るろうに使い魔‐ハルケギニア剣客浪漫譚‐   作:お団子

21 / 47
第二十一幕『決戦』

「遅くなってすまない。話は此奴と、ルイズ殿の目と耳から直に聞いたでござる」

 呆気にとられるワルドたちを他所に、剣心は倒れた従者を見下ろし、そして今度は相手方を見る。

その双眸は、首謀者であるワルドを厳しく睨みつけていた。

「貴様…あれほどの数をどうやって…」

 若干驚いたように、ワルドが詰問した。その問いに、デルフが愉快そうに答える。

「あれほど、ねえ…次やるときはあれの倍近く置いとくことを勧めるぜ。まあそれで相棒に勝てるかは別だけどな」

 皮肉を込めた返答に、ワルドは少し顔を顰めた。数による優勢は依然変わってはいない

とはいえ、これは少々予定外だった。

 剣心は、ワルドの視線など気にも留めずにルイズの方を見ると、この雰囲気に合わないような、いつもの優しい笑顔を彼女に向けた。

「心配かけたでござるな。ルイズ殿」

 

 

 

第二十一幕『決戦』

 

 

 

「ケンシン……うっ…ひぐっ…」

 その言葉に、ルイズはあの重苦しい重責から開放されるのを感じた。

ああ、本当に彼の笑顔は、全ての不安を溶かしてくれる。

 いつの間にか、絶望で流していた涙が、安堵のそれへと変わっていった。

 それを横目で見ていたワルドは、眉間を深く寄せると、剣心の顔を見て勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

「フン、感動の再会のところ悪いが、この状況を分かっているのかい?」

 ザッ、とメイジの杖が一斉に剣心に向く。そのメイジの数、ゆうに三十は越える。

しかし全くと言っていい程気後れすることなく、剣心は悠然と歩を進め、ワルド達を見据えた。

それを見たワルドは、憐れみを込めるかのような眼で剣心に言うのだった。

「やれやれ、どうやらこの状況がよく分らないみたいだね。まあいい、何なら君も勧誘してやろうか?」

「…勧誘?」

そう尋ねれば、ワルドはここぞとばかりに大仰な態度で話し始めた。

「そうだ。今君の主人にも話していたところなんだが、我々革命軍…『レコン・キスタ』は将来を憂いてできた貴族の連盟さ。我々に国境はない。ハルケギニアを一つにまとめ、聖地を取り返す。その為には一人でも強力なメイジや戦士が必要なんだ。 君は貴族ではないが、あれ程の刺客を返り討ちにする位には強いようだからね。どうだ?」

ワルドが喜悦を浮かべ手を差し伸べてくる。

 ルイズやウェールズは、剣心がどんな反応をするのか…緊張した面持ちで彼を見た。 しかし剣心は、心配無用とばかりにルイズに微笑む。それを見たルイズはホッと胸をなでおろす。

その様子がワルドにも伝わったのか、チッと舌打ちしながらも続ける。

「所詮君も我々と同じ『こっち側の』人間だろう? 目的の為なら命すら躊躇なく奪う眼を、君はしている。どうだ? 今一度我々の話に乗る気は―――」

「一緒にするな」

ワルドの言葉を遮るように、剣心の声がシンと響いた。

その眼は、先程までの優しい面持ちではなく、鋭い目つきでワルドを睨んでいた。

「革命軍と謳ってはいるが、今お前達のやっていることは結婚という名の只の誘拐。しかも年端もいかぬ少年少女相手にこの頭数集めて情けない。 大体にして死を覚悟しているウェールズ殿の寝首を掻く行為自体、浅ましいことこの上ない」

