るろうに使い魔‐ハルケギニア剣客浪漫譚‐   作:お団子

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第二十五幕『宝探しとタルブの秘宝』

 その日、トリステイン魔法学院は快晴だった。

 シエスタは、貴族達の服の洗濯をする傍ら、この晴れやかな日差しを心地よく浴びていた。

「今日もいい天気ねぇ」

 そんな事を言いながら、小鳥たちと戯れつつ、どこかウキウキした様子で洗濯物を干していた。

すると…。

「あれ、ケンシンさん?」

 シエスタの遠くで気になる男性、あの緋村剣心が、どこか森の中へと入っていくのをその目で見た。

 何だろう? シエスタは持ち前の好奇心で、剣心の後を追った。

 しばらくして、剣心はおもむろに草木が生い茂る林の中心に立つと、どこか神妙な顔つきで目を閉じていた。

 ひっそりと隠れながらも、シエスタはこの行動に疑問符を浮かべ見つめていた。

 しばらくして…彼の周りから、ただならぬ雰囲気が立ち込めるのを感じた。

 そして次の瞬間――――。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」

 

 剣心は、それを一気に開放するかのように、急に唸り声を上げた。

 それに伴い、パン!! パン!! と周囲に舞う木の葉が弾け飛び、木々は悲鳴を上げる。

 シエスタは、この出来事に大層驚き、腰を抜かしてしまった。

「きゃああ!!」

 シエスタの悲鳴が聞こえると同時に、剣心はハッとしてそちらの方をむいた。

「シエスタ殿?」

「あ、御免なさい…えと、あの」

 シエスタは、しどろもどろになりながらも、これまでの経緯を剣心に話した。

「そうか、それは済まない事をしたでござるな」

「あ、別に大丈夫です。でも…」

 聞こうか聞くまいか、悩む仕草をしたシエスタだったが、やっぱり知りたい好奇心が勝ったのか、剣心に質問した。

「さっきのは、一体何だったんです?」

「まあ、気を引き締めてただけでござる」

 さらに疑問が増えた。気を締めていた? あれはそんなレベルじゃないような気が…。

 シエスタは、吐き出すように気迫を飛ばしていた剣心を思い出し、首をかしげた。

「拙者は、ああして時々気を締めないと、心の具合が黒くなる。だからさっきのように、それを発散させているのでござるよ」

 思うところがあるのだろうか、左手を見つめながら剣心はそう言った。

「へえ、そうなんですか」

 正直、言っている意味はさっぱり分からないが、剣心が言うことなら、余程重要なことなのだろう。シエスタはそう思うことにした。

(ってあれ? これって今、ケンシンさんと二人きり…?)

 そして、丁度二人っきりだということにシエスタは気付き、無意識に顔を赤らめた。

 

 対する剣心は、ルイズの事を思っているのか、どこか考え込むような表情をしていた。

 今のルイズに必要なのは、リラックス出来る環境だろう。

 何かないものか…そんな事を思案しているうちに、シエスタから声が掛かった。

「そ、そう言えば、ミス・ヴァリエール達と、どこかへ行っていたようですが、一体どこへ…」

 単なる話題を作るために、シエスタは質問したが、剣心は困ったような表情をした。

「う~ん、まあ、お忍びでござるな」

 頬を指でかきながら、剣心はそう返す。

「へぇ~…そうなんですか…」

 少し何とも言えなさそうな顔をして、シエスタは相槌を打つ。

その後、しばらくの間沈黙が流れたが……やがて意を決したのか、勇気を振り絞ってシエスタは顔を上げた。

「あ、あの、実はですね、今度お姫さまの結婚式のときに、特別にお休みがいただけたんですけど…それで…ケンシンさんも、わたしの故郷をどうかなって…。とっても綺麗な草原もありますし、気も休まると思いますよ」

 シエスタはシエスタなりに、彼の顔を見て思うところがあったのだろう。気を遣うような風で聞いてみた。

 剣心は、少しポカンとした感じで、それを聞いて、そして叫んだ。

「それだ!!」

「へっ?」

 

 

 

第二十五幕『宝探しとタルブの秘宝』

 

 

 

