剣心が呑気にそう言った。それを見て、ギーシュがフフッと笑う。

「成程、誰かと思ったらゼロのルイズが呼んだ使い魔だったのか。道理で貴族に対する礼節をわきまえないわけだ」

「ホラ、謝んなさいよ。今ならまだ許してもらえるかもしれないわ!」

「残念ながら、もうこの場で決闘を宣言したんだ。今更取りやめになんてできないよ」

 既に勝ち誇ったような口調でギーシュはそう言うと、くるりと剣心達に背を振り向いてその場を後にした。

「ヴェストリの広場で待っている。ケーキを配り終わったら来たまえ」

 

 

 

「あんた、一体どうするつもりなのよ!」

 呆れた様子でルイズが叫んだ。

「ギーシュと決闘なんて、怪我だけじゃ済まないわ、いや、怪我で済んだら運の良いほうよ!」

 良くて半殺し……などと呟くルイズをよそに、剣心は引き続きケーキを配ろうとして、そう言えばシエスタが居なくなってしまったからケーキが切り分けられないと気づいた。

「まま、ルイズ殿、『けえき』でもどうでござる?」

「あんたね……何でそんな余裕なのよ……」

 心配するのがバカバカしく思うほど、剣心は優しい笑みでケーキの皿をルイズに渡した。既に周りには、剣心が逃げ出さないよう見張りを立てている。

 そんな場合じゃない――。ルイズはケーキを押しのけて、この状況がどんなに大変かを教え込んだ。

「聞いて? あのね、あんたはこの世界に来たばっかって言ったわよね。だったら頭に叩き込んでおきなさい。『平民はメイジに絶対に勝てない』ここでの常識よ!」

「まあまあルイズ殿、拙者決闘を受ける気はござらんよ」

 ……へ? といった感じでルイズは口を開けた。

「確かに、あの童の話の腰を折ったことや、無視したことについては、拙者にも非はある。それについては、謝るつもりでござる」

「じゃ…じゃあ…」

 拍子抜けするように呟くルイズを尻目に、剣心は再び口を開いた。

「まあ、なんであれ…もう一度あの童の所へは行くつもりではござるよ」

 そう言うと、剣心は慣れない手つきでケーキを切り分け、興奮して騒ぎ立てる生徒達に、再びケーキを配り始めた。どこまでも呑気な様子で。

 ルイズはただ、剣心のその態度に呆然と突っ立っていた。

 


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