「ケ…ケンシン…?」

思わずルイズはそう呟く。普段優しい彼が…こんな辛辣な言葉を次々放っていくなんて考えられなかったからだ。

そしてそれを聞いて、青筋立てて痙攣していくワルド相手に、ついに剣心が止めの一言を放つ。

「革命軍? レコン・キスタ? 偉そうに…名乗るなら『悪党』を名乗ったらどうだ?」

「貴様…っ!!」

これを聞いたワルド、遂に激昂し数十人ものメイジを前に据える。

先程の会話を聞いていた彼らは、怒りやどす黒い笑みを湛えながら、剣心を睨むのだった。

「成程、主人も主人なら使い魔も使い魔ということか!! ならばいい、ここで皆死に絶えるがいいわ!!」

ワルドの叫びと共に、メイジが一斉に詠唱を始める。

ただそれでも、剣心は逆刃刀の鍔を鳴らしながら憮然と告げるのだった。

「無闇に怪我人は増やしたくない。医者通いが嫌なものは、今の内に立ち去るでござるよ」

ワルドは凶悪な笑みを浮かべると、手を振って命令を下した。

「怪我人なんぞ出やしない。出るのは死人貴様等だけだ!!」

それに応えるように、メイジ達はそれぞれの杖に魔力を溜め出した。

そして次の瞬間、暴風、火炎、土弾、水鞭と四系統全ての攻撃が繰り出された、その時、彼らは見た。 

 

 

それらを大きな跳躍で前進、回避し、もはや鬼のような迫力と形相を持ってメイジの軍勢に突っ込んでくる剣心の姿を―――。

 

 

「―――――なっ!!!!」

 呆気にとられる彼らを他所に、剣心は逆刃刀を鞘から引き抜く。

 煌く刃の光が顔を出した瞬間、その光は目の前に立っていたメイジ数人をいともたやすく吹き飛ばしていった。

「ぎゃあ!!!」

「なっ何だぁぁ!!!」

「ひっ…うわああああ!!!」

 刹那閃く剣の軌跡。そして疾風の如く唸る赤い閃光。

 刀を振り上げれば、今度は四・五人のメイジが訳も分からず宙を舞う。

 台風の如く振り回せば、それに倣って何十人ものメイジが巻き上げられていった。

 その圧倒的な速さの前に、敵は対応できる筈もない。それはまさに彼らで言う『常識』の範疇を超えた現象だったからだ。

「な…何だこれは!!」

「せ…先住魔法!!?」

 あまりに追いきれない速さを目の当たりにして、思わずそう錯覚し、愕然とするメイジ達を尻目に、ワルドは心の中で否定する。

(バカな、奴は平民だぞ!!)

先住魔法なんて使えるわけない。それは事前情報で知っている。

ただ、『速い』のだ…圧倒的に…。

 

剣の速さ。身のこなしの速さ。そして相手の動きの先を読む速さ。

 