「う~~~~~ん…」

 同時刻、ルイズは学院の中庭のベンチに座り、一人考え事をしていた。

 膝の上には、ボロボロの本『始祖の祈祷書』が乗っけられている。

 あれから、ルイズは悶々として詔を考えていたのだが、いかんせん良い詩が思いつかない。まだ時間はあるとはいえ、そろそろ何か書き出さなければいけない頃合いなのであるが…。

「…どうしよう…」

 どれだけ声を唸らせて考えてみても、やっぱり何も出てこない。

 ちなみにこの事は、剣心には言ってなかった。何というか、これ以上、彼に頼りっぱなしも良くないと思うし、何よりこれは自分自身の問題だ。

 剣心も、その空気を察してくれているのか、必要以上には介入してこない。勿論困ったことがあれば、何時でも駆けつけてきてくれるだろうが。

 

「はーい、ルイズ」

 気付けば、いつの間にか隣にはキュルケがいた。

 面倒なのに見つかった。そんな雰囲気を隠そうともせずにルイズは目を細める。

「…何しに来たわけ?」

「やあね、折角面白いものを見つけてきてあげたのに」

 剣呑な雰囲気を受け流しながら、キュルケは胸の、その深い谷間から何やら取り出し始めた。

 それは、幾つかに分けられた羊皮紙の束だった。

「…で、これ何?」

「宝の地図よ」

 怪訝な顔つきで見るルイズに、キュルケはしれっと答えた。成程確かに、それらしいことがその紙には書かれている。

 しかし、ルイズは怪訝な顔つきを崩そうともしなかった。

「それをわたしに見せてどうする気よ?」

「連れないわねえ、誘ってるんじゃないの。宝探しに行こうって」

 キュルケの言葉に、ルイズはハァ? って顔をした。いきなり何を言い出すのだろうかこのツェルプストーは。

 しかし、キュルケの表情は、至って真剣そのものだった。

「あんた、この頃張り詰めてるでしょ」

「えっ…?」

「隠したって無駄よ。昨日の授業を見れば、誰だってそう思うわよ」

 ルイズは、昨日の出来事を思い出した。

 確かに、あの時自分の感情も爆発して、泣いてしまったことは覚えている。でも…。

「分かるわよ、王子様の事よね。普段強がりばっか言ってるあんたが、人目を気にせずに泣くんだもの。相当辛かったんでしょ?」

「そんな…わたし…」

「こういう時はね、何か気を紛らわすものが、必要なものなのよ」

 キュルケの勢いに、ルイズはグイグイ押されていく。こうなると、彼女は本当に強かった。

「でも、今わたしは…」

「でももさっちもない! あたしが行くと決めたんだから、あんたも行くの!!」

 ほぼジャイアニズムのような言動だったが、ルイズは妙に心打たれた。そう言えば、ワルドの結婚を吹っ切らせてくれたのも、彼女の言葉のおかげだった。

 こういうところは素直に評価できるよなぁ…と、ちょっとキュルケに対する認識を改める。

 確かに、環境を変えれば、まだ何か思いつくかもしれないし、それに、行くのを断れば、またキュルケが剣心をたぶらかそうとするかもしれなかった。それはやだ。

 という訳で、ルイズは頷いた。

「……分かった、付き合うわよ。それで、いつ行くの?」

「勿論今からよ。後タバサと、ついでにギーシュの奴も誘ってあるから」

「ちょっと待って、授業中よ!?」

「いいじゃん、サボれば」

 そんな風なやり取りをしていたところへ、上手い具合に剣心とシエスタが通り掛かった。

「おお、ルイズ殿。ちょうど良かったでござる」

「あら、ダーリン。いいとこに来たわね」

 ナイスタイミング、と言わんばかりに、二人は同時に口を開いた。

 

「一緒に宝探しに行かない?」

「少し休養をとってはどうでござるか?」

 

