るろうに使い魔‐ハルケギニア剣客浪漫譚‐   作:お団子

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第十三幕『始動』

 ルイズ達がアンリエッタの勅命を受けて、アルビオンへと向かう決心をする、その晩のこと。

 トリステインの城下町に存在する、チェルノボーグの監獄にて、盗賊土くれのフーケが牢屋越しに自身の処遇について聞いている最中だった。

「…という訳で、裁判は来週中に行われる。何か異論はあるか?」

 ある訳ないじゃないの、とフーケは何も言わずに手を振った。どうせ死刑確定だろう。良くて島流し。弁護なんてものは存在しないだろうと思っていた。

「まあいい、あと脱獄なんて考えるんじゃないぞ」

 監視員の男は、そう告げると厳重に鍵をかけて、その場を去っていた。コツコツと、足音はだんだんと小さくなっていく。

 脱獄かあ…、とぼんやり考えこみながら、フーケは寝そべった。どの道杖を取られている身の上に、強力な『固定化』の掛かった壁、おまけに手に入る食器は全て木製という徹底ぶり。現状、脱獄は不可能に近かった。

「全く、か弱い女一人閉じ込めるのに、この物々しさはどうなのかしらね?」

 そんな事を呟きながら、ふと自分を捕まえた、あの優男を思い出す。

 途中で自分の正体に勘づく程の洞察力。幾度も実戦を乗り越えてきたであろう身のこなし。

 ゴーレムですら、あの男の前では無力に等しい。そして間違いなく、あれが実力の全てではないことは分かっていた。

 正直、あの男に追い掛けられるぐらいなら、まだ牢屋の中がマシと思えるほど、圧倒的な力を持つ青年。

(何か…とんだ貧乏クジ引いちゃったなあ…)

 でもまあ今はどうでもいいか…とそう思い直し、さてどうしようか、と考えながら、取り敢えずフーケは眠ることにした。

 それから、数時間後のことだった。

「……ぁ…っ…!!」

「ひっ…うわああああああ!!」

 突然の悲鳴が、牢屋の中にも響いてきた。それにガバっと起き上がったフーケは、何事かと耳を澄ませてみるが、あれから何も聞こえない。

 次に聞いたのは、バァンと轟く大きな音。扉を開けたようなその音の次に、今度はコツコツと小さな足音が、こちらに向かってやってくるのを告げていた。

「うふ……うふふ…」

「…何だい……?」

 警戒しようにも杖がない。その音に緊張感を覚えながらも、フーケは出口を見やった。やがて、そこから一人の人間が表れた。

 その身なりを見て、フーケは全身鳥肌が立った。

 そいつは、かつて見たあの青年と同じような服を着ていた。腰に刀、頭に黒笠を被った、長身の男。だがそれより何より、異形なのはその眼だった。

 人を殺すことを何とも思わない眼。いやむしろ、人を殺すことに生きがいを感じている

眼。

 闇を背に生きてきた人間は何人か見てきたが、コイツはそのどれも当てはまらない、イレギュラーな存在を思わせるような雰囲気を纏わせていた。

「…で、あんたは何のようだい?」

 内に芽生える恐怖心をひた隠しにしながら、フーケは尋ねる。貴族に雇われた刺客か、それとも全く別の目的からか、いずれにせよ、こんなところまで来るということは普通じゃないことだけは確かだ。

 しかし男は何も答えない。

 やがてそんな男を見かねてか、もう一人の人物が姿を現した。黒笠を被った男と、変わらずの長身で、黒いマントを掛けているが、素顔は仮面のせいで窺い知ることはできない。

「『土くれ』だな? 話をしにきた」

「話…ですって?」

 そう聞いて、フーケは怪訝な顔をする。自分の弁護でもしてくれる物好きだろうか? それでもどうでも良さそうに手を振るフーケに対し、仮面の人物は言った。

「単刀直入に言う、アルビオンの革命に加わる気はないか? マチルダ・オブ・サウスゴータ」

「なっ―――!?」

 それを聞いて、フーケはハッとして仮面の人物を見る。それは、遠い記憶に捨ててきたかつての名前。それを何故こいつらが知っている……?

