るろうに使い魔‐ハルケギニア剣客浪漫譚‐   作:お団子

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第十一幕『夢現』

 その夜、ルイズは夢を見た。

 ずっと昔、まだ家で貴族の教育を受けていた頃。

 良く出来た二人の姉に比べられるのが嫌で、いつも何か言われれば、逃げるようにそこへ行き、今では嫌なことが起きると、自然とそこに足が向くようになった。

 誰もいない池のほとりで、小舟の上に乗っては、そこでよく泣いていた。

 今日も母からのお叱りと使用人の小言から隠れるために、一人そこで蹲っていると、上から優しい声が聞こえた。

「泣いているのかい? ルイズ」

 フードを纏い、帽子を被った青年。目深で顔はよく見えないが、ルイズには誰か直ぐ分った。

「子爵さま、いらしていたの?」

 最近近所の領地にやってきた、自分にとって憧れの貴族。優しく、強そうで、尊敬にも似たような感情を持っていた。

「今日は君のお父上に呼ばれてきたのさ、あのお話のことでね」

「まあ、いけない人ですわ。子爵さまは……」

 あの時の自分は、まだ十にも満たない年だった。だから、その言葉の意味がよく分からずに、どう答えていいか分からなかった。

 父が交わしたという、自分と彼との間の約束。幼き頃よりの誓い。

 嬉しくないと言ったら嘘になる。でも―――。

「ミ・レイディ。手を貸してあげよう。安心なさい、怒られたのなら、僕からお父上にとりなしてあげるからね」

 そう言って、彼は手を差しのべる。大きくて、頼りがいのある手。あの頃の私は、ニッコリと笑って、その手を握ろうとした時。

 ビュゥゥウ…と、大きな風が吹いた。帽子が外れ、宙に浮く。

 そこには、いつも知っている彼の顔では無い。ルイズの前に立っているのは―――。

「ケン……シン…?」

 優しい表情のまま、彼のいた場所には剣心が佇んでいた。

 そして、いつの間にかその剣心も、池のほとりも小舟も、全てが闇へと消えた。

 

 

 

 

               第十一幕 『夢現』

 

 

 

 

「……ここは、どこ…?」

 気づけば、ルイズは知らない世界へと踏み込んでいた。体もいつしか、成長して元通り十六の姿になっていた。

 ルイズは周りを見回した。そこにあるのは、明るい夜空と爽やかな風が撫でる草原。そして、闇を照らす大きな満月が一つ。

(月が一つ……。ってことは……)

 嘘だと思いながらも聞いていた、使い魔の話を思い出す。彼の住む場所では、月が一つだけだったと―――。

 ルイズは当惑しながらも確信した。ここは、剣心のいた世界だということ。夢の中で、彼の世界に迷い込んでしまったのだと……。

 その中に、ぞろぞろと歩いていく集団を見つけた。

 そしてその中には、小さいながらも見覚えのある赤い髪を束ねた少年がいた。

(あれって……小さい頃のケンシンかな?)

 夢の頃の幼いルイズと同じくらいの様子だったが、間違いない。あれは少年時代の剣心だ。

(ってことは、これは剣心の子供の頃の夢―――?)

 ルイズの足は自然とそこへ向いた。幼い剣心はまだあどけない顔立ちで、三人の優しそうな女性に連れられて歩いていた。

 お姉さんなのかな? と思うルイズの耳に、劈くような悲鳴が聞こえた。

「きゃああああああああああああ!!!」

「や、野盗が、野盗が来たぞ――――ぐぁ!!」

 声を上げた男の胸に、深々と刀が突き刺さり、大量の血を撒き散らした。

 この事態に気付いた集団は、蜘蛛の子を散らすように必死で逃げ始めた。

 しかし、そんな彼らに構わず、野盗共は手当たりしだい斬り殺して突き進んで行く。

 女も、子供にも容赦はしなかった。

「何、何なの……?」

 ルイズは、この出来事に只々呆然として見ることしかできなかった。

 命乞いすら許さず、次々と人を殺していくその野盗と、とにかく生き延びようと走るその集団の人々。

 その中に剣心の姿が見えたルイズは、とにかく何とかしなきゃと足を踏み出した。

 

