るろうに使い魔‐ハルケギニア剣客浪漫譚‐   作:お団子

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第二幕『流浪人の一日』

 

 あの後の夜――剣心はルイズに案内されて彼女の部屋へあがった。

 途中、自分は別の国からやって来た、という言葉もルイズはさして取り合おうともしなかった。

 確かに、身なりや風貌は見たこともないが、言葉がこうして通じる以上彼女からして見れば、この国のしきたりや習わしを知らないこの男こそがおかしいのだった。

 剣心自身も、最初はまだこの国が地球上のどこか、つまり日本から遠く離れた地である事を信じていたし、それを疑わなかった。

 あの月を見るまでは―――。

「月が…二つ…?」

「当たり前じゃない、何驚いてんのよ」

 かつて日本に居たとき、時々何度と仰いでみたそれとは根本的に違う、青い月と赤い月。

 この瞬間、剣心は自分が住まう場所とは何かが絶対的に違う、完全に隔絶された世界だということを、頭ではなく心がそう理解した。

 何を馬鹿な、と思うこともある。たまたま月が二つ見える地域があって、今はその場所にいるんだ、という考えもできなくはない。

 だが、そういった希望的観測は、最早すればする分損するだけだと思い始めたのだ。

 ルイズの話しぶりから見ても、この国は余程大きいものだというのが見て取れるし、無理に世間に隠そうとしている気概もない。そんな有名な国なら、祖国にも噂程度でも伝わっていてもおかしくはない。

 …というより、人目を気にせず空を飛んでいる人間や空想上の動物を使い魔にしている時点で、どこかおかしいと気づくべきだったのだ。

(これはまた…厄介な事になったでござるなぁ……)

 ようやく自分に置かれた立場がかつてないほど窮地的だと分かり始めたとき、そんな剣心の心情など露知らずといった感じでルイズは口を開いた。

「とりあえず、使い魔としての使命でも教えておくわね」

「何をすればいいでござるか?」

 剣心の問いに、ルイズは大きく、無い胸を張って答える。

「まず、使い魔は主人の目となり、耳となる能力が与えられるのよ。何か感じない?」

「う~~ん、特に何とも」

 そう言われても全然ピンとこない剣心だった。体調に変化はないし、何かが見えるようになったり、聞こえるようになったわけでもない。

「じゃ…じゃあ次、使い魔は主人の望むものを見つけてくるのよ。例えば秘薬とか」

「秘薬? 例えばどんなものでござる?」

 その言葉に、期待するだけ損したと、ルイズは力無くガックリとうなだれた。

「もういいわ…。それで最後に使い魔はね、主人を守る存在でもあるのよ。これが一番大事!」

 でもねぇ…。とここでルイズは剣心をまじまじと見つめた。

 自分と変わらない身長差に締まりのない表情、腰に差している武器のようなものを一緒に入れて鑑みてみても、ルイズの想像する「どんな苦境からも守ってくれそうな戦士」には到底見えなかった。

(もう、なんでこんなヤツ召喚しちゃったのかな…)

 心の中でため息をつきながら、ルイズは剣心の目の前でいきなり制服を脱ぎ始める。慌てて後ろを向く剣心に向かって、服やら下着やら投げつけた。

「それ洗っておいてね。あ、言っとくけどあんたは床よ」

 そう残してベッドに潜り込むと、余程疲れたのだろう、そのままスヤスヤと寝息とたて始めた。

「…おろろ」

 剣心もまた、やれやれといった体でルイズが投げた服を畳んで横に置き、愛刀を肩にかけて腰を下ろし、壁にもたれ掛る様に座った。

 眠りにつく中、ふと剣心はこうなってしまった『あの時』の事を思い返していた。

 

 

 

 

 あの時―――、まだ日本の神谷道場にいた剣心は、いつも通り朝食を食べ終えてその後、衣服の洗濯をしていた時だった。

 昼過ぎには弥彦の稽古の相手をしてやろうと、そんなことを考えながらふと目を向けると、そこにはいつの間にか鏡があった。

 一体何だろう? 突如現れたその鏡に警戒はしつつも、その一部に無用心に触れてしまった。その瞬間、吸い込まれるように鏡に引っ張られ、まるで放り出されたかのように地面に叩きつけられていた。

 そして、今に至るというわけである。

 今頃、向こうは自分が居なくなって大騒ぎでもしているのだろうか、今もなお必死で探し続けているだろう彼等の姿が容易に想像出来るだけに、少し罪悪感に苛まれた。

(すまない、弥彦……そして薫殿)

 必ず帰るから――そう口にして呟きながら、剣心も目を閉じた。

 

 

 

 

第二幕『流浪人の一日』

 

 

 

 

 

 空へと昇っていく太陽の日差しを受けて、剣心は目を覚ました。ベットの中のルイズは、まだ起きる素振りを見せない。

(今起こしても大丈夫でござろうか?)

