「――――あれ?」
気付けば、ルイズは闇の中にいた。辺り一面、真っ黒な世界。何も見えない、何も聞こえない。そんな場所。
いきなりそのような所に放り込まれたルイズは、一瞬戸惑いながらも歩き始めた。このまま真っ直ぐに行けば、ここから抜け出せる、何となくだったがそう感じたのだ。
事実、ルイズの目の前に、小さな光が見え始める。それは段々大きくなり始め、今度は眩い光が、ルイズの視界を覆った。
その先にあったのは、夢の続き。あの使い魔の、始まりとも言える過去。
「…これは……」
次にルイズが見たものは、紅く染まる太陽と、幾多にも並ぶ木の墓標だった。
枝を折って作り上げた簡素な十字架は、陽に当たって大きな影を作っていた。
その墓の真ん中には……子供の頃の剣心…心太が後ろ姿で立っていた。
「親だけでなく、野盗共の墓まで作ったのか」
不意に、後ろから声が聞こえた。ルイズが振り返るとそこには、あの夜、野盗の群れを一瞬で片付けた、『伝説の外套』を纏った男が立っていた。
「親じゃなくて人買い。親は去年コロリで死んだ」
男がゆっくりと心太の傍まで来たとき、淡々とそう告げた。
「でも、野盗だろうと人買いだろうと、死ねばただの骸だから……」
ルイズもまた、幼い心太の前まで来ると、そこには三つ、小さな石が並んでいた。
「……その石は?」
今思ったルイズの疑問を代弁するかのように、男は聞いた。
「霞さんに、茜さんに、さくらさん」
ルイズはハッとした、あの時、心太を庇って死んでいった女の人達だと、直ぐに分かったのだ。
「会ってまだ一日だったけど、男の子は自分一人だったから…命を捨てても守らなきゃと思ったんだ。でも…皆自分を庇って…この子だけは…って。自分が子供だったから…」
そう言う心太の頬には、枯れた涙の跡が残っていた。家族でないとはいえ、さっきまで親しくしていた人の骸を運ぶのはどんな気持ちだったのか、それはルイズでも想像しきれなかった。
「だから…せめて墓くらいは…と良い石探したんだけど…こんなのしかなくて…添える花も無いんだ…」
消え入りそうな声で俯く心太。それを見た男は石の墓の前に立つと、おもむろに酒瓶を開けて、それをかけ始めた。
「美味い酒の味も知らんで成仏するのは不幸だからな。俺からの手向けだ」
「あ、ありがと…あの…」
「俺は比古清十郎、剣を少々やる」
男―――比古はそう答えると、今度は厳しい眼で心太を見下ろした。
「坊主、お前はかけがえのないものを守れなかっただけではなく、その三人の命を託されたんだ。お前の小さき手は、その骸の重さを知っている。だが、託された命の重さはその比ではない。お前はそれを背負ってしまった。自分を支え、人を守れる強さを身につけることだ。お前が生き抜いていくために…大切なものを守り抜くために」
「……守り抜くために…」
反芻するように呟く心太に、比古は続けた。
「坊主、名は?」
「心太」
「優し過ぎて剣客にはそぐわないな、お前は今から『剣心』と名乗れ」
「…剣…心?」
心太、改め剣心は、思わず比古を見上げた。あどけない、歳相応の子供のような瞳。だけど、その中には、はっきりとした『意思』が宿りつつあった。
それを見抜いた比古は、どことなく嬉しそうに口元を緩ませた。
「お前には、俺の『
これが全ての始まり。欠かせない彼の原点。紅の朝日が昇る中、その光が二人の影を大きく照らしていた。
第二十幕『結婚』
ルイズはここで目を開けた。そこは昨日就寝についた、目的地であるアルビオンの一室。先程夢で見た光景を思い返しながら、ルイズはゆっくり体を起こす。
