とある製薬会社に務めていた研究員のヤケクソ日記 作：色々残念
月 日
Ｈ.Ｃ.Ｆ.へと潜入中の部下から送られてきたエヴリンに関する詳細な情報を書いておく事にしよう。
特異菌のゲノムをステージ４以前の人胚に組み込み、特定環境下で３８～４０週ほど培養することで製造された生物兵器であるエヴリンは体組織から自在に特異菌を分泌できる。
そして特異菌を他の生物に植え付けることによって対象の意識や肉体を実質的に支配する。
特異菌の感染初期、特異菌は感染者の体組織を養分として増殖しながら、全身の細胞を徐々に置換していく。この過程において、感染者の再生能力は飛躍的に向上する。感染者の四肢を切断する実験では、数分以内であれば容易に自然接合することが確認された。
特異菌の感染中期、特異菌が脳幹にまで達すると、感染者の思考はエヴリンと同調する。感染者は幻覚や幻聴を発症、言動をエヴリンにコントロールされた状態になる。この状態が続くと、最終的に完全に自我を喪失する。
特異菌感染末期、細胞置換が進行し、人間を逸脱した形態に変異。感染者により変異形態は異なるが、いずれの場合も驚異的な身体能力を誇る。この形態が暴走した場合、鎮圧は非常に困難。
他に確認されているエヴリンの機能としては菌糸から生物を形成する能力が挙げられる。この生物は無数の菌糸が集合したいわゆる超個体で、生存本能に直結した獰猛さと、菌類ゆえの強靭さから大型肉食動物に劣らぬ攻撃能力を持つ、兵器としてのポテンシャルは極めて高いと言える。研究者達はこの超個体を「モールデッド」と呼んでいるようだ。
既にエヴリンはアレクシアの手に渡っている。早急に対策を考える必要が有るな。
現時点ではカビなどの真菌を根から完全に死滅させ除去する強力な除菌剤程度だが、特異菌や被験体の一部でも手に入れる事が出来れば更なる対抗手段を作成する事が可能になるだろう。
部下には情報だけではなく現物も届けてもらうとしようか。
報酬は弾むので宜しく頼むぞ。
月 日
仕事が早い部下には感謝の言葉とアフリカで手に入れた大粒の宝石を幾つか贈ろう。届けられた特異菌被験体の頭部と腕。脳神経と末梢神経を元に特異菌の血清を作成した。この血清を用いる事で感染者の体内の特異菌の菌糸を石灰化する事が可能だ。軽度の感染者ならばこれで救えるだろう。
血清と同様の効果を発揮する薬品の開発にも取り掛かっている。完成すれば特異菌による被害の大規模な拡大を防ぐ事も出来る筈だ。
再びアレクシアとエヴリンが私の前に現れる前に対抗手段を完成させておかなくてはならない。あの性悪がいつまでも大人しくしている訳が無いからな。
新しく手に入れた玩具で遊ぶのは私に見せびらかしてからという事だったのだろう。
次は見せびらかすだけでは済まない。アレクシアを母と慕うエヴリンに能力を使わせるのは間違いないな。
特異菌に関する情報と菌のサンプルに血清の一つはＢＳＡＡに流しておくとしよう。
新たな脅威を彼等にも知っておいてもらわなければならない。
月 日
血清と同様の効果を発揮する薬品の開発が完了。完成した薬品の効力を更に高め特異菌に対する壊死毒とも言うべき物を造り出す事にも成功した。その壊死毒を弾頭に仕込んだ特殊な弾薬も大量に作成してある。
外出する際は以前の装備に加えて常にこれらを持ち歩く様にしておこう。少々嵩張るがこれでいつでも備えは万全だ。特異菌に対して何も打つ手が無いという最悪の事態は避けられるだろう。
全てが私の思い過ごしで有れば何事も無い平穏な日々を過ごせる筈だが、そんな訳が無いのは良く解っている。
解りたくは無いが解っている。
私の嫌な予感は大概当たるのでね。
月 日
当たって欲しくは無かったが予想通り私の前に溶け崩れた人型の異形の生物「モールデッド」が２０体程現れた。９体の基本型に対して５体の右腕が刃の様な形状に変異しており、細身な４体が四足歩行で蜘蛛の様に素早く近付いてくる。残りの２体は肥満体の様な体型で口から強酸性の体液を吐き出し吹きかけてきた。
吐かれた酸を避け対特異菌用特殊強装弾を装填した拳銃を取り出し、迫り来る４体の細身の頭部へ向けて４連射。続けて５回引き金を弾き刃の様な形状の右腕を持つ連中の脳天に特殊強装弾を叩き込んでやる。弾装に残った６発で基本型の数を３体にまで減らしてから、新たな弾装を装填し残りの３を０にして、最後の２体の肥満体へと容赦無く１２発の弾丸を撃ち込んだ。
生命力が高い肥満体だけは少し手間取ったが、対特異菌用特殊強装弾は満足のいく性能を発揮した。特異菌に対して念の為用意しておいた備えが機能して随分と楽に始末が出来たな。