 

 

 既に野盗共の手により、その大半が倒れて血溜まりを作って動かなくなっていた。

 残った人々も、逃げる気力が無くなったのか、ただ蹲って命を乞うばかり。

 そんな人達も手当たりしだい叩き斬られて、とうとう、生きている者は幼い剣心と、守るように抱える三人の女性だけになった。

「お願い、この子だけは―――きゃああ!!」

「この子だけは、どうか……ああっ!!!」

 必死に剣心を庇う二人の女性に対しても、野盗共は容赦なく斬り捨てる。唯一残って、剣心を抱いている一人の女性が、倒れ込むように剣心の盾になった。

 

 

「心太…心太! あんたはまだ小さいから、私達みたいに自分で生き方を選ぶことはできないの。だから今死んじゃ駄目……あんたは生きて。生きて自分の人生を選んで、死んだ人達の分まで―――」

 

 

 涙を流して訴えるその女性をよそに、野盗はなんの慈悲も与えずに、荒々しくその髪を引っつかんで剣心を引き離した。

「心太……生きて…」

 そして野盗は、躊躇いもなく彼女の首を刺し貫いた。

 力なく倒れた女性は、それでも最後まで、剣心に向かって案ずるように呟いていた。

「生き……て…心…太……私の…分…まで…」

 それを最後に、野盗は女性の胸を貫いて息の根を止めた。そして、その足で剣心の方へと向かう。

 

 

「やめ…てよ…」

 ルイズが、震える声でそう言った。

 次の瞬間、庇うように剣心の前に立った。

「やめなさいよ!! 何でこんなことするの!! 何で――」

 その時ルイズは、野盗の目を見て、言葉が詰まった。

 生きるのに必死な、野獣のような眼。

 こうしなければ生きられない。だから相手に対してなんの情も持たない。…そうルイズに語るような眼だった。

 ルイズの生きてきた世界とはまるで真逆のように違う。血と飢えで作られたような修羅の世界。

 詰られようと、後ろ指をさされようと、それでも裕福な育ちをしてきたルイズにとって、あんな眼は生涯できないことだろうと、そう思わせる眼だった。

 そして野盗は、そのままルイズごと剣心を刺し殺そうと刀を構えた。

 ルイズは思わず目を瞑った。その時、今度は野盗の方から悲鳴が上がった。

「ひっ……ぐわあ!!」

 目を開けてみれば、野盗を霧でも払うように斬り飛ばす。一人の男がいた。

 残された野盗共は、集団で立ち向かうが、皆刀を振り上げる前に絶命していく。

 最後の一人、剣心を殺そうとした野盗が、恐怖で震える声で叫んだ。

「誰だ、貴様ぁ!!」

「これから死ぬ奴に名乗っても意味がねえよ」

 野盗は刀を握り締め、声を上げて突貫していくが、間合いに入った瞬間、野盗の体は散り散りになって飛散した。

「通り合わせたのも何かの縁、仇は討った」

 月明かりに照らされて、少し周りが明るくなった。

 ルイズは、颯爽と現れて野盗を一瞬で皆殺しにした、その男を見た。

 二十代前半のような若い顔つきとは、似合わないその体格と身長。そして何故か、秘宝であるはずの『破壊の剣』と『英雄の外套』をその身に纏った大男だった。

「恨んでも悔やんでも、死んだ人間は黄泉返らん」

 刀についた血を拭きながら、憮然とした目で剣心を見下ろす。まるで、こういった光景は見慣れているような感じだった。

「己が生き延びられただけでも、良しと思うことだ」

 そう言って男は『破壊の剣』を仕舞うと、未だに夢を見るような顔をしている剣心を置いて、そのまま何処へと消えていった。

 残ったのは、数々の遺された死体と、幼い剣心ただ一人となった。

 