「…え?」

「おろ?」

 しばしの間、両者は同時に放られた言葉の意味を、理解するのに数秒かかった。

 まず先に、剣心はキュルケの持っている地図の方を見て尋ねる。

「宝探し?」

「そ、たまにはパァーッとさ。いいでしょ?」

「ってか、休養って何よ?」

 ルイズは、隣にいるシエスタを怪訝な表情で見つめ聞いた。

 そう言えばこのメイド、最近やたら剣心と一緒にいる気がする。

 最近は自分のことで精一杯だったから、そこまで気を回す余裕は無かったけど……なんだろう。何か嫌な予感がしたのだ。

 女の勘で、何となくシエスタの心情を察したルイズは、無意識に彼女を睨んでいた。

 シエスタも、普通貴族に睨まれるという事態に陥ったら、怯えて逃げたことだろう。しかし…今は違う。

これだけは譲れないという強い意志を宿して、ルイズを睨み返していた。

 二人の間でバチバチと花火を散らす中、剣心がおもむろに言った。

「ルイズ殿、最近思い詰めてたでござろう? あんなことがあったんだし、ここは少し休みでもとったほうが良いと思うでござるよ」

 この言葉にルイズは内心、勝った! と叫んでいた。

 いいでしょ? 心配されてるのよ、ワタクシ。アンタなんかにワタクシの相手が務まると思って?

 しかし、シエスタの方も、あくまでも営業スマイルを崩さずに、ルイズに対抗した。

「いいのですか? 行き先はわたしの村ですよ? 何にもない、つまらない所ですよ? 貴族の皆様が満足していただけるかは、保証しかねるのですが」

「へえ、いいじゃない。どんなつまらないところなのか、逆に興味が湧いてきたわ」

 笑顔で睨み合う二人を見て、ようやくらしくなってきたわね、と思ったキュルケは、ルイズたちの間に入って折衷案を出した。

「それじゃ、最初の何日かは宝探しで、その後に、そこのメイドの故郷に行くって事で、いいかしら?」

「ちょっと待ってください。宝探しならわたしも行きます!!」

 さも当然だと主張するかのように、シエスタは手を挙げた。

 無論ルイズは即座に反対する。

「はぁ? 魔法も使えないアンタに何ができるっていうのよ?」

「料理ができます!!」

「それが何の役に立つのよ!?」

「美味しい食事を提供できますわ!!」

 相手は貴族だというのに、シエスタはルイズに対し、一歩も引かない。それにより、ルイズは内側から何か燃えるようなものを感じていった。

「まあでも、そういう意味合いじゃ、確かにうってつけかもね。マズイ料理なんてあたしやだし、いいじゃないルイズ。連れてってあげましょ」

 思うこともあったのだろう。隣のキュルケが口を挟んだ。

「あ、あんたは横からしゃしゃり出て来ないでよ!!」

「ねえ、ダーリンはどう思う?」

 ここぞとばかりに、キュルケは決定権を剣心に渡した。

 ルイズはグッとした目で剣心を見る。シエスタも、ルイズと同じような目で剣心を見つめた。

 そんな二人の雰囲気に若干気圧されながらも、剣心は確認するかのようにシエスタに聞いた。

「休暇の方は、大丈夫なのでござるか?」

「はい、早くに取るつもりですから!!」

「危険があるかも、でござるよ」

「平気です!! だってケンシンさんが守ってくれますから!!」

 即答するシエスタを、剣心は改めてまじまじと見た。意地でも従いていく。目がそう語っていた。

 まあ、それなら…と、ついに剣心も折れた。

「拙者は構わないでござるよ」

「やったあああああああ!! ありがとうございます!!!」

「ちょ…ケンシンまで何言ってんのよ!!」

 一人わぁわぁ喚くルイズとは裏腹に、シエスタはここぞとばかりにガッツポーズをした。

「という訳で、宜しくお願いしますね。ミス・ヴァリエール」

 深々と頭を下げながらも、若干皮肉がこもった言い分に、ルイズは思いっきり髪をかきむしって、空に向かって叫んだ。

「もう、何なのよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 そんなルイズの様子を見て、剣心も、やっと少し調子を取り戻したか。と思った。

 あの魔法の失敗以来、どこか俯いた感じで、人を寄せ付けないオーラを放っていたが、今の彼女を見ると大丈夫なようだ。

「そんじゃ、今日はもう遅いし、出発は明日から。皆ちゃんと準備してきなさいよ」

 キュルケの言葉を最後に、剣心達は一度解散した。

 

 

 

トリステインのどこか、生い茂る木々が立ち並び、その中にひっそりと隠れる廃墟の近く。ここには、オーク鬼なる生物が、廃墟を根城にして住みついていた。

 人間のように立った豚。その言葉がしっくりと来る怪物は、今、一人の人間を前に大勢で取り囲んでいた。

 人肉が大好物な、野生の本能のままに動くオーク鬼共は、もしこれが『普通』のヒトだったら、即座に襲いかかり、血肉を喰らっていたことだろう。こんな堂々と、人間と対峙する機会は、滅多にないからである。