「わたし…またケンシンの夢…見てたんだ…」
見たくはなかったと思いつつも、心の中ではどうしても先の事を知りたかったのかもしれない。
けど、どうして剣心があんなに強いのか、そして優しいのか…その理由が今回の夢で何となく理解できたような気がした。
(あんな事があったら、そりゃあ強くもなるわよね――――)
ルイズはそんな事を考え、ベットから降りると、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。
「…ケンシンかしら?」
何だろうと思い扉を開けてみると、恐らく残ることに決めたのだろう、女性の仕官が何人か入ってきた。
「今日祝言を挙げられるヴァリエール嬢に、お粗末ながら衣装の準備をさせていただきます」
「えっ…ちょっと!」
そう言って、まだ頭がついていけないルイズを他所に、仕官達はせっせと準備を始めた。
「なあ…相棒?」
「おろ?」
「ホントにこれでいいのか?」
朝、ルイズと同じ時間に、剣心も目覚めた。
いつもの様に普段着に着替えると、デルフが自分から鞘から抜き出てきたのだ。
「多分結婚なんかしたら、相棒はお払い箱にされてしまうと思うぜ? 貴族ってもんはそういうもんさ」
「まあ、その時はその時でござるよ」
自分の言葉に嘘はつかせない。もしワルドと本当に結婚したら、ルイズの気持ちが落ち着くのを見届けてから、ゆっくり元の世界に戻る手掛かりでも考えようと思っていた。
「相棒が言うなら、まあ俺もいいんだがね……それより何か引っかかるんだよなあ…」
「何が気掛かりでも?」
「いやそっちじゃねえんだ。相棒に振るわれたときな、何か思い出しそうだったんだが…」
そんな時、おもむろに扉が開いた。相手はワルドだった。
ワルドは、剣心を見るなり早々こう言った。
「聞いているとは思うが、今日僕はルイズと結婚する」
「…おめでとうでござる」
「君も参加する気かい?」
「それは、是非出席したいものでござるな」
ワルドは、少し顔を顰めると、誰も聞こえないのを確認して、ひそひそ声で言った。
「実はだな、栄えある貴族の祝言に、平民である君が参加するというのは、結構難しいものなのだよ」
「では、どうすれば?」
「安心したまえ、君はルイズの使い魔だからね。必ず出席できるように取り計らうさ。だからそれまで、別の部屋で待機してもらってもいいかな?」
そう言うと、ワルドは後ろにいる二人の従者を指す。彼等が案内人のようだった。
「構わないでござるよ」
「そうかい、では早速」
剣心は、そのまま従者達に案内され、その部屋へと移動した。彼の姿が見えなくなるのを見届けてから、フッとワルドは嗤った。
「どうぞ、死出の旅路を…『人斬り抜刀斎』」
「なあ、相棒」
「…何でござる?」
「とぼけんじゃねえ、俺が気付いてんのによ」
茶化すようにデルフがカチカチと鍔を鳴らす。一室に案内されたが、どうにも空気がおかしい。どこか殺気を含んでいる。
案内してくれた二人の従者も、そのまま帰ろうとはせず、じっと剣心を睨めつけるように佇んでいる。まるで監視しているみたいに…。
そんな剣呑な雰囲気を知ってか知らずか、何でもないような風に剣心が呟く。
「ざっと二十…でござるな」
「二十二だろ? 後ろ後ろ」
最早殺意を隠そうともせず、背後の従者が突然杖を引き抜いた。
しかし、唱えるより先に、振り向いた剣心の鞘から、銀色の閃光が杖を吹き飛ばした。
慌てた従者の一人が、笛のようなものを使って、潜んでいる仲間を呼んだ。