 この三つの速さを最大限に活かすことで、最小の動きで複数の相手を、同時に仕留めているのだ。

 これが、飛天御剣流―――――――。

「…人質だ!! 人質を使え―――」

 そう言いかけた時、ワルドの目の前に、メイジの唱えたものとは違う、氷の風が吹き荒れ敵のメイジ達を打ち倒した。

その中心にはタバサがいた。

 やられた…ワルドは心中で、まだあの男を過小評価していたことに気付く。

 奴は、ただ暴れていた訳ではない。数十もの数を相手にしている裏で、タバサ達を押さえつけていたメイジたちも倒していたのだ。

 その考えにワルドが至ったときには、炎の爆発が何人かのメイジを吹き飛ばしていた。

 勿論その灼熱の炎の主は、他ならぬキュルケだった。

「ありがと、助かったわ。ダーリン!!」

 キュルケのお礼が終わった直後には、剣心は既に、ギーシュに取り巻く敵たちを全てが薙ぎ倒していた。

 残りのメイジ達も、最早統率を失った烏合の衆。正常な判断が下せないまま、キュルケの火とタバサの雪風で吹き飛ばされていく。

 勢いが完全に形勢逆転した中、いよいよ剣心は、その鋭い眼をワルドの方に向けた。

「……くそっ!!!」

「きゃっ!!」

 せめてルイズだけでも人質に…そう思い、ワルドは荒々しくルイズの肩を掴んだ。

しかし、その間を何かが通りすぎるのを感じ、ワルドは本能的に手を引っ込める。

「おおおおおおおおおおおおお相棒おおおおおおおおおおおおおおお!!!」

飛んできた『何か』…その正体であるデルフは、投げられた勢いに従って地面に突き刺さった。

「…くっ…いつの間に―――」

 ワルドが驚き、呆然としている最中、恐ろしい殺気を肌で感じた。

 振り向けば、鬼のような形相をして跳んだ剣心が、逆刃刀を手に横薙を打つ途中だった。危機を感じたワルドは杖を抜く。ガキィン!! と逆刃と杖が火花を持って交わる。

「…ぐおっ…」

 しかし、剣心はその痩躯の腕からは想像もつかぬ程の膂力で、鍔迫り合いをするワルドを押しやっていった。

 どんどんルイズとは距離が離れていく。もう人質云々言っている場合ではなくなった。

 ギリギリと軋む音を鳴らしながら、二人はしばし競り合っていく。

「貴様…やはり力を隠していたな!!」

「…お前と違って暴れるのは、さほど好きじゃないんだ」

 冷や汗を流しながら受け続けるワルドに対し、剣心は淡々とそう返す。決闘の時とはまるで別人のような変わりように、改めてワルドは戦慄を覚えた。

「だが…こうなると分かっていたなら、あの時…」

 ゆっくりと言葉を続けると同時に、剣の押しも徐々に増していく。受けている杖の音が、段々と鈍い音に変わっていくのを感じていた。正直、何時杖をへし折られてもおかしくはなかった。

「叩いておけば良かったと、今は思うよ」

 底冷えするような声に、ワルドは戦きながらも、一旦逆刃刀を弾いて体勢を整える。

 直ぐ様、剣心を吹き飛ばそうと呪文を唱えようとするも――――。

「―――があっ!!!」

 バァン、という甲高い音と共に、杖を持つ手の甲に向かって、寸分の狂いもなく逆刃刀の切っ先が叩きつけられていた。

 痛みで一瞬、詠唱を中断するワルドだったが、何とか耐えてルーンを呟く。

 選択したのは、『エア・ニードル』。杖を中心に風の振動が加わり、鋭さを増した刃を、剣心の脳天に向かって繰り出した。

 明らかにその姿を捉えての刺突の一撃だったが、それが額に当たる瞬間、剣心の姿が残像のように消え去り、そして…。

「ぐおあっ!!!」

 いつの間にか回転してよけながら、背後に廻った剣心の、すれ違いざまの横薙ぎが後ろの首筋目掛けて衝突。

ワルドは物言わずそのまま飛んで行き、礼拝堂の壁に思い切り叩きつけられた。

 

「飛天御剣流 ―龍巻閃―」

 

 剣心は、吹っ飛ばされて巻き起こった煙の先を視認した後、憮然として言い放った。

「拙者を突き殺そうとするなら、せめて『牙突』位のものを繰り出してこい」

そう言って、剣心は一旦刀を鞘に納めると、いつものニコニコ顔でルイズに駆け寄った。

「怪我は無いでござるか? ルイズ殿」

「…え…あ……」

 ルイズは、しばらくポカンと剣心を見つめていたが、やがて思い出したかのごとく涙を流した。

「もう…帰ったなんて言うから、びっくりしたじゃないの…もっと早く来なさいよ…ばかぁ…」

「すまなかったでござるよ」

 弱々しい声でしゃくりながら泣き出すルイズの頭を、剣心は優しく撫でる。ルイズもまた、それを嫌がらずに受け入れた。

 しばらくの間そうしていると、煙の向こうからワルドの声が聞こえてきた。

「成程…『ガンダールヴ』と謳われるだけのことはあるようだ…聞きしに勝る強さだな…」

 晴れてきた煙の中から、ゆっくりとワルドは立ち上がった。ダメージこそ負っているが、まだ戦闘不能までには至っていないらしく、余裕の笑みすら浮かべている。

「『ガンダールヴ』? そうか!! 思い出したぜ相棒!!!」

 と、ここでデルフが弾かれたように叫んだ。よほど嬉しいことなのか、何やら楽しそうに喚いている。

「…ルイズ殿」

「…うん…」

 剣心は、そんなデルフを軽く一瞥しながら、ルイズを下がらせて、ジリジリとワルドへと向かっていく。再び、お互いの間に一触即発の空気が流れ始めた。

 