 では、何故襲いかからず、様子を見守っているのか。その理由は簡単だった。

 その人間は『普通』じゃないからだ。

 

「ウグ…ウグルル…」

 ただ一人の人間の周りを、数十ものオーク鬼が取り囲むこの状況。

例えメイジであろうと、これだけの数がいれば打ち倒すことができる。それはオークたちも経験から知っている。少し犠牲が出るが、やってやれないことはない。

 だが、同時に野生の本能が、この男と戦うな。と警鐘を鳴らしてくるのだ。

 その証拠に、他のオーク鬼も、囲んではいるが遠巻きに、その手に持つ棍棒を威嚇がわりに振り回すだけで、我こそは、と先陣を切って立ち向かう者はいなかった。

 

少しの間、そんな風に時間だけが流れていた。

 しかし、遂にしびれを切らしたのか、前に出ていた一体のオーク鬼は、棍棒を振り上げて、人間に襲いかかった。

だが…。

「グッ…グルル…」

 その人間に睨まれただけで、腕は硬直し、足は止まり、戦意は容易く吹っ飛んでしまう。かわりに頭をもたげるのは、『その後』の事。

 脳天を割られるのか、首を飛ばされるのか、それとも心臓を貫かれるのか。

『死』という強いイメージを抱かせる程に、その目は刃のように鋭く、そして冷たかった。

こんな相手は、オーク鬼が生きてきた中で初めてのことだった。

 そんな中、遂に人間は動き出す。

 足を止めたオーク鬼が、襲うためではなく、防衛の為に棍棒を構える中、人間は、ゆっくり目を瞑り、そして…。

 

「うおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」

 

 人間の叫び声と共に、溢れんばかりの気迫が、オーク鬼を襲った。

 木の葉は弾け、周りの木々はそれにざわつく。オーク鬼は、ただただこの見たこともない現象に驚くばかりだった。

「グッ…グルアアアア!!?」

 もう、怪物たちに戦う意思など残ってはいない。

 人肉よりも命が大事。欲求より本能の方を取ったオーク鬼は、そう決断すると行動はすごく早かった。

 まるで脱兎の如く、異形の豚たちはただ一人の人間を恐れて、逃げ出していった。

 

「オーク鬼が逃げてったよ…」

「ここは任せて、なんて言うから見てみれば…ねえ」

 茂みの後ろから、万が一を備えていたキュルケとギーシュは、ただポカンと口を開けていた。

「今のも飛天御剣流か何かかしら?」

「いえ…あれは、確か『気を引き締める』だったと思います」

「はぁ? 何よそれ?」

「さあ…?」

 そう話しているのは、さらにその後ろから見守っていたルイズとシエスタ。

 シエスタの返答に、ルイズ達は更に疑問符を浮かべるが…シエスタ自身、何を言っているのかさっぱり分かっていないようだった。

「まあ、正確に言えば、あれは『剣気』でござるよ」

 先程までオーク鬼と対峙していた人間、剣心は、不思議そうな顔を並べているシエスタ達に向かって言った。

「……ケンキ?」

「気合の一種でござる」

 益々ギーシュ達は首をかしげた。気合でオーク鬼が逃げ出すなんて、聞いたことなかったからだ。

「ってことは…あれはぼくたちにも出来るってことかい?」

「頑張れば、そうでござるな」

 冗談で言ったつもりだったのに…あっさり答える剣心を見て、ギーシュは余計混乱した。

 いっその事、あれは『先住魔法』の一種。とか『実は虚無の力』とか言ってくれれば、まだ納得のしがいがあるというものだった。

というよりギーシュ達は、まだ剣心を「この世界」での常識で当てはめようとしていたのだった。

 だって…魔法が絶対の不文律であるにも関わらず、あんなに速く動く人間なんて…いるはずないのだから。

「それより、早速彼等に退いてもらったのだから、今の内に早く探索を済ませるでござるよ」

 にこやかな表情をしながら、剣心は先に廃墟の方へと向かっていった。

 キュルケ達も、地図を片手に彼の後へと続いていく。

 

