るろうに使い魔‐ハルケギニア剣客浪漫譚‐   作:お団子

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第十四幕『道中』

 港町ラ・ロシェール。

 アルビオンの玄関と呼ばれるこの場所は、トリステインから馬で二日は要すると言われており、その為剣心達は馬で走らせっぱなしだった。

 しかし、幻獣グリフォンに乗るワルドは、それを気にする様子もなく先へ先へと突き進む。

 隣にいるルイズは、気が気でないように後ろを向いては、心配そうな面持ちで剣心達の姿を見る。ギーシュは既にへばった様子を見せていたが、剣心は相変わらず何でもなさそうにルイズと目を合わせた。

 しかし、馬とグリフォンではその差が埋められるはずも無く、二人の姿はどんどんと小さくなっていった。

「ねえ、ちょっとペースが速くない?」

「へばったなら、置いていけばいい」

 そんな様子を見かねたルイズはそう言いったが、ワルドの答えは淡々としたものだった。確かに急を要する任務ではある、しかしその為に仲間や自分の使い魔を置いていくなんて、出来る訳がない。

「それは駄目よ。幾らなんでも…」

 ワルドは、そんなルイズの表情を見て、茶化すようにこう言った。

「やけに二人の肩を持つね。どちらかが君の恋人かい?」

「こ、恋人なんかじゃないわ!!」

「そりゃあ良かった。もし君に恋人なんていたら、ショックで死んでしまうからね!」

 ルイズは、そういって笑いかけるワルドの様子を見て、ふと思う。このまま結婚してもいいのかと…。

 ワルドは「こうありたい」と思う貴族の指標であり、理想であり、憧れの男性だ。そんな彼が好きって言ってくれるのも嬉しいし、自分だって、彼のことは嫌いなんかじゃない。それは確かだ。

 でも、だからといって婚約者と急に言われると、今でもすごく動揺してしまう。そんな約束自体、もうとっくに反故されたのだと思っていたし、十年前に別れてからは、殆ど会ったことすら無かった。

 今でも夢に出てくるほどの、強烈な印象こそあれど、いざそれが現実になると、何故か夢見心地になってしまうという、ヘンな気持ち。なんていうか……素直に喜べない。

 ふと、ルイズは、剣心の方を向いた。彼は…私とワルドとの結婚を、どう思っているのだろうかと。

 こっちを見る剣心の表情は、ルイズにも分からなかった。

 

 

 

 

 

               第十四幕 『道中』

 

 

 

 

 

「どうなっているんだ? 君も、魔法衛士隊の連中も化物か?」

 馬と一緒に覚束ない様子のギーシュが、自分と同じくらい過酷なはずなのに、平気な表情をする剣心と、グリフォンを見てそうぼやいた。

 馬で半日近く歩いているのに、剣心は出発の時と大差なさそうに思えた。それを見て、羨ましそうにギーシュが呟く。

「うむむ、やっぱり僕も飛天御剣流を―――」

「関係無いでござるよ、ただ体を鍛えれば良いだけでござる」

 あくまで教えるつもりはない。そう言い切るかのように剣心は、再びルイズの視線を感じて、ふとグリフォンの方を見やった。

 それを見て、ギーシュは何やら含みのある笑いをした。

「そんなに彼女が気になるのかい? 君も意外な面があるじゃないか」

「まあ、婚約者がいたのには、正直驚いたでござるよ」

 考えれば、剣心はあまりルイズの事を詳しくは知らなかった。あの性格だし、何より人に嬉々として語れるほど誇れるような人生を送っていないと思っているだろうから、話したくても話せないのだろうと思っていた。

 剣心も、それを何となく把握していたから、無理に聞くことはしなかったが、それでもまさか婚約者がいたとは…しかし、それにしてはなんか変だ。

「変、とは?」

「…拙者なりに考えたのではござるが」

 普通、好きな人の前では、もっとそっちに注目するはずなのに、何故かルイズはさっきからこっちにしか視線を向けない。昔話に花を咲かせてもいいのに。

 それを聞いたギーシュが、剣心に詰め寄る。

「じゃあ、まさか……」

「…そうでござるな」

 沈黙の後、剣心がゆっくりと言った。

「ルイズ殿は―――好きな人の前で、照れているのでござろう。だからワルド殿ではなく、こっちをよく見るのでござるよ」

「成程!! 勘がいいな。もしかしてモンモランシーもそうなのかな?」

「…それは違うと思うでござる」

 はっきりとした否定に、ギーシュはガクリと肩を落とす。そんな風に雑談していた剣心は、ふと感じた不穏な気配に眼を向けた。

(待ち伏せか……)