 周囲はまだ気づかなかったが、使い魔の証たる左手は、若干赤みを帯びた光をここから放ち始めていた。

 

 

 その頃には、あらかた敵を倒し終えたキュルケ達も、こちらを見る余裕ができていた。

「やっぱり…決闘の時は、ダーリンも、ワルドも手加減してたみたいね」

「でも、子爵のあの余裕は何だろう…僕、少し怖いよ」

「………」

 周りが見守る中、まずワルドが動き出した。杖を掲げ、天を仰ぐような仕草をする。

「さて、では何故『風』の系統が最強と呼ばれるか、その所以をきみに披露いたそう」

 そして、朗々とルーンを唱え始めた。

「ユビキタス・デル・ウィンデ……」

 剣心は、今度はルーンを唱えるまで待つ。相手の出方を伺っていた。

 やがてルーンが完成したのか、急にワルドの身体が、二体、三体と増え始める。

 本体を合わせてゆうに五体。それが剣心の前にずらりと並んだ。

「『偏在』…か」

「御名答、よく知っていたな」

 全てを悟ったかのような剣心の言葉に、ワルドが答える。タバサも、ここで何か気づいたかのようにハッとした。

「仮面の男も、お前の仕業か」

「正解だ」

 ワルドは、懐に手をいれ、そして何かを取り出して剣心に見せた。それはボロボロに砕け散った、仮面の残骸。

 あの夜奇襲を掛けた謎の男は、ワルドの分身だったのだ。

「成程、もっと早くに気付いていれば、このような事態を起こさずに済んだということか」

 考えれば、気づくチャンスは幾らでもあった。決闘の時、そして桟橋での時に…。

ここで剣心は初めて、少し悔しそうな顔をした。それを見ているだけで優越感に浸ることのできるワルドは、悦びで顔を歪ませた。

「そういうことさ。まあ、今更気付いた所で、この数はどうにもなるまい!!!」

 偏在のワルド達が、一斉に杖を向ける。一人一人が意思を持つ物体ゆえ、それぞれが独立して動くのだ。

 しかし、剣心は悔しそうな顔をするだけで、この状況に関してはどこ吹く風の様子だった。油断なく偏在を見つめるその目に、些かの動揺も写ってはいない。

「『お前』が増えただけだろう? この程度で勝ち誇るとは、随分と見くびられたものだな」

「その減らず口も、これで終わりだ!!」

 ワルドの叫びと共に、杖から呪文が投げ掛けられる。

「『エア・ハンマー』!!」

「『ウィンド・ブレイク』!!」 

「『エア・カッター』!!」

「『エア・ニードル』!!」

四つの風の魔法が、剣心に殺到し、その場に暴風を叩きつけた。

剣心は、すんでのところでこれを回避したが、最後の本体のワルドは、これを見逃さなかった。

「フン、見えてる見えてる。左だ!! 『ガンダールヴ』!!!」

 剣心の動きを遂に捉えたワルドが、杖を突き出し呪文を唱える。刹那、雷のような一筋の閃光が、剣心に襲いかかった。

 ドゴン!! と落雷のような音を発して、辺り一面を光が覆った。

「『ライトニング・クラウド』だ。まともに喰らえば命はあるまい!!!」

 高笑いをしながら、ワルドは勝ち誇ったように叫んだ。

「ケ…ケンシン!!!」

 ルイズ達ですらも、この光景に唖然とする中…しかし冷ややかな声が、ワルドの背中から聞こえてきた。

 

「見えてる見えてるって、拙者の『偏在』でも見えたでござるか」

 

 ゾクッと背筋が凍りつくのを感じながら、ワルドは撥ねるように振り返った。

 そこには、依然傷一つついてない剣心が、逆刃刀を構えながら立っていた。

 

 左手の甲は、紅の色が明滅している。

 

「そんなものを見せる程、大して速く動いたつもりはなかったんだがな」

 ワルドは言葉を詰まらせた。当然である。魔法も使えぬ平民風情に、最強の象徴である『偏在』の力を誂われたのだから。

「くそ…おのれ!!」

 ワルドは再び、偏在を繰り出し、やたらめったらに剣心に躍りかかった。

 杖の乱舞と風の魔法を前にしても、剣心は動じず的確に読みそして避けきっていく。そしてその様子を、本体のワルドがジッと見据えていた。

 (今度は見逃すものか…!!)