 

 

「うっ…ん…?」

 朝、陽の光に照らされて、ルイズは目が覚めた。

 目がしょぼしょぼする、夢で泣いていたのかな……、とまだ覚めない頭でふとそう思った。辺りを見渡すと、隣には、既に支度を整えた剣心がいた。

「おはようでござる、ルイズ殿」

 相変わらずの屈託の無い笑み。ルイズの知っている、いつもの剣心の姿がそこにあった。

「あ…うん…おはよ…」

「……ちょっと目が腫れてるようだけど、大丈夫でござるか?」

「だ、大丈夫よ!! ジロジロ見ないで!」

 心配そうにのぞき込む剣心を、慌てて振り払うと、ルイズはすっくと立ち上がって顔を洗い始めた。これ以上、自分の泣き顔なんて見せたくなかったのだ。

(あれが……ケンシンの過去なのかな…?)

 ルイズは、夢の中の出来事を思い返していた。

 立ち上る血と、数々の死体の山と…その中でツンと香る、何かの花のような匂い。

 最後まで剣心を守った女性達。そして、伝説の秘宝を持ったあの男。

 本当は、沢山聞きたいことがあった。彼は誰なのか、あの後どうなったのかとか―――。

 だけど、それは聞いちゃいけない過去だというのも分かっていた。あんな悲惨な経験を、嬉々として語る人なんて、まずいないだろう。

 だから、自分は何も見なかった。今は、そういうことにしておこう。

 あの夢は、早く忘れようと思った。それが、自分と剣心にとっても良いことだろうから。

「…ルイズ殿、いつまで顔を洗っているでござるか?」

 そんなルイズの気を知らずに、呆れたような口調で剣心はそう言った。

 

 

 

 

 