 剣心は悟られないように周囲を見渡す。いつの間にか、周りは崖で囲まれた道を通っていた。奇襲には絶好の場所だ。

 そして、感じていた気配が、ゆらりと殺気に変わった。

 ――――来る。

「伏せろ!!」

 そう叫ぶと同時に、剣心は素早く馬から飛び降りると、一斉に飛んでくる矢を、腰から抜いた逆刃刀で全て叩き落とした。それに対し、何やら後ろの鞘から負のオーラが漂い始めるが、そんなことに構ってはいられない。

 ギーシュは、完全な不意打ちに呆気に取られてしまったようで、慌てて馬から降りる内に、こっちにも何本か矢が飛んできた。

 やられる―――そう思ったギーシュの視界に、突如竜巻が起こり、矢を吹き飛ばした。

「大丈夫か!?」

「な、何とか…」

 上空からのワルドの声に、心底安堵したようにギーシュは腰を抜かした。

そういえば彼は? とさっきまで剣心のいた所を見回して…そして目を丸くした。

「うおおおおおおおおおおお!!!」

 何と、剣心は切り立った崖を登っている最中だった。しかも足だけで、階段を駆け上がるかのような速さで。これにはワルドとギーシュも呆然とした。

 だが、それ以上に驚いたのは傭兵達だろう。メイジでもない奴が、崖を走ってくるなんて前代未聞だからだ。

「ひ、ひぃ!!」

「な、何だぁ!? お前はぁ!!」

 震える声で剣心を見る傭兵達に対し、剣心は素早く構えを取る。しかし、傭兵達はただ驚くばかりで何もしてこない。

 そんなに驚愕することか? と思案していた剣心の耳に、バサバサと羽音の様なものが聞こえてきた。

 成程、驚いてたのはこっちの方か。剣心は、音のする方へ向いて、納得した。そこには、風竜シルフィードに跨る、タバサとキュルケがいた。

「お待たせ、ダーリン!!」

 キュルケの声かけと共に、攻撃が始まる―――。といっても攻勢は終始一方的だったが。

 メイジ相手に傭兵が真正面から敵うはずも無く、皆タバサの風とキュルケの炎で吹き飛ばされていった。

 

 

 

「あ、あんた達、一体なんで来たのよ!!」

「朝に貴方達がどっか行くのを見かけてね。面白そうだから付いてきただけよ」

 戦いも終わって、まだ意識のある兵に尋問してみると、どうやら物取りのようだった。

 しかし剣心は首をかしげる。それにしては統制が取れすぎている。そしてあれは、明らかに殺す気だった。

 十中八九、アルビオンが雇った傭兵の類だろう。だがこれ以上有益な情報を持っているとは思えない。

 結局、そのまま付いていくことになったキュルケとタバサと共に、剣心達はラ・ロシェールの街へと行くこととなった。

 

 

 

 ラ・ロシェールにて、宿の一つ『女神の杵』に泊まることとなった剣心達は、そこで長旅の疲れを癒している最中、ワルドからの呼び掛けで集まった。

「アルビオンに渡る船は、明後日にならないと出ないそうだ」

 深刻な顔つきで、ワルドはそう言った。

 どうにも、明日の夜は月が重なる『スヴェル』の月夜らしく(潮流の関係か何かかと、剣心は思った)、出港は無理とのことだった。

「急ぎの任務なのに…」

 そう歯噛みするルイズだったが、こればかりは仕方がない、とワルドが優しく肩に手を置いた。それから皆の方を向くと、それぞれの部屋の鍵を渡した。

「キュルケとタバサは相部屋だ。そしてギーシュとケンシンが相部屋」

 そこで、ルイズはハッとしてワルドの方を見やった。案の定、ワルドは優しそうな微笑みでルイズにこう言った。

「僕とルイズは同室だ。婚約者同士だし、いいだろう?」

「だ、ダメよ! まだ結婚すると決まったわけじゃ―――」

 慌てて首を振るルイズに対し、ワルドはキッパリと告げる。

「大事な話があるんだ。二人きりで話したい」

 その言葉に、ルイズは反射的に剣心の方を見た。これからワルドと二人きりになるというのに、相変わらず、にこやかな顔をしていた。

「まあ、これを機に結婚について、ちゃんと語らうのもいいでござろう」

 そう言うと、まるで邪魔してはいけないとばかりに、ギーシュを引っ張ってその場を後にした。キュルケとタバサも、剣心達に習って自室へ入る。

 彼なりに気を使ってくれたのだろうけど、何か見捨てられたようで少しショックだったルイズは、そのままワルドに引かれて部屋へと入っていった。

 

 

 

 

 

