るろうに使い魔‐ハルケギニア剣客浪漫譚‐   作:お団子

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第十五幕『仕合』

 ラ・ロシェールでの一夜が明け、朝日が昇る前の頃、剣心は目が覚めた。どうにもまだ異国のベッドは寝付けない。向かい側のギーシュは、まだ熟睡中だ。

 明日まで足止めされるとはいえ、起きてしまった以上は仕方がない。とりあえず、ギーシュを起こさないように、あまり音を立てないように、剣心は普段の着物に着替え始めた。

 そんな折、コンコンと扉をノックする音が聞こえた。こんな早朝に誰かと思い、ドアを開けると、そこには爽やかな顔をしたワルドがいた。

「おはよう。使い魔君」

「おはようでござる。拙者に何か?」

 ただ挨拶をしに来たわけでは無いだろう。何か用でもあるのだろうか。

「君は、伝説の使い魔『ガンダールヴ』だそうだね?」

「―――おろ?」

 剣心は不思議そうな表情でワルドを見た。そのことを知っているのは、オスマンと自分だけの筈。これは他言無用とのことだったし、当の約束をつけたオスマンがそれを破るとは、とても考えられない。

「何故、ワルド殿がそれを?」

「あ…ああ、僕は歴史に興味があってね。フーケを尋問したときに、彼女が君の事について、随分と語ってくれてね。僕自身も君のことを色々と調べた結果、『ガンダールヴ』に辿り着いたってワケさ」

 どこか言い訳がましい口調だったが、矛盾はない。フーケは元学院長の秘書を務めていた位だし、ガンダールヴについても知っていておかしくは無いだろう。

 だがそれだと、あまり隠す意味は薄いんじゃないのか? と心の中でオスマンに問いかけながら、剣心はそんな事を言いにワルドが来たわけじゃないだろうと思った。

「それについて、拙者に聞きたいことでもあるでござるか?」

「いや、かの『土くれ』を捕まえたという、君の実力が知りたくてね。一つ手合わせ願いたい」

 そう言って、ワルドは好戦的な笑みを浮かべながら、杖を取り出した。それを聞いた剣心は丁度手にもっていた逆刃刀をワルドの前に見せ、その刀身を晒した。

「力比べや見せ合いのために、振るう剣を持ってはござらんよ」

 少し考え込むようにワルドは俯くと、次にこう言った。

「君は、ルイズから聞いたのだが、何でも『異世界』から来たそうじゃないか。なら、この世界の戦い方も、君の見てきたものとは一味違う訳だ。ルイズを守る使い魔としても、きっと参考になると思うよ」

 ワルドの眼は既に、闘志でギラついていた。どうあっても闘いたいらしい。

どうしたものか、と考えていると、いつの間にか起きていたギーシュも、好奇の目でこちらを見ていた。

「ケンシンと子爵が決闘? こりゃあ面白いな……どうなるんだ?」

「な、彼の期待に応えてあげるためにも、ここは一つ」

 剣心は、はぁ…とため息をついた。最早闘わなければいけないような雰囲気だ。逃げ場はない。仕方なく渋々といった感じで、剣心は承諾した。

「…場所はどこで?」

「この宿は昔、アルビオンからの侵略を防ぐための砦だったのさ。中庭に練兵場がある」

 そう言うと、ワルドは時間と正確な場所を告げ、その場を後にした。

隣では、こうしちゃいられないとばかりに、ギーシュが服を着替え始め準備を整える。

 すると今度は、面白そうじゃねえかと、デルフが唾を鳴らした。

「今度の決闘には、俺を使ってくれよ。相棒の期待に見事応えてやるぜ!!」

「……はぁ…」

 立て掛けられたデルフの言葉に、剣心はもうどうにでもなれと半ば諦めた感じで呟いた。

 

 

 

 

 

 

                第十五幕 『仕合』

 

 

 

 

 

 

 時刻は過ぎ、場所は練兵場―――。

 練兵場とは名ばかりの、今やただの広い物置と化したこの地で、剣心とワルドは数十歩離れて向かい合っていた。

「昔…と言っても君には分からんだろうが、かのフィリップ三世の治下では、ここで良く貴族が決闘したものさ」

 懐かしむような口癖で、ワルドは言葉を続ける。

「古き良き時代、王がまだ力を持ち、貴族たちがそれに従った時代…貴族が貴族らしかった時代…名誉と、誇りをかけて僕たち貴族は魔法を唱えあった。でも、実際は下らないことで杖を抜きあったものさ。―――そう、例えば女を取り合ったりね」