 

 こうしてお宝探索に出てから、それなりの日数が経った。

 キュルケの持つ、宝の地図を頼りに捜索を進めてはいるが、大体は偽物や古い情報ばかりで、何もなかったり既に発掘された後だったりした。

 ちなみにこの冒険には剣心が、あの授業以来どこか仲良くなったコルベールを介して、オスマンにちゃんと許可をとっていた。任務をこなした褒美として、これぐらいは目を瞑ると、快諾してくれたのだ。

 しかし、未だに収穫はゼロ。まだ宝の「た」の字も見てはなかった。

 

 

「いい加減にしなさいよ。これで七件目じゃないの!!」

「だから、ある『かも』って言ったじゃない!!」

「まあまあ、二人とも」

 その夜、またもやハズレを引いた一行は、皆消沈の意気を隠せなかった。

 ぶつかり合うルイズとキュルケを嗜めながら、剣心は宝専用にとキュルケ達が持ってきた大きめな袋を見る。

 理想だったら、中身は今頃金銀財宝で大きく膨らんでいただろうが、悲しいかな、現実にそんなことが起こり得るわけが無く、入っているのは少ない銀貨銅貨ばかり。

 ルイズ達貴族からしてみれば、端金と言っても過言でもないような額に、一行はガックリと項垂れているのだった。

「まあ、でも大体こんなものでござるよ」

 勿論剣心は、そんな簡単に財宝が見つかるわけないと分かっていた。まず地図からして胡散臭いものばっかりだ。

 それに、これは最近塞ぎ込んでいたルイズの気晴らしにと始めた企画だったので、別に見つからないなら無いで、特に期待もなければ失望もなかった。

 その内に、作っていた夕食が出来上がったのか、シエスタが元気な声でルイズ達に呼び掛けた。

「はい皆さん、お待たせしました!!」

 そう言って持ってきたのは、大きな鍋。中身はシチューの様な感じではあるが、ルイズ達が普段食べているものとはちょっと違っていた。

「故郷名物の『ヨシェナベ』です。たくさんありますからどうぞ!」

 シエスタは満面の笑みで、皆にシチューの入れた皿を手渡していく。

 怪訝に見つめていたルイズ達だったが、口にしてみると、なるほど美味しい。今までルイズ達が食べたことのないような、さっぱりとして独特の味わいだった。

「へえ、美味しいじゃない」

「ありがとうございます。わたしも作ったかいがあります」

 と、シエスタはここで、おずおずと剣心の方を見た。

 美味しく食べてくれるルイズ達とは裏腹に、剣心はさっきから不思議そうな顔をしていたのだ。

「あの…ケンシンさんはどうです…か?」

 何か粗相があったのだろうか、少し不安な表情で、剣心に聞いてみた。

 剣心は、その言葉で我に帰ったようだった。

「え、ああ。ちょっと懐かしい味だなって、思っただけでござるよ」

「懐かしい、ですか?」

「う~ん、そうでござるなあ……」

 説明しづらそうに、剣心は空を見上げた。夜空は相変わらず綺麗で、二つの月が美しく

光っていた。

 懐かしい…確かにそうだ。

 何ていうか、シエスタの雰囲気は、このハルケギニアとはどこか違う感じがする。

 仕草や容姿。作る料理も、どこか自分の故郷を思い出してしまうのだ。

 剣心は、改めてシエスタをまじまじと見つめる。シエスタの方は、逆に見られている視線に耐えられず、思わず顔を赤面した。

 

 

