るろうに使い魔‐ハルケギニア剣客浪漫譚‐   作:お団子

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第二十二幕『決着の刻』

「ユビキタス・デル・ウィンデ……」

 そのルーンと共に、ワルドは新しく四体の偏在を呼び寄せる。しかし、今回は陣形を少しだけ変えている。剣心から遠のく形で、広がるように囲んでいた。

「君は接近戦が主のようだからね、卑怯な手と君は言うだろうが、使わせてもらうぞ」

 そして、本体の方は囲んだ偏在の中心に、つまり剣心と一対一の状態を作っていた。

(杖で切り結ぶ傍ら、偏在が援護射撃をする気か…)

 剣心は素早く思考を張り巡らせる。

 ご丁寧に、その内の一体は、それとなくルイズ達に近づいている。彼女達が妙なマネをしたら、素早く撃ち抜く気なのだろう。

「構わんさ、卑怯な手だろうが何だろうが、好きに使うがいい。たが―――」

 しかし剣心は、悠然と逆刃刀を構える。これほどの陣形を前にしても、不安や恐怖などない、ただ、目の前の敵を倒す怒りで燃えていた。

 その左手には、使い魔の証であるルーンが妖しく光を放っていた。

「俺が倒すと宣言する以上、貴様の敗北は絶対だ」

 

 

 

 

 

第二十二幕『決着の刻』

 

 

 

 

 

「はぁあああああああああ!!!」

 ワルドの閃光とも言える斬撃が、剣心に飛びかかった。それと同時に、偏在達も呪文を唱え始める。

 剣心は、四方八方から来る魔法の風を回避しながら、ワルドとの攻防を繰り広げた。

「やはり速い…だが!!」

 あらかじめ敷いた偏在の一つが、遂にルイズ達に襲いかかった。咄嗟にキュルケとタバサが、何とか魔法を放ち、交戦して食い止めるが、状況はあまり芳しくない。

「逃げなさい!! ここは私達がやるから!!」

「危ない」

「嫌よ!! 私だって…」

 ルイズは、涙ながらにウェールズを抱えて叫ぶ。まだ、彼が死んだ事に対して受け止めることができないのだろう。

 ギーシュは、ウェールズの死体をルイズから放して諭すように叫んだ。

「もう殿下は死んでしまったのだ、僕達に出来ることは、彼の頼みを無事完遂することじゃないのかい!?」

「で…でも…」

 その言葉に、ルイズは声を詰まらせる。認めたくない事実と、今やるべきことが綯交ぜになりながら、ルイズの頭の中を駆け巡る。

「姫殿下には、辛いことだろうと思うけど、君まで死んだら、命を賭して守ってくれた殿下の御心に背くことなんだぞ!!」

「……そうね…分かったわ」

 ルイズは頷いた。そして、改めてウェールズの死体を見る。胸や肩から血を流す以外は、まるで眠っているような綺麗な死に顔だった。

 ふと指の方を見れば、アルビオンの家宝『風のルビー』が付けられている。

 せめて、姫様への形見へ…と、ルイズは心の中で謝りながらも、風のルビーを手に持った。

「殿下…わたしなんかのために…本当に御免なさい」

 最後にウェールズの顔を見て、ルイズはそう呟くと、ルビーを懐にしまい、ギーシュに連れられるがまま走り出した。

「ちょっと、どこ行くのよ!?」

「いいから、こっちだ!!」

 そう叫んだルイズの前に、こっそりと大きな穴が空いていた。

「流石だ僕のウェルダンデ!! もう逃げ道を作ってくれたのかい?」

 ひょっこりと、その穴から出てきたモグラ、ウェルダンデをギーシュは愛おしそうに抱きしめた。

 風が通る音が聞こえる所を見ると、ここから出口に繋がっているようだった。

「で…どうやって脱出するの?」

「それは勿論、タバサのシルフィードさ!!」

「でもそれって、タバサが呼ばないと来ないんじゃ…」

 グサッと、ギーシュの胸に図星という名の矢が飛んできた。どうやらそこまで考えてなかったらしい。

 おまけに、それでは今戦っている剣心達も帰る手段を無くすということだ。

 ご丁寧に、出口は下まで一直線で、飛び降りれば即真下の海に落ちるように出来ている。まあ、シルフィード頼りだったというのもあるのだろうが。

 少し見直したと思ったら…そんな風な目でルイズは、悶々とするギーシュを見ていた。

 逃げろとは言われても、剣心達を見捨てて逃げることなんてしたくない。

(帰るなら、みんな一緒で…)

