るろうに使い魔‐ハルケギニア剣客浪漫譚‐   作:お団子

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第二十三幕『これから』

「…そうですか…ワルド子爵が…」

 トリステインの城の中、王女の一室で報告を聞いていたアンリエッタが、震える声で言った。

 アルビオン脱出の後、ルイズ達はその足で、直接城へと向かい、アンリエッタに報告をしに行ったのだ。

 突然の来訪なので、城内の警固兵達は騒然としていたが、直ぐにアンリエッタの使いだとわかると、ルイズ達を城内へと招き入れた。

 そして、ルイズと使い魔の剣心は、そのままアンリエッタの部屋へと案内され、この旅についての報告を報告していた。

 

 

 

 

 

             第二十三幕『これから』

 

 

 

 

 

「それで…旅のほうはどうでしたか…? 何か起こったりとかは…」

 ルイズは、話を聞かせた。この旅で起こったこと全部、包み隠さず。

 手紙の奪還の任務は成功したこと、ワルドは反乱軍の一員だったこと、その戦いの中、ウェールズはルイズを庇って…死んでしまったことも。

「姫殿に、ウェールズ殿からの言伝でござる。『悲しまないで…君は幸せに生きて欲しい』…と」

「…そう…です…か」

 剣心が、死に際に遺したウェールズの言葉を、しっかりとアンリエッタに伝える。それを聞いた彼女は、只々呆然としているようであった。

「殿下は、わたしを庇って…それで…」

 それを見て、ルイズの目には涙が溜まっていった。自分を庇ったりしなければ、彼は死ななかっただろう。

「わたしが…もっとしっかりしていれば…」

 その事実が、ルイズを苦しませる。

 自分の果たした役目は、手紙を渡したことだけ。この旅自体、ルイズは誰かに助けてもらうばかりで、なんの役にも立てていない。寧ろ足を引っ張ったことぐらいしか思いつかなかった。

「姫さま…わたしは…」

「いいのです。ルイズ」

 しかし、アンリエッタはルイズの心境を察すると、悲しげながらも、笑顔をたたえて、ルイズの頬に、優しく手を触れた。

「いいのよ…思えば、貴方にこのような辛い仕事を頼んだのは私なのだから…非があるのは寧ろわたしの方…裏切り者の子爵を随伴させたのも…殿下を死に追いやってしまったのも…」

「…姫様…」

 アンリエッタは、泣き出すルイズを抱きしめた。それにより、ルイズも、溢れんばかりの涙を流し出した。

「御免なさい…姫さま…わたし…」

「もう何も…言わないで…貴方だけでも、無事に…帰ってきてくれたんだから…」

 アンリエッタの頬からも、涙が流れ出す。

 しばらく、二人は抱きしめ合いながら、子供のように大声を上げて泣き出した。

「ごめんなさい…ごめんなさい…」

 剣心は、その様子をやりきれないような表情で見守っていた。

「それで…姫さまに、これを…」

「まあ、それは…」

 その後、ルイズはアンリエッタに、この騒ぎの元凶である手紙と、形見の『風のルビー』を手渡した。

「殿下の、その…形見として」

「そう…」

 アンリエッタは『風のルビー』を受け取ると、それを指にはめこんだ。サイズが大きすぎたのか指に合わなかったが、アンリエッタが呪文を唱えると、指輪はすぐピッタリに収まった。

「貴方達の功績のおかげで、このトリステインは救われました。それだけでも、充分すぎる程ですわ」

「しかし…」

「だから私も…彼の言葉を信じて…少し、立派に生きてみようと思います」

 逆にアンリエッタは、この度のお礼として、ルイズに渡した『水のルビー』を、そのまま与えることにした。そしてルイズ達は、王宮を後にして学院へと戻ることとなった。

 

 

 

