チートを持って転生したけど、同僚馬鹿ップルが面倒くさい~2X歳から始めるアイドル活動!?~   作:被る幸

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一応、作者なりのカリーニナけじめ編です。
どうか、温かく見ていただけると幸いです。

‐追記‐
けじめと書きましたが、カリーニナ(の行動のオチを書くという作者の)けじめ編です。
ことばがたらず、誤解を招いてしまい申し訳ありません。


山は山を必要としない。しかし、人は人を必要とする。

どうも、私を見ているであろう皆さま。

親の心、子の心。大切な心を守る、渡 七実です。

仁奈ちゃんの笑顔を守る為に、市原家の家庭事情に介入することを決めたのはよかったのですが、チートを持っているとはいえ世の中はそう簡単に思い通り進まないということを改めて痛感しました。

会話するだけで簡単に相手の心を救ってしまうオリ主としての器は私にはなかったようで、一晩では話を聞いて何が原因でこうなってしまったのかを究明することしかできませんでした。

気持ちだけで何とかなってしまうのなら、この世界から対立や戦争といった出来事はなくなることでしょう。

とりあえず、昨夜は泣き疲れてしまった仁奈ちゃんの母親も私の部屋へと泊めたのですが、正直これからどうしようという感じですね。

市原家の家庭事情としては、両親は共働き。父親は長期の海外出張中、母親は数年前に功績が認められ昇進して倍以上に増えた業務に忙殺されて、家庭も頑張っているつもりであったがつい仁奈ちゃんは良い子だから大丈夫だろうと思い後回しにしてしまった、だそうです。

確かに仁奈ちゃんはとても良い子でした。

スーパーへと買い物に行った際も『好きなお菓子を持ってきていいですよ』と言って、一緒にお菓子コーナーまで行ったのですが。

 

 

「お菓子って、こんなに種類が多かったでこぜーますね」

 

 

至って普通のスーパーのそこそこに陳列されたお菓子コーナーを見て、出た言葉がこれでした。

色々と深く勘繰り過ぎてしまったのではないかともその時は思っていましたが、家庭事情を聞いたことでそれが事実だったと確定してしまいました。

どうして、こう外れてほしい予想というのは悉く裏切られるのでしょうね。

それらに加えて、当初の予定よりレシピを簡略化して一緒にハンバーグを作ったこと、それを食べながら仁奈ちゃんが泣いていたこと、お風呂でまたママと入りたいと零していたこと、それらを全て伝えると母親は涙が滂沱として止まらない状態となっていました。

仕方ないので肩を貸してあげましたが、こうした役回りは時に禁忌の門を開いてしまいかねないので勘弁してもらいたいものです。

次第に嗚咽が規則正しい寝息に変わったので、体型の近かったちひろの予備の寝間着に着替えさせて仁奈ちゃんの横に寝かせておきました。

その後、私なりに市原家の家庭事情の改善案を考えてみたのですが、結果は芳しくありません。

仁奈ちゃんの母親が美城系列の会社に勤めているのなら、昼行燈の人脈を少々拝借して裏から手をまわすことも可能なのですが、全く関係のない企業に所属しているので不可能です。

転職を勧めるという手もありますが、家庭を蔑ろ気味にしてしまうほどに今の職場を気に入って遣り甲斐を感じているので無理強いはできませんし、30半ばという年齢を考慮すると転職は勇気のいることでしょう。

さてさて、本当にどうしたものでしょうか。

並列思考で脳が消費していくエネルギーを、ブドウ糖をブロック状に固めたものを口に放り込んで補給しながら、部下の提出してくる書類の確認作業と市原家の家庭事情改善案を考え続けます。

チョコ等のお菓子でもいいのですが、今は甘味よりも効率の方が優先されますので、味気ないですがこれで我慢しましょう。

 

 

「あの‥‥係長」

 

「はい、なんでしょう。確認作業でしたら、もうすぐ終わりますよ」

 

「いえ、そうではなく‥‥食べ過ぎでは?もう10個以上食べているはずですが」

 

 

既に数十パターンに及ぶ市原家改善計画を立てて考えても、どれも完璧とは程遠い穴のある計画であり、その穴を埋めようとするとどこかに穴が開いてしまうという最悪のループに陥ってしまって気が付きませんでした。