 そんな事を考えてる内に、声が聞こえた。

「成程、そこから逃げようとする算段だったのか」

 ルイズ達はその声の方向を見た。何と後ろにはワルドの偏在がいた。

「なっ…!!」

「い、いつの間に……」

 その向こう側では、何とか間に合わせようと必死にルーンを唱えるキュルケ達がいた。 一瞬の隙をついて、戦線を離脱した偏在が、まずはルイズから仕留めに来たのだ。

「残念だが、そうはさせない。君には皇子の後を追ってもらおう―――がぁっ!!」

「えっ……」

 杖を振り上げた偏在の後頭部に、突如ゴンと大きな音を立てた。

 ルイズ達が見れば、そこには逆刃刀の柄尻が偏在の頭から生えていた。

 フーケから救ってくれた時に使った、飛天御剣流『飛龍閃』だった。

「ケンシン!!」

 ルイズは思った。ということは、今剣心は武器を持っていない。

 見れば、剣心は鞘だけで、ワルドと他の偏在の攻撃をかわしていた。

 ルイズは急いで、逆刃刀を持って剣心に駆け寄ろうとした……その後ろを偏在が再び起き上がり襲いかかった。

 しかし…。

「『フレイム・ボール』!!」

「『ウィンディ・アイシクル』」

 全てを焼くような真っ赤な炎の玉と、吹き荒れるような氷の矢が同時に殺到し、ワルドの偏在を跡形もなく消し飛ばした。

 その後に、キュルケ達もルイズの元へと駆け付けた。

「怪我ない? 大丈夫?」

「な…何とかね…」

 キュルケの問いに、ギーシュは力なく返す。

「私は平気。ただ…」

 ルイズは、手に持っている逆刃刀を見た。自分を助ける為に、剣心は自らの武器を投げ捨てたのだ。

 何とかして返さなくちゃ…そう思っているルイズを他所に、ギーシュは藪から棒に逆刃刀を取り上げた。

 突然のことにびっくりしながらも、ルイズは抗議の声を上げた。

「な…何すんのよ!!」

「要は、これを彼に届ければいいんだろ? それなら僕の方が適任さ」

 ギーシュは、素早く杖を振ると、そこに七体のワルキューレを呼び出す。ギーシュは、その内の一体に逆刃刀を持たせた。

 確かに、生身の人間が送り届けたり、『レビテーション』を使うよりかは余程良いかもしれない。

「僕も、これぐらい役に立たないと、ここへ来た意味がないからね」

(……えっ…?)

 その言葉に、ルイズは胸を抉られるような感触を覚えた。そう言えば自分は、何か役に立つことをしたのだろうか…と。

 そんなルイズの心境の変化を知らずに、ギーシュはワルキューレ達に命令を下す。

「行け、ワルキューレ達よ。彼に武器を渡してくるんだ!!」

 

 

 

 

「まさか自分から武器を放るとは、色々と策も弄してみるものだな!!」

 ワルドが、口元を歪ませながら剣心目掛けて魔法を撃った。

 『エア・カッター』は、空を裂くような唸りを上げて剣心のところへと飛んでいく。

 しかし、鎌鼬の刃や、銃弾の動きすら難なく見切る剣心にとって、ワルドの魔法など取るに足らず。そう言わんばかりに紙一重の体術で避けた。

 同時に、偏在による攻撃が始まる。これ以上は戦力が落ちる為、また偏在を再度作る時間も精神力も無い為か、ルイズ達を狙う余裕は無かったが、今の逆刃刀のない剣心相手なら、これでも充分だろう。そうワルドは思っていた。

 だが、剣心は変わらず無表情のまま、そして鞘一つでワルドの剣閃を受け流していた。

「お前の杖や攻撃など、この鞘一本だけで充分だ」

「減らず口を……!」

 そこへ、ギーシュのワルキューレ達がなだれ込んできた。何事かとワルドは訝しむが、特に問題なさそうと見るやうざったそうに杖を振った。

「邪魔だ!!」

 全体を巻き込んでの『ウィンド・ブレイク』であったが、キュルケとタバサの援護もあって、崩れたのは一体二体。まだ何体かは倒れずに向かっていった。

 それにより、ワルドは疑問を覚える。今更ワルキューレなど、何の役にも立たないというのに、何故今頃…?

(そうか、読めたぞ!!)