 正確な時間帯を知らされていないため、少し迷ったが仕方ない。意を決して剣心はルイズの肩を揺さぶった。

「起きるでござるよ、ルイズ殿」

「ふぁ…あんた誰?」

 などと寝ぼけるルイズをよそに、剣心は昨日畳んでおいた制服を取りあげると、それをルイズに渡した。

「はいこれ。昨日の衣類でござる」

「あ~~、うん」

 ルイズはそれを見て、目の前の男は昨日召喚した使い魔であることを思い出したのか、手元にあった服を再び投げ返すとすっくと立ち上がった。

「何してんのよ、早く着替えさせなさい」

「………え?」

 一瞬、奇妙な沈黙が流れた。ルイズは剣心に対してなんの気恥ずかしさも見せず、ネグリジェの下着姿のまま仁王立ちしている。

 言葉の意味を読み込むのに時間がかかった剣心は、何か言おうとして…やめた。反論したところで割を食うのはわかりきったことだからだ。

「…もう少し女子としての恥じらいを持ってほしいでござる」

「何か言った?」

 深いため息をつきながら、剣心はいそいそとルイズに服を着替えさせ始めた。

 場所は移り、トリステイン学院の食堂室。

『アルヴィーズの食堂』と呼ばれるこの場所は、まさに貴族が食事をするのにふさわしいと言えるような、煌びやかで贅沢な造りとなっていた。

 仕度を終えてこの食堂へとやってきたルイズは、その広い間に並べられた3つのテーブルの真ん中の席に座り、剣心を見て床の方を指さした。

 そこには、粗末なパンとスープが無造作に置かれていた。卓の上に置かれている豪勢な食事とは程遠い拵えである。

「本当ならこの食堂に来ることすら許されないんだからね」

 感謝しなさいよ、とも言いたげにルイズは鳥肉を美味しそうに頬張り始めた。

 段々とルイズの性格をつかみ始めた剣心は、この扱いについても特に言うことなくスープの皿に手を伸ばした。その時……。

「あら、ずいぶんお早いのねルイズ」

 剣心の上から、そんな声が聞こえた。顔を上げるとそこには、ルイズと同じ制服を着た、燃えるような真っ赤な髪をおろした褐色で巨乳の美女が立っていた。

「あんたと同じ席にいたくないだけよ、キュルケ」

「あらあら、相変わらずつれないわねぇ」

 苦虫を噛み潰したような顔をするルイズとは対照的に、キュルケと呼ばれた女性はクスクス笑いながら気にもせず答えると、今度は剣心の方を見た。

「しっかし本当に平民を召喚させちゃうなんて、さすがねゼロのルイズ」

 明らかに馬鹿にしたような口調でルイズに言うと、キュルケの横からもそもそと何かが現れた。

 トカゲ? と剣心は首をひねった。見かけは確かにトカゲのそれだが、にしては大きく尻尾には炎が灯り、口から火が見え隠れしている。恐らくは自分と同じ異世界から連れてこられた種族だろうということで、今は納得した。

「でもどうせ召喚するなら、こういうのがいいわよねー。フレイム」

 そう言って、キュルケはフレイムという名のトカゲの頭を愛おしく撫でる。

 しかし一方フレイムは、そんな主人の意に介さず、剣心の下に置いてあるパンを見つめていた。

「欲しいでござるか?」

 にっこりと微笑む剣心の問いにフレイムはこくりと頷くと、剣心はなけなしのパンのひと切れをフレイムの口に放り込んだ。フレイムは美味しそうに口を上下させてそれを食べる。

「あら、何か悪いわね。大丈夫?」

「何、ひと切れもふた切れもさして変わらないでござるよ」

 素直に感心したような口調でキュルケは言うと、剣心は残りのパンとスープをそのまま頬張った。

 変なの。そう言いつつも中々興味深そうな目でキュルケは剣心を見るのだった。

「平民だけど面白い使い魔ね。大切にしなさいよ。ご主人様」

 最後にからかうようにルイズにそう言うと、キュルケはフレイムを引き連れてその場を後にした。はあ、とため息をついたルイズは、そのまま去っていくフレイムを見、そして剣心の方を睨んだ。