 最後の言葉に、剣心はピクリと反応する。彼が何故こうまでして、決闘を望んだ理由が、何となく分かったからだ。

 そしてそれを肯定するかのように、パタパタとこちらに向かう足音が聞こえてくる。

剣心がそちらに目をやると、慌てた様子のルイズがいた。

「立ち会いには、それなりの作法というものがあってね、彼女には介添え人になってもらうように言っておいた」

「ちょっと、ワルドもケンシンも何やってんのよ!」

 驚いた口調でまくし立てるルイズの言葉に、ワルドは冷静に返す。

「彼の実力を、ちょっと試したくなってね」

「もう!! 今はそんなバカなことやっている時じゃないでしょう!」

「そうだね。でも貴族というヤツは厄介でね、強いか弱いか、それが気になるとどうにもならなくなるのさ」

 それを聞いたルイズは、今度は剣心の方を見て言った。

「ケンシンも、こんな馬鹿げたことは止めなさい!! これは命令よ!!」

「…うーん…」

 剣心は、困ったように頭を掻いた。未だに本心はルイズの言うとおり、できればこんなことは御免被りたい。これが発端で変ないさかいができたら、後に面倒を生むかもしれない事を剣心はよく知っているからだ。

 だが、どうにもワルドは見逃してはくれない雰囲気を漂わせている。そうしてあれこれしているうちに、今度はギーシュが、キュルケとタバサを連れてやって来た。

「へぇ、子爵とダーリンが? 面白そうじゃない。応援したげるわ、ダーリン!!」

「興味ある」

「どっちが勝つか、賭けないかい?」

「ちょっと、あんた達も止めるように言いなさいよ!!」

 完全にお遊び気分の三人に、ルイズは顰め面をつくる。これでもう、何が何でも決闘を受けなくてはいけないような空気になってしまった。

 そして、その様子を見たワルドが、毅然とした構えで杖を掲げた。

「これ以上、観客が来ないうちに、始めるとしようか」

「……仕方ないでござるな」

 剣心は、心の中でルイズに謝りつつ、腰の柄に手を掛け―――。

「オイ、相棒………」

 背中に背負っている鞘から、デルフの声が聞こえてきた。心無しか、刀身全体を揺らして訴えているようにも見える。

 剣心は、大きなため息を付きながら、逆刃刀ではなくデルフの柄を掴んで引き抜き、そして、両手持ちで剣先を真っすぐ突き立てる『正眼の構え』を取った。

「―――――――?」

 それを見て、ワルドやルイズ達は首をかしげる。構えはいい。ただ、剣の向きがおかしい。

 何故か、剣心はデルフの刃の部分を自分に向け、峰の部分をワルドに向けているのだ。

「相棒、何やってんだ…? 刃をてめえに向けてどうするよ」

 デルフの呆れたような問いに、しかし剣心はそれを無視する。

 この構え、緋村剣心をよく知る人間であれば、これを見ても何の疑問も持たないことだろう。むしろ当然だと思うほどだ。

 しかし、会って間もないルイズ達、特に昨日今日知り合ったワルドからしてみれば、その構えは『舐められている』以外に感想は出てこない。

 ピクリ、と眉を釣り上げてワルドは言った。

「それは、一体どういうつもりだい? 僕を侮辱しているのかね?」

「拙者の剣は、手加減というものが効かぬ故、せめてもの予防策でござる」

 正直に剣心は話した。元より本気を出すつもりはないが、それでも事故は起こりうるものだ。あくまで「試合感覚」で挑んできている剣心からすれば、至極まともな言い分だ。

 しかし、これは試合でなく決闘。貴族の誇りがあるワルドは、やはり納得がいかない。

「まあいいさ、なら君の本気を引き出してやるまでだ」

 それを合図に、ワルドは一足飛びで剣心の間合いへと入った。

 常人には見えない動き、そしてそのまま素早く杖を突き出すが、剣心はそれを難なく受け流す。

 剣戟の末、簡単に鍔迫り合いに持ち込んだ二人は束の間の会話を交わした。

「成程、中々の腕前でござるな」

「魔法衛士隊のメイジは、ただ魔法を唱えるだけじゃないんだ」

 少し自慢げな目でワルドは続ける。

「詠唱でさえ戦いに特化されている。杖を構える仕草、突き出す動作……、杖を剣のように扱いつつ詠唱を完成させる。軍人の基本中の基本さ。―――さあ、分ったらその刃を返して本気になったらどうだ?」