「どういうことよ……?」

 先程から一変、緊張したような表情を見せるフーケに、仮面は答えた。

「我々はハルケギニアの将来を憂い、国境を越えて繋がった貴族の連盟さ。我々に国境はない。ハルケギニアは我々の手で一つになり、始祖ブリミルの光臨せし『聖地』を取り戻すのだ」

「……馬鹿言っちゃいけないわ」

 下らなさそうにフーケは鼻を鳴らした。統一する? アルビオンを、トリステインを、ゲルマニアを、ガリアを? おまけにあの強力なエルフから、聖地を奪取すると?

 寝言は寝て言え。と思うフーケだったが、ふとその目に、黒笠の男が移った。相変わらず自分を切り刻む玩具か何かの目で見つめている。

 下手な回答をすれば、牢屋越しからでも刃が飛んでくるだろう。

(それに、この男……どことなくだが、自分を捕まえたアイツに似ている)

表面上は、全然そうは感じないのだが、どこか根っこでは、シンパシーに近い何かをこの男とアイツから感じるのだ。

「『土くれ』よ、お前は選択することができる。我々の同志となるか―――」

「その男に、斬り殺されるか……でしょ?」

 フーケがその言葉の後を引き取った。どの道自分に選択権などない。なら最初からそう言やいいのに、もったいつけて…と心の中で思った。

「あんたらの貴族の連盟とやらは、なんていうのかしら?」

「味方になるのか? ならないのか? どっちなんだ」

「これから旗を振る組織の名前は、先に聞いておきたいのよ」

 それを、肯定の意味だと悟った仮面の人物は、黒笠の男を一瞥する。男は、ニヤリと凶悪な笑みを浮かべると、腰の刀の柄に手を当てて――

「『レコン・キスタ』だ」

 その言葉と共に、鉄格子が真っ二つに切り裂かれた。

 

 

 

 

               第十三幕 『始動』

 

 

 

 

 場面は再び、トリステイン魔法学院。

 朝日が昇り、太陽が庭や建物を照らす中、う~んと背伸びする三人の人影があった。ルイズ、ギーシュ、剣心の三人だ。

 ここからアルビオンへは、馬でも何日かかかるらしい。そのため丹念に馬の手入れや持ち物の準備をする中、おもむろにギーシュが尋ねた。

「僕の使い魔も、連れていきたいんだがいいかな?」

「おろ?」

 そういえば、ギーシュの使い魔なんてまだ見たことはなかった。どこにいるのかと辺りを見回すと、急に下の地面が盛り上がり始めた。

 そこから出てきたのは、かなり大きいサイズのモグラだった。

「ヴェルダンデ! ああ僕の可愛いウェルダンデ!」

 そう言って、ギーシュは愛おしげにモグラを撫で始めた。それを見て、呆れた様子でルイズが見つめる。

「ねえギーシュ、私達、アルビオンに行くのよ。地面を掘って進む生き物なんて連れていけないわよ」

 一瞬、その言葉を飲み込むのに時間を要したギーシュだったが、やがてその意味を悟ると、今度は悲しげにウェルダンデを抱きしめた。

「お別れなんて、辛い、辛すぎるよ……、ヴェルダンデ…」

「おろ? なぜでござるか?」

 この会話に剣心は疑問を覚えた。何故連れていけないのか? 歩く分には問題ないと思うのだが……。しかし、当のウェルダンデは、何やら鼻をひくつかせる様な仕草を見せると、急にルイズの方をむいて、あろうことか、そのまま押し倒して擦り寄り始めた。