ワルドは必死の形相で、剣心の動きを正確に追っていた。

 タンッと、不意に剣心の姿が消える。しかし、ワルドの視線は今度こそ剣心を捉えた。

「上だ!!!」

 宙を見れば、剣を掲げてワルドの頭上を跳ぶ剣心がいた。残像などではない、正真正銘の本物だった。

 好機、ワルドはそう思った。空は風の独壇場だ。わざわざ墓穴を掘ったな! と。

「これで最後だ!!」

偏在総出で、一斉に頭上目掛けて、剣心を串刺しにしようとワルドは杖を構えようとして―――。

「――――なっ!!」

 

 ここで、周りに偏在が一つもないことに気付いた。

 

(何故だ!! 何故……)

 ワルドが目で追ったのは、あくまでも剣心の『身のこなしの動き』のみ。

『剣の振り』『先の読み』まで見きれなかったために、剣心がワルドの偏在全てを叩き斬っていたことに意識がなかった。

 もし広く周りを見渡していれば、偏在が一つ一つ消えていくことにも反応出来ただろう。

しかし、躍起になって剣心の動きばかり追っていたために、今この瞬間になるまで、全然気付かなかったのだ。

 結局、墓穴を掘っていたのはワルド自身だった。それを悟ったときには、もう遅かった。

 

 

「飛天御剣流 ―龍槌閃―!!!」

 

 

 既に至近距離まで近付いた、剣心の渾身の唐竹割りが、ワルドの頭上目掛けて炸裂した。

「くっそおおおお!!!」

 刹那の反応の中、ワルドは何とか、掲げた杖を防御にまわすことが出来た。

 しかし、所詮は力のこもっていない形だけの防御。逆刃刀の勢いを完全に殺すことはできず、そのまま滑って肩を強打した。

「がっ……!!」

 声にならない呻き声を上げながら、ワルドは膝を付く。剣心はフワリと優雅な姿勢で着地した。

 ワルドは、愕然とした様子で剣心を見た。

「もう終わりだ。諦めろ」

 やはり、強い……。実際に戦ってみて、想像以上だと思い知らされた。間違いなくこの男もまた、『あの方』と同じように自分の強さの、さらに先を行っているのだから。

まともに戦っても、勝てやしない。

どうすれば…そう考えを巡らす内に、ふと倒れているウェールズの姿が写った。そこでワルドがニヤリと笑う。

そうだ、先に奴を仕留めてこの男の動揺を誘えば…そう逡巡し、ワルドは視線をウェールズへと向けた。

 

 

 

「強い…ねぇ…」

「ダーリンって…あんなに凄かったんだ…」

「…相手は、『スクウェア』クラスの筈」

 一連の光景を見ていたキュルケ達が、揃って口をぽかんと開けたまま立っていた。

 助太刀でもしようかと身構えていたのだが、その必要もないほど剣心はワルドを相手に圧倒している。これでは寧ろ邪魔になりかねなかった。

タバサに至っては、少しでも剣筋を見極めようと剣心の動きを、目を大きく開けて見つめていた。

「あんた、本当に凄いの召喚しちゃったわね―――」

 決闘の時とは段違いの強さに、改めてキュルケは、彼を召喚したルイズを見て…。

「…ルイズ…?」

(何だろう…、この嫌な予感は…)

ルイズが、どこか不安そうな様子で剣心達を見ていた。

 剣心は強い。たしかにそうだ、ワルドに対して彼はもう絶対に負けないだろう。

なのに、それとは裏腹にモヤモヤする感情が今、ルイズの中で渦巻いているのだ。

(…ケンシン…)

 そして、今この瞬間、剣心の『龍槌閃』が決まり、膝をついたワルドの表情を見て…ルイズはゾクッとした。

 あの目は、あの凶悪な笑みは、何かよからぬことを考えている目だ。

 そして直ぐにハッと気付く。ワルドの狙いは、ウェールズに向けたのだと。

「…―――ウェールズ様!!」

こうしてはいられない。ルイズは倒れたまま蹲っているウェールズの元へと、一心不乱に駆け出した。

 

 

 その、少し前。

(――――なんだ、この力は…?)