 そして、今日の授業が始まった。担当するのは、どこか根暗な雰囲気を漂わせる教師、ミスタ・ギトー。

 フーケの騒動の時、やたら揉めては色んな教師を批判していた男だった。自身の扱う系統をよく自慢しているが、そのくせフーケ捜索には名乗りを挙げなかった。

 要は、その程度の器量の持ち主なのだ。そのため生徒からも人気はなかった。

 今回の講義も、そう言った自慢の系統について嫌味ったらしく語っている最中だった。

「最強の系統は知っているかね? ミス・ツェルプストー」

「『虚無』じゃないんですか?」

「伝説の話をしているわけではない。現実的な答えを聞いてるんだ」

 ピクリ、とキュルケが眉を釣り上げた。

「『火』に決まっていますわ。全てを燃やし尽くせるのは炎と情熱、そうじゃございませんこと?」

 自信げに胸を張って答えるキュルケに対し、ギトーは「ほほう」と含みある笑いを浮かべると、急に杖を引き抜いてこう言った。

「なら試しに、君の得意な『火』の魔法をぶつけてみたまえ」

 周囲がどよめき出した。キュルケもである。明らかに舐められてる。

「……火傷じゃすみませんわよ?」

「構わん、本気で来たまえ。その有名なツェルプストー家の赤毛が飾りでないならな」

 とうとうキュルケの顔から笑みが消えた。

 杖を取り出し、呪文を唱え始めると、直径一メイルはあろうかという炎の塊を、躊躇いなくギトーに向けて放った。

 しかし、ギトーは小馬鹿にした表情を崩そうともせず、余裕の態度で杖を振った。

 すると、たちまち突風が起き、キュルケの火の玉をかき消すと、その舞い上がった風がキュルケに向かって押し寄せてきた。

 吹き飛ばされる―――目を瞑って身構えたキュルケの前に、颯爽と目の前に影が現れた。

 それは、吹き荒れる風を前にしても堂々と立ち、腰の刀で一閃、振り抜くとその衝撃と共に突風を起こした。

 ギトーの風とその突風は衝突し、しばらく拮抗していたが、やがて大きな音と共に消えて静まった。

 その突風を起こした本人、剣心が憮然とした態度で告げた。

「力を誇示するのは構わんが、そのために生徒を利用するのはいかがなものか?」

 その剣心の姿を見て、周りの生徒達も賞賛と賛同の目を向けた。キュルケは、自分が剣心に助けてもらったことで、すっかり舞い上がっていた。

「さっすがダーリン、頼りになるぅ!!」

 そして、いつもの小馬鹿そうな顔をして、ギトーに向かって思い切り手を挙げた。

「ミスタ・ギトー! 最強なのは『火』でも『風』でも、ましてや『虚無』何かでもなく、彼の使う『飛天御剣流』であると思います!!」

 その言葉に、小さく隣でタバサが頷く。

 ガヤガヤと、口々に話し出す声が聞こえてくる。皆程度はあれど、驚きを隠せないようだ。ギトーはそれらを静止させ、今度は憎たらしい目付きで剣心を見た。

「どうやら君達は勘違いをしているようだ。最強の系統は『風』。あの程度の突風を弾いた所で、誇るべきものじゃない」

 そう言うと、ギトーは剣心に向かって杖を向けた。

「最強の系統とはどんなものか…その前では君の力など無力だということを教えてやる」

「興味がござらん、キュルケ殿が危なかったから出しゃばったまで。力を誇示する気はないでござる」

 剣心は、それだけ言うと刀を納め、見咎めている様子のルイズの隣の席へと戻った。

 この勝負、どちらに軍配が上がったかは、周りの反応で一目瞭然だ。しかし、たかが平民に、自慢の鼻っ柱をへし折られたギトーとしては、この状況は面白くないことこの上ない。

「そうか、ならこれならどうだ? ユビキタス・デル・ウィンデ――」

 そこまで唱えたとき、急にバァンと、大きな音を立てて扉が開いた。

「おっほん、今日の授業は全て中止であります!」

 扉を開けた本人、ミスタ・コルベールは、いつもとは違う珍妙な格好をしていた。

 ロールした鬘を被せ、変な飾りをつけた服を着ている。普段の彼を知るものから見れば、その姿は、滑稽甚だしい出で立ちだった。剣心ですら唖然としていた。

「えー、皆さんにお知らせですぞ…あらっ?」

 コルベールは勿体つけた調子で口を開いて、その途中カツラが取れ、挙句タバサに「滑りやすい」と指摘されて、大笑いされる生徒たちを怒鳴って宥めた。

「黙りなさい! 小童共が! ……えー、皆さん、本日はトリステイン魔法学院にとって、良き日であります。」

 そう言うと、改めて生徒達の前に向き直り、声高で口を開いた。

「恐れ多くも、先の陛下の忘れ形見、我がトリステインがハルケギニアに誇る可憐な一輪の花、アンリエッタ姫殿下が、本日ゲルマニアのご訪問からのお帰りに、この魔法学院に行幸なされます!」

 途端に、周囲がざわめき出す。だがそれも当然だった。

 アンリエッタ姫はトリステインの間では知らない者はいない程、有名な王家の一人だ。ギーシュなどを始めとした貴族が、皆彼女のために命と杖を捧げる者が後を絶たない程の人気者だ。

 その彼女が、ここトリステイン魔法学院へと訪れるのだから、この反応は当然といえた。

「姫さまが、来る……?」

 剣心は、そう呟くルイズの横顔を見た。キョトンとした顔で、何とも夢を見ているような、そんな惚けた表情をしていた。

 コルベールは辺りを見回して、静まり返るところを見計らうと、最後にこう叫んで締めくくった。

「諸君が立派な貴族に成長したことを、姫殿下にお見せする絶好の機会ですぞ! 御覚えがよろしくなるように、しっかりと杖を磨いておきなさい!」

 


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