「…いいのかい?」

「何がでござる?」

 自室で、長旅でグッタリとベッドでくつろいでいたギーシュが、おもむろに口を開いた。

「今まで何人もの女性と付き合っていたから、彼女の瞳にはピーンと来んだ。彼女、止めて欲しかったんじゃないかな?」

 デルフを立て掛けながら、剣心はギーシュの言葉を聞いていた。

「そりゃあ、相手は彼のグリフォン隊の隊長で、全トリステイン貴族の憧れでもある。相性は悪いのは確かだけどさ、このままおずおずと引き下がるのは――」

「決めるのはルイズ殿でござる」

 剣心が、遮るようにそう言った。

「本当に自分を任せられるなら、結婚を取り決めれば良いことでござるし、もしまだ考えがつかないようなら、先延ばしにして話し合うなりすれば良い。どちらにしろ、拙者の出る余地は無いでござろう」

 変わらずの笑顔でそう言う剣心の言葉には、含みも裏表もなかった。嫉妬もなければ強がりでもない。ただただ、ルイズの身を案じての発言だった。

 それを聞いて、ギーシュは今まで思っていた疑問をぶつけた。

「君は、ルイズの事、好きじゃないのかい?」

 それに、やや考える時間をおいて、剣心は口を開いた。

「ルイズ殿には、幸せになって欲しいと思うだけでござるよ。多分ワルド殿以外に、ルイズ殿を見てくれる人はそう居なかった。気が強いから普段はあんな感じだけれども、本当は誰よりも自分を理解してくれる人を探しているのでござるよ」

「………」

 何とも、ギーシュにとっては耳が痛い話であった。いつも爆発して失敗ばかり。おまけに可愛げのない性格とも相まって、今まで劣等生呼ばわりしてきたが、そう聞かされると、彼女の立場がどんなに辛く苦しいのか、何となく理解したからだ。

「突っ張ること以外に感情を表現できないから、あんな風になってしまっているけれど、それでも陰で誰よりも努力しては、それに報われず誰よりも泣いている。だから、ワルド殿との結婚が本当に、ルイズ殿にとって幸福であるのなら、それに越した事は無いでござろう?」

 この言葉に、ギーシュは何故、決闘の時あんなに剣心が怒っていたのかが分かった。

会って間もない筈なのに、彼は自分よりルイズの事を理解している。最初は彼女にあんな非道い仕打ちを受けていたにも関わらず、ちゃんとその中にあるルイズの本心を分かっていたのだ。それを知ってこそのあの反応だったのだろう。

 もう二度と、絶対にルイズは馬鹿にしない。そう心に誓いながらも、ギーシュはふと湧き上がった疑問を口にする。

「最後に、差し支え無ければ聞いていいかな?」

「おろ、何でござる?」

「……君、一体いくつだい?」

 ギーシュは剣心の見かけから判断するに、自分より三つ四つ上だろうと思っていた。

 だが実際にこうして、彼と会話していると、何ていうか余りにも精神的に大人びている。自分と比べても隔絶とした差を感じるのだった。

 それで不思議に思って尋ねたのだが、当の剣心は指を折って歳を数え始めると、やがて衝撃的な答えを口にした。

「確か、今年で二十九…だったかな?」

「にっ………!!」

「二十九だぁ!! 嘘だろ相棒!?」

 これには、ギーシュどころかデルフも声を出した。どう見積もっても彼の外見は精々二十前半だ。もう三十路前には到底見えない。若返りの秘薬でも飲んだのか、と疑う位に年と外見が一致していなかった。

「一体、何が君をここまで変えたんだい……?」

「おでれーた……おでれーたぜ、ホントに」

 ポカンと口を開けて感想を漏らす二人(?)に、剣心はそんなに変かなぁ、と首をかしげた。

 

 

 

 

 