 一方、剣心もまた、急に溢れるこの力を、完全に持て余していた。

 先ほどから左手の甲から赤い光が明滅している。『使ってくれ』と、まるで存在を主張するかのように…。

 この現象については、剣を握る度起こった。どうやら武器に触ると身体が軽くなる力を発揮するようだ。

 だが、『不殺』を貫く剣心にとって、逆刃刀の扱いは絶妙な力加減によって成り立つ。正直与えられたこの力を、完全に持て余していた。

 なのでそれを封じるように働きかけていたら…今度は手の甲が赤く光り始めた。

 

 ワルドと戦っている間、何度か視界がブラックアウトする。そしてそのたび、幕末の…血刀をもって足元に死体が散らばる光景が、何度も蘇った。

 まるで、『かつての自分に戻れ』と言い聞かせるかのように…。

 

 先の『龍鎚閃』も、本来なら杖をへし折って肩の骨を砕くつもりだった。だが、力加減を見誤りかけてあの結果となったのだった。

 

 正直、嫌な予兆を感じ始めている。早く決着を付けねば―――。そう思っていた時だ。

 

「ルイズ殿?」

 ここで、剣心もルイズの行動に気付いた。しかし、唯一タイミングの悪いことに、ワルドにもそれを読まれてしまっていた。

「無駄なあがきだ!! ルイズ!!!」

 弾かれたように、ワルドは杖を構えると、偏在を一つ召喚した。偏在は、風の如き速さでウェールズの元へ殺到していく。

 剣心も向かったが、その前に本体のワルドによる『エア・ハンマー』が飛んできた。

「貴様の相手はこの僕だ!!」

 何とか回避したところを、ワルドは狂喜の笑みを浮かべながら、剣心に杖を繰り出した。そして更に覆いかぶさるように、他の偏在も襲いかかった。

 

「殿下!!!」

 ルイズは叫んだ。敬愛する姫の恋人、優しく勇敢な皇子様。

 血を流して、倒れている彼の元に、この騒動の元凶である偏在が突っ込んでくる。

 ルイズは地面に落ちていた自分の杖を拾い、そして構えた。失敗ばかりの魔法に、どれだけの効果があるかなんて分からない。

それでも、目の前の人だけは死なせてはいけない。

 そんな想いが、ルイズの口からルーンを紡がせる。フーケの時に言ってくれた、剣心の言葉を信じて。

「届いて!!!」

 『ファイヤー・ボール』を唱えたつもりの、その名ばかりの失敗魔法が、杖の先から放たれた。魔法の光は、そのままワルドの偏在へと飛んでいく。

 偏在は、完全に舐めきった様子だった。回避すれば出来た筈のそれを、杖で受け切ろうとして…刹那、爆発と共に吹っ飛んだ。

「――――なっ!!?」

 ワルドやキュルケ達だけでなく、ルイズもこれには呆気に取られたようだったが、今はそんな事をしている場合じゃない。

 ルイズは、ウェールズの元へと辿り着くと、体を抱き起こした。

「大丈夫ですか、ウェールズ殿下!!」

「な…何とか…ね」

 肩こそパックリ切られて血を流してはいるが、まだ命に関わる状態でもないようだ。

ルイズに助け起こされると、ウェールズは改めてワルドと偏在を相手に戦っている剣心を見た。

 

「彼は…一体…?」

 ウェールズは不思議だった。使い魔、というのもあるのだろうけれど、それでも完全な部外者である彼が、何故ここまで戦ってくれるのか。

「ここは、ケンシンが何とかしてくれます。だから―――」

 ルイズは、肩の傷をハンカチで結びながら言った。そして、決心するかのようにウェールズの手を取った。

「これが終わったら、せめて姫さまに一目会ってください。姫さまも、それを望んでおられるはずです」

「しかし…部下を見捨てて、自分だけ生き残ろうなど…」

「それでも、殿下一人でも生きておられれば、悲しむ人も少なくなるはずです」

 その言葉に、ウェールズは暫く俯いていた。何が正しくて、何のために命を懸けるのか、もう一度よく考えているのだった。

 色々なことが頭を駆け巡る。一度は、誇りのためにこの命を捨てるつもりだった。

 だが、剣心とルイズに諭され、その中で浮かんできたのは、花のように美しい彼女の笑顔だった。

(―――アン……)