一変、辺りはメイジや傭兵達で一杯になった。その数丁度二十人。
「相手はたかが平民だ、始末しろ!!」
従者の叫びと共に、傭兵達はこぞって剣心に襲いかかった。
始祖ブリミルの礼拝堂にて、ウェールズは壇上に立ち、二人の到着を待っていた。
周りは、誰も彼もが戦の準備で出ており、閑散としたものだった。
その中で、キュルケ、タバサ、ギーシュの三人は、同じように席についていた。
「しかし、子爵と結婚かあ…」
どこか惚けた感じで、ギーシュは呟く。タバサはいつも通り本を読んでいて無表情だったが、キュルケもどことなく上の空だった。
「どうかしたのかい?」
「んー、いやねえ…」
キュルケは今のルイズが結婚を受けるなんて、思ってなかった。どうにもこの式自体、何かきな臭い感じがしているのだ。
タバサも何か感じることがあるのか、視線を本から離してどことなく周りを見渡していた。
「そう言えば、ケンシンは?」
「あれ? 今日は見てないわね…タバサは?」
「…見てない」
そんな風に会話をしていると、大きな扉が開けられ、二人の婚約者が来訪を告げた。
気付けば、ルイズは式場の道を、ワルドと共に歩いていた。
いつも通りの制服姿に、アルビオンの由緒ある冠を被り、一点の汚れのない白いマントで着飾っていた。
ルイズの美貌も相まって、それはかなり完成度の高い美しさを誇っていたが、逆にその表情は明らかに沈んでいた。
あの後、無理矢理結婚のマントを着けられた時、ワルドがやってきた。
これから結婚すると告げられた時、ルイズはハッとなって「ケンシンはどこ?」と尋ねたのだ。
しかし、それに対しワルドは心底冷たい声でこう言った。
「彼か? 君によろしくと言って一足先に帰ったよ。あの男も薄情だな」
「――――えっ?」
そう言われたとき、ルイズは頭の中が真っ白になった。嘘だったの? あの夜の約束は…まやかしだったの…と。
そんな考えが頭をもたげている内に、ワルドはとっととルイズを婚約者に仕立てる準備をしていた。
そして、いつの間にか本当に結婚する一歩手前まで来ていた。
相手はワルド子爵、幼い頃からの憧れの存在。
優しく、強い。貴族の理想ともいえる男性。
なのに、どうしてこんなにも気分が憂鬱になっているのか。
(…ケンシン…)
本当に、彼は帰ってしまったのだろうか? ルイズは考えた。ふと思い出すのは、今朝見た夢の出来事。
『命を捨てても…守らなきゃ…って思ったんだ』
『……大切な…もの…?』
幼い頃の剣心は、誰かを守る力が欲しかった。失った事への辛さや悔しさを知っていたから。
ワルドは、何のために力を欲しているのだろう…? 彼は、高みへと近づきたいというようなことを言っていた。
そこに、剣心とワルドの決定的な違いがあるんじゃないか、とルイズは思った。
「では式を始める。新郎、子爵ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。汝は始祖ブリミルの名において、このものを敬い、愛し、そして妻にすることを誓いますか?」
「誓います」
そんなルイズを置いて、式はいつの間にか進行していた。ウェールズが詔を読み上げ、ワルドがそれに応える。
ウェールズは次に、ルイズの方を見て同じように読み上げる。
「新婦、ラ・ヴァリエール公爵三女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール……」
ルイズは、ぼんやりとウェールズの顔を見た。結局、私は何で結婚するんだろう…?