 それを見かねたルイズ。おっほんと咳を一つして、これみよがしに懐から、『始祖の祈祷書』を取り出した。

「突然ですが、ここでわたしが考えた詔を発表するわ。皆聞きなさい。拒否権はナシよ。そこのメイドとバカ犬も」

 立ち上がってそう言うものの…その後何を言おうかで完全に固まってしまうルイズ。

 正直剣心達の気を引きたいがために『始祖の祈祷書』を出したのだが、何も浮かんでないのであった。だが、ここで引っ込むわけにはいかない。

「え、と。この麗しき日に、始祖の調べの降臨を願いつつ…えーと」

 多少しどろもどろになりながらも、何とか前置きを語ったルイズは、さあこれからどうしようかと本格的に悩んだ。

「それで? 続けなさいよ」

「その次は何だい?」

 キュルケやギーシュにせがまれせっつかれ…。挙句の果てにはもうどうにでもなれ、とルイズは逆に開き直った。

 どうせ試作段階だ。これを発表するわけじゃない。

「…これから、四大系統に対する感謝を、詩的な言葉で韻を踏ませつつ読むんだけど…」

 これを聞いて、俄然キュルケ達は興味がわいたようだった。燃えるような真っ赤な髪を掻き上げて、笑みを浮かべてルイズを見つめる。

「へえ、面白いじゃない。このあたしの『火』を、あなたはどういう風に解釈するのかしら?」

「…炎は、熱いので気をつけること」

 瞬間、キュルケはガクっとした。まさかここまで酷いとは思わなかったようだ。

「…それ詩じゃないし…てか、燃え上がるのが本領の『火』を、気を付けてどうするのよ?」

「うるさいわねえ…次は、風が吹いたら、樽屋が儲かる」

「それ諺」

 今度はタバサが、目線を本から上げてルイズに突っ込んだ。

 ここまで来ると、ルイズは頬を紅くして、ぷいっとそっぽを向いた。

「もういいわよ!! もう終わり。はいおしまい」

 自分で始めたにも拘らず、ルイズはそう言って一方的に打ち切った。

「ちょ…ぼくの土は? モンモランシーの水は?」

 特に期待はしてなかったが、いざシカトされると悲しくなったギーシュの声が、森に響き渡りそして溶けていった。

 

 

 それから暫くして、ルイズはため息をつきながらキュルケに言った。

「もうやめない? 収穫無いし…」

「あと一件、これで最後にしましょ!!」

 そう言って、キュルケはまだたくさんある地図の中から、これはと思う物を取り上げる。

「これよ! 『竜の空袋』。これにしましょう!」

 その瞬間ぶほっ! とシエスタは食べていたシチューを、盛大に吹き出した。

「え、『竜の空袋』ですか!?」

「? 知ってるの?」

「知ってるも何も、それはわたしの村に今も祀ってあります」

 その言葉に、今度は全員が目を丸くした。

 それからシエスタは、その『竜の空袋』について語り始めた。

 何でも、シエスタの祖父は、それに乗ってタルブへ来たらしいとのことだった。

 しかし、飛んでいる姿を見た者は、タルブの村の中にも無く、その祖父もわけあって飛ばすことは出来ないと言っていたので、半ば語り草のような形になったとのことだった。

 その後、祖父はタルブに住み着き、一生懸命資金を稼いで、『固定化』までかけて大事にとっていたようだった。

 しかし、ついぞその『竜の空袋』が飛ぶ姿を、見る者はいなかった様だ。

 

 

「ふーん、そうなの…」

 話を聞き終わった一同は、それぞれ何とも言えなさそうな反応をした。実物を見てない以上、どう対応していいか分からなかったのだ。

 だがそれ故に、皆はどこか興味を示した様だった。

「でもまあ、どんなものなのか、見てみるのもいいわね」

「そうでござるな。それにこれでシエスタ殿の村へ行くのと、目的が一致した訳でござるしな」

 剣心のその言葉に、シエスタは嬉しそうに微笑んだ。

「わ、本当に来てくれるんですか? どうしよう…皆に何て言ったら…」

 少し体をクネクネさせながら、剣心を見るシエスタだった。勿論、ルイズにとっては面白くないことこの上ない。

 しかし、タルブへ行くのは最初から決まっていたことだし、ここで反対するのも変だ。

 仕方なく、といった感じで…だが鋭く目を光らせながら、ルイズは剣心達を見つめた。

 

 

 

 一行がタルブへと到着したのは、その次の日の朝早くだった。シルフィードで一気に飛ばしてきたのだ。

 早速剣心達は、シエスタの家へとお邪魔して、軽い挨拶を交した。そして次に、おずおずしくシエスタはルイズ達を紹介する。

「貴族の皆様方と、その…わたしの…だんなさ―――」

 そこまで来たとき、言わせないとばかりにルイズのハイキックが飛んできた。

 しかしシエスタ、まるで飛天御剣流を会得したかのような的確な読みと動作で、これを避ける。

 空を切った蹴りの先には、ギーシュの顔面があった。

「何でぼくが…」そう呟きながら、ギーシュは身体も意識も同時に飛んでいった。

 