 もう一度、それを見るのを許されるのなら……。

 

 

「そうだな…彼女の顔も…暫くぶりに見たくなったな…」

「殿下!! それでは―――」

 ルイズの顔が、笑顔で満ち満ちた。涙を流しながら、喜びで震えている。

(彼女も、こんな風に泣いて喜ぶのかな…)

 ウェールズはそう思いながら、ルイズに肩を貸してもらいながら、ゆっくりとその場を離れようとして……。

「―――――っ!!」

 先程ルイズが吹き飛ばしたワルドの偏在。それがおもむろに立ち上がり、ルイズの背中目掛けて杖を突き出して来た。

余りの出来事に、タバサ達は反応が遅れた。

 

 

 唯一、剣心だけは反応できていた。実際、十分間に合う距離の筈だった。

だが―――。

『ヒ ト キ リ ニ モ ド レ』

(―――ぐっ!!?)

 一瞬、殺意が急激に高まった。左手のルーンが、深紅の光を放っていた。

 それが、動きを逆に鈍らせてしまった。

 

 本体を殺せば全てが片付く。力に身を任せろ。ルーンが、そう語りかけているようだった。

 それはすなわち、『あの頃に戻れ』と、囁きかけているようなもの。

 それだけはできない。長い長い地獄を巡って得た答えを、ここで失うわけにはいかない。

 人斬りと不殺。この間で迷った時間が、致命となってしまった。

 

 

 

「危ない!!」

 咄嗟にウェールズは、ルイズを突き飛ばし、杖を引き抜こうとする。

 しかしそれより先に、ワルドの杖がウェールズの胸を貫いていた。

「……ウェールズ…殿下…?」

 ルイズは、呆然としたままそれを見ていた。

 いきなり倒されたと思ったら、その先には庇うように立つウェールズの姿と…胸

から飛び出ている杖の切っ先と…そこからじわりと広がる…赤い血。

 杖を引き抜くと同時に、ウェールズは糸が切れたように崩れ落ちた。

「…いや…いやああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 ルイズは、吹っ切れたように叫んだ。涙が溢れる。体が震える。

 ウェールズは、ルイズにもたれかかるように倒れた。ルイズは、とにかく必死にウェールズに呼び掛けた。

「殿下、殿下!! どうして…わたしを庇って…」

 しかし、ウェールズは何も答えない。ただ虚ろな視線を、空に写すだけだった。

 ルイズは、ただただ泣いてウェールズを抱きしめた。その背後で、偏在が杖を向けて…。

「飛天御剣流 ―龍巣閃―!!!」

 突如舞い降りた剣心による、無数の斬撃の嵐が偏在に襲いかかった。ここにきて、ようやく剣心も動き出せたのだ。

 逆刃とはいえ、強力な打撃をしこたま打ち込まれた偏在は、今度こそ完全に消滅した。

「ウェールズ殿!!」

 剣心が看た時には、ウェールズは既に虫の息だった。キュルケ達も、慌ててウェールズの元へと駆け寄った。

「無駄だ! 心臓を貫いた以上、そいつは死ぬ!!」

 遠くで、ワルドの高らかな声が聞こえる。タバサやキュルケも、彼の傷はどうしようも

ないことを悟ってしまった。

「殿下…何で…」

 悲しみにくれるルイズに、その時ウェールズが、優しく彼女の頬に手を触れた。

「いいんだ…僕はここで死ぬ身だった…君まで…巻き込むわけにはいかない…」

「そんな!! だって…」

 ルイズはウェールズの手を取る。段々と温かみが薄れていく。死の感触。命の消滅。それを痛いほどルイズに知らせてくる。

 だけど、ウェールズの顔は、それとは裏腹に、どことなく爽やかだった。

「君に…頼んでいいかい…?」

 ここで、ウェールズの目が、剣心の方を向く。剣心は苦しそうな表情で頷くと、途切れ途切れな声で言った。

「アンに…伝えてくれ…悲しまないで、と…君は僕を忘れて…幸せに…生きて欲しいって…」

 ここで、ウェールズは口から血を吐いた。

「死なないで!!」ルイズはそう叫んだが、それに反して彼の命の灯火はゆっくりと燃え尽きていく。

 