「ちょ…やっ…どこ触ってんのよ!」

「…何しているでござるか…?」

 モグラと戯れるルイズを見て、剣心は呆れたような感じで呟いた。ギーシュはギーシュで、眩しいものを見るように見守っている。助ける気はないようだ。

 しばらくして、剣心はウェルダンデはルイズの右指にはまっている指輪…水のルビーを目指していることに気づいた。

「成程、指輪か。ウェルダンデは宝石が大好きだからね」

 どうやらギーシュのウェルダンデは、宝石や鉱山を追い求める習性があるようだ。

 納得したように、ギーシュが頷くと同時に、急に突風が吹き荒れてウェルダンデを空高く打ち上げた。

「誰だ!!」

 激昂したように、ギーシュが風の吹いた方向を見て構えた。そこには、羽帽子を被った一人の男がいた。

 剣心は彼に見覚えがあった。式典のとき、アンリエッタの隣を護衛していた騎士の一人。ルイズが熱を持った視線を送っていたあの男性だ。

「すまない、婚約者が襲われているのを見かねてね。僕は姫殿下より、君たちに同行する

よう命じられたのだよ」

 そう言って、男は帽子を取って一礼をする。

「女王陛下の魔法衛士隊、『グリフォン隊隊長』、ワルド子爵だ」

 それを聞いて、ギーシュはサッと顔色を変える。グリフォン隊と言えば、愛しい姫殿下直属の部隊であり、憧れの的だ。流石に相性が悪すぎる。

 しかし、剣心はそれよりもワルドが最初に言った言葉を思い返していた。婚約者…? 

 だがその言葉を肯定するかのように、ワルドは嬉しそうにルイズを抱き上げた。

「久しぶりだな! ルイズ! 君は相変わらず羽のように軽いな!!」

「お、お久しぶりですわ…ワルドさま」

 ルイズも、今まで剣心に見せたことのない、はにかんだ様子でワルドを見つめた。

しばらくそうやって戯れていると、ルイズを降ろし、急に真顔になって剣心の方を向いた。

「君がルイズの使い魔かい? 人とは思わなかったな」

「緋村剣心でござる。よろしくでござるよ」

 婚約者と聞いても、少し驚いただけで特に何かを思う風でもなく、剣心は軽く頭を下げた。ワルドは、そんな剣心に頭を上げるよう促した。

「こちらこそよろしく。僕の婚約者がお世話になってるよ」

「いやいや、こちらこそ」

 当たり障りのない二人の会話。それを傍目でルイズは見ていた。なんていうか、すごくもどかしそうな目で。ワルドは、そんなルイズの視線の気付いて軽く微笑むと、口笛を吹いてグリフォンを呼んだ。

 それにワルドはひらりと跨ると、ルイズを一緒に乗せて、剣心達の方へと向き直って言った。

「では諸君、出撃だ!!」

 

 

 

 

 そんな一行を、アンリエッタは学院長室の窓から心配そうに眺めていた。今はただ、ルイズを、彼らを信ずるしかない。そう思って、一心に祈った。

 しかし隣では、そんな雰囲気をぶち壊すように、オスマンが鼻毛を抜いていた。

「見送らないのですか? オールド・オスマン」

「ほほ、姫。この老いぼれは見てのとおり、鼻毛を抜いとりますのでな」

 どこまでも暢気そうな彼の態度に、はぁ…とアンリエッタはため息をついた。そしてそれを見計らったように、次の瞬間、コルベールが勢い良く飛び出してきた。

「いいいい、一大事ですぞ! オールド・オスマン!!」

「君はいつでも、一大事ではないか。どうも君は慌てんぼでいかん」

「慌てますよ、チェルノボーグ牢獄が、何者かに襲撃されました!!」

 コルベールは、まくし立てるように説明し出した。魔法衛士隊が、姫と共に出払った隙を狙ったかのような襲撃。

 目撃者もなく、関わった門番や兵士は皆斬殺された死体に変えられており、さらに恐ろしいことに、それに乗じて土くれのフーケが脱獄してしまったのだ。

 城下に裏切り者がいる……その事実に、アンリエッタは唖然とする。

「間違いありません! アルビオン貴族の暗躍ですわ!!」

「そうかもしれませんなぁ…あだっ!」

 痛そうに鼻毛を抜いてコルベールを下がらせるオスマンに、アンリエッタは心底呆れたような表所を作った。

「トリステインの未来がかかっているのですよ? 何故そのような余裕の態度を…」

「既に杖は振られたのですぞ。なあに、彼ならちゃんとやってくれましょう」

 変わらず泰然自若の体を崩さないオスマンの、その言葉を聞いて、アンリエッタは考えた。何でこんなにも余裕でいられるのかと…。そして『彼』とは?