「ねえ、ケンシン……」

「…なんでござる?」

 帰る途中、シルフィードの背中に乗りながら、ルイズは思った。

自分の誇りだけでなく、もう誰も死なせないように、誰も悲しまないように、守れる力を手に入れたいと。

 隣にいる使い魔と同じくらい、頼りにされる貴族に、自分もなりたいと。

「わたし、もっと強くなりたい」

「……………」

「誰ももう、死なせないくらいに、もっと、強くなりたい」

「…そうでござるか…」

 剣心はそう言って、ルイズの頭を優しく撫でつけた。ルイズは内心嬉しかったが、その度にいつも思う。

(どうして私は…魔法を使うと爆発するんだろう…)

 ルイズは、そう考えながら、遠くに写る懐かしきトリステイン学院を見た。

 それを背景にルイズはまた、剣心の隣に寄りかかって、また少し眠りについた。

(これで、本当に終わったのだろうか…?)

 同じくシルフィードの上に乗る中、寝ているルイズに寄っかかられながら、剣心はそんなことを考えていた。

 キュルケやギーシュも、恐らく疲れが出たのだろう。互いに背もたれになって寝息を立てている。ただタバサだけは、こういうことに慣れているのか一人本をパラパラとめくっていた。

 そんな中ふと思い出すのは…ワルドのあの言葉…。

(人斬り…抜刀斎か…)

 このもう一つの名前を知っているということは、確実に自分を知る誰かと接触があったのは間違いなさそうだった。

(しかし、一体誰が…?)

 だが自分を知る者にせよ、間接的に知った者にせよ、このままずっと平和でいることは、恐らくできないのだろうとは思った。

 いやむしろ、これこそが『始まり』な気がしてならなかったのだ。

「なあ相棒。一つ聞きたいことがあったんだが、良いか?」

 そんなことを考える内、今度はデルフが鍔を上げて剣心に言った。

「何でござるか?」

「相棒、何であの時力を使おうとしなかった?」

 それを聞いて跳ね上がったのはタバサだった。本を落とし、唖然としたような目で剣心を見る。

「まだあれで…本気じゃなかったの…?」

「いや、本気…っつうか、ルーンの力だな。相棒があの時ぶち切れてたのは知っているよな?」

 あの時…タバサは刃のように鋭く光る目をした剣心を思い出して、少し身震いをした。

「あれをきっかけに、ルーンが強く輝いたのは確かなはずさ。けど相棒の奴、それをどうしてかずっと抑えつけてたんだなあ、これが。おかしいだろ?」

 それを聞いて、タバサも同じように疑問を持った目を剣心に投げかけた。

「そんな、大したことではござらんよ。ただ………――――」

 剣心は、少し困ったように…でも、何処か遠くを見るような目で、口を開いた。

「もしあの時…怒りのままにルーンの力を開放していたら、やっとのことで見出した自分の大切な『答え』が、そのルーンによってかき消されてしまいそうな…そんな予感がしたのでござるよ」

 剣心は、ふと左手に刻まれたルーンに目を落とした。ウェールズを殺された時…怒りと共に沸き上がったあの感情…。それを思い出し、少し憂鬱そうな表情をした。

「…そのために、力を捨てるの?」

 タバサは、どことなく悔しさを滲ませたような口調でそう言った。

「タバサ殿から見れば、確かに理不尽を感じるかもしれぬでござるが、少なくとも拙者には、もうそのような力は必要ないでござるよ」

「分からない。私はもっと強さが…力が欲しい」

 そして、懇願するような目でタバサは剣心を見つめた。その目はまだ、「飛天御剣流を教えて欲しい」と、剣心に語りかけてきた。

 その目を真正面から見据えながらも、それでも剣心は微笑んでタバサに言うのだった。

「今はそうでも、分かる時が来るでござるよ。タバサ殿にも、絶対に」

「…あの人と、まるで正反対」

「おろ?」

「…何でもない」

 そう言うと、タバサは再び本を取り、静かに読書の続きをはじめる。そんな彼らを他所に、トリステイン魔法学校が刻々と近付いていった。

 

 

 

 