 しかし剣心はあくまでそれには応えず、剣を弾かせて距離を取る。

 間髪入れずにワルドが閃光のような速さで突きを繰り出してくるが、それを最低限の動きであっさり回避した。

 暫くそうやって打ち合う二人を見て、おもむろにキュルケが口を開いた。

「ダーリンって、あんな感じだったっけ?」

「やっぱり、君もそう思うかい?」

 キュルケの疑問に、ギーシュも反応した。会って間もないとはいえ、剣心の強さを間近で見てきた彼らにとって、今の剣心の動きには「凄さ」が感じられない。

 ギーシュ達の知る剣心の動きは…もっと速い、もっと飛ぶ。そして何をしているのか分からないような駿足の動きと強力な剣腕を持っている。

 しかし、それが今遺憾無く発揮しているとは言い難い。

 ギーシュ達は、それを持ってワルドと死闘を繰り広げるかと思っていたため、案外しょっぱい剣と杖の打ち合いに拍子抜けしたのだ。

 だが、対するワルドも、まだ魔法の一つも唱えてはいない。恐らくは、お互い探り合いの小手調べの段階なのだろう。それなら、今の状況にもまだ納得が―――。

「彼、まだ一度も反撃してない」

 先程から目を逸らさず見ていたタバサが、不意にそう言った。

 その意味が分かったキュルケが、ハッとした顔でタバサを見た。唯一置いてけぼりを喰らっているギーシュは、どういう意味? といった表情をした。

「それって……子爵が強いから反撃できないんじゃなくて……」

「逆」

 それだけで通じる二人の会話に、ギーシュの頭の上にはクエスチョンマークで一杯だった。

「ねえ、僕にも教えてくれよ、のけ者にしないでさ!!」

 ギーシュの悲痛な叫びに、キュルケはため息を付きながら、未だに打ち合う剣心とワルドの方へと指差した。

「あんたもさ、ダーリンとは一度決闘したでしょ?」

「うん、だから?」

「だったら、二人の顔をよく見なさいな」

 言われるがまま、ギーシュは表情を見やる。しかし、やっぱり良く分からない。

 暫くそうして固まっていたギーシュに、キュルケは呆れた表情を作った。

「あんた、本当にグラモン家の息子? あたしですら気づいたのに鈍いわねぇ~」

「う、うるさいな! 分からないものはしょうがないじゃないか!」

「子爵の表情、あの時の貴方と同じ顔している」

 タバサの助言に、今度はギーシュもハッとした。そして改めて二人を見比べる。

 涼し気な顔で打ち合う剣心に対し、ワルドは苦い顔で杖を振るっていた。そう言えば、まだ刃の部分も変わっていない。

「…本当だ。相手はグリフォン隊の隊長なのに…」

 メイジは魔法が本分。だから呪文の一つも唱えていない今のワルドと、剣心との総合的な強さの比較にはならないが、少なくとも剣術という点においては、ワルドより剣心の方が圧倒的に上だということが、これで露呈されたのだ。

 つまり…と恐る恐るギーシュは、キュルケ達の方を向いた。

「彼は…あの子爵を相手に…あしらっていると…?」

「そのようね……」

 しょっぱく見えてその実際、レベルの違う攻防に、キュルケ達は唖然として見ていた。

 

 

 

 

 

 反撃しないのは、そもそもする必要が無いから。その気になれば、いつでも隙など作れる。そう思わせるような体捌きに、ワルドは無意識に顰め面をつくっていた。

 二人は再び剣と杖を弾き、距離をとった。

「…成程、あくまでもその向きを、入れ替えるつもりはないようだね…」

「いや、拙者お主の技量には、正直に感服しているでござるよ」

 そう言う剣心の言葉に、嘘偽りはなかった。彼は出来る。身のこなしや仕草から只者ではないことは知っていたが、実際に剣を交えるとよく分る。鍔迫り合いで言っていた事は決して慢心ではないというのも。

 魔法という力に頼らず、剣術の基礎をちゃんと修めた動き。体術や剣腕も申し分なし。並大抵の敵なら、まず寄せ付けることはないだろう強さを彼は持っている。

 もし明治の世に生まれていたら、かつて「喧嘩屋」だった頃の親友の同じくらい、その名を広めていた筈だ。

 しかし、そんな剣心の評価も、今のワルドには届かない。杖を掲げ、改めてこう言った。

「では、こちらも少し本気を出すとしようか?」

 刹那、再び剣と杖が交わる。だが今度は少し違う。剣戟を入れながら、謳うようにワルドは呪文を唱え始めた。

「デル・イル・ソル・ラ・ウィンデ……」

「相棒、魔法がくるぜ!!」

 デルフの警告にも、特に反応せず剣心は切り結ぶ。やがて、呪文を唱えきったワルドが、ニヤリと薄ら笑いを浮かべると―――。

 ボンッ!! と空気の塊が剣心に直撃した。 

 そのまま剣心の身体は宙を飛び、デルフとは離れ離れになり、そして樽の山へと衝突していった。

「勝負あり、だ」

 

 

 

 

 

「あれ……負けちゃったよ…彼…」

 その、あまりの衝撃的な結末にギーシュ達はポカンと口を開けたままだった。

「え、嘘でしょ…?」

 キュルケも、呆気にとられた様に剣心を見る。しかし、剣心は吹き飛ばされたままピクリとも動かない。

(…冗談抜きで本気で負けたの?)