悩めば、悩むほどに深みに嵌っていくような気がしてなりませんが、背負うと決めた以上投げ出すことなどあり得ません。

その気負いがストレスとなり、ついつい食べ過ぎてしまったようですね。

確かにアイドルをしている人間が見える範囲で暴食をしていたら、止めようとするのは正しい判断です。

私の場合は、摂取した糖分は消費されていくので問題はないのですが、第三者から見たらそんなものはわからないでしょう。

 

 

「問題ありません。摂取した栄養分はちゃんと消費しますから」

 

「いえ、そうではなくて‥‥」

 

「確認しました。特に問題ありませんでしたので、このまま進めてください」

 

「‥‥はい。はいっ!?」

 

 

確認を終えた書類を部下に返すとなぜか気落ちした声で返事をされた後、変なものを見たような驚愕の声で再び返事をされました。

返した書類に驚くような何かがついていたのでしょうか。

 

 

「どうかしましたか」

 

「い、いえ!何でもありません!」

 

「そうですか」

 

 

明らかに何でもないという様子ではないのですが、今は部下の奇妙な反応を問い質すよりも市原家の環境改善が優先されます。

愛機達で『子育て 仕事 両立』という検索ワードでいろいろ調べてみるのですが、これといって参考になるようなものがなく、寧ろヘドロのようにドロドロとした他人の家庭環境を垣間見てしまいストレスがさらに加速しそうですね。

仁奈ちゃんをいつまでもあのような家庭環境の中で過ごさせるわけにはいきませんので、早急な解決が求められるというのに、遅々として進展の見られない自身に苛立ちが募ります。

就業時間内にこういったことを調べるのはあまりよろしくないとは思うのですが、一応アイドル関係のことではありますし、自身のすべき仕事は9割方終わらせていますので許してもらいたいですね。

 

 

「‥‥」

 

「‥‥」

 

 

部下達が何やらアイコンタクトと微かな表情の変化、メールで何やら私にばれないように極秘会議を開いているようですが、いったい何だというのでしょう。

私の耳の良さを学習してからは、こうした事はアイコンタクトや暗号化されたメールでやり取りするようになりましたし、そのパターンも定期的に変わっていて時にわざと欺瞞情報も織り交ぜているようです。

何でしょう、私の部下達はスパイにでもなる気なのでしょうか。

本気を出せば全て解読できないこともないのですが、流石にそこまですると可哀想なのでやめています。ですが、こういう時にされると気になってしまいますね。

ブドウ糖ブロックを口に放り込み、更なる情報収集を進めます。

ネットに落ちている情報に答えを期待しているわけではありませんが、それでも参考になる程度の後日談やその後の進展等を記載しておいてほしいものですね。

中途半端な所で書き逃げされてしまうと色々と想像してしまって、さらにストレスになってしまいそうです。

こうなれば、私の追跡技能を駆使して書き逃げした人間達を全て洗い出してやろうかと思ったりもしましたが、流石にそれはやりすぎな気もしますので自重しましょう。

答えの見えない難題に苛立ち過ぎているようですね。

 

 

「七実さん!」

 

 

ノックもされずに蹴破られんばかりに扉が勢いよく開き、ちひろが現れました。

顔からは血の気が引いていて、表情は絶望に染まりきっています。

今朝、仁奈ちゃん達親子のついでに作ったお弁当を渡した時には、普通に元気そうだったというのにいったいどうしたのでしょう。

もしかして、シンデレラ・プロジェクトに何か異常でも起きたというのでしょうか。

床を踏み鳴らして近づいてくるちひろでしたが、何か迷いがあるのか私のデスクとの距離が縮まるにつれて何かに怯えるように弱々しくなっていきます。

その様子を見て部下の一人が顔をしかめていましたが、状況が一切理解できません。

私の知らない間にいったい何が起きているのでしょう。

 

 

「‥‥誰の子、なんですか?」

 

「はい?」

 

 

10秒足らずの距離を1分近くかけて私のデスク前にやってきたちひろは、聞きたくないけど、聞かねばならないという悲しい覚悟を決めたという感じの表情をして、訳の分からない質問をしてきました。

誰の子って、どういう意味で誰を指しているのでしょうか。

 

 

「だから、七実さんのお腹の子は誰の子なんですか!」

 

 

私の返答が気に入らなかったのか、ちひろは語気を荒げながらそう言いました。

質問を構成される単語の意味はしっかりと理解できるのですが、何がどうして、そうなった結果でそれらが繋がることになったのでしょうか。

というか、どこでそんな誤解が生まれたのでしょう。

 