 その意図に気づくのに、ワルドは時間を取らなかった。奴等は上手く攪乱しながら、剣心に刀を返す気なのだ。

 そうはいくか!! と言わんばかりにワルドは手早く偏在を差し向け、直にワルキューレ達を葬っていく。

 その中の一体、隠し持っていた逆刃刀に向かって、ワルドはこれでもかと言わんばかりに風を使って、剣心やギーシュ達の手の届かない方向へと吹き飛ばした。

「フン、これでもうあの刀は使えまい―――」

 そう言いかけた時、剣心は既に駆け出していた。しかし、方角は逆刃刀の方では無く、別のところ。

(しまった…!!)

 ワルドが気付いて偏在を呼び寄せた頃には、剣心はデルフの柄を握っていた。

「ちぃ…!!」

 ワルドは、間髪入れずに『ウィンド・ブレイク』を放つ。剣心は避けようとして足に力を込めようとしたとき…。

「待て相棒!! そのままでいてくれ! 面白ぇモン見せてやるよ!!」

 デルフのこの言葉に、剣心は何事かと思ったが、目の前にはもう暴風が迫ってきていたので、剣心はデルフの言うとおりに構えた。

 ドォンと、風の唸りがぶつかったような音がした。

 ルイズ達は心配そうに、ワルドは期待を込めた表情でその場を見やっていた。今の衝撃音は、間違いなく直撃した音だ。

 しかし、次の瞬間目にしたものは、依然無傷の剣心と、いつの間にか新品同様に光るデルフの姿だった。

「いやあ、すっかり思い出した。これが俺の真の姿さ! おまけにあんくらいの魔法なら、吸収することだって出来ちまうんだぜ!! どうだ、逆刃刀よりよっぽど上等だろ!!」

「デルフ…お主…」

「相棒、もっと心を震わせろ!! 何でもいい、怒り、悲しみ、それらが『ガンダールヴ』としての強さを決めるんだ!!」

 デルフの変わりように、一瞬皆が驚いたが、それより先にワルドは動いた。

「ふっ、魔法を吸収できるか。だが…」

 気付けば、剣心の周りをグルリと取り囲むように偏在がいた。あの程度で死ぬわけがないと、ワルドは一早く策を作っていたのだった。

「四方八方から攻められれば、どうにもなるまい!!」

「…まあ、どうにもならねえな。どうするよ、相棒」

 デルフの困ったような口調に対しても、剣心は依然態度を変えなかった。見る限りでは劣勢でも、剣心にとってはこのくらいの修羅場は、当たり前のことだったからだ。

 

 

 

 幕末という、戦乱の時代を生き抜いた、あの頃に比べれば、この程度は日常茶飯事だったのだから―――…。

 

 

 

「ん…?」

 剣心は、まず肩に背負うデルフの鞘を外した。油断なく構えていたワルドだったが、そこに殺気はないようなので、その動向を見やる。

 そして、一旦手でデルフを鞘に納めると、腰を落とし、手に柄を掛けた。

 間違いない、この構えは…。

「抜刀術…か」

 大剣であるデルフリンガーを使っての、剣心の抜刀術。

 ワルドも『あの方』から聞いて知っている。刀剣の刃を鞘の中で走らせることにより、剣速を何倍にも上げて一瞬の内に斬る。一撃必殺の名を冠する大技だ。

 だが、剣心の場合の抜刀術は、その比ではない。通常ですら追いきれない剣閃なのだから、彼が使えば、それはまさに『最速』と呼ぶべきだろう。

 ワルドは、ゴクリと唾を飲む。捌ききる自信は無い。だが、全く勝機がないわけではない。

 こちらには偏在がある。この状況で抜刀術を使うということは、他の偏在は無視して自分を叩く腹づもりの筈だ。

 ならば、まず偏在による魔法を使って、奴の行動を制限する。四方八方から放てば、奴はこちらに来ざるを得なくなる。その向かってくる直前、そこを閃光の『ライトニング・クラウド』で叩き潰す。

 もし避けられたとしても、大剣のデルフはどう見たって抜刀術には向かない代物だ。それ即ち、奴の抜刀が僅か乍らでも遅れ、こちらも見切ることも可能だということを、示唆しているに他ならない。