「えと、ヒムラ・ケンシンさんです」

 シエスタは、そこから何事も無かったかのように、剣心を紹介した。

 その後、シエスタの家族に『竜の空袋』のことを話す。

 それを聞いたシエスタの父は、思うような仕草でこう話した。

「あれを見たいと? まあいいんだけど…さっきも一人、『見せてもらって良いかい?』と、言ってきた人がいたんだよ。世間じゃあれが広まっているのかね…?」

「えっ? 『竜の空袋』を見に来た人が?」

 シエスタは驚いたような声を出した。『竜の空袋』を見に来る人がいた?

「うん! すっごく格好いい人だった!! 竜に乗ってたから、騎士さまなんじゃないかな?」

 今度はシエスタの妹弟がきゃっきゃしながらそう言ってきた。

「…一体誰でしょう? そんな人がいるなんて…」

「まあ、行ってみればわかると思うでござるよ」

 聞けば、その竜に乗ってきた人はつい先ほど来たらしい。今行けば、はち合うかもしれない。剣心達もまた、そこへと向かった。

 

 

 やがて目に写ったのは、神社のような場所。

「…あれは確かに『場違いな工芸品』由来なものだな…。しかし、運び込むにはちょっと大きすぎるか?」

 その正面入り口で、何事か呟きながら立っている人を発見した。

 …彼が、先に『竜の空袋』を見に来たという竜騎士なのだろうか?

「…誰?」

「さあ…」

 キュルケやルイズは肩を竦めた。少なくとも学院の人間ではないのは確かだ。

 すると人の気配を感じたのだろう、その人物も、ゆっくりと此方を振り向いた。

「おおこれはこれは!! ぼくも耄碌しているなあ!! こんな美の化身が数人、背後にいるのに気が付かなかったなんて!! ああ許してくれたまえ!!」

 優雅な仕草で、浮ついた語句を並べ立ててきた。ギーシュはおえっと吐きそうな様子でそれを見やる。

「ぐぉっ…なんなんだコイツは…!?」

 ただただ気障な仕草であったが、愛嬌のある笑みに人懐っこい表情。少なくともギーシュより堂に入っている。相当『慣れている』様子なのが傍からもうかがえた。

 さて、美の化身と言われた女性たちは様々な反応をした。シエスタはわたわたし、キュルケは「言うじゃない」と、余裕ある目で優雅に聞き流し、タバサに至っては依然無表情。

 しかしその人物は、そういった女性陣の対応も、余裕をもって受け流しながら、歩きながらルイズの手を取る。

「えっ…ちょ…」

「初めまして。大輪の花の如き綺麗なレイディ。ぼくはジュリオ。あなたは?」

「はぇ…? えぇ…。ルイズ。ルイズ・フランソワーズよ」

 それを聞いた瞬間、ジュリオは目を見開かせた。まるでその名を知っていたかのような、そんな類の驚きだ。

「フランソワーズ…ってことはヴァリエールの!? これはこれは、他の子には無い優雅で気品あるな佇まいだとは思ったが、なるほどヴァリエール家の御令嬢なら納得だ!!」

 失礼。そう言ってジュリオはルイズの手の甲に、そのままキスをした。

「いけないひとね…」ルイズははにかんだ口調で、思わずそう呟く。

 かーーっ!! ギーシュは絡めた痰を地面に吐き出した。キザだ! キザがいます!!見るだけで目が汚れる。同じ女性を口説く者として、彼とは相いれない何かを感じたのであった。