 

「いやいや、何を言っているのか全く解らないのですが」

 

「隠さないでください!武内君ですか!?武内君なんでしょう!?」

 

 

妄想が成層圏を突き破るまでにぶっ飛んでしまったちひろの頭の中では、私のお腹の中には子供がいて、しかもその父親は武内Pということになっているようですね。

確かに武内Pのことは信頼していますし、悪い男性ではないと思っていますが、だからといって相棒の想い人を寝取ろうなんて考えたことは一切ありません。

前世の年齢を含めると親子でも通用するくらいには離れているのですから、そんな相手に手を出そうとするなんてアウトでしょう。

とりあえず、落ち着かせる為にちひろの頭頂部に手刀を叩き込んで黙らせます。

変な誤解が広まってしまって武内Pの立場を悪くするのは、良くありませんからね。

 

 

「落ち着きましたね」

 

「‥‥はい」

 

「何故、そんな誤解をしたのか理解に苦しみますが‥‥一応言っておきましょう。私は処女ですよ」

 

 

私とちひろの様子を固唾を呑んで見守っていた部下達は、私の発言に驚いたのか一斉に噎せ始めました。

処女というのをカミングアウトするという女を捨てた行為には抵抗がありましたが、これくらいしなければこの状況は収められないでしょう。

それに、私が異性との交際経験がないというのは周囲の人間は薄々悟ってはいたことでしょうから、今更という感じでしょうね。

 

 

「えと‥‥その‥‥ごめんなさい」

 

「別に謝らなくて大丈夫ですよ。恥じるような年齢でもなくなりましたし」

 

 

嘘です。今も、チートがなければ顔が真っ赤になっているかもしれません。

正直今すぐにこの場から逃げ去りたい気持ちでいっぱいですが、その前にやるべきことはやっておかなければなりませんね。

 

 

「ちひろに誤解を与えるような情報を流した者は、名乗り出なさい。

今なら、オハナシで済ませてあげますよ」

 

「も、申し訳ありませんでした!」

 

 

少し苛立ちを露にしながらそう言うと、犯人はすぐさまに名乗り出ました。

自身の席から飛び出すように私のデスクの前に移動して、飛び上がりながら土下座の姿勢を取って着地するという不自然極まりない行動ではありましたが、それだけ焦っていたという事でしょう。

そんなに恐ろしいですかね。私のオハナシ。

まあ、それはさて置き、誤解されるような情報をちひろに流したのは、掲示板サイトにおいて広報官という名で非公認な広報活動をしている部下でした。

未来の重役候補に名は上がりませんが、社員としては優秀な方ではあります。

こういった勘違いやら、先走ってしまう性格さえ矯正されれば、もっと上層部からの評価も上がるのでしょうが、それは太陽が西から昇らない限りあり得ないでしょう。

 

 

「そうですか、ではオハナシしましょうか」

 

「‥‥はい」

 

 

土下座の姿勢のまま死刑宣告を受けたように震えていましたが、安心してください。

本当に平和にオハナシするだけですから。本当ですよ。

 

 

 

 

 

 

ちひろの誤解を解き、部下との有意義なオハナシを終えた私は、巫女治屋まで完成した衣装を取りに向かっています。

わざわざ私が出向く必要もないのですが、市原家の家庭事情改善に頭を悩ませ続けてストレスが溜まっていたので、気分転換になるだろうと思い出向くことにしました。

それに、私が再現した虚刀流最終決戦仕様をあの店主がどのように昇華させてくれたのかが気になりますから、きっと気晴らしでなくても私が取りに行くと言っていたでしょうね。

瑞樹達の曲を流しながら社用車を運転し、ゆっくりと巫女治屋を目指します。

本来なら気ままにドライブを楽しむところですが、今回の同行者的にそれも難しいかもしれません。

 

 

「‥‥何か、聞きたい曲があれば好きに変えてください」

 

はい(ダー)

 

 