こんなことをしている場合じゃない、早くウェールズを説得しなくちゃならないのに。
(そうよ…こんな事に時間を割いている場合じゃないのに…)
「…新婦?」
「ルイズ?」
ルイズはずっと考えていた。誰かのために、結婚はするものなのかと。それで本当に良いのかと。そして自分が心から許せる人じゃないと、そこに幸せはないんじゃないかと…。
それがワルドとは言わないが、少なくとも今は、まだ早い。
(まさかあんたに感謝する時が来るなんてね…)
チラっと、横目でキュルケを見ながら、ルイズはゆっくりと、しかしはっきりした口調でウェールズ達に告げた。
「あの…私は、この結婚を望みません」
この言葉に、ウェールズとワルドは唖然とした。
ギーシュも、これには負けず劣らず驚いている。キュルケとタバサは、何となく予測できていたのか余り驚きはしなかった。
「新婦は、この結婚を望まぬと?」
「はい、お二方には、大変迷惑を致すことになりますが…」
ルイズの心からのお詫びに、本気と受け取ったウェールズは、少し寂しい顔をしたが、ここはルイズの意思を尊重してくれた。
「子爵、誠に気の毒だが、花嫁の望まぬ式をこれ以上続ける訳にはいかぬ」
ここで、ウェールズは放心しているワルドを見て、気付いた。
ショック、というのもあるのだろうが、その感じにどこか嫌な予感を抱いた。
「緊張してるんだ、そうだろルイズ。君が!! 僕との結婚を!! 断るはずがない!!」
肩を掴んで揺さぶってくるワルドに対し、ルイズはきっぱりと言い切った。
「ワルド、御免なさい。憧れだったのは確かよ。でも…それは恋じゃない。だから―――」
しかし、ワルドはルイズの言葉に耳を貸さず、掴む手を更に強くする。
「世界だ!! ルイズ、僕は『あの方』と共に世界を盗るんだ!!」
「…誰よ…『あの方』って…姫様はそんな事望まないわよ…わたしも…」
「そんなことは関係ない!! 僕には君の力が必要なんだ。君のその隠された力が!!」
ワルドが目を見開いて叫んだ。ルイズは恐ろしくなった。そして悟った…これが…彼の本性なのだと。
ようやく分かった。ワルドと剣心の微笑みが、被らない理由が。
ワルドは、自分の事しか考えていない。彼が求めているのは、有りもしない自分の魔法の力であって、ルイズ自身ではない。だから、心の底から拒絶してしまう。
被るわけないのだ…人のために力を振るう剣心と、自身のために力を振りかざすワルドが…被るはずないのだ。
「子爵、君はフラれたんだ。潔く―――」
「黙っておれ!!」
仲介に入ろうとしたウェールズだったが、激高したワルドに突き飛ばされた。
「ルイズ、これだけ言っても分からないのか!?」
「嫌よ!! 誰が貴方なんかと!!」
ルイズはもう、嫌悪感を隠さずに叫んだ。そしてワルドの手から逃れようともがいた。
異様な空気を感じたウェールズが、再度ルイズからワルドを引き離そうとしたが、今度も思い切り突き放された。
ウェールズも、これには遂に激怒し、懐から杖を引き抜いた。
「何たる無礼! 何たる侮辱! 子爵、今すぐにラ・ヴァリエール嬢から手を離したまえ! さもなくば我が魔法の刃が君を切り裂くぞ!!」
ウェールズだけじゃない、キュルケとタバサも、毅然とした面持ちで杖をワルドに向けた。ギーシュは、未だにこの事態についていけないのか、躊躇った様子で成り行きを見守っている。
ワルドは、一旦辺りを見渡して、小さくため息をついた。
「ならば仕方ない…取り敢えず目的の一つは諦めるとしよう」
「目的…?」
その言葉に、疑問符を浮かべるルイズ達を置いてニヤリとワルドは笑った。
「この旅には目的が三つあったんだ…一つはルイズ、君なのだがこの様子だと無理なようだな」
「当たり前じゃない!!」
怒って叫ぶルイズに対して、ワルドは特に気にせず続ける。
「二つ目は、君の持つ手紙…アンリエッタの手紙だ。しかしこれはもう、手に入ったも当然。最後は―――」
そう言って、ワルドはゆっくりと片手を上げた。
言葉の意味を、誰よりも早く理解したウェールズは、一早く呪文を唱えようとして、ワルドに杖を向けた。しかし……。
「…がっ…!」
それより先に背後から風の刃が、ウェールズの肩を切り裂いた。