エヴリンの姿は見えないがモールデッド達に私を襲わせたのは間違いなく彼女の仕業だろう。問題はエヴリンが自主的に行った事であるのかアレクシアに指示されたからなのかだが。
数を揃えれば私がどうにかなると考えている時点でアレクシアではなくエヴリンの発想だろうが、どちらであろうとも私に被害が来ている事に代わりはない。
今回は私一人の被害で済んだが今後どうなるかは解らない。異物を受け付けない私の身体は特異菌に侵される事は無いが、私以外の人間は一部の例外を除き特異菌に対して抵抗力を持っていないのだから被害が拡大する可能性が有る。
モールデッド達の原材料を考えれば既に被害は出ているのかもしれない。早急にエヴリンを始末しなくてはならないな。彼女がいたいけな少女の姿をしていても造り出された生物兵器である事を忘れてはならない。
しかしアレクシアの手元にエヴリンはいる。直ぐには手を出せない厄介な奴の手を掻い潜るのは一苦労だ。アレクシアとエヴリンを同時に相手取るのは避けたいが、そうも言ってはいられないか。
対アレクシア用の装備も持ち歩く必要が有りそうだな。
月 日
私の行動範囲内で再び現れた大量のモールデッド達を処理。前回と比べると動きの早い四足歩行の細身と生命力の高い肥満体が多目になっていたが問題なく始末。この程度ならばどうにかなるが、どうにもならなくなる前に元凶であるエヴリンを止めなくてはいけない。
それにはエヴリンの居場所を突き止める必要が有るが、神出鬼没のアレクシアと共に行動しているエヴリンを見付け出す事は困難だ。あの外見２０代の３７歳「また会いましょう」と言っておきながら会うつもりが無いとしか思えない。
此方の動きだけが筒抜けになっている気がしているんだが。
月 日
絶え間無く連日続くモールデッドの襲撃を撃破してエヴリンとアレクシアを捜索したが見付け出す事は出来なかった。最初は数を揃えただけだったモールデッドの動きが日を増すごとに段々と良くなって来ている事に危機感を覚えている。
今はまだ拙い連携を覚え始めたあたりだが、エヴリンは着実に学習をしているようだ。このまま続けば不味い事になるのは間違いない。
これがアレクシアの目的なのかもしれんな。
月 日
再度現れた３２体のモールデッド。刃の様な形状に変異した右腕で弱点の頭部を庇いながら進む６体。８体の細身の四足歩行は周囲に散開して縦横無尽に駆け巡り近付いてくる。そして６体の肥満体を盾に隠れた１２体の基本型。
私は両手に構えた２丁の拳銃を細身の四足歩行へと向けて引き金を連続で弾く。銃口を向けられた瞬間に飛び跳ねて銃弾を躱した細身達が宙に浮いている内に頭部を狙い撃つ。刃の右腕で頭部を庇う連中にはそれ以外の場所へと対特異菌特殊強装弾を撃ち込んで息の根を止めてやり。連続して吐き出された強酸性の体液を避けながら弾装を装填し肥満体に全弾を叩き込んでから更に再装填した弾丸をくたばるまで撃ち込み続け。連携して襲いかかってくる基本型達の頭部に風穴を空けてやる。
最初と比べると段違いの動きを見せるモールデッド達に驚きを隠せないが、それだけエヴリンの指示が上達しているという事になるな。
遠隔でこれだけの操作が可能であるとは恐れ入ったが、負けてやるつもりは無い。
エヴリンとアレクシアを意地でも見付け出してやるとしよう。
ネタバレ注意
基本型
モールデッド
人間が特異菌に侵されて、全く別の存在へと転化したもの
異常に高い生命力を持つが、頭部の中枢神経を破壊されると活動を停止する
一体程度ならナイフでもなんとか出来る
右腕が刃の様な形状に変異
ブレード・モールデッド肥大した右腕を持つモールデッド
通常のモールデッドを上回る耐久性を獲得しており、金属の刃に例えられる程に鋭く硬質化した右腕は、獲物の身体を易々と両断する
グロテスクバージョンだと脚を切り落とされる事がある
細身な四足歩行
クイック・モールデッド
機動性に特化した細身の肉体を持つ、モールデッドの変種
四つん這いの姿勢のまま、立体的な動きでターゲットを惑わし、瞬時に間合いを詰めて襲いかかる
しゃがんで攻撃すると倒しやすい
肥満体の様な体型
ファット・モールデッド
生命力が大幅に向上した、肥満体のモールデッド
全身を流れる体液が強い酸性を帯びており、それを口から吐くだけでなく、ダメージを負った時には傷口から噴き出させる
掴み酸吐きをしてくる時にリモコン爆弾を使えば頭部を破壊して一撃で倒せる