 と、未だに信じられないキュルケは、隣にいるタバサに視線を移して……彼女の様子が、尋常でないことに気付いた。

「違う、負けじゃない。引き分け」

 言葉を探るようにキュルケ達に告げるタバサは、ワルドの方を指差した。

「――――あれ?」

 よく見ると、ワルドもまた面食らった顔でただ突っ立っていた。――その手には、杖が無い。暫く彼は周りを見渡して、ようやく杖があらぬ方向へと突き刺さっているのを見つけた。

「この勝負、引き分けということで良いでござるな?」

 ワルドが振り向けば、埃を払いながら立ち上がる剣心の姿があった。

 …どうやら、最初からこういう風に持ち込むつもりだったのだろう。ワルドはそう考えた。

 まんまと嵌められた。だが、確かに勝敗は決した。これ以上は野暮というものだろう。ワルドは、苦笑いしながら飛んだ杖を手に取った。

「はは、これを狙ってた訳か…まあ、今回は引き分けという事にしておこうじゃないか」

 と、勝手に自己解決する彼等を尻目に、キュルケ達は何が起こったのか全く分からなかった。

「ど、どういうこと…?」

 再び、キュルケがタバサに尋ねる、相変わらず驚いたような様子で、彼女は答えた。

「彼…吹き飛ばされる瞬間に、剣で杖を弾き飛ばした」

 その言葉に、えっ…と、キュルケとギーシュは顔を見合わせる。

「へえ、成程。やっぱり凄いなぁ、彼は」

 ギーシュは能天気にそれで納得したようだが、キュルケは…タバサの様子から尋常でないことが見て取れた。彼女が、こんなに驚く顔をするのは、滅多にないと言って良かったからだ。

「それで、他に何かあるの…?」

「………」

 キュルケの問いに、タバサは答えない。

 気づけば、タバサは頬から冷や汗を流していた。相手は最上級の『スクウェア』クラス。それも魔法衛士隊の隊長だ。幾らワルドが手加減しているとはいえ、あの一瞬で杖を弾き飛ばすなんて芸当、まず出来ない。

 彼は、先程の『エア・ハンマー』…、というより、殆どの魔法に対して初見のようだった。対抗策や防衛に関してはまだ無知だと言っていい。あっさり彼が吹き飛ばされたのも、それが一因だ。

 なのに、呪文の発生と同時に、瞬時にどんな魔法かを予想して、即座に反撃に移った。コンマ数秒ともいえる戦いの中で…。

 これがどれだけ凄まじいか、並みのメイジでは絶対に分からないだろう。でも、タバサにはそれがはっきりと理解できた。

 有り得ない、あの速さは…。それも魔法も無しに…。

(これが……飛天御剣流…)

 タバサは驚愕したのだ。常人には考えられない反射神経、鋭い勘、そして詠唱を完成した魔法の発生『より』も速いその剣速に。

 そして、無意識に体を震わせた。これを自分も極められたら、あの憎き仇を…奪われた大切な人を…自分の目的を、果たすことができるのではないかと。

 

 

 

 

 

 さて、そんな事は露知らずの剣心は、あらぬ方向に刺さったデルフを戻そうと足を運ぶ。そんな中、ルイズが心配そうな顔でやって来こようとして…、その前にワルドに肩を掴まれた。

「な、何よ。ワルド」

「ルイズ、彼は疲れているだろう。無理を言ったからね。暫く放っておけばいい」

「でも、そんなこと……」

 しかしワルドは有無を言わさず、そのままルイズを連れていった。当のルイズは時折不安げな表情で剣心を見たが、特に抵抗することなくワルドに連れていかれて行った。

 剣心は、そんな彼女にどこか引っかかりを覚えながらも、今度は文句を漏らすデルフの声に耳を傾けた。

「なあ相棒…なぜ本気でやらねえ…何で俺の時だけこんな調子なんだよ…贔屓だろ…」

「まあまあ」

「くそ…もういいさ…どうせ俺は逆刃刀になんざなれねえよ…チクショー…」

「まあまあ」

 ぼやくデルフを鞘に納めながら、剣心も練兵場を離れた。

 


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