「ウェールズ、貴様の命だ」
呆気にとられるルイズ達の周りに、突如何人かの人影が舞い降りた。そいつらは、素早くキュルケ達を押さえつけ、取り囲むように周囲に立ちはだかった。
「き…貴様等…『レコン・キスタ』か…いつの間に…」
心底憎たらしそうに、呟くウェールズは、そのまま血を流して倒れ込んでしまった。
気付けば、敵方の兵士達によって、ルイズ達は包囲されていたのだ。
ここでワルドは、ルイズが今まで見たこともない、邪悪な笑みを浮かべた。
「昨日はあれほどの大きなパーティーだったからね。秘密裏に何人か忍び込ませることぐらい簡単なことさ。王を打倒するには中から崩すに限る」
「宣戦を無視して…裏から攻め入れとは…貴様等には、貴族としての誇りをも失ってしまったのか!!?」
「フン、今更負け惜しみにしか聞こえんな。どんなことをしても勝てばいいのだよ!!」
怒りで顔を歪ませるウェールズに、ワルドは見下すように嘲笑う。
ルイズは、ただ呆然とした顔をするしかなかった。
「ワルド…どうして…何が貴方を変えたの…?」
「『あの方』に巡り合えたからさ。おかげで僕は更なる高みというのを知った。…だが、今はそれを語ってなんになるんだい? さて、それでは改めて聞こう、ルイズ」
ワルドは、取り押さえているキュルケ、タバサ、ギーシュの三人を指して言った。
「黙って僕に付いてきて欲しい、断れば…分かるな?」
押さえつけてるメイジ数人が、杖をキュルケ達に向ける。
ルイズは、驚きと恐怖で体を震わせた。今、まさに自分の言葉が三人の命を左右することになっているのだ。
重責とプレッシャーで、心が押しつぶされそうになる。
「そんな…わたし…」
「今決めるんだ、僕に従くか、それとも見捨てるか」
これ以上ない程の、冷たい声でワルドが告げる。怖い…ただ、怖い。
本心から言えば、絶対にワルドなんかに付いて行きたくない。でも、そのせいで皆を見殺しになんて、出来る訳がない。
「騙されるな…ラ・ヴァリエール嬢…奴は…そんな約束を守るような男じゃない…」
「貴様は黙っていろ!!!」
ワルドは、ウェールズの腹を思い切り蹴飛ばした。苦しそうなうめき声を上げながら、ウェールズは吹っ飛ばされる。
慌ててルイズが駆け寄ろうとしたが、その前をワルドに阻まれた。
とっさに杖を取り出すが、ワルドが一早くそれを見切り、杖を持つ手を弾き飛ばす。 とうとう何もできなくなってしまったルイズに対して、ワルドはどこまでも冷淡に告げた。
「さあ、どうするかね? それとも、誰か一人の首を飛ばさないと分かってくれないかな?」
ワルドが顎でしゃくると、メイジの一人が、杖でキュルケの首筋を指した。
「え……? やめて!!」
ルイズはそう叫んだが、構わずメイジはゆっくりとルーンを唱え始める。
(いや…やめて…)
ルイズは、ポロポロと涙を流す。キュルケとは親しい間柄ではないのに…むしろ憎たらしい関係だったのに…。でも、死んで欲しいとまで思ってはいなかった。
「やめて…やめてよ…」
しかし、そのか細い願望も、今は聞き届けてくれる人はいない。自分でもどうすることは出来ない。
「助けて…誰か…」
ふと脳裏に蘇るのは、自分の使い魔の過去―――幼い彼の姿。次に出てきたのは、いつも優しくニコニコしてくれた彼の顔。
最後に思い出すのは、昨晩誓ってくれた、あの約束だった。
『拙者は離れたりしないでござるよ―――約束でござる』
ルイズは、気付けば叫んでいた。彼の事を。彼の助けを。
「助けて、ケンシン!!!」
バァン、と衝撃音が轟いた。
それは、魔法の力では無く、大ホールの入口が無造作に開けられた音だった。
そこに立っていたのは、ワルドが秘密裏に送り込んだ、あの従者のメイジだった。
「何事だ、騒々しい…」
不躾の来訪に、軽く舌打ちをしながらワルドは振り向く。
しかし、そのメイジは虚ろな表情をしながら、目を空に泳がせており…そして、今度は震えるような声で呟いた。
「つ…強過ぎる……」
それを最後に、メイジはバタリと倒れた。
その後ろに立っていたのは――――。
「…ケンシン!!!」
見慣れた着物に緋色の長髪。そして頬には十字傷。
あの緋村剣心が、憮然とした表情で辺りを見渡していたのだった。