助手席に座っているカリーニナさんも、私と同様に若干緊張しているようでした。

本当は一人で行くつもりだったのですが、レッスン等の予定も入っていないので連れて行ってあげてくださいとちひろにお願いされたのです。

ある程度完成しているとはいえ、デビュー前のアイドルにこんなに都合よく空き時間ができるわけありませんので、きっと武内Pが調整してくれたのでしょう。

年下にここまで御膳立てされてしまうと年上としての威厳がなくなってしまいますが、輿水ちゃんの時の事を考えると時間がかかっていた可能性が高いので助かっています。

カリーニナさんも何か言いたそうにしていますが、ここで先に言われてしまうと威厳がストップ安になってしまいかねませんので、私からいかせてもらいましょう。

 

 

「この前は、すみませんでした。私が大人としての義務を果たさないばかりに、カリーニナさんには不快な思いをさせてしまいましたね」

 

 

私がもっとうまく立ち回っていれば、今回のような件は起こらず平和に過ごせていたはずなのです。

静観という名の責任逃れ的な行動をした結果がこうなのですから、こんな言葉だけでは足りないくらいでしょう。

 

 

「どうして‥‥師範(ニンジャマスター)が謝るんですか?」

 

「責務ある大人が、適切な時に、適切な判断を下し、適切な行動をとれなかった。それだけで、謝罪に値しますよ」

 

 

こういった時、私の小市民的な性格と回りくどい言い方になってしまうのが嫌になりますね。

もっと素直に自らの失態を謝ることができればいいのですが、どうしてこうなってしまうのでしょう。

自己嫌悪の念が募りますが、無意識的にそれを顔に出さないようにしてしまう保身思考が働いてしまうのが腹立たしいです。

 

 

違います(エータ ニェ プラーヴィリナ)』「私が我儘を言ったのが悪いんです」

 

 

カリーニナさんは首を振って否定してくれますが、慶さんの言っていた通り大人が子供の我儘を正せなかった時点で駄目でしょう。

 

 

「その我儘を正すことが、大人の責務なんですよ」

 

 

サポート役を請け負っておきながらこのような問題を起こしてしまうとは、武内Pには本当に申し訳ないことをしてしまいましたね。

イベント用の会場は私が押さえていたとはいえ、方向性の異なる2つのユニットデビューの為に各部署や関係者達への顔合わせや調整で忙しかったのに、今回の件を起こしてしまいましたし。

迷惑料ではありませんが、何かしらの恩返しをしなければならないでしょう。

何かしらの物品を買ってあげたり、手作り弁当を渡したりしたらちひろ達が黙っていないでしょうから、また妖精社で何かいいお酒でも奢ってあげるとしましょうか。

超常連になりつつある私達は、最近では店長さんから仕入れるお酒の種類や銘柄について相談を受ける程になってきましたので、ある程度私達好みのお酒が揃っています。

この前、おすすめしておいたタンカレーNO.10やらアブサン等を仕入れたという連絡も入っていましたし、丁度いいかもしれません。

思考が脱線してしまうのは悪癖だとはわかっていても、なかなか修正が難しいですね。

 

 

師範(ニンジャマスター)‥‥そうやって背負い込み過ぎです」

 

「カリーニナさんも大人になれば、わかりますよ」

 

 

納得がいかないようですが、私としてもこの責任の所在は譲る気はありませんのであきらめてもらいましょう。

ここでもし今回の責任はカリーニナさんにあるという風にしてしまえば、彼女の囚われない自由な気質を縛り付けてしまいかねません。

勿論、今後似たようなことがあれば大人としての責務を果たさせてもらいますが、今回の落としどころとしてはこれが妥当でしょう。

 

 

「‥‥大人だから怒らないって、ずるいです」

 

「そうですか」

 

 

怒ってもらえないということは、残酷なことなのでしょうか。

今世においては精神的にもある程度成熟していましたから、怒られるような行動は慎むか、または隠蔽工作等で隠すかしていましたのでわかりません。

 

 

 

「私、悪い子でした。プロデューサーもミナミもミクもチエリも、私のことを叱ってくれました」

 

「‥‥」

 

「悪い子は叱られる。我儘でみんなに『迷惑(パミェーハ)』をかけましたから、当然です。

でも、ナナミは大人だと言って私を叱りません。どうしてですか?」

 

 

もう他の人達から叱られていて反省しているのなら、これ以上私がいう事はないように思うのですが、カリーニナさんはどうして叱ってほしいのでしょう。

確かに責任は10:0というわけではありませんが、それでも私側の割合の方が大きいのですから、それを棚にあげて叱ることなど、どうしてできましょうか。

そんなのは、質の悪い開き直りでしかありません。

 