 さて、所変わって―――場所はアルビオンへ。

「…アルビオンも、遂に終わりか…」

 反乱軍『レコン・キスタ』による、アルビオン打倒から数日が過ぎた。フーケは瓦礫と化し、死臭と煙が漂う城を、それとなく眺めていた。

 周りでは、飴に食いつくアリのように、掘り出し物を探し出す兵達の群れがいる。しかしフーケは別段興味がなさそうに、元礼拝堂のあった所まで足を運んだ。

「どうだ? 腕の状態は…はっきり言ってくれ」

 そこでワルドは、どうやら水魔法専門のメイジであろう医者に、腕の状態を見てもらっているようだった。

 医者のメイジは、う~ん…と悩むような唸り声をあげて腕を看ていた。

「しかし…複雑な叩き折られかたをされてますな…治せることには治せますが…骨格や筋の神経がこれ程ズタズタでは、リハビリ込みでも精々食器を扱える程度でしょうな。ましてや今までのように杖を振るうのはもう……」

「そう…か…」

 それを聞いたワルドは、がっくりと肩を落とした。深刻そうに顔を伏せるのを見て、フーケは思わずクスリと笑う。

「あんたもそう言う顔するんだねえ。感情が出るタイプ?」

「余計なことは言うな。俺は今、別の物を探しているんだ」

 そう言ってワルドは立ち上がると。おもむろに慣れない手つきで杖を振るった。

 瓦礫の一枚が宙に舞い、その中に出てきたのは、フーケにとっては久方振りに見る、ウェールズ皇子の死体だった。

 

「やあやあワルド君、ウェールズ皇太子と件の手紙は見つかったかね?」

 すると、そんなことを言いながら、男が一人、ワルド達の元へとやって来た。

 一見、聖職者のような格好をしているが、その顔は神に祈る者とは程遠い歪んだ表情をしている。

(何だ、コイツ?)

 フーケは、胡散臭そうな目で男を見ながら、ワルドとのやりとりを静観していた。

「皇太子はこの通り、ですが、件の手紙は残念ながら…」

「良い良い。敵将を討ち取っただけでも、君は素晴らしい働きをしてくれたよ」

 営業スマイルの様な笑みを浮かべている男は、ふと気付いたように今度はフーケの方を見た。

「子爵、この麗しい美人は誰なのかね?」

「彼女が、かの有名な『土くれ』のフーケです」

「おお、彼女がそうか。噂は予々、ミス・サウスゴータ」

 フーケは思った。どうやら、自分の本当の名前を教えたのは此奴のようだと。

 すると男は、今度は恭しい仕草で礼をしながら、こう自己紹介した。

 

「『レコン・キスタ』の表向きの指揮。及び、十の杖を掲げる者達…『十本杖』の一人。主に軍事の管理と雑務を任されている、オリヴァー・クロムウェルだ。以後お見知りおきを」

 

「…表向き? 『十本杖』…?」

 また新たに増えた言葉に疑問を覚えるが、その前にクロムウェルはおどけた様子で続けた。

「まあ、マチルダ君はまだ新参だから知らんのも無理はない。だが君ほどの有名人なら、いずれはその末席に加わる日も近いことだろう。これは大変名誉なことだぞ!!」

 そう言ったあと、今度は愉しそうな表情でクロムウェルはワルドに話す。

「そして聞いたよワルド君。君もいよいよ、その栄えある『十本杖』の一員になることが決まったそうじゃないか!! 君は影で色々手柄を立ててもらったからねえ。いやこれはめでたい事だ!」