「いいのかいケンシン!! 男として言わせてて!! 良いのかい!?」

 そして今度は剣心に詰め寄る。しかし剣心は「おろろ…」と呟くばかり。

 するとジュリオは、今度は珍妙な目を見る顔で、剣心に歩み寄った。

「ほう、きみは…」

「ああ、拙者は…」

 そう言いかけて気付く。彼の瞳…片方ずつが違う。左目はルイズのような鳶色だが…右目は透き通るような碧眼なのである。

「…お主、その目は…」

 思えば、『オッドアイ』の人間に会うのは、剣心は初めてだった。思わず尋ねてしまう。

「瞳の色が、違うのがそんなに気になるかい?」

「あっ、本当ね。『月目』じゃないの」

 キュルケも気づいたようにそう言った。左右の瞳の色が違うのは…迷信深い地方では不吉なものとして、忌み嫌う傾向にもある。

「まあ、虹彩の異常らしくてね。生まれつきさ。きみは…」

 そう言って、ジュリオは一瞬視界を下…剣心の左手に落とした。使い魔のルーンが刻まれているのを発見し、無意識に口元を吊り上げる。

「そんなに拙者の左手…このルーンが、気になるでござるか?」

 それを聞いた瞬間、ジュリオはハッとなって剣心の顔に目をやった。どうやら左手のルーンを見ていたのを感づかれていたようだ。

「お主、一体何者でござる? 何故シエスタ殿の家宝を見に来たのでござるか?」

 手ごわいな…ジュリオは内心そう呟きながら、改めて自己紹介する。

「失敬。ぼくはロマリアの神官、ジュリオ・チェザーレ。以後お見知りおきを。それと―――」

 次の瞬間、力強く翼を羽ばたかせる音と風圧が、周囲に巻き起こった。

「きゃあ!!」ルイズ達が目をつむってやり過ごす中、剣心は上空から来た『それ』を見据える。

 これまたシルフィードとは体つきが違う、成体の風竜がジュリオの背後にやってきた。

「こいつはアズーロ。ぼくの相棒さ。以後お見知りおきを。ケンシン、ミス・ヴァリエール」

 成体の風竜は力強い声で「きゅい」と鳴いた。そして颯爽と跨ると、こう言った。

「ここに来たのはまあ、ちょっと探し物をしていてね。そのうちにこの『竜の空袋』に行きついたんだけど…まあ、ぼくが求めていたものとは、ちょいと違うようだ」

 社のような建物を見やりながら、更にこう続ける。

「でも、もしかしたらきみだったら、何かわかるのかもしれないね。ケンシン。それじゃ!!」

 意味深な言葉を残し、ジュリオは竜を羽ばたかせた。

 そして、あっという間にその姿は消えていった。

 

 

「…何だったんだアイツ…?」

 颯爽と現れ颯爽と消えたジュリオを思い返しながら、ギーシュは空を見上げ呻いた。

「ロマリアって言ってたわよ。だとしたらかなりの遠出ね」

 キュルケも、段々と小さくなる上空の影を見やりながら言った。

 ロマリア。それはブリミル教の総本山。

 その神官が、何のためにタルブまで来たのだろう。

 疑問は山ほどあるが…ここで考えていても仕方がない。

「シエスタ殿、良いでござるか?」

「えっ…あっはい! ちょっと待っててくださいね!!」

 シエスタはいそいそと、建物の扉を開けた。

 

 

 中に入ると、そこには…ルイズ達にしてみれば変な物体が置かれていた。

「これが、『竜の空袋』?」

 シエスタの言ったとおりだ。とルイズ達も思った。どう見ても、こんなモノが空を飛ぶ訳がない。

 無駄足だったかな…。そんなことを考えながら、ルイズはふと剣心の方を見た。

「どう? ケンシン」

 剣心も、この物体を不思議そうに眺めていたが、やがて驚きで目を見張った。

 

 置かれていたのは…人が数人分乗れるような大きな籠と、巨大な布。それをつなぐ数本の紐。

 

 剣心はこれを、見たことがあった。確かにこれは…飛ぶ。というより、浮く。

「あの…大丈夫ですか?」

 シエスタが心配そうに剣心の顔を、覗き込んだ。端から見れば、具合でも悪くしたように見えたのだろう。

 剣心は、何も言わずにもう一度、よく『竜の空袋』を見渡した。そして、昨夜シエスタが言っていた事をもう一度思い返していた。

 確かに…これなら合点がいく。どうやって空を飛んだか、今は何故動かないのか。

 

「ねえ、どうしたのよ。ケンシン!」

 今度はルイズが、そう言って詰め寄った。ここで剣心は我に帰ると、改めてルイズ達の方へ向き直った。

「これ、知ってるの? ケンシン」

「ああ…そうでござるな…」

 驚く面々を尻目に、剣心は視線を『竜の空袋』へと戻す。

「『気球』…拙者の国で、そう呼ばれて作られたモノでござるよ」


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