 

「私のこと、『嫌い(ニエナヴィージュ)』になりました?」

 

「そんなこと、ありません!」

 

 

泣きそうな表情であり得ないことを言い出すカリーニナさんに、つい言葉を荒げてしまいました。

私がシンデレラ・プロジェクトのみんなを嫌いになることなどあり得ません。

たとえ何かしらの原因で嫌われるようなことになったとしても、私はメンバーのみんなを嫌いになることなどないと確信しています。

突然語気を荒げた私にカリーニナさんは、一瞬驚いたような表情をしましたが、すぐに安心したような笑顔になりました。

蕾が花開くようなその美しい表情の変化は、運転中という目を離すことができない状況でなければ見蕩れていたかもしれません。

しかし、声を荒げられて笑顔になるなんて被虐趣味の気でもあるのでしょうか。

 

 

『‥‥良かった』「嫌われてしまったかと思いました」

 

「どうして、そう思ったのですか?」

 

「だって、『怒らないのは優しいからじゃない、その人を嫌いか興味がないからだ』ってママが言ってました」

 

「なるほど」

 

 

好きの反対は嫌いではなく無関心。

怒るという行為は確かに自分が思っている以上にエネルギーを使いますから、その人と関わりたくないと思ったりすれば無駄なエネルギーを使いたくないので怒らないでしょうね。

今回の場合は、私の非が大きいので怒ることができなかったのですが、そこまで思ってしまうのなら本意ではありませんが仕方ありません。

私はハンドルから左手を放して、親指と中指で丸を作ってゆっくりとカリーニナさんの額に近づけて軽く弾きます。

カリーニナさんは弾かれた額を軽く押さえてきょとんしていました。

そこまで力は込めていなかったので、痛みや跡が残ることはないでしょう。

 

 

「シンデレラ・プロジェクトには年下の子もいるのですから、もう少し落ち着きを持ちましょうね」

 

『‥‥はい(ダー)!』

 

 

こんなことで喜ばれても私としては困るのですが、カリーニナさんが満足しているのなら良しとするしかありません。

しかし、軽くとはいえカリーニナさんに罰を与えたのですから、私も罰を受けなければなりませんね。

 

 

「カリーニナさんも私に何かしていいですよ」

 

「‥‥本当ですか?」

 

「ええ、それでお相子にしましょう。ですが、反撃するのであれば車が止まるまで待ってください」

 

 

踏ん張りの利かない不安定な姿勢からの一撃をもらったくらいで事故を起こしてしまうほど、私の運転テクニックは低くありませんが、公道では事故に巻き込まれる可能性は0%ではありませんので慢心は危険でしょう。

普通の衝突事故くらいであれば私は軽症くらいで済むでしょうが、カリーニナさんは下手をするとアイドル生命が絶たれたり、命そのものが絶たれたりするかもしれません。

 

 

「なら、1つお願いを聞いてくれますか?」

 

「ええ、いいですよ。私にできる範囲であれば、何でもしてあげましょう」

 

「絶対ですよ?」

 

「はい」

 

 

ここまで念を押すとはいったい何を頼む気でしょうか。

ちひろや瑞樹達であれば、少しお高いお酒を奢ってほしいというお願いで済むのでしょうが、未だに行動パターンが把握できないフリーダム枠のカリーニナさんからいったいどんな要求が飛び出てくるか、想像もできません。

安請け合いするべきではなかったと思ったところで、今更何でもはなしというわけにもいきませんから、ひどいお願いがこないことを願いましょう。

 

 

「私に、虚刀流を教えてください!」

 

「却‥‥」

 

 

条件反射で却下と叫びそうになりましたが、その瞬間カリーニナさんの顔が悲しげに歪むのを見て何とか踏みとどまりました。

人の退路を潰したここでその要求を持ってくるとは、策士ですね。

ここまでうまくはめられてしまうと、ここまでの一連の流れは全てカリーニナさんの掌の上だったのではないかと思ってしまいます。

しかし、このワクワクと了承の返事を待つ様子を見ているとその可能性は低いでしょう。

何でもしてあげましょうなんて言わなければよかったと後悔したところで時間は戻すことができませんから、諦める以外の選択肢が存在しません。

 

 

「生半可な覚悟では、入り口も見えませんよ」

 

はい(ダー)!』

 

「あの七花でも、習得には10年近くかかっていますからね」

 