 所変わって、ルイズ達の部屋では―――。

「君も、腰掛けて一杯やらないか? ルイズ」

 この宿の一番良い部屋で、ソファにくつろぎながら、ワルドはコルクの蓋を開けていた。二つのグラスにワインが注がれ、それが満たされると、ワルドとルイズはそれを掲げた。

「―――二人に」

 グラスを合わせ、カチャリと音を立てた。

 ルイズは、ワインを飲みながら考えていた。ゲルマニアとの婚約を破棄するほどの重大な手紙とは何なのか。そして、新たにアンリエッタが添えた、手紙の一文。

 虚ろな表情で書いた最後の行には、何て書かれていたのか…それはルイズにも何となく分かっていた。

 ワルドは、そんなルイズを見て、心配無用とばかりに胸を張る。

「大丈夫だよ。きっと上手くいく。何せ僕がついているんだから」

「そうね、貴方がいれば、きっと大丈夫よね――」

 そう言って、ルイズは俯いてた顔を上げる。その先にいたワルドは、懐かしむように昔を語り始めた。

 遠い昔の記憶。あの小舟で交わした約束。

 両親に怒られては、いつも泣いて、蹲って、そしてそんな時にいつも、手を差し伸べてくれた彼の事。

 魔法の才能のことで、何度もお叱りを受けるたび、ワルドがそんなことはない、と励ましてくれたあの頃。

 昔と変わらず、そのことになると、ワルドは言葉に熱がこもる。

「ルイズ、君は失敗ばかりしていたけど、誰にもないオーラを放っていた。魅力といってもいい。それは君が、他人にはない特別な力を持っているからさ」

「そんな、まさか……」

「まさかじゃない。例えば君の使い魔のこともそうだ」

 ルイズはパッと、剣心の顔が思い浮かんだ。無意識に顔が赤くなる。

「ケンシンの、こと?」

「そうさ、彼の左手にあったルーンは、僕も調べたこともあったから知っている。あれは伝説の使い魔『ガンダールヴ』の印さ。間違いない」

 そんなワルドの言葉に、ルイズは思った。確かに彼は強い。メイジをも圧倒するその実力は、ルイズだって何度も見てきている。しかし、『ガンダールヴ』かと言われると今いちピンと来ない。

 そんな凄い使い魔を呼べるほど、自分には才能が無い。そう思い込んでいるからだった。

「この任務が終わったら、僕と結婚しよう。ルイズ」

「……え?」

 色々考え込むうちに、急にワルドが婚約のことをきりだした。尚更、頭の中がごっちゃになっていく。

「僕は魔法衛士隊の隊長で終わるつもりはない。いずれは…『あの方』の下でこのハルケギニアを動かすような貴族になりたいと思っている」

「で、でも…」

 ワルドの熱心なプロポーズに、ルイズはただ困惑するばかり。しかし、畳み掛けるようにワルドは言葉を紡がせた。

「君はもう、子供じゃない。自分のことは自分で決められるだろう。確かに十数年、放ったらかしだったのは謝るさ。けど僕には―――君が必要なんだ。ルイズ」

「―――ワルド…」

 説き伏せるように語る彼の言葉に、ルイズは首を振る。

 何故だろう、憧れていたはずなのに…好きっていってくれているのに…心がどうしても受け入れてくれない。

 ふと、優しく微笑むワルドを見て、剣心の微笑みが頭を過ぎった。しかしどうしてか、彼の笑顔とワルドの表情は、何故か重ならない。

 何だろう、剣心の優しさと、ワルドの優しさは…根本的にどこか違う。しかしその理由が分からない。

 じゃあ、剣心ならいいのか? と言われるとまた別だ。彼は使い魔だし、そういった感情は無い……ような気はする。でも、ワルドと比べてどうかと言われると……。

 いずれにせよ、こんな気持ちで承諾なんかしても、ワルドに迷惑をかけるだけだ。そう思い、ルイズは言った。

「ワルド、わたしね…いつか皆が誉めてくれるような、立派な貴族になりたいって…そう子供の頃から思っていたの。わたしはまだ未熟だから……だからそれまで…」

「―――君の心の中には、誰かが住み始めたみたいだね」

「ち、違うわ! 決してそんなんじゃ…」

 慌てて首を振るルイズに、ワルドは苦笑しながらも応えた。

「いいさ、何も今返事をしてくれとは言わないよ。だけどこの旅が終われば、君の気持ちも僕に傾くさ」

 そう言って、もう寝る時間だと、ワルドはルイズの唇にキスをしようとした。

 ルイズは、一瞬受け入れようとして――何故か体が強ばってそれを拒否した。

 困惑した表情だったワルドは、それでも直ぐ優しく微笑んで、静かに灯りを消した。

「おやすみ」

「おやすみ……なさい」

 

 

 

 ルイズは、一人ベッドの中で考えた。どうして拒絶してしまったのか…自分でも不思議だった。

 でも、やっぱり違う―――ルイズは、ワルドの表情を見て、そう思った。

 フーケに捕まった時、自分にしてくれた剣心の笑顔は、何というか…不安や恐れを吹き飛ばしてくれるような、心から安堵できる表情をしてくれる。

 対してワルドのそれは、どこか違う。嬉しいはずなのに、心の奥底はモヤモヤが渦巻くばかりなのだ。

 どうして…同じ笑顔のはずなのにあんなにも『違う』と思えるのだろう?

 剣心とワルドは、表面上は似ているけど…どこか似ていない。恐らくそれが、ワルドとの結婚を渋った原因だと思った。――――だけどそれが分からない。

 結局、モヤモヤの原因を突き止められないまま、ルイズはそのまま睡魔に襲われて眠りに落ちていった。

 


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