 普通で考えれば、ワルドの事かと思うが、オスマンの態度から見るにそれは違う気がした。ではギーシュの方かと言われると、それも違うだろう。となると―――。

「まさか、ルイズの使い魔のことですか? しかし彼はただの平民ではありませんか!」

 腑に落ちなさそうな様子のアンリエッタに対し、オスマンは静かな声で言った。

「姫は、『ガンダールヴ』のくだりはご存知か?」

「始祖ブリミルが用いた最強の使い魔のこと? まさか彼がそうと……!?」

 目を丸くして驚くアンリエッタを見て、オスマンは一瞬しまった、と思ったが、まあいいかと思い直し、なおも面白気に口を開いた。

「では、『飛天御剣流』をご存知ですかな?」

「……聞いたことがありませんわ」

 明らかに知らないのを承知で聞くような質問に対し、アンリエッタは首をかしげる。そして、オスマンはそんなアンリエッタの様子を見て、楽しむように言った。

「これは私の体験談なんじゃが、その昔一度ワイバーンに襲われましてな、そこを一人の恩人に助けて貰ったのですが、彼は魔法も使わずに、剣一本だけで、しかも最初から瀕死に近い状態にも関わらず…ワイバーンと互角に戦い、そして倒してしまったのですじゃ」

「ワイバーンを!? ご冗談でしょう!!」

 魔法も使わずに? 剣だけで? 瀕死なのに? あのワイバーンを一人で?

 予想通り、信じられないといった感じを見せるアンリエッタは、しかしオスマンが嘘でからかっているわけでなく、本気で言っていることに気付いた。

「残念ながら、本当ですじゃ。これはただの伝説や噂ではない。わしが証人なのですからな。このオールド・オスマン、誓ってこの話には、嘘偽りを並べたりはしない、全て真実の出来事ですぞ」

 この言葉にアンリエッタは、しばし言葉を失った。もし、それが本当だとしたら…。

「では、『飛天御剣流』というのは……」

「左様。その恩人が振るっていた流派の一つ。恐らくその強さはメイジの比ではない、もしかしたらエルフにも、正面から太刀打ちできると私は思っとります」

「しかし、そんな流派なんて聞いたことも……」

 なおも納得できなさそうに、首を振るアンリエッタを見て、オスマンはいい加減喋りすぎか? と思った。

 しかし、ここまで言ってしまったらいずれ真実にたどり着くだろうし、何より彼は力の使い方を分かっている。そうそう権力に利用されるような下手な事はしないだろう。

 だったら、今ここで語っても問題無い。そう思ってオスマンは続けた。

「まあ、信じるか否かは姫に任せるとして、要は、彼はその『飛天御剣流』の全てを受け継いでいるということ。そして彼も恩人も、この世界ではない『どこか』から来た人間だということ。それを知る上でこその余裕なのですじゃ」

「異世界…ですか…?」

 そう聞いて再び混乱し始めたアンリエッタだったが、一つだけ理解したことがあった。

 あの時、何故彼に対してあんなにも、頭を下げてお願いしたのか、あれは、自分でも不思議だったのだ。

 しかし、今なら何となく分かる気がした。なんというか、彼には期待してしまう雰囲気があるのだ。

 切羽詰った状況で、親友にも晒せなかった本音を、会って間もない筈なのに、彼だけは理解してくれたのではないかと、そう感じたのだ。理屈ではなく、本能で。

「ならば祈りましょう。異世界から吹く風に」

 アンリエッタは祈った。親友と、その使い魔である彼と、一行に。良い結果が訪れるようにと。

 


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