「まったく、余計なことするんじゃないわよ」

「おろ、何故でござる? 拙者の食事をあげただけでござるよ」

「……もういい、分ったわ」

 それにしてもサラマンダーかぁ、とルイズは思った。

 キュルケは出身や実力、ついでに容姿も認めたくはないが学院でもかなり優秀なメイジだ。そんな彼女だから、希少種ともいえるサラマンダーを召喚したということは、悔しいがどこか納得せざるを得ない。

『メイジの実力を測るには使い魔を見よ』

 この言葉が示すとおり、改めて自分とキュルケの召喚した使い魔が、そのまま今の実力の差を如実に表しているみたいでかなり癪だった。

「そう言えば、ゼロってどういう意味でござる?」

「もう、ボーッとしてないで早く行くわよ!」

 そう言って剣心の後ろの裾を引っつかむと、そういった負の感情から振り切るように駆け出した。

 

 

 

 

 

 その後、ルイズ達はその足で教室へと向かった。

 既に何人かが雑談していたり、本を読んでいたり、使い魔を自慢し合っていたりと中々に賑やかだ。キュルケもまた、大勢の貴族の男達の中心に座って楽しそうに喋っている。

 その中で剣心を見つけると、軽くウインクをした。

 ルイズもまた、キュルケ達とは離れた席につく。

 使い魔の座る椅子はない――そうルイズが口を開こうとしたとき、それをもう察知していたのか、既に剣心は教室の後ろに背中をあずけていた。

 やがて、扉が開いて中年の女性がローブと帽子を纏って現れた。

 その女性、ミセス・シュヴルーズは、ルイズ達や使い魔達を見て、簡単に挨拶すると早速授業に移った。

「私の二つ名『赤土』。赤土のシュヴルーズです。『土』系統の魔法を、これから一年皆さんに講義します。魔法の四大系統はご存知ですね? ミスタ・マリコルヌ」

「は、はい。ミセス・シュヴルーズ。『火』『水』『土』『風』の四つです!」

 剣心もまた、興味深くこの講義を聞いていた。

 この世界は、魔法を使うメイジが全てというようなことは幾度となく聞いてきたが、実際に見たり聞いたりすると、成程確かに凄いものだなと思わざるを得ない。

 今回は『土』系統の講釈だけだったので、まだ全体を深く知ったわけではないが、これから先何が起こるかわからないため、こういった情報は重要だと思ったのだ。

 中でも極めつけが、実習で行われた『錬金』だった。ただの石くれが真鍮に変化したときは、剣心だけでなく周りもあっと驚いていた。

「さて、では一通り説明が終わったところで――ミス・ヴァリエール、この石を錬金してみてください」

 この指名に、なぜか先程の数倍近くのどよめきが起こった。何事だろうと訝しげに見たところに、キュルケが真っ青な状態で手をあげた。

「ミセス・シュヴルーズ、それはやめたほうがいいと思います。あの…危険です」

 その言葉を聞いて、今度はルイズがムッとした顔で、負けまいといった感じで立ち上がった。

「わたし、やります」

「ルイズ、やめて」

 キュルケの制止も聞かず、ルイズは大股で歩み寄ると、石の前に立ちサッと杖を取り出した。それと同時に生徒たちがもぞもぞと机の中に入り込んで、身を隠す行動に移った。

「???」

 事態を読み込めないのは、剣心とルイズの前に立つミセス・シュヴルーズのみである。ふと視線を変えると、キュルケが机に隠れながらこちらを手招きしていた。

「貴方もこっちに来たほうがいいわ。さっきも言ったけど……危険よ」

 意味深に話すキュルケを見て、一体何が起こるのかと聞こうとした瞬間……。

 

 

 

 

―――ドゴォォォォォン……!!!

 

 

 

「おろぉぉぉぉ~~~~~~!!!」

 強烈な閃光が全体を覆ったと思ったと同時に、大音量の爆音と衝撃波が起こった。

 教室は辺り一面、襲撃でもされたのかと思うほどに散らかされ、使い魔たちはこの騒動にそれぞれ騒ぎ立てる。

 勿論、この事態を察せなかった剣心もその例外ではなく、その爆発に思い切り巻き込まれてしまい、目を回して吹っ飛ばされていった。

 その爆心地、すっかり黒こげになったルイズは、同じく煤だらけになって気絶しているミセス・シュヴルーズを見下ろし、そして次にボロボロになった教室を見つめると、さも頑張ったような仕草をとった。

「ふうっ、ちょっと失敗してしまったわね」

 その瞬間、周りが一斉にルイズに向かって騒ぎ立てた。

「ちょっとじゃないだろ、ゼロのルイズ!」

「いつも成功する確率ゼロじゃないか!」

 成程、だから『ゼロ』なのか。

 剣心はそんなことを思いながら、悔しそうに俯くルイズの方を見つめていた。

 


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