「望むところです!」

 

「私は、請け負ったことは投げ出しません。血反吐を吐く思いをしてでも、全て習得してもらいますよ」

 

「勿論です!私、頑張ります!」

 

 

念は押しましたからね。修業が始まって後悔しても一切手は抜きませんよ。

まったく、虚刀流はまだ未完了ですし、七花以外に教える気はなかったのですが、七花の暴露に加えて、昼行燈の策略に嵌って一般に流出することが決まった時点でこうなる運命だったのかもしれません。

 

 

「鍛錬の日取りは追って伝えますから、覚悟しておいてくださいよ」

 

「はい!よろしくお願いします、師範(ウチーティェリ)!」

 

 

忍者マスターから昇格したのかどうかはわかりませんが、佐久間さんとはまた違う弟子ができました。

喧嘩両成敗、前言撤回、師資相承

平和とは程遠い物騒極まりない技術ではありますが、カリーニナさんなら正しく使ってくれるでしょう。

 

 

 

 

 

 

「で、今度はどんな厄介ごとを背負い込んだの?」

 

 

いつも通りの特大ジョッキに注がれたビールではなく、サン○リーの山崎の注がれたグラスを揺らしながら瑞樹が尋ねてきます。

人様の家庭事情をおいそれと話してしまうわけにはいきませんから、無言でグラスを傾けて口を塞ぎます。

果実のような芳醇な香りと、それを裏切らないほんのりとした穀物系の甘みに優しい酸味の余韻が、シンプルなようでいて複雑な味わいを作り出していました。

瑞樹と並んで同じように山崎を楽しんでいる菜々も視線で『さっさと話したほうが楽ですよ』と訴えかけていますし、どうしたものでしょう。

いつから妖精社の個室は取調室みたいになってしまったのでしょうか、と嘆いたところで状況は変わらないでしょうね。さて、どう話をそらしましょうか。

これがちひろや楓であれば武内Pの話題に持っていけば上手く有耶無耶にできるのですが、この2人には効果はないでしょうし。

瑞樹達が吹聴するとは思っていませんが、それでもこういったことはどこから漏れるかわかりませんし、相談を請け負ったものとして最低限守るべき守秘義務というものがあります。

 

 

「‥‥その質問には、黙秘します」

 

「七実さん。それだと厄介ごとを背負い込みましたと自白しているようなものですよ」

 

 

菜々が笑いながらそう言いますが、ちひろからある程度情報は流れているでしょうから逆にしらを切ろうとすると面倒事になるでしょう。

ちひろには『知り合いの家庭事情について相談を受けて調べていた』としか伝えてないので、それ以上の情報があるとは思えません。

身内の事なのでと濁せば、瑞樹や菜々も深く追及できないでしょう。

 

 

「身内の「で、仁奈ちゃんを助ける妙案は思いついたんですか?」‥‥どこでそれを?」

 

 

私は口を滑らせていませんし、担当Pにもこれについてはあまり口外しないようにと厳命しておいたのでないと思います。

それでは、いったいどこから漏れたというのでしょうか。

 

 

「ふっふ~~ん、ウサミン星人を舐めてもらっては困りますよ」

 

「何がウサミン星人よ。ただ仁奈ちゃんのお弁当の内容が私達と殆ど同じだったから気が付いただけじゃない」

 

「あぁ~~!ネタばらしはもう少し引っ張らないと!」

 

 

迂闊でしたね。お子様な仁奈ちゃんでも美味しいと思ってもらえるように味付けには気を付けていたのですが、盛り付けからばれるとは思ってもいませんでした。

そういえば、菜々の担当Pも仁奈ちゃんと同じでしたね。

今日は、菜々と仁奈ちゃんの仕事は重ならないはずだったのですが、ばれてしまったものは仕方ありません。

大きな溜息をついて両手をあげます。

担当Pが同じ菜々なら市原家の家庭事情についても多少は知っているでしょうし。

 

 

「そこまでわかっていて質問してくるとは、良い性格していますね」

 

「あら、七実の1人で抱え込もうとする悪癖よりはましだと思うわよ」

 

「七実さんだったら、大抵のことは1人で大丈夫なんでしょうけど‥‥それでも、相談してほしいと思っちゃいますよね」

 

「今回は、人様の家庭事情に首を突っ込むわけですからね。そう簡単に口外できませんよ」

 