「最後に…会えたのが、君達で…本当に、良かった…頼む……友…よ…」

 

 虚ろな目を、剣心に移しながら、ウェールズは静かに目を閉じて、そして…事切れた。

 ルイズは、泣いた。ギーシュも、目から溢れんばかりの涙を流す。

 キュルケとタバサも、彼の死に追悼の念を抱いていた。

 

 

 剣心は、暫くの間顔を俯かせていた……。その目に宿るものは何か、ルイズ達には分からなかった。

(救えなかった……また…拙者は……)

 そして知らず、左手のルーンが輝き始める……。妖しい光を放ちながら…。その光は、剣心の…昔々に封じ込めた記憶を…強く呼び起こし、そしてこじ開きかけていた。

(………『俺』は……っ!!!)

 

 

「フン、やっと死んだか」

 ワルドの冷ややかな声に、ルイズ達は一斉に睨みを効かせる。しかし、そんな殺気など取るに足らず、と言わんばかりにワルドは受け流した。

「よくも…殿下を…」

「安心しろ、君も仲良くあの世に送って――――」

 その時、ドカァン!! と巨大な衝撃音が礼拝堂を響きわたった。

「ぐおっ!!」

「きゃあああ!!」

 次にルイズが視認したのは、なすすべなく吹っ飛んでいくワルドの身体と……。

 刀を振り切ってその前に立つ、剣心の姿だった。

 

「ケン…シン…?」

 ルイズは、すっかり呆気にとられた様子で、剣心の後ろ姿を見た。そして声を震わせた。怒っている…剣心が…。ここにいる誰よりも……。

 その目には、先程戦っていた表情とはどこか違う、根本的に別とも言える怒りを、彼は宿していた。

 その左手は、血を零すかのような様相であった。

「…ウェールズ殿は、ただ普通に平和を望み、恋人を愛する青年だった。それを……」

 ルイズは身体を無意識に震わせた。恐い…。『烈風』の二つ名を持つ母親が本気で怒った時と同じくらい…いや、これは正直その比ではない。

 

「俺はまた…救うことができなかった…」

 

(…え、……俺…?)

 やっぱり違う…言葉遣いが…一人称が変わっている…。

 刃のように煌く瞳。淡々と告げる言葉に匂わせる冷酷な殺気。まるで別人かのような恐ろしい雰囲気……。

 周りを見れば、ギーシュもルイズと同じように身体全体を震わせている。キュルケも思わず背筋が凍りついている様で、タバサですらその顔から冷や汗が流れ出ていた。

「ワルド…貴様つくづく救えぬ男だな」

 燃えるような怒りではない、段々と冷えていくような声に、ワルドは戦慄く。

(こ、これが…そうか…)

 しかし、闘志までは消えてはいない。目的の一つは何とか達成したのだ。直ぐに帰還してもいい。

だがその前に、どうしても確かめておきたいことがあった。

(これが人斬り…抜刀斎!!)

すなわち、この男の強さ。

 人づてでしか聞いたことはないが、かつて最強と謳われた程の実力を、ワルドは身をもって体験したいと思っているのだった。

 それが、『あの方』に追いつく強さにも繋がるだろうから―――。

「いいだろう、来るがいい。最強と呼ばれたその腕、しかと見せてもらうぞ、『ガンダールヴ』!!」

 熱を持って叫ぶワルドに、剣心の答えは淡々としたものだった。

 だがワルドは気付いてない。今このハルケギニアで、最も怒らせてはいけない男の逆鱗に、とうとう触れてしまったことに……。

「貴様には、生き地獄を味わわせてやる」

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。