「しかし、その昇進は辞退せざるを得ないでしょうな…此度の任務で三つあった目標の内、ウェールズを亡き者にする以外に果たすことはできなかった上に…この怪我では…」

 と、ワルドは悔しそうに、無様に巻かれている包帯の腕を見下ろした。

「何、シシオ様はその程度の事、露ほども気にしてはおられないよ。ゲルマニアとの同盟など取るに足らず。我々が今必要なのは何か、君だって知っている筈さ」

「『弱肉強食』、という名の下の力の結束。そうでございましょう?」

「その通り。だが、我々が求めるのは、どこまでも飽くなき『力』という一点のみ。結束など後からついてまわる。何よりも束ねるのは、全てを統べるのは、結局のところ『力』…そう、全ては『弱肉強食』なのだよ!! その前には同盟など、矮小で些細なものさ」

 熱弁するクロムウェルの表情は、どこか滑稽な印象は拭えなかったが…言う言葉には妙に力が篭っていた。上辺だけを語るにしては…余りにも饒舌すぎる。

 そして…この会話で出てきた言葉を、フーケはワルドに尋ねる

「ねえ、シシオ様って?」

 話から聞くに、恐らくそいつが『レコン・キスタ』を、本当に束ねる統率者の名前であろうというのは、何となく理解できた。まあ確かに、クロムウェルにこの軍をまとめるような力は無いことは…というよりそんな器にまず見えなかった。

 そんな時だった。

 

「よう、抜刀斎に派手にやられたそうじゃねえか、ワルド」

 

「ッ!! シシオ様!!! いらしておいででしたか!!?」

 不意に聞こえてきたその声に、ワルドは反応すると、弾けた様に片膝をつき、その声のする方へと頭を下げた。

 指揮官であるクロムウェルもまた、恭しく礼をする。

「何? どうしたの…?」

 フーケはそう思って、声の主をその目で見て……。

「………なっ…!!?」

 かつて無い戦慄を、フーケはその身に感じた。

 

 

 今新しくフーケの前に現れたのは、包帯で全身をくまなく覆っている男だった。

 

 

 腕、胸、足、そして頭まで、火傷の痕を隠すかのように巻かれた格好に、その上に長すように着る青い着物。

 腰には刀、そしてフーケ達を見る眼は、ここの誰にも出せない雰囲気を醸し出していた。

 

 桁違いの気迫、想像以上の覇気、本当の地獄を知っている眼。

 

「……ひっ…」

 フーケは小さな悲鳴をあげ、吸い込まれそうなその眼を、直視できずに顔を伏せた。いつの間にか顔には冷や汗が垂れている。

(違う…コイツは…本物だ…)

 フーケですら、会って間もない彼に対し、畏怖の心を抱いていた。そうさせるだけの力が、彼にはあった。

「シシオ様、わざわざここまで、お越しになられて」

「んな面倒な挨拶は要らねえよ。とっとと用を済ませるぞ」

 志々雄、そう呼ばれた男は、鬱屈そうにクロムウェルを顎でしゃくった。

「かしこまりました。では…」

 クロムウェルは、畏まるような態度をとると、ウェールズの死体の前に立ち、手をかざした。 その手には、指輪の様なものが嵌められていた。

 しばらく、クロムウェルは聞いたこともないような呪文を唱えると、ウェールズに向かって杖を振った。

 刹那、溢れんばかりの光が、ウェールズを包み込んだかと思うと、その身体に、生気を宿し始めた。

 そして、本来二度と自分で開くことのないだろう瞼を、ウェールズはゆっくりと開けた。

「おはよう、大司教、そしてシシオ様」

 フーケは唖然とした。ワルドも驚いたように口を開く。死者が生き返る魔法なんて、聞いたこともなかったからだ。

「これは…一体…?」

「これが、私の能力…所謂『虚無』の魔法さ」

 自慢するように語るクロムウェルの言葉に、フーケは再び愕然とする。伝説の『虚無』の魔法を、この男が…と。

 しかし、普通ならばありえないような光景にも関わらず、志々雄だけは、これを本当にどうでもいいかのように見ていた。まるでこの光景を何度も見てきたかのようだった。

「そんな事より、使えるかどうかの問題だ。なあオリヴァー」

「安心してください、これさえあれば、きっとシシオ様のご満足いく結果になろうかと」

「なら任せる。あとてめえには、ここで『皇帝』を名乗る地位をくれてやる。どのみち俺には必要ない」

 他のものを求めるかのような口調で、志々雄は言った。

 その眼に映るもの、それは野望。大国アルビオンを手に入れたぐらいでは、決して揺らぐことのない欲望の炎を、その男の眼の中に宿していた。

 