 躱すことが出来れば、抜刀術は一撃必殺の可能性を秘めているだけに、その隙は大きい。そこを狙えば、間違いなく仕留められる。

 まず十中八九、勝てる勝負。ワルドの覚悟は決まった。

「いざ勝負!! 『ガンダールヴ』!!!」

 ワルドの叫びと共に、偏在が一斉に風の呪文を唱える。次の瞬間には、爆音と立ち込める煙以外何も残らなかった。

「うわっ!!」

「きゃあああああ!!」

 しかし、揺らいでいる煙の中、ワルドは確かに見た。自身の『閃光』の二つ名が霞む程に、光放つ左手のルーンを残光にする神速の動きで、向かってくる剣心の姿を。

 ワルドは、作戦通り『ライトニング・クラウド』を放つ。しかし、今の剣心の動きは、唸る雷の線ですら、捉えることは叶わない。

 遂に、間合いの距離まで詰めた剣心による、『最速』の抜刀が放たれた。

 (ここだ…ここを避ければ…!!!)

 ワルドは、必死に自分に言い聞かせるように剣閃を目で追った。速い、だが…見切れない程ではない…!!!

「だぁぁあああああああああああああああああああ!!!」

 そんな叫び声を、無意識に上げているのも気付かず、ワルドはただ回避することに全てを専念していた。

 ワルドは、剣閃に合わせて思い切り仰け反った。その目の前を、銀色の光が覆う。

 それに遅れて、デルフの切っ先が、被っている羽帽子を切り飛ばした。

 上空に投げたボールが重力に従い落ちる前の、一瞬の硬直。まさにそれと似たようなこの瞬間。ワルドは確信した。躱した、躱すことができたのだと。

「俺の勝ちだ!!! 『ガンダールヴ』!!!」

 ワルドは勝ち誇った笑みを隠さないまま、即座に『エア・ニードル』を唱え、剣心の脳天目掛け、打ち抜こうと腕を上げて……。

 

 

 

 

―――バギャッッ!!!
        

 

 

 

 

 

 刺突では絶対出せないような、響くような重低音が礼拝堂に木霊した。

(……何…だ…?)

 ワルドは、何が起こったのか分からなかった。

 目の前の男を刺し殺せ、と確かに自分の身体に、腕に命令した筈なのに、何時まで経っても剣心に杖が飛んでこない。

 その横、振り上げている剣心の腕から、渡るように、自分の杖を持つ手を見上げると。

「……あ…」

 

 そこには鞘を打ち込まれ、無残にも、バッキリとあらぬ方向へと折り曲がっている自分の腕があった。

 

「…ああ…」

 確認できたと同時に、抉るような激痛がワルドを襲った。

「ぎゃああああああああああああ!!! 腕が、俺の腕がぁあああああああ!!!」

 狂ったように叫びながら、ワルドは床に転がって悶絶した。よほど痛いであろう事が、その光景からルイズ達にも見て取れた。

「飛天御剣流抜刀術 ―双龍閃―」

 それを冷ややかに見下ろしながら、剣心は再び鞘を肩に掛けた。

「齧った程度の知識が仇になったな。デルフが抜刀術に向かないことなど、百も承知さ」

 抜刀術は、本来が相手にも自分にも一撃必殺になりえる諸刃の剣。おまけに大剣であるために普通に居合を扱うことは出来ないということも、抜刀術を極めた剣心は知っていた。

 その為最初の攻撃はいわばブラフ。本命は鞘を使った二段目の攻撃だった…と言うより、逆刃でもないのにそのままの一撃目を当てる気などさらさら無かったのである。

 

 

 

 

-飛天御剣流の抜刀術は、全てが隙の生じぬ二段構え-
  

 

 

 

 

 大剣だろうと何だろうと、抜刀術の性質の全てを知り極めた男。それが剣心の『もう一つの志士名』の由来でもあった。

「くそっ…くそっ…くっそおおおお!!」

 ワルドは、激痛と屈辱に顔を歪ませながら、もう片方の手で杖を取り、自身に『フライ』の魔法を唱えた。

「ぐっ……まさか引き返す羽目になるとは…」

 ワルドが逃げる、その光景を見ても、剣心は問題なさそうにデルフを納める。ギーシュが不思議そうな顔で剣心に聞いた。

「いいのかい? トドメ、刺さなくて…?」

「別に構わんさ」

 未だに剣心は、その鋭い目付きが抜けてないだけに、ギーシュは少し怖い思いをした。

「奴の腕は、思い切り関節を砕いて筋を断ってやった。少なくとも今後一生まともに杖は振れやしない。奴の軍人生命は、これで終わりだ」

 どんな相手だろうと、不容易な殺生はしない。それが剣心の決着の付け方だった。

 しかし、武人に生きる彼にとっては、軍人生命を断たれるだけで生きるというのは、これ以上ない屈辱でもあるだろう。

 それだけのことはした…とは言っても、ギーシュ達は身震いした。宣言通り、剣心は『生き地獄』を、ワルドに味わわせたのだから。

「…これで…済むと思うな…」

 遠くから、ワルドの声が聞こえてくる。剣心は気にせず、逆刃刀を取りに背中を向けた。脱出用の穴がある以上、後はここから逃げるだけだ。

 そう思っていた剣心の後ろから、ワルドの最後の怒号が飛んだ。

 