 

それについては2人とも理解しているので、仕方ないという表情をしていますが納得はしていなさそうです。

確かに菜々の言う通り、チートによって大抵のことは独力で解決できてしまうので、余程のことがない限り相談を持ち掛けたりしないのは認めましょう。

ですが、それは瑞樹達に負担をかけてはならないという配慮もあるのです。

アイドル兼係長を務める私ほどではありませんが、アイドルとして順調に売れている2人もなかなかに多忙ですからね。

ここで私でも答えを見つけきれない市原家の家庭事情に関わらせて、ストレスで体調を崩すようなことになってしまったら目も当てられません。

 

 

「それでもよ」

 

「本当に七実さんらしいですよね」

 

「そうですか」

 

 

どういうところが私らしいのか、いまいちわかりませんが、2人が勝手に納得しているので触れないでおきましょう。

頬杖をついておつまみのビーフジャーキーを咥え、上下に揺らして遊びながら少しずつ食べ進めます。

最初に胡椒など様々なスパイスが調合された深みのある味が口に広がりますが、咀嚼されることによりこま切れとなり唾液と混ざり合うことでじんわりと染み出すように雑味の抜けた肉本来の旨味を味わうことができます。

脂身の少ない肉を使っているので繊維が強固でしっかりとしており、2,3度噛みしめたくらいではビクともせず食べ応えがあっていいですね。

霜降りのとろけるような脂の美味しさというのもいいのですが、Tボーンステーキの骨まで噛み砕いて完食できる強靭な顎を持つ私にとってはこれくらい硬さが心地よいです。

 

 

「七実、私達も一枚噛ませなさい」

 

「拒否したところで勝手に介入しますけどね」

 

 

答えは聞いていないということですね。

まったく、どうして私の友人はこうも強引な人間が多いのでしょうか。

しかし、手伝ってくれるというのなら助かるのは間違いないのです。

いかに私がチートを持っていて常人の数倍の仕事をこなして、アイドル業と係長業務を両立しているとはいえ、身体は1つしかありません。

なので、どうしても仁奈ちゃんに構ってあげることのできない時間というものが存在してしまいます。

強引に仁奈ちゃんを私の管轄下に置くこともできますが、それをしてしまったらここまでアイドルとして成長させた担当Pに悪いでしょう。

瑞樹と菜々が手伝ってくれるのなら、私が居れない時間でも上手くローテーションさせればその時間も最小限に済ませることができます。

特に菜々は、担当Pが同じですから接点が多いでしょうから。

 

 

「仁奈ちゃんの噂は少し耳にしていましたから、夢と希望を両耳にひっさげるウサミン星人としては見過ごせないのです」

 

 

トレードマークのウサ耳はつけていないので、両手を頭の上で立ててぴこぴこと動かしながら菜々が格好つけます。

あまり年齢は変わらないはずなのに、その仕草が妙に様になっているのが腹立たしいですね。

やはり可愛い系の幼い容姿をしているからでしょうか。

 

 

「はいはい、ウサミン ウサミン グルコサミン」

 

「もう!瑞樹、茶化さないでよ!」

 

「悪かったわよ。まあ、そういうわけだから‥‥諦めなさい」

 

 

2対1である以上、法治国家日本の皆様大好きな民主主義の原則に従うのなら反対が過半数を超えているので、私の負けですね。

 

 

「わかりました。では、遠慮なく頼らせてもらいます」

 

「任せなさい」「菜々、頑張っちゃいまぁ~~す」

 

 

頼らせてもらうというと2人は嬉しそうにします。

そんなに私に頼ってもらう事って嬉しいことなのでしょうか。当人である私にはどう足掻いても理解できる日は来ないでしょう。

そんなことはさておき、仁奈ちゃんの笑顔を守る為の同盟を結んだのですから盛大に乾杯といきましょうか。

空いていたグラスに山崎を並々と注ぎます。

 

 

「では、仁奈ちゃんの笑顔の為に‥‥乾杯!」

 

「「乾杯!!」」

 

 

そんな友人のありがたさを知った私の気持ちを、西洋のことわざを借りて述べるなら。

『山は山を必要としない。しかし、人は人を必要とする』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、カリーニナさんが背中に虚刀流と達筆で描かれた道着を着て出社してきて、開口一番に私のMVに出演させてほしいとお願いしてくるのですが、それはまた別の話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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