 

 もっともっと大きな野心…それは『統一』。

 

 

 ハルケギニアを一つに纏め、エルフ達の住まう聖地をも巻き込んでの、自身を頂点に強者のみが生きる修羅の世界を作り出そうとしている、そんな眼。

 何より恐ろしいのは、そんな野望を抱いているにも関わらず、初対面のフーケに対しても隠そうとしない堂々さにあった。

「ありがたき幸せ。それでは早速、私は準備に勤しむとしましょう」

 そう言って最後に軽くクロムウェルは頭を下げた後、ウェールズを連れてその場を去っていった。

「んで、どうだったワルド。祖国に堂々と見切りをつけたこの旅は、楽しかったか?」

「いえ…それより申し訳ありませぬシシオ様! 果たすべき任を満足にこなせなかったこの罪、処罰はなんなりと受ける所存…」

 後に残された志々雄は、そう言って平伏するワルドの、その折れて包帯で保護している腕を見て、どこか含んだ笑みをした。

「別にいいさ。まあお前が言っていた、抜刀斎を呼んだっていうルイズって小娘には興味があったがな…。で、どうだ? お前から見て奴の腕は」

「この通り…シシオ様の仰っていた結果になりました」

 立ち上がり、折れた腕を見せながら、ワルドは苦々しげに言った。

「奴は、ここでは『ガンダールヴ』とか呼ぶんだったな。何でもそいつは、一人で千の軍隊相手にやりあったそうだが」

「伝説…と言われておりましたが、少なくとも今はそうは思いません。あの男は、将来我々にとって、とてつもない大きな障害となるでしょう」

 それを聞いて、志々雄は獰猛な笑みを浮かべた。国盗りを楽しむ彼が見せる、もう一つの顔。『剣客』としての笑みだった。

 

「しかし……今は同盟の件をどうなさいましょうか? 私に出来ることであれば、何なりと…」

 改めて畏まった態度でワルドは頭を下げる。志々雄は彼の謹直さを、どこか面白そうにしながらも言った。

「安心しな。同盟ったって直ぐには繋がらねえ。こんなこともあろうかと空軍はもうすでに準備を始めさせていたトコだ。だから余計な心配は無用だ」

「しかしそれでも!! 些細なことでも構いませぬ。私に汚名をすすぐ機会を…」

「分かった分かった。後でオリヴァーに仕事でも頼んでおいてやる。まあ、俺が見ているのは、トリステインなんてチンケなものじゃねえがな」

 それを聞いたワルドは、どこか緊張した面持ちで志々雄を見上げる。

「では、シシオ様は、あくまであの男との決着の方が、国盗りより大事だと…」

「ま、平和ボケして腕が鈍ってないようなら何よりだ。俺もここで多少なりに『腕』を上げたからな。それに見合うだけの力は得て欲しいもんさ。

 そうすりゃ今度こそあの時つけられなかった『決着』をつけられるってもんだ。フフフ…ハハハハハハ…ハァーーーーーッハッハッハッ!!!!!」

 最後にそう言うと、志々雄は高笑いしながら悠然とその場を去っていく。フーケのことなんか、すっかり眼中にないようだった。

 

 