「いずれ、俺は必ず這い上がる。その時が貴様の最後だ、『ガンダールヴ』!!! いや…『人斬り抜刀斎』!!!」

 

「……なっ!!」

 剣心は、ハッとして振り向く。それはかつて昔呼ばれていたもう一つの『志士名』。何故奴がその名を知っている…!? 

 しかし、その時はもう、ワルドの姿はどこにもいなかった。

 代わりにギーシュ達が、ポカンとした表情で首をかしげる。

「『人斬り抜刀斎』? 何だいそれ?」

「ダーリン、人なんか斬ってないじゃん。何言ってんのかしら?」

「…そもそもあの刀で人は斬れない」

 それを見て、剣心は不思議な気持ちになった。『人斬り抜刀斎』と言えば、自分のいた世界で知らないものはいない程の悪名だったが、ここではそんなことはない。

(そうか…知らない…んだな…)

 少し、ほんの少しだけ心が軽くなったような感じを覚えながら、申し訳なさそうにウェールズを見た後、ルイズの所へと剣心は歩いた。

 いつの間にか左手のルーンから光が消え、いつもの優しい笑顔になって。

「…行くでござるよ、ルイズ殿」

「……うん」

 ルイズは、ただ頷くしか出来なかった。何もできなかった自分、ウェールズを死なせてしまった自分、最後まで彼に頼りきってしまった自分。

 そんな悔しい思いを、剣心に見せたくなかった筈なのに、彼が来て笑顔を見せてくれた瞬間、そんな考えは吹っ飛んでいた。

「…うああぁぁぁぁぁぁん!!!」

 ただ、彼の胸で泣いていた。張り詰めた緊張の糸が、ぷっつりと切れたように。

 怖かった。そんな想いが、涙をとめどなく溢れさせる。剣心は、それを優しく包み込んでくれた。

「ウェールズ殿…」

 最後に、剣心はゆっくりとウェールズの遺体に近寄った。

「……済まぬ」

 結局…彼を助けることはできなかった。その悲しみを内に抱えたまま、剣心は静かに頭を下げた。

「ほら、皆早く逃げるわよ!!」

 キュルケのその声を聞いた剣心は、そのままルイズをおぶって、穴へと飛び込んだ。

「抜刀斎いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!」

 その次の瞬間、王族を打ち破った反乱軍…その陣頭にいた刃衛が攻め込んできた。

 

 

 

 

(―――今の声は…?)

「タバサ、シルフィードを!!」

「分かった」

 落下途中、アルビオンの下に佇む霧を抜け、眼下にある海を見据えながら、タバサは口笛を吹いた。

 待ってましたとばかりに、シルフィードはきゅいきゅい鳴きながら、器用にルイズ達を背中に乗せる。ウェルダンデも、口の中にすっぽりと収まった。

 そして、駆け抜けるが如く、シルフィードは全速力でその場を後にした。

「…終わった…のね…」

「そうでござるな…」

 ルイズは、遠くで小さくなるアルビオンを見る。

 わずか数日ばかりの出来事だったのに、色々なことを体験してきた。

 滅びゆく王国、裏切り者だった婚約者、最後に「会いたい」と言った王子様。

「…ケンシン」

「何でござる? ルイズ殿」

 ルイズは、そんな風に思いを巡らせながらも、静かに目を閉じる。疲れて眠りたくなったのだ。

(良かった…元に戻ってる)

 どうしてか分からなかったが、自然と、ルイズは剣心にもたれ掛かるように安らかに眠った。

「……ありがとう」

 優しい使い魔、強い使い魔。だけど時々、悲しそうに笑う使い魔。そして…最後の恐ろしい形相と、何かを思う様に王子を見ていた使い魔。

 そんな使い魔に夢の中で、ルイズは小さく、そうお礼を言った。

 


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