「あ…あいつは何者なんだい…」

 遠くに写る、志々雄の後ろ姿を見ながら、フーケは興奮冷めやらずといった感じで聞いた。

まだ緊張が抜け出ていないのが、自分でも分かっている。

「シシオ・マコト様だ。あと、シシオ様に向かってそんなに軽々しく口を叩くな。癪に障る」

「え、あ、ゴメン…じゃなくて!! 説明してよ! 分からないことだらけでさ!!」

 堰を切ったようにまくし立てるフーケを見て、ワルドはやれやれと言わんばかりに口を開いた。

「俺も詳しくは知らん。ただ一つ言えることといえば、シシオ様は…あの抜刀斎と、あとそこにいる奴と同じく『別の世界』から来たこと位だ」

 そう言って、ワルドは向こうで優雅に煙草を吸っている黒笠を、顎でしゃくった。

「……『異世界』…抜刀斎…?」

 疑問が増える返答に、フーケは首をかしげる。抜刀斎の意味は分からないが、恐らくそいつは、剣心の事を指すんじゃないかというのは分かる。

 異世界については…言葉の意味はわかるが常識でついつい否定してしまう。

「俺もシシオ様から聞いたことだから、確信めいたことは言えんがな」

 ここでワルドは言葉を切った。フーケが、話について来ているかどうかを確認するためだ。

 フーケは、そんな彼を見やりながら、ワルドの言葉を聞いていた。

「あんた…もしかしてそんな話を信じているのかい?」

「シシオ様がそう仰られたんだ。俺は信じるさ。それに…お前だって完全に否定しきっているわけではないだろう?」

 …そう言われると、確かにそうだ。

 理性の面ではまだまだ、何を馬鹿な…と言いたくなるような内容ではある。しかし、それをどうしても頭ごなしに否定できない。

 剣心に志々雄にあの剣客…。彼らからは、皆自分たちとはどこか違う…異質な雰囲気を醸し出している。

 それがどういうことかは、具体的には表すことができなかったが、『異世界』から来たと言われると、どうしてか妙に納得してしまうのだった。

「だが、そんな事はどうでもいい」

 ワルドは、おもむろに杖を抜くと、兵士の一人を呼び寄せ、二言三言告げた。

 兵士は、それを聞くなり正気を疑うような表情をしたが、ワルドの目を見て本気だと悟った兵士は、言われたとおりに数人の、医療専門の水使いのメイジを呼んできた。

「…本気で…?」

「ああ。もうこの腕は元通りにはならんのだろ?」

「それは…まあ…ですが……」

 この光景に疑問符を浮かべて見ていたフーケだったが、やがてワルドの行動に、今度は呆気にとられた。

 

「使えぬ腕など、無い方がマシだ」

 

 そう言うと、ワルドは自分の折れた腕に杖を当て、風の魔法を唱えた。ドォンと、轟くような唸りを上げて、故障した右腕は吹っ飛んでいく。

 直ぐ様、流れるように溢れ出る血を、メイジたちが呪文で押しとどめた。

「あ…あんた、何してんの!!?」

 苦しそうに、痛みで汗を流しながら治療を受けているワルドを見て、理解できないとばかりにフーケは叫んだ。

 しかし、ワルドはうわ言のように呟く。

「これは俺への罰さ…。シシオ様のお役に立てなかった自分への…。それに俺は…立ち止まる訳にはいかない…少しでも…シシオ様の強さに…シシオ様の忠義に…」

「あんた…どうかしてる…わ…」

 どうやら、完全にワルドは、志々雄に心酔してしまっているらしかった。

 フーケは、改めて恐くなった。『虚無』の件もあるのだが、それ以上に、ワルドですら心酔させてしまう志々雄の底の深さに。

 

 

 そして、あの時牢屋で聞いた言葉が、本気で実現してしまいそうな悪寒に…。

 

 

 ハルケギニア統一、『聖地』の奪還、そして修羅の世界の創造。フーケの中ではもう、それを単なる絵空事で片付けることは出来なくなってしまった。

(私…本気で…ヤバい奴等に…ついて来てしまったのかもしれない…)

 ふと、フーケの脳裏に蘇ったのは、今このアルビオンにひっそりと住む、とある少女の面影だった。

 弱肉強食の世界に生まれ変わる中、あの娘はこれからも、無事に生きていくことは出来るのか…と。

「――――テファ……」

 


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